街を歩く

イチョウを探して散歩したら歴史にぶち当たった

毎年11月下旬になると、晴れた日にはイチョウを探して散歩に出かける。紅葉の季節というが、赤い葉っぱよりも黄色い葉っぱが好きだというのがイチョウ探しをする単純な理由だ。自宅周辺には桜の木・コブシの木・ケヤキは多いが、イチョウはだいぶ離れた公園に行かなければ見つからない。

イチョウは落葉がすごいので、この時期は木の下も真っ黄色になる。黄色くなった地面、これも楽しみな光景だ。初冬の日差しはお昼でも斜めから差し込む。それで、地面に写る影も合わせて、なかなか綺麗な光景になる。

晴れた空と黄色い葉っぱの対比も綺麗だ。気温が下がってきて、早足での散歩も気持ちが良い季節になる。たまに落ちている葉っぱの中から何枚かきれいな葉を拾ってきて、本の栞にしたりする。そんな、イチョウ探しの散歩の途中で駅前に展示してあるYS11の実機をマジマジとみてきた。よく考えれば、駅前に飛行機があるというのは相当にすごいことなのかもしれない。駅名が「航空公園」だし。

YS11が健在だった頃、何度か搭乗したことがある。当時、まだ空港が狭くてジェット機の発着ができなかった高松空港行きと広島空港行きにそれぞれ数回乗った。どちらも海の近くにある空港で都心部とのアクセスは便利だったが、着陸の時はちょっと怖い気がした。特に、広島空港は瀬戸内海側から山に向かって着陸するので、本当に恐怖を感じた。結局、何度か恐怖体験をしたあと、広島入りは新幹線を選ぶようになった。
そんなことを思い出していると、ふと気になったことがある。YS11と比較してみたくなったのが、先の大戦中に東京をはじめとして日本各地を火の海に変えた爆撃機 B17だ。ネットで調べてみてわかったが、

B17は 全長 22.8m 全幅 31.6mと、ほぼYS11と同じ大きさだった。
航続半径1276kmで、YS11 の倍ほど航続距離になる。最高時速524km/時間だから、巡航速度で比べればYS11もほぼ同じくらいの速度だろう。戦記や記録映画の中で見ていたB 17が、YS11とほぼ同じ寸法だとわかると、急にリアルなものになった。
目の前でみたYS11と同じような飛行機が、100機単位で爆弾を落としにきたのかと。イチョウ探しの散歩で発見した「奇妙な歴史」の跡。散歩の効用は、こんな突然の出会いや発見にあるのかもしれない。

街を歩く

ポケモンと遊んだら盆踊りが登場してびっくり

お供のキャラはピカチュウではなくライチュウだった。ARの品質にびっくりした。足元に影まであるのはリアルすぎる。

たまたま、ポケモンGOからメールが送られてきた。メールソフトが不具合になり設定をいじくり回しているうちに、これまで自動的に迷惑メール扱いだったポケモンGOからのメールが有効化されたようだ。何年もスマホに入れたっきりで触りもしていなかった。履歴を見たら2016年使用開始となっているから、5年ぶりに触ったようなものだ。使い方も遊び方もすっかり忘れていて、いろいろいじくり回していたらいきなりARが発動して、お供ポケモン『ライチュウ』が出てきた。ピカチュウではなくライチュウらしい。依然として遊び方もよくわからないまま、散歩のお供に使ってみた。

あれこれ触っているうちに、突然周りにピカチュウが大量出現して、輪になって踊り始めた。ほとんど盆踊り状態だった。これは、地下にある店から外に出たときに起きた現象で、おそらくアプリの暴走だと思う。ここ2週間くらいあれこれ触っているが、ピカチュウどころかほかのポケモンでも、盆踊り状態になったことはない。
ひょっとすると、ピカチュウ大量出現・イベントが局地的に発生したのかもしれないが、この時はピカチュウ狩りをして10体くらいのピカチュウを捕まえた。今は、順番に解放しているが5体だけ残してピカチュウ戦隊でも作ろうかと考えている。

