街を歩く

競馬場は酒を飲みにいくところ

競馬場では、この人の気配が無くなったパドックが好きな場所だ。ここに観客も競走馬もいないということは、レースが始まる直前で、俄然場内に緊張感が高まっている時ということになる。
風景としては、綺麗なもので、おまけに色々と想像を掻き立てる場所だ。競馬場に行って馬券を買いもしない人間としては、競馬場の楽しみを競馬ファンとは違う視点で見つける事になる。

まず、競馬場の楽しみの一つとして、場内に入ったら最初にフードコートを目指した。これは仕事柄の興味もあるが、とにかく暑い日だったので飲み物が欲しいと思ったからだ。そして見つけたのが、このビールスタンドだった。
唐揚げとビールだけで商売をしているようなものだが、なぜか狭いカウンターの中でビール係と唐揚げ係がいるようで分業というにはあまりに無駄な気もしてしまう。きっとピーク時の備えた配置なのだとは思うが、これまた色々と職業的な視点で考え込んでしまった。ビールはサッポロ黒ラベルに決まりだ。苦いのがはっきりしていて札幌の気候によく会ううまいビールだ。

ビールを飲んで落ち着いたの後はスタンド内を散策したが、馬券を買う人たちの行列やら場内を移動する子供連れやら、なかなか障害物が多い場所だ。意外と短時間で消耗してしまった。久しぶりの人の波に疲れてしまった。すかさず休憩場所を探す。(この間も馬券を買うことはないので、こちらの方が邪魔者だという意識もある)

全国的には大阪の「風月」が有名だと思うが、こちらは全く関係のない札幌ブランドの「風月」だ。というか、札幌市民は東京や大阪で鶴橋風月を見つけると、札幌から支店が出ているんだと思う(正しくは誤解してしまう)くらい、札幌では有名なローカルブランドだ。お好み焼きと焼きそばのデファクト・スタンダードと言って間違いない。だいたいのひとにとって、高校生の頃に刷り込まれ、一生抜け出せない「沼」ブランドだと思う。

行列を作って注文するが、客席はそこそこ空いていて、席探しに手間取ることはない。ただ、昼過ぎには空席待ちの行列もできていた。競馬場で食べるお好み焼きはなかなか美味いものだ。特に、客席がオープンカフェ的な作りなので、気分的にはおしゃれな感じがする。

ただ、注文したお好み焼きが出てきてびっくりした。四角いお好み焼きは初めてみた。おそらく座布団くらいの大きさのお好み焼きを一度に焼いて、それをカットしたものが出されるのだと思う。周りのテーブルに一斉にお好み焼き配送が始まったから、一度に10人前くらいは焼きあがるのではないだろうか。
イタリアの学生街で、ピザを似たようなやり方で売っていたのを思い出した。その店は1m四方くらいの四角いピザを焼き、注文された重量に応じて正方形にカットして量り売りをしていた。ピザは5−6種類あるので、違うトッピングのピザなを100gずつ買うというような使い方をされていた。日本的にいえば、コロッケパンと焼きそばパンを買うみたいな感じだろうか。盛岡の福田パンのような感じだった。
お好み焼きとピザだから、粉物で焼き物という点では似通っている。作り手として、似たような発想になったのだと思うが、食べ物の世界でも平行進化というのはあるらしい。

すでにビールは飲んでいたので、これも地元札幌の日本酒メーカー「千歳鶴」を注文してみた。昔は、居酒屋でもこの1合ガラス瓶の銚子で日本酒(燗酒)が出てきた。当時ガラスの色は透明だったが、酒の飲み始めの時期だったので、とっくりではなくガラス瓶で出てくる酒は中身が確認できてなかなか合理的だと思っていた。
そのころは、一合といいながら、中身は7割くらいしか入っていない安居酒屋が横行していたので、正一合という言葉に意味があった時代だった。しかし、いつの間にか緑のガラス瓶銚子に代わっていたのだな。

お好み焼き以外にも、居酒屋使いとしては十分なメニューになっている。こういう「鉄火場」でありがちなぼったくり価格でもなく、普通の居酒屋価格だろう。やはり地場の外食産業は、普段使いのお客さんの目があるから、怪しい商売はできないに違いない。健全な商売人は、いつものお客さんを裏切らないという良い例だ。

