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食べ物レポート

魚屋の食堂で

普通に美味しい鮨 これはごやはり馳走だ

高知から来た友人のお供で魚屋巡りをした。百貨店にある魚屋を回ってみると、改めて思うことだが、魚屋は随分と小さくなっている。生鮮三品などというが、肉や野菜の売り場と比べると相当に小ぶりだ。また、並んでいる魚も、全国津々浦々から豊洲市場には運び込まれているのだろうが、売り場に並んでいる魚は見慣れた魚ばかりで、それこそ販売品目の選択と集中が実現されている。肉売り場の品種や部位の差によるバリエーションと比べると、魚売り場の衰退は明らかだなと感じる。
そんな感想を抱きながら、昼飯には魚屋直営の食堂に行って何か食べようと言うことになった。魚料理の定食もたくさんあるのだが、なんとなく握り鮨になってしまった。どうも魚定食は日常食的イメージが強すぎて、ごちそう感が足りないせいだろう。
塩焼きとかサバ味噌煮となると、どうしてもサラリーマンの昼定食のイメージから抜け出せない。魚が鯖からサーモンや金目鯛に変わっても、その昼定食の延長線上にある感覚が拭いきれない。魚屋直営店とはいえ、料理人は魚屋従業員ではなく料理の専門家だろうから、良いお仕事をしているはずなのだが…… これでは全く偏見というしかない。
その点、握り鮨は華やかだ。色とりどりで見た目にも美しい。東京で食べる握り鮨といえば、赤のマグロと白のイカという定番に、光り物、白身という組み合わせになる。これに穴子を加えればほぼ東京握り現代版の完成だが、最近ではこれにオレンジのサーモンといくらが加わる。なぜか黄色い卵が入っていないのは、魚屋のプライドなのだろうか。ちなみに東京握り古典版では、生の魚ではなく調理、加工したものが使われているので、それはまた別物だ。

魚屋直営の店なので、魚の鮮度には全く疑いを持たない。うまいはずだと思って、それでおしまい。休日のランチということもあってか、シャリ玉は大きめだった。これが夜になり、酒でも一杯やりながらつまむということになると、もう少し小ぶりにな握りになるのだろうか。それは一度確かめに来てみなければなと思った。
鮨専門店ではない、魚屋の食堂は昼夜であれこれ出し物が変わっているような気がするので、次はぜひ夜に「視察」という名の飲み会をやることにしよう。

街を歩く

銀座でお買い物@熊本館

銀座界隈に散在する各県のアンテナショップを巡るのは、都内散歩のお気に入りコースだ。ショップの位置はだいたい頭に入っているが、その時々で仕入れたいものが変わるから、日によって巡回コースは変わる。一番のショップ密集地帯は有楽町の交通会館だが、銀座の目立つ場所にある大型店舗や裏通りにひっそり存在する隠れ家的店舗もある。一応、関東の近県からも出店しているので、日によってあれこれテーマを決めた楽しみ方はある。新橋や日本橋にもショップがあるので、全部回ろうとすると一日掛の大遠足になる。
当然ながら、首都圏の付属品である?埼玉、千葉、神奈川のアンテナショップは見当たらない。用があるなら直接来いと言うことだろう。
この三県の産物は東京駅に行くと、東京土産の中に一括りにして置かれているものも多い。草加せんべいなど浅草人形焼の仲間扱いだし、崎陽軒のシウマイも横浜名物とは思えない「東京もの」ぶりが目立つ。千葉のピーナッツ製品は、流石に東京のお土産感はなく独自色があるような気もする。それでも東京湾岸にある某ネズミノクニは、名乗りは東京〇〇だが、住所は千葉だし……………

今回発見した小袋(左側)は100円 右が普通サイズ


銀座のアンテナショップのお気に入りの一つが「熊本館」だ。ここでよく購入するのが、醤油(九州独特の甘い濃厚醤油)と、名品いきなり団子(饅頭の中身が芋の餡)の二品だが、売り切れていなければければ買ってしまう洋菓子がある。熊本では老舗洋菓子店スイスの「リキュールマロン」だ。
熊本館ではチルドで売っているが、通販であれば冷凍配送される。サバランに似た、リキュールにどっぷりと漬け込んだアルコール菓子(笑)で、ウイスキーボンボンよりももっとストレートなアルコール感がある。酒に弱い人であれば、ひとつ食べるとかなりの衝撃を受けるのではないか。
食べた感じで言うと、仙台名物萩の月に似た感じのふわふわ生地が甘さたっぷりで、そこに焼酎をたっぷりかけたと言うかドボンと漬け込んだようなものだ。実際には焼酎ではなく洋酒(リキュール)につけ込んでいるのだろう。
これを食べながらウイスキーを飲むと、実にお手軽に酔っ払うのは間違いない。それだけアルコール量が多いので、一般の人が食べるのには「強すぎる」せいなのか、今回は小さいサイズのものが販売されているのを見つけた。試しに小さいサイズのものを買ってみたが、あまりにも一口サイズなので、満足感に欠けるかなと思う。だが、お酒の苦手な人にはコチラ程度でちょうど良いのかもしれない。ジャストサイズというやつか。あえて形容すると、普通サイズが「ドボンとお酒」感があるが、小さい方は「ほんのりお酒」程度だ。微妙に作り方が違うのかもしれない。
手土産に持っていくには、この小さいサイズが良いのかもしれないなとようやく気がついた。

