街を歩く, 食べ物レポート

帯広の食堂がうらやましい

これぞ、街の誇り と言いたくなる

帯広駅から徒歩3分ほどの場所に、由緒正しい食堂がある。まさにThe 食堂と言いたくなるルックスだ。ファミレスの台頭ですっかり少なくなってしまった、街中にある大食堂だ。昔はデパートの最上階といえば、大食堂で決まりだったが、今では消滅したコンセプトでしかない。それが、街中の路面店として残っているのだから、奇跡に近い。
街中にある食堂の特徴といえば、店名の入った暖簾だろう。これがなくなると、その店の価値は半減すると言いたいくらいの重要パーツだ。

街の食堂のシンボルはこれだ

二つ目の重要パーツは店頭にあるワックス・サンプルで、これが退色して干からびている食堂は二線級という判定をすることにしている。二線級がダメな食堂かというと断定はできないが、店主のやる気が失せていて(店の表に関心がなくなっている)、看板メニューはなくなっていることが多い。まずくて困るというほどではないが、「推し」たくなるほどのうまさはない、という感じが二線級の特徴だろうか。
ワックス・サンプルを作るのはそれなりの費用がかかるから、店に対する投資を怠っていないという証明でもあると思う。何より、美味しそうなワックス・サンプルを見ながら、今日は何を食べようかとあれこれ迷うのが、食堂での最初の楽しみだろう。ファミレスのメニューブックとは楽しみの「威力」が違う。

店内はファミレス風

店内がファミリーレストランっぽくなるのは仕方がない。ファミレスのテーブルや椅子は、ある意味で人間工学的に研究されているので居心地がよい。現代人が慣れている暮らしの延長線にある。食堂だからといって、客の要望に合わせて変化しないはずがない。客席が物理的に変化するのは当たり前だ。昔ながらの小上がりや座敷を居心地が良いと思う世代は、もはやすっかり減少しているので、畳に座布団という席が無くなってしまうのは仕方がない。
ちなみにテーブルの上にあれこれ邪魔なものを置いていないのも、良い食堂の条件だ。全国展開するチェーン店、特に居酒屋やファミレスでは、テーブル上の見苦しさ、邪魔くささが限界を超えている。そこに気がついていないのは、チェーン本部の担当者と経営者だけで、企業として愚鈍さの表れと言いたい。自分がそうした店で最初にやることは、資格の邪魔になる販促物その他、全部まとめて使わない座席によけてしまうことだ。テーブルの上には調味料以外何もない状態にする。これで居心地がすっかり良くなる。販促物の中身は、99%見ることはない。たまに、内容を覗き見するが、時間の無駄使いをしてしまったと後悔する羽目になる。
センスの良い食堂では、壁にベタベタとポスターを貼ったりPOPをつけたりしない。見た目を簡素にする方が、居心地の良さにつながるとわかっているのだろう。

やはり大衆食堂で最初に注文するのは熱燗に限る、と勝手に思い込んでいる。強いて挙げれば第二選択としてビールもある。が、それも「生」ではなく熱処理済みラガーの小瓶が良い。黒ビールがあればもっと良い。だから、まずは熱燗を頼んだ。
酒が届くまで何を注文するかを考えているのが食堂での最大の楽しみだ。街の食堂では、つまみを頼んで、酒もおかわりして・・・というように本格的に飲み始めて長居をしてはいけないと思っている。酒はお銚子一本まで。あとは、サクッと何か食べて帰るのが、自分なりのお作法というものだ。注文を決めたら、お手隙の従業員を探し、手を上げて合図する。決して「すいませーん」などと大声で呼んでは行けない。注文が終われば、ちびりと酒を飲みながら店内のあちこちを見ているのも楽しい。周りの客の会話が聞こえてきたりする。お手軽な街の噂話であることが多い。あとは上司の悪口、自分の家族や友人のあれこれ。いかにも街の食堂の話題らしいが、生々しいこともある。
たまたま箸袋を見ていて気がついた。電話番号はあるが住所は書かれていない。帯広駅前としか書いていない。確かに、帯広地元民にとってはそれで十分だろう。思わずニヤリとしてしまった。うちのことは、みんなが知っているという、強いプライドが見え隠れしている。良いなあ、こういう気位の高さ。

