食べ物レポート

そばと蕎麦とソバ

無類の麺好きの自信はある。昼飯はほとんどが麺かヌードルだ。その中でも「日本そば」が好みであり、昼飯が、週3−4回は蕎麦でも文句がない。気温にかかわらず「冷たい蕎麦」を食べることが多いが、やはりもりそばを頼み蕎麦の具合を確かめつつ、つけツユの好み具合でその店の実力を判定するというのが、蕎麦の楽しみ方だと思う。
だから、立ち食い蕎麦屋でも評価の高い店はある。逆にやたら値段が高い格式のある蕎麦屋を嫌うこともある。

そばは貧乏人の贅沢か? 金持ちの趣味か? まずは立ち食い

仙台の「神田そば」は街中にある立ち食いの店だが、大体の時間は注文が入ってから茹でるので、のびた蕎麦を食べさせられる心配は少ない。好みからいえば蕎麦つゆが薄めなのだが、これは仙台のテイストなのではないかと思っている。他の蕎麦屋で食べても、やはり蕎麦つゆが弱めというか薄めの仕上がりだからだ。どこの蕎麦屋に行っても東京風の強烈なかつおだしと醤油の強さは感じられない。
仙台では蕎麦が美味いのだ。特に山形から仙台にかけては十割蕎麦の店が多いので、立ち食い蕎麦屋といっても蕎麦のレベルが高いということだろう。
神田そばのオススメは、実はげそ天だと思われる。山形でもイカ天は蕎麦屋の主力商品らしいが、多分、その影響だろう。もりそばに追加でげそ天を頼むと、何やら変形テンプラそば風で・・・。これはうまい。

高級蕎麦をありがたくいただく

仙台の山手の住宅地にあるこじんまりした蕎麦屋、まさしく隠れ家的なのだが、そこの蕎麦はいわゆる「手打ち高級」な雰囲気で、もりそばを一気にすすってしまうとちょっと惜しいような気がする。名物も変わっていて、豚の角煮。やっていない日もあり、もしやっていても売り切れ御免なので、幻のメニューのひとつかもしれない。
ラッキーにも角煮にありつき、そばと交互に食べてみると、いやいや、これは蕎麦より白飯の方がうまいのではないかと思いつつ、一人前を平らげた。テンプラ蕎麦よりもボリューム感がある。不思議だか蕎麦と角煮は絶好の組み合わせかもしれないと思い知らされた。

住宅地の普通の家にたまたま暖簾がかかっていたような雰囲気の店で、ここにたどり着くにはナビのお世話なしでは難しいような気がする。住宅地の中の道も狭くて曲がりくねっているし・・・。

三大焼きそばって

日本蕎麦ではなく、焼きそばも結構好きなので、思い立ち日本三大焼きそばの一つに挑戦してみた。「横手やきそば」にありつくには岩手県北上から西に秋田方向へ走り、秋田県横手市に出るコースが便利そうだった。これがまた日本の秘境ドライブコースに認定できそうな山道で、山を越えて平地に出たら横手だったという感じ。

蕎麦のルックスは、ご覧の通りシンプルの極みで、屋台の焼きそばに目玉焼きのせました、という代物だった。そして期待を込めて実食したが、あー、コレはダメなやつだ。期待値が高すぎたのもあるが、自分の好みではない。何とは無しに、大分県日田の焼きそばに似ていると勝手に思い込んでいたので、それが悪かったか。ソースは独自のものらしく、いわゆるソース焼きそばっぽくはない。

「食い道楽」は横手焼きそば選手権?で何度も一位を取っている名店とのこと、当日も満席で大変な人気ぶりだった。まあ、名物でも自分の好みに合わないということはよくあることで、うまいまずいとはあまり関係ない。大阪のお好み焼きと広島のお好み焼きのどっちがうまいか決めるようなものだ。うまいまずいより、好きか嫌いかということだろう。
たまには「想夫恋」の焼きそばがたべたいなと思う羽目になったが、それはそれでまた次回ということで。

この店には夜にきてみたいものだ

食べ物レポート

肉・ニク・にく食いたい

肉といえばハンバーグ?

