食べ物レポート, 旅をする

夜の新潟で思うこと

新潟駅は現在も改装工事中で、東側の改修をしていた記憶にあるのは10年以上前だから、どうやら20年計画で駅をいじくり回しているようだ。各駅停車の旅なので、新潟駅終着の列車から降りると、確かにホームが全面的に変わっていた。駅舎の工事もほぼ完了しているようで、あとは駅前の整備というところだろう。その後には駅ビル建設も行われるはずだ。駅東側は車のアクセス、西側は従来からの繁華街接続という使い分けになっていくと予測しているのだが……………

夕方になり駅の中の見物をしていたら、東西コンコースの中で「おっさん」が立っている。立ったまま、あまり動かないのでなんだろうと思って近寄ったら「おっさんの立像」だった。おまけに、ご丁寧にもマスクまでしている。リアルすぎるだろう。

どうやら英語湯沢の駅にあった「ほんしゅ館」が満を持して新潟駅に出動したらしい。駅構内からは外れた場所になるが、JR系ビジネスホテルの直下にあるので、日本酒愛好オヤジをゲットするには最適な場所かもしれない。店内には日本酒の試飲コーナーもあるし、山盛りの日本酒と酒の肴に特化した「日本酒天国」になっている。なんというか、オヤジ向け日本酒セレクトショップとでも言えば良いのか。若い女性には媚びていない(一部を除く)ところが潔い。ここは是非また来たい。たっぷり買い込みたい。買ったものは宅急便で送ってしまうのが良し。新潟からであれば翌日には自宅に着く。

さて、この日の夜は新潟駅東側にある地元民御用達の名店で夕食になった。新潟の秀逸な居酒屋として名前だけは聞いていたが、初見の店なので期待度は高い。入り口があまり居酒屋っぽくはない。料亭風と言ってもよさそうだ。

まずお通しが、ザルに守られたいろいろな海産物などから一品選び、それを蒸し焼きにするという。手の込んだ仕掛けだった。ビジュアルでインパクトを出す上手な仕組みだが、少なくともおじさんウケと女子ウケ、両方に効き目がありそうだ。
できれば、一品ではなく、追加料金を払っても良いから2−3品食べたかった。

イカの姿づくりもビジュアル系の料理だが、盛り付けの立体感が居酒屋レベルを超えている。接待向けに使える高級居酒屋ということだろう。完全個室とまでは行かないが、広めの空間でゆったりとして食事が楽しめる。やはり、空間はご馳走の一部だ。

あれこれ注文したが、締めはノドグロの炊き込み飯で、これを卓上で取り分ける。日本海沿岸都市では、すでにお約束になったノドグロ料理だが、脂の乗った旨味が炊き込みご飯には向いているようだ。鯛めしとはまた違った味わいだ。
新潟の駅前も再開発が終わりつつある。駅前再開発が終わり観光客向けのホテルも整備された。駅前がお手軽なグルメ地区に変わりつつある。チェーン居酒屋が衰退するこの時代に、ローカルな名店が駅前の新興勢力になっていくことは間違いない。全国的にワン・ブランドで展開する居酒屋チェーン自体が存続する意味合いを無くしている。
あえて言えば、東京や大阪のような巨大都市でのみ存在意義があった低価格チェーン店は、すでに全国で戦闘できる力を失っている。東京では安くても、ローカル市場では普通の値段にしかならない。それでありながら、大量生産で旨さを無くした料理をマニュアル通りに出すのでは、付加価値が低すぎる。
食事が終わることに、群馬の製菓メーヵーが新潟に冷凍大福の自動販売機を置いているという話を聞いた。それは面白そうだと思ったが、不安ないな夜の街を自販機探しに彷徨うのも辛い。翌日回しにした。

翌日、朝早くに冷凍大福の自動販売機を見に行った。なぜこんな場所にと言いたくなるようなビルの一階にある。ただ駅前なのでオフィスビルとして便利な場所だ。ビル内の人通りはあるのだろう。小さめの大福4個で600円程度。高いのか安いのか判断に悩むが、ビルの近くにあるコンビニでは売っていないクリーム大福だから戦闘力はありそうだ。コーヒー味が入ったものを一つ買って見た。リュックの中に入れて半日旅をしたら程よく解凍できていた。オフィスであれば昼休みに買うと、3時のおやつにはちょうど良い。これは便利かもしれない。

