街を歩く

渋谷の風景

渋谷駅前、ハチ公がいる広場から時々写真を撮っている。新宿とは違った、その時その時の日本の文化がよく現れる場所だと思うからなのだが・・・。ところが、渋谷駅大改装計画が進んできて、ついに東急東横店が消滅してしまった。その裏側に建設中の高層ビルが見えてしまう。この解体工事が終わった後は、またニョキニョキとビルが生えてくるのだろうが、ここ一年くらいは渋谷の駅の向こうに青空が見えるらしい。
渋谷駅周りの高層ビル建築が完了するのはあと10年くらいかかるのかと思っていたが、そろそろ終わりに近いのか。この感じでは、あと3年くらいでおしまいになりそうだ。

渋谷駅ハチ公口?から山手線外回りに乗るため階段を登ってきたら、正面にはアニメ映画のキャラがお出迎えで、これまたすごい広告だなと感心した。実に渋谷らしいとも言えるか・・・。ただ、その広告下のスペースを使って、「駆け込み乗は・・・」というJRのいじましい努力の方が、余計に感心してしまった。
エヴァで目を引いて、小判鮫のようにメッセージを送る。涙ぐましい。おまけに、とても目立つ配色の黄色と黒だし、枠線は蛍光色だし、いろいろと手作り感満載だし。なんだか、JRが本当に民営化したなあと思うのは、こういう手作り掲示を見た時だ。費用対効果とか、限られた予算とか、訳のわからない上司との交渉とか、規則で規制しようとする本社との戦いとか、本当に色々な背景事情が想像できてしまい、涙が出そうになる。
エヴァの戦いのように、今まさに地球が、人類文明が滅びようとする時にも、規則で縛り付ける上司や官僚やダメ教師はいるのだろうなと、思い起こさせてくれる「都会の良い風景」だった。
渋谷の駅を歩いているだけで、人類の戦いに思いを馳せる事になる。渋谷はあいかわらずで凄まじくエキセントリックな街なのだね。

街を歩く

新宿の風景

新宿東口にあるヨドバシカメラは、時代を移す鏡だと思う。その時の消費者の関心の高さ、つまりよく売れる商品を1階に並べ、階数が上がるごとに商品の人気度合いが落ちている、という見方をしているのだが。
コロナの間で起こった変化は、つまるところ新宿にインバウンド、海外観光客が来なくなったことが主因だと思っている。日本人客に普通に売れる商品は何か、ということでこの2年間何度か売り場が変わった。最初に起きたのは、高級一眼レフを主軸にしたカメラ売り場が一階から無くなったことで、その代わりに一階の主になったのがコードレスイヤホンを中心とした携帯オーディオだった。
それが(つい最近らしいが)、一階の主がスマホになった。同時に、2階3階にあったパソコン、テレビなどの映像系機器が最上階方面へ追いやられた。エンタメ系家電が追放され、おうち時間の増大に伴う家庭内家電、つまり調理や掃除洗濯といった毎日使うものに重心が移ったらしい。
そして、ヨドバシカメラの見立てではインバウンド観光客は当分のあいだ商売相手にならないということみたいだ。
スマホ館だった隣のビルは時計館になってしまったし、カメラ売り場は隣のゲーム館に移された。花形商品が脇役にされた気分だが、おそらくこのヨドバシカメラの見立ては時代認識として正しいのだと思う。

そのヨドバシカメラで黄昏系売り場になったオーディオ系商品だが、ついにシステムコンポ(スピーカーとアンプとCD/ラジオなどの音源装置が組み合わさったもの)は売り場ごと消滅で、西口本店のオーディオ専門コーナーに行かなければならないらしい。もはやシステムコンポは化石商品の認定を受けたというしかない。
そのオーディオコーナーにまさかのラジカセが新発売されていた。音源はカセットデッキとラジオだけでCDは不可だ。なんだか50年前くらいに売っていたものと同じに見える。FMのバンドは広いので、最近のAMラジオがワイドFM化したものは聴ける。
カセットテープの音源をUSB、SDにダビングできるというのが現代的機能だが、もうすでに昔のカセットテープなど全部捨ててしまった。つまり、これを買っても聞くための音源がない。カセット付きのシステムコンポも捨ててしまった。
時代は変わるものだとしみじみ思ってしまう。まあ、カセットテープが現役だったのは1990年代前半くらいまでだから、いまや現物を見たこともない人たちの方が多くなってきているのだね。

