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街を歩く

土産物を買いに行って考えた

札幌駅の改札を出たすぐの場所に、大きな北海道産物販売所がある。全道の各地から特産品、名産品、土産物が所狭しと並べられている。そのラインナップが、千歳空港の土産物とはずいぶん違っているので、たまに覗きにいく。
ローカル色が強すぎて、北海道人にしか理解できない食べ物が多いというのが逆に見物するには楽しい。
旭川の菓子屋が作っている、りんご一個がまるまるはいったパイのようなものを買いたいと思っていたのだが、テレビ放送されて売り切れが続いているらしく見当たらなかった。その旭川の新名物らしい洋風濡れクッキーとても言えば良いのだろうか、柔らかいサブレーが人気だそうだ。四個入りという少人数向けの入れ目で販売されていたが、今風のマーケティングだろう。大きい箱に入った義理土産はすっかり人気がない。このお菓子も、箱入りの横に一枚単位で販売されていた。お試し用というか、自分へのご褒美的な自分向け土産という新しいジャンルではないかと勘繰っている。同じ売り場で、菓子のバラ売り、一個売りが目立つので、観光客向けではない売り方の模索のような気がする。

北海道人はだいたい理解できるローカル菓子「べこもち」も今ではバリエーションが増えてようで、くるみ入りは初めて見た。大きさも昔と比べて小さくなっているような気もするが、べこもち好きであればついつい二種とも買いたくなるような仕掛けなのだろうか。
実はこの店の支店が東京有楽町にあり、東京のアンテナショップの中では屈指の高売り上げ店なのだそうだが、品揃えを見ると札幌の店の方が(本店だからなのか)、やたらマニアックというかこだわりの一品が多い。北海道人であっても、お土産に貰ったものを前にして首をかしげる程度にはレア系・不思議系なものも多い。帰る前日に、少し時間を掛けて色々と物色するのが正しいお店の使い方という気がする。

旅をする

大通公園でビヤガーデン

今年は夏のビヤガーデンが再開された大通公園で、5年ぶりの屋外ビールを飲んできた。去年はコロナというよりオリンピックに妨害されたこともあり、今年こそはといき込んでの乗り込んだ待望のビール祭りだ。
大手ビールメーカー各社が出店しているが、ここは地元サッポロビールに敬意を表し。

感染対策のため飲み物食べ物は全てセルフサービスという、あまり飲みすぎるなよというメッセージが厳しい。注文待ちの行列を捌くためのスタッフも多い。

雨に備えた大型テントで、アクリル板に仕切られた客席を風が抜けていく。換気対策は問題なしだが、やはりアクリル板越しの会話はついつい大声になるようで、隣の会話は筒抜けだ。
観光客はまばらで、ほとんど地元民らしい。まあ、観光客目当ての行事ではないし、そもそも屋外ビーやガーデン最大の敵は気温だ。それも暑さではなく、ビールを飲むには涼しすぎるという夜間の気温低下が、例年の問題だった。ところが、ここ数年は東京よりも暑い札幌という酷暑続きなので、「寒さ」に震えることは無くなったようだ。

じわりと値上げしているのは、このご時世だから仕方がないとして、札幌名物的な料理は姿を消している。これも地元民優先になっているからだろうと思う。まあ、大通公園でジンギスカンを熱望する市民というのも想像しにくい。

入り口でビールやつまみの食券を買う時に入場許可時間を書いた紙を渡された。色々と対策がとられている。誰の入れ知恵なのかは知らないが、窮屈な世界になっているのだけは確かだ。

街を歩く

夏のガストをおためし

店頭訴求物が多すぎて何が言いたいかわからない 「痛い」店

ガストがパワハラで揉めているというネット記事を読んで、おやおやという気分になった。ファミレス業界最大手で、まさかの黒判定。パワハラ疑惑ではなく、運営トップを降格処分という真っ黒事案だった。まだまだ外食企業の闇は深いのだなとすっかり滅入ってしまった。

普通にファミリーレストラン?がご当地麺を売る時代

そこで、気を取り直してガストは夏キャンペーンに何をやっているかと、見学に行くことにした。結果はあれまあびっくり的な、何と「ご当地麺」というファミレスとは思えない商品群が・・・。
オペレーションの負荷は厳しいだろうなあ、などとついキッチンスタッフを同情したくなる。ジェットオーブンを通さない、トッピングの多いメニューは管理が難しいだろうと簡単に予測できるからだ。ブラック環境の土壌と言えそうな気がする。

