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ソロキャンあれこれ

長瀞でソロキャンプ

今は空前のキャンプブームだという。確かに週末のキャンプ場はどこでも満員で予約を取るのも難しい。が、コロナの終息というか一般化が進んできたせいか、「おそと」で密集を避けて遊ぶというのは、トレンド落ちしてきているらしい。すでにアウトドア用品(キャンプ用品)業界では売上減少が始まっている。おそらく今年の冬から秋にかけて、ほとんど未使用のアウトドアギアがリサイクル店にどっと放出されるだろうという読みをしている。
人は易きに流れるものだし、自分で色々と支度をしたりするキャンプより、上げ膳据え膳の温泉旅行の方に人気が戻りそうな気がするからだ。ただ、それが嫌だとか困るとかいうつもりもない。晴れた日にはソロキャンプという、我が趣味の世界を楽しめるようになるのありがたい。

夏の終わりというタイミングで、秩父にあるキャンプ場に行ってきた。比較的サイト数の多い川沿いのキャンプ場だが、平日であれば利用客も少ない。(ちなみに土日は全く予約が取れない)
川沿いサイトが人気なので、そちら側には5組ほどがテントを貼っていた。ただ、どの組も男一人のソロキャンプだった。自分のことをすっかり棚に上げ、この男だけの世界は「人類絶滅後の生き残り難民」みたいだなと笑ってしまった。
もう一つすごいなと思ったのだが、こっそり周りのサイトを観察してみると、ソロキャンプなのに重装備なことだ。なんだか、荷物の積み下ろしだけで1時間以上かかりそうだ。テントを貼るにも、あんなに大きなテントとタープとなると……………やはりソロキャンプというのは、買いまくったキャンプギアの展示会みたいなことをしたいのだろうと納得した。

さて、自分のサイト周りだが、そもそも車中泊の延長でキャンプを考えているので道具は少ない。テントは一人用で中にはマットと寝袋だけ。照明は電池式LEDという明るくて便利なものができたから簡素にできる。
折りたたみ式の椅子もローチェアという小型化が進んでいて、あとは焚き台と小物を置く折りたたみテーブルがあれば十分だ。オイルランタンはテレビで見て欲しくなったので通販で買った。昔使っていたコールマンのガソリンランタンは明るさが取り柄だったが、それも子供連れファミリーキャンプだから必要だった。今ではソロキャンなので明るさはそこそこで良い。
一人バーベキューなどもしないので、調理器具は家で使わなくなったカセットコンロがあれば十分だと思っている。もっとシンプルにするのであれば、100円ショップで買ったアルコールランプか固形燃料でことたりる。
暇つぶしには読みかけの文庫本一冊とBT接続できるスピーカーがあれば十分だ。(これでスマホに入れたお気に入りの楽曲をBTで飛ばして聴くことができる)
焚き火台の横にある銀色の筒は100円ショップで買った火付け器だが、この中へ周りに落ちている枯れ葉を放り込みひをつける。簡単にたきびの火種ができる。予想以上に便利で役立つ道具だった。ただし、すぐに壊れそうなので、戻ってから追加で買ってきた。

夕方になり焚き火を始めた。これがやりたくてソロキャンに来ている。最近では自宅で焚き火をするなど考えられない時代になったから仕方がない。昔からキャンプでは焚き火をするのが楽しみだったが、最近は焚き火が目的になっている。
ただただ薪を燃やすだけで一晩が終わる。そんな時間が楽しい、という人は多いようでネットでは「焚き火」を目的にキャンプ場を選ぶこともできるようになっている。

夜になり暗くなると、ちょっと多めに薪を投入し炎を大きくしてみる。おー、ファイヤーだ、と実感できるのが嬉しい。夏であれば、これはちょっと暑すぎませんかという気分になるのだろうが、秋ともなれば夜の焚き火で暖を取るのが本望というものだろう。

薪がすっかりおき火になった状態で、これまた100円ショプで買ってきた足つきの網を載せる。ここで、事前に密封袋に入れて味付けをしておいた鶏肉を取り出しじっくりと焼く。夕食はすでに済ませているので、この鳥モモ焼きは家に持って帰って食べるために焼く。焼き上がりにケイジャンスパイスをたっぷりふりかけ、あら熱が取れたらラップで包みクーラーボックスに放り込む。
ソロキャンのお土産というか、次の日の肴を仕上げるというか。長い夜を楽しむのは時間がかかるズボラ料理がよい。