ヨドバシカメラで現代消費文化の考察をした後、もう一つの現代文化を視察に行った。どうやら映画のヒット作が続いているらしい。海外の大作もなるほどだが、あれも前作をリアルに見た世代はそろそろ墓場に足を踏み入れる年に近いななどと思ってしまう。
そして、どうやら映画館がイチオシしているのは女性5人グループのキャンプ・アニメで、なんだか妙にコロナの時代にあった出し物だなとしみじみ思ってしまった。ここ最近の大ヒットといえば、エヴァンゲリオンの最終編だったが、あれもリアルで放映していたのは20年以上昔で、完結編が出るまで喉に骨が刺さったような気分の元・若者がいかに多かったかということだろう。
コロナ前に深夜枠でヒットしていたソロ・キャンプが題材のアニメが、コロナの終わりに劇場版アニメとして完結するというのも、やはり時代性だと思う。もはやアニメは子供の見るものというディスニー以来の伝統からはみ出して、いろいろな大人が色々な好み、テイストに合わせて鑑賞するエンタメになった。この先も映像制作技術の進化に合わせてアニメがどこまで進化していくのかと期待するが、その進化はアメリカではなく日本で起きて欲しいものだと、ちょっとだけ思った次第。

街を歩く

老舗な楽屋

地下鉄新宿三丁目を降りてすぐ、新宿末広亭の裏通りに当たる場所にある「楽屋」は喫茶店だ。赤提灯だけ見ると居酒屋にしか思えないが、歴とした喫茶店だ。

扉を開けて階段を上がった二階にお店はある。この扉を開けるのがなかなか難しいというか、ふらっと立ち寄る雰囲気ではない。末広亭に出演する芸人さんたちが楽屋がわりに使っているという話を聞いたことがある。

入り口には、お店に入りやすいように説明書きがあるというのも、入店する難度の高さの証明だろう。それにしても、うどんや蕎麦が出てくる「純喫茶」というのは初めてのような気がするし、そもそも純喫茶という単語も死語に近い。若い世代ではわからないのでは。

メニューを見るとお値段もそれなりというか普通というか、場所柄を考えると高くはない。気になるのは昆布茶日本茶がメニューに堂々とあること。これは昭和中期に喫茶店メニューとして死滅したと思っていた。まだ注文できるのだということに感動した。
それよりも気になったのが、うどん・そばになかにある「つづみ」というもので、これは一体どんなものだろう。月見はあるから、卵以外の何やら丸いものが二つのっている?などと、頭の中は疑問符だらけだが、あえてそれを注文する勇気もないな。

店内はとても明るい。新聞や本を読むのい不自由ない。純喫茶といえば、店内が薄暗く、怪しい商談をする場所問いいったイメージがあるが、この健全さはなんといえば良いのだろう。個人的にはものすごく好きで、いつもこういう明るい場所を探している。おそらく新宿では唯一と言ってよさそうだ。

テーブルの上には当たり前のように灰皿があり、おしぼりが最初に出てくる。ブラックコーヒーの味は、昔懐かしい酸味と渋味が強いものだった。シアトル系コーヒーが全盛となった平成に、日本中から消えていったコーヒーの味だと思う。エスプレッソではなく、濃い味のコーヒーが飲みたいのだと思っても、今やどこにも無くなってしまった「幻のコーヒー」に限りなく近い。
多分、軽井沢にある茜屋珈琲店本店では今でも飲めるのかもしれない。銀座とか日本橋の古い喫茶店を丹念に探せば見つかるかもしれない。でも、新宿、渋谷、池袋という東京西部では見つかりそうもない。
貴重な一軒をとして、個人的な歴史遺産に認定しておこう。ここにくるときは一人に限る。そして、次に来るときは、謎のつづみうどんとビールにしよう。

街を歩く, 旅をする

龍馬推しの街で気がついたこと

久しぶりの高知で、ちょっと気張ったランチを食べようと川沿いのお店まで歩いて行く途中で見つけた。モニュメントというか道標というか、有名な懐に手を入れた坂本龍馬をデフォルメした面白いデザインだ。この町は、とにかく龍馬推しなのだなとわかる。龍馬は大河ドラマで有名になった高知人ナンバーワンだと思うが、ナンバーツーがいないくらいダントツの知名度だろう。

