旅をする

明日はどうなる

札幌駅前 元・五番館 元・西武百貨店跡地 
10年以上空き地になっていたが、ヨドバシカメラになる予定地で工事が始まったみたいだ

旅をするときいつも夜中に目が覚めて、いつもと違うところに寝ていることに気がつく。あれ、今どこにいるのだっただろうかと。ところが部屋の中が真っ暗だと見当がつけにくい。そこで、いつも窓のカーテンを開け放したまま寝ている。それでも、ビジネスホテルの中には、窓の外が隣のビルの壁などということもあり、朝になったとしても外は暗いこともある。そういう場合は部屋の明かりをあちこちつけたままで寝ることにしている。

ところが歳をとってくるとそういう努力がだんだん無駄になる。というか、部屋の中の気配から自分がどこにいるか思いだすことが難しいのだ。ビジネスホテルの部屋の中がどこも似通っているせいかとも思ったがどうやらそうではないらしい。
夜中に起きた時のベッドと窓の位置関係などは薄ぼんやりとだが記憶しているようなのだが、それがだんだんと思い出せなくなってきた。短期記憶の障害とまでは言わないが、以前は無意識に記憶していたことが、今では相当強く意識しないと覚えきれないようなのだ。今日はどこにいる、明日はどこに行くを寝る前に呪文のように唱えると少しは記憶がマシになる。人間、歳を取ると、ひょんなことからそれを思い知らされる。おそらく、体力の低下と合わせて移動が強いストレスになるのだ。旅好き、移動好きだったが、それもそろそろおしまいにする時期らしい。

だから旅と旅の間には十分な時間をあけておきたいのだが、ここしばらくは仕事がらみで移動が多かった。とりあえず、酷暑の時期は家に篭ろうと日程調整をしている。あれこれと生きていく段取りを変える時期なのだなあ。

高知県久礼のカツオは他では食べられない旨さ

ただ旅をしないと食べられない美味いものもあるのだよねえ。

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西国の最前線

福岡の中心部に広がる広々とした公園は、昔の福岡城の跡地だと知った。昔懐かしい平和台球場もこの中にあったらしい。これまでは公園の池だと思っていた、ハスがいっぱいに広がるところは城のお堀だった。この堀の幅はすごい。江戸城、大阪城は流石に別格だが、現存する城跡のお堀としては屈指の幅広なものだろう。それだけ、防衛拠点として重要な場所だったということだ。

石垣の積み方をみると建造された時代がわかるのだが、この積み方は築城術が発達した戦国後期以降の石積みだろう。ただ、地震で崩れて積み直すこともあるので、最初に建てられたものとは異なることもある。
城跡の面積は相当に広いから領地の多い大名にしか作れなかった巨城のはずだ。ちょっと調べてみれば築城年代などすぐにわかるのだが、今回は放置で良いか。

この場所は古代ヤマト朝の時代から外交防衛拠点として使われていたのだ。そもそも九州にあったヤマト朝が奈良まで移って行ったのは、領地の拡大、東進に合わせてだとは思うが、大陸・半島からの圧力から逃れると言う意味もあったのだろう。転居した奈良を守るべく縦深防御構築を図り、北部九州から瀬戸内海の各地に「古代の城」を築城した。大陸軍の進行経路を想定した大防衛ラインなのだが、国ごと引っ越したのだから、よほど怖かったのだろうなあ。とにかく、福岡は古代から文化レベルの高い大陸に向けた貿易都市であり、また国家防衛の拠点だった。奈良盆地という田舎に引っ込んだヤマト朝が大陸を覗き見る窓でもあった。

この建物の中に、古代の遺跡が残っている。目の前に広がる元野球場、芝生の広場とは奇妙な対比だが、それが歴史のある場所ということなのだ。もう少し九州の歴史をお勉強した方が良さそうな気がする。

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震電 J7W1

ここは生まれて初めてきた場所で、おそらくもう2度とくることもないだろう場所だ。福岡の南方、久留米の近くにある小さな町だが、ここに帝国陸軍の飛行場があった。九州は戦場に近い場所(大陸や東南アジア)であり航空基地が大量に配置されていた。当然、戦争末期には真っ先に空襲される場所であり、この町も基地を合わせて大きな被害を受けた。その基地跡が平和記念館として利用されている。

