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恵比寿駅のホームで

90年代にはこんな感じの豪華キャスティング番組が人気だったのだが……………

恵比寿駅の山手線ホームには大きな看板があり、2か月に一度程度のローテションで色々な商品の宣伝が並ぶ。確か、ホーム中央部の一番目立つ位置は恵比寿に根拠地があるサッポロビールの定位置だと思っていたが、なんとテレビ番組の番宣になっていた。
大型大予算をかけたテレビ番組が番宣を行うことはある。ただそれも番組開始までだろう。特に連続ドラマは制作システムが少年ジャンプ式というか、毎週の視聴率変化により脚本が変更され、悪役が実はトラウマを抱えていて正義の味方になりたいと思っているとか、正義の味方が実は過去に重大な犯罪を起こしていたと暴露されるとか、要は終わってみるまで話がどうなるのかも決まっていないというヌエ的制作方式なのだそうだ。だから、番組放映期間中に同じ看板で宣伝するのは実にリスクがあるはずなのだ。おまけに最近では役者のスキャンダルで番組降板などという事件も度々起こっている。

にもかかわらず、この看板はすでに2か月ほど継続しているということだろう。広告として大博打だと思うが、それを決行しなければいけないところに、このテレビ局の苦悩が見えてくる。若い世代の視聴率は劇的に低下し、視聴者の主力は高齢化し切っている。この先、若い世代の資料率が上がらなければ、そもそもテレビを見る人間の絶対数自体が減少する。放送局どうして視聴率争いなどしている場合ではないのだが、最後に生き残る一局になるつもりで歯を食いしばり頑張っているという構図だろうか。そうなると経営破綻が理論的にあり得ない某国営放送以外が生き残るには、専用局になるしかないと思うのだがなあ。
放送を営む以上、報道機関としての使命があるとか、誰も信じていないのになあ。そもそも親会社が新聞社で新聞社のお先棒担ぎのはずが、視聴者の要望によりというわけのわからない理由で視聴率稼ぎの娯楽番組をメイン位据えていること自体、自分たちの存在理由を曖昧にしているだけだろうに。蕎麦屋がラーメンやカレーライスに手を出し、いつの間にか一番売れるメニューはオムライスになっていましたみたいな話だ。蕎麦屋のプライドはどこいったとバカにされても仕方がない。

あれもこれもに手をださに、ニュース専門局やエンタメ限定曲は、すでにケーブルやネットの世界ではたり前だし、視聴は有料化して経営が可能だろう。いつまでもCM放映r料に頼っているから、その辺りの踏ん切りがつかないのだとは思うが、オワコンと言われてすでに10年が経つ「放送局」というシステムが再生することはないのだろうな。

タダで見る動画ならYouTubeで十分という時代に、そのYouTubeからネタ探しをするのだから、やはりテレビはもう終わっているのだと思いますよ。

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どんく で一飲み

歯医者の帰り道に立ち寄ってみた

JR恵比寿駅西口を出たところに飲み屋の固まる一角がある。チェーン居酒屋は何故かこの街では生き残ることができず、個人営業の居酒屋が長生きするようだ。その中でも移植中の異色なのが「どんく」という町中華で、40年近く生き残っている。初めは長崎ちゃんぽん推しの店だったが、いつの間にか夜営業に比重が移り居酒屋メニューの拡大により、今では中華料理屋というより恵比寿的な居酒屋として確固とした地位を築いている。店内は暗めでニスのかかった木材で山小屋的雰囲気もある。こうなる前は蛍光灯が煌々と輝く、台湾的な明るい店内だったのだが。

居酒屋としての人気は安さもあるが、ちょっと変わった味の中華料理にあると思う。厨房で腕を振るうのがマレーシア系中華のシェフ?らしい。南方北方どちらの中華料理だとも言い難い、ミックス的な味付けだ。おまけに長崎名物というすり身(揚げかまぼこ?)やちゃんぽんがメニューに並んでいる。ハイブリッド中華という場良いだろうか。
そこのメニューにある「めんま」は、よく中華料理や出てくるラーメンの上に乗っけるトッピングをそのまま皿にもったものではなく、ネギと合わせて炒めたものが出てくる。一手間かけたこれがうまいのだが、日によって量が違うのが玉に瑕だ。今回はいつもの半量くらいで、ちょっと損した気分になる。まあ、このいい加減さというか曖昧さが、この店の良さであるからため息ひとつで諦めるしかない。次回に期待しよう……………という感じだ。

