Blog

旅をする

静岡での好物

2017年の記憶 #28 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

静岡県の諸都市は関西出張の通過点だ、とずっと思っていたが、実はこの店に行くのを目的に静岡に行ってもいいなと思う店がある。チェーン店のファミレスだが、関東一円にゴマンとあるファミレスとは格段の違いがある。これが、「一段レベルが違うよ」という実例だろう。個人経営の店では、確かに一段レベルが違うという店は多い。店主自らが細部までこだわり店を作り上げることは意味がある。繁盛店づくりの第一歩だ。しかし、チェーン店で求められるのは平均点で揃っていることであり、とても良い店とかとても悪い店を作らないことこそチェーン店の存在意義だとも言える。どの店も良くも悪くもないというのは、チェーン店経営にとっては褒め言葉だと思う。
ところが、その平均点が一段上になっているというのが、この店の素晴らしいところだ。意地悪な気持ちでどこかにダメな店があるはずだと何店も巡ってみたが、タメな店に出会うことはなかった。何年かのチャレンジで、すっかり脱帽した。本当にすごいです。
売り物はハンバーグとステーキで、最初はハンバーグだけ注文していたが、今ではハンバーグ+ステーキと両方頼むことにしている。どちらかにすると、美味しいものを食べ損ねた気分になるのが嫌なので、食べ過ぎでお腹が苦しいくなることが分かっていながら、やはり両方頼んでしまう。

店内に大きな看板?がぶら下げられているのも、なかなかみない光景だろう。しかし、コアなファンからすると、この看板を見て来月はまた来ようとか、フェアは両方とも試してみなければとかいろいろと考えることになる。お店の作戦にまんまと(それも喜んで)乗ってしまうことになるのだから、店内看板は重要だなと感心した。開店前から行列しているのも、こうしたコアなファン、リピーターに支えられているということだろう。
静岡県全県に展開している「さわやか」は、静岡観光の目玉にしても当然な「ご当地ファミレス」だと思う。

Uncategorized

渋い居酒屋

2017年の記憶 #27 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

初めてこの店に入ったのは、おそらく30年近く前だったはずだ。その時でもすでに風格ある?店だったから、今や老舗というか古豪というか別格というか。札幌でも屈指の名店だと思う。コの字のカウンターにテーブル席が何席かあるというシンプルな作りで、予約しないと入れないことも多い。カウンター席に座れば、目の前で魚を焼いているのが見える。いわゆる炉端焼きのような感じだが、店内は意外と静かだ。居酒屋でよく聞く大声の接客もない。
一人酒を決めるには良い店なのだが、唯一なんとかしてほしいと思うのが愛想のない接客というか・・・話しぶりなのだ。長い間通っているから、当然接客担当の女性は何人も変わっていると思うのだが、いつ行っても対応は変わらない。うーん、きっと店主にそういう対応をしろと言われているとしか思えない徹底ぶりだ。だから、こちらも必要最低限しか話をしない。「熱燗で」「お水もください」「おかわりを」くらいで済ませてしまう。料理も名前を言っておしまい。「ししゃも焼きを」「イカ刺しを」「にしん漬け」などと済ませてしまう。

料理は手の込んだものではない。煮る、焼くが中心で奇をてらったものなど何もない。シンプルでうまい。自家製の漬物や塩辛など、酒飲みにはたまらないものがさりげなくメニューに載っている。店内は薄暗いので、一人で本を読みながらちびりと飲むというのは難しい。スマホをいじり回すのもなんだか無粋な気がする。ので、結局は斜め上30度あたりをぼうっと眺め、あれやこれや考えながら飲む。真面目なことなど考えることもなく、仕事の話などもってのほかで、北海道における沢庵の味付けとにしん漬けの関係とか、焼きナスと身欠きニシンのどちらが日本酒に合うかなどのあれやこれやを脈絡なく考える。一人飲みの楽しさとは、こういう古き良き居酒屋を舞台にする時に発現するものなのだろうなあ。
たまにギョウジャニンニクの酢味噌和え(昔はアイヌネギと言っていたが差別語認定されたようで現在は使用中止らしい、たまに高齢者が使う程度か)とか、鹿肉のステーキ?とか、落葉キノコのおろし和えとか、八角の刺身とか、北海道限定のつまみがあるのも季節の楽しみだ。実は札幌の飲み屋の名店はススキノではなく、Offすすきのにあることが多い。ジモティーのおすすめはススキノ以外と思って間違いない。

