食べ物レポート

埼玉の誇る名品 秩父編

埼玉名物は数多くある(はずだ)が、自信を持ってお勧めするのが「シャクシ菜」で、説明は写真に書いてある通り。(だと思います)


いわゆる古漬けになった発酵食品としてのしゃくし菜漬けが大好物だが、しばらく見ない間にシャクシ菜スピンアウト諸品が大量にできていた。おそらく、コロナによる観光産業壊滅に危機感を覚えた関連業種の方々が、頑張って新商品投入をされたのではないかと推測している。自宅近くの元・百貨店でも食料品売り場に秩父産品コーナーがあるので、そこに行けば買えるかと思ったが、残念ながらこのスピンアウト商品群はまだ新興勢力らしく、秩父に行かなければ買えないらしい。
とりあえずまた秩父に遊びにいく口実にはなるので、それはそれで良しとしよう。

すでに全国区になった感のある「高菜漬け」製品では、和歌山のめはり寿司が好物だ。それと共に熊本のごま油炒めが漬物加工品として秀逸だと思っている。その高菜漬け油炒めの変形(コピー?)がしゃくし菜油炒めだが、個人の好みを言うとこちらの方がうまいと思う。埼玉・秩父贔屓ということではなく、発酵食品として、漬物としての完成度もあるが、加工品としての仕上げ方が上手いのだと思う。あれこれ調味料が入っているせいでもあるが………加工食品だしなあ。
ただし、高菜の油炒めもスーパーで並んでいるものではなく、九州に行って現地生産(ローカル品)を買えば、また違う味わいがあるのも間違いない。近いうちに銀座のアンテナショップに行って仕入れたものと食べ比べをしてみようか。

菜葉の漬物としてシャクシ菜・高菜漬け以外に思い浮かぶのは、超有名な長野の野沢菜だ。ただ、これもさまざまなアレンジ品が売られているが、ごく普通の家庭で作られているもの食べた時が一番うまかったような気がする。諏訪の蕎麦屋で出てきた自家製野沢菜漬けもうまかった。だから、秩父のシャクシ菜も秩父の家庭でつけられたものを食してみたいものだなあ、などと思うのでありますよ。

小売外食業の理論

コンビニのPB観察 その1   クリームパン

アフターコロナの時代は、値上げの時代になった。コロナの落とし子はいろいろあるが、その中で食料品を含む物価上昇は、デフレなき平成時代の名残を吹き飛ばしてしまった。今では、食品の値上げは「当たり前」のことになり、その波が外食にも押し寄せている。
値上げした食品価格が、少なくともその企業で働く従業員の給料に反映にされるのであれば良いのだが、どうも賃上げは抑え込みながら商品の値段を上げる経営者が多いらしい。そういう時代感のない経営をすると、手ひどいしっぺ返しがくるのが世の中の常だ。賃上げをケチる会社という風評で、会社の経営が揺らぐ。川下産業である食品販売業や飲食業の特徴だと思うのだが。
今はみんなが値上げするからうちの会社も値上げしようという便乗型企業は多い。このご時世に値上げの正当化は説明が簡単だからだ。みんなで渡れば赤信号も怖くない日本社会の典型だ。ただ、半年もすればその中から低価格を売り物にする「逆張り商売」が注目を浴びるようになるはずだから(歴史は繰り返す)、今のうちに値上げ商品と価格についてあれこれ調べておこうと思う。
値上げした企業・商品が競争に負けて値下げする時に、昔と今を比べてやろうという、意地悪い気分もある。どうせ値下げする時には、消費者還元とか社会貢献とかいい加減な理屈をこねくり回すのはわかっているから(これも歴史は繰り返すだ)、嘘つき企業として、犯人探しをしておいて証拠を残して見ようとも思う。
まあ、社会が実力主義偏重になりサラリーマン経営者が多くなると、短期的なビジョンしか持てないから、あれこれ面白いことが起きるものだ……………というのが今回の趣旨だ。