そして締めにはスタミナラーメンを注文する。この店は担々麺も美味いのだが、頼むのは確率9割でスタミナラーメンになる。ちなみに、担々麺と言っても通常四川料理で出てくる山椒の効いた痺れる感じの胡麻蕎麦ではない。胡麻風味の挽肉炒めが乗った「担々麺のようなもの」だ。まあ、そこも突っ込むとことではない。これをこの店では担々麺と呼ぶのだと理解して美味しく食べれば良い。
スタミナラーメンはニラと豚肉を炒めたものが麺の上に乗ったラーメンで、スープの味はなんとも形容し難い。豚骨系濃厚周瑜ベースとでもいうか。ちなみに定番のどんくラーメンは、これまた異なるスープであり、どうもラーメンの種類ごとにあれこれスープの味付けが違っているという、凝り性とも言えるラーメンラインナップになっている。ほぼ全品試してみたが、同じスープのラーメンはないのではないかと思う。

いつの間にかお安い居酒屋ではなくなっているが、このご時世に40年以上続いているというだけで立派なものだ。シェフ?も従業員もマレーシア系の人が多かったが、今ではあちらこちらの方もいるようだし、そもそも女主人が40年前から今でも現役だというのがすごいことだ。

個人的には恵比寿のイチオシであります。

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冬季限定メニューの満洲で

このドレッシングは唐揚げようなのかキャベツにかけるのか、いつも悩む

何度か書いたような記憶はあるが、ぎょうざの満洲は不思議なチェーン店だ。自宅近くに本店があるのだが、埼玉県西部の地方都市で、それも新興住宅地の一角にカウンターだけのラーメン屋?からスタートした時tにローカルな町中華店だ。
初めてこの街に来た時には、安かろうまずかろうの典型的な店だと思っていた。おそらく北の街から流れてきたものにとって、首都圏の中庸の味というのが理解できなかった性だろうと思う。埼玉県との東京と隣接都市ということは、人口の大多数が流れもので形成されている典型的なベッドタウンだ。それも昭和中期に大規模造成された高層アパート群のある街なのだから、所得レベルも高くはない地域だ。元々は雑木林と茶畑しかなかったのだと、年上の隣人に聞かされたものだ。
そんなベッドタウンのそれまたはずれにある街にある中華料理屋が生き残るために始めたのが、善本餃子付きというセット化だったらしい。そして味付けは日本全国から流れてくる、地域住民の平均的総和、つまり特徴のない味になるしかない。誰も嫌わない中庸の味とは、誰もうまいとは言わないが拒否されることもない。

初めて満州でラーメンを食べた時には、あれっと思うほど味に違和感があったが、それはお江戸周辺のすべての食堂で感じることだった。拒否されないために味が中庸化するというのは飲食店にとり正しいことなのだろう。結局、自分もお江戸で数年過ごすうちに、その味に慣れた。まずいとは感じなかったことが大きな誘因だったと思う。
同じ時期にこの街で発祥したうどんチェーンも利用したが、これははっきりまずいと思った。味付けではなく麺自体がまずいと思ったのは記憶にある。世の中にまずいうどんなど存在するはずがないと思っていただけに、それなりのショックだった。が、そのまずいと感じたうどん屋の味にも慣れてきた頃、劇的にうどんの質が上がった。どうやら創業経営者が変わったのだと聞いてなるほどなと思ったのも覚えている。

満洲もある時期から全品餃子付きのような表現がメニューから消えた。そしてメニューが変化してきた。やはり感じたのは麺の質が良くなった、スープの味が良くなったことだ。その時期、創業経営者が変わり方針転換が起きたらしい。中庸から良質へ、ということだろうか。セントラルキッチンが変わったのも要因らしい。そして、劇的な変化は餃子に起きた。普通の味ではなく、うまいと思う餃子になり、驚くほど価格性能があがった。安くてそこそこというポジションから、安くてうまいに変化した。

