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岩牡蠣 探訪記

北海道 厚岸の岩牡蠣を超えるレベルかも 濃厚だった

隠岐島と聞くと、反乱を起こして負けた天皇が流された場所、くらいしか思い浮かばない。そもそも鳥取県、島根県といった日本海側にある西国にはほとんどご縁がなかった。仕事柄、何度か工場視察に訪れたことがある程度で、名所もよく知らない。出雲大社だけは何度か立ち寄ったことがある程度だ。
水木しげるロードの視察にいった境港で、ここから隠岐島に行くフェリーが出るのかと、初めて気がついたくらいだ。隠岐島に関しての地理的感覚、あるいは関心は極めて薄いものだった。
だが、ある時、これも仕事柄知った情報で隠岐島に関心ができた。隠岐島の牡蠣を拡販するために新型の冷凍設備を大量に使用していると言う話だった。これは特殊な冷凍設備で、磁力を使い牡蠣の中(牡蠣以外の食品でも)にある水の分子の方向を揃えて冷凍すると言うものだ。詳しい理屈は理解できていないが、水分子の方向が揃っていると、解凍するときに味が落ちないらしい。
この最新型設備を大量導入している事例として紹介されていた。生の牡蠣と冷凍牡蠣を食べ比べてもその差がわからないらしい。同じようにケーキなどを冷凍すると、やはり従来の冷凍物とは格段の品質差がある。その話を聞いて隠岐島の牡蠣を試食してみなければなあとおもった。もし本当に優れた冷凍設備であると納得できれば導入してみようと考えたのだが、その冷凍機一台がとてつもなく高い。どうしようかと散々迷った挙句に諦めたのだが、その時食べた牡蠣の味がどうにもすごかった。
冷凍でこのうまさなのであれば、生ではどれほど美味いのか、と言う疑問がずっと解決されないまま、随分と時間が経ってしまった。
長い前置きだが、その隠岐島の生牡蠣をようやく食べることができた。お値段はかなりのものだったが、確かに美味い。記憶の中にある冷凍物の味は、確かに限りなく生の牡蠣に近かったようだ。これで残っている人生の宿題の一つが片付いた。めでたし。


確かに、離島で優れた産物があっても流通の問題は大きい。時間的な制約もあるが、輸送コストの負荷もある。生と変わらない品質を守れる冷凍技術は、確かに福音というべきしろものだ。個人的には、あのときにケチって新型冷凍機の導入を諦めたことを本気で後悔した。まあ、ビジネスというのは失敗の数だけ伸び代がある、などと悟ったようなことを言うつもりもない。正しい教訓は、予算をケチったことによる失敗は取り返しのつかない大きさになる、と言うことだろう。

サッパリ系貝の代表であり好物 角のないサザエみたいなルックスだったはずだ

そんな不甲斐ない昔の自分を思い出しつつ、牡蠣に劣らずうまい白バイ貝の刺身を食べて、我が身を慰めることにした。美味いものを食べてほろ苦い気分になるとは、島根の夜はなかなかに厳しい教訓に満ちていた。

旅をする

みやげもの 雑感

因幡の白兎という言葉は、もちろんよく知っている。お話もうろ覚えだが、だいたい覚えている。その有名な昔話をそのまま商品名にしたものが、鳥取県の土産物で王者らしい。あちこちの土産物売り場で、この日本一という黄色い紙を見かけた。ある意味ブランドアイデンティティーが出来上がっている。
フランス製の高級アパレルブランド的なBIがなされているのだ。中身の味はどうあれ、これはすごいことだ。営業職の人たちは、相当頑張って売り場の見栄えを同一にすることにこだわっていると思われる。ご苦労なことだ、頭が下がるなあ。ちなみに因幡の白兎だが、出雲でも売られていた。鳥取と島根は合わせて一つの経済圏?という思想が観光業界にはあるようだ。
いや、ウサギを助けた神様がいるからという関連性なのかもしれない。だとすると、少し目線が上から………いや、優しい神さまの思し召しだろう。

もう一つ目立っていたのが、この風呂敷で包まれた菓子だった。名前もすごいが、売り方もすごい。大量に山積みにされていてグイグイ視界の中に迫ってくる。
おまけに、この大風呂敷(大)のほかに小サイズもあり、それが相似形のデザインをしている。大風呂敷(小)だなと思いついて、吹き出してしまった。小風呂敷では商品名にならないしなあ。
お土産といえばついつい大型(5個10個と入っている)で販売しがちだが、最近は家族も少人数、あるいは自分一人で生きているソロライフな客も多いのだから、数が多いと言うだけで敬遠される。自分のようなソロ旅をするヘビートラベラーにとっては、箱が大きいというだけで購入の選択肢から外れる。
だから、小サイズ(1ー2個入り)は売れ筋になるはずだが、なぜか土産物メーカー、土産物販売店はバラ売りの手間を嫌うようだ。その点、この大風呂敷(小型版)は実によく考えられている。