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各駅停車の旅 ラストラン

新潟から弥彦神社に参拝に行った。その後は、もはや帰るだけ。寄り道もせず延々と各駅停車の列車を乗り継ぐ。長岡を経由して新潟平野の南端というか、山の麓の駅で群馬県に向けて乗り換える。谷川岳をくぐり抜けるトンネルを過ぎれば、ついに関東平野に戻ってくる。これを逆に通れば、昭和の巨匠が書いた有名な小説のコースになる。が、季節は夏だし、そもそも旅をするときに「国の境」を今の日本人が意識するものか?飛行機や新幹線での旅では、日本全体がのっぺりとした地続き感しか感じられない。この各駅停車の旅でこそ、ようやく地域の差を確かめることができる。ただ、そんな酔狂な真似をするものがどれだけいるだろうか。
その「国の境」手前で山の中にあるこじんまりとした駅に止まった。なぜこんな場所に駅があるのだろう、と言いたくなるような場所だった。旅の最終日にはふさわしい光景だなと思った。

長岡で駅弁を買い込み、ラストランは鉄道旅らしく駅弁とワンカップと決めていたのだが、長岡駅でも駅弁は新幹線ホームで販売しているようだ。在来線のキオスクでは、普通のコンビニ弁当しか見当たらない。
駅弁は諦めるしかない。おにぎりを二つ買い込み、昼飯として食べることにした。最近は各駅停車の旅で注意が必要なのが、弁当を食べた時のゴミ捨て場所の確保だ。車中はゴミ箱なしも当然だが、乗り継ぎ駅によってはホームにゴミ箱が存在しないこともある。
駅の待合室で食べるればゴミ箱がある。が、関東平野から首都圏に向かう路線ではゴミ箱なし駅の方が当たり前になる。駅弁が買えないのであれば、ゴミは軽量化したい。おにぎりであれば、出てくるゴミはプラ包装紙なので対応も簡単だ。こういう「各駅停車あるある」な知恵が、確定旅では重要だ。(えへんえへん)
おにぎりを食べながらワンカップというのは、初めての経験だったが、米を食べながら米の酒というのは、案外日本人の基本かもしれない。普通に、うまい。
テレビの鉄道旅番組にならって、最後は「呑み鉄」で締めようと思ったのだが、ちょっと変形スタイルになってしまった。

乗り鉄を楽しむとは、各駅停車の旅をすると思うことだと思うのだが、だいたい全国のどこでも、朝と夕方は高校生に囲まれる。今回も同じようにどの路線でも高校生の大群に出会った。ただ、コロナの影響なのか、空いている席に座る学生が少ない。テレビのニュースで、都会の「密」を2年間も脅しまくったせいなのかどうか。余計な報道(偏向報道の一種だと思っているが)で、日本の社会を変えてしまったメディアの責任論をそろそろするべき頃だなと、旅をしながら思った。

次に各駅停車の旅に行くときは、絶対に座布団を持っていくぞと決意した。

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弥彦神社であれこれ

新潟県はJRが複雑に入り組んでいる。隣の山形、福島、富山、長野などに接続するローカル線の密集地帯であり、その乗り換え駅が健在に散財しているせいだ。全部のローカル線が新潟に集中していれば放射状に広がる路線網になるはずだが、当然のようにそんな都合の良いことにはなっていない。
おまけに県内完結の路線もある。それがこの弥彦線だ。弥彦神社に行くためだけにあるようなものだと思う。川崎大師に行く私鉄がこんな感じの「お参り専用線」になっているのを思い出した。

駅前の広場にはドーンと歓迎のサインがある。門前町という勢いがある。ただ、不思議なことに駅前には食堂もなければ、土産物屋もない。荷物を預けるコインローっカーはあったが、その数も少ない。どうやら、お参りするのに鉄道でくる客は多くないみたいだ。同じ列車で降りた客は十人程度、それもほぼ高齢者(男性比率高し)だった。若い女性が集まるところでなければ、「お店」は成立しないのだなと改めて思う。

