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後悔したことの回収

全国あちこちを旅してきたが、一つ後悔していることがある。それは、ご当地ソフトクリームをもっと食べておけばよかったなということだ。
たまたま千歳空港でいつもとは遠く離れた搭乗口から乗り込むことになり、待合室の中をずいぶんと歩いてしまった。そこで、これまでは見たことのないアイスクリーム屋のカウンターがあるのを発見した。一度通り過ぎたのだが、10歩ほど歩いて戻ってきた。
北海道名物のソフトクリームと思っていたのだが、そうではない。今は製品の命名で使えなくなってしまったが、かの有名な全国ブランドの「コーヒー牛乳」がソフトクリームになっているではないか。
そのカウンターにたまたまオヤジが二人も並んでいた。ひょっとしてこれは高齢男性向けの商品?などと思い、ついふらふらと列に並んでしまった。コーヒー牛乳(古いなあ)では、他の乳製品メーカーのブランドもあるのだが、やはりこのスノーマークが一番信用できる。

バニラアイスとのミックスもあるが、ここは男らしく(ジェンダー問題を含む誤った表現です)オーヒー味オンリーにしてみた。見た目は、確かにいつものコーヒー牛乳っぽい。色もそれらしい。食べてみたら、一口目はまさに口の中に広がる杖対コーヒ牛乳味だった。再現性が素晴らしい。
二口、みくちとどんどん食べ進めると微妙な違和感が生まれる。舌がアイスクリームの冷たさのせいで麻痺しているので、コーヒー牛乳の柔らかい味が感じられなくなり、ただただ甘いだけのアイスクリームになってしまった。うーむ。コーンで注文したのでのんびり食べているとどんどん溶けて流れてくる。仕方がないからどんどん食べるしかないが、どんどん味がわからなくなってくる。
カップで注文してちびりちびりと食べればよかったのだ。

とりあえず、これからどれだけ旅をできるのかはわからないが、ご当地ソフトクリームをできるだけ食べてみたい。そしてその時には、コーンで注文せずに、カップで頼むことを忘れないようにしなければな。北海道であればメロン味とかとうもろこし味は存在しそうだが、ジンギスカン味とかタラバガニ味なんてやつは遠慮しておこう。利尻昆布味は……………いけそうな気もする。

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牛丼 理想系になるまで

写真を撮った後で紅生姜を3倍足しまして完成

羽田空港の第2ターミナルモノレール改札の横に吉野家ができて、たまに牛丼を食べる機会が増えた。自宅付近には牛飯やMはあるが、Yのつく店がないのでしばらくご無沙汰していた。都内に出るとどこにでもあると思い込んでいるので、実は牛丼屋で飯を食うことがほとんどない。ふと気がつくと一年んくらい食べていなかったりもする。
北海道から出稼ぎに出てきてそのままいついたこともあり、牛丼といえばYという刷り込みがある。当時の北海道には牛丼屋が存在していなかった。少年ジャンプで人気だったレスラーキャラの好物が牛丼であり、当時は幻の牛丼に憧れていたものだ。

その後、近くに飯屋が存在しない畑の真ん中の店舗で勤務していたため、おそらく一生分の牛丼と鳥から弁当を食べたような記憶がある。牛丼のスタンダードをその2年間で徹底的に学んだのだが、当時は汁だくなどという言葉は存在していなかった。夜の8時ごろに行くと、町と仕込みの最中に当たることが多くあり、仕込みたての牛丼の玉ねぎはシャキシャキ、仕込み直前の玉ねぎはクタクタみたいな見分け方?をしていた。仕込み前の残っているたっぷりと煮詰まった牛丼は実にうまい。これに当たるとちょっとだけ幸せを感じる。

さて、その懐かしの牛丼を再現してもらえないかと思っているのだが、最近は調理のコントロールが良いのか、煮えすぎた牛丼には当たった試しがない。実に残念だ。
ただ、今のタッチパネル式の注文ではご飯の量とつゆの量が選べる。コッテリ系のラーメン屋における注文呪文みたいなことができるのだ。そして自分専用の呪文といえば、ご飯少なめつゆ多めとなる。そうして出てきた牛丼に自分でベニ酒が大盛り、唐辛子大量投下すれば、カスタマイズ化完了だ。これだとアタマ(肉部分)と米のバランスが最適化される。普通盛りはコメが多すぎるというか肉が少なすぎるというかバランスが悪い。肉を多くするアタマ大盛りも、幾多のネット調査の結果を信じれば大盛りと言えるほど肉は増えていないそうだ。(玉ねぎは増えているらしい)