コロナで家にこもっていたから足腰がすっかり弱くなっている。その対策として、ウォーキングアプリを4種類併用して「一人歩け歩け運動」をしているのだが、ポケモンGOは歩いている途中で寄り道をすることになる。ゲームの構造上仕方がないが、歩け歩け運動では邪魔になる。ただ、歩くことを楽しみにできるのも確かで、しばらくは散歩の友としてお世話になりそうだ。次のポケモン盆踊り大会を楽しみにしているのだが・・・。

ちなみに併用しているウォーキングアプリは、単純な歩数計(これは性格な歩数を確認する)、埼玉県推奨コバトン健康(歩いた歩数でポイントと景品がもらえる)、Miles(移動距離ポイントで何かもらえるらしい)を併用している。ご褒美でもなければ、ただただ歩くのは難しいよね。

街を歩く

自由が丘エレジー

最近のBookOffは、古本屋というより「中古品多角販売店」と言った方が良いようだ。ビデオゲームやCD、家電製品から、中古衣料まで手を広めている。自宅周辺のブックオフも半分くらい閉店したが、生き残っているところは売り場の半分が本以外になっている。だから、鞄が売っていても別に驚くほどのことではない。
しかし、東京屈指のおしゃれ人気街、自由が丘の駅前でブックオフに入ったら、目が点になるどころか、腰が抜けそうなものを見つけてしまった。
何気なく値札を見たら、なんだかゼロがいっぱい並んでいる。3度見直した。ゼロの数を数え直した。やはり間違いない。七桁の数字だった。値札の上に細かく書いてある商品名を見て納得した。ただ、同時に納得できないこともあった。
納得したのは商品名で、エルメスのパーキンといえば、高級鞄の代名詞で何年も予約待ちが入っているくらいは、ブランド物に疎い自分でも知識として知っている。だが、現物をマジマジと見たのは初めてだった。かばんの実物を見ても、パーキンだとはわからない無知ぶりなので仕方がない。
それでもうろ覚えの知識で、つけてある値段が新品の半額以下らしいということはわかった。低下の半額で売っているとすればブックオフ的な正統な値付けなのだろう。しかし、ブックオフの値札はシールでぺたんと貼る簡易的なものだ。流石にエルメスの鞄にシール貼りは難しかったのだろう。
納得のいかなかったことは、ブックオフでエルメス製品を買う人ってどんな人だということだ。そして、もし買うとして、一体どうやって支払うのかということだ。この金額を支払うとすると、大多数のクレジットカードは上限に近いか、上限超えだろうし・・。まさか、キャッシュで札束?などと考えてしまった。「すいません、これください」と言って、バッグの中から帯のついた1万円札の束を取り出す光景は、想像するだけで寒気がする。とすると、上限なしで有名なブラックのカードを使用する人種しか買えないのか?ただ、そういうハイソな人種は、ブックオフで買い物はしないような気がする。エルメス直営店に行くのではなかろうか。何やら階層社会の消費行動と高額消費経済に関して哲学的なことを考えさせられてしまった。これはまさにブックオフの珍商品(個人的に)を見つけてしまった気がする。
すごいぞ、自由が丘。

と思って、隣を見たら、もっとお高いバッグがぶら下がっていた。途端にあれこれがすごく気になり、ショーケースの中を片っぱしから見てみたが、流石に七桁商品はこの二つだけで、あとは10万円から30万円前後の商品が並んでいた。それでホッとしたのだが、「よく考えればブックオフで30万円の商品って、あり得ないでしょう」感は拭えない。その後で気が付いたが、店内照明は、いつも行っている蛍光灯で明るいブックオフではなく、間接照明を使ったブティックみたいな売り場だった。やはり、すごいな自由が丘・・と、何故か敗北感を感じながら店を出た。

ブックオフの真向かいの店が、何やら懐かしいブランドだった。カリフォルニアではローカルNo.1的なハンバーガー屋で、何年か前に大々的に宣伝をして日本上陸をしたハンバーガー店だった。確か自由が丘は2号店だったようなき記憶がある。アメリカンサイズのハンバーガーはボリュームタップリで、肉肉しいのが特徴だ。1号店があいた時には秋葉原までわざわざ食べに行った。その後、店舗をどう拡大していたのかほとんど覚えていない。だから、昔馴染みに出会ったような懐かしさを感じた。

