
濁り酒が結構好きで、キンキンに冷やしたやつが良い。濁り酒は甘さが強いので、淡白な味付けのもの、刺身や塩焼きの魚などにはあまり向かない。ガッチリと甘辛に味付けした豚肉を焼いたものとか、ハンバーグなどが相方として向いているのではないかと思う。
濁り酒は元々の日本酒、つまり清酒が誕生する前の日本酒に近い。米を麹で一次発酵させたものが日本酒の原型らしいのだが、あまり秘術のいらない素朴な酒なのだろう。江戸期になるまで濁酒は貧乏人が、清酒は金持ちが呑むものであったらしい。
現代では濁酒も清酒も工程の違いはあれ、金額的には大差がない。濁酒は安酒ではなく嗜好品として売られているし飲まれている。
濁酒の歴史は明治期に一度殺されかかった。当時の政府が酒税をかけ始めたときに、いわゆる脱税密造酒として田舎街では盛んに作られたらしい。その密造所に大蔵省の官憲が踏み込んで大立ち回りをすると言う事件が全国で相次いだそうだ。今の時代で言うと各区製剤などの薬物取り締まりに近い、強行捜査も行われた。麻薬GメンならぬどぶろくGメンだ。
大袈裟に言えば、官憲の弾圧に抵抗する大衆反乱みたいなものだろう。その弾圧があまりに強く、どぶろく作りをするものは激減した。田舎の親父が納屋でこっそり自分が飲む分を作っていたとしても逮捕されたそうだ。官憲は横暴が許された時代で、どぶろく作りはすっかり地に潜った。そのどぶろくが公に製造を認められたのは、小泉内閣時代の特区制度だったと記憶している。
弾圧を受けずにどぶろく作りができる(書類申請は面倒くさいが)ようになったにも関わらず、どぶろく作りに挑戦するものは少なかった。日本酒の人気が凋落していた時期に当たる。甘の弾圧は文化を破壊する典型である、と一人で憤慨していたのを覚えている。
どぶろく、濁り酒は発酵を止めていないものがうまいのだが、それだと流通段階で発酵が進み飲めなくなる。(すっぱくなるのだよ)
そのため、冷蔵物流で温度管理をしっかりとして、かつ短い期間で飲み切る必要がある。それが、当時のどぶろく、濁酒には高いハードルになったようだ。
今では、酒造りも技術が進み夏冬関係なく製造される。当然、どぶろくも年中作れるはずなのだが、どうも温度管理問題のせいか、冬場になると出回ることが多い。夏には見かけなくなる。
だから、ちょっと奮発してお江戸の百貨店に出張って「夏の濁り酒」を調達したりもするのだが、あまり銘柄は多くない。やはりお江戸までの流通はあれこれ課題が多いのだろう。
どこかに旅をしたときには酒屋を除いて、地元の酒蔵の酒、とくに濁り酒を探すのが楽しみなのだが、そうしたコレクションの一つがこの時のもの。(だったはず…………)
そろそろ秋のキャンプシーズンなので、濁り酒を探しに行くとしますか。