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駅弁

東京駅で駅弁

これは津軽弁なのか南部弁なのかちょっと悩むお国言葉らしき宣伝文句
なんとなく理解できるので、おそらくは津軽弁だろう

JR東日本の駅弁味の陣が後半になった。所用のついでにちょっと遠回りになるが東京駅経由で移動することにした。東京駅の目的は、中央コンコースにある駅弁屋で珍しい味の陣弁当をげゲットすることだった。東北北部からの出品で青森の駅弁を買った。新幹線で運べば3時間程度で東京駅に着くのだから、青森、秋田、岩手の駅弁はぜひ常時販売にしてもらいたいものだ。
などと思っていたら、JRが北陸新幹線を利用した生鮮輸送サービスを始めるとのニュース記事を読んだ。新幹線は上りの先頭車両を貨物専用に改造して生鮮食料品などの配送に使えば便利だろうし、その中に駅弁を加えて欲しい。特に北東北の駅弁には好みのものが多いので、熱烈要望したい。

これで日本酒カップ酒 たっぷりいけるか?

青森の新鋭駅弁は、ご飯の上に青森名物の海産物や肉料理が乗ったミニ丼的なものが3種類で、付け合わせがあれこれちまちまと入っている。味付けは全体に濃いめだが、それは北東北の料理として共通項だし、自分の好みにあっている。全体的には米の量が多いが、どちらかというと飯を食うというより酒のつまみ的な要素が強い。個人的な思い込みだが、駅弁は比較的高価な弁当で、若い人であれば安価なコンビニ弁当を選ぶことも多いような気がする。駅弁ファンに高齢者の観光客が多いと思う。ましてやボリューム系の駅弁になると、酒の肴に調達する高齢世代、それも男性が多いのではないかと思うのだ。
先近の女性グループ観光客の多さにもかかわらず、女性向けのおしゃれっぽい野菜中心の弁当が少ないのは、駅弁屋の開発意識の問題なのかもしれない。平日に新幹線に乗るとよくわかるが、ビジネスユースとはっきりわかる黒い集団、カラスのようなスーツ集団は半分程度しかいない。これがボリューム系弁当の対象集団だ。
残りの観光目的らしい一人、二人での旅人は大半が女性だ。その女性旅人も年齢にはずいぶん幅がある。グループの人数が増えるとほとんどが高齢女性に見える。この辺りのニーズが取りこぼされているのは、車内で食べているものを見れば一目瞭然だ。

食べ物の商品開発の鉄則は買う人のニーズを知ることだが、「うちの商品を買わない人は、それ以外の何を食べているのか」を研究しないと、蛸壺的な企画しか出てこない。駅弁の問題点は、そこにあるような気がしている。味付けに限らず、見た目や素材、カロリーや糖質の情報など、アピールすべきことは多い。その研究を嫌がっていては、ただただ値上げするしかない滅びの産業になる。その辺りの危機感が足りないのではないかなあ、飛べ詭弁を食べながら思うことは多い。

個人的には高齢のおっさん向け弁当は大好物なので、それがなくなってしまうのはとても困るのだけれどねえ。

街を歩く, 食べ物レポート

新宿のくら寿司で一人飯

くら寿司、スシローがコロナ後を見据えた都心部の侵攻を進めている。都心部ではコロナによる閉店が相次ぎ、その跡地への出店が中心なのだが、一階にこだわらない立地政策は「自社ブランド」への強いプライドなのかもしれない。大手ファストフードチェーンでは二の足を踏む二階や地下への出店は当たり前で、3階以上の高層階へも出ていく出店意欲の強さが現れている。最盛期の居酒屋チェーンより強気かもしれない。

回転寿司に入って最初に注文するものは何かと尋ねられるとすれば、答えはほとんどの時にはタコとイアということになる。普通の注文の仕方とは違うのかもしれない。これは自分の好みでもあるし、寿司は味の薄いものから濃いものへ順番に頼むという定説にもあっているはずだ。ただし、個人的にはスシを食べる順番なんていうものにルールなんかないと思う。寿司を食べる順番なんてものは、高い鮨ををありがたがってたべるときに、客に対して暴君のように振る舞う店主が、おのれの権威づけのために流布したものだくらいに考えている。
そもそも握り鮨とは屋台で町の不良たち?が空きっ腹を満たすために立ち食いしたようなものがルーツなのだから、出自を誇れるほどの食べものではないだろうに。好きなものを好きな順番で腹一杯になるまで食べる、これが鮨を食う時の唯一のルールではないか。
などと力説しても、最初に注文したのはオニオンリングだった。これはさすがにルール違反とまでは言わないまでも、ちょっとお行儀が悪い気もする。このオニオンリングに醤油をかけて、ハイボールのつまみにした。この食べ方で行くと、気分的にはインターナショナルな回転寿司屋になる。ロスアンゼルスのリトル東京で回転寿司屋に入ったことがある。アメリカでスシブームが一気に広がる最初の頃だった。そこでカリフォルニアロールを食べた時に感じた、違和感と日本と違うスシの楽しさみたいなものかもしれない。