食べればわかる旨さなんだが・・・

ただ、店頭のメニュ看板を見て、また腰が抜けそうになった。確かに、ここのハンバーガーはうまい。カリフォルニアに仕事で行った時はずいぶんお世話になった。たが、こんな値段だったか?と思わず見直してしまった。
自由が丘で2度目の価格疑惑事件だ。おまけに、バーガーの価格は単品価格のようだから、セットにすると1000円札でお釣りがもらえない。昼時で腹ペコだったらふらっと入ってしまうくらいの魅力はあるが、晩飯前に食べてしまうと、夜はめし抜きになるくらいのボリュームでもあるし。このん値段を払うとなると、ちょっと考え込んでしまう。確かに、この店が日本で生き残れとしたら、東京山手のハイソな街でなければならないだろうなという気もする。

結局、自由が丘で起こった個人的な事件で、東京都民と埼玉県民の民度というか価格意識というか、色々な社会的背景に想いを馳せたのであります。自由が丘で感じたのは、まさしく非・東京都民的「エレジー」でありました。

街を歩く, 駅弁

人気NO1弁当らしい鳥弁

ネットニュースのコラムか何かで見たのが、蒲田にある弁当屋の話だ。「鳥久」という弁当屋がテレビ局のロケ弁でNo.1の人気商品だという。へえと思った。ロケ弁はもっと高級そうな料亭製造みたいなものだとずっと思っていた。
蒲田に行くことはまずない。おそらく、これまで蒲田の駅で降りたのは人生全部合わせて3回くらいだろう。だから、その時の目的地を全て思い出せるくらいの「行くのは稀れ」な場所だった。
いつか機会があればと思っていたが、やはりというか当たり前というか、もう何年も経ってしまった。これはいけないぞと、あえて弁当を買いに蒲田へ出かけることにした。
ところが、あまり考えもしなかったので、残念ながら蒲田に着いたのが午後2時過ぎで、ほとんどの弁当が売り切れていた。やはり弁当屋は昼前に行かなければいけないなと反省した。それでも、お目当ての特製弁当はなんとか手に入れることができた。

鳥の串焼き、鳥の唐揚げ、肉団子など鳥料理が入っている。白飯の真ん中には梅干しが一つ。ああ、実にこれが日本の伝統芸だ、と思った。おかずとご飯のバランスが微妙だが、最近の弁当はご飯少なめ、おかず多めが主流だろう。それと比べると、この特製弁当はちょっとご飯多めに仕上がっている。「特製弁当」が人気の理由がここにある。崎陽軒のシウマイ弁当と共通点がある。つまり、伝統的弁当は、米を食べるためにおかずがある。そこがポイントだ。

店頭に並ぶ様々なお弁当が、基本的には鳥のおかずの弁当だった。昼過ぎにもかかわらず店頭に車を止めて買いに来る客が絶えない。一番人気は唐揚げ弁当のようだが、大振りの唐揚げは家庭では調理しにくいから、人気の秘密はその辺りにもありそうだ。また食べてみたい名物弁当だった。ようやく念願が叶い、人生の積み残したお荷物を一つ片付けた気分になった。やはり、蒲田は遠かったが、空港に行く途中でよれば良いのだと、家に戻ってきてから気がついた。間抜けな結末でありました。

街を歩く

ひさしぶりにお台場の展示会

1年ぶりにお台場の展示会に出かけた。コロナ対策をしっかりした上での再開ということだった。コロナ対策の最大部分は展示ブースを減らして通路を広げるということらしい。ネットで事前登録というのもすっかり定着したようだ。
お目当てはドローン展だったが、行ってみればちょっと期待外れというか出店者が少なすぎる。思い当たる理由は、世界的ドローンメーカーは中国にあるので、そこの出展がないことのようだ。国産メーカーでは企業数が少なすぎるのか、コロナの影響で出展意欲がないのか。ただ、ラトビアの企業が展示をしていたから、主催者側の問題なのかもしれない。少なくとも、コロナ前に幕張メッセで見た時は、ものすごい規模だったから、その落差が目立つ。

