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街を歩く, 駅弁

人気NO1弁当らしい鳥弁

ネットニュースのコラムか何かで見たのが、蒲田にある弁当屋の話だ。「鳥久」という弁当屋がテレビ局のロケ弁でNo.1の人気商品だという。へえと思った。ロケ弁はもっと高級そうな料亭製造みたいなものだとずっと思っていた。
蒲田に行くことはまずない。おそらく、これまで蒲田の駅で降りたのは人生全部合わせて3回くらいだろう。だから、その時の目的地を全て思い出せるくらいの「行くのは稀れ」な場所だった。
いつか機会があればと思っていたが、やはりというか当たり前というか、もう何年も経ってしまった。これはいけないぞと、あえて弁当を買いに蒲田へ出かけることにした。
ところが、あまり考えもしなかったので、残念ながら蒲田に着いたのが午後2時過ぎで、ほとんどの弁当が売り切れていた。やはり弁当屋は昼前に行かなければいけないなと反省した。それでも、お目当ての特製弁当はなんとか手に入れることができた。

鳥の串焼き、鳥の唐揚げ、肉団子など鳥料理が入っている。白飯の真ん中には梅干しが一つ。ああ、実にこれが日本の伝統芸だ、と思った。おかずとご飯のバランスが微妙だが、最近の弁当はご飯少なめ、おかず多めが主流だろう。それと比べると、この特製弁当はちょっとご飯多めに仕上がっている。「特製弁当」が人気の理由がここにある。崎陽軒のシウマイ弁当と共通点がある。つまり、伝統的弁当は、米を食べるためにおかずがある。そこがポイントだ。

店頭に並ぶ様々なお弁当が、基本的には鳥のおかずの弁当だった。昼過ぎにもかかわらず店頭に車を止めて買いに来る客が絶えない。一番人気は唐揚げ弁当のようだが、大振りの唐揚げは家庭では調理しにくいから、人気の秘密はその辺りにもありそうだ。また食べてみたい名物弁当だった。ようやく念願が叶い、人生の積み残したお荷物を一つ片付けた気分になった。やはり、蒲田は遠かったが、空港に行く途中でよれば良いのだと、家に戻ってきてから気がついた。間抜けな結末でありました。

街を歩く

ひさしぶりにお台場の展示会

1年ぶりにお台場の展示会に出かけた。コロナ対策をしっかりした上での再開ということだった。コロナ対策の最大部分は展示ブースを減らして通路を広げるということらしい。ネットで事前登録というのもすっかり定着したようだ。
お目当てはドローン展だったが、行ってみればちょっと期待外れというか出店者が少なすぎる。思い当たる理由は、世界的ドローンメーカーは中国にあるので、そこの出展がないことのようだ。国産メーカーでは企業数が少なすぎるのか、コロナの影響で出展意欲がないのか。ただ、ラトビアの企業が展示をしていたから、主催者側の問題なのかもしれない。少なくとも、コロナ前に幕張メッセで見た時は、ものすごい規模だったから、その落差が目立つ。

同じ会場内に農業関連、工業製品などあまり関連性が感じられない他業種の展示会が同時開催されていた。ドローンを見に行ったはずが、自走式自動草刈機があったり、ジビエ・レシピーが展示されていたり、思わぬ出会いもいろいろあった。しかし、結局はコロナ拡大という事象の中で、展示会ビジネスが瀕死の重傷を負っているらしいということはわかった。
ビジネス展示会は積極的に「直接濃厚接触」を求める場なので、非接触を是とする時代には全く適合しないビジネスモデルになってしまった。Webサイトを通じた会議、セミナーなど新たな試みが定着しつつある中、この前コロナ的な「展示会」ビジネスは、アフターコロナの世界で本当に見直しが必要なのだろうなあ。

特に、各大学が出していたブースを見て、そんなことを思った。大学関係者はブースの中に籠ったまま、通行客にほとんど声もかけないし展示もよくわからないものばかり。展示会に出ろと言われたから嫌々来ました感が、自然に溢れ出ているのはどうかなと思う。(個人的な感想です)
それこそヴァーチャル世界での展示会が必要なの時代なのだろう。

食べ物レポート

山田うどん讃歌? 傘下?