ずいぶん昔、Y社の部長さん(店長経験者)に聞いた話では、マニュアル遵守のため「つゆだくで」と言われても、「つゆだく。かしこまりました。」と返事をするだけで、実際には規定量しか入れなかったのだそうだ。マニュアル厳守時代のことらしい。今では、しっかりとつゆたっぷりになる。(自分の目で確認しました)

美味しい牛丼はカスタマイズするに限るのだよね。

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デートで焼き鳥

昔からよく来ているコスパの良い焼き鳥屋は、あれこれ営業努力の結果、子供を連れて家族がやって来るファミリーレストランより人気のあるチェーンになった。

ところが普段は土曜になど来ることもないので知らなかったのだが、なんとデートディナーの人気店になっている。

ちなみに土曜の午後7時.カウンター席はカ2人掛け11組あり、なんと半分以上がカップルで年齢は20 代から60代という感じ。

会話の少ない倦怠期?カップルとか、どうみてもバリバリの怪しい関係な感じもあり、人生の縮図を見るようだ。個人的感想と推測です。

さて、自分の過去を振り返ると、デートでガールフレンド?を焼き鳥屋に連れてくるのは、どれくらい付き合いが進展した後だったかと不思議に思った。半年付き合った程度で焼き鳥屋はハードルが高すぎた。

チラチラと観察していると、どうも酒はほとんど飲んでいない。定番の締め飯である釜飯を食べに来ている気配がある。

この店も一号店開店以来50年が経過したはずで、どうも子供時代に親と一緒に来てファミレス使いしていた世代が、焼き鳥屋ではなく飯屋として来店しているみたいだ。

オヤジ世代としては忸怩たるものがあるが、こうして釜飯屋として若い世代に支持されるのも生き残り戦略としては正しいなあ、などとほろ酔い気分で思うのでありました。

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吉祥寺の餃子

全国あちこちに「みんみん」というあの餃子屋はたくさんある。暖簾分けで増えたということでもないようで、漢字で店名を書いていたりひらがなだったり色々とバリエーションもある。
そもそも日本の焼き餃子は大陸の料理ではないのだそうだ。ラーメンと同じで日本流のアレンジらしい。

台湾の友人曰く、餃子は蒸すものか茹でるもの(水餃子)が南方系の正式料理らしい。香港名物の飲茶の世界がまさにそれだ。
そして北方であれば、日本の餃子のように焼いたものもあるが、その形は端を止めない春巻きのようなもので、水餃子などのように皮を摘んでまとめたものは、焼いたりしないらしい。
日本では紅虎餃子房の鉄板餃子が北方系料理の正しい実践形式のようだ。あそこは大陸から厨師を呼んでいたから間違いないと思う。

オーソドックスな見え方の餃子でした

さて、この店で実食したのは大ぶりで皮が厚めの餃子だった。これぞお江戸的餃子という感じがする。可もなく不可もなし。文句のない普通の餃子でこれはこれで美味いものだ。餃子ランキングを競う三大都市、宇都宮、浜松、宮崎の好みを言えば、宮崎餃子が一番好みだが、お江戸の餃子は宮崎餃子の親戚筋というか似たような感じがある。

よく見えないけれどアサリ入り

餃子の追手に頼んだのがアサリチャーハンで、これは珍しいものだ。チャーハンに入る魚介系と言えばエビとイカが双璧をなすと思っていたが、アサリはすごい働きをしているのだなあと感心した。
どこかのラーメン屋で食べたニンニク醤油炒飯もなかなかは苦慮っ苦があったが、同ヤラっ炒飯世界ではあれこれと面白いことが起きているらしい。