テラス席のレストランと考えれば実に気持ちの良い場所だった。ちょうどレース場の反対側にあるので、ビールを飲みながらレース観戦というわけにはいかない。(そのような場所は某有名ホテルのレストランが入っていた)
ただ、競馬場に行って馬券を買わない変な人間にとっては、レストランの外に広がる札幌の景色、手稲山方向の緑を楽しむ方がよほど重要だ。
やはり、札幌の競馬場は夏の気分を楽しむ屋外レストランとして使うのが良さそうだ。(極めて個人的な感想で、本格的競馬ファンにこれを強制するものではありません)

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最近の土産物?? 

べこ餅 2種

JR札幌駅の西改札を出て正面右側に、北海道産品を集めた見本市のような土産物屋がある。厳密にいうと、地場の人たちが普通に食べたりしているものもが並んでいるので、土産物屋というとちょっと違うかも知れない。
その菓子コーナーの一角に「べこ餅」がひっそりと並んでいた。以前にも書いたが、べこもちのルーツはおそらく岩手だ。岩手県からの北海道移住者が持ち込んだローカル菓子が、いつの間にか北海道全域に定着したのだと思う。北海道人の多数は、もはやこの菓子のルーツを知らないらしい。独自の北海道文化だと思っている。そんなものが北海道には無数にある。移民ゆえの劣等感や望郷感の裏返しで、「北海道独自」文化を言い募るのは、北米大陸の文化と似ているといえば言い過ぎだろうか。
さて、この菓子の名前の由来だが、黒白の二色が牛の色を想起させるから、べこ餅というのではと思う。米粉でつくる甘い菓子だが、一番近い和菓子はスアマだろうか。串団子の団子が甘く味付けされているという感じもする。
それが、どうやら北海道開拓開始150年を迎えて、進化を始めているらしく「くるみ入り」べこ餅が並んでいた。そのうち、ハスカップ入りとかラズベリー入りとか黒豆入りとか、急速にバリエーションが増えそうな気もするが・・・。おそらく大本命はチーズインべこ餅になるだろうと、密かな予想をしている。これは期待の土産菓子新製品だ。岩手ルーツの北海道育ち。まさに、北海道独自製品と呼べる一品・・・になってほしい。

旭川土産としては有名らしいのだが、これまで名前しか聞いたことがなかった。現物を初めてみた。知り合いからお土産に注文されたので探しに行ったのだが、簡単に発見した。なかなか面白い菓子だ。
一言でいえば「ぬれ煎餅」ならぬ「濡れクッキー」だ。生地がしっとりというか、ぐっしょりというかシロップでやわらかなくなった感じだった。丸々齧るより、指でちぎって食べるのが良さそうだ。味は、定番がチョコ、そして進化版がホワイトチョコ。その後にナッツブームで生まれたらしいアーモンドとラインが広がった。そして最近では、いよいよ真打ち登場ということでチーズが投入されたようで、全4種類野良インアップだ。四枚入りの小箱で販売されているのも、今風のお土産トレンドに合わせている。よく考えられた商品だなと感心した。
個人的にな思いだが、旭川土産としての一番は、りんごが丸々そのまま一個入ったパイがおすすめなのだが、どうやらテレビ放送に出たあとは売り切れが続いているようで、それは次回に調達するしかない。
お土産業界もそろそろ新潮流で業績回復を狙う時期だから、新製品が楽しみだなあ。

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ススキノの風景 考察してみる

札幌ススキノのランドマークといえば、例のニッカウイスキーのおじさんということになるのだろう。その隣にあった商業ビルが立て直し中で、この前来た時は解体作業をしていた。と思っていが、今回は鉄骨が組み上げられていた。次に来る時は、外壁が仕上がっていそうな気がする。その工事中のビルの囲いに面白い広告看板がついていた。
普通に考えると、どこかのホストクラブの宣伝だと思ってしまう見かけだが・・・。

