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きつねとたぬき

甘く煮た油揚げが載っていればきつねそば、揚げ玉が乗っていればたぬきそば、というのが関東圏でのそば事情だが、西日本に行くとこの呼称が変わる。東西文化圏の差を端的に表す一例だ。
では、、油揚げと揚げ玉両方が乗っているそばはなんというのか。ムジナそばというらしい。ムジナとはアナグマのことで、たまに狸などと混同されるらしいので、たぬきや狐と同じように人を騙す動物?扱いになっているせいでの、ムジナそばなのか。まあ、もっと安直に決めた名前のような気もする。
そのムジナそばにこれでもかとトッピングを山盛りにしたのが「特選富士そば」だ。これはムジナよりも強力な「人をばかす動物」の名前をつけるべきだろうと思うのだが、どんな動物にがいるか。思い浮かぶのは、ぬえとかスフィンクスとか空想世界の動物というか魔物の類しか出てこない。
令和的なネーミングで言えば、「全部のせ」という即物的な表現で良いのだろう。言葉のあやみたいなものはどんどんと消えていく……………

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新宿駅東口 アルタ前

新宿駅東口のランドマークだったスタジオアルタは閉鎖され手直し工事が始まっている。これによって、地下通路からの上り口が閉鎖されたこともあり、実に不便なのだ。西口でも小田急百貨店の改築工事によりあちこちの地上向け出口が封鎖され、新宿地下街はダンジョン化している。せっかく新宿駅の工事が終わったと思ったが、永遠に工事の続くJR新宿駅という伝説は続く。
さて、東口にある旧アルタ前で待ち合わせる間に写真を撮ってみた。目の前を通り過ぎる通行人のおよそ1/3が外国人のようだ。夕方であり、歌舞伎町方面に向かう人の流れも同じ程度の外国人比率で、いったい彼らはどこを目指しているのか、とてつもなく不思議になる。
スマホで写真を撮るようになり、便利だったり不便だったり、色々と思うことがある。まずいつでもどこでもかなりの精度で写真が撮れるのはありがたい。が、撮った写真を見返すとあれまあと思うこともある。この写真も、その典型で写真の上下左右が歪んでいる。一番わかりやすいのは左側の街灯だろう。
スマホのレンズの特性(魚眼レンズ的な広がりが出るが、周りが歪む)なので仕方がない。薄暗いテーブルの上にある食べ物を撮るような近距離撮影には問題ないのだが、風景、遠景を撮るとこうなる。ちなみに望遠機能を使わないで最大画角で撮ると歪みは少ない。この辺りは一眼レフカメラより使い勝手が悪い。

フラットに撮ったものがこちら、西口の高層ビル方面にあたる。小田急百貨店が工事中なのだが、ビル自体の骨組み、外郭が立ち上がっているので、あと一年くらいでビルの姿は完成するだろう。そのあと、半年くらいで内装完了か。
この写真は周辺部の歪みが少ないが(望遠にしていないため)、夕方なので光の量が足りず暗い写真になってしまう。工事中のビルに望遠でピンとを合わせたあと、望遠を外すと光量調整が出来るはずなのだが、この時はスマホが光量対応しきれなかったようだ。
高機能一眼レフカメラとの対比をしても仕方がないが、スマホのカメラ機能はそろそろ限界みたいだ。この先についてくるのはAI編集機能なのだろうし……………

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武蔵野うどん 竹國で

武蔵野うどんの話は何度もしたことがあるが、自宅近くで一番便利な店が「竹國」だ。複数の支店があり、どこも混雑しているのだが、今まで行ったことのない国道16号沿いの大型店に行ってみた。
他の店はいかにもうどん屋っぽい簡素な内装で、さっと来てさっと帰る的な雰囲気がある。この店はそれとは違う重厚な内装で、一見フレンチレストラン的な、あるいは高級個室居酒屋風な落ち着きのある店だ。
うどんはいつも通りの腰があるというより歯ごたえのある固い麺だ。今回は肉汁とカレー汁という2種類のつけ汁がつくWセットにしてみた。武蔵野うどんの店で標準的な注文量「中」は、だいたい二玉分のボリュームだ。これを一杯のつけ汁で食べると最後の方でつけ汁が薄まってしまうという欠点がある。それを補うために、つけ汁2杯がついてくるWセットは味変が楽しめることもあり、うどん好き・麺食いには待望のメニューだろう。
実際に自分が注文したのはうどん一玉なので、Wつけ汁は多すぎるのだが、味変が楽しめるからよしとしよう。
カレー汁に野菜の天ぷらをつけると、これまた楽しい変わり天ぷらになる。カレー味のかぼちゃ天ぷらは実に美味でありました。

