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緊急事態の傷跡 名店が逝く

恵比寿にある繁盛店だった居酒屋が閉店した。店頭の張り紙を見れば、政府の無策に翻弄される飲食店の混迷がはっきりする。この店は40年近く営業していた。うまい料理とうまい酒を出す、お気に入りの店だった。普通であれば店主もまだまだ頑張るつもりだっただろうが、この一年でやる気が削がれてしまったのだろう。全国にこんな店はゴロゴロあるはずだ。日経新聞の調査でもこの一年の外食業界大手で閉店率は3%近い。中小であれば、これよりはるかに多いのは間違いない。単純に考えても、10軒に1軒は潰れているだろう。そこらの街中の個人営業などひとたまりもない。それでも外食産業の規模は25兆円ほどあり、GDPの中で占める割合と関わる就業人口を考えれば、政府の無策ぶりは明らかだろう。コロナは疾病という名の天災みたいなものだが、それを救えなかった政府はまさに人災の塊だ。
大陸チャイナ王朝で国が滅びる、つまり革命が起きるのは、常に人災が原因だった。古代日本でも人災が政権交代を促した。徳川政権がたまたま長命だっただけで、日本の政治体制は歴史的に100年の治世に耐えられない。大戦後すでに75年経ち、コロナとデジタルが日本の政権を滅ぼすのかもしれない。まあ、滅んでくれてもなんの痛痒もないけどね。

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緊急事態明けの風景 老舗の居酒屋で

所沢の老舗居酒屋が、昨年の第一次緊急事態宣言の煽りを喰らい閉店した。その後、年末近くになり復活したのを喜んでいたが、今回の宣言明けでどうなったか気になっていた。久しぶりに出かけてみたら、ランチ定食を推して頑張っていた。店頭看板に小さく「昼飲みも出来ます」というのが可愛い。応援ついでにお気に入りのカツ玉定食を食べていこうと思ったのだが・・・。

やはり誘惑には勝てない。この店に来たら、まずは焼き鳥にもつ焼きでしょうということで、久しぶりの串焼き4本を注文。昼のみおすすめだから、昼からフルメニュー提供だとのことで、居酒屋メニューなんでもOKらしい。焼き鳥の後はカツ玉定食を注文してと思っていた。店内は昼時ではあるが、半分ほど客席が埋まっていて、昼のみの人とランチの人が半々くらい。大多数が一人客で二人ズレがちらほらだから、ここまでは埼玉県の規制通りだった。
ところが、隣の席にいるオヤジ4人組が相当タチが悪く、大声で会話する宴会状態。おまけになんだか臭い。酒飲みは二人までが埼玉ルールなので(どうみても4人のオヤジが家族には見えない)、こういう奴らがいるとまた酒禁止令になるだろうななどと思った。結局、そのツケは居酒屋に回るので、「己のしたことで酒飲む場所がなくなるぞ。文句言うなよ。」と、心の中で悪態をついて店をでた。若者の行動を咎めるオヤジやジジイの実態はこんなものだ。

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秩父のそば

2017年の記憶 #1 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父で札所巡りをしていた頃、昼飯には蕎麦屋に入ることも多かった。西武秩父駅から三峯神社を目指す途中に、小ぶりな蕎麦屋がある。なんとなく郊外に立つそばチェーン店みたいな見かけだったが、なかなかの名店だった。店頭に書いてある「くるみ汁」が売り物らしい。秩父のローカル優良品というべきだろう「くるみ汁」だが、長野県でもあちこちで見かけるので、秩父+長野県北部野山愛の地域で広まっていると考えるべきか。発祥の地がどこかなどというルーツ探しをしても始まらない。

お店のおすすめの天ぷら付きのざるそばで、つゆはくるみ汁に変更した。そば自体は普通にうまい。やはり注目すべきはくるみ汁だった。ちょっと甘めで胡桃の味を強く感じる。普段食べているお江戸のそばとはちょっと違うが、これはこれでアリだ。できれば欲張って、普通の蕎麦つゆとくるみ汁と2種類を一緒に使いたい。その時は、天ぷらはやめて蕎麦を大盛りにするのが良いかもしれない。海沿いの街で美味い魚を堪能するのも好きだが、山里で蕎麦を食う方が楽しみになってきた。秩父の札所巡りは二周三周とする人もいるそうなので、次は蕎麦屋巡りを行程に取り込んだのんびり蕎麦屋巡礼でもしてみようか。札所巡りは一人で回れば、ほぼ人との接触のないアウトドア活動だしなあ。