次の皿は、あっさりあじでコリコリ食感のツブにした。貝類では鮑の次にこれが好きだ。残念ながら回転寿司で出てくる鮑は、鮑の一族ではあるが、アワビではないものが多いので注文するのに慎重になる。もっとも、このツブも世界のどこからやってきたツブなのかは知らない。つぶの一族ではあると思うが・・・。

いつもの定番タコとイカに、ウニ風味のツブが乗った軍艦巻きを注文した。最近の回転寿司の創作ものといえば、変わり軍艦巻きが定番だ。カルビやハンバーグから始まったネタの変化と進化は、最近暴走気味だとは思う。、ああ。それも今の時代の回転寿司の楽しみ方だ。
だいたいこの辺りで胃袋の余裕がなくなってくる。胃袋のキャパを考えれば、魚のスシを頼むには、相当シビアな選択がいる。光物を注文するとしても二皿は難しい。サバとアジを頼むとコハダは諦めなければ・・・的なやりくりの話だ。締めの海苔巻きの余裕を残しておきたい。などとあれこれ考え始めてしまう。最近では職人が握るおまかせコースでも似たようなことになり、あと何貫出ますか?などと間抜けな質問をしてしまう。
この日も予定通りというか、この後二皿追加で終了したのだが、くら寿司の非接触型カウンターは女性に大人気で、15人近くがすわれるカウンター席のほとんどが女性だった。両隣にいたかなりお若い女性も快調にくら寿司名物のルーレットゲーム音をさせていた。一回のゲームは5皿が必要なので、少なくとも10枚、多分15枚は注文していることになる。若い女性にも健啖家は多いのだなあと思いつつ、昔に流行していた肉食系という言葉が脳裏をかすめた。回転寿司の大食い女子のことはなんと表現するのだろう。多皿系とでもいうのだろうか。令和の時代の多皿系女子、頼もしい限りだな。

ガジェット

ダイソーのBTスピーカー

ネットのニュースサイトを、新聞の朝刊を読むのと同じように、朝イチで巡回している。コロナの環境下で身につけた新しい習慣だ。以前は業界紙も含め三ー四紙を購読していたが、偏向報道やら趣向の違いやらの事情で購読をやめた。新聞を読まなくなっても、ニュースサイトを巡回するとだいたい世の中の情報にはついていけるようだ。
ただ、ニュースサイトの記事の選別ロジックにはずいぶん偏りがある。もともと政治経済記事を中心に読んでいたので、選択されたリストのお尻まで読んでもすぐに終わっていた10分程度だったと記憶している。ところが、いつの間にか選択記事が3倍くらいに増え、おまけに記事の大半が外食ブランドの新商品情報、100均のお目玉商品、そしてキャンプ道具が占めるようになった。
政治経済の記事が減ったのではないようで、政治欄、経済欄を見て確認すると上位の記事は全て選別されて網羅されている。逆にエンタメ、スポーツ情報はほとんど出現しないので、見出しから呼び出した記事・トピックスが抽出ロジックの基礎になっていることは理解できる。しかし、朝イチの10−15分で読み終わっていたものが、今や1時間を超える量になってしまった。これは、まずい。想像するに政治経済記事ではものが売れないが、外食新商品、100均の目玉商品などの記事は、実購買につながるので広告効果が高いというバックロジック、大人の都合があるのだろう。今回は、その広告記事もどきにころっと引っかかってしまった。

だいたいの寸法 縦7cm 横10cm 奥6cm

我が購読ニュースサイトにおいて現在進行形で記事量が急拡大している、100均商品情報もなかなか役に立つ。ダイソーのBT(ブルートゥース)スピーカの新作770円が絶賛売り切れ中で、見つけたら即買いましょう的な宣伝記事だった。妙に記憶に残った記事だった。そして、たまたま入ったダイソーで現物を発見してしまった。即買いにはならなかったが、しばし悩んであれこれ考えた末に買い込んでしまった。迷った原因は、すでにBTスピーカーを二台ももっていたからだ。色は、青と白とピンクの3種類がある。当日は白が売り切れていた。小型のラジオ、それも昭和初期的な風合いで可愛らしいというのが記事のおすすめポイントだった。

