街を歩く

高松駅のうどん

うどん県というプライドはすごい ちなみに埼玉県もうどん県らしいのだが

初めて高松に来たのはもう随分と前のことだが、まだYS11というプロペラ機が現役で、高松空港が現在のジェット機対応になる前、もっと海の近くにあった頃だったと思う。羽田から二時間もかかる低空フライトだったことが記憶に残っている。ただ、旧高松空港の記憶はほとんどない。
まだ現役だった宇高連絡船で高松駅に着いたような記憶もあり、駅の中に立ち込めるうどんとつゆ、出汁の香りが高松の第一印象だった。だから、高松には連絡船で何度か来ていたのだろう。まだ瀬戸大橋が完成する前の四国は、なかなかに来るのに時間のかかる大変な旅先だったはずだ。

その高松駅構内にあったうどん屋は無くなっていた。高松駅が新しくなったときに消えてしまったようで、今ではスイーツの店がある。昔であれば、ここは駅弁屋の定番スポットだと思うが、もう駅弁を食べるほどの鉄道を使った長距離移動は需要がなくなったということだろう。高松発で一番遠いところに行く列車は、おそらく高知県の西、宿毛に行く特急だが、それでも三時間強といったところだ。

かわいい車体カラーの琴電

そのJR高松駅から徒歩5分ほどのところに琴電の駅がある。この駅はお城の堀の中にある不思議な駅だ。広島県三原の駅も駅構内にお城,城壁が取り込まれている奇妙な駅だったが、それよりももっと不思議な感じがする。駅のホームからお堀越しに石垣が見える。

琴電駅のユニークさはなかなかのものだが、昔々宇高連絡船が健在だった頃は、連絡船から降りて琴電で金毘羅参りに行く観光客も多かったのだろう。金毘羅様は琴電でも、JRでも行けるので、その使い分けはなんだったのかと、これまた不思議に思う。おそらく、高松城跡の見学とセットになったツアーでもあったのではないか。連絡船でついた足でお城を見学して琴電に……………みたいなコースだ。

駅前で見つけたうどん屋

今回の高松は弾丸ツアーの途中下車なので、持ち時間は少ない。それでも駅周辺でうどんが食べられないかと駅ビルを探したが、なんと駅ビル内には全国チェーンの蕎麦屋しかなかった。この蕎麦屋,香川の人は使うのだろうかと心配になった。高松に来た余所者だけが入るレストランみたいな恐ろしい想像をしてしまった。確かに、香川県で蕎麦屋を見た記憶はない。
駅前の広場から少し離れたところで、ようやく一軒のうどん屋を見つけた。いわゆるセルフサービスの店だが、この提供スタイルは某うどんチェーンが全国に広めたので、もはや一般常識的な提供方法だろう。
行列に並んでちまちまと進む。注文場所にたどりつくと、まずうどんを頼む。熱冷、麺の量、つゆなどを指定すると、すぐにうどんが出てくる。そこから、天ぷらなどのサイドメニューを好みで皿に取り、最後に会計というスタイルだ。
初めて高松でうどんを食べる時,このスタイルがよく理解できていなくて、うどんを出してくれおっちゃんにモタモタするなと怒られたような記憶もある。

かけうどん(小)は麺が一玉だった。香川県のうどん屋に小盛りとか半盛りは存在しない。一玉は小、1・5玉が中、2玉が大、3玉が特大という感じだった。ちなみに自宅近くの武蔵野うどんも似たような玉勘定になっている。地元の名店では、半玉単位での注文が可能で、2.5玉も注文ができる。蕎麦でこういう玉単位での注文をしたことはないが、わんこ蕎麦であれば10椀で1玉分だったのではなかったかなあ。
讃岐うどんを食べるときはゲソ天と決めているので、注文に迷いはない。自分であげ玉とネギをドバッとかけて一気にうどんを啜った。10分近く並んで手に入れたうどんは、完食するまでほぼ1分だった。
讃岐うどんは出汁が勝負と思っているが、確かに本場で食べる讃岐うどんは出汁が美味いものだ。炭水化物だらけの食事と批判されそうだが、かけうどんと天ぷらの組み合わせは人類種の本能に刻まれた「うまさ」の構成要素を全て満たしている完全食品だ。これを美味いと思わない人間は、人類亜種と言われても仕方がない。
美味しいうどんを食べると、人類学まで思考が及ぶ。やはり讃岐うどんは知的興味を掻き立てる、すばらしい完全食品だ。

