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スカイレストラン

何度か札幌市役所18階のレストランに行って、ずっと気になっていたほろ酔いセットをようやく頼んでみた。時間は昼のピークをずらしてみたが、どうもそんなことはあまり気にしなくて良いらしい。
客席を見渡すとあちこちでオヤジ・ジジイのカップル?がこのほろよいセットを注文している。どうやら昼のみの場所としては定着しているみたいだ。
窓際の席に行けば大通公園を見下ろす絶景が広がるのだが、たまたま窓際の席は空いていないのであっさりと妥協して、真ん中のテーブルを一人で占拠した。

この日の日替わりおつまみは鶏の唐揚げと麻婆豆腐。出てくる量がわからないので料理の追加注文もしてしまったが、それは不要だったようだ。大人二人で頼めば、この料理が4皿になる。つまみとしては十分以上のものだ。

個人的には、玉ねぎ増量して欲しいなあ だが、普通に美味しいご飯によく合う酢豚だった

追加で頼んだのは酢豚で、これも定番的なつくり方だったが、普通に美味い。筍の代わりにマンゴーが入っていたり、ピーマンの代わりにきゅうりが入っていたりはしない。ごくごくオーソドックスな酢豚だった。が、この時点でほぼ満腹になっていて、じんわりと後悔していたが、頑張って完食した。

役所飯は本当に面白いなあ。

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何年ぶりだろうかのラーメン店

高田馬場で軽く昼飯を食べようとして、何軒か挑戦したがどこも満員で流れ着いたのがラーメン屋だった。この店も行列ができる人気店なのだが、なぜかぽっかりと空き席ができていた。前回入ったのはコロナの頃だから、随分と間が空いている。
そもそもこの店のラーメンの味も覚えていないくらいだ。武蔵の屋号がついているのは西新宿にあるサンマ煮干しスープの店が本店で、そこからの流れのはずだが、最近ではサンマ煮干しスープなのかもわからない。本店はどうなっているのだろうか、などと思い出した。

さて、注文したのは普通のラーメンで、出てきたものは濃厚豚骨系スープらしい。多分魚介スープもアレンジしてあるみたいだ。麺は中ボト麺より少し太めの感じがする。太めんまは記憶にある通りと言いたいが、記憶が定かではない。チャーシューは現代ラーメンの定番、柔らかめで水分が多いもの。美味いラーメン屋の必要条件を過不足なく満たしている。だから、単純にして普通にうまい。接客も丁寧。ラーメンの提供時間も早い。人気店になるのも無理はない。このお江戸の人気ラーメン店のレベルの高さは、もおう少し全国のラーメン店店主に見習って欲しいものだ。
地方都市の人気店は全般的に、この総合的な居心地の良さという点で決定的に劣ると思うのだな。美味いラーメン……………だけでは長生きできないのだよね。

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高知駅で

平日の午前中に列車の時間街をしていた。高知駅は高架型のブラットホームで、一回改札口からは建物で言えば3階部分にある。その中二回というか、2階の一部?にアンパンマンコーナーがあり、小さい子供を連れたファミリー客が写真を撮っている。なかなか和むスポットなのだ。遊戯施設もあり、幼稚園の子どもくらいには人気があるようだ。
ただ、ホームに上がる途中にあるため、たまに酔っ払いらしいおっちゃんがベンチで寝ていたりする。駅員のいる窓口からは死角になるので都合が良いのだろうが、お子様の教育上はいささか問題があるなあ。

アンパンマンに登場する悪役?バイキンマンは学習能力の低い(いつもやられる)、しかし目標達成に向けて熱意のある(諦めの悪い)キャラだが、基本的にはいじめっ子特性の持ち主でひどいやつだなあと思う。子供達に人気があるらしいのだが、その理由がよく理解できない。こんな大人がいたら、あっという間に全国指名手配級の極悪人にされるだろう。その隣にいる女悪役?も、なかなか複雑な性格で、セルフィッシュで独善的でありながら、ひたすら憧れのヒーローに恋する乙女チックなこともあり、たまには他の女性キャラにやたら優しくなったりもする。原作者の悪役に対する心象風景はどんなものだったのかなあ。

アンパンマンが大好きなまま大人になったファンの方々に、その辺りの解説をしてもらいたい物だ。

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高知の名物らしい

高知市の繁華街、帯屋町の路地にあるラーメン屋がずっと気になっていた。看板んを見る限りご当地ラーメンらしい。それでも牛もつという言葉が引っかかってしまい店に入るのを躊躇っていた。昼は行列ができていたりするのを見て、人気店なのだなあとは思っていたのだが。
ただ、そもそも高知県のご当地ラーメンとして、記憶にない。四国であればなんといっても有名なのは徳島ラーメンで、麺王国香川全体ではうどん屋が乱立している。愛媛はと言われると八幡浜ちゃんぽんだろうか。高知県となれば、やはり鍋焼きラーメンだろう……………

