Blog

旅をする

橋を見に行った

錦帯橋は一度来たことがある。ただ、出張の途中でちょい見しただけで、滞在時間1分でしたみたいな感じだった。今回はしっかりみてみようと思ったのだが、なんと橋を渡るには入り口で入場料を払う仕組みになっていた。前回は車移動だったし、なんの下調べもしていなかったす、おまけにちょっと立ち見しただけなので知らなかった。あるいは、有料システムに変わったのは最近なのかもしれないが。
橋のほとりから川の流れを見てみた。穏やかな流れだが、川はそれなりの幅がある。橋がなければ船で渡るのも苦労しそうな川幅だ。冬の時期だから水量は少なめのはずだから、夏になれば河原がもっと狭くなっているに違いない。

橋を渡り始めると、大小のアーチ橋が続く。登りはちょっとしんどいくらいの勾配だった。川という自然美と橋のアーチという人工美のバランスが良いなと思う。浮世絵に描かれた景色は現代日本で失われて久しいが、それでもまだ自然と人工の調和が保たれている場所は多く残されている。そして、ここは江戸時代から続く調和美の老舗なのだ。

橋を渡りつつ下を見下ろすとわかるが、川床が石で敷き詰められている。なるほどなと感心した。自然の川では、土台を固定するためにそれなりの技術がいる。洪水になった時には橋の土台が流木などで破壊されたり、流されることもあるだろう。
川床を石積みでに整地した上に橋が建てられているから何百年も長持ちするのだな。現物を見て初めて分かった。

少し先を見れば波立っている箇所がある。あそこは堰になっているのだろう。何段階もの流速調整の仕掛けができているようだ。人工美には高い技術の裏付けがあるのだった。ここでふと気がついたのだが、今まで通り過ぎていた名所や旧跡にも、こんな隠された見どころや視点があったのではないか?
何だか人生でものすごく損をしてきたような嫌な予感がし始めた。これはいけない。もう考えないことにする。それでも、これから見るものには正しい目を向けていくことにしよう。名所を見てつまらんなどと一言で片付けることは二度としないようにしなければ。反省は大事だ。

歴史的人工美の後、いきなり現代日本のお下品さというか商魂のたくましさに遭遇した。テレビ番組の宣伝かと言いたくなる店頭ファサードだが、ソフトクリームの種類がとても多いらしい。基本的にソフトクリームは一台に2種のフレーバーを入れる機械が主流だ。何十種類もフレーバーを変えるということは、店内にずらっとアイスクリームマシンが並んでいるのか? などと食べることより、技術的興味の方が先に立つ。うむ、厨房の中を覗いてみたくなる。
ただ、この日はあまりに寒かった。ソフトクリームを凍えながら食べるというのは、自分の中にない発想だ。なので、試食は断念した。

もはや全国の観光名所には必ず配置されているご当地キャラは、ゆるキャラと合わせて観光名所の鉄板的存在だろう。地元のデザイナーやイラストレーターの活躍の場にもなっているようだし、これは素晴らしい現代芸術と考える。クールジャパンってこういうことではないでしょうか。と、政治屋の皆さんには一言申し上げたい。金の使い道を自分の頭で考えなさいよと。パーティー券売った金でキャラ育成の支援でもしてみたら、若い層の票がある丸かもしれないよ。

さて錦帯橋のお嬢さん?のポスターを発見したのだが、お名前が書いていない。ネットで調べてみた。命名は昨年秋のようで「美橋とわ」さんというそうだ。美しい橋が永遠(とわ)に続くようにという意味合いらしい。良いなだなあ。できればご当地アニメを制作して、ワンクール分くらいネット配信するというのはどうだろうか。今後の活躍に期待しましょう。