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ファイナルファンタジー ⅹⅵ

ゲームの話だ。初代ファミコンを買って以来、飽きもせずゲームを楽しんでいる。歳を取ったらやらなくなるかと思っていたが、今ではあれこれゲームをしている。最近では指先の訓練として、脳力維持のために約だるrのではないかなどと思っている。幾つになるまでやれるものかは見当もつかないが。


まだファミコンでRPGという言葉が普及する前、ゲームの主力は任天堂の名作に代表されるアクション、つまり反射神経対応型だった。メモリー不足のためセーブデータの問題があったからだ。当時のゲーム媒体はカセットで、メモリー量の単位はKだった。メモリーがMになるには数年の時間が必要だった。
おそらく最初のRPG成功作がドラゴンクエストで、セーブデータは謎の呪文を書き留めるという、実に悲しい仕組みだった。呪文を書き写すのを一字でも間違うと全ての努力が無駄になる。それがメモリーセーブ式に変わった時は、素晴らしい開放感を味わったものだ。
そしてメモリー増強を背景に大ヒットしたのがファイナルファンタジーだった。以降、ゲーム機の進化、メモリー量の増大に合わせてDQ・FF両作品とも進化していったのだが、CG技術の進歩に合わせて動画化を進めていったのがファイナルファンタジーシリーズだ。
おそらくFF10のあたりから、ゲームというより映画に近いエンタテイメントに変わっていった。当然ながら、そうなるとマルチエンディングやストーリー分岐が採用されなくなり(動画制作の費用問題だと思うが)、ストーリーは結末に向けて一直線なものになっていく。(FF10はエンディングだけマルチ)
また、ストーリー優先のため、難度の高いアクション性は控えられ、イージーモードであれば誰でも簡単にラストまで行けるようになった。FF一桁台の諸作品はラスボス撃退のために相当なレベル上げが要求された「修行」だったをのと比べると、近作はまるで別物と言える出来になっている。

最新作がリリースされてだいぶ時間が経って、ようやくプレイする気になったのは、これ以上放置すると自分のゲーム寿命(ゲームができる体調として)が持たないかもしれないと思ったからなのだが。どうも動体視力がもう追いつかない……………

ご参考まで公式サイトはこちら →  https://jp.finalfantasyxvi.com

動画の質は並のアニメを遥かに超える。ハリウッドの大作に引けを取らない出来だと思うが、ゲーム性は多少下がっている。ただ、謎解きやレベル上げといった修行的要素が減少、簡便化されたことでサクサク進む方がエンタメとしては正解だろう。
ちなみに、全くサクサク進まない代表作はELDEN RINGで、修行好きなゲーマー向けというか修行者専用ゲームだろう。

とりあえず我が人生で多分最後のFFシリーズはもう直ぐ最終ステージになる。実はそれがとても残念なのだな。

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ワンピースと両さん

画像は集英社サイトからの引用リンクです 201巻あるんですね

本棚を眺めていて思ったことだが、少年ジャンプの大長編といえば、コミック200巻を達成した両さんシリーズ「こち亀」と、現在も進行中の(既刊112巻でそろそろ終了らしい)「ワンピース」だろう。
ジャンプ以外で100巻越えシリーズとなると、記憶にある限りではいくつかある。少年マガジン連載中の「はじめの一歩」が、まず思い浮かぶ。これは最新巻まで読んでいる。が、完結する日は永遠に来そうもない。
途中での読むのをやめたものであれば、少年サンデー連載「コナンくん」やビッグコミックオリジナル「釣りバカ日誌」、青年誌のモーニング「クッキングパパ」などが挙げられるが、今更続きを読み直す気力もないなあ。
調べてみるとまさに別格の大長編はゴルゴ13だった。青年向きコミックには意外と100巻越え作品が多い。ちなみに80巻くらいまで読んでいた「あぶさん」の最終巻は107巻だった。これは読み残した30巻余りをを完了してみたいが、そうなると1巻目から読み返すべきだろうかと悩ましい。