熊本といえば辛子蓮根と馬刺しみたいなイメージがあるが、洋菓子もレベルが高い。食は文化度を表すと思っているので、熊本は文化都市としての水準が全国トップクラスなのは間違いない。

街を歩く, 旅をする

観光スポットではないやり残し

秩父鉄道、御花畑駅のそばというより、ほぼ構内と言いたい場所にある喫茶店がなんとも怪しげな魅力を振り撒いていた。午前中はまだ開店していなかった昭和レトロ喫茶店(自称)だったが……………
喫茶店とは朝から開店するものではないかと思う。モーニングサービスは、もはや完全に日本語化した喫茶店文化ではないか。なのに昼直前でも開店していない。今日は休みなのかと思ってしまった。

午後になり、再び店の前を通ると営業していた。メニューボードやブラックボードが出ていたので、どれどれと眺めて見た。なんと、レトロな喫茶店というからクリームソーダとかホットケーキとか懐かしいものがのっているメニューを期待していたのだが、そんなものはかけらもなかった。
この店は、メニューから見ると確実に昼からやっている飲み屋だ。(それに文句はない、逆に大変ありがたい) お値段はかなりリーズナブルだし、料理?も(つまみも)あれこれ揃っているようだ。ついふらふらと入ってしまいそうになる。
しかし、どうも店の中からかなりの大音量な会話が聞こえてくる。おそらく常連客がいて、何かの冗談にガハガハと笑っているのがわかる。そこに、一見客として入り込むのはちょっと気が引ける。
これは、次回まわしかなと腰が引けてしまった。もう少し遅い時間であれば、そして飲み屋と割り切れば、勇気を振り絞ることなく入っていけそうな……………気がする。
しかし、何時開店なのだろう。お昼12時開店だとすると、喫茶店としてはずいぶん朝寝坊な店だし、居酒屋としては相当に早起きな店だ。

この化石もどこかで展示されているのだろうと思うが、不勉強で場所は知らない。秩父郷土歴史館とか秩父博物館みたいなものがあるはずだとは思うが記憶にない。秩父観光をするにしても、もう少し下調べをしないといけないと反省する。
ただ自分で調べるより、道の駅で聞くか、西武秩父駅前の観光案内所で尋ねる方が早いかもしれない。思い返すと、自分の旅のスタイルには「誰かに何かを聞く」という当たり前のことが欠けているのだな。今更ながら気がついてしまった。誰かに場所を聞いてパレオ君に会いに行こう。これも次回の宿題だ。

そして、次回の最大宿題、絶対達成目標、マスト案件は御花畑駅立ち食いそばで「きのこそば」を食べることだ。どうやらきのこそばは、立ち食いそばの中でも最高級ランクにあるようだし楽しみだ。ついでに味噌ポテトの食べ比べもしてみよう。ただ、この立ち食い蕎麦屋も開店時間を確かめておかなければいけないぞ。定休日があるかもしれないし。

この怖い警告看板は、秩父線のとある駅にかかっていた。最近、鉄オタの暴走がよくニュースで取り上げられているが、こんなもの、「警告」が設置されるほど鉄オタは暴れまくっているのか。単線で山の中をすり抜けるように走る西武秩父線は、写真撮影のスポットが限定されているので、線路内に立ちいる悪い奴もいるのだろう。ただ、警告の内容をよく読むと、どうも不埒な撮影ではなく車体への落書き(渋谷あたりでよく見るビル壁面の落書きみたいなものか)のようだ。
そうだとすると、明らかにイタズラというより器物損壊で犯罪だな。線路への立ち入りも犯罪だが、これはもっとタチが悪い。この駅も一度降りて散歩して確認して見たい気もする。こちらは野次馬根性での覗き見なので、宿題というにはほど遠いが。

