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六本木でタイ飯

お盆の最中に、六本木で鯛飯を食べることになった。六本木に行くのも久しぶりだし、タイ料理など一年以上お目にかかっていなかった。

サラダなのだが名前がわかっらない

タイ料理のうまさは、あの毒毒の香辛料ナンプラーとニンニクの混じり合った強烈な味にあると思っている。ココナツミルクも良いのだが、やはりあの匂いがなければいけない。それが、ドカンと感じられるのが酸味の効いたサラダだ。しかし、タイ飯は何度聞いても名前が覚えられない。

誰でもわかる卵焼き乗せのご飯

タイ米の好き嫌いは個人差があるようだが、白飯で食べるのではなく、こうして炒め飯にするとタイ風の味付けがぱらっとしたタイ米によく合う。ガパオは、汗をかきながら食べるチャーハンだと思えばよろしいのだ。

これも名前が覚えられないが・・・卵焼きと頼めば出てくるので

タイ風卵焼きもスイートチリをつけて食べると満足度が高い。パクチーの匂いが嫌いな人には東南アジア系料理全般が評価の難しいものだろうが、20代前半にあのあたりを放浪していた経験のおかげで(旅ではなく仕事ですよ)、パクチーだのナンプラーだののエスニック調味料に対する抵抗がない。ホイホイと美味しくいただけるのは、自分の人生の得な部分だと思う。唯一苦手なのが台湾でよく露店で売っている腐った豆腐を揚げたやつクリアのものだ。

せめて半年に一度くらいはタイ飯を食べて、舌のチューニングをしないと全くこのまま老化してしまいそうだ、と言う危機感を抱いた六本木の夜だった。

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そばきり よし田

住宅地の外れに民家を改造したような蕎麦屋を時々発見する。どの店にも共通するのが、街中の蕎麦屋のように大きな屋号を書いた暖簾をぶら下げてはいないこと。看板が小さいこと。ぱっと見ただけでは蕎麦屋とはわからないことだ。
そして、これも共通するのが、試してみるまでうまいかまずいかわからないこと。

札幌市白石にあるこの店は、そんな共通性をしっかり感じさせる。個人的な嗅覚で言えば、「うまそう」だった。北海道は道北に蕎麦の一大産地がある。幌加内は全国に通用する蕎麦産地だが、20年前にわざわざ蕎麦を食べに行った時には、蕎麦屋がない蕎麦の産地だった。(今は町おこしで立派な蕎麦屋があるようだ)十勝も蕎麦産地で有名だが、製粉メーカー直営の蕎麦屋と、農家のおばちゃんたちがやる手打ち蕎麦屋が共存する蕎麦の街だった。

蕎麦切りというのは、江戸期に出来上がった今風の蕎麦の呼び名だったと思う。店名からして店主の思い入れが窺えるというものだ。

入り口がおしゃれ

初めて入った蕎麦屋では「盛り蕎麦」を注文することにしている。手打ちそば屋で蕎麦がまずいことは滅多にないが、そばつゆが好みではない(出汁が弱い、甘みが足りない、醤油臭いなど色々とうるさいのだ)ことが多いからだ。まず、かえしと出汁の出来具合を見るため盛り蕎麦にする。(ちなみに、こだわりの強い蕎麦屋では盛りとざるで蕎麦つゆの味が違うというので、ざるは頼まない)
ところが、このときは魔が刺したというか、本日のお勧めボードにある「鳥セイロ」に引っかかってしまった。カモセイロならわかる、鴨出汁の熱い漬け汁で冷たい蕎麦を食う。それが「鳥」になると、多分「鴨」よりあっさりしたものになるのではとか、普通の蕎麦つゆではなく「鳥スープを使ったつけ汁」になるのではないかとか、色々と頭の中を妄想が駆け巡り、鳥セイロにしてしまった。