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1000日目になりました

20166年に撮った渋谷の桜

もうすぐ桜の季節ですねえ。

このブログは文章の練習で書き始めたのだが、今回が連続1000回目になる。とりあえず目標にしていた数字には到達したが、上手い文章が書けるようになったとは思えない。回数は達成したが、目標は達成できないというなんとも無残な結果になってしまった気がする。
眼高手低という言葉がある。文章を読むとついつい粗探しをして、この文章はなっていないなどと批判するが、いざ自分で書いてみるとその批判にも届かないほど文章が下手くそだということだ。見る目は高いが書く手は低いという意味のはずだ。まさに、その言葉を実感した日々だった。
比叡山の高僧は1000日お山を歩く修行をするそうだが、凡種である自分は全く物書きの悟りを開くこともなく、ただただ時間が経っただけだった。

今年は2月から春めいてきて、おそらく一月もしないうちに桜が咲き始めることだろう。桜の季節になると竹内まりあの歌う「人生の扉」を思い出して、つい口ずさんでしまう。人間、歳をとるのも悪くないよと歌っているのだが、その歌詞がなにやら身にしみる歳にもなった。

とりあえずこの後も、日々生きていく中で感じた面白いことや腹立たしいことをあれこれ書いていくつもりだが、次の目標を定めてみよう。駄文ではあるが1000回も書くと、少なくとも10万字くらいにはなる。10万字と言えば、長編小説三冊分くらいだから、単行本にすれば枕になるほどの厚みにはなるはずだ。宝、もう少しテーマを絞って、ひとまとまりの「本」もどきを書いてみることにしよう。
それが、今年の春からの目標ということで。

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高級お宿の朝ごはん

ふたな島が見える東側

高知中西部の街の話が続いているが、このカツオの町に一軒の高級旅館がある。部屋数が少ないこともあり、予約はなかなか取れない。お値段もそれなりで、このご時世であればインバウンド客に占拠されそうな気もするが、高人気が幸いしてか(どっちにしても予約は難しいのだが)館内は静かなものだ。しっとりとした雰囲気がする良い宿だ。たまに自分へのご褒美として、こういう宿に泊まると人生も満更ではないなと思う。
小体な宿だが、太平洋を見下ろす小高い山の上に建てられているので、部屋から土佐湾を見下ろすことになる。全室オーシャンビューだ。朝日が昇る頃の景色が一番美しい。
温泉浴場も海が見える絶景風呂だが、そこには露天風呂があり、何と海水風呂になっている。肌に傷があるとピリピリしみるが、風呂から上がった後の体はなぜかすべすべになっているような気がする。

昇る朝日を見たら朝食の時間

この旅館の夕食はカツオを含んだ地場の海鮮料理が豪勢に並ぶらしいのだが、夕食は食べたことがない。(大体、その時間は友人たちと居酒屋で飲んだくれているからだ)
だが、朝飯はいつも満喫している。朝イチで露天風呂に入り、体を清めた(?)後に、厳かな気持ちで朝飯に立ち向かう。
なるほど、これが日本旅館の朝飯である、と言いたくなる正統派ストロングスタイルな朝飯だ。関東圏では朝飯によくアジの干物が出てくるのだが、あれは個人的に好みではない。朝食に出てくるアジは小ぶりで身が薄いから、焼きたてでないと実に固い。旨みが感じられない。
日本も西国に来ると朝食の中身は東国とはかなり変化している。干物がアジからサバに変わっていることが多い。ほかにも、納豆がついたりつかなかったり、海苔が焼き海苔だったり味付け海苔だったりという変化もある。だから、西国に旅行すると朝飯が実に楽しみだ。