スピーカーは直径が3cm程度なので、抜群の音質というわけにはいかない。ダラダラと音楽を流しっぱなしにする程度であれば問題ない。ノイズもないし音割れもしない。お値段以上・・・と考えて良いと思う。スイッチは左からオンオフ、楽曲を進める、止める、戻すと極めてシンプルだ。下に空いている二つの穴はUSB充電とマイクロSDの差し込み口になっている。BT接続で音源接続するのが基本だが、マイクロSDにいれたMP3でも再生ができる。ボリューム調整は右側のツマミを回す。
実は、ダイソー製スピーカーはこれが3台目になる。1台目は外遊びをするときに使おうとして買った。手のひらよりも少し大きいもので、昔のカセット式ウォークマンを思い出させる。愛用していた二代目ウォークマンに感じが似ているので気に入っている。2台目はお風呂で使える防水スピーカーで底面に吸盤がついているというもの。そしてこの三台目がベッドサイドに置くとか、机の上に置くといったちょい使い用という感じになる。スマホに入れた楽曲をさらっと聴くにはちょうど良い。
最近では、iMacで仕事をしながらamazonミュージックをかけることが多く、コンポでCDを聴くことは稀になった。ラジオであれば専用機を使っているし、音を聞く環境が全く変わってしまった。音響メーカーが次々と消えていくわけだ。

久しぶりに良い買い物をした。ニュースサイトのロジックのおかけというべきか。今回の1番の学びは、テレビのCMにのせられて購買していたのと、webニュースにのせられて購買するのと、時代の流れにあわせてメディアは変わっても、自分の行動は歳をとったにもかかわらず軽薄で変わらないのだと認識させられたことでありました。

食べ物レポート

普通にうまい 富士そばの話

最近はすっかり使っていなかった富士そばのお話だ。つまらないこだわりの話でもある。所用で渋谷に朝早く行った時、今日は絶対に朝そばにしようと決めていた。渋谷には何軒も立ち食い蕎麦屋があるが、会社勤務時代にはずっとお世話になっていた「富士そば」にいくことにした。生まれて初めて富士そばを使ったのは、二十代前半に上京してきた時のことだから、ずいぶん昔になる。正直にいうと、とてつもなく美味いと思ったわけではない。ただ、普通に美味いから、いつでも便利使いしてきた。朝早く、夜遅く、イレギュラーな時間帯での食事にはとても重宝した。首都圏には大手立ち食いそばがいくつかあるが、山手線西側では富士そばがメジャーだ。大手町、虎ノ門あたりに行くと小諸そばとかそば太郎などが多い。駅の立ち食い蕎麦は沿線上に系列店が並ぶため、利用する私鉄によって店が異なるのも首都圏アルアルだろう。西武線は狭山そばだった。個人的には東横線の蕎麦が好みだが、市内にある立ち食いそば店と言えば「富士そば」一択に近かった。

その富士そばが、時々面白い相手とコラボする。PSゲームソフトの「龍が如く」とのコラボは楽しみだった。コラボ商品が実にユニークでいつも笑ってしまう。実食をしたこともあるので正直モードで言えば、名前はすごいが中身は普通というのが感想だった。それでも、日常食の立ち食い蕎麦をネタにできるというのは密かな楽しみだと思う。どうやら今回はコラボ相手がテレビ番組らしい、と店頭のバナーを見て最初に思った。ただ、この絶叫しているとおぼしき女性が誰だかわからない。ひょっとして、富士そばの従業員か?などと考えていたら、どうやら主演女優のようだ。そしてコラボ商品を確かめると、この方とはなんの関係もないようで、老後の資金がなくても食べられる安心価格ということのようだ。うむ、謎は解けたが、悩みは解消されていない。なぜ、このコラボ?相変わらず富士そばは謎が多い。

結局、このコラボ商品であるワンコインプライスの「そばとハーフ丼のセット」を注文した。最初から完食できるか怪しいぞとおもいつつ食べ始めたが、やはりごはんは完食できずに終わった。上に乗った辛い豚肉はそれなりに美味く、ミニ丼としてはバランスが良いものになっていた。丼の具材としては少なめなので、どちらかというとご飯のお供、ふりかけを肉トッピングに変えたというかんじだった。そばは普通のかけそばだが、これが今日食べたかったものだから文句はない。

