食べ物レポート

ザンギ屋で辛いもの

北海道特有の言い方であるザンギは鶏唐揚げのことだ。ただ、スーパーの惣菜売り場でもザンギと鶏唐揚げが別々に売られていることもあるので、普通うの鳥唐揚げとは味の違いがある。(はずだ)
ただ、ザンギの正しい定義などあるものだろうか。なにやら諸説あるが誰もそんなことを気にしているとも思えない。あえて言えば、にんにく生姜で醤油味というくらいだと思っていたら、最近は塩ザンギなるものが勢力を伸ばしている。ただ、塩ザンギと鶏唐揚げはもはや区別をつけるのが難しいと思うのだが。
その辺りは、言語が極めてアバウトに使用される「北海道的」解釈ということだろう。誰も詳しく咎めたりしないし、それで説明終わりにしても良さそうだ。


塩ザンギよりすごいものがある。十分すぎるくらい濃い味付けのザンギに「専用タレ」をつけて食べるという、ザンギの変形あるいは進化系も存在する。タレ付きザンギで一番有名なのは釧路の町外れ(正確には隣町)にある山盛りザンギの店だろう。ザンタレと呼ばれているが、一人では完食不能な量が一人前で、九分九厘食べ残したザンギを持ち帰ることになる。
その店は車で行かなければいけない場所にあるので、当然ながら帰りの車内はにんにくスメルで充満する。にもかかわらず平日でも行列のできる人気店だ。


北の街でも市民の大多数がその名を知っている(らしい)ザンギの名店がある。正式には町中華でありザンギ屋ではないのだが、ほとんどの客がザンギを頼む。そのザンギ屋が鮨と中華という禁断の国合わせのメニューを出す支店を作った。これがまた大人気店で、予約をしないと入れない。

そのザンギ・中華・鮨の店でランチメニューの旨辛麺を注文した。どんなものが出てくるのか楽しみにしていたのだが、麺より先にザンギが来た。まあ、ザンギは前菜だと食べ始めたところに、一面がレッドな麺が来た。赤みの強い麻婆豆腐のように見える。食べてみると、エビやイカが入った海鮮麻婆豆腐だった。これは美味い。麺の上に乗せるのではなく単品で食べたい。
麺料理の完成度としてはどうよと言いたいくなるが、実はこの店の本店でザンギの次に人気のあるのが麻婆麺らしい。だから、この赤い麺は麻婆麺のアレンジ商品なのだと思う。麺の上にあんかけを乗せたり(広東麺)カニ玉を乗せたり(天津麺)、はたまた野菜炒めを乗せたり(関東圏のタンメン)、麺料理のトッピングはなんでもありの自由な世界だから、そこに文句をつけるつもりはない。仙台では焼きそばの上に麻婆豆腐を乗せているくらいだから、麺料理は本当になんでアリなのだ。
だが、しかし、海鮮麻婆豆腐とは想像の斜め上をいくという感じになる。それも麻婆豆腐本流である「しびれ」ではなく「辛味」推しなのだ。本格的な中国料理(大陸の正式レシピーで作られたもの)と比べて、町中華のなんと自由奔放なことか。いつもそれには驚かされる。
結局、鮨と中華の組み合わせを楽しむ前に白旗を上げてしまった。次回は、麺抜きの海鮮麻婆豆腐を注文してみたい。ザンギを諦めればもう一品追加できそうだが、それはザンギやとしてありえない選択だしなあ。昼飯抜いて夜に行くことにするしかなさそうだな。

食べ物レポート

生パスタ

新宿紀伊国屋書店本店は学生時代からずっとお世話になてきた。待ち合わせ場所であり、暇つぶしの場であり、趣味の本を探し回る一番の拠点でもあったから、おそらく年に20回や30回は来ていたハズだ。お江戸界隈では長年働いていたオフィスを除くと最頻出没地点であったと思う。
そのビルの地下が食堂街になっていた。いつ行っても絶対と言っていいくらい入れない超人気の居酒屋もあったし、スタンド形式の鮨屋とか、とてつもない歴史があるらしいカレー屋とか、大手製麺メーカーが出していた実験ラーメン店とか。なかなか面白いラインナップだった。「だった」と過去形にしたのは、耐震工事のためここ何年間か地下食堂街が閉店していたせいだが、今年になってようやく部分的に開店し始めて、新しい「紀伊國屋地下食堂街」が再開した。
その中で、やはり一番利用していた生パスタの店が開いたのは実に嬉しいことだ。

