街を歩く

空の旅はストレスだらけ

東京湾上に浮かぶ? うみほたる  大和より大きいふちん空母だ(笑)

最近は窓席に座ることが多くなった空の旅で、実は関東圏に入ってからの景色がなかなか楽しい。羽田に向かって北から飛んできても、西から飛んできても眼下に映る光景はほとんどが山しか見えない。
羽田空港から飛び立つ便であれば、海外線を飛ぶことが多いので日本地図を思い浮かべ「ここはは、〇〇あたりだな」とか「あれが、〇〇川だ」とか楽しむことができる。が、山川の光景は地図を思い浮かべてもなかなか該当する場所が見つからない。
ところが関東平野に入ればかなり鮮明に地形から場所が思い浮かぶ。例えば、地面を走っていると理解しづらい木更津の自衛隊基地がしっかり上から見わたせる。
東京湾上に浮かんで見える「海ほたる」SAも、周りを航行する船と比べてその巨大っぷりがよくわかる。千葉県の南側、房総半島には呆れるほどゴルフ場があることとか、東京湾岸地域に連なる工場群の異常な密度であるとか、地面から見ていては想像もつかないことがよくわかる。
グーグル先生の一番偉大なアプリはグーグルアースだと思うが、あれを国連ではなく民間企業で実現してしまうところがアメリカ企業の凄さであり素晴らしさのあらわれだ。日本の企業経営者であのスケール感は持てないだろうなあとも思う。
現在の米国大統領の元では全否定されている「汎人類主義」だが、人類として知を共有しようという古き良きアメリカの善良さが現れている偉大なものだ。
アメリカ合衆国が知的に健全であることは世界の知にとって重要なのだが、このままではあの国は知的退化を起こし痴の国になってしまいそだ。聖書を信じる建国の理念に戻るのは勝手だが、それを良しとすれば中世国家になってしまう。それが残念だ。

空撮の素晴らしさを実体験できるので、多少の不便はあっても窓際の席が良いと思う今日この頃であります。眼下の光景に感動しながら文明論みたいなことも考えてしまう。空の旅はやはり楽しい。

だが、残念なことに空の旅はそのような楽しい体験だけでは済まされない。この一年間で30回以上は航空旅をしている。そのほとんどがANAのフライトだ。そして、定刻通りに出発したのは、おそらく1-2回ではないかと思う。
天候を理由にした遅延は我慢できるが、遅延の理由のほとんどが機内整備の遅れだ。つまり客が降りた後の機内清掃、点検作業が遅れの原因となっている。ニュースなどで見ると清掃用の従業員が決定的に不足しているらしい。外国人従業員も増加しているそうだが、人員補充が追いつかないとのこと。
そして、確率的には5回に1回ほど機体の整備不良があげられるのも不思議だ。一体、航空機はどれほどの頻度で故障したり部品交換が必要となるのだろうか。その定期メンテナンスができないほど整備力が落ちているのか、それとも機体の老朽化が激しいのか?


一度、ロスアンジェルス空港で12時間待たされたことがあり、その時は航空機の航路を測定する機械3台のうち1台が故障したので、交換部品を手配している。提携会社にも頼んでいるが在庫はないので航空機メーカーから取り寄せる、という懇切丁寧な説明があった。おまけに、待ち時間が長いとお腹がへるだろうから空港内のレストランで使える無料の食事券を渡すという。(ちなみにこの神対応をしたのはシンガポール航空)
それと比べて、現在の日本における航空会社の対応は、地の底を這いずるほどの酷さだ。

まず一番ひどいのが、搭乗時間ギリギリになるまで遅れの案内をしない。2番目にひどいのは、どれくらい遅れるかの案内が極めて曖昧なまま。3番目が具体的な遅延の理由を言わないことだ。
例えば、使用する機材は沖縄から羽田に向かっているものを利用するが、那覇空港の混雑により離陸が遅延し、到着時間が30分遅れた。そのため、当便の出発は35分遅れる。と説明してくれれば納得するのだが。これを言わないんだよなあ。