お安いご飯セットを頼みながら、どうしても諦めきれずに注文してしまったのが紅生姜のかき揚げだった。カロリーが・・とか、脂が・・、とか色々と思うことはある。しかし、紅生姜の天ぷら・かき揚げはそうした健康常識を押しのけるほどの威力と魅力がある。大阪南部で生まれて初めて、紅生姜の天ぷらを食べた時の衝撃は忘れられない。大阪南部は、大阪北部とは違うスーパーローカルフードが存在すると学習するきっかけになった。
立ち食いそばのかき揚げの凄さについては色々と語るべきポイントがある。が、特に強調したいのが、蕎麦を食べ進め後半になる頃に、衣がつゆを吸い込みぐずぐずに溶け出していった状態のことだ。丼の中がオートミール状態になったあたりが一番うまいと思う。たぬきそばでも似たような現象は起こるが、とろけてぐずぐずになった衣の絶対量が足りない。やはりかき揚げが優位だ。
そして、そのお粥状になったそばつゆをおかずに白飯を食べる。今度は米がうまい。ほぼ禁断の食べ物だ。イカ天もこのノリで食べることがある。立ち食いそばのイカ天は例外なく衣が分厚いので、はっきり言って衣のぐずぐずを楽しむための食べ物だ。これが、ゲソ天になると衣の絶対量がさらに増えるので尚よろしい。仙台とか山形ではげそ天が立ち食い蕎麦屋のデフォルトアイテムで、ずいぶん楽しませてもらった。東京周辺ではイカ天がメインでゲソ天はサブどころか控えのメンバーに入れてもらえないことが多く、今後の活躍を期待したい若手扱いだ。がんばれ、ゲソ天。
結局、この日は立ち上がるのも苦しいほどの満腹感を、朝一から抱えてしまい、どうにもならない1日のスタートになってしまった。おまけに、お安いはずのコラボ商品を頼みながら散財してしまったという後悔も残り・・・。それでも久しぶりの立ち食いそばはうまいなあと思った朝でした。

街を歩く, 食べ物レポート

神田 まつや・・・粋に和む

所用で神田に行った。この街はたまに行きたくなる。老舗の食べ物屋が並んでいるせいもある。神保町から散歩がてらぶらぶらと歩いてこの街にくるのがちょうど良い距離だということもある。神田は東京駅近くのオフィス街だが、下町の風景が点在している。大阪で言えば天満や福島もこんな感じかもしれない。

さて、神田といえば、直感的に思いだすのは蕎麦屋だ。それも江戸時代から続く不良のたむろする怪しい店としての蕎麦屋で、食事処ではない方の蕎麦屋だ。神田で言えば薮とまつやが代表格だと思うが、松屋は表通りに面しているせいかオフィス街の飯屋的な見え方もする。ランチの時は特にそうだ。ただ、ランチが終わった2時くらいから、どこからともなく怪しいオヤジとオバサンが集まってくる。一人か二人でひっそりと酒を飲んでいるのが共通点だ。逆にいうと若い方は普通にそばを食事として食べてさっさと帰っていく。

コロナですっかり昼酒対応が当たり前になったが、ちょっと前までは昼酒は相当難度が高い飲み方だった。居酒屋でも定食を肴に酒を飲むという光景はほぼほぼなしだったはずだ。それが、夜の営業を止められて昼にはみ出してきた昼酒飲みは、店側と客側の阿吽の呼吸という感じで広まっていった。ただ、そのコロナ前の平和な時期でも、例外だったのが蕎麦屋と鮨屋だろう。特に、蕎麦屋は混雑時を避けて昼下がり的な時間であれば、それなりに平気で酒を飲めた。軽くつまみを注文して、その後ささっとざる蕎麦ひとつみたいな感じで帰っていく。お江戸の不良の飲み方だろう。

だから、ビールを頼むのはちょっと野暮かななどと思う。まあ、気分の問題なのだけれど、蕎麦屋で飲む酒はぬる燗の日本酒と決めている。夜であれば、ビールでスタートというのもありかなとは思うが、昼酒はぬる燗一択だ。夜飲みの時はぐい呑みが良い。大振りの器でグビグビ飲みたい。だが、昼酒の時は猪口に限る。小ぶりな猪口に半分くらい酒を注ぎ、ちびりちびり飲むのが昼の蕎麦酒のやり方だと思っている。店内では、たまに他の客の会話が聞こえてくるが、基本的には静かなものだ。昼酒で酔っ払って大声で喚き散らすのは格好が悪いと思う。まあ、そんなダメオヤジも多いことは確かだけれど。蕎麦屋の昼酒は、一人で静かに、スタイリッシュに飲んで欲しいものだ。

さすがの老舗だけあって、席を仕切る板もアクリル板という無粋なものではなかった。店内と調和しているので、まるで昔からこういう仕切り板があるような気がしてくる。記憶に定かではないが、昔はメニューが紙の閉じた帳面のようなものだった気がするが、今はスタンド式になっている。これも非接触対応の一つなのだろうか。まあ、孤食で默食は危険度が低いそうだから、蕎麦屋の昼飲みがもう少しオヤジとジジイの間に広がるかもしれない。ただ、ジジイの大半は命惜しさの臆病者が多いはずだから、あまり家から出てこないかもしれない。コロナが終わっても飲食店の苦闘は続くのだろう。だから昼飲みでお応援だ。