山田うどんが、山田うどん食堂に変わって、そろそろ2年が経つ。従来からある店舗は看板が変わっただけのようだが、新しい店はそれなりにファミレスよりというかファストフードっぽい作り構えになっている。単純に言えばテーブル席(ボックス席)が増えて、店内が明るくなった。おまけに、これは改悪のような気もするが、店内でかかるBGMの合間に、メッセージというかコマーシャルというか、色々と煩い情報が混ざっている。コロナだ、感染症対策だ、年末の予約だ、などとあれこれ細かく指導されているようで、ちょっとうんざりする。最近のスーパーマーケットも店内は「道徳警察」と言いたくなるくらい、あれこれ注意事項やらお願いというなの強制で満ち溢れているが、それをそっくり真似しているような気がする。飯くらいゆっくり食わせろ、と言いたくなる。

照明が邪魔をしているが、山田うどんのシンボル・マーク、カカシがモチーフになった壁紙は、イメージ転換としてはありかなという気がする。横にある山田うどん食堂マークはちょっと邪魔か・・・。山田うどん食堂の店に入っていることはわかっているのだから。この辺りが、まだ店づくり、インテリアでこなれていないところだな、などと考えていた。いちゃもんをつけるつもりはないが、気になってしまったのは職業病みたいなものだ。ただ、そんなうっとうしいことをいちいち文句をつける客もいないことだろう。店内の居心地はずいぶん良くなった。高速回転型の商売だろうから、居心地が良くなりすぎて長居をされても困るだろうな、と思うくらいに変化している。

最近、蕎麦を生蕎麦に変えたと訴えているのは気になっていた。お試しということで、ざるそばを頼んだのだが、これだけだと300円というお手軽価格なので、なんだか申し訳なくなり、一番人気の「かき揚げ」を追加した。これでもワンコインでお釣りが来る。確かにそばは旨くなっていた。ただ、「うどん」屋なので、そばを食べる人の割合がどれくらいなのかと、ちょっと気になる。それにしても、山田うどん食堂全店で考えれば生蕎麦化はかなりの決断だっただろう。
埼玉県の街道沿いでは駅の立ち食いそば的な感覚で使えるレストランが少ない。ファミレスもメニューを多様化しているので麺類を提供している。が、ニーズの本質は麺類を食べたいということよりも、手軽にささっとかきこめる軽食需要なのだ。そこにこそ山田うどんの存在意義があった。ファミレスとの差別化のポイントとも言える。ただ、山田うどん食堂と改名して、ファミリー層の獲得まで含めた客層拡大が狙いのようなので、メニューの追加、基本商品の品質改良は欠かせない。外食企業の定石だろう。
結論を言えば、生蕎麦導入は正解なのだというのが、食べた後の感想だった。ちなみに、平日はそばの大盛りが無料だそうなので、主客層の男性サラリーマン(ガツンと食いたい派)にも対応している。メニューのラインナップを見ると、この先、ファミリー向け、サラリーマン向けのどちらの方向に進化していくのか見当もつかない。ただ、駅前ではなく田舎道の途中に存在する食堂は貴重だ。埼玉の誇りとして頑張ってほしいぞ。

食べ物レポート

名店 金田で憩う

東京に数ある居酒屋の名店は、大部分がいわゆる下町エリアにある。大繁華街である池袋、新宿、渋谷などの都心西部には見当たらない。ましてや山手の住宅地となると、居酒屋よりイタリアンやフレンチの名店が多い感覚がある。その山手、自由が丘でとてつもなく評判の良い居酒屋、金田に行ってきた。知人のリクエストだったが、やはり遠征する意味のある「良いお店」だった。

自由が丘の駅を降りて、線路沿いにちょっと渋谷方向に歩くとたどり着く。自由が丘は、どこがメインストリートなのかわからない、駅の東西南北にある意味無秩序に広がっている不思議な街だ。ただ、渋谷方向に伸びる道の一角は居酒屋やラーメン屋などが立ち並ぶ「夜の繁華街」的な感じがする。

二階席に通されて、まずは酒を頼み、刺身盛り合わせでいっぱいとなった。本鮪の赤みがさりげなく入っている。白身と青魚がほどよく混じっていた。自然と、うまい肴という言葉が浮かんでくる。