たまに食べたくなる小ぶりなクリームパン 薄皮まんじゅう的な優れものだ

さて、ちょっと長い前置きになる。今では当たり前になったコンビニのPB商品も、実は物価上昇の時代に始められたものだ。今となれば懐かしいダイエーが、メーカーに対抗して価格破壊の一環として大々的に始めたのが最初期のPBだった。当初は「価格は安いが品質はねえ」という感じだったが、だんだんに品質が向上しNB品と変わらなくなっていった。
ただ、コンビニはスーパーとは異なりPBの導入が遅れた。コンビニはもともとNBの定価販売が基本だったからだ。仕入れで規模の経済を生かして、個店経営より安い仕入れ価格を実現し粗利を増やす。その増えた粗利を本部と加盟店が分け合う、みたいなビジネス構造だったはずだ。コンビニの基本ビジネスモデルとは、卸業者(本部)が個店(加盟店)における販売ノウハウを提供し、取引先(加盟店)の囲い込みを図る、中間流通業者の経営改革と理解するべきだろう。
それがコンビニ各社が利益改善を図る中で、いつの間にかPB商品投入が当たり前の手法になってしまった。販売量の多いコンビニにメーカーがすり寄ってきたという方が正しいかもしれない。
この値上げの時代に、スーパーより強い購買力をもつに至ったコンビニ本部がどういう価格対応をするか、業界一位のセブンと二位・三位企業がどう対抗するのか、興味津々だ。
ちなみに、業界一位のセブンは問答無用で自分の理屈にあわせて値上げをしていると思う。ものによってはNB品より高いぼったくり商品と言いたくなるものもある。まさに強者の論理の実現だ。だから、基本的にセブン商品に対しての評価は辛口になるということを最初にお断りしておく。盛者必衰は歴史からの学びだが……セブン帝国は我が道をいくらしい。


今回の元ネタはネットニュースだった。大手パンメーカーの定番品が値上がりする。それと似たようなコピー商品はどうなるのか、というような話だった。NB品の値上がりを待ってコンビニPBと比較して見ようと思った。それぞれを買ってきて比べてみた。

左 PB  右 NB 
写真ではわかりにくいが、実際に見るとNBが一回り以上大きく見える

包装袋には重量情報が載っていなかったので、自分で計測した。NB品は38g(平均)に対してPB品は27g。内容量はNBが4個入りに対してPBは5個入りなので、総重量はNB152g、PB135gになる。重量比にするとNBはPBに対して126%と多い。そして価格比は144%。となるとお買い得なのはコンビニPBになる。味の好みは個人的なものだから、上手いまずいをコメントするつもりはない。試食した感想で言うと味に大差はないように思う。
製造元はどちらも山崎パンなので、製造ラインが別だが、製造ノウハウは共有されているのではないだろうか。パンの焼き色やクリームの違いはあるので、NB品をコンビニ向けに改造した(スペックダウンした?)ものであることはわかる。別物というより、二卵性双生児みたいなものか。若干、クリームの濃厚さが違う気もするが、それも好みの差の範囲だろう。
一包装で中身の個数が違うから、小さくてたくさん入っている方が良い人はコンビニで、一つの大きさや食べ応えが重要な人はNBをスーパーで買うのが良さそうだ。価格だけで決めるのならば、コンビニPBの方が安い分だけ価値があるかもしれない。ただし、コンビニは納入数が少ないので売り切れることも多い。その辺りが評価の差になりそうだ。自分の意見では、どちらでも良いのでは………と言うところだ。
クリームパンの他にあんぱんもあるので、そちらはもう少し中身の「あんこ」の味について、好みの差がでそうな気もする。
この調査の目的?は、NB・PBの優劣差をつけるというより、半年一年先に起こるであろう値下げの言い訳を楽しむ頼めの証拠・記録なので、しばらくあれこれ比較してみたい。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

一人中華三昧を楽しむ

辛い肉野菜炒めとでも言えば良いのか 「爆弾炒め」は野菜たっぷり

中華料理屋に行って一人飯を食べようとすると、基本的な一品に小皿がついたセットを注文することになる。麺や丼は当然一人前だが、あれは食事としての完成度が低いというか簡素すぎるのが寂しい。そう感じる時には、定食・セットのお世話になるしかない。回鍋肉セットとか、酢豚セットとか、エビチリ定食みたいなものだ。サラリーマンのランチで考えれば全然リーズナブルで当たり前だろう。高級中華料理店であれば、小皿が2・3品ついてきて相当にゴージャスなものも選べる。町中華であれば餃子定食とかレバニラ?定食とか「がつん系絶対定番」も存在する。
ただ、色々な料理をちまちま食べたいという中華の食べ方となると、これは一人飯では難しい。絶望的に難しい。だから、中華をしっかり食べる時には5ー6人のパーティーが必要になる。それが世の常識というものだとは理解している。それでも、一人で「中華ちまちま喰い」をした時はある。そんな時には、日高屋に行く。居酒屋使いする夜パターンを、すこし変形して使ってみるのが良いと思う。
まずはメインの一品を決めてそれを頼む。それに追加するのは全て「小皿」シリーズにする。日高屋の優しいところは、餃子も3個で頼めることだ。今回は頼んでいないが、サイドで餃子を選ぶのは一人中華のお決まりと言える。

