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琉球料理 三軒目

沖縄料理の店を探しにクリスマスムード漂うホテルからしばし歩いてみた。リゾートホテルの目の前には普通の住宅地が広がり、その中に飲食店が点在する。ちょっと不思議なまちづくりだ。公共交通機関に頼らない、自由に移動できる車社会だとこういうまちになるのだろう。大都会のように飲食店や居酒屋が密集するような場所は形成されないみたいだ。

入った店は焼き鳥屋らしいのだが、地元客に人気の店でほぼ満席だった。ただ、入り口で席を尋ねている時に、いきなりキャンセルがはいって幸運にも席がとれた。お店の人も一旦満席と断ってしまった後、10秒もしないうちに席が空きましたと苦笑いしていた。
結論から言うと、この店でも沖縄料理、それも野菜中心の注文になり焼き鳥の注文はしなかった。ひどい客だなあ。
名前は覚えていないが、緑の野菜と豆腐の白あえ料理が一番気に入った。どうも、沖縄の料理の名前は覚えるのが難しい。

確かこれは白身魚のフライだったか、豆腐の揚げ物だったか、写真は撮ったくせに覚えていない。覚えているのは、あっという間に完食したことだけだ。間違いなく美味かったのだ。だが覚えているのはそれだけで、どうも記憶能力が低下しているらしい。

これは別の席の客が注文したものが間違って運ばれてきたを写真に撮った。とうもろこしのかき揚げだが、自分たちが注文していないのでとりあえずお返ししたが、すぐさま注文した客がいないのであればそれを食べたいと申し出た。
まあ、当然ながら別テーブルの人が頼んでいたので、改めて自分たちが注文することにしたのだが、これがまたうまい。全国あちこちでとうもろこしの天ぷらやかき揚げは広がっているが、なぜかこの沖縄版かき揚げが一番美味く感じた。
沖縄のとうもろこしが特別うまいと言うこともないと思うが、(そもそも沖縄でとうもろこしは採れるのか?)これは絶品だった。沖縄料理は奥が深いなあ。

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かどや

ハーフサイズにして正解だった 正統たいめし

宇和島の鯛めしというものを寡聞にして五十歳を過ぎるまで知らなかった。田町にできた宇和島の有名料理店の支店で初めて食べて、とても感動した。コメの旨さが染み渡る飯だなと思った。その後、再度食べる機会もなくずっと忘れていたのだが、昨年松山に行った時に鯛めし屋の支店があり、その前を通りかかり突如として「鯛めしの味」を思い出した。その翌日、ランチで鯛めしを食べようと思ったのだがなんと休業日で諦めた。
しかし、鯛めしに対する熱望の思い?は捨てがたく、なんとか宇和島の本店でリベンジを果たした。人生の宿題をやっつけた気分だった。
鯛めしは、白飯の上に鯛の切り身とタレに生卵を溶いたものをかけて食べる、いわば変形豪華版卵かけご飯だ。鯛TKGと略してみるのもありか(笑)

本店は駅前通りにあったのだが、100mほど引っ込んだ場所に移転していた。予約もせずに開店と同時に駆けつけてみたのだが、店内の席はほぼ半分が埋まっている。人気店なのだ。一人客も多く、カウンター席に案内された。
シックな店内は居酒屋というより高級和食店という雰囲気で、なかなか趣がある。地方の名店とはこういうものかと感心した。

手書きのメニューをのぞいていると、何やら見かけないものを発見した。本日の主役鯛めしの前に、軽く試してみようと思い注文したのが「ぜい塩茹で」だ。名前を見ても全く想像ができない。チャレンジするしかないとは思うが出てくるまではドキドキしていた。

見た目は貝のようなものだが、おそらく亀の手の親戚筋ではないか。亀の手は青森で食べたことがあるが、カニの一族のような味がした。ただ、この「ぜい」は、なんとも微妙な味しかしない。表現するだけの語彙がないのが悲しいくらいだが、薄味の甲殻類系の味だったような……………
片っ端から食べてみたが、やはり頼りない味しか感じない。なんとも難度の高い食べ物だった。何度か食べるうちに味の違いがわかるようになる、そんな食べ物のような気がした。
他にもあれこれ注文したのだが、どれもうまい。カウンターの奥で働く職人のキビキビした姿は、もう一つのご馳走だった。良い店だ。