何と言ってもラーメンが素敵だ

食堂で「おすすめは何?」と聞くのは無粋なものだと思う。誰もが好きなものをラインナップしているのが「街の食堂」なので、居酒屋や定食屋のように本日のおすすめを聞くというのは、どうにも自分の思考に合わない。
だから、腹具合で食べたいものを選ぶ。時間がなければカレー、時間に余裕があればラーメンかオムライス。ゆっくり食べたければカツ丼、軽く食べたい時はかしわ蕎麦かざるそば。そんな自分の中の定番から選ぶので十分だろう。
結局、いつもの通りに定番な味噌ラーメンを注文した。昭和的なシンプルラーメンが出てくると思い込んでいたら、しっかり豚骨スープの現代風味噌ラーメンだったのにはちょっと驚いた。街の食堂も日々進化しているのだと、逆に嬉しくもなった。
街に残る食堂は、まさにその街のレガシーだ。政治家の皆さん、オリンピックをやるより、自分の街の食堂を残すことから、仕事を始めると人気者になれると思います。

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帯広の真打は

帯広で何を食べると聞かれたら、迷わずカレーと答える。ほぼ全国区になった名物「豚丼」を差し置いて食べたいものが、カレーというのもなんだかさみしいものがあるが・・・・。この店のカレーは実に好物なので仕方がない。カレーは日本全国どこにでも有名店があるが、その名店を探し回ってあるくほどのカレー好きではない。
やはり、この帯広のカレー店が特別に好きなのだと思う。

帯広では郊外型の店がほとんどのようだが、街の中にも一店だけある。飲み屋が固まっている一角に近いので、おそらく締めの一品として人気があるのだろう。しかし、飲んだ後の締めにカレーというのは、締めラーメンよりヘビーな感じもする。

いわゆるどろっと系のルーカレーで、味は濃厚。辛味は後からじんわりと効いてくるタイプで、具材ゴロゴロ系ではない。どちらかというと全てが煮溶けている。ルーを楽しむカレーだから、ご飯は普通盛りを注文しても多めに感じる。いや、実際に盛りの量は多いはずだ。薬味はセルフで好きなだけ乗せる。いつも思うのだが、カレー屋で食べる福神漬けはどうしてこんなに美味いのだろう。

ルーの違いとトッピングのあるなしで多少変化するが、基本的にはカレー専業店だから注文するのに迷うことはないはずだが。これもいつものことで、まずはルーの選択には迷ってしまう。トッピングは、その日のお腹の減り具合で決めれば良いが、ルーの選択が悩ましい。たまたま今回はチキンカレーが売り切れていたので、迷いの選択肢が減っていてホッとした。それでも、結局は悩んでしまい無駄に時間がかかる。注文したのは、定番のインデアンルーだった。全く進歩がない。

チェーンのカレー店といえば愛知県出身のブランドが有名だが、どうも今ひとつ自分の好みとしっくりこない。カレーは家庭の数だけバリエーションがある食べ物なので、専門店のカレーだからと言って、必ず気にいるかというとそうでもない。うまいまずいというより、合う合わないの相性が大切な食べ物だ。
その点からして、このインデアンのカレーは相性ぴったりなので、できればお江戸周辺に出店してもらいたい。それが無理であれば、少なくとも同じ北海道内ということで札幌にお店を出してもらえませんかねえ、社長さん。
豚丼は札幌でも食べられるが、このカレーはわざわざ帯広に行かないと食べられない。それがちょっと悲しい。

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いちごと生姜の甘いもの

今年の夏旅は、3年ぶりの高知だった。あれこれ考える前にとりあえず飛行機に乗って旅してみるのが良いなとつくづく思った。そんな高知の旅で、一番印象に残ったのはいちごのケーキというのも、これまた珍しい体験だと思う。

風工房のジンジャーエールといちごショートケーキ

久礼港の横にある道の駅が開いたのは5年ほど前だった。そこにおしゃれなカフェがある。イチゴを使った洋菓子のお店に併設されている。町の人ばかりではなく、わざわざ遠くからケーキを買いに来るファンもいるそうだ。
元々はイチゴ農家のおばちゃんたちが手探りで始めたお店だと聞いている。道の駅が開設された時に引っ越してきた。いまでは道の駅以外でも販売するほどの成功を収めているそうだ。
生姜農家と提携した商品も開発されていて、ジンジャーエールがおすすめらしいので試してみた。名前の通り、生姜がしっかりと感じられる飲み物で、まさにこれがジンジャーエールというものであるという感じがする。瓶詰めにされているジンジャーエルとは全く別物だった。
定番のイチゴ・ロールケーキと合わせれば、まさに至福の時間だ。隣の席では家族連れが、大盛りのパフェを楽しんでいた。美味しいお菓子は人を幸せにする力がある。地元でとれる夏イチゴはそろそろ終わりになるらしく、色々と新商品も開発中とのことだった。