鳥のつけ汁はお上手な作品だった

うまい蕎麦だった。鳥セイロは鴨セイロの鳥版だった。つゆは普通に鶏肉が入った蕎麦つゆだった。蕎麦の量は適正で、満足した。ただ、「盛り」が食べたいという思いがどうしても打ち消せない。近々、わざわざ盛り蕎麦を食べに行くことになりそうだ。

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高原の息抜き

長野県茅野市の山奥に蓼科と呼ばれる一帯がある。大体黄土が1000m前後、夏の気温は北海道程度なので涼みに行くのに良い。ただ山の中野なので観光名所があるかと言うと微妙だ。

それでも青い空を背景に木々の写真を撮る。なかなか爽快の光景ではないかと思う。これが10月になると金色に変化するので、実は同じアングルで夏と秋を比べてみたいと思うのだが、どちらもピーカンの晴れの日が必要なので未だに成功していない。

それでも秋になると見事な光景になる場所が何箇所かあり、お気に入りが「御射鹿池」。
東山魁夷の絵になった場所らしい。最近はいろいろ規制ができたようで、池の横には入れなくなったらしいが、まだ駐車場もない頃に撮った写真の一枚がこれ。場所はなかなか面倒なところにあり、カーナビを使って行くことをお勧めする。

雪が降ると路面凍結もあり危険なので、くれぐれもご注意。

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ラノベの共振軸とは (表紙で判断してはいけないよ)

ラノベ、ライトノベルと言われる小説の一ジャンルだ。昔はジュブナイル(青少年向け)として描かれていた文庫形態の小説でシリーズ化されるものが多い。大体のお約束として、主人公は高校生から大学生くらいの年代で、異世界だったり超能力者のいる世界だったり、冒険と人間関係の軋轢の中、ちょっとだけ恋愛モードもありながら精神的に成長していく(大人の階段のぼる)SF的なお話だった。

それがここ数年で、web小説の一ジャンルとして急成長し、ウェブサイト経由で書籍として出版される、アニメ原作になるなど一躍現代的なメディアミックスの各商品となってきた。そして、その主たる構成が「転生もの」だ。ある日突然、なんらかの理由で主人公が現実の世界から訳のわからん、魔物がいたり、超能力者がいたりする世界に飛ばされる。主人公が死んで転生するパターンが多いが、タイムスリップしたり、魔界の誰かに拉致されたり、理由ははどうでも良い。そして、なぜかその異世界では日本語が通用し、なぜか善良な悪魔みたいな異生物が仲間になる。身もふたもない言い方を知れば、異世界を用意した上での願望充足小説といえば良いか。
そして、もう一つの共通項が表紙(あるいは本編内の挿絵)で、アニメ系美少年美少女、たまには成人美人が描かれている。この辺りは登場人物造形のお約束ごとでもあるようだ。

エルフと人が住む世界で、エルフに育てられ人的思考ができなくなった
適合不全な若者が再生?する物語

さて、芝村裕吏作「やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい」は、このラノベの約束事をずいぶんはみ出している。人族と魔族が共存している異世界で、捨てられた人間の子が、自分を人間と思わないで育ったらという設定の主人公がいる。その主人公(ただし自分は人間ではないと信じたまま)人族側に立って悪戦苦闘する話だから人間と噛み合わない。おまけに超絶的な力(いわゆるチート)は持たず、誰に習ったわけでもない軍略を極めていくという話だ。唯一ラノベのお約束を守っているといえば、登場女性キャラに大モテなのだが、そのまとわりつく女性キャラの誰をも迷惑に思っている。ストイックぶりというか、自分は人間ではないぞ的意識が不思議な雰囲気を出している。そんな人間には同調しにくい性格をしているくせに、いつの間にか人族以外のはぐれた魔物はどんどん仲間にしている。このまま行くと人魔獣連合による世界統一目指してい口ことになるだろう。この女性キャラ取り巻き問題は、芝村裕吏のヒット作「マージナルオペレーション」シリーズとも共通している作者独自のスタイルだ。しかし、この「やがて僕は・・・」の原型は、佐藤大輔の「エルフと戦車と僕の毎日」にあり、そのオマージュというか対応作品であるような気がする。