同じ会場内に農業関連、工業製品などあまり関連性が感じられない他業種の展示会が同時開催されていた。ドローンを見に行ったはずが、自走式自動草刈機があったり、ジビエ・レシピーが展示されていたり、思わぬ出会いもいろいろあった。しかし、結局はコロナ拡大という事象の中で、展示会ビジネスが瀕死の重傷を負っているらしいということはわかった。
ビジネス展示会は積極的に「直接濃厚接触」を求める場なので、非接触を是とする時代には全く適合しないビジネスモデルになってしまった。Webサイトを通じた会議、セミナーなど新たな試みが定着しつつある中、この前コロナ的な「展示会」ビジネスは、アフターコロナの世界で本当に見直しが必要なのだろうなあ。

特に、各大学が出していたブースを見て、そんなことを思った。大学関係者はブースの中に籠ったまま、通行客にほとんど声もかけないし展示もよくわからないものばかり。展示会に出ろと言われたから嫌々来ました感が、自然に溢れ出ているのはどうかなと思う。(個人的な感想です)
それこそヴァーチャル世界での展示会が必要なの時代なのだろう。

街を歩く

北西池袋は勃発した看板戦争?

池袋西口@DEEPの続きになる。池袋西口散歩で見つけた看板がとてつもなく面白いので、いくつか並べてみた。

一つ目は「日中 ラーメン対決」で平仮名が混じっているのが日本勢の看板。京劇の役者の顔が目印で日本語には存在しない漢字を使っている大陸チャイナ勢的な看板との対決シーン。この2店は徒歩1分圏内にあるので、どうみても直接対決していると思う。チャイナ勢がカタカナでシセンマーラータンとふりがなをしているあたりが、日本侵攻作戦(笑)をよく研究しているのがわかる。四川料理で麺といえば坦々麺と短絡的に思ってしまうのだが、ラータンというものがあるのだなとお勉強になった。どんなものだろう。酸辣湯麺の酢を抜いたようなものだろうか。ディープな興味が湧いてくる、怪しい看板はすきだなあ。もっとも、もり中華を食べるのが先攻で、後攻がラータンか。

第二戦目。同じく徒歩1分圏内で似たような看板を発見した。虎のマークで東京 NO.1を訴えている「東北王熏醤」。ちなみに「熏」という字は読めなくて、調べてみたらJIS第二水準の難読漢字だった。読みは「くん」だ。薫と間違えやすい字だなあ、というのは余談。その店名の下にあるバナーで、何やら読めないメニュー名らしきものが書いてある。大陸チャイナ勢で間違い無いだろう。こちらの店でどんな麺?が出されるのかは全く見当がつかない。謎チャイナ飯だ。想像するしか無い。謎すぎて店に入ってみるのは勇気がいる。もう一方は平仮名混じりの看板で、明らかに日本勢だとわかるが、なんだか字体というか看板デザインが似た感じだ。赤い地に白枠の黒文字という部分が共通だからだろう。たまたまなのか、どちらかが真似をしたのか。あるいはデザイナーが同じなのかもしれない。

第三戦目。雑居ビルの壁面看板もよく見れば色々とお面白いことが発見できる。2F 山内農場は日本の居酒屋チェーンが運営している純国産ブランドだが、漢字しか使われていない。3Fは「どり」だけひらがなで、やはりこれも日本ブランドチェーン店だ。4Fがちょいと怪しげな雰囲気を出している。オール漢字の「四季海岸逸品火鍋」はどちらの勢力だろう。漢字だけで判断してはいけないような気もする。日本企業が池袋の火鍋ブームに乗っかって開発した店かもしれない。5F新富麗華カラオケもかなり怪しい匂いだ。「新富町」は地下鉄の駅名でもあるから、新富は日本語だとも言える。麗華さんは最近のキラキラネームの中ではおとなしめの方だろう。ただ、その2単語が合体するとなぜか異国の匂いがしてくる。看板を眺めているだけで、こんなに楽しめるのは池袋くらいだろう。

ここは台北?香港?上海?