素材にもこだわりが生まれたようで、メニュー全体が大食いの若者向けから少食の高齢者向けにシフトしてきた。

その結果、メニューから唐揚げが消えてしまった。(らしい) そして、冬の間だけ思い出したように唐揚げが復活する。昔は餃子一皿と唐揚げを注文すれば、それだけで満腹する一人宴会ができたものだが、今では唐揚げの代わりになるものは餃子のWセットくらいか。一昔前はワンコインだった冷やし中華も限りなく1000円に近付いてしまったし。もう2度と安くてうまい満洲に戻ることはなさそうだなと、ほろ苦い思いを抱きながら食べる唐揚げは、相変わらずうまいのだよね。

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西友とトライアル

西友がトライアルに買収されて半年以上経ったあたりから、売り場が急激に変化し始めている。品数が減り、エンド陳列に大量山積みされた特売品という構図が完成したようだ。簡単にいえば絵色々と選ぶ楽しみはなくなり(まあ、ウォルマート時代からそれは消滅していたとも言えるが)、お安い一品がドカンと置かれているという感じだ。色々と選びたいのなら他の店に行ってね、という姿勢が露骨に現れている。
西友PBである「みなさんのおかげ」がだんだんと縮小しつつあり、トライアルPBに置き換わっている。
そして、いちばんの変化は声優があまり使ってこなかった「単品訴求POP」が増えてきたことだ。おまけに、一撃必殺の面白キャッチコピーで惹きつけるのではなく、雑誌記事風の長々と書いた感想文を読まされる図式だ。

九州発祥のディスカウンターであるトライアルで実証された「成功モデル」が取り入れられているということは理解できるが、ディスカウントストアーが正当に伴いバラエティーを増やしていった結果達成した店舗モデルを、バラエティー^重視?の買い周りスーパーだった西友に適用するのはなかなか大変だろう。
そもそも買い周りスーパーはすでに絶滅危惧種というほどに儲からない業態になっている。IYはすでに祖業であるイトーヨーカードーを手放しているし、イオンも従来型の大型スーパーでは利益を上げられず不動産業に転換している。地方で元気なローカルチェーンも熾烈な地域内の生存競争に勝ち抜いて、生存者利益をようやく手にしただけで、その裏側には倒産、消滅したスーパーが死屍累々と並んでいる。

だから、まだ称号として西友を残しながら、余生を過ごしている業態というのが正しい理解だろう。ちなみに埼玉で生存しているローカルスーパーは、ちょっと高い価格帯で生鮮三品を中心に安売りをしない、立地は郊外ロードサイトに展開した田舎モデルだけが生き残った。効率の良い駅前立地にこだわった西友が衰退する中、急速に成長した代表がヤオコーだ。

九州の田舎マーケットから首都圏に進出してきたトライアルと、埼玉の田舎マーケットから首都圏都心部を侵攻するヤオコーが激突する場所に住んでいると、現在の流通業のリアルが見えてくるのだなあ。

個人的な感想を言えば、トライアルのPBで優れものはフランクフルトソーセージで、バナナは西友よりお高くなったバナナはいただけない。菓子類では西友「みなさんのおかげ」がリードしているが、最近はどんどん減ってしまったので終売も近そうだ。カップ麺は西友がバリエーションと価格帯を広げすぎたので失速している感があるが、トライアルカップ麺は品種が少なすぎるか。
PBばかりになるとIYと同じように客離れを起こすと思おうし、来年は隣にヤオコーが開店するらしいので、品揃えが勝負の境目になりそうな気もする。

どちらにせよインフレの後は必ず熾烈な価格競争が始まるので、その時にはヤオコー対トライアルの大戦争になるのだろう。さて、その時に「西友」という名前は残っているのだろうか。

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焼き鳥屋でクラス会?

日曜昼から、女子会で大混雑の人気店 おすすめです

川越にある焼き鳥屋で昔の会社仲間が集合してクラス会みたいなことになった。ただ、面白いのがしっかりと会社を卒業したのは一人だけで、それ以外は全員中退組だ。自分もその中退組なので大きなことを言えないが、なぜか卒業生同士のクラス会はあまりお呼ばれしない。中退組が集まって昔懐かしい話をするのは良いが、同じ時間を過ごしたのは遠い昔のことであり、話題になるのは10年20年前の昔語りしかない。最近は別々の会社や組織で働いてせいもあり、近況報告もすぐに終わってしまう。となると残るのは昔の上司の悪口や同僚の暴露話となる。いつでも同じメンツが集まるわけでもないから、同じ話を何度もしたり聞かされたりすることになる。