店内に入りメニューを見たら、やはりつけ麺推しの店らしい。ところが、お腹の調子を考えると麺をたらふく食べるつけ麺はちょっと辛い感じがする。ここは、いつものように定番んおラーメンを頼むことにしようと思って、普通のラーメンを注文したら、「中華そば」と言い換えられた。うーん、確かに中華そばと書いてあるなあ。この辺りが東西にある言語感覚の差異みたいな物だと思う。チャーハンと焼き飯、ラーメンと中華そば。この使い分けは名古屋と大阪の間のどこかにあるらしい。

細麺であっさり系スープ、チャーシューはちょっと固い昔風な作り、そえられた水菜が上品

あれこれ考えるうちに出てきた中華そばは、実に優しいスープだった。しかし、高知名物を食べに入ったつもりだが、注文したのは全く別物なので、やはりもう一回この店には来てみなければいけないなあ。

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サイボク エンタメ常識を超える

これは、まあ共闘範囲というかジョークの範疇だが
ウインナーソーセージのパック?に顔をだす勇気があるか?
これは限界を超えている?

見ていただくとわかるが、観光地でよく見かける穴あき看板だ。殿様や忍者やお姫様、たまには妖怪や怪物等の姿が定番だと思う。熱海に行けば金色夜叉の主人公気分も味わえる。そんな「劇団」っぽいものが主流だろう。
ところが、さいたまの誇るエンタメスポットでは、なんと食べ物に変化させられる。おまけに顔をだす穴の位置も、どうにも必然性が感じられない。「なるほど感」などかけらもない、突拍子もない場所に穴が空いている。
ぶたくんの鼻の穴程度であれば、なんとか許容範囲だと思う。おおまけに負けてソーセージの頭もなんとか我慢できる。しかし、カレーの箱の一角とか、コロッケの中心部となるとこれはシュールなアート?としか思えない。
サイボクとは、恐るべき現代アートの聖地なのかもしれない。

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もつ焼きやにて

もつ焼きには唐辛子ではなく、黄色い溶き芥子が良いのだ

池袋西口近くにあるもつ焼き屋は、なんとも不思議な形状で、奥の席にたどり着くには一旦店外に出て、店の隣にあるコインロッカーが並ぶ怪しい通路を通り、店の裏口から再度店内に入る。

その怪しい雰囲気とは裏腹に出てきたもつ焼きはボリュームたっぷりの肉肉しい逸品だった。焼き鳥ではなくもつ焼き屋なので、こういう代物になるのだろうか。

ただただ感心した。次回はソロ飲みでも行けそうだ。休日の午後、店内は満席だったが、確かに中年カップルのデート場所としてはよさげだった。池袋駅西口にはこういうディープな店が多いのだよね。そこに中国系の怪しい飲み屋が増殖しているので、まさにカオスな地域になっている。雰囲気的にはブレードランナーに出てくる怪しいアジア街的な……………

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サイボクに行ってきた

ぶごくごく個人的な意見だが、埼玉県が誇るべき文化施設はこのサイボクではないかと思う。自宅から車で20分ほどかかる。養豚と豚肉製品の生産を行っている。休日には大型駐車場が満車になるほどの盛況ぶりだ。

昔は製品の販売施設が工場に併設されているようなものだったが、年々規模が拡大して今ではレストラン、大型入浴施設、アウトドア施設などちょっとしたテーマパーク状態だ。
その施設の中央にあるフードコートというかファストフード施設で売っているのがホットドッグだ。コンビニで売られているいささか貧相なホットドッグとは異なり、ドーンと大型のフランクフルトソーセージが挟まれている。パンはフランスパン的な固い目の生地だ。
ホットドッグといえばマスタードとケチャップをたっぷりかけて……………と思うのだが、なぜかそれぞれが別売りと言われた。うーん、それはいただけない。某北欧大型家具店のようにトッピングとソースは盛り放題にしてもらえないものだろうか。とりあえず鉱物のケチャップは購入した。

ケチャップは二個にしておけばよかったなあと、後から悔やんだが仕方がない。このソーセージを楽しむためのホットドッグをゆっくりと時間をかけて楽しんだ。明らかにソーセージの質が違う。スーパーで売っているようなものとは、別格のうまさだ。これがおよそ500円。大きめのハンバーガーよりも満足度が高い。できればこのソーセージだけ買いたいものなのだがなあ。

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イツのものだろう?