ちなみにこの日の夕食はプレスサンドメーカーで焼いた生餃子で、まだ陽があるうちに焼き始めた。陽が落ちた後であたりが暗くなると焼き目を確認するのが大変だ。プレスサンドメーカーは、当然だが朝食用プレスサンド作りにも使う。その他に簡易型のフライパンや蒸し器としても使える。ソロキャンでは活用度が高い調理道具だ。
ちなみにカセットコンロが油だらけになっているのは、この直前にコンビーフのアヒージョを作ったせいで、アウトドア料理は匂いや油をあまり気にしないでできることがありがたい。

昔使っていたガスランタンを取り出してみたらまだまだ使えた。最近ではガスボンベ直結型のランタンは少なくなっているようだ。ホヤがガラスではなくステンの網で囲われたランタンもなかなかレトロで良いななどと思いながら、のんびり星を見ていた。5mも離れれば聞こえなくなるくらいの小さい音量で聴いていた楽曲は、キングトーンズのファルセットボイス。これぞソロキャンの醍醐味というものでしょう。

翌日の朝は5時起床、コーヒーを飲み陽が昇るまでしばらくボーとした後、テントをたたみ始めて1時間で撤収完了。ソロキャンはお手軽に、が大切ですねえ。

食べ物レポート, 旅をする

一筆啓上 丸岡城

お城巡りをしていると、時々びっくりするような「あれやこれや」に出会うことがある。丸岡城の駐車場で見つけた「一筆啓上」には、「ああ、あの有名な一文は、このお城の殿様が書いたものだったのか」と気がつかされた。
旅を終えた後であれこれ調べてみると(全くの不勉強ぶりだが)、徳川配下の本多氏が戦場で書いた手紙だそうだ。確かに、簡潔でありながら、お家の大事をもれなく書いている。手紙の手本と言われる意味がよくわかる。

丸岡城はこんもりとした小さな丘の上に立っていた。周りが平野なので、これだけの高さ(30mくらいか)でも、周囲を見渡すには問題ない。城の守りとしては手薄な気もするが、ここも戦国後期に築城され、反乱や諍いが制圧された後の城なので、やはり穏やかな時代における治世の拠点ということだったのだろう。

城としてはおとなしい部類だ。百名城に選ばれたのはお城の見栄えというより、この一筆啓上手紙が重要なポイントだったのではなどと思う。

しかし、今や日本全国どこに行っても、それもお城巡りで、ご当地キャラというかお城キャラがいるのにはびっくりする。戦国時代の武将を題材にしたゲームでイケメン武将が大量出現したので、それぞれの居城に「イケメンキャラ」がいるのは理解できる。
ただ、有力武将、著名武将がいない場合は、おとぼけ気味のユニークキャラがいるようだ。この丸岡城も、本多のお殿様キャラではなく、「城丸くん」はどんなキャラなのかちょっと興味がある。目元の赤ともみあげを見ると、随分と歌舞いたモデルがいるようだが。

駐車場の脇には茶屋があり、観光客向けに食堂もある。昼飯を食べようと中に入ってみたら、食堂というより蕎麦屋だった。それも、注文を受けてから蕎麦を茹でる本格派のようで、良い意味で驚いた。
当然ながら、出てくる蕎麦は正統越前そばだった。カウンターで受け取るセルフ方式だが、そんなことは問題ない。そう思わせる仕立ての蕎麦で、大盛りにしておけばよかったかなと食べ終わってから思った。
カウンターで食券を置くときに、普通盛りで良いですか、と念を押された意味がよくわかった。蕎麦つゆと蕎麦の強さがよくあっている上に、大根おろしがうまさを引き立てる。越前そば旨しだ、まだまだ勉強が足りんなあ、というのが丸岡城での最大の感想だった。城を見に来て食べ物を知るというのも、アレレという気もするが。いや、城巡りで学ぶことは多い。