この日も石垣島からの便が遅れに遅れて、札幌便の搭乗口を塞いだままになっていた。札幌便の搭乗時間になっても、まだ石垣便は空の上だったのだから笑ってしまう。結局、石垣島行きの搭乗口は変更になり、石垣島に行く客はゾロゾロと移動を開始した。さて、札幌便の客はどうしたかというと、これまた笑ってしまうのだが、札幌便も2時間遅れなのでこのまま待機せよだとさ。
いやいや、この航空会社の対応には呆れ果てる。提携会社であるシンガポール航空の神対応と比べれば、まさに地獄の対応とてもいうべきか。もうスターアライアンスは信じられないのでワンワールドに転向しようかと真剣に考えているのであります。マイルがたっぷり残っているので、さっさと使ってしまおう。

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我流味噌ラーメン というらしい

北海道北広島市はエスコンスタジアムが開設されて大賑わいかと思ったら、意外と地元では経済的な効果が少ないないみたいで、駅前にホテルが一軒開業したくらいだ。そのホテルの2階にフードホールという飲食施設ができたのだが、ゲームのない日は閑散としている。去年春の大騒ぎが嘘のような静けさで、住宅地の違法駐車も減ったらしい。
元の静かな街に戻ったのは良いが、たまに使っていた駅に程近いラーメン屋がやたら混み合うようになった。普通のラーメン一杯が1000円を超える値上げをしたのに昼時は客待ちになる。
どうやらエスコン見物(ゲーム観戦ではない)に行く人が増え、そのまま駅前の幹線道路の流量が増え、ラーメン屋の存在に気がつく人が増え、という連鎖効果らしいのだ。まあ、それはお店にとってはめでたいことだろう。

さて、この店の売り物が「我流味噌ラーメン」という。いわゆるどろっとした系のスープで味噌味はとても強い。美味いラーメンなので愛用しているのだが、食べるたびに「我流」とは文字通り我流で作り出したということなのかと不思議に思っていた。
ところが(個人的な探索の成果を申し上げると)、このラーメンと同系統であろうと推察するラーメン屋を3軒ほど確認している。
札幌市東区に本店がある味噌ラーメン店『Y』、札幌市清田区に本店がある『D』、そして札幌市中央区のショッピングモールにある『R』だ。同じ店で修行した仲間たちなのだろうかと勘繰っている。そして、どこの店も繁盛している。味噌ラーメンの人気はすごいなあ。


ラーメン業界は弟子入りした店で数年修行を積み、その後は独立することが多いようで、そうなると同じ店でも師弟関係とともに、兄弟子、弟弟子というもう一つの人間関係ができあがるし、独立後は師匠の師匠とのお付き合い?が始まるのではないか。まるで武家の家系図のような複雑な人間模様が生まれるみたいだ。
札幌の誇る名店「すみれ」から枝分かれしていったすみれ系味噌ラーメンファミrーなどが有名だが、この「我流ラーメン」はその流れ、ファミリー意識から離れたいという店主の思いなのかな、などと想像してしまった。俺には親もなければ子もいない。天上天下唯我独尊の危害かもしれない。だとしたらすごいな。
年に何度か食べたくなる不思議な味噌ラーメンだが、並んで待つようになるとは思わなかった。まあ、商売繁盛はめでたいことなので、こちらが待ち時間をちょっと我慢すれば良いか。

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My favorite Sushi

家のものはエビとかカニを好むので、鮨は基本的にソロ食する

いつもの寿司屋に行っていつもと同じ鮨を頼む。もう10年近く同じことをしているはずだ。進歩がないと言われても仕方がないのだが、歳をとってようやく自分の好みが決まったということだと思いたい。
近年は以下の不良が続き、すでにプラチナメニューとかした「まいか」の握りだが、お江戸を界隈で珍重される肉厚のイカ、アオリイカがどうにも苦手で、北海道に来ると値段に関わらずマイカを頼む。できれば後二皿くらいいかず串にしたいのだが、それでは腹がもたないので渋々と2貫で諦める。
鯖も日本のどこでも身近で獲れる魚のはずだが最近は急速に高級化している。ただ、自分のところで締めた鯖を出す店は少ない。サバを食べるとその店のあり方、値段、考え方などがよくわかる。札幌では回転寿司のサバの質が抜群に良いのだが、おそらくお江戸の回らない寿司屋であれに勝てる店はそう多くはないと思う。それくらい美味い。