日高屋の小皿メニューは中華というより居酒屋のつまみに近い。が、そこはちょっと妥協して、イカゲソ唐揚げと焼き鳥(という名の鶏肉甘辛煮?)にした。これにラー油をかけたり、酢と胡椒で味変したりすると、気分はそれなりに中華感が出る。そして白飯の代わりに半チャーハンを頼む。よくあるラーメンを頼むと半チャーハンセットにできるという限定しばりメニューではなく、単独で半チャーハンが頼める。これも日高屋は偉いなあと思うところだ。ちなみに、半ラーメンも単独メニューとして存在するから、半チャー半ラーメンという掟破りな組み合わせも注文できる。日高屋、偉いぞと本気で褒めてしまう。

手間をどう考えるかで値段設定は変わるだろうが、世の中の町中華経営者は本気で日高屋的少量・半量メニュー対応を考えるべきだろうと思う。いや、中華に限らず全ての飲食コンセプトに適応できる考え方だ。アフターコロナの時代に、原材料価格上昇と人手不足から値上げやむなしという雰囲気が広がっている。特に大手チェーンは値上げにためらいなしの対応だ。しかし、賃上げが後回しになっている社会構造では、この値上げが受け入れられるとは思えない。すぐに価格競争が再開する。その時に、中小規模の経営者はどう対応するかの回答が、「定番の少量化」ではないかと思っている。
ちなみに、同じ町中華大手の満洲餃子では、日高屋とは別の考え方があるようで、それはまた別の機会に考えてみたい。
昼のピークを過ぎた頃に楽しむ一人中華三昧は、なかなか真面目なビジネsyテーマを考えさせてくれるものなのだ。

食べ物レポート

つまみのピザとはこうでなきゃ

お気に入りのピザ 新宿にある洋食店 はやしや

ピザはすでに国民食に近い一般化された食べ物だと思う。家庭向けには冷蔵・冷凍両方が販売されている。ピザが変形した食べ物でピザトーストなるMade in Japanな食べ物も存在する。ここ数年は宅配ピザの需要が爆発していて、それと合わせて宅配専門店ではテイクアウト品を低価格で売り出すことが当たり前になり、ピザ1000円時代になった。1000円のピザ(Mサイズ)は、ほぼ2ー3人前なので、ハンバーガー3個を買ったとすれば、一人前換算をするとほぼ同価格の商品になる。
宅配ピザを注文してレンタルビデオを見るというのは昭和後期、平成初期のそれなりにトレンドに載ったライフスタイルだったが、いまでは宅配ピザも手抜き消費の代表として、カップ麺の代用品くらいの位置付けではないか。
売り手にはそれなりの思い入れがあるだろうが、昔のピザが持っていた「ご馳走感」はすでに遠い過去の話だろう。ただ、一部のレストラン(イタリアンではない一般洋食系)や洋風居酒屋では独自の進化を遂げたピザがある。


