街を歩く

ソロキャンの楽しみ

ソロキャンでランチは遅めにする。あれこれとサイト設営?に時間がかかるが、それがひと段落したところでランチにする。そんな時は買ってきた惣菜で手軽に済ませる。この日はサバの押し寿司だった。普通にうまいが、屋外で食べると尚うまいと感じるのは気のせいか?
百円均一の店が閉店する時に半額で買った韓国製のアルミ容器も物入れから引っ張り出してきた。
ソロキャン用の道具軽量化作戦で最低限使うものだけしか持ち歩かないことにしようと、現在全力で道具減量実施中で、これまで使ってきた皿や鍋などの見直しをしている。韓国製アルミカップはその減量運動の例外だが、個人的にはシエラカップより良いかなあと思っている。

現在迷いどころな道具がこの一人用鉄鍋で、やはり鉄鍋は重いので大型メスティンに変えようと思うのだが、鉄鍋の風情は捨て難い。麻婆豆腐を作ってみたら尚更愛着が湧いてしまう。

皿は雑誌のおまけでついてきた区分けプレートを一枚だけ残すことにした。カリーブルスト風に焼きソーセージを乗せてみたが、一人飯であれば十分な大きさだろう。韓国カップにはさきイカをキムチの素であえて乗せてみた。食事前のつまみだ。この金属製の食器はどちらも使用後に紙ナプキンで拭き取るだけで良い。キャンプ向けなのだ。

こんなことをあれこれ試しながら残す道具を選定していくというのが、もう一つの「キャンプの楽しみ方」なのだと思っている。まあ、楽しみ方は人それぞれですけど。凝った料理を作るとか、珍しい道具を使ってみるとか、昔はそんなことが好きだったのだがなあ。今は断捨離が楽しみになるとは。なんだか楽しみがすっかり変わってしまった。今ではテントいらなくなった。

「解脱」という言葉が脳裏を掠めるのだが、終わりの日が近づいたとは思いたくないなあ。

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居酒屋のつまみ

さきイカが赤いのはキムチのせい、春雨は本当に微かな味がする程度の薄味

お江戸の居酒屋はつまみの種類が豊富だなと、初めて北の街から出てきた時に思ったものだ。それも多少の軽さを込めてだ。素材のうまさで食べさせるようなものは少なく、これで酒を飲むのかと疑問符がつくようなものが多かったせいだ。その典型がエイヒレだった。小皿に一切れの炙ったエイヒレが出てきたのには心底驚いた。
魚にしても鮮度が気になる。肉にしても薄さが気になる。などなど、北の街から出てきた田舎者(とお江戸の人種には思われていたらしい)に取っては食の文化、価値観の違いをしばらくの間、思い知らされるハメになった。それでも賢明なことに、お江戸の食に文句をつけたり馬鹿にすることはなかった。ただただ沈黙していた。

そんなお江戸界隈でも長いこと暮らしていると、食文化の違いは気にならなくなり、いつの間にやらお江戸スタイルが当たり前に感じ、たまに地方都市に行くと魚や肉のうまさに感動するようになった。東京ナイズされたというべきか、食に関して劣化したと感じるべきなのかはよくわからない。
そんな暮らしの中で、今でも時々お江戸の居酒屋では驚かされることがある。最近の例を挙げるとお通しが春雨だったこと。そして、さきいかのキムチ和えといいう「つまみ」が存在したことだ。
エイヒレを初めて見た時もびっくりしたが、これはそれを上回る驚きだった。料理は素材ではなく、知恵で作り上げるものだと改めて思い知らされた。

頭の中を「退廃」という言葉がよぎっていた。飲食業に関わってきたものとして、このさきいかキムチには負けた気がする。料理をなめんなよという心の声も聞こえてくるが、これこそが大都会の退廃した食文化がたどり着いた成果なのだ。

