街を歩く

8月のコンサート

毎年8月に催される小規模のコンサートに通っている。家人が参加するこぢんまりとした弦楽グループの定例コンサートで、最初の頃はレストランを貸し切った程度のかわいらしいものだった。演奏者にも小学生が混じっていた。
それが今では、オーケストラの弦楽パートくらいの人数で演奏される規模になった。演題も最初の頃は、クラシック初心者向けのファミリーコンサートだったので、誰もが知っている定番の小品が中心だった。だが、今ではバッハなどの重厚な弦楽曲が中心なり、じつにクラシック「らしい」ものに変身している。
コロナの間は活動休止中だったが、それがパワーアップして再開された。今回は、地元でもそれなりなコンサートホールで行われたし、プロのソリストが参加する堂々たる演奏会だった。
地元のホールは、音楽の女神の名が冠されているだけあり、見る箇所にもよるが、どこぞの国の神殿風なデザインがほどこされている。演劇やオーケストラの演奏会が行われる大ホールと、クラシックや演芸の舞台となる中ホールがある。
個人的には、かなり見やすいホールだと思っているし、専門家に言わせると音の響きもなかなかのものらしい。

自宅から電車で一駅、歩く気になれば歩いて行ける距離に、このような文化施設があるのはなかなか幸せなことだ。ただ、近いが故についつい行きそびれることも多い。アフターコロナで再開されたエンタメイベントを再確認してみると、おやまあ………という低価格で開催されているものが多かった。今年の後半は、少し文化的に活動しようかと、交響楽団の演目を確認したり、寄席の演者を品定めしている。
ちなみに、このホール施設にはレストランも併設されているので、演目終了後にささやかな余韻を楽しむこともできるので、それなりに都会の気配もあるのだ。渋谷道玄坂や初台、半蔵門にある著名なホールで楽しむのと同じレベルで、日本文化の精華を味わうことができる。良い時代になったと感謝するべきだろうなあ。
おまけに、このホールの「友の会」に入ると、チケットが一回500円割引になる。年会費は、4回行けば元が取れるくらいだし、会員は優先的にスマホで先行予約ができるらしい。なんだか文化活動を楽しみながら、現代の商業主義的な側面も学べる、ありがたい施設なのだ。その上、隣は警察署なので、防犯は万全。

街を歩く, 小売外食業の理論

販促の技術

夏の王道、と言われるとなるほどなと思う。この販促用POPは、メーカーの営業担当者が作ったものが、それともスーパーの売り場担当者が作ったものか、立ち止まって考えてしまった。
企業ロゴが入っているから、スーパー担当者が勝手に作ってはいけないものだろうという気がするが、メーカーが黙認しているのかもしれない。
面白がって、2・3日ほど観察していたら、山盛りだった袋がだんだんと減ってきた。なぜか補充はされていないみたいで、山の高さがどんどん低くなってくる。
期間限定だから売り切れごめんなのだろうけれど、最後に残った一箱みたいなタイミングは陳列がどうなるのか楽しみだ。