この宿の朝食はちょっと多すぎるかなと思う量なのだが、眼下に広がる太平洋を見ながらのんびり食べると、不思議と完食してしまう。ああ、きっと今日もいい日になるという気がする「完全朝食」だ。
あまり知られていないらしいが、高知はお茶の生産量が日本屈指で、一時期は(たぶん今でも)静岡にお茶を大量に輸出していた。日本の法制度尾の面白いところだが、高知産茶葉を静岡でブレンドして製造すると静岡茶になるらしい。だから、茶葉の生産量と「お茶」製品の製造量は一致しない。今では表記法が変わってそのあたりの面白いことがなくなっているかもしれないが。
おまけに狭山茶の生産地に住んでいるので、ほとんど静岡茶など飲んだこともないから、静岡茶のあれこれを語る資格もない。
それはさておき、高知県で飲む高知産のお茶は美味しい。日本茶好きであれば、産地の差をあれこれと楽しむのかもしれないが、こちらはそんな素養もない。ただただ、美味しいと満足している。食度のお茶をお代わりして飲むのはまさに至福のときだ。

個人的な宿泊予算をかんがえると、相当に高級な宿に泊まってしまったが、良い宿に泊まると良い時間が過ごせる。特に、朝風呂朝飯を楽しめることこそ、旅館にお泊まりのお約束ではないか。
大都市の星付きシティーホテルに泊まり豪勢なモーニングビュッフェを楽しむのも良いが、やはり高級旅館の静穏さの方が好ましい歳になりましたねえ。

街を歩く, 食べ物レポート

美味しいご飯はオムライス

高知県の老舗洋食屋にずっと行きたいと思っていた。はりまや橋からひろめ市場に向かってアーケードを歩いていく途中で、ちょっと左折するバス通り沿いにある。店頭には大きなメニュー写真があるのですぐわかる。多分、この店を初めて見かけてから10年くらいたったはずだ。何度か店の前には来ているのだが、なぜか不思議なくらい臨時休業にあたってしまい、一度も入ることができなかった。
今回は臨時休業になりそうもない日曜日に目標を合わせてきた。そのせいで、ようやく店の中に入ることができた。めでたしめでたし。そして、注文するものは店に入る前から、いや、10年前から決めている。オムライスだ。
店内に入ると、ちょっとした高級感がある落ち着いた雰囲気のレストランだった。老舗の洋食店でよく感じる品の良いおもてなし感というか、ハレの日感だ。家族の大事なイベントのたびに通ってくる定番のお店、とでもいえばいいだろうか。クロスのかかったテーブルが非日常感を演出する。最近のファミレスは下駄履きで行けそうなお気楽食堂だが、こういう店はスーツで来なければいけないと思ってしまう。凛とした佇まいを感じてしまうのは、昭和生まれのノスタルジーみたいなものかもしれない。ホテルのレストランとはまた違う。背筋を伸ばしてご飯を食べようみたいな感覚がある。

メニューを開けると本格的な肉料理も並ぶ「正しい洋食」レストランだった。高知県はお江戸と比べて物価、特に食べ物関連の値段は2割ほど安く感じる。その感覚でメニューを見ると、これは相当にお値段の張る店だとわかる。
オムライス単品を食べれば良いと思ってきたのだが、ちょっと他のものも食べたくなってしまった。となれば、天使のエビフライを頼むしかない。ただ、天使のエビフライって何だ? 羽でもついているかのか? それとも頭にリングが乗っているか?