サイゼリヤのランチハンバーグは、個人的な思い込みだが通常品よりちょっとサイズが小さいのではないかと疑っている。実際に比べてみたわけではないのであくまで疑いだ。しかし、オフの日にサイゼリヤで遅いランチ時間にグラスワインでハンバーグを食べるには程よい大きさだと思う。ランチセットにつくサラダとハンバーグでずいぶんと幸せな気分になる。つまらん居酒屋に行って、つまらんホッケ焼き(ホッケが嫌いなわけではないが、大方の居酒屋のホッケはまずい)で700円も払うより、よっぽどサイゼリヤのランチがマシだと思うのだ。トマトソースで食べるハンバーグは、なかなか蠱惑的だと思う。

サイゼリヤのランチハンバーグ

しかしだ、肉を肴に酒を飲もうと決めると、実はサイゼリヤは物足りない。まずいのではない。サイゼリヤのハンバーグは白飯と一緒に食べる食事の設計だ。当然、今の時代の子供+ファミリーに照準を合わせた設計だろう。それはそれで良い、間違っていない。ところが、こちらは酒をぐびっと飲みながら肉を食いたい気分だとすると、選ぶ店を変えた方が良い。
仙台駅近くにあるグリルボンテンは魚居酒屋が出した肉バルなので、濃い味付けと歯ごたえがある料理になっている。ハンバーグの設計が、ぐびぐびとホッピーあたりを飲みながら食べた時に万全となるように考えられている。
焼き鳥屋の軟骨入りつくねがハンバーグになったと思えば一番近いだろう。歯ごたえがあり肉自体にも味がついていて、それに強烈なソースがかかっている。お口直しは鉄板でアツアツになっているショートパスタ。いい仕事してますねというところだ。

グリルボンテンのハンバーグ

サイゼリヤで異色なサイドアイテムは辛いチキン。手羽元、手羽中を辛いソース付きの衣で揚げたもの。提供時はオーブンで加熱している。これって、食事のサイドアイテムとは言えない。飲み屋の一品であり、パスタ注文して追加でチキンという設定ではない。イカの輪切りのドレッシングかけも、異色なサイドアイテムだから、サイゼリヤでちょい飲みという客にはそれなりに支持されているのだろう。(個人的には好きなチキンですよ、ファミリー向けチキンとはマックのナゲットのことだと思う)

サイゼリヤの辛いチキン

仙台駅の3階にある牛タン利久の姉妹店、ロッケンキッチンでは、当然ながら牛タン焼きが提供されるのだけれど、付け合わせがキャベツの浅漬けではなくクレソン入り生野菜になるあたりが微妙なこだわり。牛タンのカットも利久とは違うが、これは洋風バージョンということだろうか。意外とワインよりも日本酒の辛口を冷たいやつでという合わせ方が良さそうだ。
これはオリーブオイルをひと回しするともっと味が引き立ちそう。

仙台駅 ロッケンキッチンの牛タン

仙台駅近くの居酒屋スポットにある超絶に混み合っているもつ焼き屋丸昌だが、この店の混雑の原因はやはり安いということに尽きるのだろう。接客レベルはお世辞にも良いとは言えない、常連相手の最小限サービス的なところがある。もつ焼きのレベルは極めて標準的で、不味くもないし、うまくもないし、でも文句はないなというところ。一本でも頼めるのが、お安い店としては良心的。意外と女性の一人飲みが多いので、常連客のおっちゃん達はお行儀が良いのだろう。色々な肉を食べたければもつ焼き屋は便利だ。

丸昌のお通しキャベツ

いささか気になるのは来年以降、喫煙はどうなるのかだ。タバコの煙より串焼きの煙の方が体に悪そうな気もするし、おっちゃん達は喫煙デフォルト状態だったし・・。お通しのキャベツにもつ焼きとタバコOKという、最強おっちゃん支援組織は令和の時代に生き抜くことはできるのだろうか。

世界のうまいものは、その半分くらいは肉だと思うぞ

食べ物レポート

仙台のうまいもの 8月編

うまい鮨勘は、本当にうまい

仙台では有名なリーズナブルすし屋の鮨勘で、好きなものだけ食べるという贅沢をする。板前さんオススメの握りよりはるかに値がはるのだが、たまにはいいものだ。好みのネタというと、イカ・タコ・アワビという頭足類グループ、サバ・アジなどの青魚グループ、そしてシャコにとどめをさす。北海道だと秋と春の旬が二回あるシャコだが、なぜか東北仙台ではほぼ年中無休で食べられる。海水温の違いか、漁法の違いかはよくわからない。が、ありがたい。おまけに、オスとメスの選択ありで、値段はメスがちょっとだけ高い。海棲生物でも女性上位なのだ。