本日は盛り方が微妙で、これもこの店のあるあるだ。

この店はもともと大手製麺メーカーがパイロットショップとして開けていたもので、他の場所にも数店舗あったが、やはり一番手軽に使えるのはここの店だった。新宿で昼飯といえば、おそらく3回に1回はここで食べていた気がする。
いつの間にか運営会社は変わってしまったが、それでも生パスタのモチッとした感触は変わりなく、飽きることなく通っていた。
そして、飽きることなく注文していたのが、このナポリタンだ。たまに浮気をしてもペスカトール、つまりシーフードの入ったトマトソース味だからあまり変化がない。ある時期、これではいかんと片っ端から他の味のパスタも試してみた。
醤油味、オイル、クリームなど残らず挑戦したはずだが、結局はこのトマト味、それも具材の少ないナポリタンに戻ってしまった。
お江戸にはナポリタン、つまりパスタではなくスパゲッティの名店は多い。あちこち食べ歩いてみたものだ。ナポリタン熱が高じてわざわざナポリタン発祥の店(横浜)にまで行ったこともある。が、実はこの店のナポリタンが一番気に入っている。
この店のナポリタンはいつも味が違っているのだが、その違いはある振れ幅の中で収まっている。いつ食べてもハズレにはならない。常食するには、この振れ幅が小さいほど良い店になるのだが、ことナポリタンに関してはその振れ幅の許容度がちょっと大きめなので(そういう自覚はある)、今日はちょっとトマト強めとか、今日はちょっと油多めとか、日々楽しんでいる。今日はうまいとかまずいとか思わないので、やはり位お気に入りの店なのだ。
おすすめは半分くらい食べたところでたっぷりとタバスコソースをかけて、「辛辛」変化させることだ。ああ、また食べたくなってきた。

コロナ終息以降、昔から通っていた店がどんどん閉店してしまい悲しい思いがあるが、そんな中で馴染みの店が復活してくれたのは実に「善きかな良きかな」なのでありますよ。

街を歩く, 食べ物レポート

蕎麦屋のカレーはうまい

蕎麦屋のカレーはうまい、と言うのが個人的な経験に基づく信念だ。当然、たまにはハズレもあるが……… 山形県では蕎麦屋のラーメンがうまい。と言うか、蕎麦屋の看板を上げながら実態はラーメン屋というほどラーメンの売り上げが多い店もあるそうだ。有名な冷たい鶏そばを食べに行った時も、店の中にいる客の半分くらいが蕎麦ではなくラーメンを注文していた。
お江戸の老舗蕎麦屋に行ってカレーを注文することはないが(置いていない店も多い)カレー南蛮は当たり前にメニューに載っている。街の蕎麦屋であれば、間違いなく天丼やカツ丼の隣にカレー丼が並び、そのちょっと横にカレーライスがある。サラリーマン時代にはもりそばと半カレーライスのセットはよく頼んだから、蕎麦屋のカレーは美味いと知っている。
しかし、この高知県西部の町にある蕎麦屋に連れて行かれて、生まれて初めて蕎麦屋で蕎麦以外のものを頼んだ気がする。いや、厳密にいうと蕎麦屋でカレー丼を頼んだことはあるが……………
そもそもこの店は蕎麦屋と言って連れてきてもらったが、店頭でよくみると「うどん屋」っぽい。街中によくある蕎麦もうどんも出す店で、極めて昔懐かしの蕎麦が中心の大衆食堂という感じだ。ただ、高知県は蕎麦よりうどんの方が勢力が強いようで、うどんも出す蕎麦屋ではなく、蕎麦も出すうどん屋のように見受けられた。そして、店内に入って周りの注文を見渡すと、あれまあ、ほとんど定食ではないか。つまりこの店は、うどんも蕎麦も出す大衆定食食堂だったのだ。
となるとカレーは絶対に美味いはず、と確信を込めてカレー、それも奮発してカツカレーにしてみた。

出てきた料理のルックスはまさに想像通りだった。カツも厚過ぎず、肉料理というより衣を食べる料理として完成している。よしよし。
まずはカツの端をカレーにつけて食べてみた。恥の部分は肉が少なくほとんど衣だけに、カレーによく合う。どろっとしたカレーが衣に絡み、やはり想像通りの味だった。蕎麦つゆをベースに使っている甘めのカレーだった。白飯とだけ食べても美味いが、脂のたっぷりなカツの衣と合わせると絶妙な濃厚さを醸し出す。おまけにカレーはあまり辛くない。何度でも食べたくなる出しの効いた味だ。
同行した友人は蕎麦と丼を書き込んでいる。すごい食欲に圧倒されるが、こちらはカツカレーで定量オーバーだから、そばは次回に回すしかない。
ファミレスでも和食っぽいメニューが出されるようになったが、和風で出汁の効いたカレーまでは手が回っていない。だから、こういう大衆食堂っぽい店はもはや天然記念物あるいは文化遺産に指定して食文化財保護の一環としたいくらいだ。