しばらく待つと、端正なオムライスが出てきた。比較的グラマラスなボディーのオムライスだ。ケチャップはたっぷりとかかっている。まさに自分の好み通りだ。ケチャップが少ないと、中身が美味しくてもちょっと悲しくなってしまう。オムライスとは中身のチキンライスにケチャップを加えた濃厚味にして食べるのが「通」だと勝手に思っているせいだ。だから、断じてデミグラスソースのかかったオムライスは支持しない。
しかし、この一品は本当にフォトジェニックな美しさだ。オムライスとして理想的なフォルムというべきか。卵焼きも焦げひとつない、完璧なルックスを保っている。

試しに中を割ってみた。中も美しい。チキンライスのオレンジ色と卵の黄色の調和が、目に優しい。インバウンドでやってくる海外観光客よ、これぞ日本が誇る洋食の最高峰「オムライス」だ。心して食せ、そして感動せよ、日本の食文化、そのきわみがここにある、と興奮して説教したくなるほどだ。
まあ、でもオムライスの名店はインバウンドからはひっそりと隠しておきたいのが本音なので、決してそんなことは言いません。

サイドとして出てきたエビフライも熟練の仕事だった。ただ、天使の意味がやはりわからない。ひょっとしたら、自家製タルタルソースのことなのだろうか。タルタルソースも、至極うまいと感じた。このソースでもう少しフライが食べたくなった。
食後、実に満足しながらも、次に来れるのはいつになるのだろうと不安になる。我が身にまとわりついている「臨時休業」にぶち当たる悪運を、どこかでお祓いしてこないと、またお休みの日に当たってしまいそうだ。

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はりまや橋でテレビクルー発見

土佐の高知、という言い方がある。これはちょっと気にかかる言い方だが、現行の地名で言えば高知県の高知市と高知がダブってくる。ただ、旧国表記で言えば土佐国の高知の御城下ということになる。同じような言い方になるのは駿河国の駿府、甲斐国の甲府みたいなことか。織田信長のように、国を取るたびにお引越しをした場合は新都建設になる。美濃の岐阜城下がその典型だ。土佐の高知もこちらに近い。
そもそも、高知は山内一豊が高知に入国した時、新しく作り上げた城と城下町で成り立ちは比較的新しい。奈良平安時代から続く国府のような伝統ある(伝統のありすぎる)街とは違うので、都市計画に沿った開発が行われた、いわば江戸時代のニュータウンだ。
そのニュータウンのおへそになるような場所が「はりまや橋」らしい。お江戸でいえば日本橋みたいなものだろうか。そう考えると、土佐の高知のはりまや橋……………というフレーズは、お江戸日本橋と同じか。

このはりまや橋が、夜になるとライトアップされている。昼間に電車が通り過ぎるビジネスタイムな時間帯に訪れると、がっかりする名所だななどと思うのだが、夜になればその雰囲気がガラリと変わる。こじんまりしているからこそ風情が出てくる。
ただ、この時間、高知市民はどこぞの店の中で酔いしれているのか、橋の周りには誰もいない。ちょっと勿体無い気もする。

そんな、夜の始まりくらいの時間に、黒づくめの怪しい集団が歩いていたのは、はりまや橋横にある帯屋町アーケードだった。一見してすぐわかるカメラとマイクを持ったこの集団、どうやら獲物を探しているらしい。ここは、我が大好物テレビ番組「秘密の県◯ショー」で、必ずインタビューをしている場所だ。
インタビューに応じる面白人間、高知市民を探しているように見える。ただ、休日の高知市は夜が早い。人出はすでに少ない。ここからはりまや橋の反対側方向に向かえば、おそらく歩行者はまばらにいるが、その大部分が酔っ払いになってしまうので、アーケードの中を素面な通行人をを求めて彷徨っているのだろう。
次回の「愉快な高知県民」のテーマは何なのだろう。放映が楽しみだな。