鮨勘 シャコのオスメス

一般的な人気のネタ、マグロやアオリイカ、タイやヒラメなどの白身はあまり注文しない。だが、アワビとシャコだけ10巻みたいな注文であればしてみたい。(シュワルツェネッガーが来日した時はアワビを40巻注文すると聞いて、それは是非真似をしてみたいと思ったことがある。)
仙台は三陸沖が暖流と寒流の境目なので、暖流魚(カツオとかアジね)が食べられる。仙台以北ではアジが獲れないのだろうか。アジ料理は食べられないし、珍しい。朝ごはんの焼き魚はアジの開きではなく、塩鮭になる。個人的にアジの北限は仙台と理解している。
さて、アジのなめろうだが、これは千葉あたりでしか食べないものと決めつけていた。ところが鮨勘ではどうやら名物という扱いになっている。これも自分好みの仕上がりで、おまけにすぐに出てくるのが良い。なめろうをちびちびやりながら、鮨のラインナップを考えるというのが実に楽しみだ。
味は薄い味噌味だと思う。梅ソースをちょいとつけて食べるのも良い。

鮨勘 アジのなめろう

おはぎといえば秋保

仙台名物といえば(牛タンと短絡的に考えないとすると)、やはり秋保温泉のおはぎではないか。朝からおはぎの大量買の客が押し寄せ、第3駐車場まである人気ぶりだ。店内はおはぎを大量に抱える客で溢れていた。一人が10パック、20パックという大量買なので、おはぎの陳列棚の前は一方通行になっている。おまけに駐車場のガードマンは愛想が悪く横柄で、ちょいとイラっとするが、これも1個100円ちょっとのおはぎのためかと思うと笑ってしまう。

秋保温泉 スーパーさいち

おはぎは何種類かあるのだが、やはり定番のあんことゴマがよろしいと思う。一個ずつ売っていれば全種類買うという「大人買い」もありなのだが、最低販売単位は2個。二種類買うと4個食べなければならない。そして、このさいちのおはぎは、お母さんの手作りが自慢なので大きく重たい。賞味期限は一日、4個完食はほぼ無理だ。

おはぎは2個入り

おはぎ以外にも手作り惣菜を売っていて、これが東北仙台の家庭料理というラインアップで購買意欲を掻き立てられるが、おはぎを買ったらもう胃袋に余裕がない。秋保温泉にのんびり遊びに来て、夜食にちょっととか、帰りがけにお土産を兼ねてとかいった買い方であればもう少し選択肢もあるが。所詮出張の途中での立ち寄りだから購入量制限付きは仕方がない。

おはぎの味は、素朴なうまさというべきだろう。甘みは控えめで中のご飯はたっぷり、ぎっちり。いわゆるお彼岸に売っている菓子屋のおはぎとは随分違う。なんというか、甘みとしてのおはぎではなく主食としてのおはぎという言い方があっていると思う。

ゴマとあんこ

仙台に行ったら、車で小一時間のドライブで秋保温泉。これからの季節は紅葉を愛でながらの「おはぎドライブ」もいいかもしれない。


市内に戻って一杯やるなら鮨勘本店で。そろそろさんまと牡蠣の季節だ。

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8月の残念な食べもの

仙台駅前にあるparco part2、その裏に仙台朝市がある。狭い道路を挟んで両側に魚屋や八百屋、総菜屋や乾物屋などがぎっしりと並ぶ。特に八百屋はスーパで売っていない東北全域の果物や野菜が売っているので、観光客にも楽しめるところだ。その朝市で行列ができるコロッケ屋がある。女性がコロッケ一個買って歩き喰いするらしく。、コロッケ屋なのに「持ち帰りか?」と聞かれる不思議さ。コロッケ3個にハムカツ2個に串カツ3本頼んでも、持って帰るの?と聞かれる。そんない歩きながら食えないよと突っ込みたくなるが・・・。間口1mもないコロッケ屋の愛すべきおばちゃんであるなあ。
そのコロッケ屋の奥に朝市ラーメンなる店がある。ラーメン屋らしい。11時開店なので、朝市の中の店としてはどうなのと言いたい。表にある看板も手書きで、風格があるが店内に入るともっとすごい。今時エアコンがないとは骨董品級で昭和の遺物。

朝市ラーメンも昭和の遺物だった。ネギと卵とチャーシューというシンプルなトッピングは良い。だが、スープが今ひとつ、いや今みっつくらいだ。麺が妙に柔らかい。おそらく茹で過ぎ。エアコンのない店内で汗をかきながら伸びた麺を食べるのはちょっとした苦行だった。冬に来ればよかったかなと後悔。