エルフ世界でガチの戦車戦を展開した。佐藤ワールド全開。

さて、芝村裕吏作「やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい」は、このラノベの約束事をずいぶんはみ出している。人族と魔族が共存している異世界で、捨てられた人間の子が、自分を人間と思わないで育ったらという設定の主人公がいる。その主人公(ただし自分は人間ではないと信じたまま)人族側に立って悪戦苦闘する話だから人間と噛み合わない。おまけに超絶的な力(いわゆるチート)は持たず、誰に習ったわけでもない軍略を極めていくという話だ。唯一ラノベのお約束を守っているといえば、登場女性キャラに大モテなのだが、そのまとわりつく女性キャラの誰をも迷惑に思っている。ストイックぶりというか、自分は人間ではないぞ的意識が不思議な雰囲気を出している。そんな人間には同調しにくい性格をしているくせに、いつの間にか人族以外のはぐれた魔物はどんどん仲間にしている。このまま行くと人魔獣連合による世界統一目指してい口ことになるだろう。この女性キャラ取り巻き問題は、芝村裕吏のヒット作「マージナルオペレーション」シリーズとも共通している作者独自のスタイルだ。しかし、この「やがて僕は・・・」の原型は、佐藤大輔の「エルフと戦車と僕の毎日」にあり、そのオマージュというか対応作品であるような気がする。

ファンタジー世界で落ちこぼれ高校生が転生し復活する物語

しかし、佐藤大輔の「エルフと戦車と・・・」には、もう一段、伏線が潜んでいたと思う。豪屋大輔作の「A君(17)の戦争」が下敷きにあると推測しているからだ。実は豪屋大輔は佐藤大輔の別のペンネームであるという噂が作品刊行時からずっと流れていて、どうやら本当らしい。作品の語り口や登場する兵器に対する描写、戦術や戦略論などはまさしくファンタジー世界版の第二次世界大戦だった。「A君・・」の世界は魔族が戦うファンタジー世界だが、魔法を動力とした怪しい兵器体系があり、そこに転生したA君17歳が、現実世界で感じていたコンプレックスをバネにファンタジー世界でそれなりに尊敬を受け成長していくという話だ。そして、これも佐藤大輔諸作品と同じく途中でバッサリと話が止まる。中断してしまう。未完のまま10年以上放置される。(ちなみに佐藤大輔最後の作品は恒星間宇宙もので、第1巻で終わりになってしまった)

おそらく佐藤大輔は、多少考えるところがあり、「A君(17)の戦争」を書き直すつもりで「エルフと戦車と僕の毎日」に取り掛かり、おそらくは完結するつもりで書いていた。これが終わったら「皇国の守護者」も面倒を見る気だったのだと思う。それが、果たせないまま絶筆となった。そして、芝村裕吏がファンタジー世界という出版社からの注文に対して「やがて僕は大軍師と呼ばれるらしい」で、佐藤大輔の描ききれなかった転生高校生のファンタジー世界成功物語を、完結まで語り尽くそうとしているのではないかと個人的に想像しているのだ。

佐藤大輔ファン、そして芝村裕吏ファンとしての妄想だが、この三作品は共振を起こしているように似ているのだ。今度こそ完結編を読んでみたい・・・。

追記
「蜘蛛ですがなにか」は「転生したらスライムだった件」の影響から生まれた作品だそうだ。このジャンルの作家は、熱狂的なジャンル作品のファンでもあるから、佐藤大輔・芝村裕吏のリレーもありそうな気もするのだけれど。