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浅草 神谷バーまでふらりと

2017年の記憶 #14 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

神谷バーを目的に浅草に行くことはない。ただ、浅草に行ったら神谷バーには必ず寄りたいと思っている。帰り道の地下鉄入り口近くで、神谷バーの中を覗くと、十中八九は満席で空席待ちの長い行列ができている。たまに、本当にたまに、席が空いている時は宝くじに当たったような気がする。

最初に注文するのは生ビールではなく、名物「電気ブラン」に「追い水」と決めている。2杯目からは気まぐれに、黒ビールにしたり日本酒熱燗にしたり、その日の気分次第だ。電気ブランのいわれは有名だが、この飲み物が開発された頃は「電気」が時代の先端を意味する流行り言葉であったそうで、そこにブランデーベースのアルコール飲料ということで電気ブランになったようだ。
今で言えば、デジタルとかサイバーとかのカタカナ語やDXみたいなものだろう。サイバーハイボールとかDXソーダみたいなネーミングなので、時代は変わっても飲食店のメニュー名の付け方なんて、そんなちょっといい加減な感じで決まるものらしい。
酒の肴には和洋中なんでもあるのが東京下町風だが、平たく言えば居酒屋メニューに下町洋食が混じっている感じだ。だから、煮凝りと電気ブランの組み合わせができる。この組み合わせの酒と肴が合うかと言われると、頼んだ自分も首を傾げる奇妙なものだが、記憶の中では失敗した感覚がないので、多分美味しくいただいたのだろう。
我ながら不思議に思うのは失敗した食べ物、飲み物の組み合わせの記憶ほど強く残るもので、「あ、これまた食べたい」というような成功体験はすぐ忘れてしまう。確か、この後は締めナポリタンを注文したようなうっすらとした記憶もある。記憶がうっすらとしていると言うことは、旨いなあと思っていたはずだ。当時は、店内はタバコの煙がたっぷりだったが、今の神谷バーは全席禁煙になっているはずで、愛煙家の下町シルバーの方達はどう対応しているのかもちょっと気になる。そろそろ神谷バーを目的に浅草に行ってみようか。

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焼きそばではない焼きスパを銀座のはずれで

2017年の記憶 #8 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

銀座のはずれにある首都高速下の商店街?の端っこに当たる場所に、カウンターだけの小ぶりなスパゲッティの店がある。昼時は長い列ができるが、食べる客のスピードが速いこともあり、意外と待ち時間は短い。それでも、やはり昼のピークはずらして行ったほうが良いとは思う。世間的にはパスタと呼ばれる麺料理だが、その調理方法を見ていると明らかに焼きそばではないかと思ってしまう。カウンターから調理しているところが丸っと見えるからだ。茹で上げてある麺をガバッと大きなフライパンに放り込み、炒める、さらに炒める、ちょっと調味料が入り、また炒める。ソースと絡めてという感じではない。定番ナポリタンを頼めば、赤い焼きそばに見えてくる。

ナポリタンと並んで人気なのが、この見た目の黒い醤油味で、メニュー名は店名と同じだ。これは間違いなく箸を使って食べる食べ物だ。もぐもぐと噛みしめるべき麺料理で、腹を満たすために食べるという食事の原点を感じる。一見するとソース焼きそば風だが、これはスパゲッティ料理だ。食べている途中でナポリタンも食べたくなるが、2食を食べ切れるほどやわな麺料理ではない。剛直、という言葉が合うガツンな食べ物だ。目一杯腹を減らして、いや、もっともっと限界まで腹を減らして食べに行きたい。その時は2食食べられるかも。