仙台朝市ラーメン
  • 夏になると一斉に辛いメニューを登場させるファミレス。そして、ハンバーグに辛いソースやカレーを合わせるのが常道だったはずが、すっかりデパートの大食堂化したファミレスでは「辛い麺」をメニューに載せた。まさしく暴挙だろう。そもそもファミレスは「茹でる」という工程に極めて弱い、未整備と言って良い。それにもかかわらずテンプラ蕎麦やたぬきうどんを出してきたのは、冷凍麺技術の進歩のおかげだ。しかし、それにも限界があるというものだ。なぜすかいらーくメニュー開発チームが酸辣湯麺に挑んだのか、心底その理由を聞いてみたい。
  • このジョナサンの酸辣湯麺はひどい、金を返せと言いたいレベルだ。以下理由を列挙すると
  • まず、辛くないし酸っぱくない
  • 次に麺が団子状でくっついている
  • ラー油をケチっているので、スープ表面の赤みが足りない
  • 全体的にルックスが汚らしい

とう事で、どこか中華料理店に行って修行してこいと言いたいレベル。ちなみにガストの味噌ラーメンも酷いので、すかいらーくグループは中華系麺の全面見直しをしてほしいものだ。

(幸楽苑の酸辣湯麺も酷い。当然だが、こちらの方が専門店だけにもっと罪が深いと思う)

ジョナサンの酸辣湯麺

石巻のそばやで食べた「カツカレーそば」は絶品だった。自分の常識を塗り替えてくれた。カレー南蛮などはよくあるが、カツカレーの乗ったそばはうまいのか?と疑問だらけだったが、確かにうまかった。客の半分くらいが注文しているような気配だった。
なので、カツカレーはさぞかしうまいだろうと注文してみたが、結論としては「失敗」だった。カレーなのに甘いのだ。おそらくそばのつゆと合わさると塩味がちょうどよくバランスが取れるのだと思う。蕎麦つゆがないとぼやけた甘さとカレーの辛味がつらい。蕎麦屋のカレーは大体が、ぼてっとした粘りの強いカレーであり、それに文句があるわけではない。家庭のカレーが1−2日経ってぼてっとしてきてもそれは好みだ。
蕎麦屋の店主がカレーを先に考えたのか、そばに乗せるためにカレーを調整したのか、それはわからないが、結果的にそばと合わせて上手くなるカレーになっているのは間違いない。だから、次からはカツカレーそばにしよう。それでよしと・・・。

石巻 そば処もりやのカツカレー

タリーズのアイスティー、結構混雑していたのは確かだ。注文してから商品が手に入るまで10分以上待たされた。その間ずっとカウンターの前で待っていた。自分のアイスコーヒーは、何やらピッチャーのようなものから注がれ10秒で出来上がった。なんちゃらラテ・グランデのような手間のかかる商品の前に、チャチャっと10秒ですむアイスティー出せないものかね。アイスコーヒーは注文したらその場で出してくれるというのに。タリーズには、もう行きたくないと思ってしまうよ。商品の品質より運営技術の問題ということか。スタバとタリーズの差って、こんなところなんだよ、きっと。

単純に考えると、外食した場合のがっかり率は、1割くらいになるということになる。これは商品購入としてはかなり悪い数値だろうし、産業としての外食のレベルの低さなのかもしれない。自動車産業で故障率や返品率1割超えたら会社潰れるよな、などと思いつつ。

食べ物レポート

8月のお気に入り

サイゼリヤでちょい飲みというのが随分前に流行ったが、最近のサイゼリヤはそれに拍車をかけているようだ。メニューを増やす代わりに、メニューAとメニューBを混ぜ合わせて食え!という提案をしている。なんというかレストランの調理放棄と言いたいところだが、確かに試してみると面白いとわかる。つまり、低単価で単品メニューを提供し、それを混合するために複数注文させる、つまり買い上げ点数増加という作戦だ。うーん、これはサイゼリヤだからできる手法なのかもしれない。
そんな部品としての「単品メニュー」にあるのがキャベツのアンチョビー和え。これは単品で食べてもなかなか酒の肴として合うと思うが、ごっそりと唐辛子をかければ、これまた違う一品になる。
最近のお気に入りだ。

サイゼリヤのアンチョビーキャベツ

アイスコーヒーというものをあまり好まない。コーヒーはホットに限るとコーヒー飲み始めて以来うん十年思ってきた。流石にここ数年の夏の暑さに負けてアイスコーヒーをがぶ飲みする機会が増えたこともあるが、水出しコーヒーを飲んで世界が変わった。これはうまい。
カルディーに行くと水出しコーヒーのセットが売っているので、思わず自分でも・・・と思ったが、そこはぐっとこらえることにした。わざわざ西新宿まで出掛けて飲むから、きっとうまいのだ。ビールを飲む前に水を飲んではいけないみたいなことだ。
但馬屋珈琲店に通う口実は大事にしよう。