旅をする

秩父のトンカツ

2017年の記憶 #26 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父の名物といえば蕎麦だと個人的には思うが、一般的には「味噌豚」と「わらじカツ」の方が有名かもしれない。安田屋は開店前から行列のできる有名店で、このときもずいぶん早めに行ってなんとか席を確保できた。この頃は、コロナの影も形もなく、なぜか秩父にすら外国人観光客が増加を始めていた頃だから、開店1時間前でもすでにずいぶん人が並んでいた。昨今の外食危機など想像もできない良き時代だった。このわらじカツ丼の本店は秩父市の隣町、小鹿野にある。本店に行っても良かったのだが、この日は本店が休業日だった。お店の外見は何やらレトロで老舗感も漂う。店内に入るとカウンター席に案内され、目の前でわらじカツ丼の製造過程が拝見できた。店内もそれなりにレトロで、典型的な昭和の食堂感があふれている。

秩父名物わらじカツ丼とは、カツが草鞋のような大きさであることからのネーミングらしい。丼から大ぶりのカツがはみ出し、蓋が閉まらないが、それでも蓋がついてくる。カツの枚数を選ぶことができるが、この時は二枚(最小?)にした。いわゆるソースカツ丼系で卵とじにはなっていない。昼前からこのボリュームかと、かなりチャレンジ気分になったが、隣席の方達は強者揃いで三枚乗せの注文がほとんどだった。
カツ丼というのは時々無性に食べたくなるが、食べ終わると過剰なまでの満腹感で、本当にもう勘弁してよという気になる罪深き食べ物だ。普通のカツ丼でそうなのだから、このわらじカツ丼は悪魔級の罪悪感だった。一度食べると、次に食べるのは来年かなあ?くらいのインパクトだ。それでもあれからもう3年以上経っているので、今年はぜひ食べに行きたい。限界まで腹を減らして強者級の三枚乗せにチャレンジだ。

秩父のグルメ旅はお手軽で楽しい。パリー食堂もご無沙汰してるしなあ。

旅をする

たまにおきる人生でのささやかな驚き

2017年の記憶 #25 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

浜松の植物園で初めてみた狐の顔の実。調べてみたら、フォックスフェイスというそうだ。まんまのネーミングだ。系統的にはナスの一族らしいが、食用にはならない。全くの観賞用だが、これが自分のうちの庭に生えていたら結構楽しいかも。小さな狐の顔がだんだんと大きくなっていくのは、タイムラプスで撮影しておきたい。人が作った建造物を見ても、ここまでびっくりすることはないから、やはり自然は偉大だな。

浜松フラワーパークという大きな植物園みたいなところで見たもので、この公園はのんびり花を見ながら散歩するには良いところだった。
ご興味があればどうぞ ↓
https://e-flowerpark.com

旅をする

坂東札所巡り19番

2017年の記憶 #24 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父札所参りと同時並行で坂東札所参りもしていた。関東全体にお寺がばら撒かれていて、鎌倉が一番札所で、ぐるっと関東平野を時計回りに周り千葉県館山が最終になる。西国札所を関東でもということで、鎌倉時代に始まったようだ。ゴールの地、館山は鎌倉幕府に縁が深い三浦半島の反対側に当たる。坂東札所巡りはこちらの都合で、1番から巡ったわけではない。四国88カ所のように回る順番に厳密ではなくても良いらしい。