今度また食べるときは、無理を言って福神漬けを大盛りにしてもらおう。目黒の秋刀魚ならぬ須崎のカツカレーは美味いと結論づけることにした。

街を歩く

新宿三丁目の鮨屋

新宿三丁目に足繁く通っていた時期がある。東京最大の歓楽街である新宿歌舞伎町は騒々しすぎてあまり好みではないので、靖国通りを渡ることなくアルタ裏や新宿3丁目の飲み屋を好んでいた。中でもよく通ったのが老舗の鮨屋で、いつの間にか本店は立て直しになっていたが、本店工事中は支店に通っていた。
近くにある末廣亭で落語を聞いた後にぬる燗で一杯………みたいな気分の時に使うのが多かった。お値段もお手軽で飲み屋遣いのできる鮨屋だったが、最近はいささか調子が違う。どうもインバウンド対応に軸足を移したようで、すっかり足が遠のいてしまっていた。この日も入り口手前まで行ったのだが、なんだか入る気にならず、昼飯を握り鮨にしようと決めていたので他の店を探すことにした。

明治通りを新宿駅側に渡り伊勢丹の裏手にあるビルにもう一つのよく通った鮨屋がある。こちらは主に昼飯に使っていた。ランチの時間を少しずらすとのんびりと鮨をつまみにビールを飲むというような使い方だった。いつも一人で来る店で、友人と連れ立って来た記憶はない。
チェーン店の鮨屋の良いところは、誰とも話をせずにのんびりと鮨をつまめることだ。回転寿司は一人で楽しめるが、のんびり時間が過ごせる気はしない。食べたらさっさと出ていくのが流儀だろう。個人店では大将お任せのコースでも頼めば別だが、カウンターでぽつりぽつりと鮨を注文するのは、なんと話に気が引ける。
デパートにある鮨屋も比較的のんびり過ごせそうな気がするが、実はこの手の店は店内の会話がそれなりに騒々しい。隣の席から響いてくる甲高い声の会話には食欲が失せる。

ランチの鮨屋はセットメニューを頼むことが多い。お好みで注文すると、実は出てくるのが遅くなることが多いせいだ。二、三品注文すると、出てくるのがバラバラになることもある。現代資本主義の本分である合理性は伝統食の鮨屋ですら追求される時代だ。ピーク時間帯の回転率勝負であるランチタイムは、職人が分業制でランチメニューの大量生産にはげむ。
カスタマイズ注文する客など客としては論外、嫌なら出て行けくらいの嫌われぶりだろう。(勝手な想像です)
例外として許容される面倒な注文を考えてみた。ウニと鮑と大トロを10連続くらいで注文する客だろうか。某ハリウッド俳優、未来から来たロボット役で人気だった方は、新宿某所の鮨屋で鮑とウニを40貫づつ注文してそれを食べたらさっさと帰ったそうだ。
その話を聞いてから一度この真似をしたいと思い、食べ放題鮨屋でウニを10貫注文したことがある。元気に食べられたのは6貫目までで、そのあとは胃袋に押し込むのが苦行だった。一般ピーポーが著名人の真似をしてはいけないという教訓になった。

この日はセットメニューの鮨をゆっくりつまみ、少しぬるくなったお茶を飲み干して退散した。この歳になって鮨とアルコールは必然のカップルではなくなったのだと初めて気がついた。締めのお茶がうまいと感じるようになったとはなあ。今度は夕方にでも行って注文しながら好きな鮨を注文してみようか。

ちなみに座った両サイドは日本語を解さない国の方達だった。グローバルフードという単語が頭に思い浮かんだ。蛇足だが、松竹梅について英語で説明しているのを聞いて、なんとも間抜けな感じがした。レストラン向けに英語のメニュー説明マニュアル作ったら売れそうだな。
The best recommendation, The better choice, Good meal for you くらいな感じかなあ。