最近のお気に入りがこの貝5貫盛り合わせだ。そもそも鮨屋で頼むものも魚より軟体動物の方が好きなので、このセットは貴重だ。この日は粒・ホッキ・ホタテ・そして鮑が二貫という組み合わせだった。実に嬉しい。
ということで都合九貫の握りとなった。最近はこれくらいで胃袋がギブし始める。それがちょっと残念だが、食べたいネタもこれくらいだからちょうど良い。
ちなみに寿司ネタであまり好みでないのがサーモン。子供の頃に食べ過ぎたとも思わないが、サーモンにありがたみを感じないせいだ。テイクアウトの寿司を買うときにはタマゴが入っていないものを買うようにしている。卵焼きは好きだが、あれは酢飯とは合わないと思うからだ。いくら家数の子もあまり好みではないが、とびっこであれば喜んで食べる。我ながら呆れるほどにチープなネタを偏食している。一度でいいから鮑だけで満腹になってみたいと思うノだが、きっと10貫も食べないうちにギブアップするのだろうなあ。

鮨は好きなネタだけ喰う派です。

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餃子屋のカレー

札幌で餃子といえばこの店の名が出てくる(はずだ)。ひどい言い方をするが、昔は学生たちに絶大な人気を博していた。つまり、安かろう不味かろうとは言わないが、安くてお値段に見合った味の店だった。特に、餃子屋でありながらカレーがびっくりするほど安かった。当時ラーメンが400円くらいの頃だが、その名の通り「びっくりカレー」は190円だった。それに餃子が3個乗ったものが餃子カレーで、こちらが定番だった。値段はあまり覚えていないのだが250円くらいだったはずだ。
その後店舗数を拡大し今では札幌屈指のローカルチェーン店だが、その頃はまだ店数が少なく、この狸小路にある店とススキのにある夜だけ開く店をよく使った。どちらもカウンター席だけしかなく、10席ほどの小体な店だった。
すすきので酒を飲んだ時の帰りに餃子をテイクアウトすることが多かった。鮨を買えるほどの金はなかったからだが、テイクアウトの餃子はなかなか美味いものだった。

そんなチェーン発祥の店の前を通りがかり、ちょっとだけ覗いてみたらメニューがなんとカレーだらけになっていた。びっくりだ。我がいとしの餃子定食はすっかり炭に追いやられているではないか。これではカレー屋だ。確か郊外型の店ではラーメンも出していたと思うが、都心の小ぶりな店はカレーに特化したようだ。なんとも微妙な感じになってしまう。餃子屋は餃子定食売ってなんぼだろうと言いたいが、これが時の流れというものかもしれない。それでもやはり餃子定食にこだわりがあるので、次回はカレーと別皿で餃子を頼むことにした。お腹が持てばいいけれど……………

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酢豚のアーキタイプ

北の街さっぽろの繁華街にある狸小路、その一番良い場所に立っていたサンデパートの地下に中華料理屋があった。サンデパートは廃業し、そのビルは商業テナントが多数入る怪しく楽しいビルに変わったが、この町中華は変わらず営業していたが、残念ながらビルごと建て替えられてしまった。
その後もこの中華料理屋は都心部、大通りの東のハズレに転居して営業を続けていた。その店に久しぶりに行ってみた。なんと醤油ラーメンに限り昭和の値段で売っているという、ちょっと涙が出そうな美談なのだ。北の街では数少ない町中華の店として長く営業を続けてもらいたいものだ。