その特徴は、たっぷりチーズにある。今や宅配ピザではお目にかかることがないほどのチーズの量で、まさにチーズに溺れているトッピングたちという感じがするチーズの多さだ。ただ、このチーズはあまり匂いが強くない。ブルーチーズのピザのような強烈な臭気(香りとは言い難い)が好きなチーズ好きには物足りないかもしれない。ただ、食べた時のボリューム感であったり、咀嚼した時のかみごたえは、「酒の肴」向きに定向進化したおつまみメニューとして高い完成度がある。進化の方向が明確だった結果という気がする。料理は、薄ぼんやりと美味いものを作ろうとしてもうまくいかない。「こういう食べ物にしたい」という明確なビジョンが必要という証明だろう。
具材はミックスピザであってもシンプルなものが多い。基本はソーセージ、ベーコン、サラミなど塩味の強い乾燥肉製品で、たまに変わり者としてシーフード(イカ・エビ・タコなど)が使われるくらいだ。ファミレスで人気の「変わりピザ」、マヨコーンなどは居酒屋系、酒のつまみ系ピザではあまり見ない。
この酒の肴ピザの良い点は、冷めてしまってチーズが固まって、酒のつまみとしては機能することだ。脂分が多い、タンパク質が多い、味が濃いなど料理としてのバランスはどうかと思うが、冷めてもうまい。
鶏の唐揚げやフライドポテトと同じで手づかみでも食べられる。重量型のスナックという位置付けにあたる。どの店でもピザ専門店のこだわりみたいなものはないのだが、それが逆に酒のつまみとして完成度が上がる原因にもなっている。
当然ながら、「生地が手作り」だの「ソースが自家製」などとうるさいことは言わないのがお約束だ。ピザと似たような商品のはずだが、ハンバーガーやフライドチキンになると途端にうるさいことを言い出す(店と客のどちらも)連中が多い。あれはなんとかならないものか。ジャンクな食べ物にはジャンクな旨さがあるのだ。もったいをつけて語りたいのであれば、せめて正統フレンチくらいにしてほしい。
が、不思議とピザに関してはうるさく言う人間が少ない。ひょっとするとピザに関しては知見や知識が足りないだけなのかもしれない。ピザはイタリア発祥の食べ物だが、そもそもイタリアンはグッとカジュアルな料理で、ピザはその中でも軽量級になるから、語るのは自分の感想だけで良いと思う。

イタリアンレストランに行ってピッツアにタバスコを使おうとすると、あれこれ問題が出ることもあるが、飲み屋のピザは一面が赤く染まるほどタバスコをかけて食べれば良い。飲み屋のピザはお気楽に、あくまでお気楽に楽しむワン・ハンド商品だ。お値段も安めだし、ぜひ酒のお供としてご検討ください。ちなみに、焼いたチーズは想像以上に日本酒によく合うので、酒の種類は選ばないはずであります。

食べ物レポート

久しぶりの回転寿司

カツオの握りは、もはや季節感なしなのだなあ

去年後半で外食業界最大のニュースは回転寿司大手が公取にキツイご指導を受けたことだろう。そしてご指導を受けている最中にもかかわらず、似たような悪いことを再発していたこと。普通に考えれば、個店の問題ではなく経営の問題なのだが、さすがファンドの経営らしくその辺りははっきりさせないのが、今の外食産業の抱える宿痾だなと考えていた。
別に正義感に溢れているわけではないが、あのコンプライアンス無視な経営を見れば、食の衛生、安全安心といった「根本原理」すら守ろうとしていないかもしれないと思い、しばらく利用するのをやめていた。同じことを考える一般客も多かったようで、業績は急降下したようだ。
食べ物産業は、風評次第ですぐに業績が変わる。悪評がたてば売り上げは瞬間に急落し、回復には年単位の時間がかかるという教訓を再認識させてくれた。コロナの覇者だった回転寿司も、最近の事件と値上げラッシュでなかなか厳しい道を歩いているらしい。
外食企業は「他山の石」として欲しい。それも正しい意味で認識してね、と言いたい。某与党政党の元幹事長のような「誤認、誤解、自己都合の勝手な解釈と言い訳」はしない方が良いですね。またネットで叩かれる。

今回はトラブルを起こした方ではない大手の店に行った。オーソドックスに魚が乗った寿司を注文して、最後にチャンジャにぎり?で締めた。チャンジャも魚製品といえばそうなので、カルビやマヨコーンという最近人気のある新定番、変わり寿司とは違うが、やはり変わり寿司の一種なのかもしれない。しかし、今回のネタは全て「泳ぐもの」だから、珍しく正統派の注文をしたと自慢しても良い。エヘンエヘン。
ちなみに注文したのは全て一皿125円のものだが、全品100円均一だった価格が、いまでは一皿値段が何種類かに分かれている。複数価格帯の皿をどうやって会計するのだろうか不思議だ。今までは皿の枚数かける単価で計算していたはずなので不思議に思ったが、皿の返却口にICタグのセンサーがあるのだろう。回転寿司は業界を挙げて最先端のIT技術を導入しているから、皿勘定も人手ではないはずだ。最近では、事故対策としてイタズラ防止用のセンサー・カメラも回転レーンに備えているようだし。回転寿司は、もはや素人が始められる業態ではないし、簡単に儲かる商売でもないようだ。
随分と小ぶりになってしまった握りを食べながら、この業界の進化について考えていた。次の進化はテイクアウトの完全自動化だろう。そうなると店舗の従業員は、機械の補助要員に成り下がるのだね、きっと。機械が人を使う時代が、ついに到来するようだ。