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5月の昼飯 あれやこれや

札幌で食べた味噌ラーメン。昔と比べてスープが格段に進歩している。もともとラーメンの値段が高い町だったが、最近では東京と変わらない値段で売っているのだから、スープがうまくて当たり前とも言える。ラーメンで原価を考える時スープのコストはバカにならない。スープを取る手間暇を加えた総原価で考えると、ラーメン屋でスープを飲み残すのは随分損をしているということになる。健康に気をつければスープは・・・という方は、そもそもラーメンを食べてはいけないのだし。しかし味噌ラーメンはビジュアル的に行けてないなあ。

最近はスープにこだわるラーメン屋が増えているが、実はうどんこそ、つけツユで勝負が決まる食べ物ではないか。武蔵野うどんは、もともと地粉を使えばすっかり色黒のうどんになるので、一般的なイメージのうどん、すっきりとした白にはならない。うどん用の小麦粉という点で言えば、オーストラリアの生産者が日本のうどん業者のために開発改良したASW には絶対かなわない。讃岐うどんの香川県が、うどんのために開発した香川県産小麦を使う讃岐うどんの店が実に少ないことが、その証明だ。白くてツルツルは国産小麦では無理だった。最近ではようやく北海道産小麦(強力粉)でパスタやピザが作れるようになった。これをブレンドすれば国産小麦のうどんも可能性が見えてくる。しかし、埼玉県の隠れ名物「武蔵野うどん」は、地粉を使えばその恩恵には預かれないので、ああ、どうしよう。
などと考えながら、今日も肉汁うどんはうまいなあと思うのだった。ちなみに、つけうどんにすれば色黒麺もあまり気にならないような感じもするけど。

チープで早い昼飯といえば、やはり富士そばのカレーセット。蕎麦はアベレージだが、ともかく早い。何よりカレーがバランスが良い。辛くもなく甘くもなく。おまけにどうやら富士そばは微妙に進化を続けている気がする。出汁が上手くなっている。蕎麦が上手くなっている。なんだろうなあ、この変化は。でも食い物屋っていうのは、こうして長続きするのだろう。富士そばのつゆは、もう町の蕎麦屋と限りなく近い。逆に町の蕎麦屋の進歩が止まっているのだ。富士そばが増え、町の蕎麦屋が減るのには厳然とした実力差みたいなものがあるのだ。と、哲学的に思考を巡らせてみても富士そばではろんぶんのだいざいにならないだろうなあ。きっと。

富士そば カレーセット セットは店によってあったりなかったり?

札幌の浜なるのランチセット。あの有名なうどんチェーンではなく、札幌の鮨屋のチェーンだ。面白いのが、手前にある大きな丼の汁かサラダが選択できる。おまけにこの汁物はランチの間に切り替わる。隣の席のおっさんが食べているのをみて、こりゃうまそうだと注文しても、同じ汁が来るか来ないかはギャンブル。どうやら魚のアラの再利用品もあるのか、あら汁になったりもする。まあ、それはそれで良いし、自分が注文するときには「今日は、○○汁になります」と説明はしてくれるのでサプライズにはならない。別に文句をつけるつもりはない。鮨屋でサラダを食べるより、具沢山の魚汁を食べる方が理にかなっているよな気がする。ちなみに、この日は氷下魚(コマイ)の汁でした。骨が固くて細かいので食べるの大変でしたが。見事なランチでありますね。

はなまる 札幌駅

最後はおまけ。これはランチではなくホテルのビュッフェの朝食。左端は白石温麺。右下端がズンダ豆腐。仙台のアルモントホテルの朝食は、地場の食材メニューを取り入れたなかなかの優れもの。少量ずつ多種類の野菜を食べられるのが、「和食びゅっふぇ」のよいところですな。ちなみにこのホテルは外国人客に占領されつつあり(?)、朝食会場で日本語を話すのはスタッフ(一部)と自分だけという経験を何度もした。仙台は日本人に優しくない町になりつつある。