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琉球料理 第二夜 しゃぶしゃぶ

お仕事先のメンバーと合流しての沖縄飯はホテル近くのしゃぶしゃぶ屋だった。リゾートホテルの近くにありながら、幅広い幹線道路をわたるといきなり住宅地になる。その住宅地の中のあちこちにバラバラとレストランがあるのはなんとも異様だ。
確かに大都会の繁華街のような、道の両脇にずらっと飲食店が並んでいるというのも、ある意味不思議といえば不思議なことでもあるが。
隣が立派な邸宅とでも言いたい家の横に、そのしゃぶしゃぶ屋があった。外観はかなり良さげに見えた。こういう店は予約なしだとなかなか入れないのだなと思っていたが、たまたま一席だけ遅い時間の予約があり、その時間までであればということですんなり入れた。

沖縄料理が初めてというメンバーはあれこれ事前に調査してきたようで、まず手始めにミミガーからスタートした。なんとも渋い選択だ。このコリコリした食感は好みだが、出てくる量が前菜というより主食級で、これだけでお腹が膨れそうだ。お江戸の沖縄料理屋で見慣れた量は一体なんなのかと思う。少なくとも自己推定でお江戸版の3倍くらいの量だ。

その後も色々と野菜料理を中心に注文したのだが、忘れてはいけない沖縄料理の定番を最後で気がついた。ジーマミー豆腐、つまりピーナッツの豆腐だ。豆腐と言われているが、大豆製品の豆腐とはちょっと違う。弾力があり、硬めのグミみたいな感じだ。中華で登場する杏仁豆腐の硬いやつみたいなものだろうか。これも店によって味が全然違うので、どこの店に行ってもとりあえず注文したくなる一品だ。
甘めのソースをかけて食べるのだが、これはほとんどデザートなのだ。ただし、酒にも合うとは思う。

沖縄ではやはり現地の流儀に合わせて泡盛だなと、ご当地泡盛の残波をロックで注文した。ついつい飲みが進み、目の前には三杯のグラスが並んでいるのだが、これは琉球グラスで厚手のロックグラスだった。色違いのグラスで出してくるお店の心意気が素晴らしい。
流石に四杯目に手は出せなかったが、次のグラスの色は何色だったのだろう。
全国あちこちに工芸グラスの名産地はある。江戸や薩摩切子のようなほとんど芸術品もある。ただ、切子は壊すのが怖くて実用品にはならないと思うが、それでも自宅には薩摩切子のぐい呑みがある。飲まずに見るだけだが……………
その点、琉球グラスの厚ぼったい重量感のある手触りは、実に実用的なものを感じさせる。特に、ロックグラスに似合っている。初めて沖縄に来た時に琉球グラスの工房を見学に行って、この琉球グラスの材料はもともと米軍が持ち込んだコカコーラの空き瓶だったと聞いて驚いた。今でもコーラの瓶のリユースと言うことはないだろうけれど。
琉球グラスのルーツはさておき、今では洗練された薄手のデザインで、ファッショナブルな製品も多い。それはそれで素晴らしいものだが、やはりこのボテッとした厚手のグラスが良いなあと思う。沖縄の第二夜は料理もさることながらグラスに感動してしまった。

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沖縄料理 第一夜

沖縄那覇市中心部から少し離れた場所にできた「新都心」は、ちょっと沖縄離れしているまちづくりだった。沖縄離れというか、日本離れといってもよさそうだ。米国西海岸風とでも言えば良いのだろうか。町自体が歩行者を相手にしていない車移動を前提とした広々とした区画になっている。道幅の広い道路のあちこちに飲食店などが散在している感じがなんともアメリカンだ。ゆいレールの駅を降りたら生きなり免税店があったりするので、外国人観光客仕様なのだろう。

