街を歩く

街歩きで感動することもある

新宿駅西口にハズレにある横丁は、昭和中期の面影を強く残す飲み屋街だ。一時期は従業員がほとんど大陸系外国人に代わっていて、昭和の日本ではなくアジアンテイストの不思議空間になっていたが、ここさ年のコロナ騒動で昭和な雰囲気に戻っている感じだ。いくつかの店が閉まっていたが、そこに代替わりで新しい店もできている。なかなか商売熱心な方はいるものだ。
その商店街の入り口、大ガードのそばに一軒のどんぶりや?がある。その店頭でぶら下がっているバナーを見て、おもわずたちどまってしまった。ただただ感動した。久しぶりに「広告コピー」で涙を流しそうになった。このコピーを書いたライターさんとは是非ご一緒に仕事をしてみたい。
このコピーの「戦う」が意味するものは、決して競合との競り合いではない。もちろん客との戦いでもない。(最近は、変な奴らが客のふりをしてあれこれイタズラするので、真面目に悪質な客と戦いたいと思う企業もあるかもしれないが)
自分たちの商品を磨き上げる努力を、自己と「戦う」と表現しているわけだ。このストイック感がなんとも素晴らしい。心を打つ。

ただ、そのストイックな広告の横には、大特価なる、これまたわかりやすいお値段訴求があるのが、まあ、笑いどころであり微笑ましい。武士は食わねど高楊枝的に、思いの丈を叫んでみました。でも、お得な商品もあるから、食べに来てね。ということだ。個人的には、特価商品より、おいしくなっタレを試してみたいが。

街を歩く

冬に雪はいらない

12月初頭の札幌 大通公園

テレビのニュースで大通公園で開かれている雪まつりの風景が写っていた。この写真の場所がまさに大雪像が安置?されるところだが、高さが10mにも達するゼ雪像を作成できるほど、公園の中に雪が降るはずもない。あの雪は、札幌南部にある山の中から移送してくる。山の中に置いておけば春には溶ける雪をわざわざ都心部まで運び込み、雪像を作った後に危険防止のため、また人手をかけて取り壊す。冷静に考えれば、なんだか人手とエネルギーの無駄遣いとしか思えない「おまつり」なのだ。
雪まつりの始まった当時は、そこいらに積もっている雪を使って雪像を作っていたはずなのだが、雪像の大型化に伴い、雪が建築資材のように周辺から「集められる」ものに変わって行ったようだ。大雪像の映像は「映え」シーンだから目にする機会も多いが、取り壊された雪像の哀れな姿を目にする機会は少ないだろう。4月になるまで、薄汚れた雪の小山があるのも、雪まつり会場である大通公園の真実だ。
北国では冬になると外出しなくなるので、屋外イベントは大事だという意見もあるが、この現代世界ではなんとも時代遅れな認識だろう。移動は車になり、とてつもない降雪、地吹雪のタイミングを除けば、冬だからといって行動範囲が狭くなることもない。郊外にできた大規模ショッピングモールは冬でも賑わっているし、モールの中は快適そのものだ。冬のモールは暖かさよりも雪のないところを歩ける快適さが好まれるのではないか。
札幌市内に地下街が広がっているのも同じ理由だろう。最近の北海道は夏に酷暑期が訪れるようになり、夏のモールは涼を求める「冷房難民」も多いようだが、それも盛夏の一時でしかない。つまり、モールの価値は雪の降る時期に発揮されると言って良い。(ここは、勝手に断言する)