混雑している店を嫌う癖があるが、たまには頑張って入ってみるのもお勉強になるなあ。

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吉祥寺のお気に入り

メンチカツで行列ができる人気店だが、チャーシューの切り落としがうまいのだよね。

コロッケも実にコロッケらしい。

これが吉祥寺でいちばんのお気に入り。

その隣にある小体な和菓子屋で、幻の羊羹ではなく定番のモナカを手に入れると、それから何日間は幸せな気分になれる。こちらも吉祥寺に行けば、まず最初に立ち寄るお気に入りスポット。

30代になるまで、この街に住みたかったんだよね。

今だとちょっと賑やかすぎるから、たまにお散歩しにいくくらいでちょうど良い。

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サイゼリヤ 

これが550円のランチ

サイゼリヤに続けて入ったので、ランチと定番ハンバーグを比較してみた。

ランチハンバーグ オニオンソースはいつ食べてまうまい550円というお値打ち価格。

定番メニューのミックスグリルも同じような値段だから、ライスのあるなしだけかと思いきや、どうも皿が違う。

写真で見比べるとハンバーグの大きさも微妙に違うように見えるが。

まあ、どっちもうまいから文句はないです。

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武蔵野うどん 固い麺と肉汁

「肉汁」とかいてにくじゅうと読む。にくじるではない。以前働いていた会社でCMのナレーションで読み方が違うというご指摘を受け、正しく発音するように変更した経緯があり、それで記憶に残っている。
現代日本語にはこうした発音の揺らぎという現象がたくさんあるようで、一例を挙げると喧喧諤々 (けんけんがくがく)がそれとのこと。喧々轟々(ケンケンゴウゴウ)と侃侃諤諤(カンカンガクガク)とがいりまじり、「けんけんがくがく」と誤用されるようになったそうだ。
この4文字熟語の読みを正しく覚えるのも大変だが、書こうとするともっと難しい。難解文字だ。それだけに間違いが発生したのだと思われる。
参考:NHK https://www.nhk.or.jp/bunken/summary/kotoba/gimon/148.html

ところが、「にくじゅう」ではなく「にくじる」と読ませることもある。武蔵野うどんのつけじるのことだ。東京都西部及び埼玉県に数多くある「むさしのうどん」店では豚肉の入った濃い味のつけ汁を「にくじる」と読んでいる。
もう一つの代表メニューがきのこ汁で、これは豚肉の汁よりあっさり目だがキノコの出汁が聞いているので味自体は強い。その日の気分で肉汁、きのこ汁を選ぶのだが、もう一つ難しいのが「カレー汁」という第3勢力が存在して、これも捨て難い味なのだ。
気の利いたサービスとして、100円追加で汁を二種類選べるという実に素晴らしいうどん店もある。

自宅から車で20分ほどのところにあるうどん屋は、地元客を中心に昼は行列ができるといいうのでピークを外して行ってみた。たまたま駐車項に空きがあってよかったのだが。食べ終わって店から出ると駐車場の空き待ちの車が何台もいた。埼玉県のうどん愛は素晴らしい。
この店も売り切れごめんなので、午後遅く空いた頃に行こうなどと考えると閉店していることもある。

さて、メニューを見てしばらく迷った。やはり、当然のようににくじる、きのこじるがある。カレー味もある。おまけに天ぷらうどんもうまそうではないか。
とりあえず初見なので絶対定番であるにくじるうどんにして、天ぷらを単品注文した。武蔵野うどんは地元野菜の煮物が付け合わせとなることが多いが、天ぷらはその高級版といったところで、今回は野菜天ではなく「ちくわ天」にしてみた。
麺は固い。茹で方が固いというより、麺自体が固い。アルデンテなどというレベルではなく、バリカタという言葉が思い浮かぶほどだ。もぐもぐと噛み締める。麺は極太なので汁との絡みは少ないせいか、汁の味付けは濃い。もぐもぐと麺を噛み、汁の中に浮かぶ豚肉を食べる。延々とその繰り返しだ。麺は普通盛りを頼んだが、それでも重量的には一人前より多い。
完食すると程よいどころではなく、激烈な満腹感を感じる。延々と麺を噛んだことで満腹中枢が刺激されるせいだ。