肉豆腐は、豆腐多めで独り占めして食べるのがほどよい量だった。味付けは薄めなので、ご飯と一緒に食べるおかずというより、味の濃い日本酒を飲みながら、汁と豆腐で口の中を調整していく、そんな感じの酒飲み向きの一品だった。池波小説に江戸の居酒屋の描写があるが、大体は「鍋」「汁物」をつまみながら酒を飲んでいる。まさに、この肉豆腐はお江戸の味という感じがする。厳密に言えば、お江戸では豚肉は常食になっていないから、猪鍋か、鳥鍋だったのだろうけれど。

こういう居心地の良い居酒屋は、ついつい長く居座ってしまいがちだが、名店だけに席待ちの客もいるので、サクッと飲んでサクッと帰るのが「粋」というものだろうし、暗黙の大人の了解というものだ。大振りのお銚子を2本いただいて退散した。良い酒、うまい料理、良い友達、これに勝る人生の楽しみはないなあ。

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駅弁 as NO. 1

今更ながらの話だが、駅弁界の絶対王者は北海道のイカ飯と横川の釜飯なのだそうだ。どんな駅弁大会でも、必ず1・2位をわけあう圧倒的強さで、そこに追いつくのが山形の牛肉ど真ん中、秋田のとりめしで、5位以下に全国の強豪がひしめくという構図らしい。個人的には、あれもこれもランキングに入れてくれと言いたい「おすすめ駅弁」はあるが、客の支持=販売数と思えば、やはりイカ飯と釜飯に尽きるようだ。

まあ、それに文句があるわけでもなく、横川の釜飯は大好物だ。その横川の釜飯の出張販売が、今年は近場のスーパーであった。釜飯のサイトを見ると、本家本元群馬県横川から配送可能な埼玉県、千葉県周辺では、ローカルスーパーのほとんどで特設販売日があったようだ。ありがたいことだと、いそいそと自宅近くのスーパーに買いに行った。まだほんのり暖かい釜飯を手に入れた。ラッキー。

益子焼の釜

最近ニュースで見たのだが、横川の釜飯の土釜を製造している焼き物屋さんが倒産したそうだ。後継の会社は見つかったようなので土釜がなくなることはないとのことだが、それにしても日本一の販売数の釜飯屋(多分)に供給しても商売が成り立たないとは、焼き物業界も大変なのだろう。飲食業とは密接な関係がある業界だけに、こんな場所にもコロナの影響なのかなあ、などと思ってしまった。
最近はパルプ製容器を使った釜飯も売られているが、ゴミになるパルプ製と再使用できる土釜とどっちがエコだろうと考えてしまう。土釜を作る時には火を使うのでエネルギーが必要だし、パルプは森林資源を使うし、おまけに焼却処理が前提だ。などなど、個人生活にもじんわりとエコ問題が入り込んでくる時代だ。

ちなみに、釜飯の土釜は自宅で何度も調理(自分で釜飯つくる)をして、壊れるまで使う。あるいは、小物などの入れ物として使う。昔から碁石を入れる碁笥かわりに使っている。USBやSDの保管容器にも重宝している。蓋付きなので埃が入らない。

全国あちこちに釜飯・駅弁は存在するが、この横川の釜飯はひときわ完成度が高い。なんといっても甘い杏と栗が決め手で、「甘味」の存在がやはり駅弁の肝だ。それも一口サイズというのが重要で、横川の釜飯はこれが2点豪華セットになっているのが優れた点だろう。
隠れ名品は、釜飯型の別容器でついてくる漬物セットで、これだけでも酒の肴になりそうなものだ。その中でも一番下にひっそりと隠れているワサビ漬けが実はおつまみ会の裏ヒーローだと思う。仮面ライダーシリーズで言えば、ライダーマン的存在で、通好みの渋さというしかない。