街を歩く

街の光景 昔と今とが混じり合う

古い民家や商店を改装して甦らせることが当たり前になってきた。エコだ、SDGsだと騒ぐ前から「再生」という言葉は、若い世代を中心に「普通の考え方」になっている。その普通の考え方になれていないのは、逆に団塊世代やその上の世代ではないだろうか。長年そんな疑問がある。古い建物を壊して新築するのは善なり、という概念が根強くあるのは、敗戦後に焼け野原から復興した記憶のためだろうか。
築100年の建物といえば、1920年代に建築されたものにあたる。つまり、大正時代に建てられたことになる。大正年間でも関東大震災の直後に建て直された建築物であれば、そろそろ100年建築ということだ。関東圏では東京を中心に関東大震災で街が一度なくなってしまったところが多い。その後、東京は大空襲でもう一度街がなくなっているから、古民家改装の元になる「古い民家」自体が少ない。
大戦中に起きた大地震と空襲で、名古屋も似たようなことになっているはずだが、名古屋は古民家改造のレストランがたくさんある。京都は空襲も大地震とも無縁だったから、まだまだ町屋が残っていて町屋改造旅館とか食堂、蔵を改造した雑貨店など街がオシャレな変化をしている。東京の壊して建て直す文化とは随分違う。
都市の景観の問題も、一度焼け野原になった街では古いものを守ろうにも、守るべきものがなくなったという状況が関わっているはずだ。だから、東京の街には景観マネージメントがない。そんなノーマネージメントな首都圏で、秩父はどうやら街に残された古い建物を活用する術があったようだ。確かに秩父の街で散見できる木造の一軒家は「映え」がする。

そうした改造古民家、古商店に合わせて作ったであろう壁面看板も、今ではすっかり色褪せて良い風格を示している。時間が作り上げる落ち着きみたいんものだろうか。これも新しく作り替えると、やはりちょっと違和感が出てくるのだろう。あちこち、消えた文字を修正すると、それはそれで「足跡」が残って風合いが増すのだろうし。

一見すると資料館・歴史館のような感じだが、中は営業している現役の店舗だ。タウンマネージメントなるカタカナを使うまでもなく、街の中での活動拠点を残していることが、結局は街の活性化につながる。建物ありきとは言わないが、なんでも新しくすれば良いということではない。
古い民家を壊して、駐車場と貸しビルにするのは時代の感性にそぐわなくなった。古い街並みを残すことは高齢者のノスタルジーではない。若い世代の倫理観や価値観が「壊して作る」から「再生する」に移っていることを、地方都市で権力を握るジジババが理解できているだろうか。中央政界の魑魅魍魎は、それを理解しようともしないが。新幹線の駅を誘致する前に、手をつけるべきことだと思うのだが。駅ができても魅力のない街には誰も来るはずないだろうに。国会議員には、「それは俺たちの仕事ではない」と言い出しそうな連中ばかりが揃っているようだ。
しかし、街の再生事業は、そこにかかっているような気がしてならない。

ちょっと前まで、このような反戦平和ポスター的なものを見ると、おやおやまたレフトウィングの方たちが叫んでいるのだな、などと思ってしまった。ただ、今は少し違ってきているような気がする。普通の町内会、商店会の方たちが、素直におかしいものはおかしい、と言っているのだと理解できる。
地方都市の商店街に掲げられていることの意味は大きい。ウクライナ問題にかこつけて増税しようとする頭の悪い職業政治屋たち(心の歪んだ人たちだろうなあ)とは、根本的に違う想いだろう。青と黄色がウクライナの国旗の色だということくらいは、この1年間で覚えた。この国旗の色は、青空を背景にするとよく目立つ。地には平和をだな、と本当に思う。そぞろ歩きをする商店街でも、こんなふうに今の世界を見直すきっかけはある。観光スポットとは言い難いが……………

西武秩父駅から帰ろうとして見つけたのが、昔の特急のヘッドモデルだった。なんだか微妙なしろものだ。ある種の鉄オタであれば喜ぶだろうが、一般人にはわからないかもしれない。特急の顔紹介と一緒に、ブラタモリ風に秩父の鉄道開設事情を説明するとかできないものか。
そもそも西武鉄道は、秩父から山を突き抜けて軽井沢まで通じる一大リゾート鉄道開発を目論んでいたという伝説もぜひ公開してほしいものだなあ。でも、もしそれが完成してイラば、軽井沢まで直通電車で行けたのに。残念だな。

