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街を歩く

新宿三丁目池林房はお休み

新宿三丁目にある飲み屋、居酒屋の中で一番通い詰めた?お店が池林房だ。きっかけは、愛読している椎名誠エッセイの中で見つけたような記憶がある。だから、ある時ふらりとはいってみた、というのが使い始めだった。誰かに紹介されて行ったのではにのは確かだ。
まだ、世の中で喫煙が自由だった時代で、店内がタバコの煙で煙幕がかかっていたような気がする。後で知ったことだが、オーナーが北海道出身で、メニューに北海道的なものがたくさんあることも、この店を気に入った理由だった。二つ目の理由は日本酒のグラス売りの種類が多いこと。まだクラスで日本酒を飲むのが、ちょっとおしゃれ感じがする時代だった。隣の席の会話が筒抜けで、良くも悪くも大部屋的な雰囲気が好ましかったこともある。いわゆる、ワイガヤ的雰囲気だった。
新宿三丁目で飲むといえば、まずここが思い浮かぶ。支店も何軒かあり、お店の雰囲気が微妙に異なっているので、飲み相手に合わせて店を変えたりもした。それでも、本店が一番好みであることに変わりはない。

まさか潰れてはいないだろうと思いながら、恐る恐る店の前に行ったらなぜか入り口にチェーンがはられていて、ドキッとした。夜逃げ、倒産したら、だいたい入り口、裏口がチェーン封鎖される。もしや、と思ったが入り口の案内を見て安心した。管財人の封鎖告知ではなく、「まんぼう」による休業案内だった。
確かにこの店は終電近くまで賑わう、深夜型の店だったからお休みするのも仕方がないかと思う。

休業明けには、誰か知人を誘って一杯やりに行こうとおもうのだが、ここしばらくは新宿三丁目散歩の結果を踏まえて、行かなければいけない店が増えすぎてしまった。まず優先順位をつけなければいけないが、順当に選べばこの池林房が第一号になる。
春の新宿三丁目詣では、なかなか忙しいことになりそうだ。

食べ物レポート

洋食屋で一人飲み

ほぼ理想型のオムライス

JR新宿駅から歌舞伎町に向かう途中にある、靖国通り沿いの雑居ビルのレストランというか洋食屋が最近の贔屓の店だ。洋食屋と言いながら、刺身盛り合わせや天ぷらも注文できる、昔のデパートの大食堂的なところが気に入っている。もちろん、良い洋食屋としての絶対的な条件である「おいしいオムライス」の存在が決め手であるのは間違いない。
私的おいしいオムライスの条件とは
1 卵焼きが薄焼きで、決してフワトロの厚いオムレツではない
2 ソースは真っ赤なケチャップで、決してデミグラソースなどではない
3 中身はケチャップ味のチキンライスで、バターで炒めていない
この三か条は譲れない。要するに昭和中期の松の食堂、貧乏洋食的な風情があるか、その正統的な生き残りでなければいけないという、極めて個人的な決め事だ。最近の美味しいと言われるオムライスの条件には全く当てはならない。

ただし、オムライスはしめに食べるものなので、まずはランチ定食の中から、やはりチープ系グルメであるハムカツ定食を頼んだ。この後に、オムライスを食べることを考え、ご飯は極小盛りでお願いする。その茶碗半分にも満たないご飯にソースをかけて、ご飯を酒のつまみに変えてしまう。ハムカツにもじゃぶじゃぶとソースをかけて衣がぐだぐだに柔らかくなるくらいにする。付け合わせのマカロニサラダやキャベツにも、ソースをかける。
洋食といえば、醤油ではなくソースをたっぷりかけて食べるものだ。漬物の小皿と味噌汁も酒の肴に大変身(意識の上ではということだが)して、オムライスの前の一杯の準備を整える。

暑い夏であれば、キンキンに冷えた生ビールという選択もあるが、まだまだ気温が低い時は小瓶の黒ビールか、冷酒の一瓶を選ぶことにする。洋食屋で一人飲みをしていると、まるで昭和の文豪のような気分になってくるから不思議だ。どうにも昭和の文豪のグルメ・エッセイを読みすぎたせいだと思う。「銀座のレンガ亭でオムライス」みたいな話が強く記憶に残っていて、文豪の通った銀座の名店にも何度か行った。だた、自分の身の丈に合わせると新宿の洋食店が似合うような気がしている。
次にこの店に行った時は、ピザとサラミでスタートして、オムライスで締めてみようか。まさに昭和な洋食屋の使い方、飲み方のような気がする。お腹に余裕があれば、(できれば)イカ天を追加したいものだが。