次回の釜飯販売はいつになるのだろう。自転車で買いに行ける駅弁というのは、とてもありがたいのだが・・。月イチ開催にしてもらえればなあ。

食べ物レポート

ウニ祭り その2

回転寿司巡りで気が付いたことあれこれ、の続き。スシロー、くら寿司、はま寿司の御三家+かっぱ寿司が、お互いの隙を見ながらあれこれ離業を繰り出してくる。この夏は高級ネタの特集ブームだったらしく、ウニと本マグロが順繰りに各ブランドでテーマになっていたようだ。はま寿司は「ウニ」キャンペーンの最終ランナーとなった模様。そんなことを思いつつ、はま寿司のウニテーマ寿司キャンペーンに出かけてみた。
一番面白かったのあん肝といくらが乗っかっている軍艦巻きだった。個人的な嗜好だが、海苔好きなので、ネタと海苔の味が感じやすい軍艦巻きが好物だ。海苔巻きになると海苔の主張が強くなりすぎる気がする。それでも、サバを巻いたものなどは、鯖の味が強烈なため海苔とのバランスが取れる。卵焼きを入れた巻物は、中身の味が繊細すぎてバランスがいけてない。かっぱ巻きは(個人的に)、味が薄すぎるので、鮨の仲間ではない、何か別物の料理のような気がする。
そういう偏見持ちから見て、このウニいくら軍艦はなかなかの傑作ではないかと思った。ただし、醤油をつけて食べるのにはテクニックが必要だ。ガリを醤油につけて、それをネタの上でペタペタして醤油を移し替えるという技を今回は採用した。

お目当ての「ウニ包」は、海苔の上にウニ握りを置いたもので軍艦巻きよりもウニを感じやすいようだ。ただ、これはウニ握りを海苔で誤魔かした感もある。なるほどね、というのが感想だった。ただ、同じものをスシローも売っていた。パクりとまでは言わないが、ちょっと芸がないなあ。
あいかわらず魚ネタには手を出さないまま、ウニだ貝だと非・脊椎動物だけを食した。基本的に寿司ネタは「泳がない」生物がうまいというのが持論なので、100円寿司でも十分満足ができる。
札幌にあるお気に入りの鮨屋(チェーン店)で「貝尽くし5貫盛り」というメニューがある。これはマイ絶対定番だと思っているが、東京ではそういうネタの出し方をする鮨屋にお目にかかったことはない。お江戸の寿司ネタで貝といえば、青柳、煮ハマグリ、赤貝くらいだろうか。あわびにとり貝を合わせれば5貫盛りもできそうだが、お江戸の鮨の食べ方というか作法には「貝だけ」は合わないのだろう。お江戸の「正しい」鮨屋では邪道扱いされるに違いない。となると、どこかの回転寿司チェーンで貝の10貫盛りキャンペーンとか、やってくれないかなあ。

街を歩く

北西池袋は勃発した看板戦争?

池袋西口@DEEPの続きになる。池袋西口散歩で見つけた看板がとてつもなく面白いので、いくつか並べてみた。

一つ目は「日中 ラーメン対決」で平仮名が混じっているのが日本勢の看板。京劇の役者の顔が目印で日本語には存在しない漢字を使っている大陸チャイナ勢的な看板との対決シーン。この2店は徒歩1分圏内にあるので、どうみても直接対決していると思う。チャイナ勢がカタカナでシセンマーラータンとふりがなをしているあたりが、日本侵攻作戦(笑)をよく研究しているのがわかる。四川料理で麺といえば坦々麺と短絡的に思ってしまうのだが、ラータンというものがあるのだなとお勉強になった。どんなものだろう。酸辣湯麺の酢を抜いたようなものだろうか。ディープな興味が湧いてくる、怪しい看板はすきだなあ。もっとも、もり中華を食べるのが先攻で、後攻がラータンか。

第二戦目。同じく徒歩1分圏内で似たような看板を発見した。虎のマークで東京 NO.1を訴えている「東北王熏醤」。ちなみに「熏」という字は読めなくて、調べてみたらJIS第二水準の難読漢字だった。読みは「くん」だ。薫と間違えやすい字だなあ、というのは余談。その店名の下にあるバナーで、何やら読めないメニュー名らしきものが書いてある。大陸チャイナ勢で間違い無いだろう。こちらの店でどんな麺?が出されるのかは全く見当がつかない。謎チャイナ飯だ。想像するしか無い。謎すぎて店に入ってみるのは勇気がいる。もう一方は平仮名混じりの看板で、明らかに日本勢だとわかるが、なんだか字体というか看板デザインが似た感じだ。赤い地に白枠の黒文字という部分が共通だからだろう。たまたまなのか、どちらかが真似をしたのか。あるいはデザイナーが同じなのかもしれない。