旅をする

秩父 独善的観光スポット

映画館といえばビルの中かショッピングモールの中というのが現代の常識だろう。シネコンプレックスという小型で多スクリーンの施設が主流だ。だが、昭和の末期までは日本の隅々に独立型映画館、いわゆるシアターが健在だった。
そして、昭和中期の日本映画全盛期に建てられたシアターはその街の目抜通り、メインストリートに敢然と存在する娯楽の殿堂だった。(過去系になるのが悲しい)デートといえば映画を見に行くのが絶対定番、鉄板的展開だった。(これも過去形かあ)
今では映画館も建て換えられ、貸しビルになったり、駐車場になってしまったりで、原型を留めていない映画館跡地がほとんどだが、まだありし日の姿を残しているところもある。
秩父松竹がその数少ない生き残りなのだが、それでも建物の中はすっかり改造されている。イタリアンレストランになっているようだ。映画館は天井が高いので、レストランになると広々とした開放感がある空間だろう。ちょっと高級感が出る。

暖かい季節には屋外にテーブルもセットされていたから、秩父の若き?カップルにはそれなりの人気があるのではと思うのだが、やはり夕暮れ時に来店して見なければレストランの実力は判断できないなと思う。いまさらカップルで行くこともない気がするので、誰か友人を引き連れ陽気なイタリアン料理パーティーでもやってみようかと思ったのだが……………
残念ながら友人というと年配オヤジばかりなので、イタリアン・レストランは絵にならないか。オヤジが集合するには秩父名物であるホルモンの店の方が似合いそう。ともかく怪しい面々ばかりだしな……………

秩父鉄道秩父駅で偶然見つけた、撮影スポット「キューピッドベンチ」。これまで何度もこの前を通りかかっていたのだが、一度も気が付かなかった。古びた椅子があるなくらいにしか思わなかったのだ。窓の上にかかっている説明書きが目に入らなかったということもある。
しかし、この撮影スポットはどう判断すれば良いものか。このベンチに二人で座って写真を撮るとして、自撮りは無理だろうから誰かに頼まなければならない。しかし、それは相当若いカップルであってもかなり恥ずいというやつだ。ひょっとすると年配カップルであれば羞恥心が擦り減っていて、町を歩く見知らぬ人に頼めるかもしれないが……………
やはり、ここは謎スポットだ。

その謎撮影スポットがある秩父駅前のロータリーを超えたところ、秩父神社の裏手にあたる一角に何軒かの飲食店や飲み屋が固まっている。そこで発見した看板が、なんとも感動を呼ぶ。昭和の末期までは、こういう看板が繁華街、飲屋街には散乱していた。見てすぐわかるお店のスタイル。なんとも陽気な店構えだ。学生時代にアルバイトしていた喫茶店で、よくコーヒーの出前の注文があった。隣のビルにある賑やかなキャバレーのお姉さんたちからの注文だ。その店の看板も、確かこんな感じの明るく賑やかなものだった。
平成の時代に入り世の中が不景気になるにつれ、こういうお店の看板も文字だけのものに変わっていった。そのうちに絵入の看板だけではなく店ごとなくなってしまった。この看板を見ていると、なんだかタイムスリップしたような錯覚すらしてくる。しかし、秩父駅前通りは何度も歩いているのに、こんな看板を見た記憶がないのはなぜだろう。軽度の記憶障害か??

同じビルの2階は、やはり接待を伴う飲食店が営業中らしい。この「接待を伴う」という言い回しもコロナの落とし物だが、なかなか婉曲な表現だと気に入っている。さすがに霞ヶ関には言い訳と言い換えに関して天才的な人材がそろっているようだ。
秩父神社の裏側にある商店会は建物に面白い案内看板を設置している。この接待を伴う飲食店は、「しょくどう」とういうことになるらしい。ちなみに隣には「とうふ」「文具・額」と書かれた看板が並んでいる。その隣の銀行には「ぎんこう」という看板はかかっていなかったので、金融機関は商店会に入っていないのかもしれない。秩父神社周りの商店会看板を眺めて回るのも、街歩きとしてはなかなか楽しい。

秩父神社の参道には、まさにThe レトロと言いたい建物が並んでいるが、その中で一際目立つのがこの「タバコ屋」だ。壁面にもどうどうと「煙草店」と書かれている。当時は、煙草専門で営業できるほど儲かる商売だったのだろうか。今のように喫煙が制限される時代には考えられないことだ。そういえば「煙草屋の看板娘」という美人女性の形容詞があった。その看板娘の顔を見たいから、毎日のようにタバコを買いにくるという意味だ。今ではタスポ片手に自販機で購入するか、コンビニで銘柄番号を言ってタバコを買う時代だから、看板娘自体が死後だろうなあ。そのうちに自販機には2Dアイドルが組み込まれて喋るAIが「看板娘」になるのかもしれない。いや、それはジェンダー問題がクリアできそうもないから、娘ではなく猫とか犬とかのキャラになるか?