終戦間近になり防空戦隊がおかれたのは愛媛県松山近くで、当時最新鋭の「紫電改」部隊が配備された。帝国海軍の局地戦闘機(基地防衛用など近距離向け戦闘機)には「雷電」「紫電」など「電」の字が使われた。
空母に乗せられた戦闘機(制空戦闘機)で一番有名なのは零式艦上戦闘機だが、これは「無名」だった。その後継機は「烈風」というネームド戦闘機になった。
日中戦争が泥沼化する中、軍事技術の急速な進歩に伴い各種航空機が開発され、新鋭機を番号呼びでは区別がつかなくなったためだろう。

この大刀洗基地周辺では最新鋭局地戦闘機の開発が行われていた。その名は「震電」。旧帝国陸海軍が生み出した多種多様な航空機の中でも異彩を放つ造形だ。ただ、実戦投入される前に終戦となったため実績がない。それ故に、仮想戦記ではかなりの頻度で登場し活躍する。B29をバタバタ落としてしまう「新・三種の神器」の一角を占める。

その震電をクラウドファンディングで再建しようという知らせをネットで見つけたのは随分と前のことだった。うっかりと応募を忘れて締め切りが過ぎてしまった。再建されたら是非見に1行こうと思っていたのだが、なんとそのクラウドファンディングは再建した震電実物大模型を移送するための費用だったようだ。
そして、その震電模型を作成したのが、あの巨大怪獣「G」の新作映画だった。映画を観てなるほどと思った。確かに敗戦後、稼働する軍用機は自発的に燃やされたか、米軍に接収されたかして、日本には戦闘機の残機はゼロになっていた。
製造途中の震電が隠されていたとすれば、それは九州のどこかでしかないはずだが。終戦直前に、機体を安全に首都まで輸送する手段があったとは思えない。映画の中では対G戦闘が銀座付近で行われているから、戦闘可能な航続距離を考えると関東一円のどこかで改修されていたはずだ。どうやって九州から運んだのかなあ。などと空想を弄び考えこんでいた。

実際に復元モデルを見ると映画の中で観たより遥かにリアルな造形だった。実際にあちこちで保管されている零式艦上戦闘機と比較しても差がないと思える。実にリアルだった。震電復元にかけた方達の情熱は、確かにすごいものだ。

戦争などない方が良いという強い思いが伝わる平和記念館だったが、とてつもなく貴重な兵器博物館でもあった。展示物の精度は呉にある大和ミュージアムに匹敵する。おそらく「記念」というより「祈念」なのだろうなと感じてしまった。

食べ物レポート

北九州のごちそう

博多という街は実に多彩な料理が楽しめるグルメなところだ。実は熊本名物馬刺しを初めて食べたのも福岡、中洲にある料理屋だった。毎朝熊本から直送しているということで、味は保証済みとの触れ込みだった。
九州各地の有名食材は確かに福岡に集まってくる。福岡にいるだけで、九州名物を堪能することは可能だろう。つまり、福岡はいいところだ。
たまたま入った料理屋で、伊万里牛という見慣れない言葉を目にした。これはなんだろうとお店の方に尋ねると、JAを通せば佐賀牛、JA以外のルートだと伊万里牛になるのだとのこと。なるほど、つまりこれは全国に名高い佐賀牛と同一品なのだなと、迷わず注文してみた。柔らかくうまい。銘柄牛の旨さはあちこちで試してきたが、脂と肉のバランスはそれぞれ異なっているので、自分の好みに合わせた肉を見つけると良いのだと思う。この伊万里牛は、自分の好みに近い。完食するまでエンドレスで食べ続けてしまった。

呼子のイカは全国的に有名だが、魚種としては剣先イカらしい。少し小ぶりのイカを頼んでみた。このサイズでお値段はそれなりのものだが、一人で食べ切れるサイズだったので文句はない。お約束通り、げそは天ぷらにしてくれた。
イカはどこで食べても旨いと思うが、「呼子のいか」となるとブランド効果で体感的うまさが倍くらいに跳ね上がる。
福岡名物は、明太子を筆頭に加工のうまさが目立つものが多いが、この牛とイカは素材の単品勝負という福岡では珍しいものだった。やはり福岡はいいところだなあ。

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日本の三海神 

海神をお祀りする神社は日本各地あちこちにある。島国だから海神が多いのは当たり前といえば当たり前なのだろう。その海神を祀る三大住吉神社は、大阪の住吉大社、下関の住吉神社、そして福岡の住吉神社になるようだ。北部九州の聖地である宗像神社はちょっと別系統の海神でもあり、日本古代の神々をめぐる怪しさが感じられる。

境内は広い。博多駅からほど近い都心部にあるにも関わらず静かな場所だが、なぜか外国人観光客が多い。これがいつも不思議だ。外国人観光客は、当然ながら参拝はしない。信じている神が違うのだから当たり前だが、それではなぜ神社に来るのか。パワースポットみたいな使い方なのか?