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高知を旅する 街をぶらぶら 食べ物編

ひろめ市場の入り口は、ビール会社の広告戦争だ。たっすいがはいかん。

高知で愛すべきものとえば、この「ひろめ市場」と「日曜市」だろう。どちらも特徴と言えるのが、アジア的な混沌が味わえるということになる。東南アジアでも良いし、台湾でも良いが、屋台が連なる人のあふれんばかりの熱気的なものが日本から消えて随分経つように思う。東京でも大阪でも、生き残った昔の市場的喧騒はある。ただし、そこは生活の場というより観光地化しているのだが、「ひろめ市場」は、そことはどこか違う。まさに混沌なる世界だ。

安兵衛の餃子はビールとセット販売している

なんというかお祭りの縁日が日常化したというのが正しいような気がする。観光客もそれなりに多いが、市場の中で圧倒的な支配言語は高知弁なのだ。「〇〇やきぃ」「うちんくは、・・・」など多少聞き覚えた言葉が飛び交う。高知弁は、もちろん英語を覚えるよりはたやすい。聞くだけならばだ。ネイティブなスピードが、あまり速くない。イントネーショッンは違うが、語感がはっきりしているので聞き取りやすい。ただし、話すとなる、とこれは困難なのだ。徹底して発音がおかしいと修正される。高知の人は優しいようで、言葉には厳しい。愛郷心が強いということだろう。

閑話休題。ひろめ市場の中は飲食施設(まあ、飲み屋ですね)と惣菜等の食料品販売がほとんどだ。唐揚げ、や鰹のタタキや、本格的インド人のカレー屋やおばちゃんがやっっている惣菜屋に寿司屋、なんでもありだ。その中で異彩を放つのが、高知の屋台餃子の名店、安兵衛。東京恵比寿にも支店があり、ここも人気らしいが、何と言っても本店の駐車場にテントの店が良い。昔は完全に路上の屋台だったが、おそらく規制に従い引っ越したと踏んでいる。この餃子、なんとも旨いのだが、餃子っぽくないという気もする。中の餡はとても細かいミンチだし、肉より野菜が多い気がするし。しかしだ、飯のおかずではなく酒の肴としてこれは正しい。きっと屋台時代は、明かりが足りない屋台で食べたので余計うまく感じられたのだろう。屋台時代はいつもすっかり酔っ払ってから行っていたので、記憶が不確実だが。屋台のラーメンと餃子と瓶ビールが高知の締めの定番だった。今はひろめ市場で昼から食せるのが嬉しい。アジアン・カオスな世界の中で餃子を食べていると、隣の客の声はチャイニーズだったりする今日この頃。

土佐ジローというのは高知の鶏ですが・・・

帯屋町のアーケードの中で見つけた一軒は、室戸産の魚が食べられるらしい。しばらく高知にご無沙汰しているうちに開いたようだ。室戸といえば、一体何が名物なのだったか記憶が曖昧なまま突入したが。

そうだった、むろとはマグロの遠洋漁業の一大基地であった。マグロ船のコックさんの話も読んだことがある。ということで注文したのは、珍しいマグロの酒盗、土佐の地ガキ(だいぶ小粒)のポン酢あえ、そして地元の名酒。うむ、満足度高いなあ。

四万十のうなぎは、まっこと旨いき・・・

そして真打は、四万十のうなぎ。高いのは分かる。その分旨ければ良いと奮発して正解だった。辛口の日本酒にはとてもよく合う。これは、一年に一回できる贅沢だと戒めながら。本当は半身ではなく丸々一本いただきたかったのだが。普段は中国製冷凍うなぎでも旨い旨いと食べているのだが、これを食べると、後戻りできない危険性がある。高知のキラーコンテンツ、四万十うなぎ。ちなみに、カツオの町の鰹のタタキを食べてしまい、カツオに関してはすでに「戻れない状態」に陥っている。ある意味、これは悲しいことなのだ。