その道案内の写真を撮った後で、なんの気無しに見上げたらマンションの壁にもすごい案内というか広告があった。歩道にあるのは歩行者用、壁にあるのは自動車用なのか。それにしても、すごい執念だなと思う。なんとしても、人を龍馬の元に連れていこうという、強い意志が感じられる。
これに似た過去の偉人に対する熱量の高さは、鹿児島の西郷さんくらいだろうか。少なくとも町中にその人名が冠された場所やお店があり、銅像が大量に街の中に溢れているという条件に当てはまるのは、坂本龍馬と西郷隆盛くらいしかいない。
お江戸を戦火から救った勝海舟やその他の幕臣は、明治政府からすると敵扱いなので、お江戸に幕臣偉人像は皆無だろう。お江戸を首都化した徳川家康の像も東京周辺では見た記憶がない。
山口に行けば、高杉とか桂という明治政府成立の功労者、そして伊藤、山形という明治政府成立後の権力者の像がどこかにあるのかもしれない。が、観光名所になているのかわからない。(少なくとも記憶にはない)京都の新撰組の方が、コアな観光客を惹きつけているような気がする。どちらにしても、高知で最大の著名人は坂本龍馬さんなのは間違いないだろう。

そんなことをつらつら考えながら、コロナ前はよくお世話になっていた(ランチで)料亭に行ってきた。この手の業態はコロナで最大被害を受けたので心配していた。営業しているか心もとないので、前日に電話で確認したほどだが、無事お店は開いていた。

ランチは御膳一択と言われたが文句はない。高知の名産品が残さず放り込まれた「県外人仕様」にしてくれたようだ。ランチとしてはボリューム十分すぎる。味は保証付で、これまで何度も足を運んだが期待を裏切られたことはない。
ただ、ちょっと残念なのが、アルコールのリストから日本酒が消えていたことだ。土佐は酒豪県なので、地元の日本酒蔵がたくさんある。うまい料理には地酒を合わせて土佐気分を盛り上げたいと思うのだが、どういう理由なのかお昼は日本酒がなくなっている。これもコロナの後遺症なのだろうか。

料亭料理の美しさは、料理の素材以上に、器の色と組み合わせだと思う。立体的な造形美で、これは家庭で再現することは難しい。土佐名物と言われる皿鉢料理にしてもプロの盛り付けの技がなければ、ただの料理がてんこ盛りになった手抜きにしか見えないだろう。和食屋の懐石弁当とコンビニの幕内弁当の違いみたいなものか。
「映え」が評価される時代になり、誰もが自分で写真に撮って料理の美しさをしっかりと味わうようになった。料理人は味以上に見栄えを考えなければいけないのが、平成から令和にかけて変わった「仕事の掟」だ、などと鰹のタタキを食べながら思っておりました。
高知料亭、またまた良いランチを楽しんだが、一度は夜も来てみたいぞ。

街を歩く

高知駅で一休み

高知駅 高架になっている駅ホームを覆う木造の屋根が美しい

高知空港からJR高知駅までは連絡バスで20分ほど。昔は40分くらいかかっていたが、高速道路と接続したバイパスができたせいで時間短縮した。高知の繁華街であるはりまや橋付近にも停車する便利の良さだ。初めて高知に来た時は国鉄時代で、旧高知駅はほとんど印象に残っていない。それからしばらくしてJRになってから駅の高架化工事、改装工事が行われて、今の美しい高知駅になった。
JRのあちこちの駅を見てきたが、ここ高知駅と金沢駅が美しい駅のワン・ツーだと思う。復活した東京駅丸の内側のレンガ建も趣があるが、現代美術的な造形美は高知駅だと思う。

鯨の尻尾

その高知駅の改札内には、これまた高知らしいというか、なんとも駅には不似合いなオブジェがさりげなく置かれている。昔だったら改札口を出たあたりにガラスケースに収められて飾られていそうなものだが。「歓迎」ではなく「歓鯨」なのだから、高知に来たら鯨を見に行けよということか、鯨を食べろということか・・・。