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浅草 観音様の裏でアイス

2017年の記憶 #3 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

2017年といえばインバウンドなる業界用語が一般的な言葉として使われ始めた時期だったような記憶がある。町中に跋扈する(としか言いようがない)外国人観光客に、あれこれと言いたいことがあるんだがなあ、などと思っていた。(今は見る影もないが)
浅草寺界隈は、日本人観光客と外国人観光客がミックスされて一種異様なくらいのインターナショナル空間になっていた。お気に入りの洋食屋にできた行列の長さに辟易したものだ。その行列から溢れ出たように、浅草寺の北側も観光客に占拠された感じがしたものだが・・・。このあたりは老舗の和菓子屋や、古風な貫禄のある洋食屋、喫茶店なども多い。そのどこにも行列ができるという賑やかな時代だった。しかし、お茶屋の前に行列ができるとは想像できない。行列に並ぶお客のお目当てはお茶ではなく、お茶を使った甘いもの、アイスクリームだった、

お茶フレーバーのアイスクリームを作るとき、それなりの緑色に仕立てようとすれば、びっくりするほどの抹茶を使うことになる。また、緑茶の緑色はあっという間に退色するので、作り置きをすることが難しい。抹茶アイスが高級で高価なものになる理由だ。スーパーなどで売っている量産品のお茶アイスクリームは当然ながらお茶の含有量は少なく、何らかの対応をすることになる。
このお茶専門店のアイスは、その緑茶関連の問題点を豪速球でねじ伏せた商品を販売し人気があった。写真で見る緑色のアイスクリームは確か「お茶10倍」というものだった。肉眼で見るともっと深い緑に見えていた。味は、お茶の苦味をガツンと感じるほどの強さだった。何やら、「大人限定フレーバー」だなと思った記憶がある。価格も普通品の倍以上したハズだ。お茶屋のプライドを爆発的に発揮しました、という感じだった。

写真をひっくり返して見ていると色々なことが思い出すものだが、このアイスクリームの写真は「思い出す」より「また食べに行きたい」だった。東京に来るなと言われているのでいささか抵抗はあるが、少し落ち着いてきたら浅草寺にお参りに行って、蕎麦を食べて、帰り際にに七味唐辛子と芋羊羹を仕入れて、お茶アイス食べて帰ろうかなどと思う今日この頃。そうそう、地下鉄に乗る前に老舗バーで電気ブランをクイっと。

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新宿駅西口 メトロモールの惨劇

JR新宿駅西口から地下鉄東京メトロ丸の内線新宿駅に向かう地下通路は、上がったり下がったりしていて、その中に飲食店が多数あった。通勤経路に使っていた抜け道で、昔からやっているなかなか良い店がそろっていた。「そろっていた」と過去形なのは、理由はよく分からないがコロナの流行と合わせてどんどん閉店しているせいだ。その滅びゆくメトロ食堂街のほぼ最後の生き残りが「ポツンと営業中」のバイコー麺屋だ。

肉の万世が営業している中華麺専門店で、カウンターだけの店だが、たまに無性に食べたくなる。パーコーつけ麺が好物だが、この麺の良さは上に乗ったトンカツもどきにある、と断言したい。排骨と書いてパイコー、中華風のトンカツのようなものだが、衣がサクサクしている。丼飯の乗せて食べるのも良いが、やはり麺のトッピングとしての活用が最強だと思う。

コロナの前は行列の絶えない店だった。食べ終わったら10秒で店を出ていくのが客としてのマナーだなどと思っていたが、どうやらメトロ食堂街最後の砦も陥落寸前らしい。しかし、「ポツンと」の一言が、負けん気、やる気を物語っているなあ。しかし、何故メトロ食堂街は閉じてしまうのだろう。食堂街の中をあちこち探しているのだが、閉鎖の理由がどこにも書いていないんんだよね。

気になりネットで調べたら、新宿駅西口再開発でビルごと立て直し、将来的には凄まじい高層ビルになるようだ。その時には値段が倍くらいの高級レストランになってしまいそうだ。残念。

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最近のちょっとした気づき

一つ目の気づきが、アルコール0%のノンアルビールテイスト飲料が、酒として売られている不思議。最初はオール・フリーのアルコール添加新製品が出たのかと思った。日本最大のコンビニチェーンで発見した。これ、誤りだと思いますよと店員に伝える親切心は持ち合わせていない。まして、サントリーに知り合いもいないので放置。世間的には禁酒令が発令中なので、ひょっとすると、かなりブラックなジョークを店主が企んでいる可能性もあるか?