食べ物レポート

日高屋でちょい飲み復活

好物イカフライ 居酒屋でありそうでないメニュー

中華料理屋日高屋がようやく常態帰した。元々は全国ご当地ラーメン屋だった日高屋が、中華食堂に代わった後でチョイ飲み屋になった経緯は色々とあるのだろう。多店舗展開が一気に進んだのは日高屋ちょい飲み業態になってからだと思うので、変化を続けることは大事だ。ただ、成功コンセプトとして一度確立すると、そこからの変化がまた難しくなる。成功体験が進化を縛る。その縛りを解き放つには、一度手痛い失敗というか逆境に会う必要がある。成長の第二ステージというのは、そういう苦しみが養分になるようだ。たまには、その痛みに耐えかねて枯れてしまうこともあるが。今回のコロナ禍というものは、居酒屋を含めた夜の酒商売に手痛い教訓を与えた。これが第二の成長の引き金になることを願いたい。

爆弾炒め ネーミングが不思議だが、キムチ入りの辛い肉野菜炒め

去年の自粛制限・時短が緩んだ時には、昼飲みが増えていたような感覚があった。それが今回の禁酒・時短解除で、その流れが変わったような気がする。昼飲みするオヤジが減っている。当たり前だが、昼飲みは夜飲みの代替品だったので、みんな夜飲みに戻って行ったのかも知れない。
しかし、夜の街を歩いてみても、あの夜の猥雑さというか、酔っ払いが盛り場で賑やかに歩いている感じが全くしない。結局一年半にわたる禁欲生活は、社会から「酒を飲む楽しみ」をとりあげてしまった。確かに、酒は飲まなくても生きていける。飲まない人から見れば、酔っ払いの気がしれないというのが本音だろう。飲酒とは、馬鹿げた散財で、時間の無駄遣いで、おまけに体に悪いダメな習慣としか見えない。
タバコは煙が直接にかかってくるので、禁煙対策が先行しただけだ。次は禁酒が待ち構えている。ただし、人類にとって飲酒は喫煙よりはるかに古い習慣で、あまり信じられない伝説では猿の時代から酒を飲んでいた(らしい)。
だから、社会的禁酒はだいぶ時間がかかるだろうが、1970年代は禁煙大国アメリカですら、いたるところでタバコが吸えた。飛行機の中でもタバコが吸えた。それが50年経ってみたら、喫煙者は依存症扱いになり、タバコを吸う場所を探すのは都市伝説級のダンジョン攻略に似た困難さがある。だから、今から50年も経てば「飲酒は禁止」どころか「酒を製造、所持したら」犯罪になる時代か来るかもしれない。
そうなると日高屋も非合法飲酒施設になるので、ちょい飲みは廃業して、第3の進化が必要になる。とすると今のうちに、好物のイカ唐揚げと爆弾炒めを肴に、せいぜいたっぷりと酒を飲んでおこう、と言い訳をしながら遅い昼酒を楽しみました。

街を歩く

神田を歩く 薮とまつやの間

神田の裏路地といえば良いのだろうか。靖国通りにある「まつや」の裏手に「藪」があるのだが、その裏路地には趣のある老舗料理店が散らばっている。若い頃には敷居が高すぎ、歳をとってからは忙しすぎて、なかなか利用することができなかった。ようやく暇を見つけて神田の老舗巡りをしようと思っていたら、コロナのせいでとんでもないことになってしまった。どうやらお店も再開したようなので、月に一度くらいのペースであちこち回ってみようかななどと思っている。その下見を兼ねてぶらぶら歩いてみた。

あんこう料理専門店 

一番行ってみたいのがあんこう鍋の店で、これはぎりぎり看板の字が読み取れる。「いせ源」というお店だ。浅草のドジョウ屋も似たような雰囲気があるが、やはり鍋を食べるとすれば寒い時期が良い。そろそろ鍋の季節なのだ。だが、同じことを誰もが考えるので、当然ながら予約が難しい時期にもなる。昨今の事情を考えると一人鍋にするか、二人にするか。せいぜい3人までとなれば、同行する相手も慎重に考えなければならない。余計なことに気を使う嫌な世の中だなあ。

店頭にかかる看板がなかなか読み取れなかったが、酒の名前なのだと気がついてほっとした。老舗の看板は、ともかく難読で読解力識字率の課題としては偏差値が高すぎる。漢字検定一級クラスではないか。ちなみに昔のことだが任天堂DSの漢字検定ソフトで二級までは合格判定だったから、一級検定漢字は難題だ。