駅は神社風デザインが施されたシックな感じで、これはJR東日本、良いセンスをお持ちだ。出来れば駅の改修時に、その駅の独自性を発揮するデザインに変えてもらいたいと常々思っている。
日本の駅の中で、最高の建築美を発揮しているのはJR金沢駅だと思う。東京駅丸の内川もなかなかシックだが、現代風デザインというのであれば京都駅が数段優れている。それを遥かに凌駕するのは金沢駅で、建築とは美の様式だと納得させるものがある。全国の新幹線駅を含め大きな駅はほとんど見たと思うが、金沢駅に勝る「秀麗」な駅を見たことはない。
この弥彦駅に似た、デザインに感銘する小体な駅として思い出すのが、出雲大社近くにある私鉄の駅だろう。昔そのままのレトロ感が対称的な美しさだ。

駅から神社まではかなり歩く。この日の気温は30度を超えていた。おまけに神社まではダラダラ続く登り道で、ほとんど苦行と言いたい。確かに神社に車で乗り付けるのが現代風というものだろう。ヒイヒイ言いながら坂道を登っていくと、神社の近くにはホテルや旅館が密集していた。なるほど、車で来てお参りをしたあと、ここに泊まれば良いのだと納得した。長野善光寺門前の宿坊みたいなものか。

神社と駅の中間くらいに複合観光施設というか道の駅的な設備があった。神社周りには土産物店も少ないし駐車場がないせいだろうか。名物のパンダ?の土産物の店があり、その向かいが複合施設だった。
どうやら交通道徳のかけらも持たない大人が、この界隈には大量出現するらしい。小学生が見たらトラウマになりそうな標語だ。大人とは、知性と徳性が劣化した「痴的存在、稚的生物」らしい………

全国にある一ノ宮だが、国によってはずいぶん寂れている神社もある。昔から続く信仰も、地域の盛衰や国の中心が変わることで参詣者が減ることもある。神様の世界も競争社会なのだろうか、などと不敬なことを考えてしまった。越後一ノ宮はなかなか不便なとことにあるが、それを跳ね除ける力があるようだ。

この日はたまたま「祭りで踊り」を舞う若者たちが、お参りに来ていた。奉納の踊り集団らしい。若い人たちが詣でる神社はこの先も長く栄えていきそうだ。

弥彦線は弥彦が終着駅で、終着駅ファンとしては嬉しい。ただ、どうも終着駅感がない。もっと先まで伸ばす予定でもあったのだろうか。おまけに、ホームの長さは普通ではない。来た時は2両編成だったが、どう見ても5−6両編成の列車が止まれそうだ。新潟から乗り継いだ吉田駅のホームも長かった。初詣の時の増設臨時列車向けなのか。
乗り鉄は想像力だけで、ホームの上でも妄想で楽しめる存在なのだなあ。

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秋田の街歩き

年末のニュースなどで見かける「〇〇市民の台所」と言われる市場が好きで、時間があれば立ち寄ることにしている。スーパーに取って代わられて久しい業態だが、地場の魚や野菜が並んでいるのをみて歩くのは楽しい。今回の秋田では、今まで行ったことがなかった市民市場をなんとしても見に行こうと思っていた。
ただ、行く前から恐れていたこと、あちこちの市場で起きていることが、やはりここでも起きていた。お店が歯抜け状態になっている。感覚的には1/3が空き家になっている。県庁がある町でこうなのだから、地方都市で市場がなくなってしまうのは時代の流れと諦めるしかないのだろう。(実際に弘前では小ぶりな市場が消滅していた)

秋田駅から歩いて15分くらいで、夜の繁華街「川反通り」に着く。ここはだいぶ昔に官官接待疑惑で大騒ぎになり、以降「官僚」接待が反社会的な行為扱いされ、全国の県庁所在地で飲み屋が大量に潰れていくきっかけとなったと記憶している。
秋田には何度も来ているのだが、不思議と夜の繁華街に来たことがなかった。新幹線が開通してから、北東北はちょっと無理すれば首都圏から日帰り可能になってしまったこともある。秋田で仕事をした後、青森や盛岡に移動して一泊するパターンが増えたせいもある。

街は名前の通り、川沿いに伸びていた。これはなかなかの風情がある。秋田のお城直下の場所なので、江戸時代から続く賑やかな場所だったのだろうことは簡単に推測できる。まさしく城下町の花形だったはずだ。盛岡はお城から駅が離れているが、秋田は駅が近い。同じ北東北でも西と東では街の作り方がちょっと違っているようだ。

