街を歩く

橋の下で思うこと

キャンプに行った秩父の温泉で、帰り際にゴミを捨てていて気がついた。このキャンプ場の真ん中を橋が通っている。幹線道路ではないので通行量は多くない。寝ている時も気にならなかったから、静かな場所で間違いはない。
橋の向こう側がキャンプ場で、手前側が温泉施設だ。冷静に考えるとキャンプ場としてはおかしな立地だが、予想以上に居心地が良い。
多くのキャンプ場はサイト配置を合理的にするために、概ね四角の区切りを行う。だいたいは10mx5mみたいなサイズ感ん衣なる。四角いサイト区画が並ぶと、なんだか難民キャンプみたいだなといつも思っていた。
このキャンプ場はサイトの中に残された木が多くあり、サイトの形は歪だし大小差も有る。その不揃い感が居心地の良さにつながっているようだ。

ここ20年以上、車はステーションワゴン・オンリーだった。荷物を積んでアウトドアという活動が前提の車選びだった。家族の成長とともに車のサイズも大きくなったが、今ではソロキャンプしかしないので、軽自動車で十分だ。
一人分の荷物を乗せ、設営30分、撤収30分という実に時短のキャンプライフを送るようになると、アウトドア技も断捨離が始まり、今ではキャンプに行くたびにこれはいらないとかこれは捨てようとか、あれこれ不用品を抽出するのが楽しみになるという、いささか倒錯的な喜びを感じている。

そんなアウトドアライフを楽しみながら、20年以上前に買った米国製ギアは今でもしっかり使えるが、国産品は部品が劣化したりしてほとんど使えない。今でも使える優秀な国産メーカー品は、会社ごと潰れていたりして消耗部品が手に入らず、壊れたらおしまいという始末だ。

軽量でベンチだがすぐ壊れる、あるいは会社ごと無くなる日本製品と、頑丈で重たいので不便だがあと20年は使えそうな米国製品を比べて、 国別の設計思想というか工業製品の品質思想についてあれこれ考えてしまった。

ちなみに橋の下にいるとラジオが入らなくなるというのは初めて知った。橋の鉄骨が電波を遮断するらしい。勉強になりました。

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