街を歩く

町中華で出会った好物と警察沙汰

半チャーハンとネギチャーシュー 普通に美味しい、好物なのだが

久しぶりに炒飯を食べようと、町中華のチェーン店に行った。昼のピークを外して行ったのだが、そのために面白い経験ができた。
店内に入ってカウンター席につくなり、男二人が大声を出して言い争いを始めた。面白がってカウンターの壁越しにのぞいてみたら、二人の高齢者が騒いでいる。一人はザビエルハゲというか頭頂部が輝いている。もう一人は短髪で全白毛だった。言い争いをしているから、周りの客がどんどんと逃げていく。離れた席に移るくらいであれば良いが、店から帰るものも出始めていた。自分の隣にいた客は、食べ物を完食しないまま帰って行った。明らかに営業妨害だろう。
言い争いを聞いていると問題は二点あるらしい。発端はザビエルハゲくんが携帯ゲームをしていて、いきなり白毛くんの方に体を寄せてきたらしい。おそらくゾンビ退治のゲームでもやっていて、いきなり出てきたゾンビに体がのけぞったという感じだろう。
それを迷惑に思った白毛くんが、一言謝ることも出来ないのかとザビエルハゲくんに文句を言ったら、ザビエルハゲくんが激昂して大声で罵った。この大声は自分も聞いていたが、罵詈雑言と言っていいほどの醜い喋りだった。
ザビエルハゲくんは、自分がジジイなのにゲームをするなと言われたと勘違いしたらしい。白毛くんは、ジジイなのにヒトに迷惑をかけても謝らないとはどういうことだ、とザビエルくんを諌めていたのだが。勘違い、すれ違いで騒動は大きくなるという典型だろう。これが一点目だ。
ここで白毛くんがブチギレて、まずは従業員に噛み付く。自分に迷惑をかける「怪しいやつ」を排除するのは店の責任だ、みたいなことを言っている。結局、ホールにいた従業員の何人かがクレームを受けることになる。これが二点目の問題で、お店からすると流れ弾というしかない。因縁をつける悪質クレーマーと判定したくなるだろう。
続いてザビエルハゲくんに矛先が向かう。謝らないなら警察を呼ぶと言い始めた。これにザビエルくんは何の反応をしないで無視体制。なので、白毛くんはその場で警察に電話をかけ始めた。その会話も漏れ聞こえてくる。白毛くんの主張は、大声で威嚇された、脅されたということのようだ。
暴力による肉体的被害ではなく、精神的な被害という論点で警察を呼んでいるらしい。暴力沙汰にはなっていないから、どうも警察が出動をためらっているらしく、それに苛立っているのが筒抜けで聞こえる。
結局、警察官が4名やってきて、ザビエルくんと白毛くんそれぞれに話を聞き始めた。別の場所でお店の従業員の話も聞いている。会話のあれこれが聞こえてくる。警察官は話を聞いて宥める方向で進めたいようだが、白毛くんが納得しない。

ザビエルくんは大声で怒鳴り散らしたのは嘘のように、丁寧な言葉遣いで警官に必死の言い訳をしている。が、聞いているとだいぶ話を盛っている。白毛くんは、高齢者としてあの横暴な言動、立ち振る舞いは社会に対して悪である。それを正さなければいけないと思い通報した、というよう方向へ話がすり替わっている。(感じがした)
警察が来た時点で、この客席周りには誰もいなくなるのだから、店としては明らかに迷惑な事件だろう。
自分はカウンターの壁の裏側という安全地帯にいるので、のんびりと注文した料理を食べつつ、周りで展開される会話に聞き耳を立てていた。なるほど、こういう具合に同じ状況が語る者によって全く異なる筋立てになるのだから、裁判は必要なのだろうなあと実感した。どちらが正しいか判定するのは、相当に状況証拠が揃わないと難しい。おまけに、今回はことの発端と、当事者の説明、言い訳が異なっている。警官も、こういう町の口喧嘩には慣れているのか、まともに取り扱うようには見えない。

平たく言えば、ジジイ二人が我を張り合い言った言わないの口喧嘩をして、周りに迷惑撒き散らしたというに尽きる。おそらく日本中でこんな光景が毎日のように見られるのだろう。歳を重ねて賢くなるどころか、小学生にも劣る馬鹿馬鹿しい罵り合いをするのが現代のジジイだと改めて思った。
酔っ払いではない「ランチ定食」を食べているジジイ二人の騒動を見ていて、何やらこの先の世界に絶望しかないような気がしてきた。こんなダメ高齢者の面倒を見てやるほど、高い代金はいただいていない町中華で、時間給いくらで働いている従業員さんには深く同情してしまう。

