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掛川城 街道を抑える拠点

掛川という街には全く馴染みがないが、地図を見れば戦国時代の東西の要衝だったのだろうということはわかる。

大手門とは表の玄関

今川、武田、松平(徳川)が凌ぎを削った陣取り合戦の中心地になる。今の静岡と浜松の間で東西対決、甲府方面から南下勢力という場所だ。
立派な大手門があるが、実はここから本丸まではなぜか民家が連なっている。昔の縄張りは無視されたのだが、おそらく明治期に政府に虐められたのだろう。あちこちに残る復元されたお城でも大手門は立派なものが多い。お城の玄関口であり正面でもあり、それなりに風格が必要というものだ。

門の上の窓からは狙撃手が狙っていた?

大手門から200−300mほど歩くと、お城、天守閣の下にたどり着く。石垣がしっかりしている。

石積が設計の精緻さを表す

そこから階段を上がって丘の頂に天守閣、実に戦国的築城だ。当時の天守閣からの光景はさぞかし見晴らしよく、お殿様の気分を高めたのではないか。

天守閣は居城ではない?

天守閣自体は小ぶりなもので、居城として使われたというよりも戦時の篭城拠点ということだろう。この辺りは浜松城も同じだ。ただ、駿河国を東西に行き来しようとすると、この掛川周辺が要地であり、いくつかの川とともに防衛、侵攻ともに戦略拠点であったと思う。

やはり防衛拠点だろう

切り立った崖が印象的な掛川城だが、この崖下にお殿様の居住と執務の場があったようだ。

こちらからは攻めるのも無理

そのお屋敷に展示されている鉄砲と槍なのだが、当時の男性平均身長は150cmくらいだったはずで、身長の三倍近くある槍を持って行軍するだけで大変だったのだなと思い知る。これがただの木の棒だとしても相当に重いはずだ。鉄砲は10kg近いようだし。これで1日平均40kmちかく徒歩移動したのだと・・・。

槍の長さは5mを超える

鉄砲もこうして近くで見ると、ほぼ銃身でできている、それにわずかに持ち手というか握り手がついているだけという簡易な構造。当時の日本は世界最大の鉄砲保有国だったそうだから、戦国時代の軍備費はさぞがし莫大だったのだろうなどと想像してみた。

鉄砲も持ち手がない重量物。狙いをつけ保持するだけで一大事だ

この鉄砲、現在の量産技術があったとしても一丁5万円くらいはするだろうし、当時だったら、その十倍くらいはしたのではないか。
鉄砲部隊100人として、正面装備の鉄砲で5000万円、その他付帯設備として弾や火薬を揃えると(多分おまけに整備用の職工も付随したはずで)、一編成で人件費除いて1億円くらいか。

いやはや戦国武将は予算のやりくり大変だったろうなあ。

旅をする

ノリタケの森

名古屋駅から歩いても行ける場所にノリタケの工場があった。そこが今は公園のようになっているという話を聞いて訪れることにした。

駐車場は公園の裏側に当たるようで、ナビをみながらやっとの思いでだどりついた。そこからぶらぶらと歩きながら、旧工場施設のあった方向へ向かう。煉瓦造りの工場と思しき建物がある。

その左右にある緑の円筒が立っている場所こそが、旧ノリタケ工場であったらしい。緑の円筒は焼き物窯の煙突のあととのこと。

正面から左右に煙突跡が立ち並ぶ姿は、まるで現代美術のオブジェのようだ。そして、その後ろに見え隠れするマンション群が、まあ、光景をぶち壊しているのも都会派オブジェと見れば良いのかもしれない。

このノリタケスクエアといわれる工場跡地は、きれいな都市型公園として造成されている。芝生の向こうに見える名古屋駅そばの高層ビルが、これもまた奇妙なアンバランス美に見える。

旧工場群は、今となれば実に美しいレンガ積みの建物で、名古屋っぽくないと言えば地元の人に叱られそうだが、明治時代の華やかさみたいなものは良いね。

煉瓦の建物の向かいに池があり、その向こうには現代の高層ビル。都会の中のシュールさだが、実はこういう場所は名古屋だけではない。東京の何箇所か、一般人の入れないところにも(皇居は除いて)、こんな場所はあるんだよね。一度グーグルアースで検討してみることをお勧めする。