どうもこれはホストクラブチェーンの広告ではなく、ススキの全体の人気取り作戦みたいなのだ。確かに、この2年半でススキノは散々な目にあっている。全国の酒場で似たようなダメージがあったはずだが、ススキノは札幌における飲み屋の寡占度が高すぎるから、ダメージも閉店数も極めて高い。

そもそも、平時であってもススキノはオーバーストアーで年間にどれだけの店が閉店していくかを知れば、コロナに対する抵抗力が微弱なのも無理はない。実際の経験として、10年も経てば自分の使っている店がほとんどなくなってしまうというのがススキノのリアルだ。
だから、自分の店の存続を願うだけではなく、ススキノという街を訪れる人が増えることも気にかかるのだろう。だからこれはなんだか切ない広告なのだ。

しかも、この三王子が語りかけるのは、女性とは限定されていないようだ。ジェンダーレス社会の到来という、社会変革の視点も合わせて持っているらしい。(勘ぐりすぎか?)
なので、王子の言葉が胸に響く「男・女・人間」はススキノに来てね。お酒を飲むだけではなく、美味しい食べ物もあるよ、というノンアルも含めたお招きなのだ。
全国の飲屋街でも似たような動きがあるのか気になるところだが、個人的な予測として、この手の感度の良い動きは札幌特有の先進性ではないだろうか。
こういう広告を作るアートディレクター、コピーライターとは、ぜひ一度ご一緒に仕事をしてみたいと思う。
昼間のススキノを歩いていて、酒を飲んでもいないのに色々と考え込んでしまった。

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古代写真発見した お盆に思うこと

たまたま出かけたショッピングモールの広場で写真展をやっていた。何気なく覗いてみたら、なかなか楽しい写真が並んでいた。昔の札幌の街の風景だった。

どの写真も現在の札幌市内の風景が思い浮かばないと、見ても楽しくないだろう。明治の写真を見せらて、これは懐かしい光景だと思う人がいないだろう。1960年代の街並みを思い出せる人は既に老境に入って久しいはずだ。中高生が見ても、ふーん、何これで終わりそうなものだ。
だから、この写真展はよろよろと街にさまよい出てきた高齢者以外にとっては、古代の恐竜の復元図みたいなものだろう。などと、自分の歳を棚に上げて、ついつい笑ってしまった。企画した人と会って、開催意図をぜひお聞きしてみたいものだ。
などと辛口の意見を書いたが、展示場には80−90年代以降の懐かし写真もあったから、もう少し若い世代の方も懐かしさを感じられるようにはなっていた。

この写真展と同期するかのような、レトロ感漂うラーメン屋がモールの地下にあり、こちらはお気に入りの店なのでついつい思い出してしまった。気になって、つい店先まで行ったが、どうにもラーメン一杯を食べる元気が湧いてこないので、写真だけ撮って帰ってきた。ちょっと残念で、お店には申し訳ない。次回は必ず炭鉱ラーメン食べるぞ。
改めて思うが、確かに昭和中期は既に歴史的なものになっている。カメラが大衆化しはじめた時代なので写真自体は数多く残っているが、それを懐かしみ楽しめる人間がどんどん墓場の中に入っていく時期になったことも間違いない。懐かしの「古代写真」を簡単にみる機会は今後げって行くのだろう。少なくとも観客減少で開催は難しくなりそうだ。

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小樽を逆サイドから歩く

JRの駅に貼ってあったポスターを見て、ふと小樽に行きたくなった。ただ、このポスターのような海の見える坂道からの光景を見たかったわけではない。海沿い、運河沿いの街を歩いてみたくなった。ちょっと変わった散歩をしたくなっただけのことだ。

観光客であれば小樽駅で降りるのだろうが、散歩客?なので、小樽の一つ前の駅で降りた。ここから小樽駅を目指すのは観光として見ると逆コースかもしれない。ただ、散歩道としては、小樽駅からの往復にはならないので、こちらのコースの方が良いと思う。
この駅は小高いところにあり、駅舎を出てから坂道を下っていくと、小樽の観光地のはずれにつく。オルゴールやガラス細工の店が並ぶ、小樽屈指の観光スポットだ。夏休みに入ると人出がぐっと増す。それでも平日の昼前であれば、混み具合もたいしたことはない。たまに聞こえてくる西日本訛りの日本語で、ああ観光客が戻ってきたようだと思う程度だ。あれほど蔓延っていた、外国語を話す観光客は壊滅したままだった。