この建物も、すでに文化財認定されていた。確かに、こうして公的な保存を図らなければ、古い建物はあっという間に壊されて駐車場になってしまう。この元タバコ屋のまわりには現役の食堂、精肉店など古式ゆかしい建物が並んでいるので街歩きには最適だ。

たまたまこの時期は、夜に遊びにおいでというイベントがやっていた。秩父といえば夜祭が有名だが、それも12月初頭の行事だ。寒さが本格化する1月に、それも寒空の下を歩かせようという企画はなかなかユニークなものだと思う。今年はタイミングを逃したが、来年はぜひ秩父夜遊びに参加して見たい。あちこちの店で一杯ずつ引っ掛けながら歩き回るのは、寒さの中でも楽しめそうだ。
そういえば似たようなイベントが高知であったな。「おきゃく」という、街をあげて路上宴会を繰り広げるというものだが、今年は高知にいってみようか。

食べ物レポート

秩父のパン屋でお気に入り発見

前回の秩父鉄旅で発見した、懐かしさを感じるパン屋さんに着いたのは午前中だった。当然、まだ商品は売り切れていない状態なので、あれこれと選び放題だった。店主自らの接客で、これもあるよとだしてくれたのが大量の調理パンだった。どれもこれも美味そうなのだが、今回は甘いパンを買うつもりなので断念した。調理パンは次回だ。しかし、焼きそばパンを含めどれもこれも美味そうだったなあ。

前回に引き続き調達したのが、売れ筋第一位のくるみデニッシュだ。これはボリュームもすごい。朝食に食べると、一人分としてはちょっと量が多すぎる感もする。とりあえず一つゲットした。

その隣にある激うまニャンなチョコチップは前回売り切れていて買えなかったものだ。これも今回は無事にゲットできた。しかし、「ニャン」とはなんだろう。この店にはネコの店員がいるのだろうか。店主が猫好きというだけのことか。それとも……………と妄想は膨らむ。不思議なPOPだが、秩父のキャラはくまだったはずだし、なぜチョコチップが猫推しにゃんだ??

そして、今回の目玉商品ともいうべき「ざらめ」ペストリーで、これも一つ手に入れた。このパンはメロンパンの原型ではないかと思うのだが、パンの上にざらっとかけられた硬いざらめの食感がすごい。カリカリのザラメは甘さも強烈なのだが、パンと合わせて食べると甘さはあまり気にならない。というか、気にしてはダメだ。このパンを食べている時には、「ああ、今自分は砂糖を直接食べている」という、なんともいえない罪悪感がある。こういう食べものは、10代限定ではないか、歳をとった代謝の落ちたオヤジには向いていない。食べた後には、どこかで贖罪しなければいけないギルティーな食べ物だという認識はある。しかし、背徳感があるほど食べ物はうまいのだ。
あんぱんやクリームパンは、中身の甘さが背徳感を呼ぶ。それでも饅頭の大型変形と思えば多少は和らぐ?背徳感だ。しかし、メロンパンはパンの上に甘い皮が乗っているだけなので、直接的に砂糖成分を食べてる感が強まる。その上をいくストレートな背徳感と罪悪感をもたらす存在が、このざらめペストリーだ。全く言い訳が効かない。
「砂糖力が暴力的に発揮される、砂糖を振りかけただけですが、それがなにか?」という究極の力強さがある。カリカリとしたザラメがそれを増幅する。
これは自分に弁解をせずに、むしゃむしゃ食うしかない。うまいものはうまい。味覚中枢のどこかで悲鳴が上がっているが、そんなものは無視するべき食べ物だ。やはり、砂糖は麻薬の一種なのではないかという疑いが消えない……………
店主にこの商品の開発経緯を尋ねて見たい。ざらめがかかったせんべいを食べて思いついた、という答えが返ってきそうだが。

くるみとチョコチップデニッシュを並べてみた。これはほとんどミラーツインというやつだ。個人的には胡桃が好みだが、半分に切ったものを一つずつ食べると味の比較がしやすい。ハーフ&ハーフで食べるのが望ましい。
どちらもうまいので、できればハーフサイズにして、それを合わせて2個入りにしたものを販売してくれないかなと思う。パン好きには若くて食欲旺盛な人ばかりがいるわけではないので、オヤジ向けに小さいサイズをぜひ検討してほしいものです。ざらめパンのハーフサイズは……………無理だろうなあ。
次回は調理パンにチャレンジだ。

街を歩く

ポテくまくんに会いたい??