楼門から拝殿を除く瞬間が好きなのだが、この神社では特に厳かな感じがする。朱塗りと言うよりも落ち着いた赤の色調が気に入ったのかも知れない。

どうも九州から中国地方にかけての神社と、東国の神社は微妙な見栄えの差があり、時代の差なのか文化の差なのか、はたまたお祀りする神様の差なのか。その辺りが自分としてははっきりとしないが、日本という国が一つの文化でできているのではないなと思い知る良い契機だ。

旅をする

駅ラーメン 食べてみたい

九州の最大駅だと思う博多駅で、在来線に乗ることはなかった。新幹線を使っての九州縱断は出張の時に何度もしたことがある。ただ、福岡周辺の移動は車がほとんどで各駅停車の旅などしたことがなかった。今回は久留米の手前に行く用事があり、たまたまJR鹿児島本線での移動になった。ホームに上がってちょっと驚いた。

なんと駅そばではなく駅ラーメンがあった。乗車時間まで間がなく、お試しラーメンができなかったのが実に残念だ。次回は是非是非、ホームで博多ラーメンを楽しんでみたい。動き出した車内からそんなことを思っていたら、なんと隣のホームにうどん屋もあった。これは麺食いハシゴをするしかないかも、などと思う博多駅でありました。
九州はいいところだなあ。

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乗り鉄の楽しみ

JR鹿児島本線を使い博多から基山まで移動した。おそらく、この辺りが博多の通勤圏としてギリギリの場所ではないかと思う。ベッドタウンとしてはちょっと遠いかも知れない。おまけに福岡市南部は県境が入り乱れていて、基山町は佐賀県だった。その先の久留米は福岡県で、この辺りで暮らす人は隣人が隣の県民などということに慣れているのだろうか。
以前、埼玉と茨城と千葉が一点で交わる場所に行ったことがある。1歩歩けば隣の県という面倒な場所だった。だから観光名所にもなっていたが。歴史的に領主が入り乱れていた騒乱の地域なのだろう。
この町の公民館に用事があって立ち寄ったら、なんだかすごいものにお目にかかった。大陸の古代王朝統一物語に、九州の地方都市がいったいなんの関係があるのだ。メガテンになる。大陸の西方都市と姉妹都市提携をしているなどとは考え難い。そんなことを考えながら下の方を見ると作者の故郷だと書いてあった。確か大分の日田も人気コミック作者の故郷だったな、などと九州繋がりで思い出した。
ひと昔であれば、スポーツ選手が故郷の英雄だったが、今ではコミックの描き手が尊敬される時代らしい。
この基山から私鉄に乗り変えて目的地に向かうことになる。元はJRの路線だったものが民間に移管され私鉄として営業を続けている。文字通りのローカル鉄道だ。

甘木鉄道は昔の軍事基地向け支線だったようだ。当時は九州全域に旧国鉄の支線が張り巡らされていた。九州のあちこちに設置された軍事路線で、採算性などあまり考える必要がなかったに違いない。基地を支える重要インフラだろう。
そもそも航空基地に配備される飛行機は、全部がどこからか飛んでくるわけではない。部品を搬入して故障部分を組み変えることもある。当然、物流手段としての鉄道は基地の必須要件だっただろう。ちなみに、零式艦上戦闘機の移動に牛車を使っていたのは本当らしい。今では、JRがその旧軍事路線を見捨ててしまうのも無理はない。
JR基山駅から甘木鉄道に乗り継ぐには一度改札を出て連絡橋を渡ることになる。なんだか、JRは元の姉妹路線に冷たい対応ではないかと思ってしまう。

鉄道車両には全く詳しくないのでwikiで調べてみたら、これは甘木鉄道の専用車両だった。ローカル鉄道では大都市圏私鉄からの中古導入がよくあるが、ここでは一両編成ということで専用車になっている模様だ。

基山から終点近くの駅までおよそ半時間かけて無人駅で下車した。乗り合わせた乗客は高校生、中年女性、高齢男性という感じでそれなりの数が利用している。日中でこうなのだから、朝夕の通勤通学時間はそれなりに混雑しそうだ。
駅を降りたら旧型のジェット機にお出迎えされた。F86セイバーだと思われる機体だから、板付空港に配備されていた自衛隊機の払い下げだろう。以前浜松で、個人経営の喫茶店に、同じようにセイバーが飾られていた。意外と廃番になった機体は手に入るものらしい。