ちなみに、山積みの大風呂敷陳列の脇に、風呂敷の中身を見せてくれるサンプルがあった。これも実にわかりやすい。良いなあ、と思って眺めていたら、どこかで見たような記憶がある。思い出したのは甲府の信玄餅だった。
ただし、こちらは黒蜜ではなく「梨みつ」だそうだ。うーん、土産物業界の平行進化とみるべきか、それともインスパイアー系とみるべきか。ちょっと微妙な感じもするが。どちらかが元祖で、どちらかが改良進化版なのだろう。甲府と鳥取、両方を旅しないとわからないことではあるから、まあ、どうでも良いのだが。萩の月と、なんちゃらカスターみたいなものだ。
しかし、この売り方・見せ方は、やはりすごい。全国の土産物メーカー、販売店は鳥取に学ぶべきではないか(ちなみに島根でも似たような景色はある)と思った次第。東京駅や新大阪駅では見られない、豪華一点張りの世界でありました。

食べ物レポート

島根のパン その文化性は

島根県、鳥取県、どちらも人口が少ない県の代表メンバーだ。首都圏からはかなり遠いせいもあり、両県の知名度は決して高いとは言えないようだ。ちなみに人口は、鳥取県55万人、島根県67万人で都道府県別人口の最下位とその次に当たる。
ただ、人口が少ない県の特徴としてあげられることだが、県庁所在地が県の人口の半数を占めるほど集中化しているので、実は県庁所在地だけはそこそこににぎやかになっている。それなりに若い世代も多いので、駅前もは現代風の繁華街になっていることが多い。松江は歴史的な背景もあり駅前と、松江城付近の繁華街と合わせて二箇所はかなりの賑わいがある。駅前付近には全国展開するチェーン店が揃っている。


そんな地方中核都市で最近は駅前が意外と再開発されているのだ。地方都市は自動車移動がメインの交通手段で、バス・鉄道などの公共交通機関を利用するのは旅行者か交通弱者(高校生や高齢者)くらいしかいない。
古い街並みが残り駐車場が確保できないことで、自動車移動の客が駅前からはなれてしまい、商店街はすっかり寂れているというのが昭和後期から平成にかけての常識だった。それがどうやらじわじわ変化しているらしい。
例えば岡山では新幹線駅の脇にあった工場跡地を再開発し、超大型のイオンショッピングモールができた。この規模は従来のアーケード型商店街であれば全店をのみこむほどの大きさで、地方都市の商店街が丸ごと引っ越したような規模だ。
ところが、駐車場の整備ができると駅前だろうが郊外のバイパス沿いの立地だろうが客からすれば関係ないということで、平日昼間でも大変賑わっている。最近のイオンは大型店の出店ペースが落ちてきたこともあるが、どうも駅の近くに新店を開けることが多い。田んぼや畑の真ん中に、ドカンと聳えるイオンモールという平成の風景も変わってくようだ。
昭和の後半以降、駅周辺が寂れ切った後で、従来の店舗や雑居ビルなどが撤退した空き地が膨大に出現して、そこが駐車鵜や大型ビルの一大供給地となったのが原因だろう。駅前立地も地価が下がれば、車対応の商業施設に変身してしまう。立地戦略を見直す要因になる。時代が一周して駅前が「地代の安い土地」に成り下がったせいだ。

そんな地方都市の典型のような松江だが、実はずいぶん昔から駅近くに大きなイオンが出店していた。駅からはギリギリ徒歩圏だが、大多数の客は当然ながら車利用だ。ただしフードコードだけは高校生で占拠されている。彼らの移動手段はバスと自転車だから、駅前徒歩立地のモールは集まりやすいのだろう。
そのイオンで発見した大きなPOPに吸い寄せられた。どう考えても、このイオンの利用者は地元民であり、駅前とはいえ観光客は少ないだろうと思う。にもかかわらず「島根の味自慢」と書いてあるのだが、いったい誰に向かって主張したいのか?
ただ、旅行者である自分には確かに響いた言葉だった。このバラパンの存在は、全く知らなかった。バラパンという名前で思い浮かんだのはサバランだった。酒浸しの洋菓子で実は好物だ。言葉遊びでのようだが、語感が似ているからという理由で、商品名をサバランに似せてバラパンなのかと思ったのだが。(言語センスに問題ありだなあ)

