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日本の一番東で食べるラーメン

根室、納沙布岬。言わずと知れた日本列島の最東端だ。北方領土が返還されたら東の端はもう少しずれていく。現時点で民間人がいけない場所を含めれば、小笠原諸島の先あたりにある島が一番東の場所になるはずだ。ただし、最東端のポストとか、最東端の〇〇という言い方は、人が住んでいるところでなければ生まれないので、このポストはかなり長生きしそうだ。

そして、最東端ポストがあるのはこの土産物屋の東隣だ。したがって、この土産物屋は日本最東端の商店ということになるのかな? それらしきことは全く書かれていないが。

この土産物屋の西側の入り口に向かうと、なんとラーメンの暖簾がかかっている。つまり、日本最東端のラーメン屋・食堂というわけだ。実は、根室にある名物エスカロップを試す機会を放棄して、「日本最東端でラーメンを食べる」と思いついてしまったので、納沙布岬の駐車場に車を止めた後、あたりに散在する土産物、食堂などを物色した上で見つけたのがこの店だった。最初から食べるものは決めていたので迷うことはない。らーめん、それだけだ。

壁に貼ってあるメニューがシンプルでわかりやすい。ラーメン、カレー、いくら丼。ここでちょっとグラっときたのが鉄砲汁で、花咲蟹の味噌汁だ。これは経験的に、とてもうまいものだとしっているが・・・。しかし初志貫徹する。迷ってはいけない。

どうやら花咲蟹が豪勢に乗っているらしき「花咲カニラーメン」にも目移りするが、これは巷のラーメン屋によくある「全部乗せ」的なトッピング豪華番だろう。ベースのラーメンは一緒なのだから、やはりレギュラー的メニューの「オホーツクラーメン」にするべきだ。しかし、観光地だというのに、なんだかずいぶんリーズナブルなお値段ではないか。

オホーツクラーメンはシンプルな薄口醤油で、昔懐かし系の北海道ラーメンだった。わかめとふのりが乗っていて、真ん中にはチャーシューの代わりのホタテがトッピングされていた。どれだけの観光客がこのラーメンを食べたことだろう。しかし、この時は店内にいるのは自分一人だけだった。なんだかなあ、と思ってしまう。観光客が皆無というわけではないのだが、妙に目立つ高齢者カップルが何組かいるだけ。若い層は全滅。今の日本の観光地の風景なのだなと思う。
軽めのラーメンなので、ちょっと時間が外れていてもおやつがわりにするっと行けるような気がする・・・。しかし、客はいない。
納沙布岬で北方領土を眺めらラーメン、そしてアイスクリームというのは北海道観光の絶対定番だとお勧めしたい。

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根室駅でひとやすみ

根室駅に立ち寄ったのはこれが初めてだと思う。根室付近には二度ほど来たことがあるが、市内を通過しておしまいだった。若干の鉄分を含む身としては、やはり一度は見ておかなければいけない駅だ。それにしても最近気がつくことの多い、黄色い旧型の郵便ポストには何か意味があるのだろうか。

道東の鉄道の延伸については、JRの特急車内誌がたまたま特集していてお勉強になった。釧路港を核に石炭、硫黄、木材などの資源を積み出すためにすごい勢いで建設されたようだ。労働力は囚人頼りの時期もあったらしい。その釧路から根室にかけて伸びたのが花咲線。どうやら沿線の自然が素晴らしいようなのだが。

久しぶりに見た自動改札機のない改札口で、周りは「花咲線」のオンパレード状態。うーん、観光客だよりはわかるが、それならそれでもう少し情報整地したらどうかなあなどと考え込んでしまった。