年をとって記憶力が低下すると、昔話を繰り返し聞くのも脳トレとしては便利かもしれないが、今はまだその必要は感じない。だから最近は会ったらすぐお頃割りをすることがある。健康の話、年金の話、孫の話は一才sルキはないと。ところが、この限定をした瞬間から、実は高齢者の会話の8割近くが封印されることに気がついた。まあ、自分の話はしないで人の話を聞いていれば良いだけなのだが。

おまけにそれ以外の共通話題といえば、政治談義か宗教関連という、まさに踏んだら即死する生きる地雷しかない。となると、もはやクラス会的な会合に参加してはいけないのではないかと考えてしまう。残る安全な話題は、誰それがいつ死んだという究極の噂話しかないではないか。

こんな問題が発生するであろうことを、40代の頃には想像もできなかったなあ、というのが最近の正直な感想であります。体の不調より精神の安定を考えていかなければいけないお年頃なのですね。

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去年の3月に食べたもの

一番ビジュアル系の目立ったものがこれだった。ハニートーストは知っていた。ただ、流行り物としてこんなド派手なデコレーションがあるとはね。もう一度食べたいかと言われるとちょっと引いてしまうところもありますが。

今年もこんなびっくりする「何か」を見つけてみたいものですなあ。

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高知のファストフード

高知市にあるイオンモールは、地方都市のイオンモールの典型で、旧市街にある繁華街を消滅させながら、新しい人工の繁華街を作ることに成功した。市内中心部から1Km程度という距離感も上手だった。ほぼ同じ人口規模である宮崎市では市内からの距離があり、高知ほどは成功していない感じがする。(まあ、規模の差も影響しているとは思うが)
そのイオン高知のフードコートは実に巨大で、イオンモールの中でも屈指の広さではないか。これに匹敵するとすれば、埼玉県越谷の巨艦店か千葉幕張にあるイオンモール本店?くらいだろう。ただ、名乗りはフードコートではない。フォレストと言っている。
多分に一時期はやったフードホールを意識したものだと思うが、その割にバラエティー感が薄い。全国展開するチェーン店が勢揃いしているわけでもない。なんともテナントミックスの意図がよく見えてこない不思議空間だ。
イオンモールは開店後5年程度でテナントが急速に入れ替わり、開店当初の意図は現実の前に崩壊するというのが定番なので、この高知のフードホールもどきが今の地方都市ショッピングモールの典型例で間違いないだろう。
開店当初は頑張っていた新興チェーンはだいたい淘汰され、馴染みの超大手だけが残る。麺業態が複数化する。場所の悪いところにインドカレーとデザートの店が進出する。だいたいそういうパターンで変化していき、フードコートが地元化していく。
ただ、その流れの中で地元の元気なローカル外食企業がフードコートに出店すると、これがなかなか人気になってフードコートの華になっていくこともある。
イオン高知ではそれが二軒もあるのだから、高知県人の地元ラブ度がわかる。

一つ目はおにぎりと卵焼きのセット販売で有名な店だ。ここの卵焼きは重量感のある厚いもので、西日本では標準の出汁味、甘さなしのものだ。個人的にはお気に入りの卵焼きだが、本店が高知県中西部の須崎市にある。高知市内からも1時間程度離れたところなのだが、みんなが知っているおにぎり屋だそうだ。
ここのおにぎりを調達するのはなかなか大変なのだが、それがモールで買えるのは素晴らしい。本来は惣菜売り場でテイクアウト対応のはずが、なぜかフードコートの中にある。それも素晴らしい。

二つ目は今回気になって食べに行った高知名物?ジャン緬がモール出店したもの。この店のカウンター前に置かれたガイドロープを見れば人気度合いがわかる。そしてこれぞファストフードのお手本と言いたくなるコンエプトだ。メインのジャン緬にトッピングバリエーションを加えただけのシンプルメニュー。そしてサイドメニューは唐揚げのみ。メニューボードはわかりやすい大判の写真と価格だけ。
この思い切りの良さこそファストフードの基本の基なのだが、今では大手ファストフードチェーンですらこれができない。ハンバーガーのM社では価格すら見せないこともある。
ちなみに業態・コンセプトが混乱するときは、必ずメニューの複雑化とオペレーションの低下が同時に起こるのだ。ある意味で混乱発生中というサインとも言える。が、業績不振になるたびに経営者を変えるので、経営者に知見がたまらない。奇抜なアイデアに走る。そしてクビになる。そもそも知見がある経営者は転職をしないせいもあるが。