石造の倉庫や洋館を改造した土産物店は、隣の大都市札幌にはないもので、歴史の風格みたいなものを感じる。小樽が昔は経済の中心地だったことの証だろう。こういう歴史的建造物をただ保存するのではなく、再活用する術はもっと他の町でも活用されると良いのだが。

そんな小樽の筆頭名物が「若鶏の半身揚げ」だと思っている。テレビ番組でよく流れる海鮮丼みたいなものは、道外から来た人に任せておけば良い。どう考えてもぼったくりとしか思えない高額丼を平気で食べることができるローカルピーポーなど存在しない。少なくとも自分には無理だ。
若鶏半身揚げは、庶民のご馳走だ。冷静に考えると、某フライドチキンチェーンのチキンよりお高いのだが、なぜかお買い得感がたっぷり感じるのは身贔屓でホームタウンならではの「盛った評価」だという自覚はある。
しかし、美味いものは美味い。ただ、駅からちょっと離れたところにいきなり半身揚げの自動販売機を発見した時は、ここになぜ?という疑問でいっぱいになった。
それでも衝動的に半身揚げを買ってしまいそうになったが、今日は帰りに揚げたてを買って帰るのだという散歩のルール(?)を思い出してなんとか止めることにした。

半身揚げの横には、揚げ物オンリーみたいな自販機も並んでいた。一体、こんな人通りも少ないところで、何を考えて設置しているんだろうとは思うのだが、きっと現地の人の中には、わざわざ買いにくる客がいた入りするのだろう。
ちなみに、この自販機に書かれている手作り惣菜NAMARA Eは、なまらいーと読むのだと思う。なまら(とてもの最上級)良いにかけた言葉だろう。オヤジギャグとして割り引いて考えたとしても、だいぶレベルが低いが、笑ってしまった。

小樽の洋菓子店ルタオと北一硝子が作る商店街というか買い物ストリートは、年々延長していくようだ。このままで行くと小樽駅前まで切れ目なく繋がる気もする。まさに健全な観光地は増殖していく。

北一硝子は小樽運河観光の最大スポット兼ランドマークだから、基本的に小樽観光の起点と思って良いだろう。漁具の浮き玉や石油ランプの製造会社だったものが、今では北海道屈指の一大商業施設になっている。

工場見学もできるらしい。すごいことだ。ただ、夏は暑いだろうなあ。

知らないうちに札幌の名喫茶店可否茶館もここに出店していた。確かにオシャレ感覚で言えば、札幌の街をはるかに超える場所だけに納得の立地だ。

昔の貿易会社や金融関係の建物が、こうした土産物屋に変更されている。昭和の中期には古くなったと無造作に立て替えられたり、壊されたりしていたが、今では観光施設としてしっかり再生されている。

こんな風景を眺めながら20分ほど歩くと小樽の街中になる。屋根のかかったアーケード街はだいぶくたびれた感じもするが、それも今では小樽観光の重要パーツとして働いている気がする。
旧倉庫群を明治、アーケード商店街を昭和の遺産としてテーマに合わせてデザインし直すと良いのになと思うが。観光都市としてのグランドデザインを描くのは市の責任だろう。都市デザインがどこまで考えられているのか。地方都市にとって税金の有効活用とは、街を甦らすことに尽きると思う。それに反対する人も少ないだろうに。

一駅分のお散歩だが、古き商都を歩くのは気持ちが良い。微妙に坂のあるところが、街の表情の変化につながっている。札幌市内中心部は凸凹のない完全平面なので、坂道のある街に行くと不思議な感覚になる。
旅先と言えるほど遠い街ではないが、散歩の気分が変わるのが嬉しい。ぶらぶら街歩きを兼ねて、年に何度かは訪れたい街だなあ。  

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札幌競馬場 20年ぶり?