今回の学びは単純だった。
人は歳をとると劣化する、というのが現代日本では正しい認識なのだ。

街を歩く

回転寿司で思うこと

小学生向けに書かれた道徳の教本みたいな……… 漢字にふりがなしなくて大丈夫?と言いたくなる

久しぶりに回転寿司に行ってみた。テレビでCMをすっかり見なくなっているなと思ったせいだ。一連の投稿騒動もおわったようで、悪いイメージを振り切ろうという企業側の努力もおさまってきているせいか。ただ、値上げ続きのせいですっかり「百円均一」とは言えなくなってしまった業態だから、何をアピールしているか確かめてみようという、ちょっと意地悪な興味だった。
結論から言えば、ネタアピールはもはや機能していないようだった。投稿事件よりも、売らない高級ネタを宣伝した悪徳?商法のダメージがきつすぎるようだ。えび、カニ、本鮪などのグルメネタのニュースが使えないようで、店頭はすっかり寂しくなっていた。
ただ、夏休みの時期のため店内は混雑していた。空席待ちをしていた中学生6人組が妙に印象に残った。ファストフードやファミレスではなく回転寿司に中学生がたむろするというのは、業態的に厳しい状況にあると判断してしまう。


ハンバーガーに代表されるファストフードや低価格帯のファミレスは、よく中高生の溜まり場になり、だいたいの場合はその集団が騒々しいこともあって、一般客を遠ざける原因になる。これは歴史的に何度も繰り返されていることで、たまたま時期によって餌食になる店やチェーンが変わるというのが業界での学びだ。
つい先日も、某ハンバーガー店が学校名指定で出入り禁止措置をとったことがニュースになっていた。子供は将来のお客さんになるので大事にするというのが外食企業での不文律みたいなものだが、子供と大人の中間世代は、どちらかというと商売の邪魔者という認識になるだろう。
回転寿司業界も、その荒波が押し寄せてきたということだ。ドリンクとデザートしか注文しないで長居をする客、支払額は500円に満たない客が、混雑時に延々と長居をされる。店長からすると、想像するだけで眩暈がしそうだろう。
今の回転寿司では、目の前にさまざまな道徳的注意書き、あるいは犯罪防止を目的とした警告が書かれている。
真っ当な人間であれば笑い出してしまうような文言が並んでいる。つまり、回転寿司業界はかなり重症なのだ

3個で150円という不思議な値付けで出されている、マグロの盛り合わせ

2個100円の皿は80種類以上あると店頭の広告に書いてある。それは嘘ではないだろう。ただ、一皿の値段が複雑化しているし、一個盛りの皿も増えた。注文してから目の前に皿が来ないと、何が何個出てくるのかよく理解できないメニューというのは、相当に病んでいる。
コロナの時期も順調に業績を伸ばしていた回転寿司業界だが、しばらくは大変な時代になるようだ。

街を歩く

銀座でおきなわみやげ

いきなり、突然に、何の関連もなく食べたくなるものがある。普段であれば、口の中の水分を全吸収する脱水系食品は好まない。クラッカーとか、スコーンとか、小麦製品で、かつ水分少なめなものがその典型だ。米粉製品で言えばソフト煎餅もそれに該当する。
その脱水系商品として類似商品であるドーナツも好んで食べはしない。なのだが、なぜか突然「沖縄のドーナツ、サーターアンダギー」が食べたくなった。人生の中で数えるほどしか食べた経験のない、レアな食べものなのだが。
近場のスーパーで普通に売っていると思ったが、スーパーを三軒回ってみたのに見つからなかった。仕方なく、オールドファッションなドーナツを買って食べたのだが、やはり口の中で感じる食感や味に納得できない。こうなってしまえば仕方がない。沖縄に行くぞ、となればすごい気合いなのだが、サーターアンダギーを買うためだけにそうはならない。
手近の沖縄、銀座にあるアンテナショップに行くことにした。そうして手に入れたのが、沖縄産のサーターアンダギー(プレーン)だ。全く知らなかったのだが、サーターアンダギーもフレーバー拡散が起きていて、同じ商品棚に「黒糖」とか「コーヒー」とか「紅芋」など何種類も並んでいる。
そこは、やはりオリジナルというか純正品志向で行くしかないので、プレーン(わざわざそう書いてある)を手に入れた。