第三戦目。雑居ビルの壁面看板もよく見れば色々とお面白いことが発見できる。2F 山内農場は日本の居酒屋チェーンが運営している純国産ブランドだが、漢字しか使われていない。3Fは「どり」だけひらがなで、やはりこれも日本ブランドチェーン店だ。4Fがちょいと怪しげな雰囲気を出している。オール漢字の「四季海岸逸品火鍋」はどちらの勢力だろう。漢字だけで判断してはいけないような気もする。日本企業が池袋の火鍋ブームに乗っかって開発した店かもしれない。5F新富麗華カラオケもかなり怪しい匂いだ。「新富町」は地下鉄の駅名でもあるから、新富は日本語だとも言える。麗華さんは最近のキラキラネームの中ではおとなしめの方だろう。ただ、その2単語が合体するとなぜか異国の匂いがしてくる。看板を眺めているだけで、こんなに楽しめるのは池袋くらいだろう。

ここは台北?香港?上海?

そして極め付けが、このお店。なんだかサンフランシスコのチャイナタウンでこんな店をたくさん見たような気がする。台北や香港の街角にも、こんなメニュー写真を店頭に張り出したレストランはたくさんあった。メニュー写真を見ると日本語で説明してあるが、看板を眺めると読めない漢字の下にアルファベットでふりがながしてあり、それが怪しい。どうも店名(漢字)の日本読みのようだ。普通アルファベットで書くときはチャイニーズを英訳した単語が並ぶと思う。富貴飯店がMandarin Hotelなどと 表記されるようなことだ。
ところがこの看板では ーーーーDAIFUJINとなっている。大夫人=DAIFUJINらしい。この読みは日本語なのか?
やはりこれは日中ハイブリッドと考えるべきだろう。おそらく看板にある「周黒鴨」というのは、看板に載っている女性と思しきイラストの方の名前なのだろうなあ。カーネルサンダースとかマクドナルドとかと同じ人名がブランドになっているということか。
池袋にいながらディープなエスニック体験ができるとは、便利な世の中になったものだと思う。が、店内に入ったら日本語メニューがないとかいう怪しさもありそうだ。不思議な街、池袋ノースウェストだ。

食べ物レポート

サイゼリヤで肉を喰らう

サイゼリヤといえばお手軽イタリアン・ファミレスという印象がある。店内に入るとBGM・装飾も含めタリア推しだから、そこに文句をつけるつもりはない。メニューも日本人向けイタリアンの絶対定番、パスタとピザをしっかり押さえた上でサラダやサイドも豊富だ。ところが、冷静にメニューを見てみればメインである肉料理(魚料理もか?)が、全然イタリアンらしくない。メインがハンバーグというのは日本のファミリーレストランでは必須アイテムで絶対常識だ。が、イタリアンハンバーグと言ってもチーズを乗せればイタリアンと平然と言い切ってしまう社会と文化だから、イタリアンな肉料理をサボっていても非難もされない・・・。