試作品として「炭入り」ケーキをご馳走になった。見た目は真っ黒だが、舌触りは滑らかであっさりとした仕上がりという感じだった。甘さも控えめで、炭粉の効用もあるらしい。濃い茶色のチョコレートケーキはよくみるが、真っ黒のケーキはインパクトがある。この試作品も既に新商品として発売されているはずだ。
漁師町のイチゴ・デザートというのは、なかなか微妙な感じもする。が、実食してみると、ケーキは繊細な味であり、かつ素朴な雰囲気を持つという素晴らしい仕上がりだ。鰹のたたきを楽しんだ後の、お口直しには最適だと思う。
この町で暮らせる人は幸せだろうなあ。

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名店は凛々しい

駅前の一等地と思ったが、人通りは意外と少ないので行列は目立つ

帯広の街を久しぶりにのんびりと歩いた。というか、飽きるほど歩いた。仕事の出張できた時は、夕方ホテルに入って、その後食事をするときくらいしか街を歩いていない。薄暗い時間だから記憶も曖昧だし、コロナの後でランドマークも変わっていたりする。
時間があるので街を行ったり来たりしたが、記憶していたより随分コンパクトな街だった。おまけに飲食店は閉店が目立つ。地方都市の中心部は衰退する一方なのだが、帯広も例外ではなくなったようだ。そんな帯広中心部に今でも行列のできる名店がある。

黙食は、観光客には厳しいか

お江戸でも老舗と言われている店は、店内が明るく清掃が行き届いていることが多い。蕎麦屋や天ぷら屋に、そういうこざっぱりとした雰囲気の店が多い。残念ながら町中華では、雑然とした、あるいは油染みた店が多いので、老舗とはいえ2度と行く気にならない店もある。
清掃だけではなく接客、客あしらいにも同じような気配がある。従業員の背筋が伸びたような姿、立ち振る舞いなど厳しい指導がなければ出来上がるものではない。神田の老舗そばで接客を受けた後、自宅近くのファミレスに行くと、その差は歴然だ。
その老舗の「凜とした」雰囲気が好きなのだが、この店も店内をマネージする女ボスがいて、的確に指示を出している。白い制服に身を包んだ若い女性従業員は、なんとなく看護師を思わせるキビキビした動きだった。昭和っぽい「優秀なる職業婦人」みたいな言葉が脳裏をよぎる。けして「キレキレのキャリアウーマン」みたいなカタカナ言葉は思い浮かんでこない。老舗の凄さは料理だけではないという証明だった。

肉の枚数が一番少ないやつがこれ

丼飯の上に乗った豚肉四枚。濃い味付けで、米をうまく食べるために作られた料理だと思う。某お茶漬けのりの宣伝のように、一心不乱に米をかき込み最後の一粒まで完食して、腹をさすり満足する。そんな料理だが、完成度、満足度とも実に高いレベルにある。
どんぶりとしては決して安くはないが、価格に見合った価値、そして価格以上の満足感という意味で、やはり老舗の力は発揮されるのだろう。
「凛」としたお店はすっかり減ってしまい、代わりにフレンドリーでコンテンポラリーな店は増えた。それが悪いことだとは思わないが、寂しい気分であることも間違いない。

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鳥せいの若鶏

帯広に行ったら(あるいは十勝のどこかに行ったら)寄りたい店がある。カレーのインデアンは絶対定番だが、もう一軒は「鳥せい」だ。初めて行ったのは鹿追町の支店だった。農協の方と実に楽しい酒を飲んで、その時、鳥のうまさに感動した。「鳥せいうまい」という、いわゆる刷り込みが起きた。以来、鳥せい=Must Go マスト・ゴーという連鎖記憶になっている。
その後、富良野の支店にも行った。同じように満足した記憶が残っている。ただし、どの店に行っても鳥を食べた記憶と旨かったという記憶が残っているだけで、何を食べたのかは覚えていない。これはほとんど鳥せいマジックとでもいうしかない。