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池袋の魚

友人3人で開催している定例居酒屋飲み会の会場が池袋だった。昼から飲める大衆店をチョイスしてお江戸の街をあちこち彷徨っている。池袋の北側にある店は、何とも風情のある店だった。メニューはいわゆるお江戸スタンダードで、目新しいものは何もないが、どれこもれも安定の品質だ。長くお江戸界隈で暮らしている人間には馴染み深い。
その店でしこたまホッピーを飲んだ後、珍しく二軒目に梯子してみた。二軒目は海鮮居酒屋で、魚を焼いて食べるという、これまた普段はあまりしないことをした。
確かにメザシは焼き立てがうまい。魚のすり身も焼いて食うとうまい。普段やらないことをすると実に楽しい。お江戸の池袋で魚三昧とは、何とも珍しいことだった。

この日は池袋の百貨店をぶらついていて、たまたま発見した「変わりのり弁」を買ってしまった。まさに、池袋で魚尽しだった。そもそも、すり身屋で買うのは、揚げたての練り物が多い。イカ天やごぼう天なども揚げたてのものはうまいし気に入っている。しかし、そのすり身屋でのり弁が売っているとは驚いた。
確かにのり弁といえばちくわの天ぷらと白身魚フライが定番だから、すり身屋で作れないこともないのだが。

ただ、すり身屋ののり弁は、定番おかず二品が若干変形していた。白身魚フライの代わりに豆腐のメンチカツが入っていたが、これは確実にグレードアップ版と言える。ちくわ展もさりげなく、存在感を示している。それ以外にも、おかず盛りだくさんの豪華のり弁だった。
ただし、よく見ると、漬物以外はほぼ揚げ物で、基本的には魚だらけだった。添えられていたのが醤油やソースではなく天つゆというところが、いささか上級感を醸し出している。天丼のような賑やかさは抑えた上で、しっかりと自分たちの個性を主張している。よく考えられている弁当だ。
実食の結果は、非常に満足度が高く満腹になる優れものだった。これはまた買ってみたいと思い。なぜか、池袋というお江戸の辺境で魚づくし、すり身を堪能する日だった。

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銀座へ老舗サンドを買いに行った

銀座の一角にあったおフランスの百貨店があれこれ変転して、今ではユニクロの店になった。わざわざ銀座でユニクロ製品を買いたくなることがあるのかと、ささやかな疑問があるのだが、インバウンド観光客であれば、今の円安で爆買いしそうな気もする。だが日本人であれば、ユニクロのロゴ入り袋をぶら下げて銀座を歩くのはちょっと物悲しい気もする。
そのユニクロのビルにEDLP EveryDay Low Price を標榜する安売りスーパーのオーケーが出店した。開店当初は業界人が視察で押し寄せていたようだが、銀座だから特別高級品を置くということもなく、普段通りのオーケーらしい商品が並んでいた。多分、日本人は本当に貧乏になってしまったのだ。ちなみに、サントリーのウイスキー角◯◯は売り切れていた。半島から来たインバウンド客に人気なのだそうだが、大瓶まで売り切れているのには驚いた。

スーパー視察のおまけに東銀座にある超老舗のコロッケ屋?に足を向けた。この店のコロッケ、メンチカツ、豚カツを挟んだサンドイッチは間違いのない絶品だが、コロナの間は買いに行くこともなかった。たまたま行ったとしても店がしまっている可能性もありそうだし、電話をかけて確認するのもなんだかなあという感もあった。

注文する時には、具材を選び、挟み込むパンを食パンかコッペパンかを決める。昼時には事前に出来上がったものが準備されてあり手早く手に入る。たまたま売り切れていても、すぐに作成してくれるのでさほど待つ必要はない。
食パンを選ぶと、懐かしい包装紙でぐるっと巻いてくれる。紙を止めるのは輪ゴムだ。この昭和中期の典型的な包装が今では何かとてつもなく新しい感じがする。コンビニで売っているサンドイッチは透明なフィルムで包装されている。それが今の標準的な包装形態なのだが、それと異なる「紙包装」は、なにやらエコ的な観点からも優秀に見えてくる。