食べ物レポート

昼食難民は都会だけはない

食べた限りで言うと 高知の卵焼きは甘いが好みだ

高知県中西部にある中土佐町という港町に、最近足繁く通っている。日本全国どこでも起こっていることだが地方都市では人口減少と高齢化が凄まじい速度で進んでいる。その影響はあちこちに出るが、一番困るのは「昼飯」を外で食べる人が減るため飯屋がなくなっていくことだ。
コロナの落とし子と言いたい閉店ラッシュと従業員不足による定休日が普及してしまい、街によっては飲食店が月曜とか水曜に一斉休業する。その日は、飯を食べる場所がない。あるいは開いていても、その一店に客が押し寄せるためとても混雑している。
ランチ難民は大都会のオフィス街だけで起こるわけではないと思い知った。となると、お助けになるのは弁当なのだが、実は小さな町ではコンビニの数が少ない。そのコンビニに、どうやら町一番の大企業である「町役場」の方達が押し寄せるらしい。

カツオ飯 店によって味付けは全然違う 食べ比べるとおもしろ

なので昼飯用の弁当を買うには、ちょっと離れた道の駅に行く。道の駅だから、当然ご当地名物のような弁当もあるが、そこはあえて唐揚げと卵焼きという定番おかずにプラスして高知名物「カツオ飯」を買ってみた。
カツオ飯は、醤油味の炊き込みご飯だ。鰹を甘辛く煮たものをベースにして白米に混ぜ込み炊き上げる。生姜味が効いているので意外とさっぱりした仕上がりになる。旅行者にはご当地感あふれる良品だろう。美味しくいただいた。
昼飯はこれで十分な気がする。ちなみに、我が友人の普段のランチは、自宅に帰ってサラサラと食べるのだそうだ。さすが,食住接近しているとそういう「ウルトラC級」の離れ技を発揮するのかと感心した。

須崎名物 鍋焼きうどん 出てきた時はぐつぐつ煮えていた

翌日も依然として昼食難民が続き、今度は隣町まで遠征してみた。だが状況は余計酷かった。隣町はその日ほとんどの店が休業だった。ということで、また道の駅(隣町)に助けを求めた。ただ、弁当ではなくご当地名物の鍋焼きラーメンを食べることにした。
鍋焼きラーメンは実に美味い。それに合わせて感動したのが、付け合わせに付いてきた大根の古漬けで、これぞ昔の沢庵漬けだと感動してしまった。(厳密に言えばちょっと違うかもしれない)
発酵臭があり塩味もキツく歯応えは相当なものだ。しわしわでガシッと噛み締めるがなかなか噛みきれない。これは、よいなあ。こういう漬物でお茶漬けサラサラみたいのも昼飯には向いている。(当然、そんなメニューはないのだが頼めば作ってくれるだろうか)

鍋焼きラーメンはあっさりスープと細めのちぢれ麺だった。具はちくわと鶏肉。ただし鶏肉は鍋の底に沈んでいるので、よーく探さないといけない。個人的には鍋焼きうどんより鍋焼きラーメンの方が、数段美味いと思う。どちらにしても、二日とも昼飯は道の駅に助けてもらった。ありがたしだ。

スナック Londoner 特別メニュー なんだか気分は深夜食堂だった。

その夜、今度はランチ難民ではなく夕食難民になりかかった。火曜・水曜は居酒屋休業日らしい。それでも、やはり友人がいるのはありがたいもので、その友人の店で飲んでいたら居酒屋並みの料理を用意してくれた。おまけに締めは、漁師のラー油を使った焼きうどんを五人前くらいの大盛りにしてくれた、感謝感謝だ。
田舎町の昼、夜飯難民になっても、友人がいればなんとかなるという人情話のオチでした。

旅をする

高知 3景

高知駅改札口を入ると階段でアンパ◯マンチームがお出迎えしてくれる。ただ、この階段アートはおとなの視点だと、ちょっと高すぎて顔がしっかりと見えない。おそらく小学生以下の子供であれば、その身長からくる視点の高さがちょうどになるのではないか。ちょっと見上げる形でしっかりとキャラクターの顔が見えるのだろう。
ホームに上がるとテーマソングもかかっている。キャラクター・デコ列車は岡山発だが高知駅で停車している。なんとものどかな景色だ。
JRグループで四国と北海道は単独での生存が難しい状態になっている。稼ぎ頭の新幹線がないということもあるが、基本的にローカル線の客数が足りなすぎるということに尽きる。乗っている乗客は、地元民であれば交通弱者である高齢者と学生しかいない。となると外来者、観光客をジャンジャン乗せる仕組みが必要になる。子供向け列車はソロ観光客ではなくファミリー層を対象にするので、動員数の水増しが可能だ。まさに、アンパ◯マンは比較的小さい子供向けのキャラだし、うってつけの人気者だろう。