個人的にはこの高知発の二つのファストフード、卵焼きとジャン緬が天下取らないものかなと夢想しているのだが。良いプロデューサーがいればいけそうな気がする。

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デザイン居酒屋の考察

女性客の侵略にもはや風前の灯か

全国チェーン居酒屋の嚆矢であった養老乃瀧チェーンが10年以上前に業態転換を始め、居酒屋不況の時代に快進撃を続ける新業態がある。ターゲットを絞り込んだ渋いコンセプトで、オヤジの一人飲みという昭和のテレビドラマに出てきそうな設定だ。オシャレ感は、はっきりってない。
一号店開店の時から興味があり定点観測しているのだが、こと店内に関しては一歩も進化していない。平成時代は、インフレなど夢の如き話で、外食価格は30年近く変わりもしなかった。令和になりコロナの襲来で極端なインフレ経済に変わったことで、この業態も多少価格帯が上振れしたが、それでもどこぞのファミレスのように客にそっぽをむかれるような価格転換はしていない。価格ポリシーのない外食企業はいつも最初の飽きられるのだが。大丈夫か? SとM……………

この業態の店では時代の流れに逆らうが如く、いまだに喫煙可能店も多い。40-50代オヤジの喫煙率の高さと喫煙難民の涙ぐましい喫煙場所探査活動を思えば、このコンセプトでは喫煙席が必要なことは理解できる。いや、喫煙オヤジ専用店舗と考えても良いはずだ。
にところが、最近そこに若い女性だけのグループが増えてきた。どうやら精神的にオヤジ化している女性が増えたのか、それともこのオヤジ向け昭和ノスタルジックムードがファッション的に受け入れられているのか、面白いところだ。

豪速球な昭和居酒屋メニューの典型 筍の土佐煮

メニューに並ぶのは居酒屋のつまみ、それも定番低価格帯のものばかりだが、居酒屋でもりもりたっぷり食べろなどというのは本来的に間違っている。居酒屋業態を「居食屋」などと呼び始めおかしな転換をしたチェーンは、今は業態として滅亡寸前だ。
平成時代には居酒屋のファミレスか確かに進んだが、自分たちを居酒屋ではないと定義するなら、メニューから酒を捨て去るくらいの覚悟がいる。
ファストフードが酒を提供してもうまく行かないように、居酒屋から酒を抜いたらビジネスモデルが根底から変わることに気がつかないから、能天気な馬鹿騒ぎをしていただけだろう。今では居酒屋に戻るに戻れず、セルフサービス式の焼肉屋に転換したり、あれこれやってみたりするが、都心部では居酒屋業態を見かけることもな苦なった。
その点、この平成時代に開発された「親父のための居酒屋」というスタイルは変えず続けているのは大正解だ。そして、客の方が新しい使い方を考えてくれるようになると業態は長生きできる、まさにその証明だろう。

なのに、最近のメニューは、どうも親父だけではなく女性グループ客に媚を売ったようなものも出現するようになった。ちょっと大丈夫かなと思う。若い女性客にとっては、親父的なものを親父的な店で食するという、普段は絶対しないような生活スタイルのギャップ体験が売り物になっているはずだ。だから、そこを見誤ってはいけないと思うのだが。大丈夫かなあ。だ。

串カツに和風オニオンソースをかけてオシャレ感出してもねえ

居酒屋といえば日本酒熱燗か瓶ビールで注文するのが定番だった昭和時代。その雰囲気を醸し出しながら、酒のメニューを見るとアルコール弱目の甘い酒がずらっと並ぶ。需要があるからその類の酒が増えたのだと思うが、周りの席にいるオヤジたちは断固落として(おそらく)甘い酒を頼んではいない。この辺りのバランスが難しい。