その繁華街のメインストリートではないかと思う通りを歩いて気がついた。両脇に並ぶ店が少ない。廃業してしまったところも多いようだ。おまけに、コロナの後だけに、閉店に追い討ちがかかった感じもする。

通りの両脇を眺めながら一往復してみた。外観が賑やかな感じがしたのは、秋田名物が並ぶ居酒屋ではなく、どかーんと肉を食わせる店のようだった。秋田は日本酒と魚と勝手に思い込んでいたが、今や「肉の時代」だしな………
と改めて納得した。
接待というビジネスツールが過去の風習となる時代だから、夜の飲食店も「自分の金で自分の食いたいものを食う」という当たり前に戻ってきた。そんなことかもしれない。
秋田の老舗料亭というやつを探してみたのだが、事前に調べてもいなかったので全く見つけられなかった。まあ、料亭の時代でもないし。そういえば、東京赤坂あたりの料亭は、今はどうなっているのだろう。学習効果の足りない国会議員だから、またゾロゾロ集まっているのだろうか。

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後遺症があちこちで 秋田

秋田で夜の繁華街「川反通り」をぶらついてみた。すずらん通りとゲートに書かれているあたりが、飲み屋街のランドマークだと思うのだが、確信があるわけではない。広い通りから横に入ってくる形なので、そうではないかなと思った。

そのすずらん通りの入り口にひときわ明るい看板の店があった。焼き鳥屋のようで、外から覗いてみると比較的若い客が多い。コンビニ的な明るさだなと感心した。周りの店が実にシックというか、外観が暗いので余計に目立つ。
夜の繁華街はこういう「店外看板」で道が明るくなるものだが、秋田の街は例外のようで道が暗い。秋田スタイルは店外を明るくしないのかと思ったが、街を歩き回ると単純に店が開いていない(休業、休み、閉店)だけのようだった。
県庁所在地の賑わいがない、という気がする。ただ、駅前にホテルが多くあり旅行者向けには駅前周辺の方が使い勝手が良い。おそらく飲食店は駅前周辺に引っ越しているのだ。

そんなことを考えながら薄暗い通りを駅前方向に歩いていくと、不思議な惣菜屋があった。どうやら、洋風居酒屋の端っこをテイクアウトコーナーに変えて、惣菜販売をしているらしい。中を覗いてみたら、店内はつながっていた。
なるほど、コロナでのテイクアウト対応をしっかりとやるとこうなるのかと気がついた。秋田では冬の雪を考えると、店頭にテーブルを置いて販売するなどの、なんちゃってテイクアウトでは無理だろうなと思う。しかし、この人通りの少なさで商売は大丈夫だろうかと、他人事ながら心配になる。腹に隙間があれば、何品かは買ってみても良いのだが………満腹だったので、ごめんなさい。

その近くにクレープのテイクアウトの店があった。夜にクレープなのか? ちょっと不思議に思い近づいてみたら、そこはなんと「ステーキ屋」というか「肉レストラン」だった。これも、なんとも不思議な対応だ。最初はテイクアウトで「ステーキ丼」とか「焼き肉弁当」とか売っていたのかな。それが売上の低迷か、店主の好みかはわからないが、全く違うカテゴリーで甘いもの、クレープをテイクアウト商品に選んだのかな。ステーキを焼く技術があればクレープも上手に焼けるのかな。などあれこれと勘ぐってしまった。
これは秋田だけの現象ではなく、おそらく日本全国の中小都市で起きていることだろう。廃業するにも廃業できない苦肉の策。経済学的には採算が合わない業種は潰れて、次の新業態に置き換わった方が良いのだろうが、現実的には潰してなるものかと踏ん張る人たちは多い。こういう光景を見て、行政は何を考えているのだろうか。何も見ていないし、考えてもいないような気がした「秋田の夜」でありますよ。

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各停の旅 羽越本線 秋田

秋田駅は新幹線駅として改築されてから随分時間が経ったので、耐震工事も含めたメンテナンス改装中だった。コンコースが防護壁に覆われて歩きにくい。木造の内装が使われた綺麗な駅なのだけれど、今は工事中で見栄えはよろしくない。