食べ物レポート, 書評・映像評

ナブラでご飯

プラカゴに入って売っているのはみかんだった

「なぶら」というのは業界用語で、カツオの群れをさす。高知に足繁く通ううちに、土佐弁のヒアリング能力は向上したが、それと合わせて「土佐言葉」「料理言葉」もカタコトながら覚えるようになった。自分にとって第三外国語は土佐弁と理解しているので、わからない言葉はともかく周りの人に聞く。言語習得には小学生並みの好奇心、向学心が重要なのだ。
その「なぶら」を冠とした道の駅がある。その中にカツオ専門レストランがあり、色々なカツオの食べ方を楽しめる。この地は高知県でも屈指のカツオ漁港であるだけに、観光バスに乗った団体客も押し寄せる。それだけではなく高知県内の観光、ビジネス、その他あれこれの通行人も群れてくる。まさに「なぶら」状態だった。よい名前にしているものだと感心した。

高知で定食を頼むと大抵の場合、沢庵がついてくる 沢庵ラブな県民性?なのだと思う

その「なぶら」の一角に入り込み、カツオで昼飯をすることにしたが、さすがにたたきを注文する気にはならない。前日、たっぷりとこれまたカツオの名所で、うまいたたきを堪能した後だった。
あれこれ変わり種のカツオ料理を物色してみたが、三色丼に食指が動いた。たたきとカツオそぼろとカツオカツの三点もりだ。たたきは普通にうまいが、カツオフライはいささか不思議な感じがする。ツナ缶をコロッケ状にしたような感じがする。ツナ缶コロッケと言われれば味の想像はつくだろうが、まさにそういう味だった。
そして意外に奮闘しているぞと思ったのがそぼろだ。カツオは熱を通すとやたら硬くなるが、このそぼろは調理の加減なのだろう、固さをあまり感じない。むしろ柔らかめの食感であるし、カツオの旨みがよく出ている。
売店でソボロが販売されていたが、確かにこれは家でも食べたい逸品だ。三色丼を堪能した。

高知では有名なカツオ漁船、明神丸の本拠地でもあり港近くにある加工場は体育館をいくつも連ねたような巨大施設だった。南洋で釣り上げられたカツオをこの町で一斉に加工しているとのことだが、小学生の社会見学に連れてこられたらカツオ産業に参加したくなるかもしれない。

高知県西部 四万十川流域はうなぎだと思うが、やはりカツオがメインだった。うなぎはサイドアイテム

店内ではカツオ関連商品がたくさん販売されていた。お江戸界隈ではあまりお目にかかることもないハラミの加工品があり、試しに購入試食してみた。珍味なのだろう。
しかし、POPに書かれている「攻め文句」が「お酒が進むよ♪」とは、なんとも高知らしい。このセンスは、敬服するしかないな。

街を歩く

新宿花園神社 酉の市 忘年会の夜に

忘年会に呼ばれることもめっきり少なくなった。こちらの歳のせいもあるが、コロナ明けから忘年会をやる人が減っている気もする。飲みたくない酒を飲まされる忘年会の「怪しいルール」が崩れ去ったせいだろう。良い話だと思う。酒は飲みたいやつだけで飲めば良い。飲みたくないものを巻き込むのは、一種のハラスメントだ。
だから今年の忘年会は3回限り。それもごくごく少人数でのこぢんまりとしたもので終わった。実に良いことだ。第一回目は西新宿の焼き鳥屋で久しぶりの焼き鳥と焼酎の組み合わせだった。ふと気がつくと、周りの客はほとんどが30代くらいで、なんとなく客層が若返った気がする。うるさいオヤジ連中がいなくなったのと、感染症を恐れる高齢者がいなくなったのだと気がついた。おそらくおっちゃんたちは家飲みに転向しているのだと思うが、家族に迷惑をかけていないかと心配にはなる。

店を出て歩き始めたところで、本日は酉の市だと気がつき、なんと西新宿から歌舞伎町の端まで大遠足をすることになったのだが、区役所通りから先の歩道が恐ろしいほどの大渋滞を起こしている。金曜の夜という条件も重なっているのだろう。やたらと若い衆が多い。
酉の市は宗教的行事というより、庶民のイベントという色彩が強いから若い世代が集まってくるのは不思議ではないが、それにしてもこれほどの混雑を見たのは初めてだ。歩きながら缶入りのアルコール飲料を飲んでいるものも多い。お祭りに御神酒はつきものだが、飲み歩きというのはちょっとどうかなとも思う。なんだか渋谷のハロウィーン大集合と同等の扱いにされてしまったのかもしれない。

行った時間も遅かったせいで、熊手もほとんど売り切れていた。験をかついで熊手を求める人、商売人はもっと早い時間にお参りに来るのだろう。
こんな混雑している時に足を向けたのが間違いだったと後悔したが、この辺りにたどり着くまで一時間ほどかかっている。神社のお参りに並ぶといいうのもすごいことだが、明治神宮の初詣みたいなものか。結局、這々の体で逃げ出した。