そして極め付けが、このお店。なんだかサンフランシスコのチャイナタウンでこんな店をたくさん見たような気がする。台北や香港の街角にも、こんなメニュー写真を店頭に張り出したレストランはたくさんあった。メニュー写真を見ると日本語で説明してあるが、看板を眺めると読めない漢字の下にアルファベットでふりがながしてあり、それが怪しい。どうも店名(漢字)の日本読みのようだ。普通アルファベットで書くときはチャイニーズを英訳した単語が並ぶと思う。富貴飯店がMandarin Hotelなどと 表記されるようなことだ。
ところがこの看板では ーーーーDAIFUJINとなっている。大夫人=DAIFUJINらしい。この読みは日本語なのか?
やはりこれは日中ハイブリッドと考えるべきだろう。おそらく看板にある「周黒鴨」というのは、看板に載っている女性と思しきイラストの方の名前なのだろうなあ。カーネルサンダースとかマクドナルドとかと同じ人名がブランドになっているということか。
池袋にいながらディープなエスニック体験ができるとは、便利な世の中になったものだと思う。が、店内に入ったら日本語メニューがないとかいう怪しさもありそうだ。不思議な街、池袋ノースウェストだ。

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池袋西口@deep

好きな小説作家の作品の一つ「秋葉原@DEEP」という題名がずっと記憶に残っている。ちょっとSFチックというかファンタジー系の要素を入れながら、現代の若者模様を描く長編作品で、電脳社会とかオタク文化とかあれこれごちゃ混ぜな美味しいお話だった。その話を入り口にとして、池袋西口公園の話を延々と読み続けている。自分としてはドボンとハマった作家の一人だ。たまたま池袋に行ったので、その西口公園のあたりを一回りした後、池袋駅西口北側にある、東口に抜ける地下通路(私鉄地下鉄のコンコースではなく本当のトンネル)周りを歩いてみた。この辺りが池袋西口公園物語の主人公が住む自宅兼店舗があるという設定だ。

噂には聞いていたが、池袋がマダラ租界になっている。サンフランシスコでチャイナタウンにいくとこんな感じがする、とでもいえば良いのか。横浜の中華街や神戸の南京町に行っても、ここまで強烈な異世界感は感じないだろう。要は日本人として見慣れた漢字がつかわれていれば、そこは日本の中華街であり、日本の一部と感じる。
サンフランシスコのチャイナタウンで感じるのは、普段見たことのない漢字が使われていて、カナがわりに英語が混在していて、おまけにその漢字も微妙に読めそうで読めないという違和感だ。日本の各地にある中華街では、この違和感がない。
ところが、そのなんともいえない違和感、ここは日本ではないという感覚が、池袋の街の片隅でマダラに生まれている。
台北や香港に行くと、全面的に読めない漢字だらけなので異国感はあるが納得できる。マダラではなく全部が違う、だから違和感につながらない。異国感ではなく違和感を感じるのは、中途半端に読めない漢字が、あちこちに混在するというのが重要な要素だ。

例えばこの看板だ。上部の万宝は読める。多分、意味もわかる。しかし下の「火ヘン」の二文字が読めないし、わからない。おそらく火をつかってある字だから、何らかの焼き物みたいなものではないかと想像する。看板の裏側を見ると、どうも串焼きのようなものらしい。読める漢字と読めない漢字が混在するのが、モヤモヤする原因だ。

これがビルの壁面看板になるともっとドキドキする。4Fの看板はよく知っている外食チェーンだ。5Fはどうやらお姉さんがいるお店らしい。6Fは有名な焼き鳥チェーン店。ここまでは日本語だけで理解できる。そして7Fは「熊猫火鍋」と書かれている。確かにパンダのことを熊猫と表記することは聞いてはいるが、日本語のセンスではないような気がする。それでも、まだ日本的な漢字常識で認識できる。ところが、池袋では一見して漢字だとわかるが、ちゃんと見ると読めない漢字というのが町中に溢れている。熊猫世界をこえている。