日本酒は大吟醸より本醸造くらいが良いと思われます

飲み屋のお兄さんが、酒のラベルも撮りますかとカウンターに置いてくれた。うーん、確かに最近の食べ物屋はインスタ前提で、写真OKなところが多いのはありがたいことだ。今やスマホで撮る写真は、高齢化して劣化した脳(自前の記憶装置)の外部支援メモリーだからね。「ひろめ市場で軽く一杯」そして「帯屋町界隈でガツンと追加」というのが、高知の正しい飲み方だと、オススメする。

高知の話はまだまだ続く。

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ザギンでビール 伝統のビヤホール

サッポロ黒ラベル 生ビール

銀座7丁目にあるビア・ホールに初めて入ったのは、もうかれこれ30年前だ。東京の街を歩くのにようやく案内図がいらなくなった頃で外国人の知人を銀座に案内した時だった。天國で天ぷらを食べぶらぶらと銀座を歩きまわり、軽くビールでもと入ったのだが、とても喜んでもらえた。ドイツ系アメリカ人の知人はビールが大好物だった。昼間っからシコたま飲んだビールは、とても気に入ってもらえたらしい。会うたびに、また銀座にビールを飲みに行こうと言われた。

夕方の早い時間に銀座に来る機会があると、よく立ち寄るようになった。小ジョッキを一気に飲みささっと出るのがいつものスタイルなのだが、今回はいつもと違い中ジョッキにした。最近はビールのサーバーも進化したので、きめ細かい泡のビールがどこでも飲める。しかし、この店は熟練の注ぎ手がこの細かい泡を生み出している。一気に飲むと口の周りに泡のヒゲができる。至福の瞬間だ。

オニオンリングというよりかき揚げだな

つまみに頼むのは、オニオンリングが多い。ソーセージやサラミも良いのだが、ケチャップをたっぷりつけて食べるオニオンリングは、やはり大好物だ。オニオンリングの下にしてあるのは、新聞紙の切れ端かともったら、新聞紙に見せかけた「紙」だった。芸がこまかいなあ。フォッシュ・アンド・チップスもビールには合うと思うけれど、どうにもロンドンで本物を食べて以来、あの臭くてたまらないモルトビネガーとちょっと古くなったような魚の匂いがないと、Fish and Chipsとは言えないなと思ってしまう。日本で食べるフィッシュ・アンド・チップスは、言って見れば日本風刺身スタイル的清潔さなので・・・。

店内には、場所柄のせいか、この店の雰囲気のせいか若い客が少ない。30−40年前に若者だった人たちが目立つ。あとは、外国人も多いなあ。店の前には免税店帰りの外国人観光客が歩道を占拠している。店内で注文を取っってくれたのは、外国人対応の(日本語のまあまあ上手な)チャイナ系従業員だった。なんというか、国際化ということは街の中で自分の知らない国の言葉を話す人が1/3くらいになった状態のことだろうとおもう。例えば、ロンドンやニューヨークみたいな街がそうだ。東京の明治に開店した「ビヤホール」は間違いなく、平成時代に国際化したのだ。

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石巻 仮面ライダーと009

石巻は、大震災で大きな被害を受けた街だが、JRの駅では009と仮面ライダーがお出迎えしてくれる。石巻出身の石ノ森漫画館 があるからだろう。漫画館はこちら http://www.mangattan.jp/manga/

駅から漫画館までは歩くと15分くらいかかるが、その道筋ではサイボーグ戦士たちがお出迎えしてくれる。エースの009は、駅からちょっと離れているが、正面を向いて凛々しいお姿。

紅一点、フランソワーズは、駅の横から009をみているのだろうか。きちんと駅の前に立たなければ見過ごしてしまう。

石ノ森漫画館も震災の被害にあったそうだが、現在はこんな感じで。中に入れば石ノ森キャラクターのオンパレード。なんだかドキドキするのは、同時代を生きてきた(リアルに仮面ライダーとサイボーグ戦士の物語を見てきた)せいだろうなあ。オヤジにしかわからん、微妙な感動だ。