街を歩く

新宿三丁目 末廣亭あたり

一時期、落語に本格的にハマってしまい、かなりの頻度で寄席に通っていた。通いやすさで言えば、新宿三丁目「末広亭」が一番で、月に2度3度と通い詰めたこともある。
当時は、落語受難の時代で昼の部は客席がガラガラだった。今ではプラチナチケットの演者である花緑が主任をつとめても、この頃は満席には程遠い客入りだった。偶然入った日の主任が花緑で、その面白さを知って、それ以来ずいぶんとチケットを手に入れては独演会など聞きに行ったものだ。
当時は若手真打筆頭みたいな言われようだったが、今では重鎮クラスだ。久しぶりに寄席に行ってみようと思うのだが、今は客席での飲食が禁止らしい。それがちょっと寂しい気がする。

末広亭の並びはこじんまりとした居酒屋が密集している、我がお好みの飲み屋横丁だ。ただ最近では、コロナの影響ですっかり店が閉まってしまったのではと、恐る恐る確かめに行ってきた。
新しい店も何軒かできていたが、昔馴染みの懐かしい店もほぼほぼ健在でホッとした。次は夜に来なければいけない場所だ。末広亭で昼ノブを楽しんだあと、そのまま一杯やりに行くのが良いと思う。

今まで全く知らなかったのだが、新宿三丁目の駅から末広亭に向かう道は末広通りというらしい。看板が立っているのに初めて気がついた。この道は相当通い詰めたところなのだが、いつも夜に歩いているせいで気がついていなかったのかもしれない。看板を見てはいたが全く気がついていなかったという可能性もある。
酔っ払いの記憶能力の限界というべきか、あるいはこれから酒を飲むぞと喜び勇んで歩くオヤジは、観察能力が足りないということだろう。

その末広通りの先にある老舗の鮨屋。ここもずいぶんとお世話になっている。お値段がお手頃ということもあるが、魚をつまみに居酒屋的に一杯やる大衆的な鮨屋だ。一人のみに向いている。
新宿三丁目界隈で飲んだ締めに、軽く鮨をつまんで帰るという使い方もよくしたものだ。当然ながら人気店なので満員のことも多い。たまたま席が空いていたらラッキーというノリで、まず三丁目の一軒めはここにして、満員だったらどこか近くの店を探すという使い方もしていた。昭和初期からという歴史のある店舗が建て替えられたのは平成もずいぶん経っていた頃だったように記憶している。

一時期はインバウンド観光客に占拠され予約を取らずに入るのが難しかったが、今では少し落ち着いているだろう。冷酒と刺身盛りに漬物盛り合わせを注文し、のんびり一人で飲むのは良いものだ。途中からは熱燗に変えて、握りを何個かつまんで帰る。そんな飲み方をよくしていた。
などとあれこれ考えていたら、急に行きたくなってしまった。来週は少し早めの晩飯がてらに久しぶりの三丁目探訪でもしようか。もちろん締めは鮨に限る。

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新宿三丁目のどん底

新宿三丁目の真ん中あたり、ディープな店が集まっている一画にある「どん底」は、昭和中期の有名店と断言できる。ゴールデン街に在る店が一軒だけここにワープしてきたみたいな感じがしている。店構えが明らかに怪しいが、これは昼の日なかに見るせいで、暗くなってから来てみればそれなりに風情のあるお店だ。人気な飲み屋は「夜の顔」が本当の姿ということだろう。

初めて知人に連れられてきた時は地下の客席に案内され、どうにも不器な感じがしたものだが、それから何度か訪れるうちに慣れてしまった。店内がまるでダンジョンのように複雑化しているせいだ。それでも慣れてしまえば、なかなか居心地が良い店なので、たまにぶらりと行ってみる。「どんカク」を飲みつつ、適当にちょっと変わったつまみを注文する。2軒目に来ることが多かったので、ガツンと飲んだ記憶はないが、お値段も手頃なのみやすい店だと思っている。この店も、最近すっかりご無沙汰していたので、昼ではあるが覗きにきた。