やはり雪は楽しむものではなく、面倒なものなのだ。大量に雪が降る東北や北海道の北日本、そして日本海側の地域では、雪は台風並みの自然災害に近いと思うのだが、なぜか積雪量の少ない地域の方々は、雪に浪漫を求める傾向にある。その度合いは、全く雪の降らない南方の国から来る外国人観光客になると激しさを増す。
昔の仕事相手に赤道直下の国から来る人たちがいて、なぜか冬になると日本に出張したがっていた。おまけに、東京で会議をやるのではなく、北海道で集合しての会議を望まれる。はっきり言って迷惑だった。雪が嫌いな人間を、雪深いところに呼びつけるとは、まさに蛮行というしかない。
などとはっきり言えるわけもなく、雪まつりの季節は札幌のホテル予約が難しいとやんわり断るのだが、それではお前の分も南の国の旅行代理店で予約してやるという、なんとも親切ではあるが、あまりに鬱陶しい対応をされたこともある。もう、勘弁してくれよという気分だった。
寒いのは我慢できる。おそらく耐性もある。しかし、雪は嫌いだ。歳をとるごとにどんどん嫌いになる。これは、人類のDNAに刷り込まれた本能的な忌避感ではないかと思うが、どうも人類の幼生体は雪が好物らしいので、この先に愛すべき幼生体が身の回りに出現すると、雪で遊びたがる事態は容易に予想できる。いささか困った状況だ。雪を嫌ってばかりもいられなくなりそうで、消極的ではあるが「雪対策」を考えるべきだろうかと、悩んでいる今日この頃であります。

食べ物レポート

カツカレー うまし

新宿 はやしや

カレーを食べるのならば、カレー専門店ではなく洋食屋の方が良い、と個人的には思っている。専門店のカレーがまずいというつもりはない。スパイスの効いた高級カレーは、たまに食べると虜にされる旨さだと思う。ただ、家のカレーの延長線にある洋食屋のカレー、それもルーがドロドロしている感じのものが好物だ。店のアレンジでウスターソース系の酸味がするものであったり、出汁っぽい濃厚さがあったりその店独自のバリエーションを楽しむ。それなりに手間暇がかかった料理なのに比較的低価格なのも嬉しい。そして普段はほとんど食べることのなくなったトンカツだが、それが乗ったカツカレーを食べるときは至福のひとときだ。
去年の年末から思い詰めていた、お気に入りの洋食屋でカレーを食べたい。それをようやく達成した。新宿のはやしや、自宅近くの洋食屋 キッチン サン、秩父のパリー食堂、どれも個性的なカレーだった。そして食べ比べた結果、自分の好みに一番あっていたのは、はやしやだった。キッチン サンは自宅近くなので普段使いには最高だし、この三店の中では値段がお手軽だ。週に一度食べても飽きがこない。パリー食堂はカツのカリッと仕上がった感じが特徴だ。カツカレーというものはカレーのルーをソースがわりにしてトンカツを食べる料理と考えれば、ルーとカツのバランスは重要だ。その点、パリー食堂はカレーというよりカレーソースっぽいのが良い。
そして、はやしやのカツカレーは、このカレーを肴に酒を飲むタイプというか、ご馳走的な旨さだと思う。仙台の居酒屋でよく頼んでいた、カツカレーライスなしの考え方に近い料理だ。

どの店もカツは薄めで衣はカリッとしている。カツカレーはカツを楽しむというより、カツの衣を楽しむという感じもするので、肉厚ではない方が好みだ。その点、三店とも素晴らしい肉と衣のバランスだった。
カツを順番にカレールーで食べて行って、下から出てくる白飯をチェイサーがわりに口の中の辛さを抑えるために食べる。最後に残った一切れのカツには、カレールーではなくウスターソースをかけて食べる。これが満足度100%のカツカレーの食べ方だが、できれば最後に白飯を一口分だけ残しておくと、口の中のカレーの余韻が楽しめる。
最後にコップに入った冷えた水なり、カレーの前に頼んでいたビールなりをぐいっと飲み干せば、人生至福の時間の終了になる。
洋食屋のカツカレー三番勝負が終わったので、次は蕎麦屋のカツカレー三番勝負でもしてみようかな。それとも町中華のカツカレー十番?勝負もありそうだ。蕎麦屋のカレーも美味いが、カレー丼もうまいし、どこの店ににするか悩むのは間違いない。

街を歩く

駅名 どこいった事件

ビッグサイトに展示会を見に行った帰りに電車を待っていた。ボーっとしながら駅名看板を見ていたら見たことのない駅名が書かれていた。いつから駅名が変わったのだと驚愕した。りんかい線が経営破綻して、駅のネーミングライツを売り出したのか、などとあれこれ考え始めた。が、りんかい線はJR系の鉄道会社だったはずだから、千葉県の某私鉄のような経営問題があるとも思えない。慌てて、ホームの看板をいくつか確かめてみた。