画像は集英社サイトからの引用リンクです 現在は112巻

個人的に思うことだが、メディアミックスを利用したエンタテイメント複合体で最強コンテンツはワンっピースだろう。連載開始から28年を経過し当時小学生だった読者はすでに40歳代になっている。途中で読むのをやめた大人もいるだろうが、現在でも小学生から大人まで読者層が広がっている、日本のディズニー的な作品だろう。
今では海外にも展開し、ワンピース海賊旗が集団のシンボルになる程の世界性すら持っている。TVアニメに限らず映画版アニメも大ヒットを飛ばすのは、この膨大な読者層の広がりがあるからだ。そこが他の作品群と違うところだろう。ただし、個人的には70巻あたりで一度完結すべきだったとは思う。特に90巻以降は冗長性の極みで、駄作化しているというのが自分の結論だ。が、平成エンタメ文化最大の成果であるのは間違いない。まあ、少年ジャンプのヒット作の定理、「勝利、努力、友情」を一番強く具現化している作品で間違いない。

参考まで ワンピース 公式サイトはこちら →
  https://one-piece.com/about/index.html

それとは異なる方向性を持ち、いつの時代でも子供も大人も楽しめる「エンタメ雑学」を提供し続けたのが「こち亀」だろう。基本的に一話完結だから、そのネタ探し能力は凄まじいものだったと思う。おまけに、こち亀のタイトル通り、東京都葛飾区亀有限定の小空間が舞台だったが途中で物語空間が拡大し、上野や浅草までがホームグランドになったのち、なぜか大阪で物語が展開することにもなった。
東西文化差をデフォルメしてみせるなど、大人向けの情報をばら撒いていることもある。(もちろん小学生でも分かるような丁寧な説明?をしている)そこが長期連載を可能にしたもう一つの特徴だろう。

この両作品、アニメ化や映画化もされているが、実は両さんストーリーは実写向きではないようだ。あの下町を舞台にしながらぶっ飛んだ展開は実写にしても面白みに欠ける気がする。だが、海賊一味の話はCGをたっぷり使った実写版で見てみたい。ハリウッド大作のマーベルユニバースより面白いと思おうのだがなあ。

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夏の空 2題

北広島は基本的に丘と平野の町だ。平野部はほとんどが畑と牧場になっている。河川の近くには田んぼもあるのだが、やはり畑作の町だろう。丘陵部は昭和中期に整地され大規模団地になった。その当時に建てられた家のほとんどは建て直され、新旧の建築様式が混在するなかなかシックな街並みになってきた。分譲時の敷地面積が広く、かつ建蔽率がやたら低いこともあり、一区画を二分割にしたりできないので、ゴミゴミとしたショートケーキハウスが混在することもない。
そんな団地の一番上から空を見上げると、視界を遮るものは樹齢50年を超えた木々くらいのものだ。空が高いなと思う。
ただ、この街は一年の大半が曇りになる場所で晴れた日は本当に貴重なのだが、最近の夏場は気温の上昇とともに雲量が減っているみたいだ。夏特有のモヤっとした湿り気もないので、ただただ空が青い。

同じく札幌の大通公園も、雲で覆われていることが多いのだが、最近の夏はまさに夏空、快晴という日が多い。札幌市内中心部はビルに囲まれた灼熱エリアだが、大通公園の周辺だけはそれなりに空が見える。
12月から3月までは雪に覆われる札幌の街だが、その分だけ6月から8月の夏は爽快な気分が味わえる。こんな日は大通公園のベンチに座り、売店で買ってきた「焼きどうきび」を食べるに限る。北国の短い夏だけに、素敵な1日になるはずだ。