いつの間にやら屋外席が出来ていて、おまけに「ランチ推し」だった。これは遅めのランチに参戦しなければとおもいつつ、飲み屋もこの2年ですっかり体質改善が進んでいるのだなと、改めて感じてしまった。
「どんカク」は夜更けに飲むものと決めつけてはいけない。どうやら、早めのブランチか遅めのランチで、いっぱいやりながら楽しめる時代になったようだ。もう少し暖かくなったら、おそらく花見が終わったあたりの平日昼下がり、昼のどんカクを楽しみに行こう。
その頃には、かの「まんぼう」も解除されていることだろうし。

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新宿三丁目 散歩のはじめ

JR新宿駅からは一駅分ほど離れた場所になる「新宿三丁目」。東京メトロと都営新宿線が接続している。副都心線で池袋から渋谷までひとつながりになったこともあり、なかなか便利な場所になった。
新宿で飲むという時には、ここいらへんの店を選ぶことが多い。歌舞伎町で飲むことは、長い飲み人生でもほとんどない。自分の中で新宿とは、この新宿三丁目と新宿駅東側のごちゃごちゃしたあたりという意味になっている。
その新宿三丁目で、随分長いおつきあいになったお店が、この「鼎」だ。難読漢字なのだがルビはふっていない。かなえと読むはずだが、電話で予約したこともないので、多分そう読むのだと思う。
ちょっとお高めだが美味いものを食べさせてくれる居酒屋で、昭和バブルの頃に流行っていた、カウンターに大皿料理が並ぶスタイルだ。魚がうまいので、昔は結構頻繁に通っていた。ここ2年ほどは、自粛強制期間だったので、一度も行っていない。開いているか心配になり見に行ったのだが、ランチ営業も初めて健闘しているようだった。安心。

その近くにある洋食屋「あづま」が復活していた。コロナの前にビルの建て替えが始まっていて、お店がなくなっていた。閉店したのかと残念に思っていたのだが、どうやら近くの場所にお引越しして営業再開していた。まさか同じ店名で違う店ということもないだろうと、メニュー看板を確認してみた。

どうやら昔と同じメニューなので、お引越ししたものと確認できた。この日は既にお昼を済ませていたので、次回はきっちり腹を空かせていこうと決めた。ナポリタンにじゅうじゅう焼きというゴールデンカップルで、久しぶりの洋食豪華ランチにしよう。
コロナで痛めつけられたあちこちの夜の街を確かめながら街散歩をしているのだが、新宿三丁目はあと何回か記録として残しておきたいと思うので、このお話は「続く」。

街を歩く

有楽町でそばを食う

有楽町というのは不思議な街だといつも思う。隣接する銀座と日比谷、道を一本隔てただけだが妙に空気が違う。その有楽町のランドマークといえば東京交通会館だろう。屋上のレストランも有名だったが、個人的には全国各地のアンテナショップの集積地として認識している。その交通会館の地下に、意外と面白い飲食店がひっそりと生息している。まさに生息しているというしかない。行列のできるラーメン店もあれば、銀座マダムの隠れ家的甘味処がある。ただ、この甘味処は午後遅くなると男性比率が上がるらしい。一度、お汁粉でも食べに行こうと思っているのだが、いまだに果たせないままだ。その交通会館地下で偶然にみつけた蕎麦屋がちょっと変わって見えた。カウンターだけの店で、外から見ても小綺麗だという感じがした。店の前をほとんど通り過ぎようとした時に、表の「つけ蕎麦」という文句に引っかかってしまった。つけ蕎麦って???

最初は、勝手に「つけ麺」と理解して、つけ麺のそばバージョンみたいな理解をしたのだが、よく考え直すと、もともと蕎麦はつゆにつけて食べるものではないか? それをわざわざ「つけ蕎麦」というのは、何か普通の蕎麦と違いがあるのかという盛大な疑問が湧いてきた。結局、そこで足を止めて、看板のウンチクをじっくりと読んでみた。
どうやら、恵比寿の本店は「つけ蕎麦ではなくつゆに入れた蕎麦」で、こちらは「つゆにつけて食べる蕎麦」という違いを表しているようだ。ちょっと紛らわしいぞ、と眉をしかめたくなるが、腹を立てるほどのインチキでもない。おまけに恵比寿の本店は蕎麦居酒屋の典型的な店でおしゃれな宴会向け。何度か利用したこともある。確かにそばは美味かった記憶もある。
では、いっぱい所望しようではないかと、鴨つけ蕎麦を食べることにした。見た目はおしゃれ系だが、確かにうまい。蕎麦はちょっと細めか。つゆは甘目だが、刻んだ鴨の味によくあっている。蕎麦屋ではよく鴨せいろと呼ばれているものだ。普通に蕎麦の旨さを感じる。完成度は高い。
カウンター席だけなので立ち食い蕎麦の変形といっても良いが、女性一人でも入りやすい明るくて綺麗な店だ。おそらく昼時には相当混雑するだろうなと思いながら、遅い昼飯を堪能した。
有楽町で、よくこんな店を・・・思うのは、個人的な偏見みたいなもので、最近では出色のお店でした。