秩父神社参道、その一番神社寄りにあるお菓子屋がずっと気になっていた。ただ、オヤジが一人で菓子屋に入るのになんとなく照れがあり、いつも店の前を通り過ぎていたのだが、今回は意を決して入ってみることにした。クルミのお菓子が売っていないかなと思ったのだ。秩父はクルミが名産品らしい。そばを食べる時にもクルミのつけだれが使われる。
店頭にはテレビ番組で放映されたという張り紙がたくさんあった。確かにコロナの時期は、屋外ロケが主体の番組作りが増え、特にローカル私鉄、つまりあまり混雑していない路線を使った番組が多かった。秩父鉄道は関東近郊で一番お手軽に使えるローカル線だったから取材も増えたのだろう。
鉄道番組、旅番組で秩父鉄道と同じくらい目にしたのが大井鉄道、東武鉄道の北部方面路線、北陸の旧JR系路線、そして伊豆鉄道だった。この路線は四季を通うじての景色が流れていたから、ずいぶん慣れ親しんだ気がする。

さて、くるみ菓子を探しに入ってきたが、店内で気が変わった。このお店のスターであるらしいポテくまくんのお菓子を調達することにした。最近のローカルキャラ、ご当地キャラではアニマル系が人気者のようだが、大先輩である熊本県のクマキャラが知名度では群を抜いている。非公式で私設キャラでありながらほぼ千葉県船橋市公式っぽい不思議キャラは、最近露出が減っているようだが、ネット記事で読むと業務多忙で体調が思わしくなく業務量を調整しているとのこと。人気がありすぎるのも大変で、何事もほどほどが良いということか。
熊本県くまキャラは、確か影武者もいて何人(何頭?)かの複数ローテーションだったはずだ。人気者はそれなりに体調管理が必要だろう。
このポテくまくんの実在モデル(きぐるみ?)はお目にかかったことがない。自宅のある埼玉県郊外都市のキャラは、駅前で何度か手を振っているのを見た記憶があるが、それ以外の埼玉県ご当地キャラは存在感が希薄だし見た記憶がない。コロナのせいでイベントも減り出動を控えていたのか。
春になれば秩父市のイベントに出動していそうな気がする。武甲山近くの公園では芝桜が有名だが、今年は芝桜ではなくポテくまくんを見にいってみようか。ただ、その時期は花粉がひどい頃なので屋外イベントは避けてきたのだが、意を決してポテくまくんに会いに行くとするか……………
しかし、このお菓子、ポテくまくんではなく、その「おなか」なのだね。美味しくいただこうとは思うが、なんだか食べることに罪悪感も感じるネーミングだなあ。

食べ物レポート

駅前にある「駅前」

秩父プチ旅の第二の目的地はこの店だった。前回、カツカレーを食べに行った食堂の営業時間を確かめるためネットで検索した。その時に、画面横に出てきた「近くの店ランキング」で、この店が出ていた。店名に面白さを感じて、ついサイトの案内ページを覗いて見たら。実に良さそうな感じがした。グルメサイトもたまには役に立つのだ。これはぜひ一度行って見なければと思ったので、のこのこと出かけた次第だ。
店名は「駅前」で、場所も駅前に間違いはない。西武秩父駅前広場に面している。昼から営業しているが、居酒屋風でもあり食堂のようでもあり、やはりこれは実食してみるしかない。

左上から、椎茸、大根の甘酢漬け、こんにゃく、左下は芹のおひたし、きんぴらごぼう、枝豆

店内に入ると亭主が一人で切り盛りしていた。注文を聞かれて、店内のメニューを見渡すと、どうも食堂らしくはない。ラーメンとかカツ丼とか、その手のものは見当たらない。やはり居酒屋なのかと思っていたら、有名な居酒屋探訪番組の取材写真が貼ってあった。それを見て、この店は間違いなく居酒屋だと認定した。
では、酒を注文しようと、とりあえず日本酒をお燗でと頼んだら、いきなり2合で良いかと聞かれた。2合はちょっと多いかと思ったが亭主の勢いに負けて、「じゃあ、それで」などと答えてしまった。続けて聞かれたのが肴の注文だった。
お通しが一皿100円で6種類あるそうだ。それはどうだと聞かれて、これまたつい答えてしまう。「では、6種類全部お願いします。」
職業柄、昔からお店の推しには弱い。ハンバーガー店でご一緒にポテトはいかがですかと聞かれる(強制される)?と、10回に9回は断れない。たった1回断る時も、ポテトの代わりにナゲットくださいと、自分からアップグレード注文してしまうほどだ。
6種類のお通しについても、一体どんなものがあるかとか、おすすめはどれかなどと聞く勇気はかけらも湧いてこない。そんなことをするくらいなら全部頼んでしまうのがよほどお気楽だ。そして6種類全部頼んで正解だった。