鉄道を廃線にしてバスに変えてみたところで、バス路線も維持できないほど地方の公共交通は弱っている。やはり観光客誘致が優先課題なのか。
東北では震災後に鉄道路線を改良してバスを走らせるようにしたBRTが新しい試みだが、これを喜んでいるのは「乗り鉄」くらいのものだろう。もう少し対象を広げることはできないか。いちばん効率良さそうなのは熱い(厚い)支持層がいるアニメキャラとのタイアップだが。完全自動化運転が当たり前の時代になると、鉄道路線は一種の高速道路のようになるので、鉄オタ、アニオタ向けに特化した再生が可能かもしれないなあとホームで考えていた。

高知名物田舎寿司は、作り手によりさまざまな変化があるようだ。いつも買うのは日曜市に出ているおばちゃんたちの店だが、スーパーなどの食品売り場ではほとんど見かけない。気になってイオン高知まで出かけてみたが、あのローカルネタ大好きイオンも、これには手を出していないようだ。トッピングに使われるミョウガとか筍がなかなか乙な味なのだが。酢飯にゆず果汁を使っていると、これまた爽やかな野菜寿司という感覚が強まる。
お江戸の寿司屋もお勉強に来てみれば良いのになあと思う。回転寿司チェーンの社長も食べてみれば新しいメニューが思い浮かぶかもしれない。自分の好みは薄焼き卵で巻いた巻物だ。

「土佐のおきゃく」開幕中にアーケード商店街に設置された畳とこたつ。日中はほぼ満席だったが、夜になると誰もいなくなった。おそらく飲むのをやめたわけではなく、飲み屋の営業開始でそちらに移動して行ったのだと思う。確かに、夜はこたつがあっても路上飲みは寒いからなあ。強者どもが夢の後、という寂弱感が漂っておりますねえ。

旅をする

カツオの町であれやこれやを思う

いつものカツオの町で、いつもの魚屋さん直営昼飯屋で切り立ての刺身で丼飯を食らうことになった。この店の注文システムは簡単で、まず魚売り場で食べたい魚、刺身を選ぶ。当然お目当ての一品は、その日の朝セリにかかった新鮮なカツオだ。その日の気分で叩きにするか、刺身にするかを選ぶ。カツオ以外にも、その日のおすすめ魚が刺身になっている。我が好物のウツボのたたきも並んでいる。
あとは、丼飯と味噌汁のセットを頼み食券(魚の番号)をもらう。名前を呼ばれたら、魚屋向かいの食堂に入り席につき、ご飯券と魚券を渡す。丼飯が来たら、ガツガツと食べる。満腹になり大満足する。以上だ。

この刺身売り場の横に、カツオの刺身製造における副産物、ちちこ(心臓)とはらんぼ(下腹部下の皮身)も売られている。どちらも焼いて食べると美味い。普通の魚屋には流通しないものだが、大量に鰹を捌いている店だけに、ちちこもハランボ新鮮なまま手にはいる。焼いて食べると美味い。間違いなく珍味だ。多分、この魚屋食堂の常連になれば、頼めば焼いてくれると思う。ただ、この量を一人二人で食べるのはなかなかしんどいだろうなあ。

今回のカツオは刺身だった。ちなみに魚を選んでくれたのは地元の友人で、刺身のコンビネーションは全くのおまかせだ。魚の名前も聞いたが、覚えきれない。地元の魚であることは確かだ。この店でアジとか鯖といった、一般的な魚の刺身を食べた記憶はないのだが、あえて友人がそういう普通の魚を選んでいないのかもしれない。この辺り、おまかせきりで怠慢の極みだと反省している。
食堂の待ち時間の間に魚を見ていたらオナガダイが並んでいたことがあった。次回はそれがあるか聞いてみよう。オナガダイはとても美味い魚だと、和歌山の漁師と知り合いになった時に教えてもらった。一、二度食べた記憶はあるのだが、味をさっぱり覚えていない。