なんとなく人工的な昭和感がねえ

店内は昭和の居酒屋はこうであったような、チープさと賑やかさが混然となっている。ただ、昭和の居酒屋はデザイン云々などという深い考えはなく、酒メーカーからもらったポスターを無定見にベタベタと貼り、メニューは自分で手書きしたものを壁に並べるだけという、実用から生まれたチープさの現れだった。
最近流行りの昭和レトロ調居酒屋は、そのチープさをデザイン的に再生しているだけなので、チープだが綺麗なのだ。決して猥雑感が出てこない。このオヤジのための居酒屋も、その辺りに微妙な計算が働いているらしくちょっと鼻につくこともあるが、店が古くなるとだんだんとデザイン的なものは崩れていくので、10年熟成された、この業態が始めの頃に開店した店に飲みにいくとちょうど良いと思いますよ。

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早朝の特急待ちしたホームで思う

晴れた空がよく似合う無人ホーム

高知県中西部にある漁師町に通い始めて10数年になる。コロナの3年間はおやすみしていた(出禁だった)が、年に数回は訪れていたと思う。定宿となじみの居酒屋ができた。しまった店もあれば新しい店もできている。地方の街の変化はゆっくりだが、それでも10年もあればあれこれ変わっていく。昔の写真を見れば、友人たちも明らかに若い。人は確実に歳をとる生き物だと実感するが、地方の街はあまり歳を取らないようだ。

ただ、その年月を超えて変わらないものといえば、このJR駅のホームだと思う。青春18きっぷのポスターにはなかなか風情のある鉄道写真が使われている。今風に言うところのエモい写真だろう。田舎町のホームというのは、その点で抜群に心を惹きつけるエモいスポットだ。。、余談だがエモいとは「もえー」の逆さ言葉だと思っていた時期がある。エモーショナルなどという長い形容詞を若者が使うはずもないのだが、エモーショナルのエモと知ったのはしばらく経ってからだった。

朝一番の高知行き特急は7時過ぎに出発するのだが、高知市内の学校に通う学生はほぼ利用しない。6時台の普通列車に乗るためだ。この特急に乗るのは遅刻した学生だけみたいだが、特急料金を払って通学するは大変だろう。ただ次の普通列車は1時間以上シナと来ない、それがローカル線だ。
数少ないJRのローカル線列車に乗り通学する学生は日本中にたくさんいるはずなのだが、こうした交通弱者に対する対策をしっかりと行わない限り、地方の過疎化は確実に進行する。不便な体験をした若者から地元離れが進む。
まあ、大人になって仕舞えば、運転免許をとり自動車を買い。この不便さも忘れてしまうのかもしれない。自分もローカル線通学の経験があり、この不便さから逃げ出し都会暮らしを始めた。だからこそ、田舎の若者たちよ、お前たちもそこから出てこいと言ってしまう。ただ、最近では都会暮らしに疲れて、擬似田舎として地方都市に移住する若者もふえているらしいが、だからといて公共交通機関の不便さは変わりもしない。

その地方都市特有の不便さが、完全自動運転で解消されるかもしれない。ロボットタクシーが実現されるようになれば、この不便な問題も解決できるのだろうか。ただし、そうなると自分の好きな鉄道浪漫、例えば朝の無人ホームの光景も無くなってしまうのだなあ。それはちょっと寂しいかも……………

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土佐分担のあれこれ

この時期になると高知のあちこちで文旦を売っているのを見かけることになる。お江戸界隈ではあまり馴染みのない柑橘である「ぶんたん」は、街道筋の直売所などで10個20個入った大袋で売られていることもある。あんなにたくさん買って食べ切れる者だろうかと不思議に思ったりもしていた。
高知市内の八百屋の店頭でも大袋に入れて売られていたが、値段はよくわからない。みかんが一袋500円前後で売られているので、文旦は1000円くらいなのだろうと思うのだが。

スーパーに行って値段を確かめてみたら、大きさによって価格がずいぶん違う。普通の大きさであれば1個250円程度みたいだ。ふた回りほど大きいものは極上品らしく、一玉1000円を超えていた。中身の味は大小に関わらず同じではないかかと思うのだが。大きさと表面の見栄えで選別されているようだ。みかんなどで見かける糖度表示もない。やはり文旦は見かけで勝負みたいだ。

箱入りでも売られているが、これはどうもやらギフト用らしい。高知の友人に聞いてみると文旦は自分で買うものではなく、もらうものらしい。

厚めの皮をむいて、一房ずつ果肉を取り出しきれに盛り付けたものを食べるそうだ。おもてなし用のスイーツということだろうか。香り高く甘味と酸味が調和した文旦が、なぜお江戸界隈で出回らないのか、本当に不思議だなあ。