そんな一風変わった街で夕食を食べようとするとショッピングモールのレストランがフードコートが便利だが、それはちょっとなあと思い、街中を彷徨ってみた。ただ、飲食店の間の距離がそれなりにあり、みて回るだけで結構な時間がかかる。
ようやく見つけた良さげな店に入ったら、地元客と観光客が半々くらいの感じで実に賑やかだった。
沖縄といえばこれでしょうという料理もメニューの上には並んでいたが、ふと目についた料理が気になりついつい注文してしまった。イカの味噌炒めだ。沖縄でイカ量が盛んなのかどうかはわからないが、東シナ海に浮かぶ島なのだから海産物には不自由しないだろう。まさか、北海道からイカを取り寄せているはずもないだろうしとは思ったのだが。
結論から言えば、甘めの味噌で味付けされた大ぶりのイカは確かにうまい。ただ、沖縄感はあまり感じない。それでもお江戸の居酒屋で登場するこぢんまりとした皿ではなく、ドカンと盛り付けられた一皿には感動する。
野菜で増量することもなく、ドーンとイカの存在感があるのは実に素晴らしい。

やはり地元の酒をと思い泡盛を頼んだら、これまた端正な器が登場し、すぐに出てくる島豆腐の冷奴でチビチビと始めたのだが、豆腐とイカで満腹になってしまったのは計算違いだった。もう一品くらい食べてみたかったのだがなあ。ボリューム満点のサービス精神が逆に仇になった感もある。沖縄は一人飲みにはあまり優しくない土地なのだなと思った。居酒屋よりスタンド割烹みたいな小ぶりの料理を出す店を見つけなくてはなあ。

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龍馬ラブ 溢れる土地で

高知県高知市最大の繁華街は長いアーケードになっている。週末ともなれば行き交う人も増えるが、平日の昼下がりであれば人影もまばらだ。そんな通りをのんびりと歩くのが好きなのだが、いつも気になることがある。天井から時期に応じて色々な垂れ幕が下がっているのだが、この時期は高知人の嗜好がよくわかる。
日本全国の街にそれぞれ誇るべき郷土の偉人は存在するだろうが、この高知ではある人物への偏愛がすごい。「龍馬のふるさと高知」などと一大形容詞になっている人物は他にいるだろうか。明治新政府成立後、旧徳川政権に連なる政治家・文化人はほぼ排斥された。その中でも郷土の偉人として残ったのは、新撰組の土方歳三くらいだろうか。
生まれ育った北の地は、基本的に流刑地であり国防のための開拓地であったから、そもそも土着の偉人がいない。地域史で習った偉い人は内地から来た人だった。(北海道は外地扱いだった)
明治政府を築いた功労者もほとんどが反乱と暗殺でいなくなり、明治後半まで生き残ったのは長州の伊藤と山形くらいだろうか。不勉強なので伊藤、山形が郷土がどこかも知らない。おそらくその街では偉人として譴責を讃えられているだろうが、〇〇のふるさととまで言われているだろうか。

おまけにどうやら11月は龍馬の生誕を祝うらしい。〇〇さんの誕生日をみんなでお祝いするのは、お釈迦さまとイエス様くらいしか思いつかない。ひょっとしたらアメリカ合衆国初代大統領など誕生日が記念日になっていそうだが、それ以外だと王様の誕生日くらいだろう。
この国でも天皇誕生日は祝日になっているが、この高知の熱狂ぶりはそれに匹敵しそうな気配すらある。

戊辰戦争という暴力革命の結果を見る前に暗殺された龍馬の無念を高知の人々が悼み、その生前の功績を讃えようというのは理解できる。明治政府に対して反対する自由民権運動を率いた板垣よりリスペクトの度合いが遥かに高いのは、龍馬の無念さへの思いなのかなあ。
これに匹敵する偉人と言えば、やはり薩摩の西郷隆盛くらいだろうか。この二人が生き延びていたら、明治政府の方向も少しは違っていたのかもしれない。少なくとも世界を相手に戦争するようなバカ国家にはしなかっただろうと思いたい。

高知人の龍馬ラブと同じくらい、高知人の愛しているものが喫茶店のモーニングセットらしく、小さな町の喫茶店でも飲み物+100円で、こんな立派な朝ごはんが食べられる。大手外食企業は見習って欲しいものだ。
高知人の愛する龍馬と喫茶店のモーニングは全国に広げるべき文化遺産といいたいぞ。