古い居酒屋のトイレで見つけた張り紙。

この手の設備は昭和の中期に消滅したと思っていた。それがいまだに現役とは、すごいというしかない。

水洗トイレの貯水タンクがはるか頭上にある。確かに、これはレバーを引くと重力に応じて水が流れるというもので、合理的な仕組みだが、これのままではシャワートイレにはならない。
まあ、ともかく珍しいものにお目にかかった。個人的な記憶では、まだドリフターズが前世だった時代の遺物のような気が……………

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土曜昼に集う場所

餃子の皮より薄い気がするピザ 腹の足しににはならないが酒の肴には向いている

週末の昼下がり、土曜の昼過ぎに昔の仕事仲間たちと集まって、池袋駅西口の居酒屋に行った。いい歳をしたおっさんが集まっての飲み会なので、誰かに遠慮する話題もない。時の総理への悪口から、都市に跋扈する悪党どもの話などは可愛いもので、その先に待っているのは年金と健康の話になる。実はこれが話題としては一番嫌だなとは思うが、ほぼ全員の関心事でもあり話に熱が入る(ように見える)
外食関連企業に身を置いていたこともあり、若い頃は(笑)それなりに料理や原料の蘊蓄だったり、業界の浮き沈みのあれこれに夢中で情報交換したものだ。つまり役に立つ飲み会だったと思っている。ところが、最近ではすっかり仕事も関係なくなったせいか、この「有用」な話題が変わってしまっている。それが悲しいとしみじみ思うのだ。

週末の昼下がりに酒を飲みながらあれこれ注文するが、もはや出てくる料理への関心は薄くなりすぎて、適当な酒と乾き物(固いするめではなく柔らかいさきいかなどが望ましい)があれば、もうそれでいいのではないか。暑さ寒さの厳しい季節であれば室内が望ましいが、適度に快適な春や秋であれば、近くの公園のベンチでも良いかななどと、実に下方思考になってしまう。
まあ、高くて美味しい店に興味がなくなると、その行き着く先は公園か河原になってしまうのは、世の常(笑笑)なのでありますね。

この日職したピザという名のペラペラな食べ物は、それなりに美味いとは思うが、これはぼったくりのような気もしないではない。こんなものを食したせいで下方思考が強まったのかなと疑っている。

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自衛隊を考える良書あります

画像は出版元である新潮社サイトからの引用です。

初代の正統怪獣は映画で登場したGだろう。その後、テレビの時代になりウル○ラマンが退治する巨大生物や巨大化した異星人が怪獣族の主流になる。当初、Gへの対抗手段は超絶的なチート兵器などではなく、再建された陸軍、つまり陸上自衛隊が前面に立ち対処した。当然、巨大生物は生物学の常識を覆す存在であり、通常兵器などで対抗しうるものではない。その全く歯が立たない相手に、なんとか頑張る自衛隊という構図は、当時(1950-60年代)の自衛隊非容認論が吹き荒れる社会に対して、精一杯の存在の正当性を主張したかったように思う。
『俺たちは旧帝国陸軍のような横暴はしない、民を苦しめたりしない、兵士を粗末に扱ったりしない、合法的で道徳的な国民を脅威から守る武装集団だ』という悲鳴のようなものだったのではないか。
だから、圧倒的な力を振るう巨大生物「怪獣」に対して精一杯の奮闘を見せる。Gの大ヒット以降も、自衛隊は怪獣映画制作に対して協力的だった。次代兵装に変わる中で最新鋭の兵器を惜しげもなく映画の中に登場させてきた。(最近は自衛隊が活躍する映画がなくなってしまって残念)

ところがだ、テレビ番組で放映される怪獣映画は、どんどんと荒唐無稽な物語になり、出てくる怪獣に立ち向かうのは、科学特捜隊やら(ネーミングとしては警察機構の一部だから、内乱鎮圧程度の武装しかない)地球防衛軍やら(こうなると国際組織なのでビーム兵器などのとんでも武装がOKになる)になり、とうとう怪獣攻撃専門部隊まで生まれる始末だ。自衛隊の出る幕は無くなってしまった。