甘味処

読解力の判定テストみたいな看板はまだまだある。この甘味処「竹むら」だって、もともと名前を知っているから読めるので、道を通りかかった時に目に入ったくらいでは達筆すぎてすぐには読めない。風情がある建物だなとはわかるが、一体何を売っているのだろうと相当に悩むだろう。

こちらの店は甘味処で揚げまんじゅうが有名らしく、当然ながらお汁粉などの和風スイーツが楽しめる。お昼時は混雑するので、夕暮れの手前くらいにふらっと入ると良いのかも知れない。甘味処は、基本的に女性に占拠されていることが多く、男一人でお汁粉を食べるというのは、ほとんど恐怖体験に近い。だから行列ができている時など、怖くて近寄れない。そろそろ酒でも飲もうかなという時間帯に、角打ちで一杯やる代わりに汁粉をかき込む、というくらいがせいぜい勇気の限界だ。

そのすぐ近くに、これは入るのに勇気のかけらも必要ない、オヤジ族の聖地みたいな蕎麦屋がある。ルックス的には間違いなく昭和中期そのまま。朝でも昼でも夜でもふらっと入ってささっと空腹を満たす。立ち食いそばもチェーン店全盛の時代だが、いかにも親父さんが一人でやってますよ的な個人店は貴重だ。懐具合にも優しいから、お試しするのにも敷居が低い。というか敷居がないくらいだ。落語にも出てくるが、屋台の蕎麦の値段は16文だったはずだ。それとくらべて6文という値段はずいぶんお安い。一度店主に店名の由来を聞いてみたいものだ。

東京都心、神田の街でこの値段はまさに超絶価格と言いたい。地元埼玉の立ち食いそばより安い。かけそば250円というのはすごいが、食べるとしたらいかげそ天がよい。ちくわ天も捨てがたいが、変化球を狙うのであればソーセージそばが適切だと思う。やはり、明日は神田に行かなければという気になってきた。ついでに神田明神によって、商売繁盛でもお願いしてこようか。

食べ物レポート

回転寿司100円じゃないほう

回転寿司御三家を中心に、回転寿司の勝ち組は100円均一だったはずだ。皿ごとに値段が違う店は、すっかり流行の外側に取り残された感がある。出店数も激減していた。別にコロナの影響ではなく、回転寿司業界で広く受け入れられた業態、つまり勝ち組としてワンプライスが標準となったはずだった。ところが、コロナの嵐の中で、100円均一業態の大手チェーンが、次々と価格の多様化、値上げをして、もはや均一価格とはいえない状態になった。
そうなると、元々から高品質高価格の回転寿司が受け入れられていた北海道や北陸ではもはや勝負にならないのではないかと思う。そして、均一価格がメインを占める関東、東海、関西とつながる人口集中帯でも変動が起きそうだ。100円ではない方の回転寿司が盛り返すような気がしている。

セルフ方式のなめろう 自分で魚をすり潰す

埼玉ローカルのガッテン寿司が、回転寿司としてはちょっと変わった店を出しているが、そこに行ってみて思ったことだ。価格帯は200−600円台と幅広い。100円均一チェーンからすると相当に高く見える。ただ、酒のつまみの種類が多い。酒の種類も多い。駅ビルの中という立地もあるのだろうが、寿司居酒屋を狙っているような感じがする。しかし、注文はタッチパネルだ。開店レーンは回っているし、そこに鮨は乗っている。ただし、基本的にはバイオーダーで、握りたてを提供する立ちの鮨屋感がある。確かに、回転レーンの中で職人が握っているからライブ感は100円均一店とは異なる。

蟹甲羅に入った蟹味噌の焼き物は、100円均一店では味わえない「酒の肴」だった。こういうメニューを導入する時点で、100円皿をさっさと注文して、さっさと帰ってもらう高回転型ビジネスではないということがわかる。のんびり食べて、高額商品を頼んでもらうスタイルを選んだということだ。

季節のメニューではアワビの刺身など、高価格帯の限定商品を導入している。回転寿司で刺身を注文することはほとんどないと思う。スシをたらふく食う客と刺身を楽しむ客は、あきらかに客層が違う。ニーズが違う。刺身の盛り付けだけで判断すると、立ちの鮨屋との違いははっきりしているが、大事なことは回転寿司で高価格帯商品のバラエティーを増やすという挑戦をしていることだ。ちなみに、このアワビ刺しは700円だった。微妙な値付けだと感心した。