ホームに登る階段のアート

高知市内はあちこちにアンパンマンのアート作品がさりげなく置かれている。境港のように鬼太郎一族オンパレードにはなっていないが、市内のあちこちにある〇〇パンの皆さんを探すのは楽しい。その第一歩がこの改札からホームに上がる階段だ。
ただ、これは高松方面から来るアンパンマン列車に乗ってくると、気がつかないまま改札を出てしまう。高知駅からアンパンマン列車に乗ろうとすると、その時初めて目に入る仕組みなので注意が必要だ。おまけに、エスカレーターで楽をしてホームにあがろうとするとこの階段の脇を通りぬけなければならない。楽しむには「足」を使わなければならない。まあ、小さい子供であれば元気だから問題ないだろう。孫を連れたジジババにはちょっときついか。

改札脇のカフェ 昔だったら立ち食い蕎麦屋がある位置だった

高知に3年も来ないうちに、駅の中も色々と変わっていた。改札横におしゃれなカフェができていた。以前からカフェだったかなと記憶を辿ってみたが定かではない。とりあえず高知駅内には飲食スペースが少ないので、この場所は列車の時間待ちを含めて便利だ。コーヒーでも飲みながら発車時間まで待たせてもらおうと思ったが、ちょっと小腹が減っていたので、スタッフおすすめのモーニングを注文してみた。
ただ、注文したそのすぐ後、11時からは普通に食事ができるので、後から来たおばちゃんたちはうどんだのカレーだの本格的な軽食(?)を注文していた。本日の日替わりはキーマカレーという声が聞こえてきて、ちょっとだけ残念な気分になった。隣のおばちゃんが食べていたうどんも美味そうだった。

ハニーなトーストセット

久しぶりに食べる喫茶店のモーニングだが、スタッフイチオシの胡麻ハニートーストにしてみた。小さめの野菜サラダとヨーグルトになぜかワカメスープがついている。飲み物はホット、コールドで色々選べる。普通のトーストセットもあった。ただ、胡麻ハニーは初めて食べる味で、甘さと胡麻の香りが絶妙だった。これは家でもやってみようと思う不思議なお味だ。
高知駅で甘いトーストを食べることになるとは思いもよらなかったが、想像していない体験をすることも旅の楽しみの一つだ。「高知ならではの「もの」ばかり漁っていても町を楽しめない。その町で普通に食べられている今まで見たことのないもの、そんなものを探すのも良いものだ。などとのんびりモーニングセットを楽しんでいたら、高知駅名物駅弁を買うのを忘れてしまった。
これはやりたくない旅の失敗だった。あー、カツオ飯食べ損ねた。(高知名物のかつお飯は家庭料理なので、なかなか食べられないのですよ)

街を歩く

大都会で一杯

迫力のある入り口看板

池袋のセルフ飲み屋「大都会」に半年ぶりに出かけてみた。ちょい飲みするにはお気楽な店なのだが、ここしばらく都合の良い時間に池袋に行くことがなかった。たまたま池袋にいても土砂降りだったりして、タイミングが合わないことが多かった。

久しぶりにふらりと立ち寄ったのだが、あまりにも暑い日だったので、冷たいビールとか冷酒とかの選択肢もあるはずなのだが・・・。いつもの通りおつまみ付き晩酌セットを頼んでしまい、酒はついつい熱燗にしてしまった。酒が出てきてから、あちゃーと思ったが遅すぎるというものだ。
今更ながら冷たい酒を頼めばよかったと反省しても遅すぎる。冷蔵庫から「冷水」を取り出してきて、猪口で一口ちびりと酒を飲むと、冷水を一口。これを繰り返しているうちに、そこそこ酔いが回ってきて、冷たいビールに変える気力も失せた。
隣の席にいたサラリーマン3人組が威勢よく話しているのが聞こえてくる。聞くつもりもなかったが、暴力的な声量なので会話が手に取るようにわかってしまった。
営業成績と嫌な客への文句と上司の批判。サラリーマンの話題とはきっと1000年前から変わっていないのだろうと思わせる、鉄板な居酒屋トークだった。
これはコロナが終わった証明みたいなものかな、などと思ってしまった。だが、それにしても午後の早い時間から、これほど気合を入れて飲んでいるサラリーマン3人組は一体どんな会社で働いているのだろうと、そちらの方が気になった。
結局、そのやたら元気に酔っ払っているサラリーマンに当てられて、飲む気力を無くしてしまい早々と退出した。
次に行く時は気温に気をつけよう。特に飲み物の温度に注意しよう。それともう一つの注意事項は、座る席をカウンターのはずれで周りに誰もいないところにするのが良さそうだ。昼から気合の入ったサラリーマン達が、ちょっと眩しいというか、近寄りたくないというか………