目的地はここ。平和記念館と書いてあるが、先の大戦までの航空基地博物館といった方が正確だと思う。どうも、基地やら兵器やらの展示施設は、この手の文字遊びをしなければいけないようだ。施設名と展示内容がストレートに結びつかないようにわざわざわかりにくい名前にしている。
郷土歴史博物館みたいな名称も、地域や場所によっては主力展示物が古代ヤマト時代の遺跡だったり、戦国時代の大名居城であったり、施設名だけでは中身がよくわからないことが多い。
昭和後期から始まったポリティカル・コレクション、いわゆる文字狩りは文化に色々な影響を与えているが、文化施設はその対象から外してほしいものだ。九州国立博物館と東京国立博物館は、同じ国立博物館と言っても、もはや別物というくらい展示内容が違う。なんとかならないものでしょうかね。

食べ物レポート, 旅をする

博多ラーメン 古典編

博多駅周辺の再開発は完了したようで、何年か前に来た時には工事中だった駅ビルは全て完成していた。駅周辺のビルは全て地下通路で連絡しているらしく、博多駅地下はまさにダンジョン状態になっていた。地下街は方向感を無くしやすい。碁盤の目のように真四角に通路が通っていればそれなりに迷うことはないが、博多駅の地下街は大雑把に言えば台形のような形で、斜めに走る通路も多いので最初にあるくときは迷ってしまう。その新・地下街ダンジョンの中で昔からある「駅地下」はなにやら懐かしいスポットになっていた。

なんとも懐かしい風情がする赤い看板のラーメン店を見つけ、久しぶりの博多ラーメンにありつくことにした。隆盛を極める豚骨スープラーメンを初めて食べたのは福岡長浜だった。福岡の仕事先の方が、会食の後にタクシーで連れて行ってくれた。夜遅くなのに行列ができているラーメン店で、初めて替え玉という言葉を覚えた。
その後、博多でもラーメンは進化を続けているようで、昔ながらの博多ラーメンを食べたいと思うと、あれこれ下調べ、情報検索して確かめないといけないらしい。そうなると、この老舗ラーメン店は実に貴重な存在ということになる。

店内でラーメンを注文した後に発見したのだが、博多が舞台の名作「クッキングパパ」でもこの店が紹介されたようだ。確かにこの巻は記憶にある。熊本に新幹線で帰る友人と駅でチャチャっとラーメンを食べるシーンだった。

博多ラーメン屋のはずだが、入口ではなぜかちゃんぽん推しだ。場所柄かもしれないが、ちょい飲みセット(餃子とビール)も目立っている。博多という大都市駅地下にもかかわらず、随分とリーズナブルなお値段ではないか。北の大都市札幌もこれを見習ってほしい。(札幌のラーメンは気が遠くなるほど値上がりしている)

今回はちょっと偉そうにチャーシューメンにしてみた。チャーシューが追加で3枚入ると、これまたずいぶん正直にメニューに書いてある。普通のラーメンであれば、ここからチャーシューがへるだけなので、ラーメンとしてはシンプルの極みだ。

しかし博多ラーメンは(自分の記憶している限り)テーブルの上に置いてあるカラシ高菜漬けと紅生姜は使い放題だ。それを自分でトッピングする。高菜漬けのからさで味変しながら食べるのが博多ラーメンだと思っている。なのでたっぷりと紅生姜と高菜を乗せてみた。流石に替え玉を追加するほど腹ペコではなかったが、味変したスープに麺を追加するのも博多ラーメンの楽しみなのだ。
本当に久しぶりにスタンダードな博多スタイルでラーメンを食べて、実に満足した。次回は、(もし来る機会があれば)やはり替え玉を追加するしかない。駅のホームでもラーメン食べたいし、できれば長浜のラーメン店を再訪してみたい。うーん、博多は美味いものがありすぎるので困ってしまうなあ。

食べ物レポート

博多駅近くで居酒屋探訪

博多駅近くの居酒屋で福岡らしい物を食べようとあれこれ迷った末、注文したのがゴマ鯖だ。ただ、このゴマ鯖は想定したものとだいぶルックスが違う。ルックスが違うどころか味も違う。どうもゴマ鯖には伝統的な?統一スタイルみたいなものは存在しないようで、その店が「これがゴマ鯖」といったらそうなのだ。あの店とは違うとブー垂れるのは禁句に違いない。鯖に胡麻がかかっていればゴマ鯖なのだろう。