なそのバラパンだが、んと山積みになっていた。観光客向けの量ではない。地元民が大量購入する類のものと考えても多すぎるくらいだ。他のスーパーマーケットでも、これほどの単一品種大量陳列は見たことがない。迷うことなく、ひとつ試しに買ってみることにした。旅先でローカルパンを試すのが大好きなので、このバラパンも味違いを含めて買い求めた。

こちらがオリジナルバラパンだ。包装の袋もシンプルで、なんの商品説明もない。島根県民だったら知らない奴などいないよね的にストロングスタイルだった。これと似た感じは岩手の福田パンだろうか。メーカーとしては、少なくとも他県民に知らしめる必要性は全く感じていないらしい。微かに見えるイラストでバラの一輪が散らばっているだけ。

味違いのバラパンも並んでいた。この包装はちょっとだけ親切だ。コーヒー味だということはわかる。ただし、生地がコーヒー味なのか中身がコーヒー味なのかはわからない。やはり島根県民であれば知らんとは言わせんぞ的な圧を感じる。

袋から取り出してようやくバラパンの意味が理解できた。形状がバラを模しているのだ。パンの中は白いクリームで、よもやこれがバラフレーバーかと思ったが、そんなことはなかった。甘さ控えめの昔懐かしバタークリームという奴だ。どうやって食べるのか分からず、とりあえず端からむしって食べてみた。段々と薔薇の花が小さくなっていく。子供が好きそうな食べ方だ。半分くらいに小さくなって、一気に上からガブリとかじってみた。まあ、食べ方は自由だろう。

翌日にコーヒー味を食べてみた。これは中のクリームが薄いコーヒー味だった。これもうまいものだが、オリジナルの白いやつの方がおやつには向いている気がする。

パンのネーミングは、それぞれに地域で展開するパンメーカーの特色が出る。全国ブランドであるヤマザキやフジパンの場合は、商品名が「なんちゃって系な造語」か、身も蓋もない中身そのまま説明しました的なものが多い。チョコメロンパンとか生クリームメロンパンみたいな感じだ。
だから、この「バラパン」という商品名にはうっすらとした色気というか文化が感じられる。言葉使いへのこだわりとでも言うべきだろうか。
滋賀県長浜のサラダパンのように、ルックスと中身の違いがギャップ萌えする人気パンもあるが、サラダパンとは名前がありふれすぎなのが残念だ。北海道や静岡、高知でひっそりと販売されているヨーカンパンは、これまた即物的すぎる名前だなと思うが、あんぱんやジャムパンと同レベルと思えば、それはそれで仕方がない。
だから、このバラパンという商品名は、ローカルパン業界の中で頭一つ飛び抜けた文化性を持っていると力説したい(笑)味ではなく見た目からつけられた名前は、一段とレベルが高いと思う。これに匹敵するのは九州のローカルパンであるリョーユーパン「マンハッタン」くらいしかない。すごいな島根。

あれこれ気になって、製造元を調べてみた。ご興味がある方へはこちらにリンクを貼ってます ↓↓↓

  https://barapan.co.jp/lineup.html

食べ物レポート

因幡国のすなば

テレビのニュースで見たことのある「すなば珈琲」に初めて行くことができた。スタバと語感が似ていることでニュースネタになっていたのだが、いざ鳥取に来てみるとすでに何箇所も支店が出ている。地域の有名店ではないか。
お江戸ではもはやすっかり消滅業手認定されている喫茶店だが、それに置き換わる形で拡大しているのが、スタバやドトールといったセルフサービス式の新型カフェだ。いまや代替し他業態の方が栄えている。盛者必滅という平家物語みたいな世界なのだ。
ところが、地方都市ではまだしっかり喫茶店が文化拠点として残っているところが多い。青森県弘前市は喫茶店の街だと自己アピールしている。尾張名古屋でも喫茶店は前全開バリバリだ。人口が少ない高知でも市内にはかなりの密度で喫茶店が健在だ。高知の味噌汁付きモーニングというのはなかなか楽しい。(残念ながらお値段は牛丼より高かったりするが)

さて、鳥取のすなば珈琲だが、これは非常に水準の高い喫茶店だ。喫茶店とカフェの違いは何かと言われると、ちょっと説明が微妙になる。個人的な定義を言うと、パフェがメニューにあれば喫茶店、ラテとかフラペチーノしかないのはカフェだ。なんちゃらマキアートのような限界突破した甘いドリンクもカフェの特徴で、ミックスジュースやミルクセーキのような懐かし系甘いドリンクは喫茶店のものだ。