駅弁

米原で駅弁の本社を見つけた

城巡りでうろうろしていたらナビと違う道に進んでしまい、あれっと思う間もなく米原駅前に出てしまった。東海道新幹線は散々使ったので米原駅を知らないわけではないが、そこで降りたことはない。各駅停車の旅でも、米原は西行き列車の乗り継ぎポイントだが、やはり乗り換え時間が短いため駅改札を出たこともない。
ただ、駅前に駅弁屋がある珍しい場所だという知識はあり、迷い込んだついでに駅弁屋さんを探してみるかと思ったら、目の前の駐車場の向こうがその会社だった。
ここの駅弁「湖北のおはなし」は、実に素晴らしい幕の内弁当だ。駅弁大会でも、機会があれば手に入れる。秋田の鶏めしに並ぶマイベスト駅弁のひとつだ。

ただ、今回はその名作ではなくオーソドックスな駅弁を買ってみようと思い「近江の味」を選んだ。駅弁は包装紙で包まれて中身が見えないことが多い。パッケージが素通しで中身を見せる駅弁というのは、なかなかありそうでないものだ。食べてみて気がついたのだが、幕内系駅弁としてはちょっと変わっているような気がする。ただ、メニューで駅弁を選ぶ時に、中身の写った写真が乗っていたから中身に驚くことはない。変わっているなと思ったのは、あの名作と比べると地方色が見当たらないことだった。

蓋を開けて食べ始めてみると、実にオーソドックスな幕の内弁当だった。おかずは煮物中心で甘めの味付けだが、これが駅弁では重要なポイントだ。冷めた白飯をうまく食べるには、甘味が強めの煮物が一番よく合う。その甘味の強いおかずの合間、箸休めに卵焼きや蒲鉾などのあっさり系おかずを食べる。自分なりの味ローテションを考えられるのが、幕内駅弁の良いところだろう。トンカツとか海老ぐらいなどの揚げ物駅弁は、その点で多少ハンディがあるように思う。ご飯を美味しく食べたければ幕内系と勝手に決めつけている。
こちらでの会社では「おかかごはん」という一芸突破型の駅弁もある。どうやらこれも白飯のうまさ重視型のようだ。次回はそれにしてみたい。ただ、この駅前のお店には食堂というか蕎麦が食べられるイートインが併設なので、蕎麦も食べてみたい。各駅停車の旅の休憩ポイントして、しっかり記憶しておこう。ちなみに、米原からは西行きの快速が頻繁い運行しているので、待ち時間を気にすることのないありがたい駅だ。駅前探検をするには良い場所だ。

食べ物レポート

夜の神楽坂で復活した賑やかさ

先輩に誘われて夜の神楽坂に出動した。この歳になっても先輩は先輩であり、ましてやこの業界での至宝というべき生き字引き的存在のお二方なので、最大の敬意を払いつつお話を聞きに行く。そんな時に業界の先立としていつも感心するのが、「良いお店」を選択されることだ。
今回も神楽坂の奥まったところにある蕎麦屋を指定され、のこのこと出かけたみたら、これはもはや蕎麦割烹とでもいうべき高級店だった。

店名でわかる通り福井の料理を出す店で、懐石ルールにならったコース料理という感じだった。お店に来るまでは、下町的蕎麦屋で天抜きを肴にして蒲鉾と卵焼きで日本酒を冷できゅうっとね、などと思っていたのだが、良い意味でまるっきり予想と違っていた。ちなみに下町の蕎麦屋も高級化しているところは多い。自分のイメージにある蕎麦屋できゅっと飲むスタイルは、神田のまつやとか浅草並木の藪みたいなところなのだが。

日本食の本質は見た目ではないかと最近思うようになってきた。だしと醤油、味噌という和食調味料基本セットでは、一定幅以上に味の領域は広がらないのではないかと思うからだ。一部の発酵調味料を取り入れた地方料理もあるが、あくまで地方で愛されるレベルに留まっている。
昭和の時代に地方発信で全国区に成り上がった「味」は、豚骨ラーメンの豚骨スープくらいではないだろうか。江戸後期から明治初期に広がった肉食(牛肉)ほどのインパクトをもたらす「味」は、その後の1世紀では見当たらない。食文化という意味であればチキンラーメン・カップヌードルに代表される「インスタント麺」は昭和の食文化大革命だと思うが、味という点で言えば少し違う気がする。あえて言えば、グルタミン酸ソーダ(化学調味料)が及ぼした影響は世界的だったが、これが味の変革かというとちょっと違う気がする。
和食がフレンチに与えた影響はビンジュアル要素が強かった。同じようにイタリアンの影響でバルサミコ酢やオリーブオイルが和食に取り込まれていけば、一皮剥けた和食が産まれそうな気がする。古典的フレンチのバター、チーズをたっぷり使った濃厚味は取り込みにずっと時間がかかりそうだ。
残念ながらアメリカンなハンバーガーとコカコーラみたいな取り合わせは、和食とは相性が悪そうだ。アメリカン和食も食べてみたい気はするが、せいぜいアボカド巻くらいで満足しておくべきだろう。