今回はしっかり何を食べたか記憶に残そうと事前にサイトでメニュー確認をした。そうしたら、なんだかメニューの数が思っていたより少ないシンプルさだった。あれれ、という感じがした。やたらバラエティーがあると思い込んでいたようだ。

とりあえずビールではなく、熱燗を頼んだ。冷たいビールをぐびぐび飲むのも良いのだが、注文した鳥が仕上がるまでには時間がかかる。ビールを頼むと、鳥が来るまでに腹が膨れてしまいそうだ。

鳥半身の直火焼きが到着した。追加で注文したのはお漬物だけ。酒も最初に一口飲んだら、あとは黙々と鳥を食べる。まずはもも肉を食べる。仕事柄、鳥の骨の位置は熟知しているので、骨付鳥を食べる時には何の問題も感じない。どこをどういじれば骨が外れる、身がほぐれるとわかっている。元・鳥屋のとても稀に発揮されるライフハックだ。
もも肉を片づけたあとは、手羽をむしる。骨になるまでしゃぶり尽くす。そのあとは手羽元からその付け根の胸肉を食べる。実は、ここが鶏肉では一番うまいパートだ。個人的な意見かもしれないが、この胸のつけね根部分には、旨味成分を感じるアミノ酸の量が一番多いという科学的検証もされている。(・・・はずだ)
15分ほどかけて、皿の上には骨しか残らない。口の中の油を漬物でさっぱりさせて、鳥半身完食となる。しかし、次は何を食べようか、という気分にはならない。もはや満腹中枢が満足しきっている。ほぼ肉だけで腹が一杯になっているので、気分は肉食動物の食後に近い。要は、あとは何もしないで寝るだけという気分になっている。
ここでようやく気がついた。鳥せいでは鳥半身直火焼きを食べて、そこでエンドになっていたのだ。他にある串焼きなど食べるだけの余裕がない。胃袋の隙間がなくなっていたから、鳥せいのメニューには大満足と勝手に記憶が書き換えられていたのだろう。
疑問は解消できたし、満足度は高い。できれば自分のうちの近くに支店が出てくれないものだろうか。などと思いながら、ほとんど飲み残していた熱燗をちびちび飲んでおりました。

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札幌の真ん中で 古きもの

札幌市内中心部、ランドマーク中のランドマークであった4丁目プラザが現在建て直し工事中だ。それでも、4プラ・プライドとでもいうべきか、工事中の囲いに「4」のマークがある。これは粋な計らいというものだろう。

その向かいのパルコだが、開業当初の「文化」を売り物にする商業施設として持っていた、テーマ性というか思想性は、もうかけらもないのかと言いたくなる。俺のパルコを返せと言いたくなる最近の変容ぶりだ。確か、札幌のスターバックス一号店をオープンしたのはパルコだったと思うが、あのイベントが最後の抵抗だったのだろうか。
おしゃれだったレストラン街も今では回転寿司が入るようになってしまうのだと嘆きたくなる。それも郊外ではローカル回転寿司に押しまくられているナショナルチェーン店なのか。他人事ながら、なにやら無念な気がする。吉祥寺のパルコでは回転寿司を許せるが、札幌ではやめてくれというのは、我ながら自分勝手だなと思うのだが。

そんな都心部でのあれこれ、自分勝手な感想を腹に収めたまま、ちょっと町外れの超伝統居酒屋に出かけた。変わらないものを感じたくなったせいだ。だから、これも超定番の料理を食べることにした。

基本的にこの居酒屋は酒を飲むところのはずだが、蕎麦や飯が充実しているので、締めとは思えない「ガッツリ定食」を食べている客を見かけることがある。串カツは、飯にも酒の肴にも合う万能料理だと思うが、世の居酒屋では意外と提供するところが少ない。それだけに、この店の串カツは名物になるだけの値打ちがある。
ところが、この店にによく行く友人から「串カツが名物というが、それは本当か?」と聞かれた。どうやら、この店の常連客は、串カツを名物とは思っていないらしい。
何やら不思議な気がした。しかし、やはり名物で良いと思う。昔ながらの豚肉と玉ねぎが交互に挟んである、カリカリ衣の串カツは偉大だ。最近チェーン店で普及した、一口サイズの大阪串カツとは違い、まさしくご飯のおかず系の一品だ。
頼めばソースも出てくるが、ここは自分スタイルで醤油をかけて食べる。昔から醤油で食べるトンカツが好物だった。串カツもソース味は捨て難いが、やはり好みは醤油味で、タルタルソースなどという軟弱系は使わない。
まあ、時代の流れと共に昔風のスタイルは廃れるし、それを維持しようとすると頑固者とか意固地とか言われるのも仕方がない。自分がそんな言われ方をする歳になるとは思っていなかったが、これも人の世のならいというもので、そんなことを言っている君たちもあと何十年かすると同じ羽目に会うのだよ、と心の中で悪態混じりに呟くのであります。串カツには冷の日本酒がうまい、というのも古いかな。