We are the ナマハゲ brothers, Red and Blue って感じですねえ

それでも広いコンコースのあちこちに、観光客を喜ばせる仕掛けがあり、JRもサービス精神旺盛なところを見せてくれる。個人的な感想として、八戸駅や青森駅より明らかにたのしい。盛岡駅もこのエンタメ性を見習ってほしい。ちなみに新青森駅は「ミニねぶた」の展示があり、それなりに賑やかだ。

最近は人気が出ている秋田犬の超巨大フィギュアというかぬいぐるみが、通行人に愛想を振りまいている。なかなか見どころがあるなと思うのだが、周りを通行している人たちは地元民らしく、全く関心がなさそうだった。

翌日の朝には、このヘナヘナな姿になっていてびっくりした。ぬいぐるみではなく犬型風船、空気人形だったのか。地元民であれば、このへなちょこになった姿を見ているから、関心が薄くなっているのかな。

今回の旅では、あちこちの駅でSLの展示がされていたが。日本の鉄道開業150年という節目のせいらしい。秋田駅では展示がD51だった。このSLの選択基準は何だったのだろう。

秋田駅は青森、盛岡、新潟を結ぶ結節点なので駅の規模は大きい。駅名表示も全て緑色でJR王国だ。各駅停車の旅では、乗り継ぎポイントとして重要な駅になる。

この後は各駅停車で羽越本線を南下していくのだが、新潟まで一気に繋がるわけではなく、最初の中継点は山形県酒田になる。事前に時刻表をよく点検しておかないと、ポッカリと待ち時間が生まれる。

酒田は日本海航路の中継港、ベニハナの積出港で海運で栄えた街だ。陸運でお江戸とつながるより海運で京都大阪と繋がっている歴史がある。だから鉄道の拠点というより中継点といった感じがする。それなりの規模の駅だが、思いのほか発着する便が少ない。

北前船のミニチュアが駅ホームに展示されていた。駅で船を見るというのもちょっと微妙な感覚になる。ここでの待ち時間はかなり長いので、駅前食堂で昼飯をと考えていたが、残念ながら駅前食堂は発見できず諦めた。
仕方がなく駅舎の中にあった山形屈指の高級食料品店であれこれ土産物を物色していた。嵩張らないものが良いなと思っていたのだが、結局選んだのは酒田の地酒のワンカップ。値段も重さもお手頃だ。

酒田で2時間以上の待ち時間があり、あれこれ旅程の再検討をしていたら特急を使い、いわゆる「ワープ」をすると早めに新潟につけることがわかったので、ここはズルをして特急「いなほ」で飛ばすことにした。着いたのは「村上」、これで秋田県から山形県を抜け新潟県に入った事になる。
酒田から余目経由で山形内陸部、そして福島県に向かうコースもあるので、次回は日が日本を今回と逆回りで旅をするのもあるかな。

村上には随分昔に鮭の干物を見にきた。新潟県北部から秋田県に至る日本海側は高速道路が全通していないこともあり、なかなか縁遠い場所だった。鉄道旅をするにしても、県庁所在地はピンポイントで新幹線がつながっているが、それ以外の都市は鉄道での乗り継ぎ、接続があまり便利ではない。

村上は鮭の町と思い込んでいたが、お城の街でもあったようだ。戦国時代には出羽の最上氏がブイブイと言っていた勢力圏だった。やはり駅には「鮭」キャラがいた。

駅舎は風情のある平屋建てで、地方都市の駅としては優れものだ。県都新潟まではJRで1時間程度、適度な規模の地方都市という気がする。駅からはタクシーで郷土資料館に行き、帰りは歩いて駅まで戻ろうとした。しかし、この日の気温は30度を超え、20分も歩くと汗がどれだけ出ることだろうと思い、帰りもタクシーに来てもらった。行きと帰りが同じ運転者さんだったので、村上の街のあれこれをうかがえた。これはラッキー。最近は降雪量もだいぶ減ったらしい。地球温暖化というのは思っている以上に身近なものだなと改めて感じる。

新潟に着いたのは午後で、予定よりだいぶ早い。宿題にしていた新潟名物視察に早めに出かけることにした。新潟駅は東西南北から鉄道路線が集結する巨大ターミナルで、各駅停車の旅をするときには路線の確認が重要だ。行き先の駅名もよく把握しておかないと、とんでもないところに行ってしまう。要注意駅というか罠が仕掛けられていると思った方が良い駅だ。