街を歩く

西新宿 飲んべいストリート復活

新宿駅西口を新大久保方向に北上すると、西新宿の飲み屋街がある。小田急ハルクの裏側の一角と言えば良いだろうか。そこには昭和から営業している渋い居酒屋が数軒あるが、よく通っていた店が焼き鳥の名店ぼるがだ。店内は薄暗い。複数で行くと2階の広間に案内されるが、一人のみだと一階のカウンター前になることもある。焼き鳥に日本酒を冷でというのがに合う店だ。ここしばらく営業しているか気になっていたが、元気で開けているようだった。ちょっと時間が早く、焼き鳥を焼いている姿は見られなかったが。夏の夕暮れ時に、この店の前を歩くと、焼き鳥の煙でもうもうと煙っている。個人的には、なんとなく西口の象徴的な店という気がする。夏が近づいたら、また来ることにしよう。

そこから徒歩1分にある居酒屋がこの日の集合場所だった。にほ飲酒の品揃えが良いと聞いていたが、店に入る前から「推し」銘柄がたっぷりと押し寄せてくる。階段脇のポスターを見ていたら今日はやはり濁り酒にするべきだろうと思った。濁り酒は冬のご馳走だと思うが、甘口なので飲み過ぎ中だ。一杯でやめる勇気が重要。

店内に入るとこれまた大量の銘柄札が並んでいる。飲んだ記憶があるものが半数くらいで、東日本の酒が多い。伯楽星を置いてある店は珍しいなと思うが、それ以上に豊盃は幻級で、都内どころか蔵元である青森でもなかなかお目にかかれない。日本酒ラブに溢れた店だ。今後は我が新宿の本拠地にしようと真剣に思う。食べ物メニューを見ても、基本的に日本酒に合う料理が並んでいる。どうやらとても良い店を紹介してもらったようだ。
しかし、歴史がある店だということだが、なぜ今まで存在を知らなかったのだろう。ちょっと人生を損した気分になる。店内は酒好きで溢れていた。賑やかなオヤジの居酒屋と思っていたら、女性客も結構多い。

日本酒に揚げ物は合うかなあとちょっと気になったとフライ料理だったが、これはなかなかに逸品で、酒も魚もうまいと感心した。西新宿の居酒屋はコロナ前のように賑わっていたが、これが本格的な復活なのか、もう少し時間がかかるのかもしれない。
入り口に貼ってある東京都のレインボー認定マークが、今更ながら当てつけがましいというか、行政とは無能者の集団だから気をつけろとい戒めであるように見える。意味のないことに意味を持たせるという意味なのだな、などと笑わせてくれた。このマークが東京都の暴政と歴史の教科書に書かれるのはいつの頃だろう。キリシタンを人別する道具だった踏み絵(最近は別の意味合いがあったとされているらしいが)と同レベルで記録されるのではないかと思っているのだが。
レインボーマークがあるから安心して飲める店、などと思っている呑んべいオヤジ(一部はおばさんも含む)は世の中にどれくらいいるのだろうか。
昔懐かしい店内の居酒屋風景にホッとしながら、そんなことを考えていました。しかし、良い店です。来週、また行こうとも思っております。

食べ物レポート

怖くて値段が聞けない海鮮丼

隣町の百貨店で北海道展があると家のものが出掛けて行った。そのお土産に、海鮮丼を買ってきてくれた。海鮮丼というより海鮮重と言いたいゴージャスな見栄えだ。どうやら普通サイズの海鮮丼は丸い容器に入っていて「普通の」丼に見えるらしい。この土産にもらったものは具材大盛りというか、贅沢版の海鮮丼のようだ。
ネタのノリ具合が半端ではない。このネタの下にご飯が隠れているのだが、ご飯の量はネタよりも少ない。海鮮丼とは美味しい魚で白い飯を食べるというコンセプトのはずだが、これは発想が逆転していて、美味しい魚を食べるためのおまけで白い飯がついているという感じだった。
鮨屋のお得なランチでよく見られるチラシでは、面積稼ぎで卵焼きやガリなどが非魚系トッピングがネタと同じように使われることがある。それはそれで格安に仕立てる工夫と言えば納得もするが、やはりちょっと見栄えが寂しい。
この贅沢版海鮮丼では、そんな見栄え改善策は何一つ取られていない。定番備品である緑のバランさえほぼ存在しない。ネタを重ねまくっているので、下敷きになったネタは半分しか見えていない。見栄え優先のメニューが多い中、質実剛健というか中身の量で勝負という贅沢な昼飯を食べてしまった。だが、これはランチというより、酒の肴ではないかとも思った。熱燗をちびちびやりながら魚をつまみ、その間に白い飯をちょっと口直しに一口放り込むみたいな食べ方だ。
食べ終わってから、値段を聞こうと思ったがやめた。おそらく自分では買う気が起きないほど高いものだという気がする。普通のランチで言えば二食分どころではすみそうもない。おそらく売り場の前に行っても、値段を見ただけで素通りしそうな豪華な代物に違いない。お高いものは誰かに買ってきてもらうのがいちばんで、値段を知らないからこそ純粋に味を楽しめる。
素直に美味しいものがたべららたことに感謝しよう。日頃の行いを考えると、こんな高額なお土産をもらえるなど、まさに感謝しかありません。