立て直しが完了した4プラでは何が楽しめるようになるだろう。

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富良野で味噌ラーメン 初体験

旭川のラーメンは札幌のラーメンと違う。どこが違うと言われると、ちょっと困るが、スープは魚介系のことが多い。麺は多加水でもちもちして、硬めの麺のことが多い。スープの表面をたっぷりと油が覆っている。このあたりが旭川ラーメンの特徴だろうか。札幌の味噌に対して旭川は醤油というのもよく聞く話だ。
その旭川ラーメンの店が、富良野にあった。富良野には延々と仕事で通っていたのだが、ラーメンを食べた記憶は全くない。だから、今回は富良野でラーメン初体験ということになる。富良野にご当地ラーメンというのもなさそうなので、ここが富良野のラーメン・スタンダードと考えて良いのかも知れない。定かではないが・・・。

メニューを見ると、定番は醤油みたいだが、そこがはっきりしない。店名のつく熊っ子ラーメンを頼めばよかったのだろうが、この具沢山のラーメンは意外と苦手なのだ。あれこれ迷っても仕方がないので、困った時の味噌ラーメン、できれば野菜追加ということで「味噌野菜ラーメン」を注文した。

普通に美味しいラーメンで、文句をつけるところはない。まさに味噌ラーメンのゴールデン・スタンダードだった。個人的嗜好として、海苔増量、めんま増量などは試してみたいところだ。
最近では豚骨味噌ラーメンが主流になりつつあるラーメン界で、こうしたシンプルな味噌味は好ましい。いや、大好物だ。満足してごちそうさまだった。

食べ終わって気がついた壁の張り紙。おそらくコロナ前のバスツアー全開時期に、向かいのフラノマルシェに来たツアー客があれこれトラブったせいだろう。北海道弾丸ツアーであれば、滞在時間20分ということもあるらしいので、ラーメン注文して食べられないということもあったはずだ。それも今や昔の騒動という気がする。そのうち、また観光客が戻ってきたら、この張り紙も役に立ちそうだ。

ちなみに札幌〜旭川は東京〜静岡みたいな距離感で、ぎりぎり日帰り可能圏だが、札幌〜函館は東京〜名古屋に近いので日帰りはほぼ不能。札幌〜釧路は一泊の行程にしても厳しものになる。それを函館インで旭川経由釧路行きみたいな弾丸ツアーが存在するのが「北海道・団体旅行あるある」。道民はそんな移動はしないけどねと思っていたら、高速道路が伸びたのでかなり日帰り範囲が広がっているそうだ。

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いつもの花まる

この店ももうすぐ駅改良工事で閉店するのだろうか

お目当ての回転寿司が従業員のコロナ発症で臨時休業となっていた。それは仕方のないことだが、口の中はもうすっかり鮨モードになっていて、他の食べ物を食べる気にならない。そうなると、困った時の花まる頼みになる。昼直前のギリギリのタイミングで、5分ほど待ち時間があったがなんとか無事に席を確保できた。

たまに食べるサーモンはうれしい

とりあえずランチなので鮨の前の注文は控えめで、最近お気に入りの一品だけ頼んだ。サーモンユッケと言っているが、サーモンの刺身を甘だれで食べるような感じだ。これは自宅でもお手軽に再現できる。ただ、その時には、少しお高いサーモンにするのが良さそうだ。スーパーで売っている安いサーモンだと、ちょっととろみが足りない気がする。
卵好きであれば普通の卵の黄身で、それほど卵にこだわりがないのであれば、量のバランスを考えるとうずらの卵が良さそうだ。胡麻ときゅうりは忘れてはいけない必需品で、味のバランスよりも歯応え、食感の変化を出すために重要なのだと思う。プロの料理とは、結局のところ、こうした小さなバランスとバリエーションの純烈組み合わせだと思い知らされる。素人はこれをサボってしまうから家庭料理の枠に収まってしまう。