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銀座のランドマーク

銀座を歩いて思ったことを、整理もしないでバラバラと並べてみた。

銀座マリオンが開店した当時、なぜか日本中でからくり時計がブームになり、あちこちで設置された。この銀座の新しいランドマークは時間になると人混みができるほどの人気スポットだったが、この午後5時のカラクリショーには見物客が一名(自分)だけで、あとは誰一人足を止めることもない。時代は変わるものだが、これほど無視されているとは思わなかった。

そのからくり時計の向かい側にあったもう一つの銀座のランドマーク、ソニービルがなくなって随分経つ。跡地は公園になっていて、日本一お高い公園だなと思っていたが、その公園も無くなって再開発されるようだ。目の前にある不二家のビルは、随分昔に刀鋸に出てきて初めて銀座に来た時に目印をした場所だ。ただ、その不二家も今ではすっかりおとなしい会社になっている。不二家のケーキを食べたのはどれくらい前のことだろう。

確かにソニーは既に家電メーカーというよりゲーム会社、映像会社なので銀座にフラッグシップを持つ必要もないことは理解するのだが、なんとなく寂しい気分になる。今では学区内に住んでいる生徒がほとんどいないらしい「泰明小学校」のように、なんとか名前を残すブランド戦略は取れなかったものだろうか。泰明小学校も制服の値段でメディアの餌食になったくらいだが、たまに学校の横を通りかかると微かに子供たちの声はする。小学校としては実態があるから幽霊ブランドではない。

そして、銀座のランドマーク最優等生とは、やはりこの和光ビルだと思うが、いつもは三越側から取るので今日は反対方向から撮ってみた。これはこれで妙に新しく感じる銀座の老舗の顔だななどと思いながら、夕方の人混み時にもかかわらず、まばらな通行人に今の銀座を感じた。日本の代表選手、銀座でこの程度の人混みということは、地方都市に行けば通行人すらまばらということなのだろう。メディアで流れる意図的に混雑している場所を意図的なアングルで撮るを信じては行けないなあと思った。

街を歩く

新宿靖国通り を歩く

街を歩き回り看板の写真を撮るのが趣味といえば趣味だ。鉄オタならぬ看板オタみたいなものだろうか。新宿歌舞伎町は街の新陳代謝が早いので、一年も経てばビルのテナントが入れ替わっているのは当たり前だが、ビル一棟丸ごろ変わってしまったのは初めて見た。白い部分がそれぞれ居酒屋だった居酒屋ビルで、その前はビル一棟全体が一軒の居酒屋だった。居酒屋受難の時代を体現するような「白ビル」を見つけて、心が痛んだ。やはりコロナの2年を持ち堪えるのは無理ゲーというものなのだろう。しかし、靖国通り沿いでこの始末だ。裏路地に行ったら廃店舗の死屍累々ということになっているのか。

一見おしゃれなバーガー店だが、ここは元・白い髭の爺さんがトレードマークの唐揚げ屋だった。唐揚げ屋は歌舞伎町の真ん中に引っ越し、靖国通りの反対側にいたバーガー屋がその跡地に引っ越してきたわけだ。コロナ不況の外食業界で、勝ち組であるファストフードはあれこれ戦闘を続けているようだ。そういえば、新宿駅東側で唯一のこる西武新宿駅前のマクドナルドは、入り口を全面開放して路上に行列ができている。ファッションではなく感染対策での入口開放だとは思うが、昭和バブル期並みの繁盛ぶりが目立つ光景だ。

まさに、昭和バブル期にできた居酒屋ビルの正面入り口で、まさかの白塗りを見つけた。ここは、テナント各店の看板が賑やかに掲示されている場所で、6面白いまま、営業中の文字がなんともわびしい。このビルのオーナーも頭を抱えているだろう。今のご時世ではいくら家賃を下げても希望者が出てくるとは思えない。