次の日、朝イチのセリに連れて行ってもらった。魚のプロたちが十人くらい集まってカツオの前でゴニョゴニョ言っている。よくテレビで見かける威勢の良い大声での値付けがあるのかと思っていたから、なんとも拍子抜けしてしまった。
大きいカツオは一匹単位でせりをするらしい。10kgのカツオから、刺身は5kgくらい取れる。高知のカツオ刺身一人前は100-120gらしい。だからこの1匹がおよそ40-50人前になるようだ。

小ぶりのものは一匹ではなく箱売りになる。同重量のものが5-10匹程度カゴに入った状態でセリになる。この日はセリ値が高いとのことで、友人は入札しなかった。確かに値札がついているわけではないので、その日の参加者がどう考えているか、思惑で値段が決まる。

魚市場の裏に停めてあるカツオ船の横に行き、船の様子を説明してもらった。友人はカツオ船で一本釣りをしていた元・漁師でカツオのプロだから説明が細かく丁寧だ。話を聞けば聞くほど、別世界の感じがする。ただ、今では早朝に船を出して、早ければ夜には帰ってくる近海漁業に徹しているので、それだから釣りたてのカツオがセリに出るのだそうだ。
美味い鰹を食べるには、やはりこのカツオの町、中土佐町久礼に来るしかないのだなあと改めて思い知った。

街を歩く

葉牡丹 テレビのせいで難民化

高知の愛すべき居酒屋で、軽く夕食にしようと出かけたのは日曜の夕方、それも早い時間だった。ソロ飲みする時はピーク時間をうまく外すのがコツだ。早めにいって混み合う頃には帰れのがベストだろう。
混み合ってくると食べ物の注文が多くなり、出てくる時間が遅くなる。ソロ飲みする時は注文数は少ないが、お腹の都合に合わせて一つずつ注文することになるので、時間差が出てしまう。その対応が、ピーク前に行くということだ。ピークが終わった後に行っても良いのだが、その時はお目当てのメニューが売り切れてしまったりする。
今回は、タコ酢から始めることにした。イカ刺しにタコ酢は全国どこでも同じ味だといっても間違いない。タコの大部分ははるかアフリカからの輸入ものだ。国産のタコなど瀬戸内の港町や北海道の沿岸部くらいでしか楽しめない。タコ好きだかブランドだこをありがたがるほどのこだわりもない。ちょっと厚めに切ってあり、酢がきつめであれば「我が愛しいタコ酢」と言える。

そのあとはいつもの定番、串揚げ盛り合わせにした。串焼き盛り合わせの方も捨てがたいが、その日の気分であ「揚げ」と「焼き」のどちらかを選ぶことにしている。ソース2度づけ禁止の串揚げはすっかり全国に広がって、居酒屋定番メニューとなったが、串揚げのネタは店によって微妙に変わるのが楽しい。
定番はエビと豚肉だと思うが、こんにゃくとかうずらの卵とか、時に胃はびっくりさせられるものが混じっている。ソースの味を堪能するなら、やはり焼きそばより串揚げだろうなあと思うのだが、ソースの味も店によって微妙に変わっているから、ソースこだわりの人はもう少し厳しい判定をするのかもしれない。

そして、そろそろ締めにしようかと思っていた時、何やら座っているカウンター席の周辺が忙しくなった。自分の右側の5席が空席のままになり、カウンターで予約客が来るのかと思っていた。
ところが、酒も飲まないまま通路をうろうろする人間が現れ、店主との会話が聞こえてくると、どうやらテレビ版ぶみの撮影が入るらしい。そのスタンバイのタイミングでもこもこと店に入ってきてしまったようだ。
やれやれ面倒なことになったと思っていた。さっさと飲んで帰ろう。撮影のガヤにされるのは真平ごめんだ。おまけにVTRが回り始めたら、勘定して帰るのも難しくなる。なんと、本日の主演者が座る席はレジの真ん前なのだ。
などと考えていたとこで店主が「お兄さん、気にせずゆっくりしてってね」と声をかけてきた。ご好意はありがたいが、窮屈な酒が嫌でソロ飲みしているので、一気に注文した品を平らげ退店することにした。
酢豚の一気喰いをしたのは生まれて初めてで、食べている最中に汗が出てきた。
そんな慌ただしい中、主演者は高知生まれの居酒屋愛好家だという話が聞こえてきた。うーん、高知生まれなんでしょう?もうこの店何度も来てるでしょう?なんで、今日なの?とうらにがましく考えていたのだが、この日は土佐のおきゃく開催日だった。
ああ、それに合わせたのかと納得したことはしたのだが。
俺の平安な居酒屋ライフを返せ、と言いたくなった。滞在時間、約40分。まあ、こんな日もあるか。店を出たらまだ外は明るかった。