夏休み前の時期ということもあり、ほぼ無人状態で、何やら映画のセットみたいな雰囲気で撮影が始まりそうな気配だった

それでも表側に回ってみると、座席にはソーシャルディスタンス表示がしっかりと貼ってある。今の日本の観光地は、ほとんどがこんな感じなのだろう。コロナ対策で役所の中にこもっていると、こんな光景を目にしたりはしないのだろうな。「祝!全通100年」はめでたいのだろう。ただ、このままでは110年を迎えられるのかを真剣に考えなければいけないぞとも思った。鉄道旅は好きなのだが、北海道に限れば鉄道より自動車移動の方が速かったりする。

根室名物といえば、納沙布岬に登る朝日、鮭と秋刀魚と花咲蟹かと、感慨に耽っていたが、そういえば昆布はどこに?と気がついた。昆布の絵らしきものが見当たらないぞと思ったが、どうやら波を表していると思しき白いヒラヒラしたやつが昆布を意味するのではないか。デザイナーさんの美意識では、黒い昆布はいけないようだ。
しかし根室駅の中には売店がない。駅弁を買おうと思っていたが、入手不可だった、どこか近くの土産物屋で売っているのかもしれない。駅前を見渡し土産物屋(観光センター)に入ってみたが見つけられなかった。駅弁マニアとしてはちょっと残念な根室駅だった。

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水沢観音でうどん 日本三代名物うどん?

2017年の記憶 #35 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

坂東札所巡りをしている時に聞いた言葉だが、札所巡りは何度しても良い。一度目は早く回ることに夢中になるが、実は1日1箇所くらいにして、そのお寺の周りを見物したり名物を楽しんだりとのんびり回るのが良い。それを二度三度と繰り返すことで、人生が豊かになるのだみたいな話だった。結願達成のお寺の住職さんの言葉だった。なるほどなあと思ったが、振り返ってみれば札所のお寺の周りが観光地になっている芭蕉は本当に少ないので、楽しみを見つけるのも大変だななどと思った。鎌倉のお寺はそれなりに観光地かしていた。浅草寺は例外的な大観光地だった。それ以外でとなると、この水沢観音くらいかなと思う。大駐車場があるくらいだから、観光地化していると言っても間違いではない。近くには伊香保温泉もあり、榛名湖もある。群馬県の中では群を抜いている観光地かもしれない。そして、その水沢観音名物が水沢うどんだ。

観音様をお参りをした後につるっといただくうどんは実にうまい。うどん屋は付近に数軒あるので、何度もお参りに行けば食べ比べもできる。うどんは透き通った表面が美しい。ツルツル系のうどんだから、埼玉県では一般的な武蔵野うどん、太くて硬くてもぐもぐ噛み締めるタイプとは全く違う。スルッと飲み込む感じのうどんだ。上州うどんが全部この系統だとは思わないが、洗練された感じがするのはちょっと意外かもしれない。大澤屋の名前はラジオCMで刷り込まれてしまっているので、水沢に行くとふらふらと吸い込まれてしまう。美味しいうどんだから文句はないのだが、あの大広間が満席近くになる程の客が集まってくるのがいつも不思議だ。ラジオCMの威力というのは意外なほどあるのだななどと、全く関係ないことを考えながらツルッといただきました。ちなみに、舞茸天ぷらはマストアイテムであります。

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古代統一戦乱の名残 吉備という場所で考えた

2017年の記憶 #34 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

日本の古い地名を見るとあれこれと思うことがある。九州でいえば筑前、筑後、つまり筑紫の国の全部と後部で、前がつく方が都に近いという命名則だったと思う。そして、この前後がつく場所、国名が大和朝廷の征服の証というか統一戦争の経過を示しているのだと思っている。現在の大分県あたりにあった豊の国、熊本県と長崎県に広がっていた火の国が九州の在来勢力で、熊襲や隼人と呼ばれた南九州勢はおそらく最後まで対抗していたので、国名すら無くしたような気がしている。中国地方では最大勢力はおそらく出雲で、当時のメイン海上ルート、大陸との交易路を押さえていて鉄器製造ノウハウがあった。出雲神、スサノオを自国神話に取り込まなければならないほどの強大な勢力だったはずだ。そして、吉備国は瀬戸内海上ルートを押さえる一大勢力だった。だから征服後は、備前、備中、備後と三国に分割してまで統治しなければならなかった。などと古代日本の勢力争いに空想を巡らせるのは楽しい。

