街を歩く

断捨離日記10 残ったもの 平成ガメラ

画像はAmazonで販売されているものの引用です
三部作だが一作目が一番面白いと思う

スターウォーズ SWに代表されるSF映画は大好物で、初公開された時には日本の怪獣映画(当時は特撮映画と呼ばれていた)とは格段に質が違うと仰天したものだ。SW以前と以降ではSF映画の質が根底から変わったと思う。それをもたらしたものは特撮技術ではなくディテールへのこだわりだった。

例えば、巨大な宇宙船を下から撮ることでスケール感を出す撮影アングルの変更や、宇宙船内や兵士の戦闘服が微妙に汚れていることでリアル感をもたらしたことなど、これまでに描かれなかった手法を持ち込んだことにある。決して、宇宙戦闘シーンだけではない、生活感のある宇宙航行時代を描いたからだ。
スタートレックでは船室内も制服もいつも新品のように綺麗だ。なのでセット感が否めない。リアルな戦争映画(例えば、スピルバーグ作品)で兵士の顔は泥と煤で汚れている。怪獣映画に登場する自衛官には制服の皺すらない。


このリアル感演出はその後様々な作品に多大な影響を与えていった。おそらくファーストガンダムのモビルスーツ戦闘シーンは、SWのまんまでありパクリだろう。SW以前は宇宙戦艦ヤマトの艦隊決戦シーンやコスモタイガーの宇宙戦闘シーンが日本SFアニメの到達点であったが、ガンダムではそれをいきなり飛び越した感がある。
あれは帝国と反乱軍の戦闘シーン、特にシュノーケルカメラを使ったデススター表面でのスピード感あふれる戦闘を見た後に、ガンダム制作チームがムラムラとパクりたくなったとしか思えない。

その後、日本SFアニメの宇宙戦闘シーンは宇宙世紀マクロスで完成をみる。するとその手法が、世界に拡散して新しい宇宙戦闘のスタンダードになっていくのだが、それはまた別のお話だ。時代最新映像プラットフォームは映画からゲームになり、優秀なアニメーターがゲームクリエイターの中に取り込まれてしまい、ゲーム内で発展したCG技術がついには実写映画に取り込まれるという螺旋を描くことになる。


SWのリアル感路線はその後の日本怪獣映画にも甚大な影響を及ぼしている。特に、東映Gシリーズは、リアル感を増すためにだろうか、一時期やたらと物理っぽくなった。
そもそもGシリーズは反戦映画であり、そして敗戦国となった日本が戦う相手にはどこかの国が侵略してきたという設定は使えなくなった。戦う相手は他国ではなく人類以外のもの、それも宇宙人などの人類もどきは使えない(他国人を連想させる)ので、自然災害の一種として大怪獣を出現させた。祟る神であり、人の思惑など通じない。要するに八岐大蛇を敵役にするしかないという、日本映画的お家の事情が生んだものだ。


それを、「自らは戦えない軍」である自衛隊が、国防のため全面的に頑張るという、かなり屈折したテーマ構造になっている。その屈折した反戦映画が。いつの間にか屈折しないで済む単純なエンタメとなり、Gは正義の味方に変身していったから、その世界にリアル感など必要なかった。
巨大怪獣が都内を二足歩行しても、地下鉄を陥没させることはない。東京湾から品川に女王陸しても、湾岸地域は埋立地内もかかわらず怪獣をしっかりと支え穴すら開かない。一般道はたった20tのトラックが走るだけでダメージを上蹴る仕様なのにだ。


ところが、なぜか異世界ファンタジーであるGの世界にリアルを持ち込もうとしたので、作品の仕上がりとしてはどうみても中途半端。奥歯にものが挟まってるような違和感が残りモヤモヤとした感じになっている。

そのモヤモヤとした微妙さをすっきりさせてくれたのが平成ガメラ三部作獣を生物として生態を描いたのは秀逸だが、何より人間側の対応、とくに自衛隊による防衛活動に法的根拠を延々と議論するあたりが、まさにリアルだ。
自衛隊が怪獣退治に出動するにはいくつか条件が必要だ。まず、怪獣が害獣であり大型生物とすると、法的には警察の対応になる。熊がと巨大化したとしても、熊の駆除は警察の仕事だ。それが虎になろうと、ゴリラになろうとも、生き物であれば警察の所轄になる。


ただ、その巨大化がある限度を超えると、害獣と言えなくなる。おそらく現存生物では象の暴走くらいまでが警察の対応だろう。通常武器では対処不能だからだ。それより大きくなると自衛隊が出動できるか。いや、できない。英隊が出動できるのは自然災害に対して地方自治体首長の要請がある場合だけだ。

となると、自衛隊出動の要件はこうなる。怪獣とは天災の一種であり、たまたま生物が巨大化したものではない。ある意味で歩行する台風的な自然災害の一種という扱いが必要になる。そうなると所轄は災害対策であり国土交通省だし、怪獣の進路予測は台風と同じ扱いで気象庁の職務になる……………みたいなことを話し込むのがリアルだった。

画面は典型的な日本特撮技術とCGの合わさったもので目新しさはないが、作中の設定が何よりリアルっぽい。実に画期的な作品だった。何より三部作の最後で、なぜ日本に怪獣が襲来するのかの謎が解き明かされる。これぞまさしく、ウルトラマンとGの時代から未快活問題だった。怪獣映画の根源的な何故が解き明かされる。
ちなみにエヴァンゲリオンの時代となると、世界中で戦闘が起きているが、第三新東京市には敵を惹きつけるものが隠されているので次々と敵が襲来するという設定になっている。これも平成ガメラとシンクロした考え方だろう。まあ、このSF映画、アニメ世界はとてクリエイターの距離が近くて狭いからなあ。

その系譜につながるのが、シンゴジラであり、ゴジラ マイナス1の世界だ。

というような次第で平成ガメラ三部作は捨てられない。何度も見返しているが飽きない。最近放映されたアニメ版シンガメラも、この手のお約束をしっかり守っていたので、SWが残した遺産は実に偉大なものなのだなあ。

コメントを残す