街を歩く, 小売外食業の理論

マクドナルドの時間

地元の駅前にひっそりと佇む感がたっぷりもマクドナルドがある。赤と黄色の看板がドカンとあげられている、ここが街の正面だよという風格たっぷりのマクドナルドの店とは違う。まあ、一応マクドナルドなんですけど、よろしければどうぞという控えめな感じだろうか。
景観条例が厳しい古都や旧城下町などでは、こういう渋めの外観に強制されているが、地元の街は西武グループが支配する人工繁華街なので、赤、黄、緑など原色の看板で溢れかえっている。そこに観光都市のような「ハイソ」なルックスのマクドナルドがある。違和感しかないのだが………
そして店内を覗き込むと、もう一つの違和感がより強く感じられる。店内は最新式のレイアウト、注文カウンターがあり、コロナ対策のガードボードもそれなりの高さのものが設置されている。法的基準をはるかに上回る、マクドナルド対応というべき「完璧さ」だ。
違和感の原因は、その最新鋭対応客席にいる客の、半数以上が高齢者だということ。それも大部分が後期高齢者っぽく見える。マクドナルドといえば、高校生大学生がたむろして、ドリンクとポテトを前に喋りまくっていたり、教科書を広げて試験勉強していたりする都市型コミュニティースペースみたいな感覚があった。特に、平日の午後は若者集団に占拠されているものという思い込みがあった。
ところが、なぜか自分よりも年齢が上としか見えない高齢者の集団があふれている。それもほとんどが一人で、ジジ・ババのおしゃべりグループは見当たらない。マクドナルドが日本に一号店を開けてから50年近くが経つ。当時は流行の最先端を追いかけていた二十歳の青年が今では70歳を超えるのだから、マクドナルド一筋50年というツワモノ高齢者がいても不思議ではない。が、そのツワモノがなぜか大量発生している不思議空間だった。スズメ百まで踊りを………ではないだろうが、二十歳で覚えたマクドナルドが忘れられないか?

全国のマクドナルドが高齢者愛好店になっているのかもしれないと思うと背筋がゾクゾクする。確かに、その兆候はあった。郊外型の小型店舗に行くと平日午後なのに駐車場は満車、客席は空席待ちになっていて、店内はジジババが目立っていた。コロナ前のことだった。
近場の大型郊外店でも二階席は半分ほど子供専用に仕切られていて、ファミリー優先だったが、残りの半分のテーブル席が新聞を読むジイさんで占拠されていた。確かに、マクドナルドは朝早くから空いている。昼のピークを除けば、客席には比較的余裕がある。コーヒーを頼めば、セルフ式の喫茶店やカフェなどよりはるかに安い。
おまけに、コロナ拡大の後遺症というべきか、いわゆるキャッシュレス対応を筆頭に、完全禁煙、Wi-Fi設置など店内に長居しやすい環境整備が進んでいる。これは学生やサラリーマンなど、いわゆる現役世代対応だったはずだ。
それにもかかわらず高齢者の愛好場所になったのはなぜだろう。おそらく高齢者天国だった図書館が長時間滞在をさせないようになっていることも原因の一つだろう。昼カラのような高齢者愛好施設が、コロナで使いにくくなったことなどもありそうだ。何より家にこもっていた高齢者が、大量に外にで始めたせいで、その姿が目立つようになった。色々な要因が複合して、マクドナルドの溜まり場化を推し進めているような気がする。
1990年代、アメリカ中西部の都市郊外でマクドナルドに行った時に、似たような光景を見かけたことがある。地元の人間が、マクドナルドは高齢者が飯を食べにくる場所だよと言うのを聞いてショックを受けた。まさに、それが令和の日本で出現している。
マクドナルドを若者に返せなどと言うつもりは全くない。ただ、日本の人口の1/3を占める高齢者が、自然発生的に集まる場所がマクドナルドになるとは、誰も予想していなかっただろう。
行政がこれに気が付けば、社会福祉政策も変わるかもしれないが、おそらくそれに気がつくころには既に高齢者の大量消滅期に入っている気もする。行政より先に、マクドナルドが「そこ」に気がつき、対応を始める方が早いだろう。高齢者向け専用バーガーが出現する日も近いのか。テーマは、歯に負担をかけないとか、喉に詰まりにくいとか、高齢者特有のニーズに対応する頃になるのだろうな。
マクドナルド=デイケア施設と言うのは、ちょっとしたブラックジョークだ。それでも、マクドナルドの看板に「マクドナルド・プラス」とか「マクドナルド・プレミアム」とか、「マクドナルド・シニア」とかいう高齢者専用マークがつくのは、そう遠い未来のことではない……………気がする。