お江戸に負けた。

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伝統芸というべきか 大衆食堂の華

自宅近くのターミナル駅前に商店街がある。端から端までかなりの距離があり、入り口には交番、出口?は銀行という不思議な道なのだ。昔は色々な業種の店が立ちならび、それなりに賑やかな商店街だった。北の街から引っ越してきて初めてこの商店街に来た時は、なんともしょぼい田舎町だなと思ったものだが(それまで住んでいたのはパルコがある大都市だったから)、この街に長く暮らすことになるとは思っていなかったせいだ。
その頃は駅も木造平屋建てのしょぼさで、西武鉄道の拠点駅とは名ばかり。ホームに降りた瞬間眩に暈がしたほどだ。(くどいようだが地下鉄が三路線走る大都市の都心部に住んでいたのだ)
その田舎町が今ではタワマンが10棟以上、高層マンションを入れれば30棟近くがたちならぶ郊外都市として変身したのだからびっくりする。
そのタワマンの立ち並ぶ近く、商店街の路地裏というか脇道の奥に一軒の食堂がある。その存在は昔から気がついていた。ただ、なかなか入る気が起きない。昼なのに暗い路地というか怪しさを醸し出す裏通路なのだ。
それでも軽く昼食をと思った時、商店街のほとんどを占める全国チェーンの飲食店は嫌だなあとローカルな店を探そうとして思い出した。
行燈にラーメンとうどんと定食と書いてあること自体がお店の正体を明かしているようなもので、要は昔の大衆食堂、メニューは和洋中折衷のなんでもありなのは自明のことだ。

恐る恐る入ってみれば、先客が二人ほどいた。床が微妙にベタついているのは大衆食堂のあるあるだ。なんとも形容のし難い匂いがするが、これも長く営業している食堂ではよくあることで、天井と壁に染みついた油と調理の過程で出る油煙の混合だろう。最近の換気が良くなったレストランではあまり起きない現象だ。つまり、この店は昭和から続く  The 大衆食堂で間違いない。となれば注文するのはオムライスかラーメンの二択だろう。
品書きには懐かしの食堂メニューが並んでいて、オムライスもしっかり存在したが、それは次回のお楽しみに取っておくことにした。ランチのA定食も捨てがたいが、やはりここはラーメンだろう。
醤油ラーメンを注文した。味噌ラーメンもあるのだが、やはりまず第一投として期待するのは普通のラーメンだ。出てきたものを見て納得した。まさにこれは東京支那そば系統の醤油ラーメン 昭和40年代バージョン」だろう。具材はチャーシューとめんまというシンプルさ。全く平面的なルックス。ここから現在の複雑怪奇なラーメンに進化するまで50年かかっているのだなあ、としみじみ昭和を懐古してしまう代物だった。
味は普通に美味い。現代風の濃厚スープとは違い淡白なものだが、それはそれで味わいがある。
もっと前に来てみるべきだたと反省した。しばらくはこの店に通うことになりそうだ。一度、夕方に来てみたいものだとも思う。野球中継など見ながらビールを飲んでいるおっちゃんがいそうな気配だ。

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キャンプ飯はゴージャスに

白ネギとふた肉塩胡椒焼きでビールを飲もうと思った。ちなみ、これをつけて食べるソースはレトルトのカレーにガラムマサラをたっぷりかけたものだ。以前から居酒屋メニューとして気に入っているカツカレーのライス抜きの変形バージョンだ。
酒のつまみとしてカレーソース(レトルトカレーで代用)はほぼ万能だと思うが、唯一こだわるのが「安いレトルトカレーは不可」ということだ。個人的な見解だが、安いカレーで具材をケチっているのは仕方がないとして、ソースのベースというかコクを出す成分をサボっているので、レトルトカレーはお値段と味が比例する。食品としては数少ない価格と質のバランスが正しい大衆食品だ。
大衆食品とはまさにお値段なりの味しかしないものなので、安くて美味いは存在しない。美味ければその分値段は上がるものだ。50円のコロッケと100円のコロッケを食べ比べれば、値段の分だけ美味しくなる。

肉はトンコマを買ってきてたっぷり塩胡椒をしてかき混ぜておく。10分ほど放置して味を染み込ませる。

ソロキャンプでは道具を減量すべきだと最近思うようになり、調理器具はメスティン2個で賄うことにした。大きいメスティンを鍋・フライパンの代わりに使う。黒いメスティンはコーティング塗装なので油も引かずに炒め物ができる。

白ネギは太い部分だけを適当に切り、こちらは燻製塩をかけた。味付けはシンプルで良い。どうせカレーソースにつけて食べるのだし。

これはオリーブオイルで炒める感じ。焦げ目がついたら出来上がり。この後、ネギを取り出し、レトルトカレー(今回はディナーカレーにした)を入れで火にかける。ぐつぐつしたらメスティンごとテーブルに置き、豚肉とネギをつけて食べる。実に旨しだ。準備と調理で10分。ソロキャンのうまいものなんて、こんなものだよ。
ちなみにこの日の二品目は鉄鍋で作った麻婆豆腐で、レトルト麻婆ソースを使ったから調理時間5分。半分ほど食べたところで、小型メスティンで炊いた白飯を投入し麻婆飯に仕立てた。