たまたま競馬好きの友人に誘われて、暑い札幌競馬を見に行くことにした。競馬場ではパドックを回っている馬を見るのが一番楽しいような気がする。競走馬も性格が色々で、この準備段階から鼻息が荒そうな馬もいれば、走る気なんてないんだよという気だるい雰囲気を漂わせる馬もいる。それを見るのはなかなか素敵な経験だ。馬券を買うために興奮している人を見るよりよほど良い。

競馬場の中に観音様がいるというのも初めて知った。お供えが人参というのは、いかがなものかという気もするが。天寿を全うできる競走馬は数少ないだけに、人の娯楽のために頑張ってくれたお馬さんは手厚く供養してあげるべきだろう。しばらくここにいたが、誰も拝みにはこなかったが・・・。

ひょっとするとパドックを回っている競走馬より、この人の群れをヒューマンウォッチングする方が楽しいのかもしれないなと思わせる光景だ。ギャンブルという魔物の凄さというか、人間の遊びにかける情熱がひしひし伝わる。と言えばカッコ良いが、ギャンブルはギャンブルだから、自分のお金をかけている分だけ仕事よりよほど真剣みたいだ。

ゴール前の直線に広がる芝生は、ほとんどピクニック広場に変身しているなあ、と感心しながら見て回っていたら、本当に弁当持参でくつろいでいる人たちがいた。競馬場の楽しみ方も色々だ。
確かに札幌市内の都心部にこれほど広大な敷地があるのだから、競馬開催日以外にも野外活動の場として開放してくれないものだろうか。レース場内の空き地でクラシック・コンサートでもやれば、競馬に対する世の中の見方も変わるかもしれないのに。あとは、ウマ娘ではなくヒト娘をリアルに走らせてみるとか、コスプレレースにしてみるとか、違った楽しみがあっても良いかもしれない。良いお天気の中、あまりにも暑すぎて変な妄想をしてみた。

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クレの食堂

昭和中期に生まれた中高年オヤジであれば記憶している方も多いだろう「土佐の一本釣り」という長編漫画がある。当時は青年誌に連載されていたが、主人公は16歳の少年漁師でその町の大人たちとの関わりを描く物語だった。少年ジャンプの主人公は大体が高校生だったはずだから、少年漁師の物語が青年誌に連載されるということはちょっと変わっていた。画風が独特だったこともあり、実写映画化されたコミックのはじまりだった。ヒロイン役がアイドルグループの一人だったから、余計に話題になっていた。(記憶モードです)
その物語の舞台がクレ(久礼と書く)という高知県中西部にある港町だ。その町の中心部にあるのが、昔ながらの市場である「大正町市場」で、今では観光客が訪れ、うまい魚を買うところだ。テレビの旅番組にも度々登場する。

その市場の前に、小ぶりな食堂がある。市場で売っている魚を使った料理も食べられるが、イチオシはスープカレーと焼きうどんだ。焼きうどんは自家製漁師のラー油を使った、コッテリとした味わいのもの。焼きうどんなのに腹持ちが良いという不思議な代物だ。

熱々の鉄板に乗せられた焼きうどん(焼きラーうどん)は、卵と鰹節が乗っている。個人的にはこれをごちゃごちゃと混ぜ合わせて、食べるのが好みだ。味付けは漁師のラー油が効いているので、それなりの辛味はあるが塩辛くはない。卵の黄身のせいで甘さすら感じる。熱いうどんをハフハフいいながら食べると、今日も一つ美味しいものを食べました、ありがとうございます、という気分になる。

とれたて、焼きたての鰹を食べたければ、市場の中にある食堂で楽しむこともできる。焼き魚も含め地場の魚を中心に素朴に美味しいものが用意されている。カツオ丼(ドンではなくドンブリと読む)は、飯とカツオというシンプルな組み合わせが最高で、カツオ好きにはたまらない。
カツオどんぶりで一度やってみたいのが、半分くらい食べたところで、上から冷酒をかけて茶漬けならぬ酒漬けでかきこんでみたい。どこかで鯛めしの変形でやっているらしいが、カツオどんぶりの方が豪快そうではないか。