西新宿 但馬屋の水出しコーヒー

仙台の梵天グループは、実に魅力的な一杯向けメニューを開発してくれる。このイカのアヒージョは、季節メニューだと思うのだが、メニューに載っていればいつでも頼んでしまう。レモンの酸味とにんにくがよく合う。冷たい赤ワイン(ロックでがぶ飲み)と、熱々のイカで、夏の夜は幸せになる。イカを食べきったらバゲットを頼んで、ソースと絡めて食べる。幸福が二倍になる。

グリルボンテン イカのアヒージョ

仙台駅東口、ヨドバシカメラの向かいあたりに何軒か居酒屋がかたまっている場所がある。そこの中に、入場料を払うと肴が半額になるという不思議なシステムの店があり、刺し盛りを頼むとあれっという良質なものが出てきた。
仙台は夏にホヤが旬を迎えるようだが、ホヤを蒸したものが出ることがある。生のホヤと比べると匂いもずっとマイルドになる。歯ごたえも茹でたタコのようなというか、固めになる。これは意外と珍味だ。できればもう少し食べてみたいと思うが・・・、珍味には適量というものがある。満腹するまで食べるものではないだろう。確かに東京では食べることが難しそうだ。

仙台駅東口 魚炉 蒸しホヤ

岩手県花巻市 マルカンビル大食堂名物といえば、この「箸」で食べるソフトクリーム。高さは20cmオーバーだ。そして良質のソフトクリームは溶けるのが早い。テーブルに届いてから写真を撮っていたらその間に溶け始めるほどだから、インスタ映えなどと言っていたらあっという間にぐずぐずになってしまう。
当然ながら、せっせと食べていても半分くらい食べた段階で、もう雪崩状態になる。お行儀悪くても溶けたアイスを直接舐めながらなんとかフィニッシュまで到達した。どうやらこれを一人で食べるのは、相当テクニックがいるらしいが、地元民らしき客は平気なようで。おそらく食べるスピードが早い、対応策が子供の頃から刷り込まれているのだろう。夏に限らず年中食べていれば、それは上手になるというものだ。

マルカンビル大食堂 名物ソフトクリーム

8月は東北6県は夏祭りで大にぎわい、だから旅をすると意外と混雑や渋滞にぶち当たることが多い。やはり事前に地域のイベントは調べておいた方が良いと思うが、こと食べ物だけはお天気まかせのところがあって、青森ではイカが不漁でイカ料理が食べられないとか、スイートコーンが遅れ気味とか、ちょっと残念なことはあるが、それも毎年のことだから諦めるしかない。

9月になったら、きっとまたうまいものに巡り会えるだろう。

旅をする

仙台七夕考

静かな夏祭りは都会の証明か?

仙台の七夕は花火大会で始まる。仙台駅から一番町にかけてアーケード商店街が七夕飾りで埋め尽くされる中、花火大会が開催される西公園まで人出が途切れなく続く。
仙台の七夕は商店街の威信をかけたイベントなのだろう。それぞれの屋号をつけた七夕飾りがこれでもかと並んでいるのだが、やはり圧巻は仙台を代表する百貨店「藤崎」前のツルの飾り。当然ライトアップもされているので絢爛豪華で、きらびやかだ。ちょっとイラけた場所にもなっているため、インスタ向けスポットとなっている。周り中がアングル求めて右往左往しながら写真を撮っている。外国人観光客も混ざっているが、七夕自体があまり宗教色が強いイベントでもないので、綺麗な飾り付けのフェスティバルとして楽しんでいるようで、それは良いことだな。

一番町 藤崎前のツル

仙台は野外イベントが多い街だ。秋になると芋煮会(山形よりも仙台が本場という仙台市民が多い)、繁華街を埋め尽くすジャズフェスティバルもあるし、冬になると光のページェントでゾロゾロと歩き回る。密閉度の高いテントの中で、冬なのにビールを飲むあたりは札幌でも見る光景だが、仙台は雪がないので冬でも歩きやすい。