サルシッチャは本当に肉肉しい

などと意地悪いことを考えて、あえてハンバーグを頼まずに、別の肉料理を食べてみようと思った。弁解しておくと、サイゼリヤのハンバーグはファミレス業界の中で相当にレベルの高い方だと思うし、値段と品質を合わせて見ればハンバーグ専門店以上の価値がある。特に、ランチでしか出てこないオニオンソースなどソースアレンジが素晴らしい。念の為に言っておくと、サイゼリヤのハンバーグは好物の一つだし、まずいと思ったこともない。普通以上にうまい。某ファミレスのチーズ入りハンバーグより断然うまい。
それはさておき、最初に頼んだのはパンチェッタのグリル。イタリアのソーセージであるパンチェッタは、イタリアで食べるとこれまで食べてきた日本のソーセージとの違いにびっくりさせられる「すごい食べもの」だった。ヨーロッパ各国、そしてアメリカでの経験で言えば、どの国もソーセージが本当にうまい。さすが肉食の国の食べ物だと思う。ホットドッグを食べて感動するのは、あまりにパンがまずいくせに、ソーセージがうますぎるので、総合的にうまいものに感じてしまうせいだ。逆に日本のホットドッグはパンがうまいが、ソーセージが決定的にダメなことが多い。
このソーセージのうまさが日本で再現できていないのが悲しい。日本的改良品ソーセージはそれなりにうまいが、やはり本場の味との差は明らかだ。ただ、日本のソーセージは日本人的な嗜好に合わせてあると言われればそれまでで、シャウエッセンみたいなソーセージは日本でしか食べられない。
そうした本格ソーセージに対する、ちょっとしたモヤモヤ気分を解決してくれるのがサイゼリヤのパンチェッタだ。これは実食してもらうしかないが、「肉肉しい」という感がする。もう少し獣くさくなれば、ヨーロッパ的なソーセージにもっと近づく。サイゼリヤ特製の辛いソースと合わせて食すのが良い。

イタリヤ料理に存在するのか疑わしいが、大好物の辛いチキン

そして最近登場した、辛い鳥もも肉のグリル。これもイタリアンかと言われれば、頭の中はクエッションマークで埋め尽くされるが、明らかに肉料理としてうまい。骨つき肉は骨の周りの軟骨部分が楽しみだが、四国丸亀名物の骨付き鳥に通じる「肉食いました」感がある。根本の骨部分を手掴みで食べれば、例の漫画に出てくる原始人の肉っぽいところもある。鳥もも肉は、ナイフとフォークではなく手掴みでガブっと行きたいものだ。まさにそれは、人類のDNAに刻まれたうまい肉の記憶だ。
このパンチェッタと鳥もも肉の二品合わせて1000円もしない。だから、イタリアンだ、肉料理だ云々は全く無視して、「美味しく肉をバクバク食べる」のがサイゼリヤの正しい使い方だろう。肉三昧は楽しい。

しかし、実はサイゼリヤのすごいのはひっそりと提供されている付け合わせのソースにあると思っている。ソースこそが、イタリア料理の精髄に通じる道で、他のファミレスではできていないことなのだが。ソースの話はまたの機会にでも。

街を歩く

池袋西口@deep

好きな小説作家の作品の一つ「秋葉原@DEEP」という題名がずっと記憶に残っている。ちょっとSFチックというかファンタジー系の要素を入れながら、現代の若者模様を描く長編作品で、電脳社会とかオタク文化とかあれこれごちゃ混ぜな美味しいお話だった。その話を入り口にとして、池袋西口公園の話を延々と読み続けている。自分としてはドボンとハマった作家の一人だ。たまたま池袋に行ったので、その西口公園のあたりを一回りした後、池袋駅西口北側にある、東口に抜ける地下通路(私鉄地下鉄のコンコースではなく本当のトンネル)周りを歩いてみた。この辺りが池袋西口公園物語の主人公が住む自宅兼店舗があるという設定だ。

噂には聞いていたが、池袋がマダラ租界になっている。サンフランシスコでチャイナタウンにいくとこんな感じがする、とでもいえば良いのか。横浜の中華街や神戸の南京町に行っても、ここまで強烈な異世界感は感じないだろう。要は日本人として見慣れた漢字がつかわれていれば、そこは日本の中華街であり、日本の一部と感じる。
サンフランシスコのチャイナタウンで感じるのは、普段見たことのない漢字が使われていて、カナがわりに英語が混在していて、おまけにその漢字も微妙に読めそうで読めないという違和感だ。日本の各地にある中華街では、この違和感がない。
ところが、そのなんともいえない違和感、ここは日本ではないという感覚が、池袋の街の片隅でマダラに生まれている。
台北や香港に行くと、全面的に読めない漢字だらけなので異国感はあるが納得できる。マダラではなく全部が違う、だから違和感につながらない。異国感ではなく違和感を感じるのは、中途半端に読めない漢字が、あちこちに混在するというのが重要な要素だ。