そう言う意味で言えば、すなば珈琲は喫茶店というよりカフェだ。ただし、本格的な食事が食べられるという意味では、カフェではなく古典的喫茶店なので、どうも喫茶店とカフェの中間形態らしい。名古屋圏発祥のコメ◯珈琲や元ファミレス経営者が展開する首都圏郊外の高◯町珈琲にコンセプトは近い。アッパーな珈琲店は、サンダルばきで行ってはいけないような気がするのが特徴だ。すなばコーヒーはお気楽に入れるが、Tシャツ・短パン・サンダル(男性バージョンです、女性バージョンは分かりません、ジェンダーを意識しない場合は……………各自のご想像にお任せします)はちょっと恥ずかしいという感じだろうか。
店内は明るく落ち着いた雰囲気だが、QRコードでの注文もできるしデジタル対応もしっかりと進んでいた。(ここが喫茶店らしくない……………)

何よりコーヒの味が濃いめというのが良い。シアトル系コーヒーも味は濃いが、あれはどうも日本人向けのブレンドとは違う(単にノスタルジーだけで判断している)気がする。酸味が薄く苦味濃厚な、フレンチロースト系深煎り豆をたっぷりと使った珈琲が好みなので、極めて個人的見解であります。

好きな本を読みながら、グビリと飲むコーヒーは大きめのカップにたっぷりと入っているのが良い。マグカップではなくコーヒーカップだとなお良い。おかわりサービス(有料でも可)はぜひお願いしたい。できればお茶請けのように小さめのクッキーが一枚ついているともっと良い。
コーヒーに柿の種は合わないと思うが、なぜか名古屋圏ではおまけに豆菓子がついてくる。あれはあれでありがたいが、できればクッキーにしてほしい。
などなど、我が理想の喫茶店については細々としたお願い事項がたくさんあるので、この全条件を満たす店は存在しない。いや、かつては存在したが今では消滅してしまった。

美味しいコーヒーを飲み終わったら、カップの底からラクダが出てきた。ソーサーにあったラクダと同じ紋様だった。こんなところがちょっと気になるオシャレポイントだろう。すなばコーヒーが首都圏進出することを切に願っております。
鳥取県知事が、もし鳥取県立コーヒー文化供給公社を作ってくれたら、喜んで奉職いたします。

食べ物レポート

えきそば in 鳥取

旅に出たら駅そばを試してみようと思うことが多い。特に最近は、地の美味いものを探す気力もすっかり薄れているので(笑)、駅に降りるとついキョロキョロと立ち食い蕎麦屋や駅前のラーメン店を探している。残念ながら、駅前では立ち食いそば、ラーメン店どちらも絶滅危惧種というくらい減っている。代わりに蔓延っているのは、おしゃれなシアトル系カフェかベーカリーショップだ。
食の洋式化というより無国籍化が進んでいるせいだと思う。ベーカリーだろうがカフェだろうが、一番人気な商品は和洋折衷型に変容したものだ。抹茶ラテとかアンバターサンドが老若男女関わりなく人気なのだから、伝統的な食である蕎麦やラーメンが駆逐されるのも無理はない。
そのような個人的感慨はさておき、BS番組でローカル鉄道に乗って、駅周辺の麺類を食べ歩くというちょっと変わった趣向の旅ものがある。ローカル線に乗って酒蔵を訪ねるというのは某公営放送の人気コンテンツらしいが、そこをパクった?としか思えない。が、見ていて楽しいから良いのだ。酒好きで麺好きにとってはどちらも嬉しい番組だ。酒は飲まなければ味が想像できないが、麺は自分の過去経験を総動員すると、脳内で味の再現ができる。(と思っている)
都内の立ち食い蕎麦屋であれば、ちょっと時間を作って食べに行ってみることもできるが、この麺食い鉄道旅に登場する駅は実に遠い。簡単には到達できない場所ばかりた。青森県の津軽半島の先の駅だとか、四国の街外れにある私鉄駅だとか、中国地方の秘境駅近くのドライブインなどと、たどり着くには凄まじく難度の高い駅ばかりを番組では選ぶ。
その中でかなり印象に残っていたのが鳥取駅の「砂丘そば」だ。麺の印象よりも「砂丘」という言葉に引っかかっていた。