実際に足を踏み入れてみると、昔の金持ちのスケールが違うこと、よくわかるよ。

食べ物レポート

神田みますや・・・ は大混雑

この店は雑誌で東京の名居酒屋特集などがあると、必ずといって良いくらい登場する。確かに名店だとは思う。入り口の横の座敷のような倉庫には日本酒が段ボールに入ったまま無造作に積み上げられているが、それが皆名高い銘酒ばかり。老舗居酒屋の意地というか凄みはこんなところにある。客層は幅広く、若者カップルから中高年まで。居酒屋らしく誰もが大声で喋るので、店内の騒音状態は相当のものだ。
それが良い人だけがくる店だろう。

老舗らしく日本酒徳利は名入れがしてある。猪口は目玉付きで、この辺りも日本酒好きにはたまらない。とある居酒屋で白鷹の温燗を飲んで以来、白鷹ファンなのだが、東京ではなかなかお目にかかれない。だから、この店では迷わず燗酒にする。貴重な白鷹提供店なのだ。

料理は名物が多いが、牛の煮込みというか牛丼の頭を注文して、これを独り占めする。同席した友人は冷奴と煮物を一品注文したが、それには全く手を出さず。こういう飲み方に納得してくれる友人はありがたい。どうも最近はなんでもシェアするのが礼儀っぽくなっているので、居酒屋でシェアしたいと思う品があれば二つ注文して、一皿ずつ食べることにしている。別にプライドがあるわけではないが、人の皿には手を出したくないと思うことが多い。
シェアするなら高知の皿鉢料理くらいのボリュームにしてくれよと言いたい。
牛肉の煮込みは本当に好みだ。これだけで何本でも酒が飲める。牛丼屋の牛皿とはどこが違うのだろうなどと思いながら、一皿完食してお腹が膨れてしまった。名物をもう一つと思いながら断念。次回に来る口実にして、退散することにした。
東京の居酒屋は長居をしてはいけないと思うので、これくらいでちょうど良い。

などとかっこつけて出てきたが、飲み足りない。すかさず靖国通りまで出て、チェーン焼き鳥屋に入ってしまった。ここではホッピーをぐびぐびと飲むのが良い。チェーン居酒屋で日本酒レベルを追求しても意味がない。結局みますや の二倍以上の時間を、ガラガラの店内でほぼホッピーしか注文しないで過ごしたのだから、酒飲みというのはどうしようもないものなのだ。

食べ物レポート

札幌で昼と夜と

昼のオススメ


札幌では鮨屋に行って鮨は食べない、と東京で言うと笑われるが、札幌で鮨を食べにいくなら回転寿司というのが常識だと思う。回転寿司のレベルが高いから、腹いっぱい食べるのであれば回転寿司という図式になる。全国制覇をしている回転寿司チェーン御三家も札幌では影が薄い、というか二線級扱いで混み方もそこそこ。

札幌駅にある「はなまる」は回転寿司屋の立ち鮨業態で、普通にカウンターでお好みで握って貰えば良いだのが、ランチがボリュームがあり大人気。不思議と外人観光客が少ない、店内にあるメニューも日本語のみという感じ。そのランチに長い行列ができる。並ぶのは嫌だが、ランチのセットにつくあら汁が楽しみで、昼時はピークを外してランチを頼むことが多い。写真の汁はホタテの稚貝の味噌汁。これは北海道や青森などの帆立の産地でないと食べられないだろう。冬になってくると、いちばんの楽しみがカジカ汁。ただし、これも売り切れごめんであり、開店から必ず準備されていて注文して出てくるわけでもないので、全く運任せだ。単品で注文しようにも、本日終売ということが多いので、しょうがないと諦めることしばしだ。