例えばこの看板だ。上部の万宝は読める。多分、意味もわかる。しかし下の「火ヘン」の二文字が読めないし、わからない。おそらく火をつかってある字だから、何らかの焼き物みたいなものではないかと想像する。看板の裏側を見ると、どうも串焼きのようなものらしい。読める漢字と読めない漢字が混在するのが、モヤモヤする原因だ。

これがビルの壁面看板になるともっとドキドキする。4Fの看板はよく知っている外食チェーンだ。5Fはどうやらお姉さんがいるお店らしい。6Fは有名な焼き鳥チェーン店。ここまでは日本語だけで理解できる。そして7Fは「熊猫火鍋」と書かれている。確かにパンダのことを熊猫と表記することは聞いてはいるが、日本語のセンスではないような気がする。それでも、まだ日本的な漢字常識で認識できる。ところが、池袋では一見して漢字だとわかるが、ちゃんと見ると読めない漢字というのが町中に溢れている。熊猫世界をこえている。

このビル一階の看板も普通に見ればなんの違和感もない。よくあるビルの店舗案内だ。ただ、4階 逸品火鍋をよく見れば、さりげなく読めない漢字が使われている。これがハングルだったりアラビア文字、タイ文字など全く読めない文字であればまた感じ方も違うのかもしれない。
読めそうで読めないのが、喉に刺さった魚の小骨的に感じるのだろう。まあ、池袋の北側はこんな感じに変わっていっている。関東各地にある異国人街、リトルデリーとかコリアンタウンとか呼ばれているエキゾチック?な街とどこが違うのかと言われると、多分、読めそうで読めない漢字のせいだろう。秋葉原とは違った意味で、池袋もすっかりdeepになっている。

ちなみに、古代から中世に漢字文化圏として影響を受けた漢字もどきに、ベトナム(阮朝)や西夏の文字がある。(日本語で使われる変形した漢字やカナもこの漢字もどきなのだが)この異国の感じインスパイア文字も歴史書などで見ると、わかりそうでわからないモヤモヤ感がすごい。
思うに、文化の発祥はいつでも大国なので、伝承された周辺諸国は劣等感のあまり、文化の精髄である文字をそのまま受け入れるのが耐えられないのだろう。古代・中世のスーパーステートであったチャイナに対する劣等感で、俺たちだって字くらいは作り出せるぞと生み出しのが各国の「漢字もどき」みたいなものなのだろう。ところが、それはチャイナ本国では蛮族の文字として余計に笑われるという事態をまねく。国交文書は正式な漢字でしか受け入れられない。その屈辱に耐えきれず、日本は遣唐使を廃止してしまったようだ。そしてカナ文字の発明、国風文化と民族自立運動を展開することになる。その後も日本が戦国時代末期まで大陸チャイナ帝国に対するコンプレックスを持ち続けていたことは、間違い無いだろう。(個人的歴史仮説であります)
同じことが第二次世界大戦の敗戦で起きたから、歴史的証明がなされたとしても良さそうだ。日本のカナは間違いなく、漢字インスパイア系国産文字だが、第二の漢字国産化は当用漢字(今の常用漢字)の導入だと思う。敗戦時のどさくさで作られた、変なプライドと政治的思惑で生まれた漢字もどきだ。池袋の話からずいぶんずれたが、日本の文化の変容はいつも劣等感から始まるという仮説は、また別の機会に。