圧巻のランチで 超まんぷく

ランチの定番は、微妙に値上がりしていた。茶碗蒸しは相変わらずレベルが高い。日替わりというか時間替わりの汁物も満足度が高い。全体としてお買い得なランチであることには間違いないが、値上げと同時にシャリ玉も大きくなった気がする。
自分の胃袋の大きさに変化はないと思うが、半年前には楽々食べ切れていたはずなのに、今回は腹が苦しい。ランチだし、ご飯大盛りサービスみたいな感覚なのだと思うが、シャリ玉の大きさ変える時はメニューに断り書きしてほしい。全国チェーンの回転寿司では、既にシャリ玉小さめを全商品で選べるようになっている。そのあたりのトレンドをお勉強してほしいのだよね。
花まるの鮨(うどんではない)を月に一度たべられれば幸せな人生だと思うのだが、東京の花まるは遠いし混んでるし、色々大変だから、札幌に行った時だけお世話になる。いつもの花まるは人生の宝というものだ。

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小樽で蕎麦を楽しむ

小樽のぶらぶら散歩の目的地は、なぜか鮨屋ではなく蕎麦屋だった。たまたま目にしたネットの投稿記事が記憶に残っていた。ホームページで店の位置を確認してみたら小樽駅のすぐ近くなので、帰り際に立ち寄って軽く一杯やってみようという気になった。もちろん小樽の絶対定番である若鶏半身揚げは帰る前にテイクアウトでゲットする。ただ、あの揚げたての若鶏を他の店に持ち込む勇気はない。半径10mにいると、若鶏の匂いがわかる。少なくとも蕎麦屋の客に若鶏の匂いをさせるのは失礼だろう。

店内はテーブル席と座敷席に分かれている。よく見ると蔵の壁が座敷の中になる。どうやら石造りの蔵に増築をしたお店らしい。和ダンスや囲炉裏も飾りというより実用品の感じがする。

二枚鷹の羽の家紋はどちらのお家のもんなのだろうか。戊辰戦争後に移住してきたのであれば、東軍幕軍支配地だから、日本海沿いのどこかか東北だろう。調べてみたがよくわからなかった。

蕎麦屋おすすめの日本酒を熱燗で注文した。蕎麦屋のお作法として、当然のようにそば味噌がつけられてきた。これを豆一粒くらいの量をつまみ酒を飲む。どちらかというとお江戸の飲み方なのだと思うが、それを小樽で実践する。おそらく、お江戸の蕎麦屋で修行した方が小樽に店を開けたのだろう。その時にお江戸の流儀をそのまま持ってきた。それが通用するほど小樽は当時の日本の先進都市だったという証明だ。

ちなみに札幌の蕎麦屋で、日本酒を注文したらデフォルトで蕎麦味噌がつく店は、極めて少ないはずだ。蕎麦味噌の代わりに柿の種がついてくる店は何軒か知っている。

そして、最初の注文は「塩ウニ」。「汐うに」と書くこともあるが、ウニを塩でつけただけのシンプルな食べ物だ。仙台の老舗居酒屋でこれを肴に浦霞を飲むのが楽しみだった。それ以来、塩ウニをメニューに発見すると半自動的に注文してしまう。
魚屋で塩ウニを探してもなかなか見つからない。煉ウニ製品はそれなりに出回っているが、塩ウニは作る人が少ないのか、鮮度維持の問題があるのか。とにかく、レアものなので、みたらゲットだ。

うまいものは見た目も美しい もはや芸術

お江戸の老舗では当たり前に注文できる天抜きは、天ぷらそばのそばを抜いたもので、蕎麦つゆに浸った天ぷらの衣を楽しむものだ。油が出た蕎麦つゆも美味い。それの変化形が柏抜きで、柏そばのそば抜きのはずだった。ところが、この店のそば抜きは、それとはまったく別格の「つゆ料理」になっていた。和風スープというべきかもしれない。汁物で酒を飲むというのは、なかなか贅沢なことだ。懐石料理でも汁物が独立した一品であるように、良質の汁物は十分にお値段をとれる。蕎麦屋で蕎麦が付け足しになるという困った現象にもつながるが、美味いものは美味い。