お通しを片付けたら、また亭主からおすすめがあった。きのこ汁がうまい。軽い飯がわりにもなるしあったまる。というので、ノータイムで「それください」となった。
何種類ものキノコが入ったキノコ汁は確かに酒に合うと思う。つゆの味はあっさり目だが、キノコの出汁がたっぷり出ている。キノコをつまみ、酒をひと口のみ、汁を啜る。その繰り返しが無限に続きそうだ。無限ピーマンではなく、無限キノコだなと、口には出さず心の中で一人ツッコミしていた。
今回は、精進料理というか野菜のみで終わってしまった。次回はイワナの刺身とか猪鍋とか動物系タンパク質にも挑戦したい。駅前にある便利な「駅前」は、とても良い店だった。

街を歩く, 旅をする

路地を歩いて店探し

街歩きが楽しいところは、特徴あるお店が多い。思わず中を覗いて見たくなる雑貨店や、今日の昼ごはんはここにしたいなと思う食堂などが、街の中に適度にばら撒かれている。そんな感じのする街が、散歩というか、ぶらぶら歩き回るのに向いている。
秩父の街中には古い住宅や商店を改造したようなお店があちこちにある。一軒だけポツンとあるのは店主のセンスの良さということになる。ただ、街中のあちこちに洒落た店が見つかるのであれば、それは街の感性が高いということだろう。
人気の観光地は、もともとセンスの良い街並みがあったわけではない。大多数の場所では、昭和中期に個々の店がバラバラと立て直しをしたり、昔の店を潰してビルに変えたりしたので、街並み景観が不揃いになってしまった。その後、店主たちの高齢化などで閉店する店が増えてシャッター街に成り果てる。昼でも暗いゴーストタウンへ一直線だ。
それとは逆に成功した商店街や町は、まず最初に景観、街並みの整備に手をつけている。そこに小江戸とか小京都という形容詞をつけるのは常道手段だが、〇〇の街というキャッチフレーズで新味を出そうというのもよくある。
ただ残念なことに、愛とメルヘンの町だの、綺麗な環境と夢の町だの、やたら抽象的な意味なしフレーズを使うことも多く、それは逆効果でしかないとも思うのだが。
秩父は昔からの観光地なので、下手なキャッチフレーズはいらない。不揃いな街並みを仕立て直していくことは大切だが、一つ一つ光るお店があるのだから、それが増えていくだけで良い。そんな魅力的な店を探して歩くのが楽しい街だ。

いつも日帰り旅なので、秩父の街に泊まることはないのだが、それでも夜の居酒屋、小料理屋などには行ってみたい。このお店、昔の商店を改造したように見える。ここには夕暮れ時に入って見たい。「秩父めし」というだけであれこれ想像してしまう。地酒は秩父錦か武甲正宗か、あるいは秩父のワインや地ウイスキーということもあるだろう。適度に退色した店名垂れ幕が良い味を出している。

わらじかつを酒の肴にするのはボリュームがありすぎてちょっとしんどいが、枚数少なめにしてもらって、カツをちびちび食べるのはアリかもしれない。秩父名物のくるみだれで、太めゴワゴワの田舎そばをつまむ(決して手繰るのではない)のも捨てがたい魅力だ。
できれば季節の山菜天ぷらなどを注文したい。最初は塩で、少し時間が経って衣がシナっとなった後はくるみだれで食べるとうまそうだ。

ぶらぶら街歩きを続けていると、これまたおしゃれなファサードの店を見つけた。ぱっと見では飲食店に見えない。表に提灯がかかっているから食堂なのだろうとあたりをつけて、店の前から覗いて見た。ガラス窓に貼っている写真から、どうやらピザ屋らしい。ただ、おしゃれな外観なのだからガラス窓にはあれこれ貼らない方が、すっきり見えてアッパー感が出ると思うのだが。その代わりに店頭にブラックボードを置いたりして、おしゃれ感増幅すると良いのになというのが勝手な感想だ。
ただし、白い提灯は街のイベントものらしいので、イベントが終わればファサードも変わるのかもしれない。やはりここも、夕暮れ時に再訪すべきだなあ。