街を歩く, 食べ物レポート

高田馬場で焼き鳥うまし

盛り合わせと追加でキモ串など

高田馬場は典型的な学生街だと思っている。地下鉄で一駅先に早稲田大学がある。学生数を考えると超巨大大学と言うべき規模だろう。高田馬場自体には予備校も多く、都内では珍しい日中から若者だらけの街ということになる。
当然、学生相手の安くてボリュームがあってそこそこうまい飯屋・レストランはたくさんあるし、一時期ほどではないが学生目当ての大型居酒屋も多い。その中で、高田馬場界隈屈指の焼き鳥有名店が「とり安」だろう。
店名の通り、リーズナブルというより価格破壊的な焼き鳥を提供する店だ。感覚的な判断だが、串焼きの値段は他の店の半額程度、それ以外の料理が300円程度が中心なので、まさに昭和の値段でやっていますという感じだ。
焼き鳥の味付けはかなり濃いめだが、塩タレどちらでも楽しめる。塩で食べる焼き鳥は基本的に鮮度勝負なので、塩がうまい店は「食」として安心だ。

名物煮込み 一般的なモツ肉が入ったものは、モツ煮という別メニュー

焼き鳥屋に行くと、肉だけ食いまくるイメージがあるが、この店の名物である「煮込み」を箸休めがわりに注文するのが常連的お作法だろう。塩味でだしの効いた透明なスープの中に、大根、にんじん、ごぼうといった根菜がたっぷり。それに手羽先が1−2本入っているシンプルなものだが、焼き鳥の濃い味を中和する煮野菜が嬉しい。

小鉢料理もラインナップが素晴らしいと思っている。昔は鳥ささみのたたきなど生食料理もあったが、最近は食品衛生上の問題で生の鳥はなくなった。その頃の名残が、湯がいた鳥ささみをウニソースで和えたもの。生の鳥が出されていた頃は、人生が変わるくらいうまいものだと思っていたが、今のやり方でもなかなかの逸品だ。
小鉢を散々食べた後で、焼き鳥をしめに頼むのがこの店ではよろしいようだ。冬であれば燗酒、夏であれば升酒を冷酒で頼む。
ちょい飲みするだけなら千円で十分いける。コロナ前は店内の半分以上が学生だった。今回は、学生が見当たらない。学生が賑やかに酒を飲む時代は終わってしまったのだろうか。やはりコロナの後遺症は、あちこちで目立たない形で発生しているようだ。サラリーマングループも、せいぜい1時間で撤退している。4人以上の客も見当たらず、2−3人という少人数で飲むのが定着したようだ。居酒屋業態にとって、これは死活問題だろう。

1日20本限定の西京漬串 焼くだけではない「仕事」をした料理だった。

コロナが落ち着き営業再開となっても、客単価、客席回転数共に戻ってこない。原材料は値上がりし、家賃は変わらず、人手は相変わらず不足気味で時給も上がる一方。それでも値上げをするとたちまち客は店を変えてしまう。
何もいいことがないとぼやく居酒屋経営者の顔が目に浮かぶ。ささやかな応援ではあるが、焼き鳥を食べ一杯やりに通うから、是非是非お店は続けてほしい。おねがいしますと心の中で言いながら帰途に着いた。
Go To 支援の中に、ぜひGo To Eat 追加してあげてください。