久しぶりの鳥取駅は綺麗に改装されていて、以前に利用していた駅舎とは全然異なっていた。新しくなった駅舎の隅っこの方にひっそりとこの店はあるのだが、中は意外と広い。立ち食いではなく座席がしっかり用意されている。
注文したのは、店名通りの砂丘そばだ。蕎麦は柔らかめ、つゆは甘い薄口で、おそらくアゴだしだ。西日本では標準的な仕様だろう。唯一砂丘らしい?のは、ご当地名物であるアゴ(飛魚)のちくわが乗っていることだ。これは実に歯応えのある竹輪で、魚の旨みが濃厚なものだ。
結論。なるほど、砂丘とは全く関係ないということがよくわかった。お江戸の立ち食い蕎麦屋で言えば、小諸そばとか箱根そばという地名をつけた店があるが、その地名に「鳥取」ではなく「砂丘」を使った点が、おそらく鳥取人のプライドみたいなものだと理解した。出雲で出雲そばといわず大社そばというようなものだろうか。(実際には、出雲そばと言っているが)
おそらく、お江戸でいえばスカイツリーそばだったりするのだろうし、千葉であればディ◯ニーランドそば(ネーミングライツだけで法的問題が起きそうだが)みたいなものなのだ。

普通に美味しい熱々のそばだった。従業員の方たちも親切だった。優しい味のそばと優しい人たちが、砂丘そばの中身ということだろう。満足。

旅をする

鉄道の旅を楽しむ方法

親世代のあこがれか

高知と岡山を結ぶ路線には「アン◯ンマン」のキャラ電車が走る。それも定時運行される特急だ。いつも高知駅ホームで西行きの特急待ちをする間、この赤い電車が止まっている。お江戸の私鉄でたまに走るコラボ系ラッピング電車とは異なり、こちらはいつでも走っている大定番の人気者だ。
そもそもアン◯ンマンは、エヴァン〇〇オンなどのキャラ界における新参者とは歴史が違う。JR東日本が好んでコラボする歴代人気キャラを見比べても、アンパ◯マンはウルト◯マンに匹敵する古兵で、これに対抗できるのは、青い直立歩行型猫ロボットくらいしかない。
個人的な見解だが(念の為に断っておく)今のアンパ◯マンファンは幼児ではなく、幼児を育てている親世代ではないかと思うほどだ。要は自分が子供だった時の思い出にどっぷりと浸り込む親世代が、自分の子供に対して共感を求めるという、なんとも微妙な構図だ。テレビアニメが開始されてほぼ60年が経ち、アニメ育ちの親世代はすでに三世代目に入っている。
冷静に考えれば、幼児向けキャラビジネスとは親と子の無限ループが続く、超安定ビジネスモデルではないか。もっと早く気がつけば、きっと違う仕事をしていただろうになあ。今更気づいても遅すぎる。(反省だ)
ちなみにこの列車を見て興奮している子供は見かけたことがないが、興奮している親はたくさん見た(笑)
とりあえずキャラ列車を探して旅をするのは、なかなかに楽しい。

最近月に一度のペースで仕事に行く漁師町の駅は、相当に写真写りが良い美人駅だ。赤い自動販売機がちょっと邪魔だが、この自動販売機は日本中のありとあらゆるところで風景写真に映り込んでくる悪者で、例の黒い嫌われ者「G」に匹敵する写真世界の無法ものだ。すでに現代日本の原風景化していると諦めるべきなのかもしれないのだが。

日本各地に伸びるローカル線では、こうした味のある駅がまだまだたくさん残っているが、その歴史的建造物に対してJR各社はリスペクトが足りない。文化遺産として、あるいは観光資源として利用しようという意識も薄い。すでにJR各社は鉄道事業から「旅客囲い込み周辺ビジネス」に軸足を移しているので、本気を出すのは駅構内の商業施設と駅周辺のホテルビジネスくらいだろう。この駅も無人化とともに譲渡対象?らしい。もったいないなと思う。

のり鉄にとっては憧れ?

駅舎からホームに行くには緩い坂道を登るだけで、階段を上り下りする必要もない。ホームの上から単線が伸びるのがよく見える。JRグループが春、夏、冬の時期に限定発売する青春18きっぷのポスターにはこんな風景が使われる。
日本国中にじわじわと蔓延していく「新幹線駅」では、旅情を誘う風情はならないだろう。東北北海道、上越、長野北陸、東海道、山陽、九州、各新幹線の駅を思い出して見ても、美しい駅と言えるのは金沢駅くらいだ。
それ以外の駅は1号東京駅型(大きすぎてよくわからん)、2号 仙台駅型(箱型駅ビル)の2形態しかない。新大阪、京都、名古屋、博多などは1号型で、広島、熊本、静岡、長野などが2号型といったところだ。今度できる(某退任知事のおかげでいつ出来るか今だにわからん………)新・新幹線はそもそも駅が地上にできるのだろうか。名古屋駅は深・深度地下駅になるはずだし。