子供のゲンコツ程度の大きさで、丸まったドーナツのような外観をしている。ガブリと齧り付くと、パラパラと生地がこぼれていく。思っていた通り、生地は水分が少ない。表面がドーナツのように砂糖まみれになってはいないので、ほんのりとした甘さだった。予想通り、口の中の水分はほぼ100%持っていかれる。究極の脱水系食品だ。
普通に美味しい素朴な味だった。これまであまり食べてこなかった理由は何だったのだろうと悩むほどだ。おそらく「脱水」のせいだと思うのだが、味は全く問題なしだ。しかし、この昔懐かしいお菓子が、なぜ手近なスーパーで売られていないのか、それも不思議なのだが。あんドーナツは売っているのになあ。

ちなみに、わした舘では軽食コーナーで揚げたてのサーターアンダギーも売っている。一つだけ食べるのであれば、そちらの方が良いかもしれないよ、とシーサーくんも言っておりました(幻聴かな)
やはり次は現地に行って、弁当屋でサーターアンダギーを買ってみよう。地元スーパーのジミーズでも売っていそうだなあ。

食べ物レポート

うどん屋で飲む

和歌山出身のお店らしい

昔の仕事仲間と久しぶりに恵比寿で会うことになった。地元民がよく知っている「たこ公園」の近くの店だという。勝手知ったる恵比寿なので、なにも考えずに出かけてみたが、予想外に店を見つけるのに手こずってしまった。ビルの入り口とGoogleマップの表示が違っていて、おまけにお店の入り口はビルの入り口と関係ない位置だった。
タコのオブジェがある公園のまわりを10分ほどうろうろしてしまった。ようやく辿り着くと、店内は若い方達でいっぱいだった。夜にうどんを食べにくるのがこんなに流行っているのかと感心してしまったほどだ。
自分の中には、うどんとそばの店はなかなか夜の商売が厳しいというイメージがある。だから大体の蕎麦屋は夜になると居酒屋化する。うどん屋は居酒屋んいはなりにくいのか、うどんすきのような「贅沢ごはん」に変身するという思い込みがあったのだが。
どうやら今では、軽く一杯飲んで「現代風トッピングうどん」を食べるというのが定番らしい。うどん屋が居酒屋化したというより、ビストロ化したという感じだろうか。

次は昼に行って素うどんを食べてみたいなあと思わせる一品だった

締めのうどんはすだちうどん、冷たいやつだった。ビジュアルも良いがサッパリ系の柑橘味で青ネギたっぷりなのが、関東圏ではみられない「違ううどん文化」だとわかる。ツルツルいける細麺がお腹に優しい。
太麺も選べるのだが、そちらにすると武蔵野うどんっぽくなるかもしれないので、あえて細麺にした。

料理の選択はお仲間に任せて、出されたものは美味しくいただくというお大尽な飲み方をした。最近は自分であれこれ料理を選ぶのは「一人飲み」の時にすれば良いと思っている。
年代の違う方たちとご一緒するときは、自分の好みではなく、彼らの好みを学ばせてもらうことにしている。そうでもしないと、注文するものは◯十年変わらないワンパターンになってしまう。人生、生きているうちはお勉強だ。

コースの注文だったので、実はうどんに辿り着くまで、あれこれと料理が出てくる。懐石っぽい料理の組み立てだった。なるほど、こうすれば「うどん屋」でも酒が楽しめるのか、と感心した。(今更だが)
恵比寿の街もゆっくりと変化しているのを実感したタコ公園の夜だった。

街を歩く

高知の柑橘 ぎっち、うまいき

「ぎっち、うまいき」が正しい高知の言葉遣いであるか自信はないのだが、聞きかじりの高知弁学習では「たいへん、おいしい」というような意味があったと思う。発音的には「ぎーっち、うーまいきぃ」を早口で言う感じだろうか。英語的なイントネーションが高知弁の特徴であるとも感じている。高知弁は英語に続く第二外国語と思い聞き覚えていたものだ。