居酒屋的なおつまみ

結局、推し麺を注文するのはやめた。麺好きなので、仕上がりレベルには厳しい評価をしてしまいそうだし、コスパを考えると「誠に残念」系メニューと判定する可能性も高いし。熟慮の末(笑)、すっぱり諦めた。今年のガスト夏キャンは、全く自分の人生とは無縁ということにしよう。
かわりに最近すっかり定着した昼のハッピーアワー向けメニュー、つまり居酒屋のつまみをいくつか頼んでみた。
一品目、冷やし鳥の味噌和えみたいなものは、ほとんど居酒屋のお通しだった。値段は横に置いておくとして、こういうものがファミリーレストランで堂々と出てくるのが時代の変化ということだろう。

居酒屋的おつまみだが 完成度がねえ

スパゲッティーナポリタンにチーズをかけて焼いたものは、つまみとして「あり」かなと思う。その量も軽食というよりもっと軽いのでつまみ級だ。居酒屋の洋風つまみとしては「可能性」が感じられる。
ただ、麺の熱さが足りない気がした。それ以上に、味が薄いのが気になる。これはベースのナポリタンの味が足りていないのか、追加で加えるソースを忘れた調理ミスなのかはわからない。食事として食べるにしても味が薄すぎるようだ。サイゼリヤ「煉獄の卵」の完成度には遠く及ばない。

看板商品だった、山盛りポテトのハーフサイズ ちょっと不思議な感覚がする

ガストといえば、ハンバーグ¥380と山盛りポテトが「売りもの」だったと思うのだが、今やハンバーグはすっかり値上がりしてしまったので基本メニューとは言い難い。昔の看板メニューはもはやコスパが悪い凡庸なメニューになっていて、競合であるサイゼリヤと比べれば優劣は明らかだ。
もう一つの看板メニューであった山盛りポテトはまだ健在だが、どうも今では「山盛り」があまり歓迎されていないようで、ハーフサイズの「山盛りではない」ポテトが売られていた。個人的には、これくらいでちょうど良い量だと思っているが、コスパは明らかに悪くなっている。
外食企業で可変コストと言えば、人件費と原材料費になる。そのどちらも虐めなければならないほどガストは苦境なのだということがわかる。
ただ原材料の行き過ぎた低減は「詐欺的商品」「コスパの悪さ」で客離れにつながる。それはそれで困った問題だが、パワハラはもはや犯罪でコスト削減にはならない。経営者の自覚というか企業人として矜持の問題だと思うのだが。経営の問題が直轄的に店舗現場に現れるという、外食特有の事情ではあるのだが、このブランドは大丈夫だろうかと思ってしまう午後だった。

食べ物レポート

湯島でイタリアン だったはず

高知の知人に連れられて湯島のイタリアンに行くことになった。久しぶりなきちんとしたレストランだと思って喜んでいたが、店の前に行って初めて気がついた。ビストロなんですね。いや、ビストロに文句をつけるつもりはない。ただ、ビストロはイタリアンとはちょっと違うはずで・・・と気になっただけ。料理の仕立てがちょっと変わるのかなと思った程度だ。

高知からの食材にこだわった店だということなので、当然ながら美味しいカツオが登場してくる。香菜をたっぷり盛ったたたき風の仕上げは、実に料理感がある。カツオの身が持つ独特の臭みを香草でマスク・アレンジするのは「あり」だなあと、素直に楽しんだ。高知で食べる焼きたてたたきもうまいが、お江戸のお仕事がなされた鰹もうまい。

店内は落ち着いたムードで居酒屋的に使うのは申し訳ないが、メニューを見るとまさにビストロ、洋風居酒屋なのでこれは二度三度と使いたいお店だった。どのメニューも高知テイストがさりげなくばら撒かれているので、高知県人には人気が高いそうだが、高知県人でなくてもたっぷり楽しめる。ただ、メニューアレンジがワインよりも日本酒と合わせてみたいと思う不思議な魅力があり、そこがなかなか悩ましい。

鰹以外にも、土佐の豚や鳥を使った料理が思っていた以上にうまい。素材の良さもあるのだろうが、やはり料理としてのお仕事が、素材の魅力を引き出している。料理とはかくあるべしというお手本みたいなものだ。
特に、自家製ベーコンは、こっそり独り占めしたくなる。今回はみんなでシェアしながらの試食みたいな感じで色々と注文したので、次回は一人で好きなものを好きなだけ注文作戦を実行するとしよう。