一番町 藤崎前

駅前からのアーケード街では、店頭での屋台販売がびっくりするほどの情熱で展開されている。食い物屋が自社製品を売るのはわかるが、なぜ呉服店の前でビールを売ったり、金融機関の店頭で焼き鳥を売っているのかは、意味不明だが、そんなカオスな賑わいがお祭りというものだろうと納得している。
実は、そのカオスに輪をかけるのが仙台市民の通行ルールのなさだ。なさすぎる、自由すぎると言って良い。一般に大都市で強制的なルールがないと、概ね左側通行になるらしい。人間の身体的な特徴からくるものだと聞いたことがある。右利きが多いからだともいう。札幌や名古屋、東京八重洲の地下街など大体この左側通行になっている。一部の例外的な中央歩きは、中小都市からの旅行者、あるいは外国人観光客だろうと思う。
ところが、仙台では全員が右左の区別なく、中央を含め好きなように歩いている。横一列で3ー4人で歩いていたりする。 喋っているのを聞くと、しっかり日本語だ。
実に歩きにくい、目の前から人が押し寄せてくる。波に立ち向かうようなものだが、左右どちらかによれば解決するかというと、全く無理。中央突破はもっと無理だった。
仙台市民よ、原始的に本能で歩くのはやめようではないか、と強く訴えたい。

クリスロード

おまけに七夕飾りは地面から1mくらいの高さまでぶら下がっている。そのため、目の前には七夕飾りが障害物のように立ちふさがる。飾りの一つ一つを暖簾をくぐるように押し分けながら歩くのは、これまたしんどい。かと言って、飾りと飾りの間を通ろうとすると反対側からものすごい速度で突入してくる高校生がいたりするので、これまた罠を仕掛けられたような気分になる。ぼーっと七夕飾りを見ながら歩くと、相当ひどい目にあうことは間違いない。正しい行動をとるのであれば、一旦通路の端にに近いところで停止、ゆっくり前を確認した後、見上げて鑑賞する。見終わったら、また前を確認し、歩き始めると言ったところか。

名掛丁

仙台駅から一番町まで、大きい道を二度ほど渡らなければならない。そこで赤信号で停止すると、前方から待機して人の波が押し寄せてくることになる。これも大変だ。こちらから渡る「右左関係ないよ!的集団」と、向こうからくる「中央突破プラスサイド波状攻撃だからな!的集団」が横断歩道の中間で激突、左右にフェイントをかけながらすれ違うという、一見すると阿鼻叫喚的図式が発生するのだから・・・。
此処一番に勝負をかけた浴衣カップルみたいな連中も多いので、街の中がいささかヒートアップしている。おそらく年明けくらいに結婚するお幸せなカップルも随分生まれるに違いないと思わせる、仙台の七夕の夜。

平日夕方でこの人手

個人的には歩き疲れて、一人で居酒屋に入って冷酒とともに牛タンでも食べるかという気分。一番町あたりの店はどこも大混雑なのだろうけれど、ちょっと駅前に場所をずらせば良さげなお店はあるものだ。魚居酒屋で頼む牛タンも悪くは無いよ。

牛タンで終了

牛タンで終わりにする仙台のお祭りだった

食べ物レポート

新宿王ろじ 老舗で名店

カツカレーではなく豚丼

時々無性に食べたくなるものってあるのだが、「王ろじ」のカツカレーがまさしくそれだ。
正式メニューはカツカレーではなく「とん丼」となる。ここのトンカツが薄い肉を巻いて筒状にしたものをあげる、一風変わったしろもの。それを丼飯の上に乗せてカレーソースを掛けたのがカツカレー。

普通にトンカツ屋で食べるカツカレーは妙にカツが薄かったり、カレーソースが手抜きであったり、色々と問題が多い(と個人的には思っている)
このうちのカツカレーは、別物の料理として完成しているので、たまに、無性に食べたくなる。

大正10年創業 とは創業1921年ということです

箸袋に書いている通り大正時代からの老舗ということで、店内の従業員もなにやら「渡る世間・・・」の中華料理屋風の姿であり、料理屋では制服も大事だよねと思わせるものがある。
ここしばらく足が遠ざかっていたのは、外国人観光客が店頭で行列していたから。人気があるのは良いことだが、老舗の店ではちょと厳しい。神田の松屋でスマホ片手に外国人客が行列していたら、やはり敬遠してしまうだろうなあと思うし、一蘭にはすっかり行く気が失せた。(あの一蘭でも、外国人客の行列の中に挟まると、自分の前後で行き交う外国語ってのは辛いような気がする。黙って並んでいてくれたら良いのだけどねえ)

暖簾の文字が・・・

おそらく、ヒット数が高い店がどこかに移ったのだろう。ようやく行列ができなくなったようなので久しぶりに入ってみたら、店内では高齢の女性客二人がビールを飲みながらトンカツを食べていた。どうやら、これからお仕事らしい。