次は食べてみたい「うにとじ」蕎麦 でも、これも「抜き」で注文してみたい

お品書きを見ると蕎麦粉が2種類ある。地粉と普通粉で、いつもの蕎麦屋が食材にこだわり気取ってるなという「悪評」を避けたいということらしい。いつもの蕎麦も、店主こだわりの蕎麦もありますよという、優しい考え方だ。
どうにも蕎麦屋を始める人の中に一定量存在する、求道者というか宗教家というか、蕎麦を神聖視する方達にはついていけない。一杯3000円するそばを食べに行ったこともあるが、その差や価値を理解できるほど自分の舌は繊細ではないし能力不足だとわかっただけだった。
とりあえず、今回は初回ということで、普通の粉のそばを頼むことにした。

普通の粉のそばは普通に美味かった。蕎麦つゆはお江戸の下町系で出汁が強く主張している好みのものだった。蕎麦つゆにネギを入れて、ネギとそばを一本ずつつまみにして飲むのがお江戸のいなせな兄さん流儀みたいな文章を読んだ記憶がある。そんなことをしていたら蕎麦が乾いて団子になるだろうと思ったら、案の定、乾いたそばには日本酒をパラパラ振りかけてほぐしながらつまむのだそうだ。
そんなことを思い出しながら最初はそばを一本ずつつまんだが、ひとしきりそば通を気取った後は、一気に啜って完食した。
小樽の蕎麦は鮨よりうまいとは言わないが、味わうべき名品であることは間違いない。いいお店だった。

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札幌で博多推し サバ三昧

競馬場で暑さに負けて思考能力が低下し、さっさと帰ることにした。軽い熱中症だったような気もする。ボーとしているので会話をする気も起きない。それでも冷房の入っているレストランでしばらく涼んでいたら、どうにか頭が働き始めた。なぜかそこからまっすぐ帰らずに一軒の居酒屋に立ち寄る羽目になった。いまだに理由がわからない。熱中症ボケだったのだと思う。
その店は売り物が鯖という珍しいお店だった。店内で話を聞いてみると、鯖の店というより博多の名物を食べさせる店だとのこと。なるほど、餃子と鯖の意味がわかった。

福岡の鯖といえば、一択で決まる「ゴマ鯖」だ。福岡名物と言われればあれこれ思い出す。明太子やとんこつラーメンなどはもはや全国的知名度がある。ただ、個人的な好みで言えばこいつに限る。全国あちこちに鯖の名所はあるはずだが、このゴマ鯖を博多以外で見かけたことがない。鯖の生食といえば、どこでもしめ鯖になってしまうからだろう。

メニューを見ても「サバ推し」なのは一目瞭然だが、この鯖も石狩湾で獲れたものではなく長崎から仕入れているのだという。店主のこだわりというものだが、凄い執念というか、たかが鯖、されど鯖なのだろう。

しめ鯖は薄く切られたスタイルで、これもちょっと普通のしめ鯖とは違う感じがする。締め加減はたいへんお上手だった。酢で締めるのではなく塩で締める本格的なしめ鯖で、これは確かに美味い。
ちなみに、札幌の回転寿司屋でも自家製しめ鯖を出す店は多いが、やはり酢がきついところが大半で、そこと比べればこちらの仕事のうまさが引き立っている。

鯖ガリは、しめ鯖と生姜の甘酢漬けをあえたもので、日本酒の肴としては申し分ない。自分のうちでやっても美味いが、市販のパック済みのしめ鯖はやはり酢がきついので、これほど上手には作れないだろう。
昔むかし、自分で釣ってきた鯖をしめ鯖にして食べたことがある。あれも美味かったが、やはりプロのお仕事の方がよりうまい気がする。

全開のサバ攻勢に、何か日本酒のおすすめはとたずねたが、予想に反して福岡の酒はないようで、それでは自分のお気に入りにしようと新潟の名酒にした。ただ、この日本酒選択は良くもあり悪くもありで、軽く一杯飲んで帰るという目論みは消え去り、サバを肴にしっかりと飲んでしまった。日中に続いて体を酷使できるほど若くはないのだがなあと反省しながらついつい飲んでしまう。やはり熱中症の高師匠だったのだろう。
次回は、鯖の嵐に巻き込まれず餃子かもつ鍋にしてみよう。