食パンの耳はついたままだから、なんとなく「母親の手作り」的な見え方もするが、今では「母親の手作り」であっても耳無しのサンドイッチ用食パンを使っているから、これは「昭和の母・手作り」とでも表現するべきだろう。
あの頃のサンドイッチといえば、いちごジャムが塗っただけが当たり前で、ゆで卵のスプレッドやハムが挟んであるだけで贅沢品だった。ましてや、カツサンドなど高級レストランの食べ物だったような記憶(あるいは捏造されたイメージかも)しかない。
このポテっとしたフォルムはいかにもうまそう感がある。

カットされた断面を広げれば、「おー……………」とため息が出てくる。薄めのとんかつが二重に入っている。ベースはソースの味がついているシンプルなもので、ガブリと齧ると口の中でカツとパンが溶け合ってゆく。
当然、このひと組のサンドイッチはボリュームたっぷりとしていて、これだけで昼飯は十分だという気がする。全国チェーンのハンバーガー、Big Mと比べて、どちらが好みかと言われたら、やはりこちらになる。
銀座周辺には、こんな穴場的名店があちこちに存在している。高級ブランドが立ち並ぶ街で昭和レトロを楽しむのはまさに快感だが、この店にインバウンド客にバレてしまい、店頭のメニューが英語になり、あちこちの言語が飛び交う行列ができ、そこに並ぶようになったらどうしよう。ちょっと想像したくない光景だ。

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昼から焼き鳥

銀座で所用があったのだが、目的地を記憶違いしていてなかなか辿り着けないまま彷徨っていた。結果的に、いきなり焼き鳥屋の前に出てしまった。昼飯時には少し早いが、空腹だったこともあり、普段は夜しか行かない店に入ることにした。入り口付近には昼のメニューの掲示もあったことだし、ひとまず安心だ。

注文したのは山菜釜飯と焼き鳥のセット。釜飯代に550円足すと焼き寄り3本が追加できるという、なかなかコスパのよろしいセットだ。釜飯は注文してから炊き上げるので、その前に焼き鳥が出てくる。
普段はあまり頼まないタレの焼き鳥にしたのだが、老舗の味は濃いめで甘い。昼飯としてはご飯によく合う、タレの焼き鳥が良さそうだ。着いた席がカウンター、それも焼き台の真ん前なので手際よく焼き鳥を焼く職人の姿が粋に見える。

年季の入った釜で炊き立ての釜飯が登場する。ここまでで期待値は爆上がりというやつだ。釜飯のうまさというのは一体どこにあるのかといえば、蓋をとった瞬間の湯気にある。炊き立てご飯のうまさを思い出させる、あの湯気だ。

蓋をとってみれば、熱々の湯気と共に釜飯のうまそうな匂いがする。フンと、一息吸い込んだのち、釜飯をしゃもじでぐいっと茶碗によそい、ハフハフ言いながら一気にくらう。炊き立ての米はどうしてこんなにうまいのだろう。日本人に生まれた幸せを感じる瞬間だ。
銀座の昼飯は感動ものの美味さだった。ただ、客の半分以上が高齢者で、おまけに飯も食わずに焼き鳥で酒を飲んでいる。うーん、ランチと言いながら昼飲みできるのか、などと全く違うことに感動していた。お江戸のジジババは昼から焼き鳥屋で飲んだくれているのだなあ。

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銀座の立ち食いそばで大発見?