撮り鉄 (非車両系)には美味な風景

ただ、ローカル線の旅をやってみるとわかるのだが、実際に車窓から見える光景の大半は山の中で、線路脇に見えるものは、木・木・木、たまに民家。そして、木・木・木・木・木。たまに一瞬だけ海、みたいなものだ。例外的なのは東海道周辺だけで、首都圏でも東京駅から30kmほど離れると(時間にして普通列車で1時間程度)、畑と木と山に囲まれる田園風景になる。
だから、こんな写真の光景を見たいと思えば、意外と簡単に辿り着けるので、わざわざ飛行機に乗って鉄道に揺られて2時間かけてきました………みたいな難航苦行をする必要もない。

ただ、この町には日本一美味しいカツオを食べられるという、おいしいおまけがある。崇高なミッションを持って旅をしたいという鉄旅上級者向けの場所なのだ。いわば美味追求の巡礼地であり、カツオ食いの聖地でもある。乗るだけではない鉄道旅の楽しみ方としてローカル線巡礼旅おすすめであります。

駅弁

駅弁の古典的名作

見た目は「桃」だよね

岡山といえば桃太郎と思うか、桃と思うか。それは人それぞれだろうが、個人的には岡山と桃太郎の関係性は大人になるまで(大人になっても)ピンとこなかった。桃太郎伝説に関しては、鬼ヶ島とはどこにあるのだろうとか、鬼とはどんな生物だったのだろうとか、子供の頃には考えもしなかったことが大人になってからあれこれ気になる。昔話を大人になって読み返したりすると、さまざまな「不思議」と「不自然さ」に悩まされることが多い。
金太郎は熊と友達になったはずだが、熊が人語を理解すると思えず金太郎学孫を理解できたのだろうか。それともテレパシーで意思疎通ができたのかとか……………
浦島太郎が竜宮城で過ごした「加速された時間」は相対性原理で説明がつく物理現象であるかとか……………

おまけに、これも大人になって気がついたのだが、どんぶりこと流れてきた桃をおばあさんが切る時に、桃太郎はなぜ桃と一緒に切られず、血まみれもならず無事に誕生?できたのだろう。桃太郎はオカルト的に不死身な肉体を持っていたとか、体表を魔法や超科学技術で保護していたのだろうか。あれこれ想像してみるが、やはり理解できない。岡山の人たちは、そういうあれこれが気にならないのだろうかと心配になった。

閑話休題。さて、その岡山に伝わる桃太郎伝説をモチーフにした有名駅弁がある。岡山名物のバラ寿司を駅弁に仕立てたものだ。容器が桃の形をしているが、これにはなんら必然性があるとは思えない。遊びと片付けてしまうにはお申し訳ないが、桃の形に実用性は全く感じられない。ただ、駅弁とは旅情を楽しませる一大要素でもあり、うまさを味わうとともに「旅をしている」という非日常感をもたらすことも重要だ。
となると、自分の家では絶対使わないであろう桃型容器(洗うのも面倒くさい形状)で提供されることの意味はエンタテイメント性しかない。「お楽しみ感」「ワクワク感」が狙いのはずだ。それは理解できる。良いお仕事をしていると思う。ただ、実際に列車の中で食べようとすると、この形は予想以上に持ちにくい。

ママカリの酢漬けがポイント

しかし、蓋を開けた瞬間、うわーといってしまう。彩り豊かで見た目が豪華だ。おかずと白飯が別々に詰められている幕の内弁当系と比べると、やはりこちらの方こそ見た目の豪華さがある。華やかだ。
ご飯の上に具材が乗っている丼系?の駅弁は数々あるが、この弁当はやはり華やかさで群を抜いている。丼系名作を三つほどあげると。山形の牛肉ど真ん中か、鳥取の蟹飯、秋田のとり飯になるが、そのどれも蓋を開けた時には全面同じ色という点で華やかさに欠ける。(味は抜群にうまいのだが)
その点、この桃太郎寿司は、見た目ゴージャス、味もゴージャス。形までゴージャスだから、日本駅弁界の至宝と言える。これに匹敵する名品は横川の釜飯くらいだろうか。

駅弁はコンビニ弁当などと比べるとコスパが悪いと言われる。鉄道オタク(乗り鉄)も鉄道運賃を捻出するため高価な駅弁は食わない派が多いそうだ。個人的には乗り鉄旅をするのであれば、新幹線に乗るのをやめて、その分を駅弁に注ぎ込んでも良いかなと思うのだが。ただ、残念なことに名物駅弁はすでに新幹線駅でしか買えないほどの絶滅危惧種なので、乗り継ぎのバランスを考えてお楽しみください。