着いてみたら駅舎改造工事中で駅構内を含めダンジョン化していた。罠の危険度は一段上のレベルになっていた。危険危険危険、と頭の中で警報が鳴っていた。にもかかわらず、結局は罠にはハマってしまった。無念。

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広告の話 掲載場所と対象者

これもシンクロニシティーみたいなものだろうか。恐山に行った時、食堂の脇にベンチが置かれていた。その後に、弘前でも広告ベンチを見つけた。スポンサーが似通っていて驚いた。
さて、企業名の入った広告としてのベンチを久しぶりに見た気がする。昔は、駄菓子屋の店頭や商店街の中に、清涼飲料水や菓子の名前が入ったベンチがたくさん置いてあった。ブランド認知の手法として屋外広告は古典的だが、名入りのベンチはなかなか費用対効果が優れた広告だと思う。
最近ではベンチを置いてある場所がすっかり少なくなった。おまけにホームレス対策ということで、横になれないようによう改造したベンチが主流になりつつある。行政が公園に設置するベンチは、寝ることができないよう一人用区分けして手すりをつける。ベンチを3分割や4分割にしている。おまけにコロナ対策として真ん中には座れないようにしてしまう。余計なお世話だと言いたい。「官の迷惑行為」の典型だ。
だから、このローソクメーカーのベンチが強く印象に残った。
そもそもローソクの需要はもはや照明ではなく、燈明しかない。百歩譲ったとして、誕生日のケーキに使うくらいだろう。停電時の非常照明であれば、それ専用のキャンドルを買い置きする。だからこそ、恐山でローソクの広告なのだなと納得した。
蛇足だが、キャンプ用のランプは、このローソクメーカーも作っている。ランプ用油(パラフィンオイル)に関していうと、このローソクメーカーのものは高級品だ。つまりお参りやお経を上げる時の灯明ばかりではなく、時代に合わせた商品開発も怠ってはいない。
確かローソクのシェアでは日本一だったような記憶もある。オンリーワンでナンバーワンではなかったか。それが恐山で広告というかマーケティングとは………

弘前市役所近くのバス停にあったベンチ

そんなことを考えていた翌日、またベンチに企業名入りのベンチを見つけた。弘前市役所に程近いバス停(屋根付き)にあった。広告主の名前は見れば商売は思い浮かぶ。そうか、今は葬祭も宣伝する時代かと納得した。
そして、広告の鉄則である利用者の目につくところに広告を出す、をしっかり守っているなと感心した。地方都市でバスを利用するのは、典型的交通弱者しかいない。通学に使う中高生と車を運転しない高齢者だ。となると、バス停のベンチが広告媒体として活用される対象者も限定される。広告主が受験を控えた学生向けに学習塾か、お迎えが近い高齢者向けの葬儀会社になるのは当然だろう。
さすがに墓地というか霊園の広告はストレートすぎる気もするが、「あり」といえば「あり」だろうか。結局、散歩の休憩を兼ねて、このベンチにしばらく座っていた。朝早い時間なのでバスが来ることもなかったが。
2日続けて、葬祭関連の広告ベンチを見つけてしまい、何やら不思議な気分になった。これは何かのお告げだろうか。恐山関連のお仲間がご一緒に山から降りてきているのでは。とするとお導きというかお迎えが………
などなどと考え込んでしまった弘前の朝は、よく晴れていて気持ちがよく、シンクロニシティーに悩むには全く向いていない朝でもありました。

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秋田駅前の朝散歩

何年か前に秋田に来た時は、駅前が大規模工事中だった。秋田駅で降りてみたら、ホテルに行く途中まで通路の上に屋根がかかっていた。駅ビルもできていた。冬にはこの屋根が役立つだろうなと思ってたら、なんと「大屋根通り」と名付けられていたので、これまたびっくりだった。
タウンマネージメントとしてネーミングのセンスは大事だ。昭和から平成にかけて、都市再開発のときにこういうアーケードや広場ができると、語源はどこだと言いたくなるようなカタカナ造語で「ナンチャラ・ストリート」とか「ペケペケ・スクエア」などと呼ばれていた。聞いた次の瞬間に忘れてしまいそうな「感動も何もない」軽薄ネームばかりだった。
しかし、この「大屋根通り」という力強さ、忘れようもないインパクト。好きだなあ。偉いぞ、秋田市民、と感動してしまった。