街を歩く

立食い蕎麦のバージョンアップ?

東京でサラリーマンをやっていると、この店のお世話になることは多いと思う。都内には有名な立ち食い蕎麦屋のチェーンは複数あるが、東京山手線東部では小諸蕎麦、西部であればこの富士そばにお世話になっていた。
東京で働くようになって駅前の立ち食い蕎麦と牛丼屋の多さにびっくりしたが、店の数が多いことはそれだけ需要が多いことを意味する。立ち食い蕎麦には寝坊をした時の朝飯や、残業食で随分とお世話になった。
ただ、コロナの最中から主力客であるサラリーマンがリモート勤務になったりしたため営業的にはなかなか大変だったようだ。このコロナの3年間で立ち喰い蕎麦屋の廃業はかなりあったようだし、チェーン店でもメニューの改変が進んでいる。表の看板で見るように、そばの店から天ぷらや丼推しに変わってきている。最大の変化はラーメンがジワリと勢力拡大していることだ。

普通の醤油ラーメンもあるのだが、個人的なお気に入りは煮干しラーメンだ。ぱっと見では豚骨系の白いスープに見えるが、味はしっかりと煮干しの出汁になっている。青森の煮干し中華そばに近い感じがするが、あれほど魚臭くはない。都会のマイルド系という感じだろうか。具材はシンプルというか、おかめそばのトッピングを思い出す和風テイストな感じもある。チャーシューが昔懐かしなペラペラなので、それもまた「味」というものだろう。個人的には厚切りチャーシューよりも薄切りの方が好みなので不満はない。いちばん頑張っているのはワカメで、蕎麦よりもラーメンスープの方が、よく似合っている気がする。この煮干しラーメンは一部限定店舗のメニューだったはずだが、全天に広がったのだろうか。富士そばは個店でのメニュー拡散がすごいので、全店共通メニューはそれこそ限定的だ。煮干しラーメンはいまだに都心部だけなのかもしれない。
蕎麦屋のラーメンが人気の高い山形県で、蕎麦屋のラーメンを食べると、蕎麦と中華そばの文化的ミックス具合がよくわかる。一時期、和風ラーメンなる怪しげなものが流行っていたことがあるが、蕎麦屋のラーメンはそれとは違う気がする。蕎麦屋のラーメンは「出汁を使った麺文化」という点で相性が良いと思う。麺の違いがバリエーションになる。だから蕎麦屋のラーメンは成立する。しかし、うどんとラーメンは同じ小麦麺製品なので同居が難しい。うどん専門店でラーメンがメニューに載っているのはみたことがない。逆にラーメン屋で蕎麦が同居している例は少ないというか、有名な店はほとんど記憶にない。(北海道の山頭火で蕎麦の麺があるくらいか)
蕎麦屋のメニュー拡張機能はすでに麺や丼の取り込みで保証されている。麺である蕎麦を飯に置き換えることで、メニュー拡張はほぼ自動的に可能だ。だから、立ち食い蕎麦チェーンが「蕎麦とラーメンと白米飯」を提供する次世代の大衆食堂に進化する可能性は大きい。おまけに立食い蕎麦は最初から、カウンターでの商品受け渡しという省人的コンセプト設計だ。
立食い蕎麦屋の好敵手である牛丼屋のメニューがやたら複雑化していて、おまけに値頃感を失うほどの値上げが続いている。現在の牛丼屋が取る基本戦略は、新商品投入=価格上昇の構図で、いずれ限界が来るだろうとは思う。だから、それを横目で見ながら立ち食い蕎麦チェーンはあれこれ画策しているようだ。そのうち、「牛丼が本業の店」よりもうまい牛丼が立食い蕎麦屋で出現しそうな気もする。「牛丼食べるのなら○○蕎麦がいいよ」みたいな評判が生まれそうだ。牛丼屋VS立ち食い蕎麦屋の決戦は、蕎麦屋の方が優勢な気がする。
演歌のかかる店内で、最後まで残しておいたメンマを噛み締めながらそんなことを思っていました。