暖簾のトンカツの丸文字が特徴の(最初はなんて書いてあるのかわからなかった)「王ろじ」、そろそろ創業100年になるのだから、このままひっそりとそして息長く続けて欲しい。

書評・映像評

「空の中」 有川浩

元祖ラブコメSFと言うべきか


空の中 by Amason

有川浩の作品は、かなり映画化されている。ヒット作と言えば「図書館戦争」なのだろうし、ほのぼの系といえば「(高知県)県庁おもてなし課」だろう。
有川浩初期の三部作、空の中、海の底、塩の街を抛おりっぱなしにしたまま何年も経ってしまい、ようやく本棚の奥から引っ張り出して読み始めた。

あとがきにも書いていいるがもともとライトノベル出身者だった。ライトノベルが流行り始めたころ、塩の街だけ読んでそれっきり。中身も思い出せないのが、いささか恥ずかしいのだが、確かにラブコメSFと言うジャンルの確立者であると思う。どの話の骨格も、骨太な本格SFであり、なんちゃって話では無い。
この本も、カンブリア時代前の古代生物が人類の前に現れると言う意味では、そしてそれが人類の脅威となると言う意味では、ゴジラと同じ異生物侵略モノであり、売るおtラマンの系譜を引く怪獣ものでもあるだろう。

主人公は二組の男女であり、高校生カップルとヤングアダルト、二十代のカップルだ。どちらのカップルも女性主導で、男はいささか軟弱という格好は、図書館戦争まで続く、著者のスタイルとも言える。この二組のラブコメが縦軸とすれば、横軸は人類の知能レベルを遥かに超えた巨大生物とのコンタクトストーリであり、人語は解するがロジックが人類とは異なる知性との交渉劇だ。そして、巨大でより知性的な生命体に対し、恐怖のあまりいきなり攻撃するという「破壊衝動の歯止めが効かない狂った猿」としての人類が描かれる。おまけにその狂った猿族の中でも、どうしようもない無定見な一族としての日本国、そしてその無定見な政府の政策で大量の被害者が出るパニック状況を淡々と書き出す。これが著者の二作目だということに改めて驚かされる。

エディアカラ生命群の生き残りとして高空での生存に対応した「白鯨」と、ようやくその高空に手をのばした後継生命体としての人類の接触というかなり重たいテーマを、ラブコメ交じりに書き出すのが、力技だったが、物語は破綻なく解決する。二種の知的生命体のその後について読みたい気もするが、そして日本国を脅迫した「某国」のその後についてはもっと興味が尽きないが、二つのカップルの決着こそ物語りの大団円ということだろう。

巻末に載せられた掌編がすべての話のすわりをよくしてくれる。高校生カップルの後見とも言える「宮じい」こそが、この物語りの本当の主人公だったような気さえする。
個人的な感想として、自分の高知の友人の話ぶりを思いながら読んだ、「土佐弁」の会話が実に楽しかった。会話がそのまま高知の友人の声・話ぶりに変換されているのは、またとない快感だった。特に宮じいは、アキさん(元カツオ漁師の友人)か喋っているようだったし、佳江のセリフはみささん(商工会の友人)だった。

高知県に友人がいる人にはとてもおすすめ

食べ物レポート, 旅をする

花巻市 マルカンビル大食堂

何は無くともオムライス

花巻市にある元百貨店の大食堂がは百貨店閉店後再開された。それがマルカンビル大食堂。そしてここには懐かしき昭和の百貨店大食堂が再現されている。和洋中全てが揃う、ファミレスなどなき時代の勇者なのだ。寿司でもラーメンでも天ぷらでも、なんでもありなのだけれど、やはり一押しの品はオムライス。卵とケチャプのコントラストが美しい。

そして中を割ると出てくるのがケチャップ味のチキンライス。あー、至福のときだ。写真が赤っぽいのは、この時夕日が差し込んできたせいで、何やら面妖な照明を当てた感もするが、自然光。
ともかくこれがうまいオムライス。業界デフォルトと言って良いと思う。

もう一つのオススメは、マルカンラーメン。世の中でよく言われている広東麺、中華あんかけのかかったラーメンで、これもアツアツをハフハフ言いながら食べるのがよろしいかと。

そして、最大の名物は箸で食べるソフトクリーム。高さ推定20cm越え、旨し。

一階エレベーター前には、観光客向けの写真撮影スポットもあり、なかなか楽しい。

メニューはこんな感じで盛りだくさん。家族みんなで行っても誰もが好きなものが注文できると思われる。エレベーターを降りたところに大きなサンプルケースがあり、あれこれ迷いながら選んだメニューの食券を買うというシステム。

花巻市中心部、日曜の夕方でありながら残念ながら人影なし。日本の地方都市はだいたいこんな感じになってしまっているが、大食堂の中だけは人で溢れていた。

花巻市は宮沢賢治の博物館で有名だが、街の中をぶらついても良いのではと思うし、マルカンビル大食堂には必ず立ち寄るべきだ。

書評・映像評

ハンガーゲーム

ハンガーゲームのDVDカバー by amazon

日本映画の限界点?