満腹にも関わらず、次はどこのうどん屋に行こうかと、食べた直後に思い知らされるのが武蔵野うどんの魅力なのだなあ。
ちなみに店内の男女比はほぼ半々。うどん好きにジェンダー問題はないのだ。個人的な観察ではおっちゃんよりおばちゃんの方が、注文している麺量が多いみたいだ。

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浜小屋風の居酒屋にて

マグロのユッケは日本人が隣国料理を模倣した中で、最大級の傑作ではないかと思う

一時期流行していた魚居酒屋はすっかり鳴りをひそめた感がある。その中で、着実に店舗数を増やしているのだから、このブランドは唯一の勝ち組と言って良いだろう。
肉居酒屋?はメニューの特性上「盛りの良さ」が要求される。巨大ハンバーグや1ポンドステーキ、ハンバーガータワーなどが典型だ。
ところが魚居酒屋で「鯛の丸焼き」とか「マグロの全身盛り」みたいな巨大メニューはどうも人気がない。どちらかというとちまちまとしたメニュー、それもビジュアル的なものがよろしいようだ。

確かこの店も創業当初の頃は、これでもかという「舟盛り」の量が人気だったような記憶があるが、今では小細工著しい(褒めてます)色彩豊かな小盛り料理に主力になっている。
おまけにコロナ以降のスマホ注文システムを導入をしながら、外国人に優しくない日本語メニューなので、大都会の店でも外国人侵食率が著しく低い。これはなんとも有難い。
と思っていたら、隣の席に大陸系らしい団体客が入ってきた。さすが渋谷だ。大衆居酒屋にまでインバウンドが押し寄せてくるとは。もっっとお高い店に行って、じゃんじゃん金を浪費してくれれば良いのに。

ビジュアルけな鮨?寿司? これも西海岸の匂いがする

この店は平成中期の居酒屋離れ時代に生まれたコンセプトだけあり、チープシック、コスパ、和食回帰など、昭和がおわった後の21世紀仕様居酒屋として完成度が高い。
ただ、大都市圏では希少な魚居酒屋だが、地方都市に行けば地元の人気店があるはずで、そこと対抗できるのかと懸念していた。結論は、東京発祥のチープシック・コンセプトは若い世代を中心に、「魚」とはあまり強い繋がりを持たないことで支持されているようだ。
逆に大阪あたりでは、これのコピーコンセプトがぶいぶいと市場を賑わせているようで、東西の文化感の違いが遺憾無く発揮されている。個人的には大阪にある幾多の真似っ子業態の方が完成度は高いと思う。

やはりあまりゴテゴテと弄りまわさず、そして品物にも無闇に拘らず、訳あって高いという商品とコスパの良い商品を上手に取り混ぜて、ビジュアル系に徹することが令和の成功方程式みたいだ。我が身を振り返ると……………反省するばかり。外食の罠は深いなあ。

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近くに開いたラーメン店を探索

隣町に本店のあるラーメン屋が閉店した後に、大阪発らしいチェーン店が開店した。最近、アチコチでこの看板を目にするような気がするが、おそらく「黄色の地に赤い文字」という強烈さが印象に残っているせいだ。屋号よりラーメンという文字が大きいのも妙な感じもするが、自分の店は何を売っているかを訴えるには合理的とも考えられる。
まあ、大阪あたりでブイブイいっている伸び盛りの店舗はいつでもこんな感じがする。ただ、それが全国区にまで成長できるのは数少ない。企業の力の問題ではなく、経営者が全国対応に飽きてしまうせいだと思う。だからラーメン中華業界で東国発、西国発のチェーン、どちらも全国区ブランドに成長することはほぼありえない。さて、この店はどこまで広がっていくのだろうか。

牛骨スープというのが違いらしい

とりあえず一番普通のラーメン、つまり看板商品を食べてみた。豚骨とは違いスープに臭みが少ない。ただその分、勢いも弱い気がする。豚骨の野卑だが力強いゴリゴリ感は感じられない。京都系ラーメンに近い感じがする。
ただ、豚骨系ラーメンが乱立する九州勢と比べてみると、やはりちょっとマイルドな博多ラーメンに近い。京都から北九州にかけてはさまざまな豚骨スープラーメンが展開しているが、まさに戦後、豚骨スープが九州から伝播する通り道でそれぞれに進化した感じだ。個人的には「博多ラーメン」が一番好みなので、京都系のドロドロ濃厚系はちょいと苦手だ。
この牛骨ラーメンは京都と熊本ラーメンの中間みたいだなとも思った。