街を歩く, 食べ物レポート

漁師町での居酒屋ライフ

新宿とか池袋に居酒屋で出てきそうな鉄鍋料理 うまいのだが漁師町では微妙な……

高知県の漁師町で友人と一杯やりに行く居酒屋で食べたのが砂肝だった。漁師町だから魚ばっかり食べるのかというと、そうでもない。商売柄、カツオを延々と食べ続けている人たちなのに、それでも飽きずに居酒屋でカツオを食べる、注文するの。
我が身を振り返ると、やはり居酒屋で鳥唐揚げとピザを延々と食べ続けていた。それと同じようなものかと思う。(最近は、ピザもとり唐揚げも全く注文しなくなった)
だが、どうも彼らはカツオを注文しても一切れ、せいぜい二切れくらいしか食べない。カツオ大好きな自分としては不思議で仕方がない光景だ。好きなだけ食べて良いと言われれば、カツオのたたき一本(こちらでは一節というらしい)、切り身にして十切れくらいはへっちゃらで食べる気が満々なのだ。
それでも、今回は遠慮してカツオは頼まないでおこうと、スバ議ものニンニク炒めにした。高知ではにんにくの葉をよく食べている。感覚的にはニラと同じようなものだが、にんにくの葉の方が肉厚で食べがいがある。今回はにんにくの芽だったが、これをにんにく葉で炒めてもらうと、より高知らしさが増す。

ミックスフライが予想外に美味かった ありがたしだ

それでも漁港なのだからシーフードにチャレンジだと選んだのがこれ。本日の地魚フライというメニューがあり、地魚とはなんだろうと興味を持って頼んでみたのだが、実は地魚と言いながらマグロが入っていたり(カツオと一緒にマグロも釣れるらしい)、一般的にはよく地魚扱いされるアジやサバが入っていなかったりで、魚の種類も聞いたのだがすっかり忘れてしまった。聞いたことのある魚と聞いたことのない魚が混じっていた、という記憶だけある。(飲み過ぎたとは思わないが、記憶力低下は間違いないなあ)
この魚ミックスがあれこれ面白かった。タルタルソースは自家製で甘めの味付けだったが魚フライにはよく合う。友人の説明によると、漁師町だから地魚は山のように取れるかと思いきや、網での漁はほとんどしていないので、よくイメージする小魚地魚は港のセリに出てこないそうだ。漁港といってもカツオに特化した専用漁港ということらしい。
伊勢海老もよく上がるそうだが、この町で食べたことはない。機会があれば地物伊勢海老を食べてみたいものだが、居酒屋で注文できるものだろうか。どうも大都市に向けて全量放出され、地元には1匹も残っていないみたいな気もする。
その時は、大将ご自慢のもつ煮込みで諦めるしかないかも、と思うとちょっと残念な気分になってきた

旅をする

国宝の城 文化の極み

日本に残る城は(正確には城跡は)数万とも言われる。廃城になった後、草木が茂り山に帰ったような場所が大半だ。そんな場所でも現地に行くと、堀の跡などが地形に残っていて、ありし日の姿を思い浮かべるというリアル+バーチャルな体験を同時に行うのが、城マニアというオタク界の一角を占める勢力の独自な楽しみだ。
その在りし日の姿を思い浮かべるには多少なりとも専門知識があった方がよい。最低知識として戦国前期から江戸時代初期にかけて、最も先頭的な時代に進化した築城術の理論だ。例えば石垣の石の積み方で、最初はそこいら辺に転がっている石をパス流のように組み合わせて石垣を作っていた。それが時代が降るにつれ、石を整形してより頑丈で、より攻めにくい形に変えていった。
自然の石は凸凹しているので、よじ登る時の手がかり足掛かりが豊富だ。それを整形して平面加工すると、よじ登ろうにも手がかりがない。そんな仕掛けがどんどんと進んでいったのが戦国末期の城で、完成系は戦国時代の学習が最大限に生かされた江戸城だろう。
そして、西国に多く残されている築城された当時そのままの城で、ダントツの美しさを誇るのが松江城天守だろう。勇壮さで言えば松山城だが、城としての景観として評価するのであれば、松江城を推したい。
これに匹敵するのは、長野県の松本城、そして姫路城くらいだ。これ以外の「大きな城」は、ほぼ全てが戦後に復元されたもので鉄筋コンクリートの耐火建築物だ。見栄えは良いが中身は別物よ、ということになる。ハリボテとは言わないが、城の外見をよそおった歴史オマージュとでもいうべきだろう。

松江城の美しさは、広い堀に隔たれた小高い丘の上に立っている城というフォトジェニックな構成にある。そもそも城の目的は、そこに立てこもり防衛戦を行うという純軍事的なものであったが、戦国後期以降は領地拡大で大規模経営に成功した地方の覇者が、領民や配下の武将に対して威圧的効果を持たせることが主眼になった。織田信長の岐阜城から安土城への引っ越しが、その転換を表す好例だろう。松江城も、その例に従って支配者の権威を知らしめるという目的が主だったようだ。