日本以外の国の人たちから見れば、出汁の中に「野菜の根」をすりつぶして投入したものということになるのかもしれないが、おろし餡はいつ食べても美味いと思う。これは調理人の技術で味の差が雲泥ほどに出てくる和食の華ではないかとまで思う。
チェーン居酒屋の悪いところは、こういう技術の必要な料理をなんちゃって再現(再現度は最低最悪なまま)して売り出すことなんだよな。などと考えながら食べていた。
ちょうど話題がチェーン居酒屋衰亡論だったせいもある。

お腹いっぱいになりそろそろ帰ろうかなと思うタイミングで、締めの越前そばが出てきた。これも蕎麦というより蕎麦料理だろう、と変なセルフツッコミを入れながら一口食べてすっかりありがたくなってしまった。
よくしまった蕎麦と大根おろしとの調和、これはまさしくすすって手繰る蕎麦ではなく、素材の特性を生かした一品の料理だった。
神楽坂の蕎麦屋は奥が深い。蕎麦屋と侮ってはいけない。参りました。全部うまかったです。

街を歩く, 旅をする

金沢で夜の散歩 都会の楽しみ

金沢駅の駅前改良工事が終わっていた。完成後の駅前広場は「都市美」というか「機能美」に溢れている空間に変わっていた。駅に向かう歩行者の散らばり具合が、都市としてちょうど良い。適度に賑やかな感じがする。東京のターミナル駅で見る、レミングの群れが暴走しているような猛々しさはない。
人という生物の生理的感覚として、大都市駅の密度はやはり異常というか、気に入らない空間なのだと思う。三密などというゲスな言葉とは無縁な、近代都市空間とはこういうものだと言っている気がする。

金沢駅西側はすっかりホテルとオフィスビルの街に変わっていた。不思議なことに金沢の人口を考えると、この街の賑わいは他の中規模都市、特に県庁所在地を凌駕している。賑わいだけを見ると、ほとんど政令指定都市のレベルではないだろうか。
いや、人口100万人を切る小型政令指定都市と比べてみても、金沢の方が賑わい度で上のような気がする。やはり、加賀百万石の威光というか名残というか、文化と観光の街として格の違いがある。

その影響を受けて駅ビルのなかも夜遅くまで営業しているお店が増えた。たまたま見つけた閉店時間間近のパン屋で面白そうなメロンパン?を見つけた。バナナと胡麻という組み合わせは見かけた記憶がない。おまけに好物のメロンパンなので、ついつい誘惑に負けて一つお試し買いをすることにした。
味は、バナナが強く胡麻はほんのりな感じだった。メロンパンの味は表面のビスケット生地で決まるものだと思い込んでいたが、この胡麻バナナメロンパンは、中のクリームが味の決め手だった。うーん、実に美味い。

閉店間際でもこれだけ並んでいるのは、売れ残っているのではなく、人気なので売り切ってしまうのだと思う。後で写真を見返していて気がついた。このパンはメロンパンではないのだな。どこにも「メロン」の文字は書いていなかった。見た目での思い込み……………おいしければ良いのだよ。

そのメロンパンもどきを買う時、もう一つ気になってしまったのが「加賀棒ほうじ茶デニッシュ」だった。加賀棒茶というものは、金沢名物として聞いている。お茶に詳しいとはいえないが、金沢で飲ませてもらった棒茶は美味しいものだった記憶もある。
しかし、一番惹かれたのはきな粉がかかっていることだった。揚げパンのきな粉がけは好物だ。シンプルなきな粉の味が好きなのだが、安倍川餅や信玄餅のようなきな粉まみれのお菓子も好んで食べる。