このビル一階の看板も普通に見ればなんの違和感もない。よくあるビルの店舗案内だ。ただ、4階 逸品火鍋をよく見れば、さりげなく読めない漢字が使われている。これがハングルだったりアラビア文字、タイ文字など全く読めない文字であればまた感じ方も違うのかもしれない。
読めそうで読めないのが、喉に刺さった魚の小骨的に感じるのだろう。まあ、池袋の北側はこんな感じに変わっていっている。関東各地にある異国人街、リトルデリーとかコリアンタウンとか呼ばれているエキゾチック?な街とどこが違うのかと言われると、多分、読めそうで読めない漢字のせいだろう。秋葉原とは違った意味で、池袋もすっかりdeepになっている。

ちなみに、古代から中世に漢字文化圏として影響を受けた漢字もどきに、ベトナム(阮朝)や西夏の文字がある。(日本語で使われる変形した漢字やカナもこの漢字もどきなのだが)この異国の感じインスパイア文字も歴史書などで見ると、わかりそうでわからないモヤモヤ感がすごい。
思うに、文化の発祥はいつでも大国なので、伝承された周辺諸国は劣等感のあまり、文化の精髄である文字をそのまま受け入れるのが耐えられないのだろう。古代・中世のスーパーステートであったチャイナに対する劣等感で、俺たちだって字くらいは作り出せるぞと生み出しのが各国の「漢字もどき」みたいなものなのだろう。ところが、それはチャイナ本国では蛮族の文字として余計に笑われるという事態をまねく。国交文書は正式な漢字でしか受け入れられない。その屈辱に耐えきれず、日本は遣唐使を廃止してしまったようだ。そしてカナ文字の発明、国風文化と民族自立運動を展開することになる。その後も日本が戦国時代末期まで大陸チャイナ帝国に対するコンプレックスを持ち続けていたことは、間違い無いだろう。(個人的歴史仮説であります)
同じことが第二次世界大戦の敗戦で起きたから、歴史的証明がなされたとしても良さそうだ。日本のカナは間違いなく、漢字インスパイア系国産文字だが、第二の漢字国産化は当用漢字(今の常用漢字)の導入だと思う。敗戦時のどさくさで作られた、変なプライドと政治的思惑で生まれた漢字もどきだ。池袋の話からずいぶんずれたが、日本の文化の変容はいつも劣等感から始まるという仮説は、また別の機会に。

街を歩く

新宿散歩で 酉の市 発見

ちょっと話は前後するが、新宿酉の市のお話だ。

ニューヨークにありそうな摩天楼チックなビル 丸の内あたりだとこのデザインはないだろう

西武新宿駅の隣に全く気がつかないまま高層ビルが出現していた。工事をしていたのは覚えているが、いつの間にか外壁も備わって、「おや、まあ」という感じでビルができている。歌舞伎町の真ん中にあるゴジラヘッドがモニュメント的な高層ビルと向かい合う形だ。これで西武新宿駅上部構造物の新宿プリンスと合わせて、歌舞伎町の高層ビル三点セットという感じになる。
歌舞伎町はペンシルビルばかりなので、地上げをしなければ高層ビル化ができない。ただ、大多数のビルが老朽化しているので、そのうちに歌舞伎町は50階、60階建ての高層ビルに全部置き換わるのかもしれない。西新宿のオフィスビルより、遊び心がある建物ができると良いなと思う。
気分的にはニューヨークみたいな感じになって欲しい。東洋一(もはや古典的な表現だが)の怪しいビル街になるかもしれない。10階までが飲食店、20−30階がホテル、40階以上が風俗店みたいなビルができそうだ。上層階ほど怪しいテナントが入り込み、魔界ビルみたくなる。最高層は超高級マンションになり、まるで「龍が如く」の世界のような「怪しい歌舞伎町」にならないかと妄想している。