ふと気になり営業時間を確かめてみた。なんだか営業時間が変わっているような気がする。記憶が歪んでいるのかもしれないが、以前はもっと長かったような気がする。ほとんど24時間営業みたいな感じではなかったか?おまけに定休日もある。
うーん、おそらく高知の酔いどれジジイの人口が減少しつつあるから、時短営業になったのだろうか。次回来る時は、人が飯を食べたり酒を飲んだりしない時間、午後3時くらいにすれば安全圏ではないかなと、心のどこかにメモしておくことにした。

ホテルに帰る途中で見つけた、別の居酒屋の店頭看板に目が止まった。地元の酒飲みには当たり前のメニューかもしれないが、これはかなりレベルの高い高知ローカルグルメのラインナップだった。
初級観光客にはちょっとレベルが高すぎるかもしれない。ドがつく定番のカツオがない。カツオの次といえば、うなぎ、ウツボ、シイラあたりかと思うがそれもない。マイゴという貝の選択も渋すぎる。おまけにトップはなすのたたきという、B級どころかS級グルメではないか。ちなみにSはSecret シークレットのSだ。

次回はこの店にチャレンジしてみなければなるまい。と、固く決意しました。ほとんど八つ当たりですけど。

旅をする

日本で一番愛されている神様

高知の話が続いている。

高知県で「おきゃく」とは宴会を意味するらしい。毎年、春になると「土佐のおきゃく」と呼ばれる大イベントが行われ、街の中心部がそのまま大宴会場になる。高知一の繁華街でも路上になぜか畳とこたつが持ち出されて、ここで勝手に酒を飲むのが許されているらしい。

誰かが使ったことが明らかで、安心してしまう

高知市で中央公園と言えば誰でも分かる街のど真ん中にある場所がイベントスペースになっている。お祭りのように出店が出ているが、その大部分が酒とつまみを販売している。飲料メーカーの直営店もある。街を上げての全開宴会モードだった。市民バンドが続々登場して、幅広いジャンルの音楽演奏が行われる。なんか、すごい……………

どうやら二週間にわたって週末イベントが行われるらしい。ステージの内容も盛りだくさんというか、バラエティー・ショー的な賑やかさだった。

この「土佐のおきゃく」を司る大明神がいる。明神様だから悪者を追い払い、弱気を助ける正義の味方のはずだ。つまり、酒飲みの正義?を守る守護神らしい。日本には八百万の神様がいる。その中には酒の神もいる。酒造りの神もいる。だから、800万柱の神様の中には、酒飲みのための神様がいても不思議ではない。それを発見した高知人は、なんとも素晴らしい嗅覚を持っている、と感嘆するしかない。

で、その神様のありがたいお姿がこれだ。下半身に出っ歯ているコブは、どう解釈すれば良いか意味深だが……………
取り合えず、全身が桃色になる程、たっぷりと飲まれているらしいお姿だ。おまけに目も回っているようだし。まさに、酒神の極みと言って良い。

ありがたい酒神の縁起についてきっちりと説明があった。ちなみに、この会場内には「べろべろの神様」のおみくじを引ける場所が設置されている。そこで、おみくじを引くと(購入すると)、これまたありがたいお神酒ががいただけるのだが、そのお神酒が例の下半身のコブから出てくる。これはちょっと誤解を招くというか、お下品なとSNSで叩かれそうな怪しさだ。まあ、酒の神様だからね。あまり細かいことは気にせずに。