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琉球の名城

世間的には聖夜でございますが、すっかりその手の世俗的イベントから超越する「オヤジ族」なので、今日も平常運転であります。さて、

お城の下では11月も後半だというのに真っ赤な花が咲いていた。気温は25度、沖縄の冬は暖かい。雪のない土地で暮らしたいと思っているだけに、沖縄は理想的だ。ハワイというのも良い土地だったが、残念ながら日本語圏ではない。沖縄県も地元の言葉は難しいが、公用語?として日本語が通じる。食文化も日本食とニアリーイコール、ほぼほぼ同じだ。いや、飯という観点だけでいうと沖縄の方がより健康的で上質な気もする。

沖縄の城は琉球が統一されるまでの戦争時代に構築されたものが多いようだ。海洋国家であった琉球だけに、海の見える丘に築かれている。ただ、中世から江戸期に至るまで日本各地で築かれた戦国仕様の山城とはちょっと趣が違う。
沖縄には日本100名城、続100名城に認定された名城が5ヶ所もまるので、城好きにとってなかなか魅力的な場所でもある。ちなみに名城認定された城は、当然ながら全国に均一な分布をしているわけではない。どちらかというと戦国期の名残もあり、西国に偏っている感じはある。もちろん、日本に併合されてから日の浅い北海道でも、「アイヌ民族」の建てた城が加えらているので名城の存在しない地域はない。基本的に各県最低一城は配置されている。まあ、名城認定とは忖度の塊みたいなものだ。

沖縄では首里城、中城城、今帰仁城、座喜味城、勝連城がラインナップされている。どこも世界遺産認定地なので、資料館も併設されている。恵まれた城だ。

琉球時代の城の特徴を上げるとすれば、石垣が曲線を描いていることだろう。戦国期に築城された城の大多数は石垣を持つが、基本的には直線で構成されている。琉球の石垣は微妙なカーブを描いた曲線仕様で、それも土地の高低に合わせているのかと思ったが、そうでもない。おそらく設計思想が、大陸から入り込んだものなのだろう。

石垣に近づいてみると、積み上げたた石に窪みがあるのが見える。サンゴが固まってできた石灰岩なのだそうだ。石灰岩は加工が容易なので、整形された石が隙間なく積み上げられている。戦国初期の山城では天然石をあまり加工せず積み上げているので、隙間だらけの石垣になっているのとは大違いだ。

石垣に通用口を作りその上をアーチ状に石を積み上げるのは高度な建築技術だ。ローマ帝国時代の水道橋などではよく使われているから、技術的には大昔から知られてた技法だが、それを取り入れた建築物を日本ではほとんど見たことがない。おぼろげな記憶を辿ると長崎の眼鏡橋くらいしか覚えていない。
日本を代表する大規模建築物といえば、神社か寺だが、そのほとんどは木造だ。日本国内では石造の建築物といえばは城の石垣くらいだが、そのほとんどが直線で構成されている。おまけに、堀に囲まれているから城内への通行のために橋を渡すのだが、防衛上の観点から橋は木造になっている。(敵に攻め込まれたら橋を落とすという意図がある)

だから、石造りのアーチを見るだけでも、沖縄の城巡りは価値があるなあ。

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飯屋で一杯のはずが

今回は細長いオムライス 前回は少し丸みを帯びた形状でした

高知に行って時間があれば必ず立ち寄る居酒屋がある。昼から空いている使い勝手の良い店だが、当然ランチタイムにはランチセットがある定食屋になっている。その中でもいちばんの高級品がオムライスだ。これより高いメニューは店名のついた弁当、松花堂弁当っぽいものになる。それはまだ未見だが、オムライスは何度も食べている。面白いのが食べるたびに微妙に味が違うことで、おそらく何人か作り手がいるのだろう。ただ、オムライスを延々と食べ続けているとわかる程度の微妙な違いなので、一般客にはそこまでのこだわりはないと思う。
形状、使用している油、多分マーガリンの量、ケチャップの量などで味が変わる。比較的オムライスとしては薄味なので、その差がわかる。
ただし、いつでも美味しくいただいているので文句はない。