街の中では、悪と戦う守護神も、ご覧の通り決めポーズで。しかし、この守護神を「ふらちな盗人」が持ち去ろうとしたらしく、なにやら監視カメラで監視中との断り書きもあって。うーん、正義の味方を守る監視カメラか・・・。

やっぱりライダーは1号がいいな。

石巻の街に行くには、仙台からJRで一時間くらい。50過ぎのおっさんには、東京からの日帰り旅行としてちょうど良い距離かも。ただ、この時期は寒すぎるので、桜が咲く頃がオススメだ。おまけで、伊達政宗がヨーロッパに送り出した使節団もこの街から出発したようなので、歴史好きにも良い街でありましょう。

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alexaと遊ぼう

コンテンツ論 アレクサの返事

アマゾン販売のAIスピーカーを使っていると、色々と面白い事にぶち当たる。alxa2

音声で指示をすることが、AIスピーカーの特徴なのだが、この「声」に癖がある。自分の声でも、朝と夜では声の高さも音量もちがう。だから、最初の頃はアレクサさんに向けて、いつも気張って声を出していた。よく聞き取れないと、「ごめんなさい。わかりません。」と謝られてしまうので、できるだけ聞き取りやすい発声を心がけたのだが。結局、それは全くの無駄だった。
ある朝、半分寝ぼけたまま低い掠れた声で「アレクサ、おはよう」と言ったのだが、はっきり認識できたらしく、いつも通りの「おはようございます。○月○日は・・・・・」(例えばアルバートアインシュタインの誕生日だとか、銀座で初めてガス灯が灯った日だとか)と説明を始めるのだった。

あれ?声の質は関係ないのかな?
それからは、だいたい小声でボソボソと話しかけてみるが、だいたい聴きとるようだ。なんだが拍子抜けした。どうやら自分の声は大変滑舌が悪く聞き取りにくいようで、いつも地声で話すと、家人に聞こえないと怒られる。それで、ついついアレクサさんにも、テンション上げて話していたのは、全く必要のない努力であったらしい。

アレクサと遊ぼう

という内容のメールが、月に1−2回アマゾンから送られてくる。例えば、しりとりができるとか、クイズを出してみろとか、なんだか小学生が遊ぶような内容なのだ。これはどうもためす気にもならない。大の大人が部屋で、一人で機械に向かってボソボソと話しかけるだけで、随分不気味な光景だ。多分、小学生くらいだったら面白がってやるのだろうけれど。アマゾンにはもっと違うことを教えて欲しいものだ。
自分として面白いのは「89年のレゲエをかけて」とか「J-popのヒット曲をかけて」というと、「アマゾンミュージックのプレイリストから選んでくる。だから、だいたい注文通りに曲がかかるのだ。
アーティスト名を特定して曲をえらばせることもできるので、「スペクトラム、かけて」というと1970年代後半のブラスロックバンドの曲がかかる。このバンドは、今、CDが絶版のはずなので、結構ありがたい機能だ。しかし、宣伝も上手で、「○○の曲かけて」というと、「○○の曲は、アマゾンプライムにはありません。アマゾンミュージックアンリミテッドに入会しますか。」などとのたまうのである。おまけにアレクサで入会するとお安いとまでオススメいただくのだ。
ここは丁寧に、「いいえ、結構です。」と答えると、セールストークは止まる。よしよし、しつこく勧誘されると機械相手に人間様の方が切れてしまうかもしれない。良心的な設計である。などなど、AIと喋るのはなかなか面白いものだ。