加賀棒茶よりもきな粉に引っかかったというのが正直なところだが、このパンの中身に入っているお茶クリームは上品な感じがして気に入った。パンというよりデザートに近い。お茶を使ったクリームは抹茶だけかと思っていたが、ほうじ茶で仕立てるあたりは、やはり金沢の味覚文化なのかもしれない。
夜の街をフラフラと歩き回っていると、こういう美味しい場面に出会うことも多い。適度な都会の賑わいが感じられる金沢は、さぞかし住みやすい街なのだろうなあ。
あの冬の曇り空は好きになれないんだけどね。

旅をする

加賀国 白山比咩神社 

神社の名前は難しい。「しらやまひめじんじゃ」 と読むのだそうだ。主祭神が白山比咩大神なので、日本海沿岸に広がる大国主系とは別系統の「越国」神社だ。調べてみると菊理媛尊(くくりひめのみこと)とも呼ばれるようだ。高天原神族の中では古手の神なので、やはり越の国でも大物の神様だったのだろう。
ナビの指示通りに辿り着いたた大きな駐車場から、鳥居をくぐり境内に入るとわかったのだが、こちらは表参道ではない。表参道はずっと下の方から続く階段だった。
足弱な人のためには坂道を登らないでお参りできるのはありがたいが、なんとなく裏口から入るようで申し訳ない気がした。
グーグル先生のナビロジックはちょっと変わっている。こちらがもう少し使い方を考えないと、裏口を勧めるらしい。本殿に近いからだろうな……………

神社によってさまざまな対応だが、 そのお社の由緒を説明してくれる掲示があるところが半分くらい。お祀りしている神様の名前が書かれているくらいの簡素なものも多い。さすがにこの神社は一ノ宮だけあり、かなり詳しく説明されている。日本海沿岸部、北九州、瀬戸内などの古代大和王朝に吸収された地方王国では、神社の由緒をよく読まなければいけないと思う。征服王朝と滅亡した王国が祀っていた神様が、一つの神社の中で融合合体しているのがほとんどなので、それを読み解くのが神社巡りの楽しみの一つだからだ。
長野における諏訪大社のように、大国主命を担ぐ一族が亡命してきたような地域もある。東日本は日本武尊の統制伝説にあるように、比較的後の時代に征服されたので、神社と主祭神の読み良き方は別になる。それは、また別の機会に………

樹齢1000年のケヤキがあった。これだけ長生きしている古木はすでに神様の領域に入っているような気もする。まさに御神木だ。一ノ宮は長く続く神社ばかりなので、あちこちに樹齢500年、700年などの長寿な木はたくさんある。伊勢神宮内宮であれば、境内にあるすべての木が超長寿に見える。100年や200年くらいでは、まだまだ若いねえ、と言われそうな貫禄あるものばかりだ。それでも1000年越えはやはり少ない。思わず手を合わせてしまうありがたさがある。

こちらの鳥居が表参道を上がってきたところにあるもので、確かにこちらから入っていく方が正しいお参りのお作法のような気もする。

比較的小ぶりな神社だなという感じがするが、端正な姿だった。大きなお社も良いが、やはり小体な方が好みではあるのだ。加賀国一ノ宮は美しいな。

食べ物レポート, 旅をする

高級で回らない回転寿司

金沢、富山では回転寿司のレベルの高さが違うと何度も聞かされた。実際に、金沢でも富山でも回転寿司を食べてみて、その質の高さは納得している。そもそも回転寿司なのに皿がほとんど回っていないのが現実で、「まわる寿し」と書いてあっても、「たまに」の一言が抜けていると思う。
ここも人気店対応で、店頭に順番待ちの発券機がある。そこで席待ち予約をしてあとは呼ばれるのを待つ仕組みだった。呼ばれるまで10番くらいの番号差がある。30分くらい待つことになるかなと思ったが、もう少し時間がかかり、それでも40分程度で入ることができた。

本日のおすすめのメニューがカウンター席に置いてある。同じものは目の前にあるタッチパネルでもわかるのだが、一覧で見るにはこちらの方が圧倒的にみやすい。デジタルとアナログの融合として、なかなかありがたい仕組みだった。外食産業のDXとは、こんなふうにデジアナ合体策になるのだろうなあ。