なんとリッチな一人飯でありましょうか。

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レストランで居酒屋

新宿(元)アルタ裏の商業ビルにあるレストランは基本的に洋食屋だと思うが、メニューの幅が広く、昔のデパート大食堂の趣がある。一人でもよく行くが年配の友人と居酒屋使いすることも多い。ただ、コロナ前は高齢者(笑)が多い店だったが、最近は中心層が30-40代と若返ったのと、外国人観光客が押し寄せるようになった。従業員も外国人が中心になり、新宿もあれこれ変わっているのだなということがよくわかる。

洋食屋としてはオムライスが有名な店なのだが、ポークソテーが個人的には好みだ。チキンソテーもあるが、やはりポークが良い。肉肉しさがあるし、ハンバーグよりも塊肉感があるのが好みなのだ。これを肴に冷たい日本酒を飲むというのが個人的な贅沢だ。ただ、これは昭和の大文豪である池波正太郎氏の受け売りで、かの大家が浅草あたりの洋食屋でやっていたことを真似している。日本酒と洋食が合うというのは嬉しい発見だった。

洋食屋なのに刺身の盛り合わせも注文できる。ただし、これはあまりお勧めはしない。味が悪いということではない。同じ値段を出せば、もっと洋食を食べた方がお得だと思うからだ。ちなみに、この日はピザが売り切れていたので仕方なく刺身を注文したのだが、それもあくまで話のネタとしてだ。
この店で出てくるのはイタリア的にピッツァではなく、日本的な「ピザ」だ。ボテリと肉厚の生地だが、酒の肴にはそれが良い。ピッツァであればトッピングはシンプルな方が良いが、ピザとなると具沢山に限る。だからミックスピザが良い。

流石に刺身盛り合わせは雰囲気に馴染まないかと、追加で炙りマグロのタルタルというのを注文した。これだとだいぶ洋物感が漂ってくる。が、やはりマグロ刺身の変形だな。

そして締めには、漬物と卵焼き。いやー、ハイブリッドな居酒屋であります。しこたま洋食よ日本酒を楽しんだ夜でございました。

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ソロキャン 再開

久しぶりにソロキャンに行った。気温が上がると焚き火をしに行こうと思っていたが、今年は3月が寒い日が多く、のびのびになってしまっていた。桜も咲き木々は緑になっている。

自宅から20分ほど車で移動したところに大きな公園があり、そこは空いていれば当日でもふらっと行ってキャンプができる。朝起きて天気が良ければ出掛ける程度の気楽さだ。とはいえ間和英は住宅地と工場地帯なので、ヨレでもそこそこうるさいのだが、そこには目を瞑る(耳を閉じる)ことにする。
ずいぶん昔に買ったキャンプ道具を持つ混んでいるのだが、道具にあまりこだわりもなくなってしまい、最近ではただただ薪を燃やすだけのキャンプだ。

このガスランタンもアルペンが自社ブランドで販売していたものだが、とうの昔に廃番でガスボンベもマントルもすでに売っていない。手持ちの残りを使い切ったらおしまいだが、まあ、それで良いのだよね。新しい道具を買うつもりもないから、その時は蝋燭では流石に暗いから、ネット販売の充填式ライトにでも切り替えよう。
今年はソロキャン、飽きるほど行こうかなあと思っております。