普段は注文しない餃子も初回ということで頼んでみたが、やはり大阪あたりの餃子は肉少なめ野菜のカット細かすぎという感じなのだろうか。東京圏でたべる町中華屋の餃子のようにニンニクたっぷりということでもない。
埼玉の誇る「ぎょうざの満洲」の餃子は肉が多めだし皮も厚い。それとは対極をなすつくりだった。可もなく不可もなくといったところだろうか。餃子はローカル色豊かな食べ物だし、個店による偏差も大きい。自分の好きな餃子を見つければ良いだけだ。

実はラーメンを食べる前に気がついた大阪的な表現に笑ってしまった。「ほぼ全品」と書いてある。正直だなと思うが、この「ほぼ」という言葉の語感がなんとも何ともなのだ。言わなくてもいいのに、余計な一言という気もしないではない。行きすぎたカスハラ対策・クレーマー対策ということかな思う。軽い大阪的なノリから出たものであって欲しい。

余計なことだが、開店して1ヶ月しか経たないのに、全店実施の夏商品を売りたいというのはどうしたものだろう。少なくとも半年くらいは「看板商品」を押しまくってブランド定着をしたほうが良いと思うのだよね。
夏になるとラーメンチェーンのほとんどが盛岡冷麺推しになるのはここ数年の流行りだけれど、それは何年も営業して常連客がついた「古い店」に任せておけば良いと思うけれど……………
それでもとりあえず試してみるかな、大阪発の盛岡冷麺。

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公園の脇にある焼き鳥屋

井の頭公園の入り口を見下ろす場所で

井の頭公園という言葉には微妙に反応してしまう。中学生の頃、まだ行ったこともない東京で憧れの場所がここだった。原宿でもなく渋谷公園通りでもなく、井の頭公園だった。吉祥寺という街を知っていたわけでもなく、中央線沿線が4畳半フォークソングの舞台だったことも知らない。井の頭公園は、絵本の中に出てくる夢の国のお城的存在だった。
理由は簡単だ。当時全盛期だった深夜放送のおたよりコーナーで、井の頭公園でデートをする(結局、失敗する)話が盛り上がっていたからだ。確か誘った女の子とボートに乗って、そこで何かプレゼントをすると関係が深まる……………という妄想ストーリーにワクワクしたものだ。
それから随分と経って、お江戸界隈で生息するようになり、初めて井の頭公園に行った時にちょいと甘酸っぱい気分になったものだ。
吉祥寺の駅から出て井の頭公園に通じる小道は、今やすっかり賑やかな通りになっていた。井の頭公園は観光客向けスポットとも思えないから、やはり原宿「竹下通り」的な散歩道・デートコースとしての盛り上がりなのだろう。

その公園入り口にある焼き鳥屋はいつも煙が立ち込め繁盛していたが、しばらく前に改装して小綺麗なレストランに変わっていた。ただし、メニューは昔ながらの伝統的なストロングスタイルの焼き鳥が中心で、小洒落たカタカナメニューなどかけらもない。ガツ酢など、居酒屋でオヤジが涙をこぼすほど喜ぶメニューも健在だった。

焼き鳥盛り合わせ、一人前4本を3人分頼むとこの量になる。昼時に食べるには十分な量だ。おまけに、隣の席では小学生くらいの子供が半分いるグループ客がいて、これはまさに焼き鳥ファミレスではないかと思うほどだった。
それでも客の半数以上は高齢者であり、中には自力歩行が難しいものもいる。それでもこの店に押し寄せるのは、若い頃の思い出なのだろうか。周りの客を見ているとなかなかほろ苦いものがあるが、逆にそれが老舗というものだろう。
二階席は座敷で、高齢者向けに厚い座布団というかクッションが用意されていた。眺めは二階席の方が良いのだが、次回は足に疲れのこない一階テーブル席が良いななどと思うほどには、歳をとってしまったのだなあ。