花園神社の裏手には新宿ゴールデン街があり、こちらも人で溢れていた。ただ、歩いているものの大多数が日本語を話さない観光客で、実に不思議な感じがする。ゴールデン街の飲み屋はどこも小さく狭い。カウンターだけの店も多く、カウンター内の従業員と会話を楽しむというのが、この町の楽しみ方であり、ある種独特なお作法だと思う。だが、日本語が不自由では会話の楽しみが成立するのだろうか。カタコトの日本語や英語、身振り手振りで楽しむということなのか。それはそれで新しいゴールデン街の作法なのかもしれない。楽しく過ごして金さえ払えば誰でもお客さん、でいいのだろう。まさかゴールデン街が世界文化遺産として継承される……………そんなことあるわけないし。

そういえば神社の参詣客にも少なからず外国人観光客が混じっていた。明らかにイスラーム系な団体も見受けたのだが、確か砂漠の一神教では、唯一神以外の神を認めないのではなかったか。では、神社に何をしにきたのだろうとあれこれ不思議に思う新宿歌舞伎町の夜だった。

旅をする

沖縄土産あれこれ

沖縄で買い揃えた土産物色々のうち、食べ物だけをピックアップしてみた。今まで一度も見たことのなかった塩煎餅を見つけたのは、ちょっと街外れにあった土産物店だった。見た目はなんとも素朴だが、お味も素朴だった。日頃見慣れたせんべいとは随分違うが、伝統的駄菓子というのであれば文句のつけyぷもない。名前が良いよね。

甘いイソ味のポーナッツは何度でも食べたいと思う悪魔的な旨さだった。バタピーの塩味もなかなか中毒的な旨さがあるが、この味噌味コーティングピーナッツは、人の意識を猿族にまで変更してしまう。それくらい魔物じみた中毒性がある。(個人的見解です)甘さとピーナッツに多い脂分が絶妙に絡まり合っているせいだ。和菓子の甘さには脂分が何のでここまで中速製が強くならない。洋菓子、バターやチーズを使った菓子が幼い子供に人気があるのは「糖」と「脂」が生存に直接繋がら重大な栄養分であり、それが本能に刷り込まれているからだ。
だから、このままいピーナッツはきっと子供も好きに違いないし、ヒト族と共通祖先を持つ猿族もきっと大好物に違いない。まさに「体が求める食べ物」だろう。サーターアンダギーもニアような特質をもつ。沖縄人、すごいなあ。

スーパーの惣菜コーナで見かけた沖縄風ぜんざいは、確かにお江戸あたりのぜんざいと違い豆が大きめでごろっとしていた。甘さは控えめなので、みつ豆とぜんざいの中間くらいの感じがした。
その常備版を見つけたので、ついつい喜んで買ってしまった。普段はあまり食べないぜんざいだが、この沖縄版ぜんざいであれば週一くらいで食べてみたい。しかし、沖縄は全県人口100万人程度のはずだが、オンリー沖縄の製品が豊かなことには驚くばかりだ。
ちなみにスーパーの食品売り場で必ず確かめるのが納豆売り場だ。納豆売り場は地域によって随分と異なる。並んでいる商品の種類や製造メーカーなど、東西南北で随分と異なっている。一般的に西国では納豆売り場は小さめの傾向にあるが・沖縄ではそこそこの広さがあり、これはちょっと意外だった。琉球王国時代に納豆文化が流入したのだろうか。このぜんざいは日本的というより大陸王朝的な匂いがするが、納豆は薩摩藩経由で入ってきたような気がする。

スッパイマンは100円ショップでよく見かけるので駄菓子の一種だと思い込んでいたのだが、沖縄では著名な菓子らしい。どこのコンビニでも大量に陳列されていた。疲れた時にはこの甘い梅を食べると元気が出る。沖縄名産だったとはなあ。

沖縄といえば〇〇の一つでもあるオリオンビールのコラボスナックがあった。ビール味がするのかと思ったが、普通にカリカリしょっぱいスナック菓子だった。これもコンビニに行けばどこでも買える人気商品だった。
グミも沖縄原産のものが売られていた。シークワーサー味は言われてみればそうかなという感じで、レモン味とかゆず味とか言われてもあまり差が感じられないくらいではないか。ただ、気分は沖縄になるところが重要なのだなあ。マンゴー味は、確かに一口食べたらあわかる「普通の味」に仕上がっている。個人的にはトロピカルフルーツの中でマンゴーが一番好みでもあり、この組は10個ぐらい大人買いしてくればよかったと後悔した。