などと、焼きラーうどん食べながら酒漬けの妄想していたら、知人の魚屋さんが差し入れてくれたカツオの刺身とたたき。そうそう、これを食べにはるばるクレまで来たのだよと、改めて感動するのでありました。
カツオ好きの高知人もわざわざ鰹を買いにくる町、久礼。機会があればではなく、機会を作ってぜひ鰹を食べに行ってほしい。お帰りには、カマスの干物かおすすめであります。

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土産物を買いに行って考えた

札幌駅の改札を出たすぐの場所に、大きな北海道産物販売所がある。全道の各地から特産品、名産品、土産物が所狭しと並べられている。そのラインナップが、千歳空港の土産物とはずいぶん違っているので、たまに覗きにいく。
ローカル色が強すぎて、北海道人にしか理解できない食べ物が多いというのが逆に見物するには楽しい。
旭川の菓子屋が作っている、りんご一個がまるまるはいったパイのようなものを買いたいと思っていたのだが、テレビ放送されて売り切れが続いているらしく見当たらなかった。その旭川の新名物らしい洋風濡れクッキーとても言えば良いのだろうか、柔らかいサブレーが人気だそうだ。四個入りという少人数向けの入れ目で販売されていたが、今風のマーケティングだろう。大きい箱に入った義理土産はすっかり人気がない。このお菓子も、箱入りの横に一枚単位で販売されていた。お試し用というか、自分へのご褒美的な自分向け土産という新しいジャンルではないかと勘繰っている。同じ売り場で、菓子のバラ売り、一個売りが目立つので、観光客向けではない売り方の模索のような気がする。

北海道人はだいたい理解できるローカル菓子「べこもち」も今ではバリエーションが増えてようで、くるみ入りは初めて見た。大きさも昔と比べて小さくなっているような気もするが、べこもち好きであればついつい二種とも買いたくなるような仕掛けなのだろうか。
実はこの店の支店が東京有楽町にあり、東京のアンテナショップの中では屈指の高売り上げ店なのだそうだが、品揃えを見ると札幌の店の方が(本店だからなのか)、やたらマニアックというかこだわりの一品が多い。北海道人であっても、お土産に貰ったものを前にして首をかしげる程度にはレア系・不思議系なものも多い。帰る前日に、少し時間を掛けて色々と物色するのが正しいお店の使い方という気がする。

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夏のガストをおためし

店頭訴求物が多すぎて何が言いたいかわからない 「痛い」店

ガストがパワハラで揉めているというネット記事を読んで、おやおやという気分になった。ファミレス業界最大手で、まさかの黒判定。パワハラ疑惑ではなく、運営トップを降格処分という真っ黒事案だった。まだまだ外食企業の闇は深いのだなとすっかり滅入ってしまった。

普通にファミリーレストラン?がご当地麺を売る時代

そこで、気を取り直してガストは夏キャンペーンに何をやっているかと、見学に行くことにした。結果はあれまあびっくり的な、何と「ご当地麺」というファミレスとは思えない商品群が・・・。
オペレーションの負荷は厳しいだろうなあ、などとついキッチンスタッフを同情したくなる。ジェットオーブンを通さない、トッピングの多いメニューは管理が難しいだろうと簡単に予測できるからだ。ブラック環境の土壌と言えそうな気がする。

居酒屋的なおつまみ

結局、推し麺を注文するのはやめた。麺好きなので、仕上がりレベルには厳しい評価をしてしまいそうだし、コスパを考えると「誠に残念」系メニューと判定する可能性も高いし。熟慮の末(笑)、すっぱり諦めた。今年のガスト夏キャンは、全く自分の人生とは無縁ということにしよう。
かわりに最近すっかり定着した昼のハッピーアワー向けメニュー、つまり居酒屋のつまみをいくつか頼んでみた。
一品目、冷やし鳥の味噌和えみたいなものは、ほとんど居酒屋のお通しだった。値段は横に置いておくとして、こういうものがファミリーレストランで堂々と出てくるのが時代の変化ということだろう。