ところが、ランチメニューを食べている客の間に昼飲み、それもぐいぐい行く派が一人おきくらいに座っている。だから、席に着くと最初に聞かれるのが「飲み? 食事?」なのだ。なんとも高知らしい気がする。
今回もオムライスを注文した後に、ムラムラと飲みたい欲望が突き上がってきて、ついついぬる燗を注文してしまった。オムライスを肴に飲む日本酒は、まさに昼酒、背徳のうまさだった。

串焼きは目の前で焼いている熱々

オムライスを半分ほど食べたところで、隣の客が食べている串焼き盛り合わせに目が入ってしまい誘惑に負けた。腹が大部膨らんでいるのだが、ついつい気前よく盛り合わせを頼んでしまった。
昼から個人的な大宴会モードに突入し手嶋っった、と反省。隣に座ったお姉さんが悪いのだと思う。コップ酒の後ハイボールに切り替え、オムライス小盛り(特注)と焼き鳥、湯豆腐的なフルコースを一人で楽しんでいたのに釣られてしまった。

なんとも蠱惑的な店だが、次はランチタイムは避けたほうがよさそうだ。酒を飲むならやはり夕方からが健全のような気がするし、酒付きランチはその後の午後が辛い。ちなみに、たまに平日はお休みなので来店時には注意しましょう。

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四国ローカル線

時々無性に辺境の(笑)鉄道に乗りたくなる。たとえば、北海道石勝線を特急ではなく普通列車で乗るとか、中国地方の日本海側から瀬戸内側繋ぐ山間路線であるとか。青春18きっぷの時期は、そんな超ローカル路線にジジババの乗り鉄が殺到している。
しかし、オフ期であれば高齢者乗り鉄も少ない……………と思っていたのだが、なんとジジババ団体と遭遇してしまった。ローカル線なのに車内はものすごい騒音だった。ガハハとキャハハが交錯する、酒を飲んでいないはずの乗客が狂乱状態になっている。
一二位に数本しか運行していない愛媛県宇和島から高知県窪川まで走る予土線の車内の出来事だ。どうやら愛媛県県境付近にある温泉施設までに日帰り旅行を企てた集団らしい。コロナの時期には家に逼塞していた高齢者が、今では「やかまし集団」として活躍中なのだ。静かに慎ましやかな乗り鉄旅を楽しんでいる我が身としては、なんとも言い難い世の中の「世知辛さ」だ。小学生の社会見学でもあるまいし、周りの迷惑を考えろと言いたいが、そんなことに気がつく賢者は加齢と共に消滅するらしい。
それでも顕在化を過ぎると、狂乱のジジババ集団が下車したこともあり静けさを取り戻した。車内には乗り鉄と思しき人が三組。たまに席から立ち上がり車窓から写真を撮る程度、静かなものだ。

高知県に入り四万十川沿いを走る路線だから、時々清流が目に入る。よく見ると川底が見えるほどの透明度で、確かに日本に残された最後の清流という形容詞は当たっている。
終点近くになり、なぜか手前の駅で長めの待機時間があった。車内にトイレがついていないので、トイレタイムということみたいだが。

いろいろとローカル線に乗ってみたが、二時間を超える長距離路線でトイレなしの列車を運用しているのは、このJR四国予土線以外に出会ったことがない。乗客不足で経営難に直面しているJR四国の窮状は度々ニュースなどでも目にするが、鉄道離れの原因は、「トイレなし」の列車運行を強行する営業体制にもあると思う。運輸サービス業の根本的な欠陥、問題ではないかと思うのだが。所要時間を考えると、トイレのない飛行機に乗って東京から沖縄まで飛ぶようなものなのだが、JR四国の経営陣はそれを想像することができないらしい。

ちなみに福島県会津若松から新潟県小出に通じる只見線は、予土線によく似た山間ローカル線だがトイレはついている。(はずだ)
JRが分割されてサービス向上がなされたのは間違いないが、サービス低下のまま放置されている路線もあることはあまり知られていないかも。次は北の果て、三陸鉄道の旅をしてみよう。きっとトイレはついているはずだ。

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首里城で蕎麦を食う

沖縄の焼き物はそのどっしりとした手触りと独特の色使いが好ましい。有田焼のような薄手で繊細な紋様を描いたものは芸術品として飾っておくが、日常遣いにするにはちょっともっったいない。その点、沖縄の焼き物は毎日の食卓に乗せたくなる質実剛健さがある。青と黒のコントラストが良いのだ。益子焼の民藝封筒はちょっと違うが、手に馴染むという点、実用性の高さは素晴らしい。