食べ物レポート

居酒屋の一品 お気に入り発見

生姜を揚げるという発想が、まず必要だ

大衆居酒屋の定点観測という名目で、いつもの低価格チェーン居酒屋に行ってきた。新メニューは何があるかと眺めていると、「新」マークはついていないが、どうやら最近導入されたらしいメニューに気がついた。生姜の天ぷらだ。
大阪南部では紅しょうがの串揚げや天ぷらがかなりポピュラーな品物のようだ。ただ、これは大阪全体というより大阪府南部限定のローカルフードらしい。昔、天ぷらのローカルメニューを研究した時に発見した。食文化では関西を共通圏として考えていたのだが、生姜の揚げ物については奈良や神戸では知られていないらしい。東京周りで置き換えると、埼玉の大宮限定だったり、神奈川県湘南地区限定みたいなものだろう。
研究を続けて天ぷらネタの多様性は面白いなと思った。社内にいた日本全国あちこちの出身者から天ぷらネタアンケートをして、アレアレとか、こんなのありとか、びっくりネタが多いことを知った。自分の食べているものは日本標準であるという誤謬というか誤認識を改めるには良い経験だった。食にも地方モンロー主義は存在するのだ。
話を戻すと、串カツでは平成中期に全国チェーンが広がったことで、紅生姜の串カツが広まった可能性がある。最近では、立ち食いそばで紅生姜のかき揚げが人気のようだ。
そして、この店の生姜の天ぷらだが、見た目は青のりが混じった衣のために、ちくわの磯辺揚げのようにも見える。一つ一つが小ぶりのサイズなので食べやすい。酒の肴としてはパーフェクトに近い仕上がりだ。量は少なめだが、この店のメニューは低単価低従量が標準なので文句はない。味は濃いめなので、このま何もつけずにつまむ。好みの味なので、次回もこれを頼むことになりそうだ。

郷土料理のアレンジの可能性は………

「りゅうきゅう」とは、大分県の名物で刺身をタレでまぶしたもの。タレはあれこれとアレンジがあるようだが、基本は醤油、味醂、胡麻生姜その他の香料、香草でちょっと甘めに仕立てる。福岡のごま鯖もこれと似た食べ物だから、タレに漬け込んだ刺身料理は九州北部の食文化基盤みたいなものだろうか。
その「りゅうきゅう」の鯖バージョンがメニューにあった。前回来た時もあったから、どうやら定番化したらしい。こういう一手間かけた料理をあれこれ導入するのは、低価格店では重要なことだろう。メニューの幅を広げるという観点では最善種の一つだ。プライスラインを一つ押し上げる役目も果たす。トッピング、フィリング、ソースの変更での味変やバラエティー化も可能だ。
アフターコロナの外食激戦区で、やはり重要なのは新メニュー開発だが、それには綿密な計算が必要なのだよと、大分名物(風)を食べながら考えていた。

食べ物レポート

高級パン屋でクイニーアマン

渋谷の北西側に東急百貨店本店がある。その真向かいに、高級パン屋がある。都内には有名なパン屋、ベーカリー、ブーランジェリーなどパンの製造販売の店は多い。その中でも、おそらくいちばんの高級店(自己評価です)は、この店だと思っている。たまに、ハード系のパンを買いに来るのだが、その味と価格にはいつも唸らされる。高いから上手いのではなく、上手いから高いのだと納得させる「パン」だ。
ただ、たまに浮気をしてデザート系パンというかケーキっぽいものを買うこともある。今回は、流行り物のカヌレを買おうとしてきたのだが、結局はカヌレではなくクイニーアマンを買ってしまった。