さて、この店は安くて普通に美味いという町中華の見本のような店だが、中でも推奨したいのが酢豚だ。酢豚が好きなので、全国あちこちにいくたびに食べているが、実はこれほど名前と中身の一致しない中華メニューはないと思う。
個人的に思うことだが、酢豚という名のメニューは地域差が極めて大きい。基本形として揚げた豚肉を野菜を炒めて甘酢餡で味付けしたたものという形式は似通っている。が、豚肉の下味は地域によってまるで違う。甘酢の甘さ、酸っぱさも違う。野菜で共通しているのは玉ねぎくらいだろうか。赤の野菜としてはにんじんだと思うが、パプリカや赤ピーマンあたりも多い。それくらいの変化は可愛いもので、これがトマトになったりすると別料理かと言いたくなる。緑の変化で言えばピーマンがきゅうりになったものには驚いたし、最近ではスナップエンドウのパターンも見つけた。黄色の野菜、筍は変異が一番大きいかもしれない。最近の進化型中華料理店では「黄色」が省略されることも多いし、たけのこが黄色パプリカに変わるのはほぼ定石らしい。よく話題に出てくるパイナップルも西日本ではあちこちで見かけた。びっくりしたのはパイナップルではなくマンゴーに代わっている店に出会った時だ。
だから、自分にとっての酢豚の原型はこの店のものだと言える。豚肉の下味は生姜と醤油で片栗粉の衣で揚げたもの、赤はにんじん緑はピーマン、黄色は筍、まさに酢豚のアーキタイプだ。そして玉ねぎはたっぷり多めの方が良い。これこそが酢豚のスタンダードと確信している。ただ、今ではこのスタイルの酢豚を提供する店は実に少ない。それどころか町中華でありながら酢豚がない店が主流になっている。それが実に悲しい。

昔、よく通っていた頃と比べると値段は三倍くらいになっているが、それでもまだまだリーズナブルで「普通に美味しい」町中華であり続けている。感謝だなあ。場所はちょっと分かりずらいが、テレビ塔の近くにあるビルの地下だ。穴場なので一度行ってみると良いと思うよ。

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すすきの 点描

すすきの界隈を歩くと面白いものによく出会う。昔々に見たディズニーのアニメに「小さなおうち」という短編があった。一軒家の周りが高いビルに囲まれていく話だった、それだけが記憶に残っている。ストーリーはさっぱり思い出せニない。ハッピーエンドだとは思うが、ビルに囲まれた小さいおうちはどうなったのだろう。
そのお話を彷彿させる景色がすすきのにあった。前面の道路以外はぐるっと高いビルに囲まれている。なんとも懐かしさを感じる光景だが、いったいいつまでこのちいさいおうち(?)はもつのだろうか。ちなみに今はラーメン店が入居している。高いビルになる前に、一度食べに行ってみようか。

すすきののちょっと北側、飲み屋街としてはちょいハズレというか、場違い感がある立地に賑やかな入り口を見つけて、店の前まで覗きに行ってしまった。
どうやら立ち飲み屋らしい。この昭和のアンチヒーロー全員集合みたいな暖簾というかバナーというか、なんともインパクトがある。飲食店のファサードとしては実に秀逸であり集客効果も高そうだ。(わざわざ見に行ってしまった)
ただ、昭和のアンチヒーロー、つまり怪獣大集合時代を生きてきた人間からすると、これは著作権問題、大丈夫かと言いたくなる。

ただ、よく考えるとウルト◯マンや仮面ラ◯ダーの初代は今から50年以上も昔の作品だから、著作権が残っているにしても、それをリアルに見た記憶があるもの(再放送もあるけれど)は、もはや前期高齢者から後期高齢者に移行する世代だ。こいつらは文句言わないだろう。
そもそも、この立ち飲み屋にくる世代は、この店頭ののれん・バナーにのっているキャラクターは存在を知らないものが大半だろうし、オリジナルキャラと錯覚するのが多いはずだ。
ゴジラやガメラシリーズは平成にリメイクされているから知っているものもいるだろうが、初代ウルトラマンやその前作のウルトラQに登場した怪獣?は全く知らないとも思える。だから知財関係のあれこれを言い出すものも少ないのではと思う。
そして、芸術的観点から見てパロディーであると主張できそうな変更は加えている。「キングギ◯ラ」は「ティングギドラ」に変わっている。おまけにどいつもこいつも平和そうなキャラ顔に変形している。原型のも影はだいぶ薄い。