古い映画で公開時には見逃していた。気になってはいたが、ずっと見ていないまま、七年も経ってしまった。
面白い、と言って良い作品だし、映画館で見れば迫力も違ったのだろうといささか後悔した。この手の話は、日本ではつくられないなと思う。主人公が女性で、圧政国家のもとで虐げられる下層階級、弱者の反撃の物語。
この設定が、日本映画ではない、ほぼ完璧に存在しない。日本映画界の面白いことの一つだと思う。せいぜいヤクザ同士の抗争が思考の限界で、その上の規模になるとテロ対策や怪獣出現くらいしか思いつかない。そして対応は政府任せ。政府は正義の味方だという設定だ。たまには悪辣な政治家も出てくるが、それも正義の味方の若手政治家や若手警察官僚に仕留められる。悪逆非道な政府とそれに対抗する市民という絵柄が、映画会社の中ではタブーなのではないか。「バトルロワイヤル」では悪逆な政府が描かれたが、政府を倒すではなく生き残りゲームの話で終わっている。

やはり暴力革命で作り上げた政府は、いつか悪逆化してまた倒すべき存在になるという考えは、合衆国市民のDNAみたいなものなのかもしれない。基本的に政府を信じない。大きな政府は必ず腐敗する。こういう考えかたが根底にあるから、憲法で守られた権利として銃の所持を認める国なのだろう。銃は身を守る、それも政府から守るための武器という建国以来の伝統なのではないか。

女性で女性で強いは現代アメリカ

かたや150年前に内乱で暴力革命を経験したはずの日本に残ったDNAといえば、お上には従うものという「主と従の関係」的なものなので、お上が下を裏切るということを信じ難い体質になったと言えるのではないか。
そして、暴力革命の血は先の大戦の敗戦ですっかり打ち消されてしまったのだろう。だから、日本では悪い政府に対する反抗というテーマの映画が作られないのだ。
そして、まだまだジェンダー的な差別感も強い。当然、革命の騎士がジャンヌ・ダルクであるような話は映画でも出てこない。女性蔑視の風潮はまだ強いままか。
最近での例外はNHK大河ドラマで描かれた会津藩の女戦士が描かれた『八重の桜」くらいだろう。
倒されても仕方のない、ダメ政府の典型として日本国政府が描かれた作品などあるのだろうか。(まあ、今の政府の実態が喜劇的でバカの集団で、実態の方が映画にするよりおもしろいと言われればそれまでだが)
唯一、アニメとゲームの世界でだけは、この「日本的」な制約が取り払われ、強い女性主人公が革命の闘士であり、日本国政府は悪逆非道で、政治家はクズの塊として描かれる。強い女性は「キューティーハニー」以来のアニメ界の伝統で、ダメ男については「ドラえもん」が教科書みたいなものだ。(ドラえもんに登場する男は、最低限に良い方に見積もってクズ、普通に言ってもダメが三乗くらいのクズだ。

強くて戦うヒロインは、アメリカ映画では多い。「エイリアンシリーズ」や「トゥームレイダー」など数多い。「インディージョーンズ」や「ハンナプトラ」と対抗できる。最近では「ゴーストバスターズ 3」で女性トリオが主人公だった。

ハンガーゲームの主人公は強い女性ではあるが、国家転覆を目指しているわけではない。悪逆な政府に疑問を抱くが、生残りこそが最大の課題であり、他の連中の幸せは、知ったことかという立ち位置でもある。なんとアメリカ人の心の奥底にある「正義」や「政府不信」や「生き残りこそ強者の条件」という、伝統意識がするっと表に出ている。これがキャプテン・アメリカやスーパーマンではない、普通の女性に託された物語であるというのが、この作品の肝なのだろう。
アメリカでは大ヒットしながら、日本ではほぼ不発だったらしいが、このあたりの国民心情の底にあるものの違いが、好き嫌いに現れたのではないか。続編ではいよいよ反政府運動に入っていくらしいので、アメリカ人は大好物な話になるのだろうなあ。悪逆な政府と戦う、戦いに巻き込まれていく若き女性。そして、日本では全く受けない構図かもしれない。