最後におすすめとして出てきた「豆腐」のアレンジ品が絶妙だった。豆腐のジャーキー風干物は、そのまま単品で齧る。沖縄の豆腐窯のような味噌漬けは小さく切り分けクラッカーに載せるとこれが実に絶品だった。
世の中、まだまだすごい食べ物があるのだなと感動してしまう。ちなみに、この手の珍味は店長自ら仕入れてくるそうで、店頭でも販売しているから帰り際に自分へのご褒美として気に入ったものを買って帰ることができる。誠にいたせりつくせりのお店だった。
しかし、湯島で高知以上に高知を楽しむ。良い時代だなあ。

食べ物レポート

夏の流行り物?

仕事の待ち合わせ時間の調整で、久しぶりに喫茶店に入ってみようと思った。平日の午後にも関わらず席待ちになる混雑ぶりだったが、何故この店がそんなに人気があるのかよくわからない。一つだけはっきりしているのは、ファストフード以外で軽食が食べられる場所が世の中ずいぶんと減ったことが原因だと思う。あとは、セルフサービスが嫌いな人が意外と多いということかもしれない。
とりあえずコーヒー推しではない喫茶店なので、コーヒー以外を頼もうと思って入った。

一人だというとカウンターに案内された。たまたま仕事で入力作業をしたいと思っていたから、カウンターで問題はない。ただ、ずらっと並んだカウンター席を見ると、いささかげんなりする。喫茶店というのが憩いの場所ではなく、作業スペースに代わっていることがはっきりするからだ。
あまりに機能的なカウンター席に感動すら覚える。省スペースの極みだ。にも関わらず、注文はタブレットではなく口頭で直接従業員に行う。何だか、それも不思議な体験だ。

コーヒーゼリーは入ったアイスコーヒーにクリームがたっぷり乗ったものを頼んだ。昔で言えばコーヒーフロートの変形盤だろう。今ではすっかり〇〇ラテや〇〇フラペチーノに置き換わってしまった、昭和の遺物みたいな飲み物だ。ただ、現代的アレンジもあり、中身のアイスコーヒーが加糖か無糖を選択できる。無糖を選択するとシロップ添加するかも聞かれる。ご自分で甘さ調整をどうぞ、ということなのだろうが、クリーム山盛りで無糖というのは、なかなか奇妙な注文という気がしたので、あえて、無糖、シロップ付きで頼んでみた。
自分でやる甘さ調整はあまり上手にできないことがわかった。クリームが溶け出したら、どっと甘い飲み物になってしまうからだ。
元祖版を注文ししたので、店頭のポスターに書いてあるような「ティラミスもどき」になるのかはわからないが、夏の飲み物としては好みだなと思った。いや、冬でもうまいかもしれない。意外と、昔懐かしの喫茶店メニューはありがたいものだと再確認した。

街を歩く

街の話題を二つほど

どうも時事ネタがなくなったせいか、メディアが一斉にコロナをネタに騒いでいる。相変わらずの高齢者に対する煽り、アジテーションでしかない。このメディアの悪癖は何とかなららにものかとしみじみ思う。ヨーロッパの地で続く戦争も、政治家の暗殺事件も全て消費し尽くして、ニュースをエンタメ化する。相変わらずの無能を曝け出す。自分で自分の首を絞めているだけだと思うのだが。
などと他人様のことをとやかく言っているだけでは、これまた同じ類型の人間になってしまうので、少し街歩きをして気がついたことを書いてみる。
抗原検査キットが千円を切る価格でワゴンセールというのは、これまたすごい光景だ。2年半近くになる対コロナ戦線で、これが1番の成果ではないか。行政も医療機関も信じられないという、世の人々のニーズ、これに極まるだ。2年前であれば行列ができて、おひとり様二個までみたいな制限販売だったろう。今では、一山いくらの商品で隔世の感がある。無料PCR検査にできる行列を見た時の感覚とはちょっと違うタイプの驚きだった。