まずは一番食べたいものを注文する。鮨の順番のセオリーというか理屈はいろいろあることは知っているが、そんなものを守ったことはない。自分のやり方は「食べたいものを食べたい順に」だ。特に、回転寿司などはすぐに腹一杯になるので、その前に自分の食べたいものを食べないと、とても後悔する羽目になる。
だから、最初はあわびにした。それも腹の膨らみを抑えられる「一貫」で注文できるのが嬉しい。

続いて日本海でご当地ネタといえば「ノドグロ」を忘れてはいけない。これは普段口にすることがない魚だけに、期待度は高いし、期待を裏切らない脂の乗った旨味だった。

そして、ご当地ネタとしては初見参の「たら」。能登沖で獲れたマダラとのことだが、鱈を刺身や鮨で食べるのは初めてだ。北海道では「たら」と「ほっけ」の生食は珍しい。
これは柔らかめの身がねっとりとした食感でなかなかに逸品だと思う。

その後はいつもの好物で、しめサバ(自家製)、イカゲソ、光り物セットを連続して食べ、締めはずわい蟹だった。ついつい勢いで頼んでしまったが、これは明らかに注文しすぎで、満腹中枢が限界になった。うまさに負けたということか。
100円回転寿司にはそれなりの良さやうまさがある。まさにコスパの良い「寿司」だろう。うまい「鮨」という言い方をするのであれば、やはり金沢の回転寿司はおすすめだ。
ただ、個人的経験で言えば、札幌の人気回転寿司もこれに負けない質の良さはある。が、ネタのバラエティーでは金沢が勝っているというところだろう。金沢の夜はまわらない回転鮨で満足した。

旅をする

金沢城の風格 そこで見た夢

金沢には何度も訪れた。仕事で行ったことも多いが、観光にも行っている。金沢の名所はだいたい見て回ったはずだ。ところが、なぜか金沢城だけは行ったことがない。隣の兼六園には何度も行ったのだが。お城に興味がなかったと言えばそれまでだ。
今回は石川門という兼六園よりの入り口からお城を見に行った。

金沢城の全体を見るには半日かかりで歩き回る必要がありそうだ。よく広さを東京ドーム何個分みたいな表現をするが、この全体図を見る限りドームの2個や3個では足りない気がする。昔、真夏に兼六園を見に行って暑さで死にそうになって退散した記憶が蘇る。兼六園ですら見切れなかったのだから、金沢城全体を見て回るのは大冒険だろう。

お城の門は、ある意味侵入者の防御施設なので、小ぶりな城でも門は大仰なものだ。特に復元したお城では、門が大きめに作られている気がする。ただ、この金沢城の石川門は石垣と合わせるとほぼ原寸に違いない。門扉をしみじみ眺めてみたが、厚みといい頑丈さと言い、破城のための専門道具が必要だというのがよくわかる。

おまけに門を攻め落とそうとすると、門扉の上にある白壁に開いている矢間から、弓矢や鉄砲で撃退される。時には大きな石を投げてきたり、煮えた油や熱湯をかけたりもするから、攻めようとしてもそう簡単にはいかない。
攻城戦では、守備方の兵に対し3倍以上の人数で攻めても、城は簡単に落とせないというのは本当だなと思う。門の上から矢を射かけてくる弓兵一人を倒すのに、こちらは三人やられてしまうという計算だ。勝つためには二人やられる前に弓兵を仕留めなければいけない。
これは難しい算数だし、ほぼミッション・インポシブルのような気がする。おまけに門の脇にある石垣は、現代コンクリート建築のように表面がなだらかで、ロッククライミングの達人でも、このすべすべな石垣を登るのが難しそうだ。

あちこちで城を見てきたが、これほど石垣表面が平らな城は珍しい。江戸城の石垣を除くと、この金沢城くらいではないだろうか。ジグソーパズルのようにパーツを磨き上げてはめていくのは、もはや実用技術というより美術品に近い。
石積み職人の数も必要だろうし、さぞかし金がかかったことだろう。金持ち大名だけができる金満築城術であり、最高品質、プレミアでゴージャスなお城だ。さすが戦国時代の最後を信長、秀吉、家康と三代に渡りあい、そして生き残った前田家の産物と感嘆する。すごいな利家。長生きもしたし、すごい武将だったのだね。