などと首里城にある土産物店兼レストランであれこれ沖縄名物を見繕いながら昼飯の算段をしていた。そこで見つけたのが味噌味の沖縄そばだった。これまで何度か沖縄そばは食べているが、味噌味は見たことも聞いたこともない。

昼のピークを過ぎていいたこともあり店内は空いていた。客席はまばらに埋まっていたが、よく見ると日本人は自分一人だけだった。なんだかなあ、すごいことだ。

メニューを見ると味噌味が全面的におすすめメニューになっている。ただ、今回の沖縄旅一食目だけに、極々スタンダードなものが食べたい。特に、名物料理の味変えバージョンには過去何度も痛い目にあっている。観光客相手の店は特にその「はずれ」率が高いから要注意なのだ。精神的安定のためにはハーフサイズを二種類頼めるようにしてくれると良いのだが。そこまでは親切でない。ちなみに、埼玉が誇る武蔵野うどんの店では、つけ汁を二種類に増やすサービスがある。たとえば、肉汁ときのこ汁とか、カレー汁と野菜汁といった具合だ。当然、つけ汁の量は半分程度になっている。あれはぜひ全国の麺屋さんに見習って欲しい。

結局、迷いに迷った末に、普通の味のソーキそばを注文した。鰹出汁の効いたシンプルなそばに、こってり系の骨付き肉を乗せたソーキそばが好物だ。三枚肉の甘辛に似たものを乗せた沖縄そばも良いが、やはりソーキの魅力には勝てない。

定番の酸っぱ辛い沖縄産チリソース??をかけて途中で味変。いや、実に満足したが、やはり味噌味が気になる。もう一回首里城に蕎麦を食いに行くしかないみたいだ。

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高知の聖地で起きている戦争

高知市最大の観光名所とはどこか。これには異論が色糸とありそうだ。龍馬ラブな高知県人であれば太平洋を望む龍馬像がある桂浜を推すだろう。歴史好きであれば現存天守閣のある高知城がイチオシに違いない。しかし、大多数の高知市民が、「あーあ」とか「うーん、そうやね」と渋々いうのがひろめ市場だろうと思う。
テレビの観光番組でよく取り上げられる、昼から飲んでる高知市民の姿はあまりに有名だ。ただ、高知市民のために弁明しておくと、昼から飲んでいる客のほとんどは観光客で、最近はその観光客の大半が外国人だ。
まあ、だから昼飲みをしようと出掛けて行っても、席が空いていることはほとんどない。マスメディアがやらせをしているとまでは言わないが、高知市民が昼のみをしようとしても、かなり難しい状況だとは思う。

そのひろめ市場の入り口がなかなかビールメーカで賑やかだ。「股間とうまい辛口」とはドライビールの本家が言っているが、その隣では「赤星」とクラシックビールを推しているライバルがいる。個人的には赤星が好みだ。

「たっすいがはいかん」と言っているのは本にもなった高知県の新興勢力メーカーだ。ちなみにたっすいがはいかんとは、中途半端にしてはいけないとかしっかりやり切らないといけないみたいな意味らしい。このニュアンスは生粋の高知人でしかわからないものらしいので、正確な意味はお近くの高知出身者にお尋ねを。
そしてプレミアムビールで一世を風靡したメーカーは、まさかのハイボール押しだった。確かにこの女優さんで四国のハイボールを一大勢力に立ち上げたのは間違いないが、一人だけビールから逃げ出した感はある。

ビールメーカの宣伝戦略はそれなりに金もかけた大作戦なので、この辺りの対比は面白いのだな。

まあ、どんな酒を飲んでも酔っぱらってしまえばみな同じという感じもするし、お開けにこの時期は招き猫がワインの新酒推しをしていた。

高知県民の酒に対する鷹揚さ、懐の広さと思っておこう。しかし、市場内のどこでヌーヴォーが売っているのだろうか。まさか、市場内にある酒屋で瓶ごと買う? いや、ありそうだな、高知だし。