札所巡りは、そのお寺の御本尊の観音様をお参りに行くものだが、御本尊にはお目にかかれないことが多い。ただ、この大谷観音の外には、大谷石を刻んだ大きな観音様もいるので、何やら普段よりもありがたみがあった。人は現実に目にすることで、納得するものなのだと実感した。宗教によっては偶像崇拝を禁止する教義もあるが、やはり、大きなものを目にしてありがたがるのは人間の本性みたいなものなのだろう。古来、宗教的な建造物や神像が巨大化するのは、この辺りが理屈なのだなとおもった。しかし、東大寺の大仏には工芸的なもので感心したのだが、この石仏はそれとは違う感銘を受けた。金属加工よりもっと原始的な石を削るみたいな手法の方が、よりありがたみを感じてしまうらしい。この辺りは理屈ではなく動物的な感性みたいなものかなあ。

旅をする

秩父の札所巡り 昔から観光客はバカたっだ?

2017年の記憶 #23 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父札所巡りを始めたきっかけは、ずいぶん前に録画していてそのままにしていたアニメをみたことだった。秩父を舞台にした高校生たちのストーリーで、遊び場として使われていた17番札所が妙に気になったせいだ。サクッとネットで調べた後、札所の解説本を買いに行って、どれどれと始めた札所巡りだった。お約束通り一番札所から回り始め、お目当ての17番札所にたどり着いたのは、1ヶ月くらい後だったと思う。34カ所ある札所巡りのお寺も、中盤は住宅地の真ん中にある場所ばかりで駐車場を見つけるのが大変だった記憶がある。この17番札所も駐車場を見つけるまで苦労した。
あちこちのお寺で札所巡りをしている人には会ったが、17番札所は特別で、若いカップルが何組もいた。おまけにそのうちのひと組は外国人観光客だった。札所巡りの国際観光地化だな、と妙に感心した。

札所に行くには車のナビにお世話になったので、あまり迷うことはないのだが、古いナビのせいなのかお寺の裏側に連れて行かれて、行き止まりの道をUターンするのに15分以上かかったこともある。それ以来お寺の近くに行ったらナビは信じないことにした。寺の山門前にたどり着けば、たいてい駐車場の案内がある。親切なお寺の場合は、山門前が駐車場になっている。

それにしても、有名な神社や仏閣に行けば見かけることになる「千社札」なる張り紙が気になっていた。有名観光地の落書きもどきで、バカどもの存在証明だなどと憤慨していた。ところが調べてみると、許可をとって貼ることが多いらしい。禁止されていることもあるようだが、お参りに来て千社札を貼ると功徳が長持ちするという風習のようだ。おそらく貼らせてもらうには、なんらかのお布施もするのだろうから(札貼り単体にではなく、お経を上げてもらって、写経して、納札してと色々お願いした上での千社札はり)宗教的な商売だとも言えるのか。この汚らしい古びた紙札と思っていたが、意味があるのだと知ってからはちょっと見方が変わった。

観光地の落書きは日本人だけではない。Kilroy was hereと落書きするアメリカ人も有名だったし、今で言えばバンクシーもアートの顔をした落書きだろう。きっと落書きの類は人類共通の悪戯なのだ。しかし、わざわざ「札」を印刷し、ご丁寧に糊付けして貼っていく、この日本人の執念は一体なんなのだろうか。やはり宗教的信念なのかなあ。