最近、柑橘果汁を調味料としてよく使うようになった。スーパーで簡単に手に入るレモン果汁は、あまり香りが好みではないので、スダチやカボスなどの果汁をあちこちで探しては買い漁っている。
地域により栽培されている柑橘の種類が違うこともあるが、それ以上に果汁に加工する工程で味の差が出るようだ。
高知県はゆず、すだちの生産量は多いはずなのだが、それほど「柑橘産地」として有名ではない。その高知県に直七という超ローカルな柑橘がある。確か高知県西部、宿毛周辺だけで採れるすだちの変異種だったと記憶している。
その直七果汁を、一時期仕事で使っていた。自家製ドレッシングにこれを使うとすだち以上の強い香りが立つからだ。商談をしたのは高知県の地産外商課(当時)経由だったと思うが、極めて希少な柑橘なので問屋ルートに商品が乗っていなかったためだろう。そんなことをふと思い出して、高知県アンテナショップまで足を伸ばしたら、今でも販売していた。
これを使って食べる鰹のタタキはとてつもなく美味いのだが、お江戸で手に入る鮮度の落ちた鰹では楽しめない。「カツオ」の魚体が固く締まっている鮮度の良いものでなければいけない。豊洲市場経由のカツオでも、例えそれがお江戸近くの千葉産であれで焼津産であれ、すでに身が柔らかくなっているものがほとんどだろう。まして、海なし県埼玉で手に入る鰹は、残念ながら何とも言い難いレベルだ。(これでも高知県と仕事で関わりがあったこともあり、なかなかカツオにはうるさいのだ)

カツオやとれたての魚と合わせる柑橘果汁として、これはもっとローカルな品種「ぶしゅかん」の果汁も発見した。
「仏手柑」と漢字では書くはずだと記憶していた。が、この漢字表記の柑橘類はどうも高知県の「ぶしゅかん」と違う発音で「ぶっしゅかん」と読むらしい。ネットで調べた情報では、『仏手柑』は柑橘の一種らしいがバナナの房みたいな形をしている。
「ぶしゅかん」は現地(高知県中西部)では庭先に植えてあって、実がなればそれをもいできて使うという「自分のうちにある当たり前」のもののようだ。高知の知人にはわざわざ金を出して買うほどのものでもない、とも言われた。
そのぶしゅかんの味だが、これは柑橘果汁としてかなりクセの強いものだと思う。柑橘特有のシトラス香に加えて、一種独特な青くさい香りがある。搾汁の時に皮に含まれる成分が移るのだろうか。ただ、その香りがたまらないとも思う。
しかし、このひと瓶は柑橘果汁として相当にお高い部類に入るので、気軽にお試しできる価格とは言えないが、白身魚(タイとかヒラメ)にはよく合う。レモン果汁よりは絶対に美味いと(個人的に)思っているが、どこにでも売っているわけではないのが難点だ。

そんな高知産品を販売している高知県アンテナショップは、入り口でちょっと大人めな(青年というよりおっさんくさい)龍馬さんがお出迎えしてくれるが、今は某連続朝ドラで「まきのさん」が熱烈展開中ということもあり、若いお二人も一緒にお出迎えしてくれている。

少し暑さがおさまったら、また高知県アンテナショップで隠れ名品を探してこよう。有名なお土産用和菓子もバラ売りするようになって、なかなか商売上手になったのですよね。あまり広くはない店内にギュッと押し込まれた大量の商品が、何やらドンキ〇〇っぽい賑わいを醸し出しております。