この夏一番の外食企業ダメダメ事件といえば、スシローのおとり販売事件で、明らかに法的にアウトと認定された後も、続々と事件が続く異常体質があからさまになった。それをアザワラウかのように見える競合チェーンの広告を見つけてしまった。このポスターは翌日から始まる夏まつりの事前告知だ。何もこの時期にお騒がせしなくてもと最初は思ったが、よくよく見ていると面白みが込み上げてくる。次回予告と真ん中に一枚貼るだけで、かなり強烈な競合批判になっている。
あんたらはおバカさんだから、この一枚の紙を貼る知恵もなかったのね、と言っているようだ。まさに、店長の知恵ではなく本社の誰かが、ニヤリと悪い顔をしながら考え出したボディーブローだろう。競合の足を救うというより、倒れた上から足蹴にする強烈な一打で、こんなこと考え出す知恵ものはもっと競合いじめの悪いことを考えてほしい。応援したくなる。
街歩きをすると見えてくる世相というか、人の知恵というか、それが実に楽しい。メディアの探索力、洞察力はこういう部分を見つけ出すことに使われるはずなのだが。ネット検索で記事ネタを探すだけでは、無理なお仕事だろう。

小売外食業の理論

ワークマンとユニクロ SPAの考察 #1 臨界点

山口県の地方都市から出発した衣料品店のユニクロが、ある程度知名度を持ったあとも出店速度は地味なものだった。郊外に倉庫型の店舗を立てるというのは地方マーケットでの店舗展開としては、定石というか唯一の選択肢だっただろう。
しかし、首都圏のような人口密度の高く交通網が発達した場所では、ロードサイドの倉庫型店舗は当たり外れが大きすぎた。だから、今でも見た目ではっきりわかる元・ユニクロという店舗や建物があちこちにある。
ユニクロ閉店後の新・住人は、郊外展開で浸透力のあるチェーンが多い。元ユニクロの店舗というのはそれなりに大きな建物なので、後釜に入るには強い販売力が必要だ。が、元ユニクロ店舗の共通項目として駐車場と建坪のバランスが悪いことがある。だから外食には向いていない。後釜企業には中古衣料やリサイクル店など陳列スペースが必要な小売業が多いようだ。

高機能低価格路線のワークマンTシャツ

そのユニクロが爆発的な成長を開始したのには二つの起爆剤があった。一つ目は単品大量製造で培ったSPA ーspecialty store retailer of private label apparelーの基礎技術にある。衣料品をデザインだけではなく原材料の調達にまで手を広げて生まれた「高機能」かつ「低価格」なベーシック衣料がユニクロの強みだった。
契約製造工場も含め自社開発することで中間マージンと過大な廃棄ロスを避けるのがSPAの儲けの原理だが、それを実現し規模の経済に結び付けたのがユニクロだった。GMSで食料品より衣料品が儲かることを証明していたヨーカドーやダイエー、イオンといったグループも似たようなことをおこなっていたのだろうが、ユニクロの規模には遠く及ばない。
第二の拡大起爆剤は新規出店立地を郊外からターミナル駅の商業ビルに変更したことだ。そこそこに知名度が上がった以降は、家賃が高くても圧倒的集客力のある商業施設内の方が衣料品を売るには適していた。郊外型店舗の成功率の低さもあるが、山口の地方都市出身ではなかなか理解できなかった首都圏などの大都市商圏の威力、購買力を遅まきながら悟ったあたりから急速に全国に出店拡大して良いった。
それに伴い、デザインに重点を置いたファッション性の高い商品を開発したり、高機能繊維を使った機能性インナーなどの新カテゴリーも開発した。
ただ、やはりユニクロの戦闘力最大の特徴といえば、「誰も真似のできない高機能と低価格」の調和だった。当然中間マージンも少ないので、低価格でも粗利は大きい。1500円で売ったフリースの原価を聞いたら、腰が抜けそうになる程驚いた。ユニクロの利益率の高さに納得するしかない。
出店数がある規模になり(だいたい全国で300店程度か)、ブランド認知が定着したあたりで、おそらく生産規模も理想的な段階に辿り着く。一つ一つの工場が稼働率の限界に近づ気、輸送のロットも効率化される。成長爆発の臨界点が、原料、生産、輸送、販売拠点、消費者需要の順に達成されていった。
残る経営資源は「人」だけなのだが、ここはどうやら失敗したらしい。天才的なカリスマ経営者の下では、後継者が優秀な経営者であったとしても、二流扱い、ゴミ扱いされてしまうようだ。この辺りは、世界企業であるアップルやマイクロソフトの創業者とその後継のようなバトンタッチがうまく入っていない。それでも、日本を代表する高収益企業が続いていることに間違いはなく、まだ当面は高収益企業として成長を続けるだろう。
繰り返すが、ユニクロに代表されるSPAの特質とは「高機能」と「低価格」の実現にある。ところが、この高機能を維持するのが難しい。結局、ユニクロも高機能製品の開発が止まり、ブランドに寄りかかった値上げがほぼ唯一の成長戦略になってしまった。
その先は「国内市場飽和」を海外進出による再成長に求めるという、これはこれでグローバルな戦略を選ぶことになる。米国発SPAが通った道と同じだ。ただ、ユニクロのユニークさは「安さ」ではなく「原料繊維の優位性」を持っていたことで、これが米国SPAとの差別化要因となるはずだった。アベノミクスの円安基調も海外展開には優位だったはずだ。
しかし、その間に「第二のユニクロ」が国内マーケットでじわりと広がっていた。高機能だけど安いというユニクロに対して、安いけど高機能という微妙な変化をしたアプローチを取ったのがワークマン、作業服の専門店だった。