こんなことを思うのも、神社の形が出雲や吉備国でずいぶんと異なっているからだ。神社の形は、古代ではその地方独立国の象徴みたいなものだから、統一戦争時の遺産みたいなものだと思う。吉備津神社の屋根は美しい。唐招提寺に代表されるシンプルで巨大という「外来思想」に支えられた建造物とはちょっと異なるような気がする。二つの屋根が描く曲線美は何か特別な象徴があるのだろう。おまけに吉備国には、「吉備神社」と「吉備津神社」がある。明らかに怪しい。戦国末期に東西分割された浄土真宗みたいな気配が濃厚だ。政治的配慮というか、宗教の政治利用だろう。桃太郎の国岡山県は、古代日本の統一戦の山場だったのではないだろうか。

本殿から続く回廊は、やはり宗教的な意味合いがあるようだが、建築物としては様式美の極みだと感じる。大和朝廷が西日本のどこかで生まれて西日本を統一した過程で、神社の様式もかたまっていった。ただ、その後の東日本制覇はまた別の展開で、その名残が諏訪や鹿島あたりの歴史ある神社に残されている。当時の主要交通路は陸路ではなく海路であったことを念頭に置いて色々と空想すると、旧国名に潜んだあれやこれやを楽しむ時間になる。関東北部の毛の国とか、北陸「越」の国とか、「安房」と上総下総の位置関係とか、「えみし 蝦夷」との抗争とか。東日本も古代浪漫の舞台なのだが、それはまた別の話で。

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北海道のうまいものは渋い居酒屋で

2017年の記憶 #33 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

北海道のシャコは春と秋が旬

全国ありとあらゆるところに地元産の料理を出すうまい店はある。いわゆる観光名物ではなく地元の家庭料理で、ご馳走というより日常食に近いものがうまい店だ。だから、そんな店は観光客相手というより地元客相手で長く商売をしているとことが多い。観光都市札幌にも「地元客+たまに観光客」的な店は何軒があるが、ちょっと手の込んだ料理を食べたい時に行く店がある。カウンターのガラスショーケースいっぱいに並べられたお惣菜というか酒の肴を眺めながら、あれこれ選ぶのが楽しい。夏前の時期に行くのであれば石狩湾で獲れる「シャコ」がおすすめだ。大ぶりで子持ちのメスがうまい。これを肴に飲む冷酒は、当然ながら北海道産「国稀」がおすすめだ。

落葉きのこ

北海道の短い夏が終わる頃に出回るローカルキノコに「落葉」「ぼりぼり」というものがある。落葉はちょっとヌメっとした感じで、特有の臭みがあるがそこがよいところだ。さっと湯掻いたものをなめこおろしならぬ落葉おろしで食べると、秋が来たなあという感じがする。子供の頃は全くうまいと思わなかったので、やはり人としての経年劣化のせいで味覚が変わったのだろう。

鱈の子

鱈の子を醤油で甘辛く煮たものは、秋から冬にかけてのうまいものだ。タラのシーズンが寒い時期なので、必然的に冬になると登場する季節商品だ。これを煮詰めると佃煮風になりご飯のお供2歳的なのだが、サラッと煮た時には酒の肴に最適だと思う。魚の卵はなんでもうまいと喜んでいるが、粒の大きなイクラやキャビアはやはりちょっと高級なので、タラコやトビコのような小粒な方が居酒屋向けということか。すけそうだらの卵も似たようなものだが、やはりタラコは真鱈に限る。チェーン店ではなかなかこういうものにはお目にかかれないのは仕方がないにしても、出てくるメニューが日によって変わるのを楽しみに通ってしまう。居酒屋の楽しみは、まさしくそこにあると思う。東京でこの手の店を見つけるのがなかなか難しいのは、東京の料理に思い入れがないからなのか。それとも、東京東部、下町側に通えば見つかるのか。その辺りを突き詰めてみたこともないが。東京のソウルフードは、案外と「もつ焼き」なのかもしれないななどと思っている。