街を歩く

交通会館の霧

銀座で買い物をした後、有楽町から山手線で移動した。その時に、ちょと寄り道をして沖縄わした舘に立ち寄った。以前は、銀座一丁目にあったお店が移転してきたのだが、銀座アンテナショップ集団で売り上げワン・ツーの最強ツートップ、北海道と沖縄が通路を挟んで並んでいる。なかなか壮観な光景だ。
その交通会館だが、東京都民であればパスポートをとりにくる場所なので、かなりの人が訪れるのは間違いない。アンテナショップが混むのも無理はない。
自分ごとでいうと残念ながらパスポート取得は埼玉と神奈川だったので、ここにパスポートを取りにきた経験はない。そもそも有楽町はあまり縁のある土地でもないので、アンテナショップに来る時くらいしか立ち寄ることもない。
最近では駅近くで横川の釜飯が買えるようになったので、釜飯が欲しくてくることはありそうだ。
その交通会館の前で、なにやら怪しい煙が出ているのを見てわざわざ近づいてみると、煙ではなく霧だった。防暑対策のミスト噴霧らしい。その効果を体験してみようと、ミストの下まで行ってみたが、感覚的に涼しいと感じることはない。
おそらく気化熱で周辺の気温が多少下がっているのだと思うが、体感的には暑いままだった。真昼だともう少し違う感覚になるのかもしれない。
個人的な意見を言えば、通路に打ち水でもしたほうが涼しくなりそうな気がするが、その人手が足りないのだろう。ここは日本のロボット工学の粋を集めて、お江戸職人仕様の打ち水ロボットを開発するのはどうだろう、などと思ってしまった。
ともかく、そんなことを妄想するくらい暑いのだから、東京はすでに「熱帯」認定するべきだろう。「歩くと危険」とか、「よるな、くるな、熱帯注意」とか、「来ちゃダメ、絶対。真夏の東京」とか警告が必要なレベルだ。少なくともこの時期の日本で一番危険な場所の一つだろう。

わした館の前では、シーサーがお出迎えしてくれるのだが、交通会管内の通路はそれなりに涼しいので、以前の店舗で野晒しにされていた時期より、はるかに涼しいだろう。キャラにも暑さ対策は必要だよね。

面白コンテンツ

Amazonでたまに出会う喜び

Amazonでおすすめリストを次々とクリックして商品サイトの海を渡り歩いていると、たまに面白いものに巡り合う。ネットサーフィン(古いな)ならぬ、Amazonサーフィンだ。
何が面白いと思ったかというと、親戚の誰かが登場しているようなタイトル名だった。まるで従兄弟やその子供たちが主人公であるかのようなタイトルになっていたからだ。
佐藤さんとか鈴木さんとか、圧倒的に同姓の数が多い「姓名」が書名になっている本は見たことがない。政治家や実業家の解説本ではたまに見かける。「政治家田中〇〇の野望」みたいな感じだ。実業家であったり、スポーツ選手、アスリートの場合もよく見かける。ところが、小説のタイトルになった姓名で思い出せるのは「岬一郎」くらいだ。
話を戻すと、この親戚みたいな名前の主人公は悪徳公務員らしいではないか。そこに食いついてしまった。現代の公務員に悪徳者がどれだけいるのかはわからないが、水戸黄門の時代から「悪代官」は雑草のごとく無限に生えてくるので、「悪代官、後の悪公務員』はいつの時代もなくならなかった。
その悪代官の直系子孫とでも言うべき悪徳公務員の一員である市役所職員の話だというのだから、面白いに違いない。そして、現代の黄門様がどんなパターンで出現するか興味津々なのだ。
くどいようだが悪徳公務員は人類の生存とともに必ず発生する種族的原罪みたいなもので、撲滅するのは難しい。現代でもメディアで盛んに報道される(大抵は誇張され、悪者として姿が強化されているが)、公務員を筆頭に、国会議員、地方議会議員、官制エセ企業集団(某独立なんちゃら法人)など、悪もの集団は日本の人口の1割を超えるのではないか。
だから話のネタに困るほどの絶滅種になるはずがない。不滅性を備えた、人類最後で最強の集団と考えるべきだろう。そもそも善良なる公務員の方が、すでに天然記念物扱いして良いほどの希少種族だろうと個人的には思っている。(皆無ではないと信じたい)
ともかく、おいしそうな悪徳公務員の話らしい。ワクワクする。タイトルだけで、こんなにそそられる本に出会ったことがない。