まあ、話の種にこれは一度行ってみなければなあと思うが、同時に思い出したのが円谷プロの認定を受けていたオフィシャル「怪獣酒場」はどうなったのだろう。あれも面白い飲み屋だったが。
この店に行けばティングギドラの三食丼とかガメラの甲羅紋様のピザとか出てきそうな…………… でも、G メニューはないだろうし、ギャオスの目玉焼きとかは食べたくないぞ。

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つくね屋 札幌のチェーン

札幌には唯一無二と言いたいくらい強力な焼き鳥チェーンがある。その名も串鳥。薄野の雑居ビル地下でカウンターだけの店から始めて、今では北海道のほぼ全域に展開している。道民御用達といっても過言ではない。その支持の理由は圧倒的な低価格と高品質という外食業のお手本のようなブランドだった。関西を中心とした鳥貴族も同じような形式で繁盛チェーンになったが、札幌では串鳥の基盤を崩すほどの力があるかどうか。少なくとも価格に関しては串鳥が優位だった。
ただし、コロナ以降に相次ぐ値上げがあり、今では「お安い」串鳥は過去形になった。串鳥VS鳥貴族の勝負は意外と混戦状態になっていきそうだ。価格差がなくなれば、店内が明るい串鳥と店内がわざと暗めにしてある鳥貴族のような店構えの勝負になるかもしれないが。

ところが串鳥の独占に勝負を挑んだ進行焼き鳥チェーンがサッポリを中心に急拡大している。売り物は「生つくね」なのだが、この生の意味が分かりずらい。刺身のような「生」ではなく、「生肉」を店内で加工しているというような意味らしい。
そのつくねをベースに、上にかけるタレというかトッピングを変えることで味のバリエーションを出す一風変わった焼き鳥だが、普通の焼き鳥もしっかりメニューにある。
串鳥よりちょっとお高い設定だったが、串鳥の値上げのせいで価格差が縮まった。どうもコロナの間に企業体力をつけたようだ。コロナが終わってもう2年近くが経つが、外食企業各社でアフターコロナの業界変化についていけなかったところはほぼ退場してしまった。その過程で生き残った企業は生存利得を手に入れたようだ。このつくね特化型焼き鳥屋もその勝ち組の一つらしい。

どうやら注文ミスをしたらしく、頼んだつもりもないさつま揚げ状のものが出てきた。これはなんだったのだろ食べてみてもよくわからなかった

その勝ち組の特徴はスマホを使ったセルフ注文システム母導入だ。自社製のタブレットを使ったオーダーシステムは導入時の投資などを考えると、今では投資が重たすぎる情報機器になっている。スマホ注文決済型が一番お手軽で導入も早いのだが、課題は高齢者対応だろう。スマホを使えない高齢者(70代以上に多い)の問題もあるが、実は画面の字が小さくて読めないとか、注文ボタンが小さすぎてきっちり押せないとか(高齢者には手が震える人も多い)、大袈裟に言えば世代による分断が起きる。

この辺りを無難にこなしているのがサイゼリヤのメニュー番号入力による注文システムだが、若者(40代以下)を主力にしていると、このあたりの気付きが遅いようだ。ネット社会、スマホ社会の暗い落とし穴とも言える。

急成長のチェーンは当然ながら客層も若いし、経営陣も若いからこのような世代分断型の問題の存在自体も気がつかないのかもしれないなあ。暗い店内でスマホの小さい文字と格闘しながらそんなことを考えていた。

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市役所の味噌ラーメン

昼飯のタイミングを逃し中途半端な時間になってしまった。ふと思い出し、札幌市役所の地下食堂に行ってみることにした。職員向けの食堂は昔の学生食堂のような、ある意味でさっぱりとした雰囲気だが、勘弁色と考えるとこんなもので良いのだろう。街中の古びた食堂で感じる昭和感も漂う。
メニューはかなり絞り込んであるから、昼過ぎに行くと定食類は売り切れのことが多い。しかし、頼みたいのは面なのでもんだいない。こちらは売り切れになることはないようだ。味噌ラーメンがイチオシで最近流行りの辛味噌も置いてある。どちらにするか迷ったが、迷ったときは定番にするのが良い。