門内はただただ広い。今では広場になっているが、当時は御殿の一部が立ち並んでいたのだろう。内堀もあるので、攻め込まれた時には防戦拠点として、第二次防衛線にあたる場所だ。この広場に立ち並んだ陣地は、縦深防衛拠点として脅威だっただろうなあ。

内堀に面する石垣も、それなりに表面を加工された手がかりのない石垣になっている。矢間も二層になっているし、内線防御になると兵密度は上昇するから、攻城戦を仕掛けてみても、一段抜けばまた一段見たいな「もう勘弁してよ」と言いたい状況になる城だ。
この第二線を抜いて本丸に辿り着くには、また一段レベルアップした仕組みが待っているのだから、金沢城攻めは一年かかっても攻め落とせないのではないかと思う。
戊辰戦争の時に福井と金沢で松平、前田が西軍に抵抗したら、そして冬季戦にまで持ち込まれたら、西国反乱軍は負けていたかもなあ、と思う。
おまけに福井から金沢に向かう山越の道は、兵站維持のためにはとてつもない障害になるだろう迂回路として海路による兵站維持を考えれば、金沢に近い港を制圧しなければならない。
他の陸路としては、中山道から富山に抜ける陸路、新潟から富山に至るルートも考えられるが、どちらも山越えの難路で、おまけに日本海側は有名な親知らず子知らずが待っている。
考えれば考えるほど、金沢城は日本海沿岸部を侵攻する軍にとって、とてつもない障壁になる。やはり徳川政権は最後の将軍が武断派でなかったから滅びたのだろう。

金沢城防衛戦を妄想しながらあちこち見ていたら、この内堀の底は深い泥で、入り込むと1mくらい体が沈むようになっていて、足が取られて動けなくなった兵に上から大きな石を投げつけるみたいな想像をしてしまった。そうして倒れた兵士を足場にして押し寄せる敵軍、そこに上の矢間から……………
金沢城で前田家1万人が籠城戦を始めると、西国軍は4−5万人を投入しなければならないので、兵員不足で東国戦線が形成できない。そのうち徳川系諸藩があちこちで呼応して反抗戦を始める。
そうなると京都にいる天皇・公卿を防衛するため戦線が琵琶湖周辺まで後退し、第二次関ヶ原勃発。そこへ英仏がそれぞれ西国連合、徳川に加担して欧州利権の代理戦争に発展し……………

金沢城ですっかり歴史IFを楽しんでしまったが、その妄想を引き起こすくらい金沢城は巨城だった。夢のまた夢であることには間違いないのだが、戊辰戦争の時に前田の殿様はそんな夢を見なかったのだろうか。

旅をする

金沢駅のぶらり歩き

金沢駅の西側は、すっかり整備工事も終わっていてオフィス+ホテル街に変貌していた。駅前に大きな屋根がかかっているのは、やはり冬の雪対策なのだろう。東側の入口とは全く趣が異なる現代風なデザインで、ここは東京駅とか大阪駅と言われてもデザイン的な違和感はない。

その駅の中をぶらぶら歩いてみた。土産物屋の店先になにやら大男の写真が三人分。これはなんだと近づいてみたら、地元出身の力士の実物大(多分?)のパネルだった。この前に立ってみると力士のデカさがよくわかる。
地元の町にも相撲部屋が移転してきて、場所開幕中の昼下がりにはたまに力士を見かけるが、彼らも大きい。背が高いだけではなく肉体の厚みが一般人と違う。
しかし、石川県人は相撲好きなのだろうか。有名人ということであれば、元ベースボールプレイヤーの方が知名度は高そうだが。

駅ナカの飲食店が固まっているところに、おでんのカウンターがあった。金沢おでんは、知る人ぞ知る金沢名物だと思うが、すごいなと思ったのがおでんの1100円セットだった。おでん3品と酒付きのセットがランチタイム限定で販売中になっている。
金沢の人が特別な嗜好(おでんで昼酒)を持っているとも思えないから、これは観光旅行客向けなのだろうか。あるいはビジネス出張者を狙っているのか。全国あちこち行ったが、昼の酒付きセットは初めてみた。