悪代官はお話の最後で成敗されるのが世の東西を問わず小説の定石というものだが、このお話ではどうなるのだろうか。はたまた悪の限りを尽くして小市民たちを悲嘆の苦しみに陥れる逆パターンだろうか。
何度見ても題名だけで、実にドキドキしてしまう。この本を買うのは良いが、読んでしまうとこのドキドキワクワク感が終わってしまうので、ぽちっと押して注文するのを躊躇ってしまう。
このポチっとの一歩手前で迷うのも、Amazonショッピングの楽しみなのだが。三日ほど迷って(楽しんで)、結局ポチッとしてしまった。が、届いた本はまだしばらく読まずに積んでおく本にすることにした。

Amazonにやられて書店が減っているのは確かで、自宅周りで(自宅周辺の繁華街を含めて)書店は激減している。新宿や渋谷、池袋といった大繁華街ですら、本屋はどんどん減っている。(Amazonだけのせいではないと思うが)
書店でタイトル(背表紙)を見ながら、あれこれ考えて(妄想して)本を探す楽しみは、もはや希少体験になりつつあるが、それを日本一の巨大書店Amazonで楽しむことができるように、サイトを改造してもらえないかなあ。
Amazon内の散歩ツールは「おすすめ・リコメンド機能」の発展系で作れそうな気がするのだが。VRゴーグルを使った擬似体験は全く希望してないので、そこのところは間違えないで欲しい。

参考までに、この本のAmazonアドレス  https://amzn.asia/d/7wf32i7

発行元である小学館のアドレス https://www.shogakukan.co.jp/books/09453029


食べ物レポート

西新宿で焼き鳥

昔の仕事のお仲間と7年ぶりで飲むことになった。間にコロナの3年があるとは言え、こちらはすっかりジジイ化が進んでしまった。若かった後輩もオヤジ化していたから、時の経つのは残酷なものだ。
その頃よく使っていた焼き鳥屋に久しぶりに訪れた。空間の使い方が上手い店だと思っていたが、流石にアフターコロナ仕様に改造するにはもう少し時間がいるようだ。居酒屋業界も業績が急回復しているらしく、すでにコロナ前の水準を超えているとの声も聞くが、こんな時こそ店舗設備の対応を考えて欲しいものだ。
コロナ流行拡大直前に店内での喫煙制限がかかったことで、スモークフリーの清浄な空間のように感じるが、実はこのあたりがコロナ時期の客数減少のせいで検証が終わっていない。いささか気になるところだ。

焼き鳥の盛り合わせを頼み、はふはふいいながらたべるのはなかなかの至福体験だった。注文は同行者に任せていたせいで食べた後に気付いたのだが、けっこうな高級地鶏串を食べていたのだ。美味いわけだ。
付け合わせのゆず胡椒ソースも美味かった。やはり美味いものにはそれなりのお値段を払わなければいけない。たまに食べるのだから、そこをケチってはいけないぞ。という典型的なお料理だった。

海苔がかかっているだけで期待値が上がるという海苔フリークなので、焼き鳥(つくね)に海苔が巻いてあったり、細切り海苔がかかっていると興奮してしまう。これも期待を裏切らない、海苔のうまい焼き鳥だった。

手羽先唐揚げは、もはや全国区の食べ物になっているが、やはり名古屋スタイル、それも全国チェーンになった某〇〇ちゃんではなく、名古屋ローカルのタイプが好みなのだ。
そして、どうやら全国へ広がっていった名古屋スタイルの手羽先唐揚げは、その名古屋2大チェーンのどちらとも違う、ユニークな汁だく系が主流になったらしい。最近、あちこちで食べる手羽先から揚げは、みんなどっぷりとつけだれに漬け込んだウェットタイプが多い。
タレをつけた後、フィニッシュで網焼きするということもないようだ。頭のなかを「変質と拡散」みたいな言葉が通り過ぎていくが、それはあっさりと無視することにした。料理は変化を続けて、元とは全く異なる状態になって定着することが多い。


手羽先界の未来は、ルーツである名古屋スタイルから羽ばたかなければいけない。(手羽だけに)などと、いけてないギャグを思いつきながら、手羽先の骨までしゃぶっておりました。