旅をする

ON TIMEは快適な空の旅だ

所用があり北海道にある実家に戻ることにした。今回は航空会社を変えてみた。ON TIMEで出発した。実に快適だ。隣の搭乗口からの便は相変わらず定刻では飛べないそうで。お気の毒なことだ。
しかし登場締め切り時間に。もう入り口は閉めるけれど〇〇サン……………以下数名の方、今すぐきても乗れないよ、というアナウンスを毎度のように聞く。たまには、従業員の煽動で走ってっくる奴もいるが、あれが一体どういうことなのかといつも思う。時間ギリギリに来て身体検査で捕まっているということだろうか。乗り遅れ客の探索に費やす手間や時間、おまけにそのせいで出発時間が遅れることによる同乗客の迷惑を考えると、もっとバッサリ切り捨てても良いのではないかなと思う。
オンラインチェックインが始まってから増えた現象でもあると思うが、なんとか対策を立てる必要があるだろうなあ。以前は空港でチェックインする必要があったので、その時点で間に合う間に合わないは判断できていた(地上係員が判断して引導を渡した)せいだろう。いまではそのきのうがない。身体検査の手前にある搭乗券チェック時に「もう間に合わないよ」とか警告するシステムが必要なのではないか。
それ以外に乗り遅れる原因として考えられるのは、身体検査は済ませたがのんびり飯を食っているとか、土産物を買いすぎて歩けないとか、わがままな理由がるのだろうが、そういう奴らは放置で良いだろう。
などと座席で考えていたら、通路を走ってくる奴がいた。幸いにもドアが閉まる直前に駆け込んできたらしい。やれやれだ。時代に合わせてルールは変わるが、人の気性は変えられないらしい。

同じようなことだが、空港で搭乗前に気がついたことが一つある。ゴミ箱に雑誌・新聞という区分がなくなっていた。たまたま家から持ってきて新聞を読み終わったので捨てようと思ったのだが、いつの間にか専用ゴミ箱がなくなっていた。全然気が付かなかったが、なくなっても当然だろうと思う。すでに駅のホームでも雑誌のゴミ箱は消滅している。
そもそも新聞を読む人はもはやいないのだ。スマホでニュースを見る、関心のある記事は検索する時代だからなあ、と事情は理解できる。自分も使わなくなったから「新聞ポイ捨て箱」がなくなっていることに気が付かなかった。
時代の変化とはこういうところに現れるものなのだな。

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西新宿の座れる立ち食い蕎麦

新宿駅西口北側に広がる飲み屋が連なる横丁は昭和30年代の雰囲気を残したまま、よくいえばレトロ感あふれる、悪くいうと狭くてゴミゴミした場所だ。平成中期にはたまに通っていたが、いつの間にか中国系の従業員が増え(店主が歳をとったのか代替わりしたのか)、小路を歩くと客引きがうるさいのに並行して足が遠のいた。それでも午後になればは梅に飲める場所としては重宝していた。
普通の食堂でも立派に昼飲みできる不思議な一角だった。有名な中華料理屋ではカウンター席だけなのにかかわらず昼からビールで酔っ払うのが当たり前で、おまけに全面開放店舗だから夏は調理の暑さも相まってサウナの中で酒を飲むような場所だった。当然、長居をするのは難しい。ビールを一本飲む間に汗でびっしょりになる修行の場だった。

その横丁の真ん中あたりに、知る人ぞ知る立ち食いそば(座席はあるが)の名店がある。立ち食いそば業界では伝説?の店らしい。実際には普通の立ち食い蕎麦屋だと思うが、何せ老舗らしいのだ。ここも全面開放というかそもそも壁がない。夏は暑く冬は寒い。正確にいうと夏は耐えられないほど暑く、冬はなんとか耐えられるほどに寒い。だから、この店に行くのは春秋限定みたいなものだ。
気温が上がってきてふと思い出し、いつものかき揚げそばを食べようとして急に気が変わった。きつねそばにしてみた。普通に美味いとは思う。問題ない。

ただ、気になるのは背中で英語の会話が聞こえてきて、どうやら席が開くのをまっているらしい。ちょっと待て、この店には日本語で書かれた品書き板しかないぞ。どうやって注文する気だ。唯一日本人の聖域として残っている「純和風立ち食い蕎麦屋」がついに文化的侵略を受けているようだ。
すでに、カンガ界隈の老舗と言われる蕎麦屋や洋食屋はかなりのダメージを受けている。鮨屋や天ぷら屋は異邦人(エイリアンの訳としてはこれが適切だと思うが)の侵略により壊滅状態だろう。銀座の立ち食い蕎麦屋で英語表記メニューを見た時に感じた嫌な予感が的中した。もはや日本人に和人だけの聖域は存在しないらしい。そのうち立ち食いそばにチーズが乗るようになるのは時間の問題だ。とほほ……………

そばを食い終わり後ろの席街客を見たらヨーロッパ系人種だった。アジア系だったら麺を啜る文化もあるだろうが。グローバル化とはこういうことなのだな。横丁を抜ける間、通りがかりの店をのぞいてみたが、客の半分は欧米系客だった。まるで香港かシンガポールのどこかにいるような気さえしてきた。本当の意味での国際化とはこういうことなのかもしれない。