色違いもあるが、色使いについてはもう少しお勉強が必要らしい

ワークマンの出身は北関東、群馬になる。首都圏に近接しながら、限りなく地方都市の集合体である北関東車社会の覇者、ベイシアグループのメンバー企業だ。山口と群馬の距離の差、衣料品専門店と低価格志向流通業というルーツの差、などユニクロとワークマンのビジネスを同列に見るのは難しいかもしれない。しかし、SPAという勝ち組のルールを、どちらの企業も理解しているだけに、後発のワークマンがカジュアル衣料でユニクロを凌駕する可能性があるのではと思うのだ。
少なくともイオンやIYといった同系統の流通業グループでは、ベイシア・ワークマンには敵わないというか対抗できないと認識している。
イオン・IYの問題点については別の機会に論じるが、簡単にいうとイオンはユニクロの低価格コピーでしかなくユニクロの後を追い続けるしかない。IYは絶対性能差がないにも関わらず何故か高価格に振りたがるという特異な企業DNAが抜けないからだ。どちらもベイシア・ワークマングループをマネする「力量」や「知的資産」が足りないと判断している。

食べ物レポート, 旅をする

ローカルなパン

ローカルのパンというのは、旅の体験としてなかなか楽しいもので、見知らぬ土地に行ってベーカリーをのぞいたりスーパーのパン売り場を見て歩くのが好きだ。それでもパン売り場では時間帯によって並ぶものが変わったりするので、必ずしもローカルパンが見つかるわけではない。
滋賀の沢庵漬けを刻んだものが入ったコッペパン、香川の甘納豆が入った丸いパン、岡山のメロンパンとは言わないメロンパン、盛岡の無限大にアレンジできる福田パンのコッペパンなどなど、全国でびっくりパンを見つけては喜んできた。

羊羹パンは北海道のローカルパンだと思っていた。それを高知空港の売店で見つけたので、かなりショックを受けた。なぜ、高知で、それも西の果ての宿毛で。疑問はたっぷりある。とりあえず一つずつ買って食べることにした。味は、羊羹パンだった。北海道のものより甘さが控えめという感じもする。
このパンの放送袋の裏に羊羹パンの謂れが書いてあり、それを読んで納得した。いわく、羊羹パンは北海道や静岡にもあるが、その関連はわからない。高知の羊羹パンは昭和中期に、パンを焦がしてしまったのをごまかすために羊羹をかけたという説があるらしい。
こうなると静岡の羊羹パンが俄然気になる。北海道の羊羹パンも謂れが知りたい。謎が深まる羊羹パン事件だった。しかし、これまで10年以上高知に通いながら、高知羊羹パンの存在は全く知らなかった。高知の謎は、とてつもなく深いのだな。

と言うことで実食した。見た目は丸いパンだ。北海道のコッペパンスタイルとはちょっと違うものがスタンダードらしい。

うっすらと羊羹がかかっているところまではほぼ同じ。しかし、食べてみてわかったが、中はあんこがぎっしり詰まっていた。つまりあんぱんの羊羹かけということだ。当然ながら、羊羹の味は中のあんこに負ける。口の中はあんこ一色に染まる。いくら甘い物好きと言っても、あんこ+羊羹とは、高知人凄すぎだ。