というわけで味噌ラーメンにしたのだが(醤油は前回食べてわかっている昭和レトロ版だった)、こちらも昭和50年頃よく食べた味噌ラーメンのままだった。豚骨スープで仕立てられた最近にコッテリ系味噌ラーメンとは明らかに異なる。味噌ラーメンの形容にさっぱりというのはおかしいとは思うが、やはりさっぱり系味噌ラーメンというしかない。トッピングはお約束のもやしが載っているが、味噌ラーメンにチャーシューは載っていなかったのが昭和スタイルで、そこはアレンジというか進化しているらしい。
味噌ラーメンには胡椒ではなく一味唐辛子をかけるのが定番だが、このときはかけ忘れた。セルフの大食堂スタイルなので、ラーメンカウンターで商品が出てきたらすかさず唐辛子をかけなければいけない。テーブルには調味料が一切置いていないから、これはちょっと失敗だった。

普通に美味い味噌ラーメンだったが、自分の直前にインバウンド観光客二人が何故かラーメンを注文していた。外国人観光客が市役所の食堂に来るということ自体がよく理解できない。食堂内には日本語表記しかない。食券販売機も日本語しか書いていない。スマホの自動翻訳機能でも使っているのかもしれないが、商品を注文するには難度の高いところだと思う。おまけにセルフサービスであり出来上がったら食券番号と品名で呼び出す仕組みだから、日本語がわからないとできたかどうかすらわからない。
案の定、恐れていた問題が起きた。自分の商品をもっていかれそうになった。従業員にそれは違うと嗜められたが強引に持って行こうとする。従業員が身振り手振りで順番違いを説明するが、どうも不満そうだ。仕方がないから自分の商品を急ぎで持ち去ることにした。あとの対応は……………知らん。

どうも札幌市はオリンピック誘致に失敗した後は、外国人にあれこれ過剰対応するのはやめた気配がある。京都のオーバーツーリズムも大変そうだが、札幌のように塩対応することにすれば、そのうち婿から勝手に来なくなるのではないかなあ、などと美味しい味噌ラーメンを食べながら考えていた。午後の市役所食堂は思索の場にふさわしい。

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一年ぶりのかしわぬき

薄野の近くにある蕎麦屋はビルの一階にあるのだがあまり目立たない。それでも客足が途切れない人気店であるのは、札幌で数少ない蕎麦の老舗だからだろう。だいたい植民地であり流刑地であった蝦夷地、北海道では100年続く老舗など数えるほどしかない。そもそも開基150年程度の新興地だし、入植者でも一山当てたら故郷に戻るつもりのものばかりだったはずだから、老舗の形成要素が薄い土地なのだ。
それでも函館や小樽、あるいは釧路や根室といった港町では産業の拡大とともに人口集積が進み「地元」化した店も多い。ただ、それも昭和後期から始まった地方の衰退現象に巻き込まれ老舗と言われる店のほとんどが姿を消した。
つまり、この蕎麦屋は極めて稀有な老舗の生き残りなのだ。みんなでもっと大切にしようと言いたくなる。

入り口にかかる品書きは、実にオーソドックスな蕎麦屋のラインナップだ。蝦夷地入植者は全国津々浦々から押し寄せてきた。基本的には戊辰戦争負け組が入植者の主流で、本国からの棄民扱いになっているから東国出身が多い。特に東北地方は寒冷地でもあり大規模移民が行われたようだが、それでも定着率は低かったようだ。
そのせいかお江戸の文化は比較的巣トレー路に入り込んでいる。麺類で言えばほぼ蕎麦一択になる。西国で主流のうどん店は珍しい。
だから、種物のそばを見ても蝦夷地らしいものはほとんど見当たらない。酒だのいくらだのにしんだのといった海産物系の見当たらない。(てんないにはいてばどくそうてきなめにゅーもあるのだが)
まあ、蕎麦屋の老舗とはこうあって欲しいという、我が希望にはぴったりだ。そして、お江戸伝統とでもいうべきメニューが「かしわぬき」で、これを販売している蕎麦屋は尊敬に値する。蕎麦の名産地と言われる信州をでも、これがある店は少ない。おそらく「お江戸」のスノッブなメニューなのだ。蕎麦屋に行って蕎麦ではないものを注文するのは、お江戸の不良のくせみたなもので、その流れから生まれたのが「かしわ抜き」、つまりかしわ蕎麦からそばを抜いた、汁物料理になる。