毎年、このポスターを見ては年末だなあと思っていたのだが・・・

散歩がてらに歌舞伎町からJR新宿駅方向に進むとき、ルートは二つある。靖国通りという幹線路を渡り新宿アルタに向かう地上ルート。もう一つは西武新宿駅から地下道に潜り、ちょっと遠回りになるが新宿駅地下や伊勢丹の地下につながる地下ルートだ。地下ルートは雨が降っていたり、やたらと暑い日には避難路として活用する。この日はお天気が良く普段であれば地上ルートを選ぶのだが、ふと気まぐれに地下に潜ってみた。

酉の市を思い出したのは、新宿駅から新宿三丁目方向に伸びる地下通路を歩いていたときにポスター見つけたからだ。これを見なければ思い出すこともなかっただろう。コロナ前は毎日のように歩いていた新宿だが、最近では月に一度か二度程度くるのがせいぜいになってしまった。
家に引きこもるようになると色々なことを忘れてしまう。おまけにテレビもほとんど見なくなったので、最新情報はネットニュースだけみたいな生活だ。
そうなると、以前は歩き回ることで目にしていた情報が全く入らなくなってくる。街歩きも無駄な散歩だったわけでもないということだ。逆に人の暮らしが家にこもっているだけでよければ、マリ歩きをして無駄な情報ばかり拾い集めていたということにもなるのだが。
などと、あれこれ考えていた。おそらく家に篭りすぎて、皮肉っぽいことしか思いつかなくなったらしい。ダメ人間になったような気がしてきた。イカンイカンと反省した。

大行列のお参りだが  不思議と静かだった

という反省の結果、酉の市には意を決して行ってきたのだが、またもやアフターコロナ社会の祭りとは・・・などと考え込む羽目になった。お祭りは、お祭りらしく楽しむべきなのだがなあ。家ごもりの影響は深刻だ。

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池袋 歩き回ってみつけたもの

池袋と新宿はどちらも巨大ターミナル駅で、駅の東西に繁華街が広がる東京屈指の「盛り場」であることは間違いない。新幹線の集結する「東京駅」が東京の表玄関だとすれば、JRと私鉄と地下鉄の結集点で裏口的なのが池袋だ。新宿も裏口的な要素は同じだが、中央本線という脱出路があるので、隠れ玄関とでもいう感じがする。東北方面に限定すれば、上野も裏玄関的存在だが、すでに東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線すべてが東京発着なので、没落した裏玄関「上野駅」という漢字だろうか。
新宿で盛り場といえば歌舞伎町で、その外れにあるゴールデン街あたりがアナーキーな場所の代表として相当に有名だ。だが、池袋は街自体がアナーキーだから「ゴールデン街」的な場所はどこにあるかと思ってしまう。少なくともサンシャインが立つ東口側にはない。(一部、昔の名残も残っているが)
西口も、南側はすっかり文教地区っぽい香りがする。ただ、西口の北側が最近メキメキとアナーキーというか無法地帯っぽい匂いがしてきた。無法地帯といっても、あくまで感覚的なもので、犯罪が多いという意味ではない。

その西口北部を歩き回ってみて発見した強烈な看板。確かに、そうですね。100%同意します。と思ってしまった。本当に言葉は人を虜にすることがある。この店には行ってみなければならない、と使命感すら抱いてしまう強烈さだった。

店頭のボードを見ると鶏白湯ラーメンのようだ。開店時間は夕方からで、昼飯時にはおやすみしていた。池袋で酔っ払った後に立ち寄るのも良いが、飲む前に食べに行くかなやみどころだ。なんだか、食い物屋の意地というか矜持というかが伝わってくる、とにかく感動した看板だった。

池袋駅の地下通路は、今でも昭和の雰囲気が残る猥雑な露店が並んでいる。すっかり綺麗になった新宿駅コンコースなどとははっきり異なる薄暗い、怪しげな通路だ。おまけにJR、地下鉄と私鉄が各2路線入り込み超巨大地下迷路が構成されている。その怪しいダンジョン屋台で発見したクリームパン屋の売り場に思わず立ち止まってしまった。
コロナの拡大の中ひっそりと店を閉じたとはニュースで知っていた神楽坂のパン屋さん。確かにこの店のクリームパンは手土産に持っていけるほど上等なものだった。手に持てば中のクリームの重みでパンが下に垂れ曲がるほどの超重量派のクリームパンだ。人気がありすぎて購入個数に制限があったが、いつもその制限数まで買っていた。一人では一個食べるとお腹いっぱいになるくらいのボリュームだったが、周りの誰かにお裾分けというかお福分けするととても喜ばれた。周りの人を幸せにするクリームパンだった。
復刻版ということで、ついなつかしくて2個ほど買ってしまったが、残念ながらあの懐かしのクリームパンとは全く別の食べ物だった。昔の記憶を懐かしむだけの結果になった。再現するなら、もっと本気で再現度上げてくれよとお願いしたい。