石垣に使用される石も、人の背丈を超えるような巨石を使うことで、「俺の殿様はこんな大きな石を運べるほど、力がある(人を動員できる)のだぞ」と威張ることができた。大阪城や江戸城では高さが3mをこえるような巨石がたくさん使われている。重機のない時代に人力だけで数tを超える巨石を運搬し加工するのだから、それはピラミッド建設みたいな大量動員工事だったのだろう。
ちなみに、大阪城は秀吉が作った巨大城は一度完全に埋められてしまい、その上に徳川家建造の大阪城が上乗せされたので、現在見る巨石も徳川家による大量動員建設だった。ただし、埋められた豊臣製大阪城の方がはるかに大きかったらしいが。

城を見にいっても、ついつい気を取られるのは石垣で、店主の中にはあまり興味がない。ただ、たまに内部に入るとほとんど垂直に立ち上がっている階段というより梯子がしんどい。登るのは良いが下りの時に足を滑らせたら酷い目にあうという恐怖心が、ついつい躊躇いになる。保存状態の良い城ほど中の移動は危ないのだ。暗いし……………。滑るし……………。

あいにくの曇りだったが、やはり日本有数のフォトジェニックな城だ。青空を背景にすればもっとバエルだろう。この美しい城に江戸期有数の茶人領主が住んでいたというのは(厳密には城の中に住んではいないはずだが)、なんとなく理解できる。
この街は現代日本では首都東京から離れた日本海沿岸の地方都市だが、古代から江戸期までは大貿易航路である北方航路を抑える主力都市だった。日本海沿岸に文化都市が多いのはその表れなのだ。京都という文化を消費するだけの街より、その伝播先で経済と文化を融合させた日本海諸都市が時代を率いていた。
戊辰戦争の後、東京という新興都市、成り上がり者の街を偏重する時代が始まったが、それはそろそろ終わりになっても良い気がする。松江からその動きが起きてこないかなあ。

食べ物レポート

ご当地おでん in 松江

松江おでんがどれほど有名なのかはよく知らない。出雲そばほどの知名度はないような気がする。それでも、この優しい味のおでんはなかなか記憶に残る。今回も久しぶりにおでんの名店を再訪した。
松江の街は松江城、県庁付近を中心とする旧市街と駅前を中心とした新繁華街に分かれているようだ。その中間を川が流れているので、川を挟んで南北に飲食店や飲み屋が固まっている。このおでん屋はその川沿いにあるので、よく言えば中間点だし、悪く言えばどちらからも遠い場所になる。結論から言うと、目的来店をする店、わざわざこの店にやってくる客が集う店と言って良い。
カウンター席に座ったが、従業員と客の対応を見ていると、やたら常連比率が高い気がする。

さて、松江おでんだがその特徴は………よくわからない。おでんの具は地方によって随分と異なる。食べ物界で言えばおでんはラーメンよりも自由なローカル・ルールで生きている。なんでもありだ。
お江戸で人気のちくわぶという粉物具材(魚の練り物ではない)は、西国には存在しない。北海道のおでん屋ではワカメがあったが、全国のおでん屋の中でワカメを見かけることは少ない。がんもどきはおでんの絶対定番だと思っていたが、がんもどき自体が存在しない地域もある。さすがに豆腐はどこでもあるが、はんぺんをおでんの具材に使うかどうかはやはり地域差があるようだ。今回の一番推しは「筍」だった。これは、うまいものだなと感心した。
出汁は甘めで色も薄い。昆布とアゴだしを使っていると思うんだが、これは西国の日本海側ではほぼ標準的な組み合わせのようだ。
大阪のおでん(関東炊きと言われるもの)も、西国版おでんとして色は薄いが味は濃厚だった。それと比べると、松江おでんは明らかに薄味、甘めの味付けだった。

追加の料理でイカの煮物を注文してみた。どうやらおでん出汁で煮込んだ気配がある。これも醤油で真っ黒になる程に煮込んだ関東風煮物を見慣れている目からすると、やたら新鮮に感じる。イカでも上品なルックスになるのだなあ。

最初に頼んだタコだが、これだけはおでん鍋の中で仕上がっているものではないようで、注文後の調理になるらしい。串に刺さったタコの足は柔らかく、これまた上品な仕上がりだった。しかし、このサイズの足ということは随分と小ぶりなタコなのだな。

カウンター席は川に面している。夕暮れ時の光景はなかなか風情がある。これが、陽が落ちた後であると、もっと飲み屋的な情緒がますのだろうなあ。ちなみにこの店の前にはバス停留所があり、飲んだ後に駅までバスで帰ることができる。超便利スポットだった。ありがたや。