立ち食いそばに行列ができる時代は、正直に言ってありがたくないぞ。

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気温20度

連休前の1日は暖かい日になった。

50年以上前に造成された大規模団地も今はひっそりとした街に。

4校もあった小学校も少子化の為閉校となり跡地は高齢者向け施設に。

高規格の街並みは徒歩移動もしんどいが、バスは1時間おきにしか来ない。

こんな街がスタジアムのあるところです。不思議だ。

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ラノベの話

コロナの期間、外出もせず家に逼塞している時間が長くなり、その間にあれこれとラノベを読んでいた。
理由はいくつかあるが、一番の要因はあまり難しい話は読みたくないと思っていたことだ。時間があるのだからトルストイ作「戦争と平和」を一気読みするという選択肢もあったのだが、どうもそれは嫌だった。
二番目にWEBで掲載した作品、いってみれば無料の同人誌的な発表の場で、読者の人気投票で勝ち上がった作品を出版社が商業化するという新しい仕組みのビジネスが定着したことだ。ラノベの版元は大半が角川系列という現状で(社名は違っているが角川グループの出版シュアが半数以上を占める寡占業界)、商売上手の角川はWEBテキスト→書籍化→コミカライズ(漫画で出版)→アニメライズ(アニメとして商業動画化)→実写映画化という、一粒で何度も美味しいビジネスモデルを完成させた。
つまりテレビや映画などの商業エンタテイメントの源流がWEB小説をスタート地点にする時代になったということだ。そこに興味を持ったことがある。
三番目に書き手がアマチュアからスタートして、人気が続けばプロ化、専業化するため、一つのタイトルで延々と長い長いお話を続けていく「長編大作」が多いことだ。
当然、1-2冊書籍化して終わりとなる書き手もいるし、書籍化は販売不振のため2冊で終わるがWEB連載は延々と続くという場合もある。玉石混交のジャンル作品なのだが、少なくとも書籍化され10巻を超えるものが多くある。これが暇つぶし読書にはとても良い。
だから、コロナのために自宅にこもっている無聊を慰めるにはもってこいだった。おまけに大多数の人気ラノベ作品はネットで買えるWEB書籍だ。本屋に買いに行く必要がない便利さだ。
ちなみにコロナの外出禁止期間は書店すら営業していないこともあり、本を読むならネット通販かダウンロードしかなかったということもある。
ラノベ、あるいはコミックの人気作品は巻数が膨大となり実際に本屋で全巻を買おうとしても在庫していないことが多い。例えば100巻を超えたワンピースを1巻目から読もうとしても(買おうしても)、全巻を在庫している本屋を探すのは大変だろう。

コロナの閉塞期はネットで購入していたが、外出緩和期には中古本屋を探すことが多かった。ラノベは中古本で1巻から10巻までまとめて販売されることが多く、特に古い作品であれば新刊本屋では集めきれない、あるいは何軒か本屋巡りをしなければ全巻を揃えては手に入らないことが多いので、中古本屋のまとめ売りは便利だった。
中身の評価もせずに10巻パックであれば買ってしまうということも多かった。巻数が多いということは人気が高かった、人気が途切れなかったという、ある意味で書き手の実力があるという証明にもなっていると思ったからだ。(実際には好みに合わないハズレ作品も随分あったが)
今になって、どの本を最初に選んだのかは覚えていない。途中からはレンタルでラノベコミックも合わせ読みするようになったので、どうも記憶が曖昧になっている。それでも一番印象に残っているのは「転生したらスライムだった件」だろう。
これはストーリーの面白さもあるが、ラノベにおける小説作法というか人気要因の分析という点で、一番あれこれ考えたシリーズだった。

などと書いてきたが、どうやらこの本を最初に読んだのは2016年年でダウンロードの無料お試し版だった。コロナの頃は10巻を超えたあたりだったのだろうか。ダウンロードしたまま放置していたものを一気読みしたという意味では、コロナ期にかかっていたかもしれない。
とりあえずラノベのあれこれを考えていたのはコロナの期間だった。

転生ものがティーンズではなく30代サラリーマンに人気だという記事が出てから5年以上経っていた時期でもあった。

画像はアマゾン販売サイトからの引用

この「転スラ」は数あるラノベのベストセラーの中で最大級の累計売り上げ部数だと思う。コミック界でいえば「ワンピース」みたいな、ジャンルの代表作なのだ。これをネタにあれこれ考えてみた。