ハリウッド映画では、地球外生命の侵略に対抗して米国大統領自らが空軍戦闘機(F15もどき)を駆って神風アタックじみた攻撃をする。国軍が国防の主力なのだ。それとは異なり、自衛隊は怪獣映画から無用物扱いされてしまった。
それが平成になると二つのGシリーズにより再評価を受ける。カメ型Gの場合は、自衛隊を怪獣に対して戦力投入をするときの法的根拠という、面倒な仕組みに焦点が当てられた。怪獣による都市破壊、あるいは人喰い被害に対して、巨大な生物による事件とすると管轄は警察になる。(大型の熊を駆除するみたいなもので、熊が超大型化した事案と解釈する)
自衛隊が出動するためには怪獣による被害は「天災」の一部であり、生物的な災害事案として出動が要請されたのであり、防衛出動ではないという想定だ。あくまで戦闘行為ではなく、災害対応という建て付けだ。
ただし、この生物的災害に対し武力を行使するには……………というものだ。現行法の拡大解釈では難しくなる。地震や台風は被害を起こすが、それは自然災害だ。では、人を食う怪獣は、都市を破壊する怪獣は、自然災害にあたるのかという点をあえて無視する。
ただし、怪獣災害が続くと当然、あたらしい法制化が必要となり自衛隊の出動基準に巨大生物災害対策の名目が与えられる。まあ、それでも怪獣撃退の主力にはなれなかった。


もう一つの二足歩行型Gについては、シン・Gという新作の中で、限られた巨大生物対策可能な資源として自衛隊ではなく、なんとJRの列車を兵器化する。自衛隊の兵器を使用せずになんとか済ませたい。この辺りの感覚が現行の政府がやりそうなことだと、思わず頬が緩む皮肉たっぷりの見せ場だった。警察対応と合わせて自衛隊の出動が可能か……………となる。現実的には、Gとも話し合えばなんとかなる的な発言をしそうな野党の面々の顔が容易に想像できる。


そうした自衛隊出動の条件整備がエンタメ界で進んだおかげで(笑)、このコミックが出来上がったと考えると、現実を踏まえた仮想世界のシミュレーションとして面白い。作品内では当然ながら武力行使を行う自衛隊に対して、国内でもアンチの声が上がるが、海外からも日本の武装云々といちゃもんをつける国があり、仮想敵国(政治的表現としては防衛対象国というらしい)だけでなく同盟国まで激しく干渉してくる。
お話しの中では日本がなんとか怪獣対策に成功している間に、同盟国も仮想敵国も強烈な怪獣災害になす術もなく……………という、ざまあみろ展開になる。
自衛隊の怪獣退治もチート兵器ではなく、多少の時間を要するが既存の兵器体系からの延長線で、怪獣退治に特化した武器を開発するというストーリーだ。対怪獣兵器開発で日本が世界に先行する。まさに頑張れ日本だ。
いささか気になるのはこの作品世界で、圧倒的な英雄、ヒロインとして活躍する若き女性自衛官がスーパーすぎることだ。なぜか、彼女のいるところに怪獣が呼び寄せられてくる。

怪獣の出現プロセスも説明済みで、始末した怪獣の処理についても描かれている。(実は、これが怪獣映画で最大の問題点だと思うのだが、なぜか触れられることが少ない。倒した怪獣をどうやって解体・廃棄処理するのかという環境問題は放置されがちだ)
世界設定に関してもなかなか芸が細かいのだ。時代としてほぼ現代、ちょっとだけ未来ということで、超兵器も出てこなければスーパーマンもいない。全体的には自衛隊の特殊部隊が主導して、自衛隊全体で頑張る姿が描かれているが、政争の道具として自衛隊を使おうとする政治勢力もいる。(与党の中にいるのがリアルだ)
現実世界で与党の政治屋たちも、戦後の教育がとか、先の大戦の意義・正義などとポンコツな思想を撒き散らす前に、この本を読んで「自衛隊」とはどういう存在であるのか、国防を担う合法的な武装集団とはどうとらえ、どう取り扱うべきなのかを考える良い教科書だろう。

そう、この本は自衛隊を考えるのに間違いなく良書なのだ。そして、少なくとも、仮想敵国や同盟国を相手としての戦争を考えるよりは、怪獣相手の武力行使の方が思考実験として気楽に考えられるだろう。
ただし、巨大生ゴミ処理も忘れずに考えようね。大阪府での起きた死亡鯨の海洋投棄をめぐる問題を考えれば、今の行政組織(中央も地方も合わせて)の限界は簡単に気がつくと思いますよ。もし、東京都内で怪獣が倒されたら、首都圏三県ですら生ゴミ処理に協力しないはずでしょう。(福島の除染土問題で明らかですよね)おまけに、もし夏だったら山手線内全域が完全閉鎖だろうなあ。臭すぎて……………

全巻一気に読みがおすすめ