どうやらお江戸の蕎麦屋は、今でいうところのファストフードであり、飯を食うのではなく軽く軽食をとる、あるいはそれとともに酒を飲む場所だったようだ。だから、蕎麦の盛りも少ない。藪系の老舗に行けば、蕎麦の下からザルのすのこが見えるほどのバーコード状態で出てくる。
そんなお江戸の蕎麦流儀が生んだのがそばを抜いた種物だった。かしわ抜きや天抜きが有名だが、それが有名なのはお江戸だけらしい。


出汁の聞いた濃いめの蕎麦つゆと鶏肉の油がよく合う。そばが入っていない分だけ、少し薄めに仕立てているようだが、それでも濃厚な汁は日本酒によく合う。

蕎麦屋で酒を頼むとよく出てくるのがそばを揚げたものだが、これも実に美味いものだ。塩加減にもよるが、カリッと上がったフライド蕎麦を齧りながらチビチビと酒を飲み、お銚子半分が空いた頃にかしわ抜きが来る、なんと素晴らしい。これを至福の時と言わずしてどうするよ、なのだ。
残念ながら町の蕎麦屋では楽しめないことが多い「かしわぬき」だからこそ、蕎麦屋巡りをして発見する楽しみもある。今やラーメン道追求はB級グルメ・エンタメとなっているのでラーメンフリークは多い。ただ、それとは異なる「麺世界での求道的探究も存在する。それは何か。かしわ抜き探索だと言いたい。

今年は多少時間を投じてかしわ抜き探索してみたいものだ。ただ、今では蕎麦屋も探し出すのが大変なくらい店数も減っている。おまけに、蕎麦屋にはもう一つの隠しメニュー「おだまき」というものも存在しているので、これも見つけたい。

まさに求道なのですよ。

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北国で見つけた高知

カゴいっぱいあったのが売れたのだろうなあ

北野町のスーパで見つけた柑橘は妙に小さく色気も悪いが、間違いなく高知県さんの文旦だった。現地では大ぶりのたまを見慣れているから、最初は文旦だとは思わなかった。おそらく高知では小さくて規格外扱いになるようなものを格安で仕入れて販売しているのだろうなあ、などと思った。
高知を含め西国で見る柑橘類は種類も豊富で価格も安い。例えば、現地で一玉100円程度で売られているものが関東に来ると150円になり北海道まで来れば250円になる、そんな感じがする。現地でも高級品であれば一玉200円を超えるものもあるが、それは関東では倍近い値段になるし北海道であれば500円越えだろう。そんな高い柑橘類がバンバン売れるはずもなく、必然的に北海道の柑橘類売り場は種類も少なく見栄えも貧弱だ。
ただ、これも現地や首都圏と比較すればの話であり、見比べなければ価格差を感じることもない。
当然のように柑橘類の中心は輸入物のオレンジになっていたりする。一時期のオレンジ高騰も治ったらしく、値段は安定しているせいだろうか。
ただ、高知の文旦や宮崎の日向夏などは、食べ方の解説を置いておかないとちょっと不親切だなあという感じがする。それぞれの地域で独特な食べ方、皮の剥き方がある。それを合わせての食文化紹介をサボってはいけないと思うのだ。

まあ、柑橘類はどうやって食べても美味いが、食べ物は文化だからね。流通業の方達も、もう少し丁寧な取り扱いをしても良いとは思うけど。