お得感を出すのは、3貫盛りの皿で、光物3貫の皿とイカの部位違い3貫の皿を注文してみた。個人的にイカ、タコなどの軟体動物好きなので、イカとゲソの組み合わせが嬉しい。できれば、イカ、タコ、ホタテでセット組をしてもらいた。光物3点セットも救いの女神といいたい組み合わせだった。アジとサバとコハダが食べたいと思っても、合計で3皿6貫というのちょっときつい。回転寿司の定番が2貫付で、店の効率向上策としては理解できるが腹の膨れ具合で言えば厳しいという客が多いはずだ。最近某回転寿司チェーンでは一貫付を期間限定で始めたらしい。回転寿司のマーケティングがネタ競争から、客のニーズを細かく拾うようになった変化の表れだろう。ネタの高級化と価格上昇だけではマーケティング戦略として先がない。

巻ものでは低価格帯も揃えている。今や回転寿司で巻物の主流といえば、ウニとかいくらといった高価格帯ではなく、サラダ巻き、コーン巻きのようなスシの異種、亜種といったものだ。それをスシとして異端だとか邪道だというつもりは全くない。海苔巻きの体裁を取りながら濃い味付けの具材をトッピングとして使うというのは軍艦巻きの鉄則だろう。それが海産物ではなく、マヨネーズ味や肉系に変わったということだ。
そのためか100円均一店ではあまりお目にかからない塩辛巻き、とび子巻きが存在していたのは嬉しかった。この手のトッピングはすでに死に行く運命の食材なのだろうが、おじさん相手の寿司居酒屋を目指す時には、まだまだ使い道があるということだ。
ロードサイド型の店では、このような居酒屋対応が難しいとは思う。しかし、アフターコロナで駅前繁華街が陥没し、回転寿司の大型店舗の出店が続いている。生き残りをかけた駅前バトルでは、こうした客層をちょっと変化させた業態、コンセプトが有効なはずだ。
くら寿司やスシローが、昼夜の提供メニューを変化させ自家性二毛作店に転換するような気がする。ファストフードの覇者、マクドナルドの夜マック戦略を回転寿司チェーンが換骨奪胎できるか。楽しみだなあ。
今日はちょっと真面目な業界話でありました。

街を歩く, 食べ物レポート

神田 薮・・伝統の重み

お江戸の三大藪と言われる老舗蕎麦屋の一つ、神田の藪蕎麦が火事で焼けたのは何年前だったか。神田の藪といえば、大晦日の年越し蕎麦のテレビ中継で有名だった。大晦日には昼から行列ができる。寒空の中で何時間も待って蕎麦を食べるやつの気が知れないなどと若い頃は毒づいていた。だがこの歳になると考えも変わり、実は並ぶ価値があるうまい蕎麦だと思うようになった。ただ、自宅が神田から遠いので、蕎麦を食べた後同じくらい時間をかけて家に戻るのが嫌なだけだ。歩いて行ける場所にあるのであれば、間違い無く並ぶと思う。ちなみに三大藪の残り2軒は浅草と上野にあるはずだ。コロナのせいで飲食店の営業事情が変化しているから、確かめたわけではないが閉店もしていないだろう。

火事で焼けた後に再建された新しい店だが、外観は昔のままのように感じる。周りにあるオフィスビルのようなものに立て替えなかったのは、やはり老舗としての矜持というものなのかと思う。客としていく分には、高層ビルの一階にある店よりも和風の一軒家の方が好ましい。間違いなく風情がある。都心の中の日本家屋は、それだけで存在感がある。
若い人たちであれば多少の圧迫感を感じるかも知れない。それでも、所詮は蕎麦屋だからあまり気を張ることもなく、ふらっと入って、さっと蕎麦を食べ、サラッと帰れば良いのだ。中で待っているのは、日本屈指のうまい蕎麦であることは間違いない。

蕎麦は不良の食べ物だったとは何度も書いてきたが、お江戸のそばのスタンダードは、この盛りの薄さだ。食事で食べるそばになれた人には、全く腹立たしいぼったくりに見える量だ。バーコードのようなという表現が全く正しい。濃いめのつゆにそばの下半分だけつけて啜る。そばを全部つゆにつけるのは野暮だよ、などと教えられたが、それはそばつゆがとてつもなく濃いからだ。半分つけたツユで口の中はちょうと良くなる。ちなみに、三大藪の中では浅草の藪のつゆが一番濃いような気がする。お江戸の蕎麦屋以外でツユ半分つけを真似してはいけない。普通の蕎麦屋のツユはそれほど濃くはないので、ドブンとつけて食べる方がうまいと思う。