会場の真ん中にドカンと桟敷がしつらえられていた。ここはステージの真ん前で、酒を飲みながら演奏を楽しめる特等席だが、どうも客の大半は演奏も気ずかずに飲んでいるだけのようにも見える。いや、決してそんなことはないはずだと思うが。
おまけに、なぜか酒席であるはずなのに子供がたくさんいる。これも高知流な英才教育の一環なのだと理解することにした。
ベロベロ大明神を崇め奉まつる高知人育成プランとしては、極めて正しいと同意する。子供に酒を飲ませろという意味ではない。酒を飲むと、人はどう変化するのか、それを幼い時から学びとることは、のちに大人になってから正しい人の道を歩むための導となるであろう、と大明神様がおっしゃっているのだな。

いやー、高知良いとこ一度はおいでだが、どうもそれは3月が良さそうだ。

食べ物レポート

かまぼこ屋ですよね?

どうも伝統の味は隅に置いてあったような気がする

高知県高知市、繁華街の端っこの方にある蒲鉾屋を見つけた。お店の前がやたら活気があるので気がついたのだが、店頭に並ぶ商品を眺めていたら、なんだか不思議な気分になってきた。

この店はかまぼこ屋と看板に書いてある。かまぼこといえば白くて板の上に乗っている魚のすり身製品だ。厚めに切ってわさび醤油で食べると極上な肴になる。ただ、蒲鉾屋では魚の練り製品を販売する以上、主力は蒲鉾よりもすり身の揚げ物ということは理解できる。いわゆる、さつま揚げやじゃこ天のようなお手軽お惣菜系食品だ。

ところが、この蒲鉾屋で店舗の前面にグイグイと押し出しているのが、なんとアジフライに代表されるフライグループだった。魚の揚げ物だからかまぼこ屋としてはギリギリの線かあ、仕方がないよなあ、と思ってみていたら、コロッケだの鳥唐揚げだのお惣菜人気商品が勢揃いしていた。

カキフライの横にはミンチボールなる珍品が並んでいた。どうもメンチカツの中身を小型ボール状にして揚げたものらしい。とりあえず買ってみた。食べてみると、これはなかなかに美味い。なぜ、世の中の惣菜屋でこれ(あるいは類似品)を売っていないのだろうかと、実に不思議になるほどの名品だった。メンチカツを揚げる方が手間が少ないということだろうか。でも、これはコロンブスの卵的な商品なのではないか。

売っているところがかまぼこ屋だとしても……………うまいものはうまい。

さらに驚いたというか笑ってしまったのが、イカの足とイカゲソ(小)が別物として売られていることだ。イカ好きとしては、両方試してみなければと、これまた一つずつ買い込んでしまった。個人的にはいかの足がお買い得だと思う。

あれこれ買いたいものが並んでいるが、一人で食べるのだから注文しすぎてはいけない。それでも、気になるものはある。例えば、このキクラゲの天ぷらだ。キクラゲを揚げて食べるのかと驚いた。だが、何やらうまそうな気がする。
初見ではあるから、これは注文するしかないか。などと、自分にあれこれ言い訳をしながら結局は揚げ物を三人前ほどの量で買い込んでしまい、今日の晩飯はホテルで揚げ物パーティーにしようと諦めた。
このあと、コンビニに行って各種調味料も調達したのはいうまでもない。高知の魅力的な蒲鉾屋にドハマリしてしまったが、後悔はない。(きっぱり)

やはり高知は良いところだ。

食べ物レポート

たいのらーめん

高知市内の繁華街にある一軒の店がずっと気になっていた。一見しただけだと、まるでおしゃれなコンセプトショップ、流行りの雑貨屋的な外観だが、歴としたラーメン屋だ。
おまけに、なぜ高知でカツオではなくタイのラーメンなのだと、何年も悶々としていた。なゆたという名前も気になる。おそらく、「那由多」のひらがな読みなのだろう。那由多は仏教用語が源のとてつもなく大きい数字を意味している。味わいがとてつもなく複雑で……………みたいな意味合いを持たせているのかもしれないが。