やはり、他の看板は慣れ親しんだ駅名だった。それでは、あの新駅名看板は、ひょっとすると駅名看板に見せかけた広告か?とも思ったが、それにしては宣伝文句のかけらもない。あれこれ悩んだときは、とりあえずネットで検索と新駅名を探してみたら、すぐに結果が出てきた。アニメとのコラボ企画らしい。それに文句をつけるつもりもないし、関係者は面白がってやっていると思う。都内にアニメの聖地巡礼地があっても良いだろう。
しかし、できればキャラの等身大ボードくらいは設置して、コラボ企画をもう少し周知徹底できるようにしてほしいなあ。せめて改札口周辺には、主人公を含む主要キャラのキャラボードは欲しいぞ、などと思ってしまった。
ただし、自分で気がついていないだけの可能性も高い。駅の入り口や改札口周りをしっかりと観察してもいないから(普通、電車に乗る時に駅の入り口チェックなどしないだろう)、どこかにキャラボードが設置されていた可能性もある。
まあ、大都会東京のありふれた日常光景の中に、スッと差し込まれたびっくりシーンということで済ませることにしよう。
ちなみに、下のリンクでイベントの説明を発見しました。
https://www.tokyo-odaiba.net/event_tourism/rinkai_20anniversary/

確かにビッグサイトは、ある種の趣味の持ち主には戦略的重要拠点だからなあ。

街を歩く

東京にある東京アンテナショップ

東京ビッグサイトの東館西館をつなぐロビーに、面白い店がある。東京都のアンテナショップらしいのだが、しばらく前に見た時は東京都の離島、伊豆諸島の名産品を置いていた。八丈島の焼酎がお家あった。都内の酒屋でも見かけたことがない島焼酎の印象が強く残っていた。その店が、随分とファッショナブルな店に置き換わっていて、入り口にはけばけばしいと言うかふくふくしいというか、大きな熊手が飾られている。酉の市で手に入れようとすると30万円とか50万円とか言われそうなビッグサイズだ。その店の中に入ると東京の名産品?が販売していた。ただ、その商品ラインアップがなんとも怪しいというか、楽しい。どうも品揃えが日本人向けには思えない。

たまに自由が丘界隈に行くと、ついつい買ってしまうなボナだが、これが東京名物と言えるのは相当の高齢者ではないかなと思う。全国的に知られた銘菓なのだろうか。仙台の「萩の月」や、京都の「生八橋」のようなお土産の絶対定番かと言われるとちょっと微妙な気がする。ただ、個人的には東京土産として購入頻度が高いのは、このナボナと浅草の芋きん、目黒の揚げ饅頭だ。どれも美味いと思うが、日本全国で知られているとまでは言えない「知る人ぞ知る名品」というものだと思っている。
ビッグサイトの展示会に参加する人、来場者のほとんどは東京周辺に在住するものだと思うが、全国からこれを目当てに出張視察に来る人もいるから、まあ、こういう需要もありだろうか。確かに、お台場周辺には土産物屋はない。観光名所だったビーナスフォートもなくなったみたいだし。

そのあと見つけた限定品が、なんと斬新なデザインのラベルだと驚いた、ビッグサイト限定日本酒「東京ビッグサイト」だった。真面目な酒なのだろうが、これはやはりウケ狙いで酒好きな友人へのお土産か、などと笑ってしまった。
ただ、ビッグサイトは外国人視察者もそれなりの数が来る。ひょっとすると、そちら向けの国外受けしようとした黄金色なのかもしれない。日の丸が散りばめられたデザインよりは良いだろうし、桜吹雪に富士山みたいなものは……………最近では受けないのではとも思う。