その向かいにあった牛丼屋もなにやらシックなデザインで、これは金沢限定メニューがあるのではと期待して店頭を覗いてみた。おでんセットと同じように、金沢牛丼+金沢の日本酒みたいなものを期待したのだが、ごくごく普通のメニューのようだった。残念。こちらは地元のヘビーユーザー向けなのだろう。

駅ビルの上階に登り飲食店を探し回っていたら、これまたうまそうなラーメン屋を見つけて、近づいてみたら「あれあれ」となった。なぜ「札幌濃厚味噌」なのかな?金沢白味噌ラーメンとか金沢城金箔ラーメンとか加賀百万石もりもりラーメンとかを期待していたのだが。
金沢の人が異文化の札幌味噌ラーメン好きなのはかまわないが、地元の最強ラーメン店はこういう場所に出店しないのかとがっかりしていた。ところが、あちこちさまよっていたら、駅一階に北陸ラーメン界の王者「8番ラーメン」の店を発見した。当たり前のように、そこは満席で行列ができていた。地元客対応だろう。
その向かいも金沢カレーの名店があり、同じように空席待ちだった。なるほど、地元客対応の店は一階なのだなと納得した。次回からは一階をメインに歩き回るべきだなあ。

駅弁

加賀百万石で駅弁

駅弁とコンビニ弁当を同列に語ってはいけない、といつも思う。駅弁、特に幕内系のおかずいろいろ盛りだくさん弁当を、コンビニ幕内弁当と比べるのは失礼だという気がする。幕内駅弁に近しいものとは、やはり歌舞伎観劇の時に幕間で楽しむ真正・幕の内弁当ではないか。
あるいは和食惣菜店のちょっとお高い幕の内弁当(松花堂弁当などという懐石系の弁当も含む)でも良い。ただ、最近の駅弁の傾向として、ヒット商品は「一芸達成型」が多い。牛肉が一面に載っている焼き肉系や、イクラとサーモンが全面に敷き詰められている海鮮系が駅弁ランキングにトップを占めている。幕の内弁当は旗色が悪い。しかしだ、自分の好きなのはゴージャスな幕内であるのも間違いない。米沢の「牛肉ど真ん中」も好きだが、弘前の「津軽のうまいもん」とか、京都駅で買った「近畿味巡り」みたいなちまちまおかずたっぷり弁当が好物なのだ。
確かに、駅弁とは冷めた時にうまく食べる工夫がされている弁当だ。コンビニ弁当のようなレンジアップを前提とした弁当とは、そもそも料理法や味付けからして異なる。別の種類の食べ物と言って良い。
冷めた白飯をおいしく食べるには、濃い味付けの肉や魚を白飯と一緒にかき込むスタイルが正しい。それはわかる。ただ、駅弁の楽しみ方として(最近はちょっと難しい感もあるが)、車窓の光景を眺めながら、幕内弁当のような「ちまちましたおかず」を肴に一杯やる、という古典的な旅のお作法があるではないか。それが肉だけ弁当だと、あるいはいくらだけ弁当だと、ちょっと辛い。

駅弁で美の極み

そういう旅を満喫する名脇役として、この加賀「百万石弁当」はパーフェクトだ。上段中段にならぶ6種のおかずは、ほぼ完全に酒のつまみだった。右上段に入っているあんころ餅がデザート的に見えるが、酒の肴の箸休めとしては秀逸すぎる。
崎陽軒のシウマイ弁当に入っている杏のようなものだ。駅弁に入っている甘いものは、小ぶりで一口サイズだ。どの駅弁でも似たようなものになっている。駅弁界の並行進化というか収斂進化というか。「駅弁甘味の法則」と言いたいくらいだ。このあんころ餅もサイズ、味共に実に納得できる。
下段には三種類の飯グループがそれぞれ独自な主張をしている。炊き込みご飯、押し寿司、そして梅干白飯と米ですらバラエティーを楽しませる。作り手の哲学、味のエンタテイメント性重視がよくわかる。
まさに美食の国、加賀の駅弁だ。感服した。と思っていたら、これより売り上げランキングが上の幕内系駅弁を発見してしまった。なんと「朝倉氏」にちなんだもので、これは金沢駅弁ではなく福井駅弁では?とも思ったので、今回はパスした。が、次回は是非にも金沢駅ナンバーワン駅弁に挑戦してみたい。