街を歩く

新宿のオアシス

今年の年初に、まだコロナ自粛規制が厳しかった頃、たまたま気づいた感動の看板の店の前を通りかかった。普段であれば見過ごしてしまうような壁にはられた看板についつい見惚れてしまった。ストレートというか豪速球というか、広告コピーとして捻りのないストレートなものだが、こういう文句に心がやられるということはたまにある。1970年代後半から80年代、いわゆるバブル時代開始直前はこういうコピーが流行った時代だった。
最近は80年代が復古しているそうだから、広告の世界も先祖返りを起こしているのかもしれない。当時の広告などはデジタル化されていないので、記録を遡ろうとすると、誰かがデジタル化したアーカイブを探し出すか、そもそもの資料探索の原点に戻って「原書」「現物」を古本屋や図書館から探し出すしかない。
リアルタイムで時代の記憶がある人間は、もはやすっかりジジイババアになっているので、当時の事情など聞いて回るだけでもたいへんだ。

ビールで感動した記憶がほとんどないので、ここにある「感動まであと数歩」には心惹かれる。なので、あと数歩歩いてみた。

いやいや、参りました。「美味しいお酒、時間は夜だけじゃない」という昼呑みの薦めは初めて見たが、これはすごいぞと思った。隣の「あなたの美味しいはきっとみつかる」。キーワード「美味しい」、これがこの看板の左右で対になっているのだ。何よりもすごいと感心したのは「あなたの美味しい」と、個々人の味の好みを絶タウ肯定していることで、当店自慢のうまさとか、食べログスコア4点以上とか、そういう他人様の評価に寄りかかっていないことだ。自分のうまいものは自分で決めろ!という、ある意味正しい飲食店からの応援メッセージだろう。

入り口付近の看板は、ちょっと入ろうかどうか迷った人向けに、最後の一押しをする優しさだった。「今日も1日お疲れ様でした」でぐらっときて、「帰り道の給酔所」でニヤッとする。どれ、それではお薦め通りに給酔していこうか、という魔女の誘惑みたいなものだ。
相変わらずだったのは「2Fにも感動あり」で、これは実際に確かめた経験があるから、看板に偽りはないのだ。この日は昼呑みしている暇もなかったので素通りになってしまったが、近々リベンジ襲来してやらねばと思うのでありました。
ビールで感動してみたいぞ。

街を歩く

オールドメディア みつけた

駅のホームで電車を待っている間に、あたりを見回していたら発見した「新聞記事の掲示板」で思ったことなのだが。まずは、今どき誰がこれを見るのだろうという疑問だ。これを見つけた自分ですら、写真や記事に目が行ったわけではない。最初は、駅や公民館などによくある素人写真の展示だと思ったくらいだ。
どうやら大手新聞社のニュース記事らしいと気がついたのは、写真の脇に書いてある「惹句」というか見出しを読んでからだが、その見出し分がこれまた素人っぽい。学生時代の校内壁新聞レベルだな、などと思ってしまった。
そもそもニュースと言えるほど情報鮮度がない、というのが決定的なダメ要因だろう。ヨットの単独太平洋横断の記事は、先週テレビで見たのではなかったかと思うほど、ニュース性はなくてオールドなお話だった。
記事の中身が嘘だとか捏造だとかいうことではなく、報道する鮮度の問題として、この壁新聞もどきは報道というかニュースというか、メディアとしての使命を果たしていないなあ、と思ってしまった。
毎日通勤通学で同じホームを利用する人の中には、この壁新聞もどきを楽しみにしている人もいるのだろう。だから、まだ掲示され貼られているはずだ。ただ、この写真の内容であれば、毎日スマホの中で消費されているレベルの情報だろうし、世間の関心とは別の視点で記事を選定するという、ニュースではなく現代トリビア的編集を試みるのであれば、やはりスマホで別立て読み物に仕立て上げた方が見る人、読む人も増えそうな気がする。
そもそも、この駅は相当長い間利用しているが、この「写真新聞」に気がついたのは、これが初めてだ。おそらく昔の木造駅舎の時代から、ずっと続いているもので、昭和平成令和の間、誰も存続見直しをすることもなく続いているのではないかと思えば、感慨深いものもある。
これからは駅のホームで(時間があれば)、きっちりと読むようにしようと決意をあらたにしつつ、世の中にはまだまだこういう化石的というかオールドメディアは生き残っているのだろうなあと思うのでありました。
しかし、記事の内容が平和的、牧歌的なのが救いではあるのだね。