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自衛隊の展示館で多分? 最強

2017年の記憶 #32 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

入り口にあるのはF86 セイバー

陸海空の自衛隊は、それぞれの広報展示施設を持っていて、自衛隊の広報宣伝活動を行なっている。陸上自衛隊は東京練馬駐屯地の脇にある「リックンランド」(まあ、ネーミングのセンスは横に置いておこう)で、大型特殊車両、つまり戦車を中心に展示されている。二階にはパネルなどの展示室もあるが、ここはもう少し展示する資料や見せ方を考え直して欲しいと思う。練馬の第一師団は帝国陸軍時代からのNo.1師団として精鋭部隊が置かれている。その辺りも含めて、もう少し陸上自衛隊のあれこれを宣伝しても良いのでは。特に災害支援の活動はもっと威張ってPRして良いと思う。
海上自衛隊は旧軍都呉にある「てつのくじら館」と佐世保にある「セイルタワー」がある。呉は潜水艦の艦体を利用した展示館で、隣が大和ミュージアムということもありとても目立つ。まさに「鉄ノ鯨」だ。潜水艦内のモックアップもあるので、これはかなりワクワクする展示だ。深海の潜水作業用スーツは、ほとんどロボットアニメの世界だ。佐世保は膨大な資料がパネル展示され、まともに読んで歩けば一日では読みきれないほどの物量なのが印象的だった。
そして浜松にある航空自衛隊の展示施設「エアパーク」だが、自衛隊の展示施設としては最大の規模だと思う。さまざまな歴史的航空機が展示されている様は、まさに圧巻だと言って良い。アメリカ合衆国ワシントンにあるスミソニアン博物館にも負けないのではないかと個人的には思っている。

ホンダが新設計でエンジン作ったら烈風を超える性能になりそう?

敗戦時に失われた帝国海軍、帝国陸軍の航空機を実機で見る機会は少ない。現在は全国あちこちで展示されている零式艦上戦闘機も、実は終戦後に占領された海外基地で鹵獲されたものが、しばらくたって返還されたのがほとんどらしい。戦後期のどさくさとは言え将来に備え各種機器を保存保管しようという官僚はいなかったということだ。ちなみに敗戦時に焼却廃棄された書類も軍機というより、軍が使った経理書類、つまり使途不明金帳簿みたいなものを優先処理したのだそうで、「官」の都合は戦前も戦後も変わっていない。
ただ、航空自衛隊は戦後に作られたこともあり、戦後に使用された機体はしっかりと残っているようだ。零式艦上戦闘機と、その後継とも言えるF1/F2を同時に見られるのはこの浜松だけだろう。実機の横に立てば映画で見るよりずっと迫力がある。飛行機好きだったら、絶対に行くべきだと思う。ちなみに、陸海空の3施設でお土産コーナーが一番充実しているのも、この浜松の空自施設だ。
個人的には陸自の売店をなんとかテコ入れして欲しい。あれでは昭和の寂れた観光地土産店にも負けている。戦闘車両の展示もジオラマ名人の指導でも受けて、もう少しメリハリつけて欲しいぞ。今のままでは中古車の展示場にも負ける。お願いしますよ。

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伊勢うどんとてごねずし 魅惑のお伊勢参り?