その大屋根通りを歩いていくとお菓子屋があった。昔からお殿様がいる街には老舗和菓子屋が多い気がする。今では洋菓子、ケーキ、パティシエのいる店に押され気味だが、和スイーツなどと呼んで人気が戻ってきている。
老舗の若旦那、若女将?が商品のリニューアルを含めて、新コンセプトに取り組んでいるからだ。こういう変化は大都市より地方中核都市の方が進んでいる気がする。特に、観光客相手、手土産需要から日常使いへ変化しようという動きが成功しているようだ。

確かに、和菓子の団子や饅頭のような固形分の高いものはテイクアウト向きだが、クリームをあしらったり、汁粉をソースに見立てたり、和洋菓子の合体モードは戦闘力が高そうだ。洋菓子から和へのアプローチより、和菓子から洋菓子にすり寄っていく方が、柔軟な対応になるだろう。
抹茶と団子は、実に巧妙な組み合わせのように思える。東京では赤坂の羊羹屋に行けば、こんな感じで和菓子を楽しめるのだろうか。銀座では無理そうな気がする。そういえば地元の百貨店(もどき)のお茶屋が、抹茶と和菓子でイートインをやっていたな。

今回、朝の散歩途中で見つけた「我が懐かしの」茜屋珈琲店。本店は軽井沢で、日本のあちこちにぽつんと支店があるようだ。地元の街にも一軒あって、たまに美味しいコーヒーを飲みに行っていたが、コロナに負けたらしく閉店していた。
この店のコーヒーが飲みたかったが、今回は日程の都合で行けなかった。着いた日に見つけていれば、夜の締めコーヒーにしたのに、残念。

この店も時間があれば行ってみたかった。秋田に着いた日は気温が30度近い暑い日だったので、きりたんぽ鍋を食べよういう発想が全く出てこなかった。アジイと言いながら、冷たいビールを一気に飲み干すような気分だったせいだ。
看板に書かれた商品ラインナップを見れば、オール秋田うまいものが勢揃いしている。駅前にあるし、向かいはホテルだし、観光客向けの店なのは間違いないが、こちらも「真正観光客」なので文句はない。これも次回の宿題かと思いながら、次に秋田へ来るのはいつなのかなあ。
そういえば、銀座に「生きたナマハゲ」の出る秋田料理の店があったが、まだ健在だろうか。そうであれば、もう少し寒くなったときに、ナマハゲに会いに行き「きりたんぽ鍋」を食すというのもありか…………
ちなみに、銀座のナマハゲは、一通り客を脅した後は、仲良く一緒に酒を飲んでくれるフレンドリーなナマハゲだ。

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秋田で焼き鳥

秋田の官庁街近くにある「夜の繁華街」は、どうもすっかり寂れてしまっているようで、あちこちに空き家が目立った。週中の平日だったから、休業日という店もあるのだろうが、それにしても人通りも少ない。
そんな夕方の街をぶら歩きしていて見つけたのが焼き鳥屋だ。この店は秋田のローカルチェーン店として記憶にある。鶏皮が名物なのだが、博多の有名鶏皮とはちょっと違う感じがする。それでも、仙台の支店で食べたときは、なかなか乙な一品だと思った。その本店が秋田市中心部にあるのをすっかり忘れていた。最初に狙っていた秋田名物の居酒屋はやめて、鶏皮を食べることにした。

お通しが洒落ている。どうしてなのか理由はわからないが、高級焼き鳥屋ではよく大根おろしがお通しに出る。確かにさっぱりとした大根おろしは、焼き鳥の油と相性が良い。文句はないが不思議だ。

日本酒は秋田の名酒がごっそりとラインナップされていた。今回は余り冒険をせずによく飲んでいる酒を選んだ。二杯目は未体験の酒にしようと思ったが、この一杯で十分に仕上がってしまった。美味い酒は一杯だけでやめておくのが、上手に酒を飲むコツかもしれない。

