
古い話なのだが、律令政治が行われた頃、古代日本で制定されていた分国には、国家認定の神社が配置され、その格付けが決められていた。分国で位の高いお社が一宮で、地域によっては二宮、三宮も認定されていた。
大和政権による統一支配前には、それぞれの地域が独立国であり、その国の神を奉じていた。それが大和政権による征服、併合の過程で国津神とされた。大和政権の神が天津神、地方政権の神が国津神と二階層に分類され、上下関係が持ち込まれた。
ただ、国津神が大和「神」系に組み込まれたこともあり、日本神話体系は実にごった煮状態の矛盾だらけ現象が混在している。その混乱は一宮の祭神によく現れる。
大和神族の頂点、天照とその弟、素戔嗚の関係が典型的だろう。荒ぶる神スサノオと超越神アマテラスは、古代で最大勢力が激突した結果として両方の最高神が姉弟関係と定められ(上下関係の確立と合わせて)調和されたと思っている。
その統合が完了したのちに、日本海沿岸の先進文明国家であった「出雲」が飲み込まれた時に、大国主が国を失ったのではなく譲ったのだという体裁をとった。ソフトランディングを狙った占領政策だろう。戦争に負けての従属ではなく、善意による政権譲渡という形を記録に残したものだ。当然ながら、当時の世界帝国である漢以降の中華思想にある「禅定」を真似て作られたと推測する。正史を他国語で記載するしかない時代のことだ。文字も思想も丸呑みするしかない。
などなど、一宮のお参りの時には、古代日本の神様たちの親族関係などをよく読み込みながらお参りするのが楽しみだ。そもそも大和政権の神々は、統合戦争の折々で勝利した偉大なご先祖様を神に昇格させたものだろうから、神様というより爺様、ひい爺様、ヒイヒイ爺様を尊敬するみたいな感覚だったのではないかと思う。
この大和神族形成の物語には、他にも日本武尊とか吉備津の神様など、政権側の征服者・戦争指揮者などが、どこでどう神様になっていくかという見所もあり、実に興味深い。
征服王朝が他方の神々を飲み込んでいく過程が窺われ、大事にされ親族になる国津神もいれば、配下として従属させられる国津神もいる。
八幡様を崇める一族や出雲系の神社は、政権と対立を解いた後も、したたかに勢力を保っていた気配がある。だから、大和神族とは一線を画した存在で、また別の神族であったころの痕跡を残している。
その混乱したまま受け入れらた神道を一本にまとめ上げようとしたのが、明治政府期の国家神道なのだが、そもそも神の体系を合理的に整理しようなどという発想に無理がある。例えて言えば浄土宗も日蓮宗も華厳宗も臨済宗も、みんな仏教だから仲良くしようみたいなもので、そもそも仲良くできないから宗派が割れたことを忘れてしいる、典型的な歴史のお馬鹿さんみたいなものだ。
そんな古代日本の歴史に思いを馳せながら、全国にある一宮を訪ねて歩いた。最後に残ったのが、佐渡国一宮で、そこをようやく完了した。御朱印集めはスタンプラリーではない、と神社・寺院の関係者はよくいうようだが、そもそも信仰と観光は密接な関係がある。ありすぎるほどだ。
古くは西国、東国の札所詣があり、これは平安・鎌倉時代から続く。札所参りは典型的な観光と信仰の融合形態だ。四国八十八ケ所はもう少し宗教的色彩が強いが、現代ではこれまた典型的な信仰と観光の融合形態だろう。
江戸期に大流行したお伊勢参りは、信仰色がだいぶ薄れ観光的側面が強まったもので、その流れは現代に続く。
そのおかげで門前町が栄え、寺や神社も栄え、ひいては信仰者も増えるのだから、神社仏閣の関係者が文句を言うと神罰・仏罰が当たるというものだ。
一宮参りは神道界全体をあげてのイベントではないようだ。一宮のなかにも、今ではその地域の一番著名な神社ではなくなっているところもある。新興の勢力に負けてしまっていたり、そもそも地域で神社を守る体制が消滅しかかっていたりするからだ。
もちろん一宮の中でスーパースター級の存在も多い。例えば武蔵国氷川神社、尾張国熱田神宮、摂津国住吉大社などなど神社界ではトップクラスなラインナップになる。有名どころでは意外なことに出雲大社は一宮ではない。被征服国家の神だからだろう。
また、仏教主導で建てられた神社もある。仏様を守護する神様という意味合いらしいが、比叡山と日吉神社は密接な関係がある。ただ、近江国一宮は別なところにある。
お江戸で一番の大きな神社は神田明神か日枝神社だと思うが、(明治神宮は一番新しい新人だから)どちらも由緒正しい歴史のある神社だが一宮ではない

最後の一宮にお参りしたらおしまいになると思っていたが、東国・西国札所巡り、つまり観音様のお参りをしたら善光寺・北向観音に報告に行くのだそうだ。これをお礼参りという。
一宮参りの発祥は埼玉県氷川女体神社なので(お参りした時にそのように聞かされた)、そちらへお礼参りに行くべきかなと思っている。
最初の一宮参拝は、平成29年11月、鹿島神宮だった。コロナを間に挟んで9年かかった。人生最後で最大の長旅だったなあ。
ご興味がある方は、下記サイトに詳しく説明がありますのでご参考まで
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