2017年の記憶 #31 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

日本三大うどんといえば、秋田の稲庭うどん、讃岐うどんまでは定番らしいが、その後に続くのが諸説あり群馬渋川の水沢うどん、富山の氷見うどん、ん長崎の五島うどんなどが挙げられるらしい。個人的には五島うどんが好みだが、関東圏であれば水沢うどんだろうか。武蔵野うどんは有名うどんの仲間入りはさせてくれないらしいのが残念だ。
そして、知名度だけは抜群で歴史も長いのが、お伊勢参りの参詣者をもてなしてきた「伊勢うどん」だろう。長くて太めのうどんを甘いつゆで食す、と書けばそれなりに期待ができそうなものだが、個人的な体験をいえば「日本3大がっかり名物」級のものだった。うどんに腰がないとこんな食べ物になるのかと、そこが1番の気づきで、あとは完食するのがとても辛かった。福岡のうどんも劇的に腰がないので、日本二大腰なしうどんに認定したいくらいだ。ただ、お伊勢参りに徒歩で長距離旅をしてきた人には、食べやすくて消化に良いから人気があったのかもしれない。何事も経験することは大事だ。

カツオといえば高知みたいな印象があるが、太平洋岸の黒潮流域はカツオの産地が多い。九州でいえば鹿児島や宮崎、そして紀伊半島から静岡、千葉、宮城と黒潮に乗って北上するカツオ・ストリームに沿ったカツオ港が点在する。高知沖を通り過ぎた鰹が伊勢志摩あたりでキャッチされると手ごね寿司という名物料理になる。高知のカツオ丼と比べるとちょっと甘めかもしれないが、カツオ大好き人間にとっては、なかなかの優れものに思える。千葉や宮城では、地場特産鰹の名物料理というのを見かけない。そもそも宮城では鰹のポジションはあまり高くないようだ。マグロの二段下レベルみたいな扱われ方だと思った記憶がある。(ちなみにマグロは宮城県塩釜の水揚げが国内トップクラスなので、うまいマグロにありつける)

やはりお伊勢参りに行った時には、手ごね寿司を食べ、おかげ横丁をぶらつき、赤福で甘味を決めるというのが良さそうだ。

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美形なダムに巡り合うのはたいへんだ

2017年の記憶 #30 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

ダム巡りを初めて、おそらく100箇所以上のダムを見てきた。最初のうちはあまり気にしていなかったが、美形なダムというものは確かに存在する。設計者の意図は極めて実用的な水資源管理のための建造物だと思うが、結果的に巨大建造物特有の美しさが生み出される。その造形美はダムの両サイドを固める山の連なりなどと調和してできるものだから、狙ってできるものでは無い。また、ダムの下側にダムを見上げる場所があり、そこから適切なアングルで見ないと、「美」を見つけることが難しい。東日本のダムを見てきた中で、おそらくこれが一番だというのが群馬県の山奥にある「奈良俣ダム」だ。

ダム建設の時には工事車両を通す道路が建設されるので、大体のダムには整った道が通じている。ただし、古いダムになると工事道路のメンテナンス状態が悪く木が覆いかぶさる山道というか悪路になっている場合もあるので、現地に着くまでは安心できない。この奈良俣ダムは、ダムまでの道はとてもスムースなのだが、その手前の山間部の道がちょっと大変だった。それでも長野県北部のダム工事道路よりは数段マシだった。山間部の町を抜けてダムに近づくといきなり見えてくるのがこのダム姿で、これはなかなか珍しい光景だ。大型のダム接続道路は大体が山の尾根近くを通り、川底に近い低地部分には繋がっていないことが多いからだ。このダム下部地帯は整備されて公園になっていたりキャンプ場になっていたりする。奈良俣ダムでは普通に道になっていた。
群馬県の新潟寄り、そして長野寄りには美しいダムが多い。行くのは大変な場所ばかりだが、行ってみればダムの美しさに惹かれると思う。自然と人工物の調和、みたいな言葉が浮かんでくる光景だろうと思っている。