名物鶏皮登場、濃いめの味付けと冷たい日本酒がよく合う。北の秋田、南の高地と酒呑の両雄の地で焼き鳥を楽しんだが、やはり北の方が肉料理はうまい気がする。高知はやはり魚だろうなあ。
皮の焼き鳥は博多のものよりもしっとり目な感じがした。秋田の鳥皮はソフト系、博多の鶏皮はドライ系といった感じだろうか。味付けはどちらも甘味が強い濃厚タレだ。熱々のうちに食べるべきだろうなあ、と感じたのだが、普通に一人前で5本10本と頼むのも頷ける。一本だけでは物足りず、おかわりをしたくなった。

その後はマイ定番のセセリ、肝、つくねを頼んでフィニッシュ。どれもうまい。焼き鳥は日本が産んだ肉料理の最高峰ではないかと、いつも思うのだが、秋田にもうまい焼き鳥屋があってよかった。
ちなみに全国に隈無く存在する焼き鳥屋だが、各地でそれなりのローカル串も存在するから、どの街に行っても焼き鳥屋に行きたくなる。焼き鳥屋の不思議なところは個人経営の店でもチェーン店でも、専門店であればそれなりに楽しめるところだ。(居酒屋でついでに出てくるようなメニューの焼き鳥には問題があることも多いが)
個人的な焼き鳥の旨い街ランキングでは、福岡と札幌が2トップなのだが、それに秋田を加えてもよさそうだ。
四国は焼き鳥よりもも肉の丸焼き(骨付鳥)が大本命だが、ついつい魚に手が出てしまうので、焼き鳥経験が少ない。大阪にも独特の焼き鳥文化があるが、記憶に残る店がない。不思議だ。次は名古屋あたりで、旨い焼き鳥を食べてみたいなあ。

駅弁

各停の旅 駅弁【大館と弘前】

秋田駅で買った鶏めし

各駅停車の旅では、タイミングよく昼飯を食べることはなかなか難しい。乗り継ぎ駅での最優先事項は、まずトイレに行くことだ。トイレ付きの車両もあるので、そこは乗る前によく確かめると安心だ。
その後で、おもむろに食べ物の調達に取り掛かる。コロナ前であれば、車内で適当に食べたり飲んだりしていた。それが最近ではちょっと憚られるところもある。車内がほとんど無人状態にでもなれば、駅弁を食べカップ酒を楽しむこともできそうだが。

秋田駅から早朝に出発する羽越本線で移動を開始した。日程から考えると、酒田で待ち時間が長くあり、そこで駅前食堂を探すという手がある。ただ、秋田で売っている「鶏めし」は誘惑的で、万が一のために調達した。なんといっても個人的駅弁ランキングトップクラスの大館「鶏めし」だ。日内地鳥を使った高級版も売っていたが、やはり定番の鶏めしに愛着がある。
秋田駅は改札の外にお土産品と駅弁を扱うキオスクがあり、コレはとても素晴らしい。新幹線改札内に駅弁屋を作らない良識的な駅の作り方だ。
結局、鶏めしは酒田駅の待合室で食べることになった。酒田で駅前食堂は、存在が確認できなかった。

弘前駅でも青森を代表する駅弁が並んでいたが、今回は弘前産駅弁にこだわってみた。駅弁売り場のお姉さんが、やたら推しまくっているのに負けたという方が正しいかもしれない。推しの理由は、わかめで巻いたおにぎりとのことだった。見た目には黒いいなり寿司にも見えるが、コレはわかめでそれも「若いから柔らかい」そうだ。

わかめのおにぎりは目新しい。斬新な味だった。確かに自分の家では作れないかもしれない。おにぎりを巻けるほどのワカメというのは、手に入りにくいだろう。ただ、それ以上に感動的だったのが、赤いご飯のいなり寿司だった。おお、コレが噂に聞く青森の隠れ資産、超甘いいなり寿司か。実食してみてよく分かった。本当に甘い。日本の北と南の地方では砂糖が大量に投入された料理が多いそうだが、津軽も甘い物好きな人々らしい。イガメンチもうまかったが、これでは少なすぎるので、もう一個追加してほしい。

ちなみに、大館駅前の鶏めし製造元、花善で買おうとした弁当売り場だが、中には従業員が見当たらず、駅弁を買うことができなかった。コレはちょっと残念な体験だった。大館に行くことなど、2度とありそうな気がしないので。
珍しい駅弁体験だったと、諦めることにしよう。