流石に暑い年だったが、もう北国の夏は終わり。これから短い秋と長い冬がやってくるのだ。それが毎年とても残念。

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トリトンという寿司屋 続き

トリトンという回転寿司で、腹一杯寿司を食べるとすると、実は絶対外せないメニューがある。さばがり巻が、My絶対定番だ。いや、これを食べるためにトリトンに行くと言っても良い。決して過言ではない。
シメサバを巻物にして食べると本当に美味いと思うのだが、意外とこの巻物は他の店には置いていない。流行りネタはあっという間にコピーし合う業界で、このさばがり巻が他店で採用されないのが不思議でならない。

もう一つは、北海道を代表する「お新香巻」だ。お江戸界隈では、たくあんの細切りなどが巻かれたものを新香巻と読んでいるが、北海道版は「奈良漬」が定番だ。この奈良漬の巻物もほかの地域では見た記憶がない。逆に、北海道ではたくあん巻というものが別に設定されている店もある。
確かに地域の名店と言われる回転寿司屋は、どこに行っても地元限定メニューがあるので、それを頼むのも旅の楽しみだと思う。が、北海道では是非この二種をお試しいただけたらと思うのだ。
いくらやカニや本場のサーモンよりも、ずっと上品で格上の一品だと思うのですがねえ。

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白い恋人カフェ

北広島市役所から見たエスコンフィールドとJR千歳線エアポートライナー。北広島市を支える二つのメインアイテムだと思う。ただ、鉄道の意義が大都市圏と地方都市ではだいぶ異なる。地方都市において鉄道やバスは、いわゆる交通弱者対策でしかなくて、大量人員の移動手段としての評価は低い。自動車で好き勝手に移動するのが基本な社会なので、公共交通機関の評価は二の次になるが、こと観光客の誘致という点では必須アイテムだ。
その辺りの地元民の常識と観光ビジネスの需要とのギャップみたいなもので、地方自治体はもう少し真剣に考えないといけないのではと思うのだ。地元民の足としては福祉関連予算みたいなものだが、外から金を落としてくれる観光客誘致は、ふるさと納税で金を集めるより重要な基盤産業の育成・投資であるはずだ。
まちづくりにとって「域外外貨」獲得の方法は、何か作って売るか、誰かを連れてきて金を払わせるしかない。その基盤を理解しているか、整備しているかで地方観光ビジネスは大きく変わる。そして、多くの市町村はその投資をサボるのだ。
閑話休題。自動車移動を前提とした社会は社会インフラの不備を個人の負担に押し付ける。この北広島市でも、少なくとも北広島駅前に広がる広域団地に住十人にとって、JRの本数は重要なkと住インフラになる。現在の状況、つまり自分たちの通勤通学時間に、大量のエスコンフィールド観客が乗り込んできて混雑するのは、甚だ迷惑だろう。それでもエスコンが生み出す「商売」のために目を瞑っている。これを解消するには、最低でもゲーム・イベント開催日には臨時便を増発するしかないのだが、JR北海道はビジネス音痴なのでそう言った対応をしない。あれこれと対応不足で今現在は、随分と不便なのだ。
などということをこの景色を見ながら考えていた。

さて、市役所最上階にあるカフェ(職員食堂ではない)は、石屋製菓が運営しているらしい。JR駅のすぐ近くに大きな工場があるためか、北海道最大の菓子メーカー(たぶん)が、運営を請け負っているらしい。(あくまでも、らしい……………)
ゆったりとしたスペースはコロナの影響もあるのかと思うが、贅沢に使った開放空間になっている。おまけにフリーWIFIも設置されている。ちょっとしたリモートワークにはうってつけの立地だ。
ちなみに北広島図書館にもリモートワーク向けの施設があるが、あちらはなんというか牢獄風なので、この開放的な場所を使う方が気分が良いと思う。

メニューはドリンク、軽食を含め必要十分なものがそろえてあるが、なんと言ってもお試しすべきは「白い恋人ソフトクリーム」だろう。
これって隠れた名所というか、誰も知らない裏観光スポットではないかな。車がないと訪れるのはなかなか不便な場所だし、外国人観光客の侵略にもさらされていない希少なカフェだとおもうのです。