逆に、日本人外国人問わず、ある種の思考の方達には熱狂的に支持されそうな「梅酒 特別仕様」が売られている。デザインもすごいが、お値段もすごい。梅酒を馬鹿にするつもりはないが、これは国産シングルモルト級の価格だ。
百年梅酒というのも気にな理サイトで調べてみたら、100年貯蔵熟成した梅酒ということでは似ないようだった。それでも極上品のようで、なんとなく一度試しのみはしてみたい気がする。ただ、このパッケージで買うときはそれなりの気合いというか勇気がいりそうだし、家で飲むにしても一人でこっそり飲むべきだろうなあ。

ビッグサイトはここしばらく連続していく予定なので、次はもう少し時間をかけてじっくり東京名品を眺めてみよう。

街を歩く

ビッグサイトで展示会

ビッグサイトに来るのは随分と久しぶりな気がした。長い間、2月のビッグサイト展示会は年間の定例行事だったのだが、コロナの間は展示会自体がお休みになっていたり、こちらが出かけるのを躊躇ったりしていたので、感覚的には随分間が空いたような気がしている。国際展示場駅から10分ほどかけて歩いて行く間に吹き付ける湾岸の海風は相変わらず冷たい。
今年はコロナ前と同じくらいの人出にもどったようだ。

入り口付近に、年内の展示会予定も貼られている。開催者も今年は気合が入っているのだなと、思わず笑ってしまった。館内に入り辺りをせかせか歩いている出展者、視察者を見ると、こちらも戦闘モードというかお仕事気分になってくる。展示会は同業者、関連業界の企業が集まってくるので、いわば仲間内の世界なのだが、それだけに専門領域というかプロ仕様の仕事場という感じがする。こちらも気合を入れて視察してみようと力が入る。久しぶりな展示会のせいで入れ込み気味なのだ。

最初からお目当ての外食関連の展示に行くのは気が引けるので、ちょっとよそ見をしてみることにした。地域振興プロジェクトという名称に惹かれて、展示ブースの一番端まで行ってみた。全国の地方企業があれこれ賑やかに集まっているのを期待したのだが……………

なんだか最近流行のビジネス用語がたくさん並べられている説明がある。言葉は多いが中身がよくわからない、典型的などこかの「官主導」企画らしい。少なくとも自分にとって、3つのDXとは謎の呪文でしかない。Linked Cityは日本語にすると何になるのだと突っ込みたい。そもそも情報で繋がるいうのであればConectedの方が英語的にはわかりやすいのではないか?などと、看板の前で考え込んでしまった。しかし、何度読み返してみても、何をしたいのかよくわからない。仕方なく、わからないまま中に入ってみた。もっとわからなくなった。
そのあと、本日の目的地であるレストラン業界向けの展示ブースに移動し、コロナの間に止まっていた感のある色々な技術が進んでいるのを確認できた。これはよくわかる。すごくよくわかる。相手もこちらも専門用度で話し合える。プロの会話だなと、ついつい話し込んでしまう。
やはり展示会は。自分の守備範囲をよく考えていかないと、ただただ頭の中に???が浮かび、歩き疲れるだけのダメなアクティビティーになることが理解できた。
この日の歩数は15000歩、久しぶりにがっつり歩いたので、体のためには良いことをしました。