居酒屋的おつまみだが 完成度がねえ

スパゲッティーナポリタンにチーズをかけて焼いたものは、つまみとして「あり」かなと思う。その量も軽食というよりもっと軽いのでつまみ級だ。居酒屋の洋風つまみとしては「可能性」が感じられる。
ただ、麺の熱さが足りない気がした。それ以上に、味が薄いのが気になる。これはベースのナポリタンの味が足りていないのか、追加で加えるソースを忘れた調理ミスなのかはわからない。食事として食べるにしても味が薄すぎるようだ。サイゼリヤ「煉獄の卵」の完成度には遠く及ばない。

看板商品だった、山盛りポテトのハーフサイズ ちょっと不思議な感覚がする

ガストといえば、ハンバーグ¥380と山盛りポテトが「売りもの」だったと思うのだが、今やハンバーグはすっかり値上がりしてしまったので基本メニューとは言い難い。昔の看板メニューはもはやコスパが悪い凡庸なメニューになっていて、競合であるサイゼリヤと比べれば優劣は明らかだ。
もう一つの看板メニューであった山盛りポテトはまだ健在だが、どうも今では「山盛り」があまり歓迎されていないようで、ハーフサイズの「山盛りではない」ポテトが売られていた。個人的には、これくらいでちょうど良い量だと思っているが、コスパは明らかに悪くなっている。
外食企業で可変コストと言えば、人件費と原材料費になる。そのどちらも虐めなければならないほどガストは苦境なのだということがわかる。
ただ原材料の行き過ぎた低減は「詐欺的商品」「コスパの悪さ」で客離れにつながる。それはそれで困った問題だが、パワハラはもはや犯罪でコスト削減にはならない。経営者の自覚というか企業人として矜持の問題だと思うのだが。経営の問題が直轄的に店舗現場に現れるという、外食特有の事情ではあるのだが、このブランドは大丈夫だろうかと思ってしまう午後だった。

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街の話題を二つほど

どうも時事ネタがなくなったせいか、メディアが一斉にコロナをネタに騒いでいる。相変わらずの高齢者に対する煽り、アジテーションでしかない。このメディアの悪癖は何とかなららにものかとしみじみ思う。ヨーロッパの地で続く戦争も、政治家の暗殺事件も全て消費し尽くして、ニュースをエンタメ化する。相変わらずの無能を曝け出す。自分で自分の首を絞めているだけだと思うのだが。
などと他人様のことをとやかく言っているだけでは、これまた同じ類型の人間になってしまうので、少し街歩きをして気がついたことを書いてみる。
抗原検査キットが千円を切る価格でワゴンセールというのは、これまたすごい光景だ。2年半近くになる対コロナ戦線で、これが1番の成果ではないか。行政も医療機関も信じられないという、世の人々のニーズ、これに極まるだ。2年前であれば行列ができて、おひとり様二個までみたいな制限販売だったろう。今では、一山いくらの商品で隔世の感がある。無料PCR検査にできる行列を見た時の感覚とはちょっと違うタイプの驚きだった。

この夏一番の外食企業ダメダメ事件といえば、スシローのおとり販売事件で、明らかに法的にアウトと認定された後も、続々と事件が続く異常体質があからさまになった。それをアザワラウかのように見える競合チェーンの広告を見つけてしまった。このポスターは翌日から始まる夏まつりの事前告知だ。何もこの時期にお騒がせしなくてもと最初は思ったが、よくよく見ていると面白みが込み上げてくる。次回予告と真ん中に一枚貼るだけで、かなり強烈な競合批判になっている。
あんたらはおバカさんだから、この一枚の紙を貼る知恵もなかったのね、と言っているようだ。まさに、店長の知恵ではなく本社の誰かが、ニヤリと悪い顔をしながら考え出したボディーブローだろう。競合の足を救うというより、倒れた上から足蹴にする強烈な一打で、こんなこと考え出す知恵ものはもっと競合いじめの悪いことを考えてほしい。応援したくなる。
街歩きをすると見えてくる世相というか、人の知恵というか、それが実に楽しい。メディアの探索力、洞察力はこういう部分を見つけ出すことに使われるはずなのだが。ネット検索で記事ネタを探すだけでは、無理なお仕事だろう。