ただ、色々と買い集めてきて楽しんだ後に気がついたのだが、やはり沖縄食品は銀座にあるアンテナショップに出かけていけば相当な種類を手に入れることができる。ここに並べてみたものも塩煎餅以外は手に入りそうだ。確かに、いつもアンテナんショップで買う「塩ちんすこう」は、本場に行っても買う気が起きなかった。お土産に頼まれたお菓子も銀座で買えたなあなどと後になって気がついた。

実に便利で、そしてちょっと味気ない世の中になったものだ。

街を歩く

ミュンヘン市の不可思議さ

北の街で冬の風物となった感があるミュンヘン市は、すでに20年近く続いている。コロナの間はお休みしていたが、また元気に開催されるようになった。北の街で最大の冬イベントは知名度の高い雪まつりがメインとなっているが、観光客の過剰増大(オーバールーリズムというやつ)とか、大型雪像の制作依頼先である自衛隊との関係悪化とか(自分としては、どうも市役所の対応がタカビーなのではと疑っている)、あれこれ運営方法も含めた問題があるようだ。
ごくごく個人的な話をすると、雪まつりは夜に行って10分眺めて、あとは居酒屋に転がり込むためのイベントだと思っている。北の街では厳冬期であっても居酒屋の中は常夏の温度環境だ。

大通り公園全体を使う雪まつりとは異なり、ミュンヘン市は2丁目だけを使うこぢんまりとしたイベントだが、その分飲食施設が大量出店するので、冬の屋外立ち食いという何とも奇妙というか、よくやるよねという、摩訶不思議なイベントになる。
ただ、さすがに雪国育ちの面々はとりあえず屋外の寒さには強い。そして、わざわざ厳冬期に訪れる物好きな観光客は寒さこそがご馳走らしいので、これまた屋外耐寒飲食を我慢強く楽しんているようだ。

平日昼でこれほど人が出ているのは実に不思議な光景だ。北の街の繁華街は大半が地下道で結ばれていて、当然のことに地下道を歩けば雪で滑る危険もなく、暖房が入ったぬくぬく快適な地下通路を歩くものが多い。駅から大通りをつなぐ「チカホ」は、どの時間帯も通行人で溢れている。屋外を歩いているのは、寒さ体験が目的の観光客くらいだろう。

つまり、このイベント会場に登場する客を考えると、かなりの割合で「非・雪国」居住者がいるはずだ。一般的に雪の上を歩いて転ぶ人間はほとんどいないが、雪が圧縮されて固まる、つまり氷板状になると実に滑りやすい。スケートリンクを普通の靴で歩くと簡単に滑って転ぶが、この会場のように圧雪の結果で氷板になった場所は、スケートリンクのように平ではなく微妙な凹凸があり、スケートリンクより明らかに、そして余計に滑りやすい。
雪国居住者は冬になると「冬靴」に履き替える。冬靴の特徴は防寒性もさることながら、裏面ソールに滑り止め加工がなされていることだ。車で言えばノーマルタイヤとスタッドレスタイヤの違いみたいなものになる。
だから、氷板上の道路でもそれなりにスタスタ歩く。ところが、非居住者の中には、なんと「夏靴」のまま無防備状態で、この危険な場所に挑むものが多いらしい。

ちなみに圧雪状態のツルツル道路で滑ると、まるでアニメに出てくるバナナの皮で滑った状態になる。滑ったあと、体は水平になり空中に浮かぶ。足は空に向けて上方45度くらいまで跳ね上がり、視線はまさしく空を見上げることになる。そこからほぼ垂直に落下して背中を地面に直撃させる。尻から落ちればまだ救いようがある。尻の打撲はそれなりに痛いけれども、その後の歩行は可能だ。ただ、だいたいの人は受け身が取れないので、背中を強烈に打撲する。運が悪いと反動で後頭部も打ち付ける。失神するほど痛いらしい。
昔、東京の知り合いがすすきのの盛場と真ん中で転び肋骨を3本ほど折った。だから、写真に写っているようなツルツル路面には近づいては行けないのだ。危険が危ない。

ただ、真剣に思い悩むのだが、なぜ観光協会や市役所の観光担当の者たちは、この会場をロードヒーティングにして根本的な安全対策を取ろうとしないのだろうか。今年初めてやるイベントであれば費用対効果とか、来年やるかどうかわからないとか、非対応の理屈は通りそうだが、すでにこのイベントは20年近く続いている。おまけに、その間には東京オリンピックのマラソン開催を押し付けられて、公園周りはあれこれいじりまわしたはずだ。その時についでに改良工事をすれば、あの金に汚いオリンピック委員会(JもIも)ですら資金援助してくれたのではないかなあ、などと思ってしまうのだ。