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我が青春の餃子

おそらく札幌市民にとって餃子の代名詞とも言える「みよしの」という老舗がある。元々は甘味店だったらしが、自分が学生時代の頃は狸小路とススキノに小体な店を構える程度だった。飲んだ帰りの手土産にみよしのの餃子が人気だった。
その餃子店がカウンター席だけの小さな食堂を地下鉄沿線のあちこちに出し、しばらくすると道路サイドのファミレス的展開を始めた。
餃子とカレーが売り物の和風ファストフードだったはずが、メニューに定食やラーメンなどを加えすっかりファミレス化した。すごいものだなあ。まるでわらしべ長者のような成功ストーリーだ。
だから、何年かに一度、猛烈にあの餃子を食べたくなる。学生時代に刷り込まれた「うまい餃子の記憶」がなせる技だ。

衝動的にみよしのに行くことにしたら、店頭に不思議な少年?が立っていた。手に持っているのは餃子らしい。うーん、この姿は例の唐揚げ店の前に立っている白髪爺さんみたいに見える。パクリ疑惑だ。が、それはまあいい。大阪に行けば串カツ屋の親父も店頭にたっている。カニが両足を広げてモゾモゾと足を動かすというシュールな光景も当たり前だ。その立体看板天国、大阪を比べればこれば控えめで可愛いものだ。

さて、懐かしさに感激しながらラーメンと餃子を頼んでみた。ただ、とても残念なことに、あの学生時代の感動は蘇らない。そうなのだ、数年ぶりに行くたびに、いつもこの残念感から逃れられない。
あんなに美味しいと思っていたのになあ…………… おそらく、みよしのの餃子自体が不味くなったわけではないと思う。自分の「餃子経験値」が上がってしまったせいなのだ。二十歳前後の貧乏な時には、餃子をあれこれ試してみることもできなかった。唯一無二の餃子が、みよしののだった。
その後、あちこちの名店や迷店?でうまい餃子や謎の餃子を食べる機会も多く、餃子経験値が上がった。その結果として、みよしのの餃子は実に普通の餃子に思えるだけだ。
ただ、普通の餃子だからこそ多店舗展開をして長く営業できるのも事実だと思う。老舗の味は、案外と凡庸に感ずるものだ。普通のうまさを保つことの難しさでもあると思う。
あと一年か二年すれば、またこの餃子を食べたくなるのだろう。そのときあいも変わらず、同じ味でいてくれると嬉しいな。

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動物園で こだわって撮影

顔出し看板に載っている動物を全部見てみようと思ったのだが、意外と暑さのせいなのか、奥に隠れて寝ている連中が多いようで、屋外に出張っている暑さに強い動物たちしかみることができなかった。
特に、シロクマはどこに隠れたのかわからないくらい存在を消していた。残念。

2頭いるキリンだが、手前は大きい。奥のキリンはだいぶ小ぶりだったので、二頭をうまく画角に収めることもできず、手前は足だけにして撮ってみた。思いの外、気に入った写真が撮れた。ただし、この撮影位置をゲットするため、外国人観光客多数がいなくなるのを5分以上待っていた。撮影は忍耐が必要だ。暑さで脱水症状を起こしそうになったけれど。

虎はかなり広い育の中を早足で歩き回っていた。窓の外の猿系哺乳類を威嚇しているのだと思う。どう考えても、猿類は獲物であり、自分の下位種であると認識しているようだ。その俺様ドヤ顔をみたくて、虎が何周もする間に何度か撮ってみた。
どうやら虎の顔はコントラストが強いのでピントが合わせにくい。この一枚もちょっとピントの合う位置が後ろにずれているので、鼻先がボケてしまった。が、まあまあな写真だと思う。目の前、1mに虎の顔があるのに、あまり恐怖も感じることなく撮れたのだ。動物園はありがたい。

しかし、昔はこういう写真を撮るにはかなり程度の良い一眼レフカメラを持ち歩いたものだが、今ではスマホの画質で十分なのだから、カメラ小僧がいなくなるわけだな。人生最後の贅沢はハイスペック一眼レフを買うことだと思っていたが、今ではそんな価値も無くなってしまったようだ。それが、実に残念。