このビルは靖国通り沿いで、新宿駅から歌舞伎町に抜けていく人通りの多い道路だ。居酒屋などの飲食店にはベスト立地に近いと思うのだが、やはり客をエレベーターで上に持ち上げられるほど、今の居酒屋・飲食には力が無いのだろう。昼飲みジジイたちを集めるには、場所よりも価格だろうし、客としての高齢者は色々と制約条件が多いので、店舗側としても歓迎しにくい部分もある。
好き勝手なことを言う業界評論家も、今回ばかりは高齢者対応で生き残り作戦をなどとは言っていない。さすがに「無理なお話」だと言うことがわかっているのだろう。残る対策はテイクアウトに活路を見出すか(大抵は地獄への片道切符になりがちだが)、支援金で我慢して休業するか。
ただ、休業を選んだ時には補償金が吹き飛ぶほど、営業再開時に従業員の再雇用と訓練という難問が待っている。コロナが終わったとしても、外食の困難は続くのだろうなあ。
新宿を散歩していて社会考察などしてみました。

食べ物レポート

回転寿司のマーケティング分析 その2

邪道の極地 塩辛軍艦

回転寿司では「軟体動物」しか食べないのが基本姿勢だ、と威張るほどのことでもないが、赤身に白身、光り物みたいな定番寿司ネタにはほとんど興味を惹かれない。せいぜいシメサバによろめくくらいだ。特に最近は、外食の規制状況に文句があることもあり(ほとんど八つ当たりみたいなものだが)、回転寿司で邪道を極めるつもりで、あれこれ「変な」注文をしている。
今回はスタートを塩辛軍艦にしてみた。ところが、酒のつまみとしてはこれが最強であることに気がついてしまった。握り鮨で酒を飲む、つまり米と魚を合わせたものが酒の肴になるはずなので、塩辛と海苔の組み合わせが「美味くないはずがない」という屁理屈を捏ねて頼んでみただけだった。
しかし、世の中なにがおこるかわからない。この塩辛軍艦は熱燗に最強のつまみだった。これ以降、回転寿司でのベスト・アペタイザーとして「塩辛軍艦」およびその親族を認定することにしよう。
実は、ひっそりと思っていることだが、回転寿司屋で軍艦巻きバリエーションこそ食材原価を落とす切り札のような気がする。最近ではラーメンなどの麺類の原価低減効果も大きいようだが。やはりファミリー向けとして定番コーン軍艦を筆頭に、ハンバーグ軍艦やカルビ軍艦など、今や魚より肉が食いたいという層を惹きつけるフラッグシップメニューになっている。これが、ヤングファミリーを引き入れる原動力であり、同時に原価率低減に寄与している。今や、回転レーンで回っているのは、ジュースやデザートと、この手のファミリー向け新興軍艦巻きばかりだ。
その軍艦巻きバリエーション作戦でも、変化球というか、地平線ギリギリのメニューで登場しているのが塩辛軍艦だろう。ジジイしか食わない「特殊メニュー」だと思うし、大手チェーンでは無視されている日陰者だ。

続いての注文品は、前々から好物だった「茶碗蒸し」だが、これを第二のアペタイザーとして認定した。実はチェーン居酒屋で茶碗蒸しを頼むと、価格と全く合わない低給品が出されることにうんざりして、茶碗蒸しを頼むのは控えていた。
それなりのお値段のする高級店であれば、茶碗蒸しは料理人の腕前が光る名品だから、余計にチェーン居酒屋の茶碗蒸しの手抜きっぷりが鼻につく。ファミレスでも茶碗蒸しの質は誉められたものではない。まして、回転寿司だし、二百円だし、みたいな変な思い込みがあった。
だが、なんと回転寿司大手三社を含め、回転寿司業界の茶碗蒸しは、どうやらかなり高水準に進化したようだった。きっかけはクラ寿司のランチセットの茶碗蒸しだった。おまけでついてくる茶碗蒸しだからな、と最初は小馬鹿にしていたが、びっくりするほどレベルが高い。感服した。
そのまま、片っ端から各チェーン店で茶碗蒸しを食べまくったが、1番のお気に入りは「がってん寿司」の茶碗蒸しとなった。結局、寿司以外のものの品位を上げて買い上げ点数を増やすというのが、回転寿司業界ではマストのバリュー戦略だろう。一皿五百円の本鮪とか鮑とかの高級皿路線は、支持層が限定されるので効き目が弱いはずだ。