蕎麦屋で酒を飲む時に、つまみとして出てくるのは基本的に蕎麦のトッピングだ。天ぷらや鴨がメインアイテムだが、茶碗蒸しや卵焼きがでてくるのも、蕎麦用トッピング材料の流用だ。だから当然のように海苔もつまみになる。ただ、老舗の蕎麦屋で出てくる海苔は、木箱の中に収められていて、その木箱の中では小さな炭が空気を温めている。湿気を防ぐためだそうだ。蕎麦屋の海苔をつまみに飲む時、海苔が湿気っていてはいけない。パリパリ感が命だ。

鴨も店によっては提供される。鴨南蛮は冬のご馳走だが、その鴨を炙ったり焼いたりして食べる。蕎麦屋では天ぷらと並ぶ濃厚つまみだが、こちらでは薄切りにしたハムのようでとてつもなくうまい。街の蕎麦屋ではあまり味わえない。お江戸の老舗蕎麦屋のつまみを肴に飲むのはなかなか幸せなことだ。
いつも厚焼きステーキで赤ワインという飲み方ができるはずもない。懐事情もあるが、胃袋の事情の方が最近は優先だ。時々は蕎麦屋であっさり海苔と熱燗でほろ酔いしたい。すでに神田の老舗蕎麦屋では、一杯やるのも気楽なお値段ではなくなっているが、それでもたまには足を向ける価値がある。
歴史に残る偉人の話は教科書でチラ見をするくらいで良いが、歴史が残した文化の精髄、老舗店の料理は、庶民がポケットマネーで楽しめる歴史遺産だ。気取らず、友人との会話を楽しみながら、蕎麦屋で一杯。それもお江戸の神田で憩う。京都で湯豆腐もいいけれど、神田で遊ぶ方が何倍か楽しいと思う今日この頃であります。

食べ物レポート

フーコットの鮭弁が・・・

埼玉のスーパーの勝ち組、ヤオコーはちょっと高いけれど、ちょっと高級という立ち位置のブランドだ。だから、NB商品の価格競争であれば他のスーパーにはほとんど負ける。1円2円という負け方ではなく、10円20円といった明らかにわかる価格差があるが、そこはヤオコーPBで切り抜ける。生鮮三品もアップグレードした商品で安売り店に対抗している。比較的高齢層に強いのだそうだ。いつの間にか、自宅の周りもすっかりヤオコーに取り囲まれてしまった。
そのヤオコーが食品ディスカウントの実験店として出店したフーコットだが、なんでも安いのは確かだ。ただ、その中にあれっと言いたいような珍しいものが並んでいたりする。自宅周辺のスーパーどころか都内のデパ地下でもお目にかかったことがないシナノパープルという高級ブドウがしれっと売られていたりする。ディスカウント店のはずが、国産鰻蒲焼をびっくりするようなお高い値段で売っている。きっと普通に買うと、買う気が失せるほど高いものなのかも知れないとは思うが。

値札しかついてないシンプルさ

そのフーコットをたまに覗きに行くのはなかなかの楽しみなのだ。ちょっと前にオーケーで有名なカツ重299円を買ってきたが、フーコットでは対抗してどんなカツ重を売っているのか気になりノコノコ出かけてみた。ところが残念なことにカツ重は売っていなかった。たまたま販売する時間帯が行った時と違うのかも知れない。焼肉弁当やカツカレーなどは売っていたが、1番に目だったのが鮭弁当だった。価格は298円とオーケーのカツ重値付けより1円安い。何か因縁がありそうな1円差だななどと笑ってしまった。

ホカ弁屋で定番である海苔弁はちくわ揚げと白身魚フライがメインで、付け合わせにきんぴらごぼうというスタイルが一般的だと思うが、フーコットでは鮭の西京焼きがどーんと乗っている。オマケは卵焼きと漬物というシンプルさだが、この鮭の厚みがすごい。ホカ弁の鮭弁当に入っている焼き鮭は厚さ5mmくらいだから、(測ったわけではなく、体感的なもので、おまけに過去の記憶モード、今度買ってきて確かめてみよう)これは相当に分厚いというべきだ。ただし、ノリはちょっとしょぼいかも知れない。
なんとなく感じるのだが、カツ重で真っ向から勝負するのは避けて、うちは鮭弁で勝負するからな、どうだ参ったか的な感じが漂っている。鮭のボリュームを見ると、魚好きにとってはかなり優勢と判断できる。他のスーパーで弁当売り場を見てきたが、この値段でこの鮭はすごいぞと思った。
フーコットから、一番近いオーケーまではずいぶん離れているが、相当に競争意識があるような感じだ。埼玉東部ではヤオコー・フーコット後継店がオーケーと直接対決する可能性が高いから、その前哨戦を意識しているのかも知れない。

追記:平日ではなく週末にフーコットに行ったらカツ重が売っていた。その話はまた別稿で。