旅をする

浜松の居酒屋で乾杯を叫ぶ

2017年の記憶 #22 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

静岡県浜松市、特別な思い入れがある街ではない。出張で関西に行く時に通過するだけのたくさんある街の一つだった。20年以上前に所用があり行ったきり、その後は全く訪れることもなかった。静岡県静岡市も同じようなもので、静岡県全体が関わることのない場所だった。ところが、100名城巡りを始めると俄然と静岡県の重要度が上がる。戦国三傑の徳川家本拠だったこともあるが、尾張、三河、遠江と続く東海3国が北条・武田・松平の主戦場だったせいだ。あちこちに名城が多い。関東や甲斐のように北条支配・武田支配が早くから確定した地域では、戦闘防衛拠点である城が少ない。東海地域では伊豆から岐阜にかけてずらっと城が続く。浜松にも徳川家第一拠点として浜松城がある。そこで、浜松に泊まることにしたのだが、浜松名物ってなんだっけ?状態になった。

ネットで探し出した良さげな居酒屋は、入店後の従業員と客が合わせてコールするらしい。本当にやるのかと思ったら、本当にやらされた。たまたまその日は客が少なかったせいか、妙に寂しい感じもしたが。これが週末の満席状態だったら、けっこう盛り上がりそうな気もする。この夜は浜松名物を色々と堪能できたし、良いお店だった。

メニューを見て「浜松といえば×××」を思い出したのが、うなぎと餃子だ。これはとりあえずキープした上で注文したのが遠州焼きという変わり種だった。タクワンが入ったお好み焼きだ。滋賀県にもタクワンのみじん切りが入ったコッペパン「サラダパン」があるが、それと関係があるのかどうか。東海地方はタクワン好きな場所なのだろうか。
このご時世でお店は大丈夫かと気になってホームページを覗いてみたら、元気に営業しているみたいだ。また、この遠州焼きを食べに浜松に行ってみたいなと思う。東日本でまだ行きそびれている100名城、設楽が原、長篠城が残っているし。

旅をする

熊野詣であれこれ考えた

2017年の記憶 #21 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

熊野古道のブームがあった頃は、行きたかったけれど混雑していると嫌だなと後回しにしていた。その熊野詣でを、ようやく果たしたのが2017年だった。高速道路が途中までしか通っていなかったのも理由の一つだが、それもほぼ全通した。伊勢は七度、熊野は三度などというらしい。お伊勢参りはすでに4回ほどしているので、残り3回。熊野詣ではあと2回頑張ると良いのだが。
熊野奥地にある那智大社は神仏習合の地で、敷地は一緒だが入り口は別々みたいな、ちょっと楽しい空間だった。鳥居をくぐって、山門を抜けるというのはなかなか珍しい経験だと思う。

那智大社から那智の大滝を望むと、青岸渡寺が目に入る。確かにこのアングルで大滝を見るために作った神社仏閣なのだろうなと納得する位置関係だった。車でくればすぐ近くに止めることもできるが、歩いて登る時代は、実に大変だったろうな。このありがたみの差が、ちょっと気になるが、歩いて登るかと問われれば、首を横に振るしかない。修験道の行者の場所だ。

その熊野の平地にある寺で「補陀落渡海」に思いをはせた。船に乗って南にあるという楽園「ポータラカ」にわたるための儀式だ。宗教的儀式は、無宗教な人間から見ると、なかなか理解し難いものだが、人が信ずるもののために行う情熱というか意気込みの凄さは胸を打つ。この情熱が金儲けに向かえば大資本家、大経営者になるのだろうし、宗教で発揮されれば聖人名僧となるのだろう。ただし、この情熱が政治に向かうとこれは害悪にしかならず、悪代官などは良い方で、独裁者級になれば人類の災厄というしかない。
民主主義は最良の政治家を選ぶことはできない。元々が腐った人間しか政治をやろうとしないから「よいもの」は選べない。悪いものの中から最悪を避けるための必要悪みたいな制度だ。ただ、民主主義が機能していれば災厄級の独裁者は防げる。少なくとも任期が終われば解約できる。
悪い奴を選んで補陀落渡海を強制できないものかなどと考えながら、民主主義に思いを馳せた記憶が蘇る。