東銀座から有楽町にまで所用があり、ちょっと距離はあるが歩いて移動した。銀座周辺は地下鉄が多数路線張り巡らされているので、かなり広い範囲が銀座ということになっている。その銀座の端から端まで歩いた格好だ。銀座内の移動で地下鉄を一駅乗るという発想は首都圏住人にはない。ただ、この距離であれば、札幌の住人は間違いなくタクシーに乗るだろう。地域によって移動手段、あるいは移動手段に対する考えは明らかに異なる。
そんな銀座のメインストリート、賑やかな場所から一本下がったあたりに蕎麦屋があった。信号待ちでぼうっと眺めていたら面白い物に気がついた。

英語で書かれたメニューだ。ミニエビ天丼セットとアルファベットで書いてある。これはまだ良い。その隣はミニかき揚げ丼セットだ。ちょっと待てと言いたくなる。海老天はすでに英語でも理解される単語になっている可能性がある。空前の寿司ブームだからエビをシュリンプと理解する外国人はいそうだ。
しかし、かき揚げは理解できるのか?だいたい蕎麦屋のくせに(と言いたくなるのだが)なぜ丼ばかり推している?ここで推すべきは蕎麦屋の本命商品である、ざるそば・もりそば系、そして種物で天ぷら蕎麦だろう。なぜ飯付きセットばかり推しまくっている。少なくとも賭け蕎麦はイチオシにしてもらいたい。
しかし、まあ良いかと考え直した。いくら日本のサブカル大好き外国人が増えたと言っても、立ち食いそばの「通」がいるとも思えない。おまけに大多数の外国人は身についた食事マナーのせいで、蕎麦を啜れないのだ。飯・丼推しはそこまで考慮した店主の優しさかもしれない。
メニューには全て番号が振られている。注文するときには番号でお願いねということだろう。それに、中身の説明をしなければいけないというほど、立ち食いそばの従業員は暇ではないはずだ。客・従業員双方のためになっているとも考えられる。

ただ、その後気になって隣の日本語メニューを見てみたら、左側にあるメニューラインナップとは全く違って、いかにも日本そばの店のメニューが並んでいた。うーん、これは一種の国籍による客差別という感じもしてくる。が、英語表記は外国人専用メニューみたいな物なのかもしれない。
日本人に売るのであれば、真っ向素材勝負の「かけ」という潔さだしね。銀座の街も大変だ、ということだけは理解できました。

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ユニバーサルなトイレ

渋谷区の公衆トイレが色々と物議を醸しているのはニュースで知っていた。たまたま恵比寿に行った時にその現物を見つけて興味深く観察してしまった。まさに、これはトイレというより都会のオブジェなのだなあ。
見た目は全く不思議な物で、この横に交番があるのだが、まるで交番の付属倉庫にでもなったかと思ったくらいだ。

囲い塀の中は通路になっている。全て個室で、男女の使用区分はない、というか男女という区別すら拒絶して、人類のDNAさえ所持していれば、外見、生物学的差異に関わらず、誰もが同じ個室を使用するような仕組みらしい。
人型のピクトグラムを見ると意味がわかるものとわからないものがある。左から3番目の「+」マークがある像は「ヘルプマーク」保持者ということだろうか。うーん、よくわからん。もやもやする。ここがいわゆる多目的個室ということらしい。

男女共用と思しき個室は、ピクトグラム二つだけだった。これは、まあ、理解できる。中に入ってみたら、おやまあ、なるほどねえ、という感じの作りだった。

この2種類の便器が並んで設置されているというのは初めてみた。生物学的に女性である人は、右側の立ったまま使用する便器にあまりなじみはないだろう。母親が小さい男の子を連れて使わせることはあるかもしれないが。
現代風のトイレは清潔で使用しやすい。公衆便所の持つ危険で暗い雰囲気はかけらもない。それはとてもありがたい。問題は、個室の数が少なすぎるので、ピーク時にはすごい行列ができそうなことくらいだ。
日本という国が世界に誇れる数少ない文化、綺麗なトイレはぜひ維持していって欲しいものだなあ、と夜の恵比寿で思った次第であります。