店頭には大きなメニューボードが出されている。これを眺めれば、店内で何が食べられるかすぐに分かる親切設計だ。鯛でとった出汁がスープベースらしい。塩味推しでもあるようだ。おそらく端正なスープだろうと予測できるが、それをつけ麺にするというのもすごい。

たまたま、店の前にいた時に中から数組の客が出てきた。つまり、席が空いたということだ。ちょっと腹が減っていたせいもあり、ついふらふらと入ってしまった。券売機で食券を買うシステムだったが、鯛塩ラーメンのボタンが大きくなっているので、迷わず「看板商品」を頼んだ。余分な追加は無しで、ラーメンと対決する(エヘンエヘン)
スープは予想通りの澄んだもので味は淡麗なものだった。昨今のラーメン業界では珍しい。鳥スープですらぐつぐつ煮込んで白湯にするのが現在のはやりだ。ストレートな中太麺がよくあっている。
そして感嘆するべきは、チャーシューの仕上がりだった。豚肉特有の臭みはキレイに消されている。タイのスープと喧嘩をしないバランスの良さだ。すごい食べ物に出会った気がする。しかし、相変わらず疑問は解消されない。なぜ、高知で鯛?
次はつけ麺を食べに行かなければなあ。

街を歩く

大山で飲む 土曜の昼下がり

東武鉄道網の東側路線がおしゃれなカタカナ路線名に変わっても、相変わらず無骨な名前で頑張っている東武東上線だが、名前だけは聞き知っている大商店街のある「大山」に初めて出かけた。
お江戸の中にはアーケードの長さが数百メートルに及び大商店街がいくつかあるが、なぜかこの「大山ハッピーロード」にはいったことがなかった。特別深い意味があるわけではなく、なんとなく行きそびれていたのだ。
ただ、他の有名商店街には外食企業が新コンセプト業態を出店することが多く、その視察に行っていた。大山には、記憶にある限り新コンセプト店が出店していない。多分、そのせいだろう。

駅の改札を出るといきなり大きなパン屋があった。なんとも魅力的な店構えなので、ついふらふらと入ってしまったが、店内には客席がありそこでパンを食べる人も多いようだ。喫茶店的軽食の場として繁盛している。しかし、この横には日本最大のハンバーガーチェーンの店があり、そこを抑え込んだ形で繁盛しているのだから、それはすごい実力なのだ。駅前でいきなりびっくりさせられた。

商店街の駅前付近は全国チェーンの店に占拠されていたが、ちょっと離れたところに渋い店を見つけた。まだ現役のようで、中に入ってあれこれ注文したくなった。「甘味」という文字は神田の裏通りの店でも見た記憶がある。まだ現役の言葉だ。しかし、「大学芋」がメイン商品の看板は、すごいというしかない。これは日を改めて再挑戦しなければと、固く決意した。(おおげさな……………)

この日の目的地である焼き鳥屋は、東上線を挟んで反対側の商店街にある。駅から少し離れた小路にあった。長い付き合いがある友人との居酒屋巡り、それの週末昼のみ編、第1回だった。午前中から開店するようだが、店内に他の客はいない。貸切状態で申し訳ないと思いつつ、愉快に過ごさせてもらった。

メニューを見ると焼き鳥屋と言うより鶏料理屋だと思うが、なかなかユニークな品物が並んでいる。あれこれ注文してすっかり堪能した。一つ残念だったのは、ごはんものの中に発見した「伊勢うどん」を注文し忘れたことだ。多分、これは例のお伊勢参りで有名な伊勢うどんだと思う。それを、居酒屋の締めで出す、それも板橋区で出すというのがなんとも素晴らしい。
そして伊勢うどんの隣には「ハムカツバーガー」が並んでいる。実にシュールな光景ではないか。よくよく見るとハムカツバーガーの反対側の隣には、茶亀麺なるなんとも奇妙なものが載っている。
どちらも試してみたい。これは、ソロで再訪決定だな。ただ、一人昼飲みは時間を調整しないと、悲惨な目に遭いそうな気もするので要検討だ。

チューリップの唐揚げが名物らしいのだが、それ以外の定番商品がどれもこれもうまいもので、ついつい品数が増える。池袋西口周辺もディープだったが、大山も負けずにディープな場所だった。恐るべし、板橋区。