誰かが転倒事故で死ぬまで何もしないのかな。雪の降らない南の国から来た人が事故に遭えば、深刻な国際問題にもなりそうな気がする。官の世界は狂気のワンダーランドに違いない。

ちなみに、北海道で最初にコロナが公式に発生(認定)したのは、雪まつり会場の管理事務所だったと記憶している。暖房のため密閉、乾燥、混雑、例の三密条件を完全に満たしていた環境だ。今の管理事務所がどう変わったのかみてみたい気もするが、窓開放で極寒地獄になっているはずもなさそうだ。
それに、雪まつりの混雑に乗り込むのは気が進まない。今年はインフルエンザが大流行しているそうだが、転倒事故と感染症拡大、どちらが怖いのかねえ。少なくとも転倒事故は人災だと思う。

旅をする

味付きピーナッツの話

今まで全く気が付いていなかったのだが、なぜか沖縄の土産物店で味付きピーナッツが売られていた。沖縄産の農産物といえばサトウキビくらいしか思い浮かばない。熱帯性の果実であるマンゴーやパイナップル、パパイヤクラだろうか。そういえば島バナナという小さいバナナも沖縄で食べるとうまいぞ、などと思いだしていた。しかし、ピーナッツ、落花生が沖縄と結びつかない。
それでも試しに買ってみた。アメリカ製のハニーローストピーナッツという甘くコーティングされたピーナッツは好物なので、それと似たようなものであればうまいに違いない。ハニーの代わりに黒糖がまぶしてあるのだから、甘すぎるかもしれないが不味いことはないはずだ。
ということでホテルで実食して。うまい。沖縄のピーナッツ、うまいではないか。食べ始めたら止まらない。あっという間に袋の半分を食べ切った。冷静に考えるとすごいカロリーのような気がする。危ない食べ物だ。

もう一種類買ってあった味付きピーナッツは食べるのが惜しくなり家まで持って返ってきた。なんと、この「味噌入り」がはるかにうまい。これを沖縄以外のどこかで手に入れられないかと商品名をよく見でみた。買った時は、中にあるピーナッツだけ見ていたから、商品名は全くわかっていないのだ。改めてみると「ピー糖」というらしい。
気になって沖縄の落花生事情をネットで調べてみた。なんと、沖縄でもピーナッツはほとんど作られていない。沖縄本島の北部にある伊江島で伝統的に落花生を栽培していたので、ピーナッツ加工品が地域名産として残っているようだ。まあ、そんな蘊蓄はどうでもよく、この味付きピーナッツをまた食べたいとあちこち探していたが、なんと北海道にある沖縄物産館で発見した。日本の南の果ての製品を北の果ての街で買い、わざわざ埼玉まで持って帰るという、輸送代を考えると地球環境に全く優しくない買い物をしてしまったが、ひとかけらの後悔もない。


北海道の沖縄物産館で売っているのだから、有楽町の物産館でも売っているに違いない。探索の手は着実に繋がった。めでたし。時間ができたら有楽町に行ってこよう。
ただ、もう一点わずかに疑問が残っている。沖縄で名産になる砂糖コーティングのピーナッツの存在は、日本の落花生王国千葉で知られていないはずはない。ひょっとすると千葉バージョンのコーティングピーナッツが存在するのではないか。(味噌に入ったピーナッツは記憶にある)
どうやら、甘いピーナッツを求めて千葉まで遠征するしかない気がしてきた。まあ、千葉は沖縄より近いけれど、有楽町よりは遠い。千葉のアンテナショップなんて東京には存在しないしなあ。この冬の宿題だな。

街を歩く

小料理屋と居酒屋の違いとは

小鉢ではなく一口サイズを何種類かというのも洒落ております

古い友人と年に3-4回、気になる居酒屋巡りをしている。有名どころ、老舗、新進気鋭の店など、その時々でお当番が店を選ぶ。参加者の歳も歳なので洋風居酒屋とか肉系居酒屋みたいな選択はほとんどない。どちらかというと渋めの店が多い。
そうした渋めの店、特に料理自慢の店であればコスパが良いとまではいえないが、みたことのない料理が出てきたりするので、大抵は満足して変えることになる。個人的に思うことだが、「良い店」の条件はお通しの質の高さだ。
しょうもない居酒屋ではもやしの茹でたのがお通しとして出てきたりする。あるいは工場で大量生産された業務用ひじきの煮付けだったりする。それには実に落胆する。もう2度とこの店に来るものかと思う。お通しなど出さずに個別料理の料金をあげれば良いのだと思う。