ゴマ鯖にはからぶってしまった感があり、そこで次は超ど真ん中の一球を攻めることにした。頼んだのは明太子だ。これはうまい。博多には明太子メーカーが数知れず存在し、それぞれが独自、秘伝の味付けをしているという。人によってお好みのブランドがり、どうも明太子のブランド話は福岡であまりしない方が良さそうだ、随分と昔に学んだ。
今回の明太子は塩味は強め、辛めの味付けで酒のお供として絶好なものだった。ヒーハー言いながら焼酎ロックを飲んでみた。よく会うなあ。酢もつも好物で、あのグニュグニュとした食感がたまらない。

居酒屋名物といば煮込みだろうと言いたくなるが、どうもこの店では異なるらしい。やみつき豚バラ焼きなど、なんだそれといってしまう「初見」の魅力メニュー揃いだった。すごいな、博多。

店名からしてそそる名前だが、立ち飲みと言いながらほとんどが椅子席という親切さで、これは是非とも裏を返しに行かねばなるまい、と決めたのであります。

街を歩く

ひさしぶりのサイゼリヤ

ちょっとした調べ物でサイゼリヤのビザ箱が必要になった。中身ではなく箱だけに用があるのだが、箱を売ってもらうわけにもいかないだろうと、子供が大好きコーンピザを注文し中身はお土産として渡すことにした。しかし、いつ見てもこのコーンピザはインパクトがあるなあ。

箱のデザインはシンプルで、トッピングの違いをチェックする表示もある。ただ、元宅配ピザ屋としてかんがえると、このボックスはほぼ欠陥品だと思う。ファミレスの最大チェーンであるサイゼリヤも、ことテイクアウトに関しては素人並みの知見しかないのか。あるいは知見はあるがボックスの改良にかける金を惜しんでいるのか。
いや、すでにそもそもテイクアウト商売に関心が無区なったのだろう。コロナが終わればテイクアウト需要など放っておけということに違いない。子供でも火傷をしたら火を怖がる。日本の外食企業経営陣は、子供よりも物覚えが悪いようだ。

ただ、サイゼリヤという企業は「安く」提供することを企業理念にしているから(おそらく)、効率の悪い商売に手を染めるのは、きっと企業内倫理として悪なのだろう。
例えば、この小エビのサラダを同じ値段で提供できる外食企業は存在しない。たぶん、出現もしない。それほど隔絶した価格破壊力を持っているブランドだ。平成が産んだ外食企業の最強モデルと言って良い。
だからこそというべきか、このコンセプトに対してネット上ではいつも論争が巻き起こっているが、大抵はサイゼリヤの安さを揶揄する内容だ。曰く、あんな安物で満足しているなんて貧乏人だけだ、というような上からの発言が炎上要因になる。
個人的には「畳の上の水練」をしたがるおバカさんが多いと思うだけだ。外食ビジネスのかけらも知らないお気楽な発言だ。。歴史的には高くて美味い物を推奨する文化が生まれると、つまり身分格差が進むと、概ね革命が起き社会がひっくり返る。上流にいるものを引き摺り下ろそうとする最大の原因は、貧乏人が食えない美食、暴食をすることにあると思っている。マリーアントワネットのような言動は歴史上で一人だけではない。革命が起こるほどに、食い物の恨みは実に根深いのだ。
サイゼリヤをバカにするものは、暴力革命の中で酷い目に遭うぞ、と予告しておこう。(極めて個人的な感想ですよ)

今回のメニュー改訂でアサリのボンゴレが復活したのは実にめでたい。これを食べるためだけに、サイゼリヤに週一で通っても良いなあ。
ファストフード大手が値上げしまくって、すでにサイゼリヤよりはるかに高い「コスパの悪い業態」になっている。そのうちファストフード大手には天罰が当たるぞと思っていたら、ものの見事に業績不振に陥った。客の望む価格を忘れてしまえば、その先に待っているのは転落のみ。ハンバーガーチェーンは、コロナの前にそれを学んだはずなのになあ。チキン屋も大丈夫だろうか。ピザ屋はその手前で大混乱だしなあ。まあ、奢るもの久しからずだ。

明日はサイゼリヤに行ってアサリのパスタ食べよう。