入り口脇に掲げられた小さな店名がすごく素敵だ。Wood Fire Pizza は、日本語にすると石窯焼きのピザということだ。石窯は火力安定のためガスにすることが多い。ただ、本物の薪を使うと(つまりWood Fireになる)木の焼ける匂いが生地に移り実にうまい食べ物になる。石窯ピザのうまさは、実は薪の香りが移ることにある。熱効率がとか、遠赤外線がとかいう前に、薪の燃える匂いが移った食べ物が、人類のDNAに刻まれた原始の記憶を呼び戻すのだと思っている。
この店のピザが食べて見たいな、と素直に感じたのだが、あいにくと営業してはいなかった。それは実に残念。

秩父神社の参道に並ぶ商店街も、平日の人影はまばらだと思っていたが、この2月の寒い時期にも関わらず結構な観光客が歩いていた。おまけにジジババの神社参詣ではなく、若いカップルが多い。パワスポブームということだろうか。それとも古い街並みが若者を惹きつけるのか。
秩父のパワースポットといえば、三峯神社と秩父神社のTwo Topは見逃せない。鎌倉時代から続く秩父札所巡りも、一大パワスポイベントだ。
頭の悪い高齢者が騒いでいる「日本の伝統を守れ」云々でいう伝統とは、大体が明治以降の100年程度しかない古来の伝統とは言いがたい軽い伝承や行為が大半だ。500年続く伝統行事なの数えるほどしかない。ましてや家庭内の序列など、江戸後期に出来上がったものでしかない。
おまけに明治の権力者は貧困武士の成り上がり者が多いので、幼少期には伝承行事に参加していないため(参加させてもらえなかったため)、上流階級が行なっていたあれこれに過大な憧れがある。その系譜を継ぐ、戦後生まれの(これまた)成り上がり者の騒音にはうんざりする。頭悪い奴の戯言としか思えない。
お前たちがピーピー騒がなくても、今の若い世代は自分たちの感性で古くからある日本のものを楽しんでいるだろう、とダメ出ししてやりたくなる。愛国だの道徳だのいう連中が、一番不道徳で自己愛が強く、おまけに自己陶酔しているナルちゃんなだけだと思うのだが。
閑話休題。その秩父神社参道の脇道に、これまたうまそうな蕎麦屋があった。路地に入ったところにある店は、それだけで「うまそうな店」「秘密の一軒」的な期待が高まる。この参道は何軒もの蕎麦屋がある蕎麦屋ストリートだが、この店が一番魅力的に見えるのは、やはり路地のマジックなのかもしれない。
民家改造の旅館も新しくできていた。コロナで苦しんだ観光地も、新しい動きが始まっているのだな。

旅をする

駅そばはこちらだった?

秩父鉄道御花畑駅構内?にある観光案内看板は、駅周辺・沿線の名所などを上手に説明してくれる。パレオパラドキシアは化石の名前だが、それが秩父鉄道名物観光SLに使われている。

週末に走る観光SL「パレオエクスプレス」の撮影ボードも駅の中にあった。その駅の真下というか、一段下というかに、とても狭い道がある。その道?(ほぼ獣道級)沿いに何軒か飲食店があるのだが、駅近というよりほぼ駅というべき好立地だ。ずいぶん人気があるのだなとは思うのだが、窓に貼られた店名が凄すぎた。
朝早くだったのでまだ営業はしていないのだが、喫茶店とは朝早くから営業している業態ではないかとちょっと不思議になる。昭和レトロ喫茶と言われなくても、外見を見ただけでレトロ度合いは100%だ。帰りにちょっと寄ってコーヒーでも飲んでみようかという気にはなった。

しかし、問題はそこではない。思わず目を背けて現実から逃げ出しただけだ。目の前にあるものを直視したら、こうなってしまった。どうやら目的にしていた駅そばは、ここにあった。店名もしっかりと書いてある、秩父そばだ。
この直前に食べた立ち食いそば店は、「駅そば(蕎麦)」ではなく「駅のそば(近く)にある立ち食いそば(蕎麦)」だった。今回の旅の目的である「駅そば100名店」で蕎麦を食べるは、まだ完了していない。ミッションコンプリートしていないことになる。おやまあというか、あれまあというか、とにかく蕎麦は食べたが見当違いの「そば」だったわけだ。
秩父そばは次回に挑戦するしかない。ちなみに、駅そば100名店おすすめのそばは、秩父そばの「きのこそば」だ。次回の挑戦は、この本に書いてあるおすすめの蕎麦を忠実に体験することにしよう。

2月のうちに再アタックすることにして、駅からよろよろと歩き出した。今回の目的地は、まだ他にもあるのだ。