街を歩く

秩父のそば

2017年の記憶 #1 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

秩父で札所巡りをしていた頃、昼飯には蕎麦屋に入ることも多かった。西武秩父駅から三峯神社を目指す途中に、小ぶりな蕎麦屋がある。なんとなく郊外に立つそばチェーン店みたいな見かけだったが、なかなかの名店だった。店頭に書いてある「くるみ汁」が売り物らしい。秩父のローカル優良品というべきだろう「くるみ汁」だが、長野県でもあちこちで見かけるので、秩父+長野県北部野山愛の地域で広まっていると考えるべきか。発祥の地がどこかなどというルーツ探しをしても始まらない。

お店のおすすめの天ぷら付きのざるそばで、つゆはくるみ汁に変更した。そば自体は普通にうまい。やはり注目すべきはくるみ汁だった。ちょっと甘めで胡桃の味を強く感じる。普段食べているお江戸のそばとはちょっと違うが、これはこれでアリだ。できれば欲張って、普通の蕎麦つゆとくるみ汁と2種類を一緒に使いたい。その時は、天ぷらはやめて蕎麦を大盛りにするのが良いかもしれない。海沿いの街で美味い魚を堪能するのも好きだが、山里で蕎麦を食う方が楽しみになってきた。秩父の札所巡りは二周三周とする人もいるそうなので、次は蕎麦屋巡りを行程に取り込んだのんびり蕎麦屋巡礼でもしてみようか。札所巡りは一人で回れば、ほぼ人との接触のないアウトドア活動だしなあ。

旅をする

熱田神宮のそばでうまい鰻を食す

2017年の記憶 #19 昔に撮ったiPhone写真から引っ張り出してきたあれこれ

名古屋の話が続く。熱田神宮に初めて行った時は随分と感動した。たまたま地下鉄を使っての移動だったので、駅からちょっと歩くのがよかったのだろう。車で行くと駐車場の位置の関係で、脇から入る格好になる。これはよろしくない。参詣者も地元の方であれば脇からはいって行っても良いだろうが、観光客としていくのであれば、やはり正面から入っていきたいものだ。出雲大社の本殿に至る参詣道は実に立派なものだが、個人的には熱田神宮の雰囲気の方が好みだ。
山の上にある神社は参道がクネクネと曲がり登るものが多いが、平地の神社はスッキリと真っ直ぐな道になっている。そのせいだろう。熱田神宮では、信長にあやかるサラリーマンの出世守りを手に入れた。斬炎ながら信長にあやかれたとはいえそうもないが。

熱田神宮のそばに、有名な鰻屋がある。名古屋名物ひつまぶしを求めて朝から大行列ができていた。その半分くらいが外国人観光客だったのが印象的だったが、今ではどうなっているのだろう。地元の人も延々と並ばなければならないとしたら、営業的にはマイナスだったのではないかと思ったものだ。2時間ほど待ち、ようやく店内に入れたのだが、たまたま隣の席にいた客がチャイニーズで(おそらく大陸系)注文に苦労していた。が、言葉も通じないので手助けすることもできない。ひつまぶしの食べ方なんて、日本人でも説明されなければわからんぞ。

注文したのは当然ながらひつまぶしだった。店員さんに丁寧な食べ方の説明を受け、言われた通りに美味しく食べた。最後の茶漬け風の食べ方で感じたうまさは、若い頃にはわからなかった「加齢」による舌の変化というか鍛錬の賜物だろう。歳をとるのは悪いことばかりでもない。
たまに食べる鰻は、本当に感動するうまさだ。ステーキの旨さとは違う。うまい鮨を食べることとも異なる感動だ。たぶん、調理技術に支えられた文化の味なんだろうと思っている。だから、「うなぎ」は外国人観光客にはあまり向かない食べ物かもしれない。同じような長い魚だったら、ハモの湯引きのほうがわかりやすいかな。味は全然違うけどね。そのうなぎ料理の中でも、やはり名古屋のひつまぶしが一番好みなのであり、今年はぜひ名古屋飯ツアーをしてみたいものだ。