池袋でのぶらぶら散歩に疲れて、一人酒を飲むには実に快適なキャッシュオンデリバリーの居酒屋に入った。コロナ明けでようやく復活して営業再開していた。大振りの徳利に入った熱燗でちびちび飲む楽しみは、酒飲みにしかわからない奇妙な習慣だと思う。喫煙と同じでなくなっても誰も困らない代物だろう。一人酒を文化などと言い張るつもりもないし、社会的弱者の一員扱いされても仕方ない「滅びゆく文化らしきもの」だ。だから、コロナで飲酒の機会を制限されても、それは受け入れるべき社会変容だと思う。ただ、それを誰彼構わずに強制しないでほしい。どうせ10年も放置されれば消えいく運命だろうと思うし。

と、ちょいと哲学的な社会考察をしながら一人で酒飲んでました。もちろん、一言も喋らない黙飲。電車の中で大声で喋りまくる非飲酒者の方がよほど迷惑だと思いつつね。

街を歩く

カツ重比較してわかったこと

久しぶりにスーパーマーケットの熾烈な競争を発見してしまった

食品ディスカウントスーパーマーケットの「オーケー」に対抗しているらしい、フーコットの商品を確かめてみると、色々と面白いことが見えてきた。オーケーの商品の中でも、テレビ番組なので取り上げられるお値打ち品はホールピザ500円であることは間違いない。ただ、それよりもすごいのがカツ重に代表される300円未満の弁当だろうと思う。間違いなくコンビニキラー商品だし、ホカ弁も対抗できない。戦略的目玉商品と捉えるべきだろう。
どうやらそこに競合ラインを合わせているのがフーコットの弁当だ。以前フーコットに行った時には見当たらなかったカツ重弁当を発見した。価格はオーケーより1円安い298円。この1円差に開発者の意地を見た気がする。コスト差が産んだ1円差ではなく、競合より1円でも安く売りたいと言う意地っ張りと執念の一円差だろうか。

蓋を開けて中身を見ると、オーケーのカツ重とはほとんど双子の兄弟状態で差を見つけるのが難しい。一つだけはっきりとわかるのは、オーケーカツ重は四角いフライパンで作成したようにも見える、長方形型の卵とじが特徴だ。フーコットの卵とじ部分も四角っぽいが、少し形が緩めというか四角っぽいが丸みがあり、カツの上にも卵が載っているというあたりが違いだ。
色彩バランスとしては三つ葉が乗っているフーコット製が若干優位といった感じがする。オーケー製は「三元豚」を箱の上のシールでアピールしているので、さりげなく高級感を漂わせる意図があるようにも見える。フーコットは演出不足というか、何も言っていない、書かれていない状態で、ここは改善の余地が残っている。

この二軒のスーパーがどこかの街で隣り合っているのだとすれば、1円差の価格違いを含め熾烈な競争しているのだなと感じ取ることができる。しかし実際は、直線距離でも20km近く離れている。その20kmの間には10店以上のスーパーがびっしりと詰まっている。隣の店とは全く言えない。おまけに隣町ですらない。西武線の特急使用して2駅、普通の駅でも8駅も離れている。
それでも、お互いに競争相手の店を繰り返し視察に訪れているのだろう。ライバル心というか敵愾心というか、激しいものがあるに違いない。
1円の差に気がつく客は少ないが、競争相手には宣戦布告と映るはずだ。大スーパーの1円戦争。ちょっと面白いと思うのは、外野からみる野次馬の意見なのであります。