旅をする

豊後国 で八幡様

八幡様を祀る神社が一番多いそうだ。ただ、そもそもの八幡様は古事記などには載っていないようで、九州における地方神だったらしい。ヤマト朝は侵略した地域の地方神を吸収合併していった征服王朝なので、八幡様もその吸収された神々の一族、それも最古のものだったようだ。
その八幡様の本拠地が宇佐八幡宮だが、九州各地に分祀された八幡様の一つがここ柞原八幡宮になる。山の上にあるので昔の人はお参りするのも一苦労だったのではないか。

拝殿に至る山道はかなりの急勾配な坂道だった。ただ、山の上に駐車場があり、この坂道を登らなくてもお参りできるようになっていた。ありがたいことだが、参拝者が高齢化しているのだなとも思った。

拝殿は渡り廊下の先にあった。一度靴を脱ぎ、拝殿までの廊下を歩いていくのが新鮮だ。

神へ祈るまでの道を心落ち着けながら歩く、みたいな意味があるのだろうか。たまたまお祓いを受けている方がいたので祝詞が聞こえてくる。ありがたやありがたやな気分になった。

古代日本で広まった八幡信仰は九州が端緒らしい。寺院の守護神として寺と併立されることも多かったようで、仏教に多くいるヒンドゥー系神族だとずっと思っていたが、どうもルーツは異なるようで、大陸渡来系神族ではあるが半島からの移民がもたらした半島系氏族の神のようだ。古代ヤマト朝では、主力メンバーに半島系氏族は多数いたので不思議なことではない。そもそも大陸諸国と比べて後進国であった古代ヤマトがなぜ半島に出兵するほどの肩入れをしたか。鉄利権の確保というより、半島から移住してきた氏族の要請、つまり故地の回復であったり、親族への支援であったりに負けたせいと考える方が自然だろう。

そして八幡様が全国に広がった経緯も考えてみれば面白い。宗教というものは、普及するとともに必ず構成神族がインフレーションを起こすようだ。仏教ではヒンドゥー神族をブッダの周りに配置して複層なブッダ・システム世界を作り上げた。その行き着いた先が曼荼羅絵になる。おまけに精神世界と物理世界の二重構造に仕立てるという入念さだ。
ユダヤ教から派生、展開したキリスト教でも、唯一神を崇めるのが宗旨なのに、なぜか神界において主神周りには複数序列をつけた天使族を配置している。天使は神の眷属とも、準神族とも言える超絶能力と権能の持ち主だ。日本でも同じようなことが起きている。
古代ヤマト朝が征服部族の神々を取り込み、その先にはなんと仏教の神族まで取り込んだ上で自分たちの神族と合体させる。融通無碍というよりも出鱈目な神世界を作り上げている。それをなんとか整合させようとしたのが古事記だったのだろう。
大陸で初めての統一王朝が出来上がり、文化面で文字の統一もなされて500年以上が経ち、大陸から遠く離れた後進国でもようやく文明の精華である漢字の読み書きが流暢にできるようになった。そんな片田舎の小国が、なんとか大陸の文明国に肩を並べたと言い張るために頑張ってしまったのが、「古事記」「日本書紀」という大編纂事業だった。それが当時の政権にとりどれだけ経済的負担が大きかったかということは、正式に続編が作られなかったことからも分かる。歴代の大陸王朝が滅びた(滅ぼした)前王朝の歴史を国家事業として記録していた。それの真似をしてみたが、あまりに大変なので一回で懲りてしまった。それが古代日本の限界だったのだろう。
それでも、宗教は政治と支配に使われることが多い。その時、必ず起こるのが「便利化」だ。なんでも神様のせいにして暴政を正当化する道具になる。
宗教とは人類が神を発明して以来変わることなく一貫して支配の道具だった。だから、きっと八幡様が日本中に広まったのは、権力者の道具として一番使い勝手が良かったからなのだろうなあ。天皇とその周辺が握っていた政治を、成り上がりの武家が奪ったあたりから八幡様は全国に広がっていったようだ。静かにお参りを済ませた後でそんなことを思っていた。