まるでプリンのようなルックスだが、出汁がしっかりと効いている。しっとりとした味わいとなめらかさが他社のものと比べて一段上という感じがする。思わずおかわりしたくなる。できればどんぶりサイズの「超特盛」みたいなものを開発してくれないだろうか。どうも最近の回転寿司屋は、寿司以外のものの進化が凄すぎる。ファミレスでもこのレベルのものをサイドアイテムにしてくれないだろうか。サイゼリヤだとやってくれそうな気もするが。イタリアン茶碗蒸し、食べてみたい気がする。ハンバーグと茶碗蒸しのセットができたら、週に2回は通いそうだ。ということで回転寿司のマーケティング戦略をまとめてみると、
1)軍艦巻きバリエーションで客層拡大と原価低減を狙う
2)サイドアイテムの高品位化で買い上げ点数アップ、客単価増を狙う
に集約される。これは他の外食企業にも通用する戦略だと思う。

ゲソタンポンは甘だれつき、イカ三種盛りにもゲソ入り

そして締めの寿司は「イカづくし」。特に、この店はイカゲソが提供されている。うまい、うまいとついおかわりをしてしまう。今回も寿司ネタは、ほぼイカ限定だった。ガッテン寿司さん、外道な注文ばかりで、すみませんでした。でも、美味しかったです。

食べ物レポート, 小売外食業の理論

回転寿司のマーケティング分析

スシローがキャンペーンで「東北」ネタメニューをやっていたので、ノコノコと出かけてしまった。スシローアプリでキャンペーンメニューを確認して、開始日も確認して、と入念な準備をした。そして、ネタ切れという悲惨な目に遭わないように開店10分後を目指して出かけた。ところが、開店10分でカウンター席は満席で、待ち時間が発生するという人気ぶり。いやあ、驚いてしまった。
そして、まずはお目当てのホヤ塩辛軍艦を注文した。期待通りというにはちょっと「ホヤ臭さ」が薄い。ただ、ホヤフリークでない限りは、これくらいの「薄さ」の方が受け入れやすいだろう。仙台で食べるホヤは鮮度が素晴らしく匂いもしないが、首都圏まで輸送されてきたホヤは、一種独特の匂いがする。この問題が解決できればホヤファンも増えるだろうにとも思うのだが。

続いて貝の二種盛り。まあ、無難なまとめかたという感じ何する。貝好きにはちょっと物足りないかもしれない。ネタがもう少し大きければなあ、という感想だった。ただ、回転寿司で貝をしっかり食べさせてくれるのはスシロー限定に近いような気もする。ネタとしての貝類が難しいせいだろうか。

そして本日のメインイベントは、夏に続いてリリースの「うに」だった。ただし、これはチリ産ウニを塩漬けにしたものらしい。ただ、なまのウニもうまいが、つけたウニも別のうまさがある。個人的には塩漬けウニが大好物なので、これは実に嬉しい。鮮度管理のことを考えると、こちらのほうが味のバランスが良いという気もする。
回転寿司でしっかりとしたウニが食べられる時代になったかと、思わず嘆息する。店数が増え買付規模が上がったことや、競合他社との競り合いが厳しいせいだろうが、大手三社のネタの質は年々進化しているように思う。競争は大事だ。

ただ、今回のお目当ては、新ネタの寿司を食べに来ることではなかった。お持ち帰りロッカーの見学が目的だった。これはネットで注文したテイクアウト商品(決済済み)を、店員と話すことなく持って帰る仕組みだ。スマホ注文時に発行される解除番号でドアが開く。テイクアウト商品の販売は、この手の「非接触型引渡」が主流になるのだろうと予測できる。
この手の設備に十分投資できる企業体力が業界での生き残りの条件になる。つまり、テイクアウトを販売の主力に置こうとすると、膨大な設備投資が要求される「パワーマーケティング」の時代になる。知恵と工夫で生存しようとする戦略を、木っ端微塵に打ち砕く「数こそ正義」という戦略だ。
これが、どの業態でも寡占状態の最終決着をつける、最後の戦略になる。回転寿司業界は、そろそろファイナルステージに入ったようだ。それは中小企業受難の時代となり、生き残るのがますます厳しさを増すことを意味する。

**誤字修正などをして、再アップしました