小売外食業の理論

福袋のハズレ通知は大手の策謀

もう古い話になる?が、マクドナルドの新年福袋に外れたと言う通知が来た。福袋応募抽選には、ここ数年毎年応募している。残念ながら当たったのは一回だけだ。そこに文句があるわけではないが、ハズレ通知の中に来年は当選確率が2倍になると書いてある。
これは微妙な表現だなと思う。来年も応募する気が満々(自分もそうなりそう……なのだが)な人間には、やる気を起こさせる。ただ、それほど気合の入っていない応募者の中には、「ヘン、うるせーよ」と言いたくなるものもいるだろう。
マクドナルドをはじめとする外食チェーン店の福袋は、大体が商品券で構成されているので売上という視点から見ると「需要の先食い」でしかない。しかし、顧客の確保、流出防止、利用頻度促進など「ヘビーユーザ対策」として考えると、これはなかなか興味深い集客戦術ということになる。最近では、応募・抽選・当選・連絡などもネット・アプリで完結するから、こうした「来年もまた応募してね」という長時間スパンの提案(販促)もできる。
ネット商売が勃興機の時代(もはや随分昔のような気もするが)には、ライフタイムバリューだのロングテールだの、あれこれカタカナ・マーケティング用語が噴出したが、結局のところ、常連客の囲い込みということでしかなかった。ただ、その手の細かい顧客対応が苦手だった大手チェーンが、ネット・アプリ環境が進化しネット販促が普及したことで、中小店よりきめ細やかな対応が可能になった。
というより、大手の得意技に仕立て上げたということだろう。ネット・アプリを使った販促は中小規模店には投入資金、運営技術共にハードルが高すぎる。
一時は万能兵器のようにもてはやされたSNSも、今では販促ツールとしては常用品となり、ツールとして差別化されてもいないし、目新しくもない。もはや古びた常備品というところだろう。
すでにSNSの販促効果はグッと低減している。アプリ制作などの導入費用や運営維持費を考えると、なかなか悩ましいツールだろう。SNSの次のツールが求められている、まさに、ネット販促戦国時代なのだ。そうした中で、マクドナルドは一人我が道を往くという感じで、強者の論理を実現している。(ような気がする)

決してハズレたから文句を言うつもりはないが、ハズレたおかげでネット販促のあれこれ、特に大企業に有利に働く市場環境などを考える機会になった。転んでもタダでは立ち上がらない、せめて石ころの一つも拾ってやるという貧者の論理を実践できた。(つもりだ)
でも、来年は当たるといいなあと、すでに応募する気になっているのだから、まんまとマクドナルドの策にハマっているのだ。

旅をする

羽田空港で泊まった話

深夜2時ごろのロビー風景 普通には体験できない空間だ

去年の夏、飛行機の運行トラブルで羽田空港到着が夜の11時過ぎになり、終電も終わった時間に空港で放り出されたことがある。タクシーも長蛇の列で、いつ乗れるのかわからない状態だった。仕方なく、始発の電車までロビーで待つことにした。ロビーの中には帰宅難民がゴロゴロいたが、ロビー内施設は全部閉鎖。都内都心部までの臨時便(バスや鉄道)を何本か設定して貰えば、都内のどこかでホテルを見つけるなり、タクシーで自宅に帰るなりできたと思うのだが。
何年か前に、降雪で空港が閉鎖になり、大陸から来た観光客が千歳空港で足止めを食らったというニュースを見て、ちょっと不思議に思っていた。なぜホテルに行かないのかと思ったのだが、要は足がないと空港から移動できないのだと、自分が同じ目にあって初めて気がついた。
今年になり大雪で新幹線が止まり、やはり駅で夜明かしになった人たちのニュースを見ると、だいたい状況は似たようなものだ。どうも、日本社会において交通機関は絶対に定時で動く、止まることはないと信じている節がある。もし止まった時にどうするか、ということを想定することが苦手らしい。いや、考えたくないから目を瞑る、思考停止するようだ。
それが交通産業に関わる経営者の信念らしいのだが、空港間の移動は、新幹線駅間の移動は自分たちの責任範疇としても、その先の接続交通機関は自己責任でどうぞということだ。理屈としては正しい。日本以外の国でも、それが当たり前だと思う。
ただ、運行に遅れが出て駅や空港で足止めを喰らうという事態が、年に何度も起きているのもここ数年の事実だ。コロナボケというより平成から続く旅客需要低迷を契機としてコストカットを志向するあまり、リスク管理もできなくなっているような気がする。