居酒屋業界で一般的な利益増収法がお通しだ。客単価3000円の店でお通しという名のサービス料を取り、利益率を10%引き上げるという姑息な営業形態は一体いつの頃から定着したのだろう。
ファストフードやファミレスでお通し代とかサービス料とかいう名目で、同じようなことをしたら間違いなくその店は潰れると思うのだが。ハンバーガーを注文したら自動的にピクルス三切れがついてきて、料金は300円取られたという事態を想像してみると良い。三日も営業すればSNSで大炎上するだろう。その乱暴な詐欺的商法が通用しているのが居酒屋だ。
そもそも居酒屋のおよおしというのは、注文した料理が出てくるまでの場つなぎ的な小鉢だったはずで、店主のうでの店どころだったはずだ。それは料金を取るようなものではなく、店側からの心遣い・サービスだったのだろう。手の込んだ技の光る小品が、いつの間にかぼったくりの象徴になってしまうとは嘆かわしい。
だからこそ良い居酒屋ではお通しに金を払う価値があるものが出てくる。お値段に見合った価値がある逸品ということだろう。

さて、そんな価値ある居酒屋と、これまた街でよく見かける小料理屋との違いがよくわからない。酒に重きを置けば居酒屋、、料理に重きを置けば小料理屋なのだろうか。小料理屋といえば寡黙な板前と愛想のいい女将みたいな連想をしてしまう。ただ、経験的にブスッとした板前・店主の店に入ったことはあるが、愛想の良い女将のいる店に入った記憶がない。きっと小料理屋とはどこかに隠れている都市伝説的名店なのだろうな。
今回の居酒屋は味も素晴らしいが、見栄えに重きを置いている感じがする。日本の懐石料理がフランス料理に影響して革命を起こしたのは有名な話だが、いまではそのニューベルキュイジーヌが日本料理に影響を与えている。懐石料理の様式美がフランスで拡散解放され、日本に里帰りしてきたら、和風の発想を離れ自由奔放な新・和食が生まれたという感じだろうか。この一皿、豚角煮なのだがまさにフレンチだった。

油淋鶏風の鶏唐揚げもすっかり日本では定着した感があるが、鶏唐揚げに緑をアレンジするのはかなり斬新だろう。甘酢系のタレとネギはよくあうが、味のバランスより彩りの効果が高いように思う。
器と料理の関係をしっかりと追い詰めるのが小料理屋で、大皿料理をすくって出すような無頓着さが居酒屋の良さなのかもしれない。見栄え重視か味重視か、はたまた価格重視かによって居酒屋から小料理屋の色合いが決まるのだろうか。
ぼてっとした陶器の器は親しみやスサや気軽さを演出するし、多彩の色を施した磁器であれば流麗とか洗練といったシャープなイメージになる。シンプルな白い磁器プレートであれば、まさにフレンチ的な料理の彩りを映すのキャンバスといったイメージになる。器と食べ物の色は強い関係をもつ大事な要素なのだ。
そう考えると、この店は洗練された居酒屋っぽいということになる。居酒屋と見せながら、小料理屋的な質の高い料理を出す。人気店になるはずだ。

この店は高田馬場駅からそこそこ坂を登ったところにあるビルの地下にある。飲食店には不向きな立地だが、この日も予約で満席だった。飲食店の売り上げは立地8割とよく言われるが、たまには立地の悪さを跳ね除け「店の力」で繁盛する。素晴らしい店主の力量であり努力の賜物だ。
ただ、こういう素晴らしい店は「俺でもこれくらい簡単にできる」と素人に勘違いさせてしまう魔力がある。プロの力量はさりげない部分の合体として隠されている。それに気がつけないから素人なのだが、勘違いして完コピすれば繁盛店を作るのくらい簡単だと思うのだろう。そこがそもそも間違っている。素人は完コピすらできない。似て非なるもの、似てはいるが決定的に三流なしろものしかできない。
飲食店の廃業率が高いのは、そういう無自覚な冒険者というかお馬鹿さんが多いからだ。アマチュア野球で地区予選敗退程度の実力しか持たないのに、プロに挑む者はいないだろうが、飲食業界ではそういう無謀が罷り通る。開店即閉店という高い授業労を払ってようやく学ぶ。脱サララーメン屋、脱サラ蕎麦屋など死屍累々の荒野だ。


自戒の意味も込めて申し上げる。立地の悪さを跳ね除ける力の持ち主は千人に一人くらいしかいません。そういう店主はほとんどが100店を超える大企業に成長していくものです。決して「素人」は真似をしないように。