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本場の讃岐うどん

2017年の記憶 #29 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

初めて讃岐うどんを食べたのは、まだ瀬戸大橋がかかる前でフェリーで高松に渡る頃だった。確か1時間ほどかかったような記憶がある。高松でフェリーから降りたところに立ち食いうどん屋があり、出汁の匂いが強烈だったのを覚えている。うどん県の洗礼を到着と同時に受けたということだ。翌日は仕事の合間にうどんを食べようということになり、連れて行かれたのが屋島の近くにある古民家風の店だった。ここでも店外まで出汁の匂いがあふれていた。

同行した知人が注文したのはタライうどんで、大きな木桶というよりタライに並々とうどんが入っていた。初めて食べた讃岐うどんはいわゆる釜揚げうどんだったことになる。うまそうという思いと、うどんだけでこんなに食べられるものかという疑問が湧き出したが、なんの心配もいらなかった。人数分に1−2人前追加したうどんを4人でしっかり平らげた。知人によれば、この店はちょっと高級店なのだという。値段を聞いて、讃岐うどんの高級店とはこんなに安価なのかとびっくりした。その後、郊外にあるうどん屋などに連れて行ってもらった時に、ようやくその「値段の高さ」が理解できた。郊外店のうどんが安すぎるせいなのだが、高級店のうどん一人前は東京の普通のうどんよりも安かった。

うどんのつゆは熱々のまま、おおきな徳利に入って出される。徳利が熱くて持てないほどだった。つゆは使い放題らしい。ネギや生姜の薬味も取り放題。普通であれば天ぷらやら何やらをサイドアイテムとして頼むところだが、この店ではうどんのみで問題ない。忘れてはいけないのがうどんを人数分より多めに注文することだ。人数分しか頼まないと物足りなくて、あとから注文することになるのは間違い無いから、多めに頼むのが定石だ。
結局、この店は高松に行くと必ず立ち寄る絶対定番の店になり、それ以外のうどん店の開拓にいささか邪魔なのだが(昼飯にうどんを二軒はしごする羽目になる)、それでも一年に一度は行きたいなと思う。支店を東京に出してくれないものだろうか。

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静岡での好物

2017年の記憶 #28 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

静岡県の諸都市は関西出張の通過点だ、とずっと思っていたが、実はこの店に行くのを目的に静岡に行ってもいいなと思う店がある。チェーン店のファミレスだが、関東一円にゴマンとあるファミレスとは格段の違いがある。これが、「一段レベルが違うよ」という実例だろう。個人経営の店では、確かに一段レベルが違うという店は多い。店主自らが細部までこだわり店を作り上げることは意味がある。繁盛店づくりの第一歩だ。しかし、チェーン店で求められるのは平均点で揃っていることであり、とても良い店とかとても悪い店を作らないことこそチェーン店の存在意義だとも言える。どの店も良くも悪くもないというのは、チェーン店経営にとっては褒め言葉だと思う。
ところが、その平均点が一段上になっているというのが、この店の素晴らしいところだ。意地悪な気持ちでどこかにダメな店があるはずだと何店も巡ってみたが、タメな店に出会うことはなかった。何年かのチャレンジで、すっかり脱帽した。本当にすごいです。
売り物はハンバーグとステーキで、最初はハンバーグだけ注文していたが、今ではハンバーグ+ステーキと両方頼むことにしている。どちらかにすると、美味しいものを食べ損ねた気分になるのが嫌なので、食べ過ぎでお腹が苦しいくなることが分かっていながら、やはり両方頼んでしまう。

店内に大きな看板?がぶら下げられているのも、なかなかみない光景だろう。しかし、コアなファンからすると、この看板を見て来月はまた来ようとか、フェアは両方とも試してみなければとかいろいろと考えることになる。お店の作戦にまんまと(それも喜んで)乗ってしまうことになるのだから、店内看板は重要だなと感心した。開店前から行列しているのも、こうしたコアなファン、リピーターに支えられているということだろう。
静岡県全県に展開している「さわやか」は、静岡観光の目玉にしても当然な「ご当地ファミレス」だと思う。