食べ物レポート

大和から来た北京飯店@所沢

埼玉県は某ヒット映画で散々に茶化された通り、「海なし県」なので海産物に名物はない。(当たり前だが)
だから有名な鮨屋も存在しない。(と断言して良いかちょっと自信がないが)鮨を食べに行くなら当たり前のようにお江戸に行く。それとも、手近の回転寿司で簡単に済ませるかだ。
蕎麦も秩父の山間部では有名だが、全県的に見ると圧倒的な「うどん県」だろう。讃岐うどんには勝てないかもしれないが、武蔵野うどんは関東が産んだ最高峰の麺料理だと思う。(ここだけは評価してもらいたいものだ)
にも関わらず有名なうどん屋といえば、山田うどんになってしまうのがちょっと悲しい。一部の地域、加須あたりではうどん懐石の店もあるようだが。行列ができる店といえば大宮の藤店くらいだろうか。
それにも増して、中華料理の店は圧倒的に少ない。なぜか町中華ですら少ない。当然、美味い中華を食べるのであれば、お江戸まで行くことになる。そんな非グルメ的環境の中、所沢の駅ビルが第二期拡張を完了してレストラン街が広がった。そこに新しく出てきたのが、京都のお好み焼き屋・仙台の牛タン屋・そして神奈川県大和の中華料理屋だった。埼玉発のレストランは、川越のラーメン屋元々あったが、拡張部分は全て「外地」からの侵攻だった。ほかにはオムライス屋・ビヤホール・焼肉屋もできたが、これはどれも全国チェーンだった。埼玉グルメ界の発展を祈りたい。
しかし、素朴な疑問だが、なぜ大和の中華料理屋?と思う。どうせ神奈川から持ってくるなら、横浜の中華街で元気のある店を連れてこれなかったのかと聞きたくなる。

そんなことを考えながら、新規開店からずいぶん時間が経ってしまったが、ようやくその中華料理店に行ってみた。時間がかかった理由は簡単で、開店以来ずっと行列ができる人気店だったからだ。待たされるのを嫌っていただけで、そのうち人気が落ち着いてきて行列がなくなったら入ってみようと思っていた。ところが、コロナの間は多少空いていたようだが、それでも行列はできていた。客の数は減っているはずだが、席を間引いているから収容人数も減っていたためだと思う。
そして、馬鹿馬鹿しいことに、ようやく気がついたのだが、開店時間早々に行けば入れるだろうということだ。開店当初は、営業時間前から客が並んでいたので、早めにいってもなあ・・・思い込んでいただけだ。
当たり前だが、昼のピークに行けば1時間待ちになる。が、今であれば、開店と同時に入れば問題ないはずだ。朝飯を食べずに腹を減らして、11時に行ってブランチにすれば良い。いやいや、頭悪すぎというものだと反省した。結局、11時5分過ぎくらいに行って、全く待たずに楽勝で入店した。それでも席は半分くらい埋まっていたが。

とりあえず、午前11時のブランチ、最初の注文は多少軽めにしたいので水餃子にした。一人前3個とありがたい量だった。普通に美味い。皮が厚めなので小籠包的な感覚はないが、もっちりとした伝統的な日本式中華料理(?)の味だった。黒酢のソースがオシャレ感を出している。何やら埼玉的ではない香りがする。

そして、中華料理における我が絶対定番「酢豚」を頼んだ。単品注文なので量はそれなりにある。というか、一人で食べるには多すぎる。おまけに、この大和スタイルの酢豚は肉だらけだった。総固体量の7割が「豚」で、お肉のお供というかおまけ程度に野菜が顔を出す。超がつくストロングスタイルだ。これに匹敵するのは紅虎餃子房の黒酢酢豚くらいしかない。(あれは酢豚というよりゴロっとした塊肉だ)
できれば、キクラゲとか歯応えのある野菜などを入れて欲しい。玉ねぎとか筍なども増量して欲しい・・・などなど、肉好きのための食べ物「酢豚」を注文する割には、ひ弱な希望が溢れてくる。
どうやら神奈川県大和式中華は肉モリモリのストロングスタイルなのだ。もう一度来店して、麺料理とチャーハンを試してみなければ解決できない仮説だが、多分正しいと思う。西武鉄道の商業施設開発部門の方々は、きっと大の肉好きなのだろう。そして、彼らの思惑と野望は、自分たちの本拠地を「肉肉しいレストラン街」にすることなのだと思い知った。
ちなみに、この中華料理屋の隣は仙台の牛タンや、川越のコッテリ系ラーメン屋、居酒屋系蕎麦屋、札幌のイタリアン、そしてお江戸のトンカツ屋だ。フロアーの反対側には焼肉屋がある。逆隣はお好み焼き屋、ビール洋食、オムライスと並んでいる。こうして見渡しててみると、このレストラン街は相当にヘビー系に偏っているのがわかる。
これが西武鉄道グループの陰謀なのか、埼玉県西部に住む人民の嗜好なのか。微妙ななところだなあ。どちらにしても、神奈川県大和からきた中華料理屋には今日も行列ができている。