結局、空港ロビーに滞在していたのは6時間程度だった。女性や子供もいたから、何か事故が起きたらいったい誰が対応するのかと不思議だった。照明も暗くなる。節電なのかもしれないが、それは平常時の対応だろう。ロビーに足止めして夜明かしする客がいる時には、犯罪防止の観点から考えるべきことがあるはずだが。おそらく、夜の公園的な、自己責任で対応する無法空間なのだろう。
トイレは使える。ただ、「ここはトイレです」というアナウンスがずっと流れている。視覚障害者のための補助アナウンスなのだが、それが夜の間もずっと流れている。あれはなかなかシュールな状況だった。
トイレの設備だけが24時間対応で、空港足止め発生時のリク管理ができているということだ。飲み物、食べ物は自販機が稼働しているから、最低限のものは手に入る。それが救いと思うべきか。
ハイジャック防止の身体検査が典型的な空港のリスク管理だと思うが、運行遅れによるロビーでの夜明かし対策を考えないのはリスク管理として片手落ちではないか。おそらく何か事故が起こると、全員をロビーから追い出してロックアウトすることが予測できる。まあ、その程度のレベルだろう。
後になって思ったことだが、羽田空港から徒歩で都内まで移動することはできるのだろうか。首都高以外の一般道も繋がっているはずだと思うのだが。であれば、夜中の遠足で蒲田あたりまで歩いていけばよかったのかもしれない。こういうアイデアはいつも後知恵で、まさに困っているその時には出てこない。自分も危機対応能力が低すぎることを反省すべきだな。

食べ物レポート

家から2分のラーメンストリート

去年の後半、家の近くにある県道沿いにバタバタとラーメン屋が開いた。コロナによる外食不況が終わりつつあるんだなと、素直に喜んでいた。ただし、他の外食店が撤退した跡地への出店なので、世代交代というか淘汰が進んだという側面が目立つ。
その新規開店の店で家から一番近いのが、この双子店舗だ。入り口は一つで中の客席をシェアするのかなと思っていたが、実際には入り口が二つあり、店内は壁で完全に分離される構造だった。そこで、まずは右側の店を試してみた。ラーメン界では有名な東京発チェーン店だが、すでに中堅から老舗の域に達している。
ちなみにラーメン屋の開店2年後の生存率は5割程度と聞いたことがある。開店から2年経つと、半分の店が閉店するということだ。だから10年生き残っていれば、ラーメン界では老舗になる。20年続けはレジェンドだろう。このブランドも20年ものでレジェンド級だ。

メニューはシンプルだが、やはりレジェンドになる店は定番品が圧倒的に支持されるから長生きできるのだという証明だ。この店の絶対定番は「つけ麺」だと思うのだが、とりあえずというか捻くれて「中華そば」を注文することにした。ちょっと気温が低かったこともあり、温かいものを欲していたという単純な理由だった。これが炎天下の夏だったら、迷わずつけ麺にしただろう。当然、次回はつけ麺にするつもりだ。ただし、腹ペコにしていないと、つけ麺のボリュームに負けてしまう。

薄めに切られたチャーシュー  スープによく絡むのが好みなのだ

魚介出汁の濃厚スープは、ゴワゴワの太麺とよくあう。太麺は啜るというよりもぐもぐ食べる、噛み締めるものだ。相変わらずの面食い向けうまさだ。線路を挟んで反対側には、池袋大勝軒の暖簾分けした店もあるが、やはり人気のつけ麺店はもぐもぐ系なのだと思う。その大勝軒分店は、創業者の味を一番忠実に再現しているとネットの記事で読んだことがある。コロナの間は多少空いていたが、今では前にもましてランチの行列ができている。行列が空いてから行くと、スープ切れで閉店してしまう。人気店はやはり行列を覚悟しなければいけない。家の近くにあるから我慢できるが、うまいレー麺を食べる代償として諦めるしかない。名店特有の「玉に瑕」というやつだ。
この大勝軒分店とこの新鋭つけ麺レジェンド(?)が、どちらも徒歩圏にあり食べ比べできるのはかなりラッキーなことだと思う。おまけに、ぎょうざの満洲本店も徒歩圏にあるから、実はラーメン天国に住んでいるのかもしれない。