帽子パンは高知特有のローカルパンらしい。全国あちこちのパン屋に行ったが似たようなものを見た記憶はない。強いてあげれば「メロンパンの皮」みたいなものだろうか。メロンパンの表面を覆っているビスケット生地だけを焼いたものは見たことがある。食べても見たが、お菓子っぽくてなかなかうまい。
高知の帽子パンは帽子のふちにあたる部分が、まさにこのメロンパンの皮で、真ん中の盛り上がったところは普通のパンだ。この中身をフィリングでアレンジしたものもあるらしいが、プレーンな帽子パンを買うとなんの味もしない。ただのパンだ。
だから、食べ方としては帽子のふちから真ん中にかけてバクリとかじり、ふちと頭の部分を一緒に食べる。そうするとメロンパン的な味わいになる。あるいは、ふちだけを最初にちぎって食べてしまい、頭の部分はジャムとかバターをつけて食べる。
食べ方はそれぞれ個人の好みで良いのだろうけれど、色々とうるさい人が指南をしそうな気がする。これまた、高知的な厄介さというきもするなあ。

街を歩く

渋谷の風景

渋谷駅前、ハチ公がいる広場から時々写真を撮っている。新宿とは違った、その時その時の日本の文化がよく現れる場所だと思うからなのだが・・・。ところが、渋谷駅大改装計画が進んできて、ついに東急東横店が消滅してしまった。その裏側に建設中の高層ビルが見えてしまう。この解体工事が終わった後は、またニョキニョキとビルが生えてくるのだろうが、ここ一年くらいは渋谷の駅の向こうに青空が見えるらしい。
渋谷駅周りの高層ビル建築が完了するのはあと10年くらいかかるのかと思っていたが、そろそろ終わりに近いのか。この感じでは、あと3年くらいでおしまいになりそうだ。

渋谷駅ハチ公口?から山手線外回りに乗るため階段を登ってきたら、正面にはアニメ映画のキャラがお出迎えで、これまたすごい広告だなと感心した。実に渋谷らしいとも言えるか・・・。ただ、その広告下のスペースを使って、「駆け込み乗は・・・」というJRのいじましい努力の方が、余計に感心してしまった。
エヴァで目を引いて、小判鮫のようにメッセージを送る。涙ぐましい。おまけに、とても目立つ配色の黄色と黒だし、枠線は蛍光色だし、いろいろと手作り感満載だし。なんだか、JRが本当に民営化したなあと思うのは、こういう手作り掲示を見た時だ。費用対効果とか、限られた予算とか、訳のわからない上司との交渉とか、規則で規制しようとする本社との戦いとか、本当に色々な背景事情が想像できてしまい、涙が出そうになる。
エヴァの戦いのように、今まさに地球が、人類文明が滅びようとする時にも、規則で縛り付ける上司や官僚やダメ教師はいるのだろうなと、思い起こさせてくれる「都会の良い風景」だった。
渋谷の駅を歩いているだけで、人類の戦いに思いを馳せる事になる。渋谷はあいかわらずで凄まじくエキセントリックな街なのだね。

ガジェット

断捨離 Made in USA

断捨離中であります。なかなか物が捨てられないから、強制的に断捨離をして残りの人生を軽めに過ごそうというのであります。さて、押入れの奥から出てきた30年以上前にアメリカで手に入れた、オーバーオール・ジーンズをオークションで売り捌こうと写真を撮った。ラベルが気になったので、引っ張り出してみた。
今は存在しない?シアーズローバック社製造のMade in USA物だった。

一度だけ着た記憶がある程度で、後はずっと押し入れに眠っていた。だから色褪せもしていない。皺くちゃなのは畳んだままだったからで、アイロンをかければ新品に近い見栄えになるだろう。
今や、買おうとしてもSEARSがなくなっているはずだからなあ。当時は、湾岸戦争とか日米貿易摩擦が最高潮で、メイドインUSAがアメリカ国内の合言葉みたくなっていた。今ではどうなっているのだろう。

これも30年以上前にアメリカで買ったリーバイスのジーンズ。こちらは普通にはき続けていたが、頑丈な物で穴ひとつ開いていない。最近は当たり前に売っているダメージジーンズだが、こちらは多少色褪せがあるくらいでノーダメージというアメリカンものだ。比較的弱いポケットの内側もいまだに問題なしという、これまた優れもののMade in USAだ。

同じ時期に買った日本製ジーンズは、みんなボロボロになって捨ててしまった。こうしてみるとアメリカ製ジーンズというのは、文字通り耐久性の塊みたいな物で、ジーンズ発祥国だけある。
なんだか最近は日本製を好む風潮があるが、米国製には米国製の良さがある。昔のアメリカに対する憧れというより、アメリカという国に住む人たちの持つ合理性が現れた商品が魅力的なのだと思う。良い時代のアメリカを自分の目で見て体験できたことをありがたい。そんなアメリカとのお付き合いもそろそろ断捨離なのですねえ。