アレクサの一番人気のあるアプリは

(アプリのことをスキルというのだが)、ピカチュウが返事をするというもので、例のピカチュー語で色々と遊んでくれる。これを大の大人が楽しむのは、相当勇気がいるというか、誰かに見られたら死ぬほど恥ずかしいではないかとか、色々と思うことはある。きっと、大人ではなく子供が使っているに違いない、いや、そうだ。そう思わなければ、人として・・・・。

ニュースを聞く、天気予報を聞く、音楽を聞く、ラジオを聞く、現時点でのスピーカーとしての機能はこれくらいを使っているが、テレビのCMでやっているように、音声入力指示が可能なものは順次取りこまれていくだろう。ルンバを起動させるとか、エアコンや照明のスイッチを入れたり切ったり、自動給湯器でお風呂にお湯を入れるくらいは楽勝だろう。

そのうち、宅配便のお兄さんとインターホン越しにやり取りをするくらいには賢くなると思う。ひょっとすると留守電がわりになり、インチキなテレホンセールスやふりこめ詐欺の電話を適当に対応し、警察に自動的につなげてしまうとか、悪者撃退するくらいはお手の物ではないか。

独居老人の癒しマシン

としても機能しそうだ。自分が昔ファンだった若い頃の歌手の声で話してくれるとか、(人工的音声に著作権は発生するものだろうか)、山口百恵風のアルトボイスとか、松田聖子風のハイトーンボイスとか、日によって変わる「おニャン子シリーズ」とか、郷ひろみと西城秀樹が一日置きにかわるとか、昭和歌謡全盛期の歌手ボイスが、アマゾンプライム会員限定で手に入る。ありそうなサービスだ。

ちなみに朝日新聞のニュースは人工音声の読み上げだが、TBSはアナウンサーが喋ったものの録音、NHK定時のニュースの録音だが、そのうち初音ミクのニュースとか、エンタメ的なニュース配信(中身は一緒だろうけれどね)も始まる気がする。

現時点で、コミュニケーションが音声だけということは、デメリットにはなっていない。そもそも、誰かにものを頼む時はボディーランゲージを別にすると、一方的に話しているだけ。音声限定指示でも機能的には問題ないのだから。
「アレクサ、○○してよ」という指示命令について、視覚情報は不要だ。

口述筆記という世界

こうして文章を書くときも、今は、スクリーンを眺めキーボードで入力しているわけだが、これも「アレクサ、口述筆記開始」とか「アレクサ、メモ」とかいうだけで、文章作成ができるようになるのは、一年も待たずに実現してしまうのだろう。

実際に、口述筆記を(Siriを使い)やってみたのだが、(野口悠紀雄さんはすでにSiri口述で本まで書いている)、音声認識率は8割くらい、誤変換が同じく2割くらい出るので、現時点での精度は今ひとつ。それでも来年には、ほぼ実用的レベルにまで来るのではないか。大学生の書いたレポートがとの程度精度が高いものかは判断できないが、一年もたてばSiri口述入力もその程度にはなると思う。

個人的には数年以内に家の中全体に、アレクサのマイクが置いてあり、家の中のどこにいてもなんでも頼める環境が出来上がるのだろうと思う。まさしくデジタルバトラー、「私の執事」様が誕生する先駆けこそ、AIスピーカーなのだ。

 

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最初のメッセージ

マーケティングという仕事に首を突っ込んだのは、実に30年近く前のことになります。

物を売る仕組みづくりということが「マーケティング」だと思いながら、あちらこちらにふらふらしつつ、それなりの経験を重ねてきたわけです。成功もあれば失敗もあり(どちらかというと失敗が多かったような気もします)、経験値とそれから導き出した知見と言えるものも幾つかまとめることができました。

仕事に役立つ考え方のヒントになるようなことを書き残せるといいなと思っています。

その知見の中で最大のものは、「ヒントはデスクの上にない」。

その辺りをぼちぼちと書き連ねていくつもりなので、長らくお付き合いいただければ幸いです。