食べ終わった時の満足感がすごい

自分のイメージにあるクイニーアマンは小ぶりな砂糖菓子というものだが、こちらは随分と大型で直径は10cm程度あり、手に持てばずっしりとした重量感がある。表面が砂糖でコーティングされているのでカリカリとした食感があるが、中身の生地はやはり重量級の密度の高いものだ。
甘い物好きであれば、これを朝食がわりに食べるかもしれないなと思う。朝食といえば………しばらく住んでいたアメリカでの朝食は、ドーナツだったりワッフル(メープルシロップを溺れるほどかけるのでほぼ甘味しかしないもの)など、朝から1日分の糖分補給が完了するものが多いことを思い出した。朝食=超甘いというイメージしかない。だから、それと比べるとこのクイニーアマンなど甘さレベルで言えば初級でしかないのだが。
個人的には日本の朝食は塩分食、アメリカの朝食は砂糖食、そして西ヨーロッパの朝食は簡素食だと思っている。簡素食とはクロワッサンとミルクコーヒーで朝食というパターンになる。目玉焼きにベーコンとトーストでは、簡素食にならない。この大ぶりのクイニーアマンを朝食にするとすれば、アメリカと西ヨーロッパの中間食くらいになるのかと思った。
表面の砂糖がキャラメル状になりパリパリしている食べ物が好みなので、このクイニーアマンはとても満足したが、やはり朝食にはちょっと甘すぎる。結局は、3時のおやつ的に食べてしまった。ただ、おやつとしてはやはりちょっと高額かと思うしボリュームも多い。だが、ケーキよりはお安い。自分へのご褒美的なおやつとして考えれば良さそうだ。ただし、これを一つ食べると夕食は軽めになる。というか、夕食を食べる気にならない。おやつで腹が膨れるというのも考えものだ。

テクニックを感じるハード系のパン

朝食には、ライ麦を使ったハード系のパン、それも中にクルミや干し葡萄の入ったものを買ってきた。このハード系パンとコーヒーの様な朝食を食べたのは、デンマークだったかドイツだったか記憶は曖昧だが、ライ麦のパンはやはりヨーロッパ北部に行くと出会うことが多い。もともと、小麦は地中海沿岸の様な気温の高い地域で栽培されている。北部になり気温が下がっていくと、小麦の代わりにライ麦が栽培されている。日本でいえば、米とヒエやアワなどの雑穀の関係に近い。
昨今の健康志向による雑穀礼賛は、やはり美味しいものを腹一杯食べられる時代の贅沢なのではと思っている。米が食えないからヒエアワを食うという生活では、やはり上手い米を食べたくなるものだろう。パンの世界も同じで、やはり小麦100%のパンはうまいし高いというのが西欧社会では常識の様だ。わざわざライ麦パンを特別視することもないらしい。
この店のライ麦パンは、ライ麦特有の香りが強い。スーパーで売っている普通の食パンと比べれば、その違いは歴然だ。おまけにずっしと重いし、買ったばかりでもそれなりに固い。手でちぎろうとしても難しい。ナイフを使って半分に切り、あとは食べやすい厚さで何枚かに切り分ける。
味が濃いので何もつけずに食べるが、歯応えが強く何度も噛み締める。パンの味というのはこういうものかなと感じる。口の中の水分を全部持っていかれるというか、吸い込まれてしまう。クルミや干し葡萄の味が良いアクセントになるのだが、食べ物を噛み締めるという「本能的な楽しさ」がある。
一つ食べ終わるととてつもない満腹感を感じるが、これは何も考えずに延々と固いパンを噛むという作業を続けたせいだろう。ものを噛むと満足感が湧くのは、人類が持つ最古の本能ではないだろうか。
日本の伝統的な食べ物であれば「するめ」、それも丸のまま一枚を噛み続けるみたいなイメージだ。

紙袋はオシャレ感というより品質維持のために重要だと思うのだが

自分なりの高級なパン屋のイメージなのだが、パンの個包装に紙袋を使う店というのがある。スーパーのレジ周りに置いてある水物を包むペラペラのビニール袋を包装に使う店は、残念ながらパンに対する愛情が足りないと思ってしまう。ビニールの匂いがパンに移るからで、それが嫌いなのだ。コストを考えるとビニール袋も仕方がないということになるのだろうが、5円10円高くても良いから、匂いがうつらない袋にしてほしい。
ブーランジェリーと名乗る高級店でも、ペラペラビニール包装の店がある。そういう店には、また行く気が起きないのも確かだ。パンを焼く技術だけが高級パン屋の売り物ではないだろう。美味しいパンを家に持って帰り、それを食べるまでが、パン屋のお仕事になるのではないかと思う。