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二つ目の気づきだが、5月6日に自分では不要不急とは思えない緊急事態に陥り、東京都内まで外出した。都知事の東京来るなという暴言が有効な中だが、奥歯の調子が悪くなり物がかめなくなったのでかかりつけの歯医者まで駆けつけた。その治療の後、昼飯を食べようと駅ビルに向かって見つけた休業告知。終わる日が分からないという「当面の間」に、無言の怒りを感じた。JRグループは民営化されたとはいえ、まだまだ政府関連組織なので、お上の言うことには逆らわないぞという姿勢は理解できるのだが。日本政府と東京都の無能ぶりに対する「怒り」というべきだろうなあ。

そして、緊急事態宣言延長中の中、個人的な緊急事態に対応しての外出のついでに、再確認してきた。結論は、この案内は撤去されていた。5月14日に新しいレストランが開店したと告知があったので、たぶん12日から営業再開したのだろう。
その後ついでに新宿の百貨店に行ってきた。高級品の販売は制限対象と言い切った東京都の言い分を、百貨店側がどう対応しているのか興味があった。結果は、高級女性向けアクセサリー店などが、売り場の中でぽつりぽつりと休業している。百貨店の中に透明シートで覆われ「営業してません」という部分が露骨に見せられている。ああ、これは怒っているのだな、とわかる仕組みだった。
なんだろうなあ、この「官」の責任逃れというか、高級品扱い商品は自分たちで決めろ、そしてそこは閉めろという要求。それに対応して、「官」が閉めろというから、俺たちは渋々と閉めてやるんだからね、と露骨に見せつける「民」の対抗策。ちょっと楽しい売り場見学だった。見物だけをしに来たわけではなく、食料品の買い物のついでに見にきただけだからな、と心の中で言い訳していました。

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西新宿 5月6日 昼間

新宿駅西口から大ガード方向に進む途中の横丁。数年前に火災になり、ちょっとした騒ぎになっていたが、都心部に残る横丁としては、ほぼラストという感じだ。何やら中国系の女性が接客する店が増えたのは、また貸しのまた貸しが何重にも起きているからなのか。こういう店によくいそうな無愛想なオヤジ店主などはほとんどみかけない。ただ、飲んでいる客のほとんどが、人生後半に入ったような「オヤジ」族だ。だいたい飲んでいる連中が(自分も含めて)妙に背中が丸まっているのが気になる。本当に背筋をピンと伸ばして酒を飲んでいる奴は見かけない。いや、断言する(個人的感想です)。

桜の季節もとうに終わった5月に何故か造花ながら桜が満開なのだが・・・。赤提灯もぶら下がって入るが、灯りが入っている方が少ない。狙ったわけではないが、この時は通行人すらいなかった。

平日であれ、この横丁は昼から呑んべいで満席の店も多かった。5月6日はほぼ無人。行列のできる立ち食い蕎麦屋も行列なしだった。おまけに人気のラーメン屋まで空席がある。確かに、この横丁に来てチャーハンだけ食べて帰る客がどれだけいたことか。なんだかなあ、と思い込みつつ、こちらも足早に通り抜けるだけ。禁酒法時代の情け無用というか、飲み屋街の無惨な有様に心を痛めることになった。戦前の飲食店向け配給券復活まで、あともう一息のような気がする。コロナという戦争に、この国の政府はまた負けることになるのかもしれないなどと、ちょっと高尚なことを考えてしまった新宿西口思い出横丁でありました。

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セントラルパークもどきな池袋某所

数年前に撮った南池袋の公園の写真だ。確か南池袋にある飲食店を探しているときに、たまたま遭遇したというか、目の前に何やら広い空間が出現してびっくりした。地価も高い都心部でこんなひらけた空間があるとはと不思議に思った。商業施設とも思えないが、公園の端にはカフェというかテイクアウト店もあるようだった。

新宿御苑とか、神宮外苑とか、都心にもあれっというようなひらけた空間が存在するが、この南池袋の開放感には敵わないような気がする。随分前に行ったニューヨーク・セントラルパークは、上空から撮った写真を見ると高層ビルに切り取られた長方形の空間だということがはっきりわかるが、地面から見た景色というのは、この南池袋の光景と似ている。こういう開放空間を都心のあちこちに整備してもらえると嬉しいなあ、などと考えていたら札幌の大通公園や名古屋の久屋大通公園は、まさしくそんな感じだなと気がついた。やはり昔の人たちはなかなか偉かったのだなあ。