
自分の住む所沢市は、各地域にある町内会を市の下請け団体として便利使いしているのだな、と持ち回りで任命される町内会役員をしているときに思った。概ね7ー8年に一度、役員の当番が回ってk流のだが、町内会会長を含めた執行部の顔ぶれは高齢者によって占められている。それが悪いというつもりはない。ほとんど無休で働く強制ボランティアのような組織をよく運営しているものだと、逆に感心するくらいだ。
我が町内は構成人数が1万人を超える巨大なもので、人口が1万人となれば、あちこちにある田舎の地方自治体の規模を超える。友人の住む北海道や高知の町は、一万人にも満たない。市の下請けとはいえそれだけの規模の集団を管理していこうとするのだから、本来は専従のプロが必要だろう。年間の予算規模も数千万になり、下手な中小企業を超える規模なのだ。
長年頑張ってきた町内会の役員も高齢化が進み(町内自体が独居高齢者世帯が増えている)、あれこれと活動を行うのが人的に難しくなってきたらしく、町内会主催の夏祭りがついに中止となった。まあ、日当も払わない町内の住民による自主運営だから成り立つ仕組みだったし、営業者、いわゆるテキヤを排除するという方針を長年守ってきたのだから立派んものだ。中止も仕方がないと思っっていた。
盆踊りの伴奏が騒音であるとクレームになる時代のせいもあるだろう。子供達が公園で遊ぶ声を耐え難い騒音だとして公園の廃止を求めた某長野県自治体の例も、悪しき規範となり懸念材料となったのかもしれない。役員の中には実施派と中止派がいたようだが、それも理解できる。個人的には数年に一回の登板は面倒だったが、夏休みの手伝いはそれなりに頑張っていた。小遣いを握りしめてやってくる子供たちの姿が好ましかった体。
さて中止が決まると、それでは寂しいという声が上がったらしく、有志による開催が決定された。その経緯は詳しくはわからないが、町内会は関わらない。有志グループが会場となる公園の使用許可を取ることになったらしい。営業者が屋台やブースを出店したので、従来より出店数も増えた。金のかかる太鼓櫓の設置はなし、それに伴い盆踊りもなしとなった。それでは人が集まらないか、というと全くそんなことはない。おそらく例年の倍くらいの人出があった。出店者は儲かって喜んだことだろう。
会場は17時から20時までの限定なので、夜の騒音対策も特に必要なかったらしい。要するに官制おまつりから民営化されたら、結果的にもっと上手く行った。そういうことになる。かなりこうがくであった町内会の祭り運営費用も必要無くなるので、来年の予算案はこれまでとは一新されるだろう。
どうもも日本の行政と官僚は、上は政府、下は町内会にいたるまで過剰な保護体質というか、余計なおせっかいがすぎるのだろう。失敗があった時の責任回避とも言えるが、金も出さなければ口も出さないと決めれば、そもそもの責任論も成立しない。金がなければ辞めればいいのだ。やめたくせに口だけ開くからバカと言われるし、嫌われる。
予算が足りないので借金するといいう日本政府や地方自治体も、俺たちは基本的に何もしないんですよ、というセロベースから最低限必要なものを積み上げて、それ以上は何もしないという見直しをした方が良いのだろうねえ。ヒト様の金(税金)だから、いくらでも使おうとするのは官僚の悪弊だが、予算増額は自分たちの人件費のカットで補填すると決めれば、予算議論すら出なくなるだろうになあ。消費税減税の財源論も、まずは国会議員の歳費を全額あてると決めたら面白い議論が起こるだろうに……………
町内会の夏祭りはその格好の実験場だったような気がする。
ちなみに、この出店の中には「モルトウイスキー」だけ飲ませるバー」などという、お祭りではみたことのないようなものもあった。民営化とは知恵を絞ることと挑戦の場でもあるのだとわかる。ただ、一番行列ができていたのは、綿飴屋とフライドポテト屋でありました。やはりお祭りといえば日本の伝統である。お面屋と綿飴だよね。