カウンターの壁に貼ってあった「商品説明」は、簡素にして十分な情報だ。この店の中華そばは年配の客が慣れ親しんでいる「昔風ラーメン」と、北極と赤道くらい離れているので、こういう説明書きは意味がある。
都心部のラーメンフリークが行列するような繁盛店では、客が行列する前からその店の商品特徴を事前に下調べしているから、この手の情報は不要だ。しかし、埼玉県のハズレにある高齢者多数在住のベッドタウンでは、この手の注意書きは必須だろう。高齢者のクレーマー対策は、今や飲食店では「無銭飲食」よりもタチが悪い、絶対必要な営業テクニックになっている。
タチが悪いクレームの典型だが、味のうまいまずいではなく、自分の体験し損なった「楽しい時間を返せ」などと言いだす。超能力者でなければ、時間は戻せない、返せない。無理難題というしかない人類では対応不可能な要求だ。そもそもそんな時間を巻き戻せるサイキックな能力があれば、飲食店などやらないと言いたくなる。ただ、一言そういうと、まさにヒートアップする「やから」が多い。そのクレーマー対応を見てしまうと、周りにいる客が引くのは間違いない。明らかに営業的にはマイナスだろう。
商品説明は、今や、店舗常備のマストアイテムだな、うまいラーメンを食べた後で真剣に考えていた。飲食店をやるには、教科書には載っていない裏ノウハウが重要な時代なのだよ、と呟いておりました。

街を歩く

早くも始まった円高還元に見る日本政治のあれこれ

アフターコロナは値上げの時代、そしてその反動は半年から一年で出る、と言っていたのだが。近くのスーパーで、さっそく円高還元セールが始まっていた。半年どころか、年が明けて一月もしないうちにだ。
確かに、日銀の口先介入(?)で円は一気に高騰した。というか、円ドルのレートが150円台まで行ってしまえば、輸出産業の儲けよりも原油輸入の損の方が大きくなるという、単純な経済原理だろう。為替だ、金利だ、国債だと、経済学者は精緻に入り乱れた要素をあげつらい解説しようとするが、やはり「オッカムの剃刀」を一振りすれば、ことは落ち着くところに落ち着くということではないか。
これからはゆっくりと円高が続いて、安倍政権末期の安定レートに至るのではないかと思う。どこの国でも長期政権が続く時は、為替変動が少なくなると記憶している。国内の政権基盤が強い(たとえそれが独裁政治であれ)と、国外も含めて通貨は安定するのは、歴史を振り返ればよく起こっている現象だ。ただ、弱小国家の長期独裁政権では、経済無視の政治が続くのでハイパーインフレが起きたりするが、その場合は革命なり政権交代で事態が収まる。
現・自民党政権は、そういった歴史的観点から見て、安倍長期政権の後釜としては力不足なので、為替の乱高下が発生したと見るべきだろう。政治の無策や無能な政治屋は、国民の災厄というしかない。その被害は、まずは物価という身近な経済現象として現れる。歴史をふりかえれば、今の日本は、大正デモクラシーで浮かれた後の昭和恐慌みたいな感じだろうか。昭和初期には、政治家テロも起きたし、軍備増強と増税が始まるのは、まさに昭和はじめの狂気な政治的状況に似通う。結局、敗戦に至る長い愚かな政治が続き、国民はそれに熱狂し失望した。敗戦という外部からの革命を受けても、愚かしい政治屋が一斉に廃棄されたためか、昭和中期は経済繁栄の時代になった。その結果、昭和の中期にはキングメーカーとして精力を誇る元首相が生まれヤミ将軍などと呼ばれていた。この時期狂乱物価などと言われる時期もあったが、賃金は上がり市民は豊かな経済のおこぼれに預かっていた。概ね、小市民が幸せを感じる時代だった。そして、平成の経済沈没があり、小市民は豊かさとは関係ない暮らしになった。貧乏になった平成日本が令和の時代になり、キングメーカーを狙っていた最長政権保持者が突然いなくなった。これからは、おそらく短期間で小物政治屋がくるくる変わる時代になるのだろう。平成前半の、日本が救われない時代が再来するに違いない。


たかがバナナではあるが、されどバナナというか、典型的な輸入商品であるバナナの値段で世界が見えてくるというのも言い過ぎか。
ただ、このバナナ、以前の値段と比べても安くなっていない気がするのだが。バナナ好きなので、他の果物や野菜の値段は覚えていないが、バナナの値段だけは記憶にある……………