はなまるのランチ

はなまるのランチ

夜のおすすめ


ススキノ近くの南三条通に開店から50年以上経っているらしき居酒屋、昔の炉端焼きの名残を引く、魚を炭で炙って食わせる店「たかさごや」がある。食い物はなかなかうまい。酒の燗の付け具合が良い。イカの生干を焼いてもらってちびちび熱燗を飲むのが似合う、八代亜紀的風情がある。ただし、残念なことに愛想というものがかけらもない。店主に文句を言いたいくらい、ここ数年の接客レベルは低すぎる。だから、会話は必要最低限しかしない。まあ、向こうも話しかけてこないので、そういう店なのだと思えば良いとは思うが。
ホッケの開きは全国チェーンが広めた居酒屋大衆魚だが、北海道ではホッケは高級品にもなる。羅臼産しまホッケといえば、びっくりするようなお値段を取られたりするが、これまで食べてきたホッケとはなんだったのかと思わせるくらいの上ものがある。そんな上物開きを焼いてもらうと値段が2000円近くになる。まさに時価ということもある高級ぶりだ。
この店のお勧めは、そんなお高いホッケと地元の豆腐屋から仕入れている冷奴。

札幌 たかさごやで

観光ガイドには決して乗っていない名品というのは、名店にあるとは限らないというお話でありました。

書評・映像評

一路 泣かせの次郎は健在だった

浅田次郎という作家は、デビュー当時のヤバい人たちとの仲を書き記したシリーズでは、軽妙でおかしみのあるニヤッと笑いたくなる話を書いていた。それからしばらくして、いわゆる歴史大作を書き始めてからは、重たいシリアスで輻輳した世界を描いては権力と個人の不条理を嘆いていた印象がある。その歴史大作を描くあたりから、泣かせの二郎としての本領を発揮していた。清朝末期の宦官の話や幕末新撰組の一隊士の話などで、泣かせの二郎は開花したと思っている。
泣かせの最高潮は「鉄道員」であり、そこからなぜか泣かせの次郎は笑かしの次郎に戻ってしまった。

表紙 by Amazon

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そんな笑かしの次郎が、幕末の参勤交代の騒動を描いたこの作品では、基本的に殿様と行列の先頭を務める先輩武者が笑いを取る中心となり、お家転覆を狙う悪者一味を、なりたての行列責任者がなんとか悪事を阻止しよう努力する正義の味方役となる。ずいぶん力の足りない正義の味方だ。
ところが、笑かしの次郎は悪党一味を徹底的に悪者に仕立て上げようとはせず、首謀者が悪行をためらうようになってしまうというだらしない悪党ぶりを晒す。この辺りこそが、軽み、おかしみ満載であり、ニヤッとしたりクスッとしたり、ともかく軽いお話として筋が続いていく。ところが、笑いを取るはずのバカ殿様が、意外と質実剛健的な良い殿様であることが判明するあたりで、幕末の武家政権の揺るぎや弛みを暴くことになる。笑かしの次郎が、瞬間的に消え、亡国を予想しながらそれを自分の手で正そうとはせず、将軍家と共に滅んでいくので良いという賢主、賢臣ぶりを見せる殿様に、微かに泣かせの次郎が垣間見える。

しかし、それもシーンとしては軽い。情けない主人公たちが参勤交代を終え、確かに成長したあたりで話はハッピーエンドで終わるが、この数年後には戊辰戦争が引き起こされ、主人公たちの故郷であり領地である西美濃、関ヶ原の近くは西軍の蹂躙に会うはずだ。ハッピーエンドの先には会津の、新撰組の悲劇と同じ、幕府軍対反乱軍(この時点で官軍とは詐欺的呼称でしかない)の内乱しか待っていないのだ。
それを語らずに終わるところが、泣かせの二郎 Part2 の優しさなのではないか。

ちなみに領主、領国を調べてみたが、どうやら騙しの次郎に引っ掛かったらしく、架空のもののようだ。

食べ物レポート

居酒屋とちょい飲みと

居酒屋はチェーン店が大苦戦をしているが、若者が酒を飲まなくなったことが原因だと言われている。確かに、昔のように気がつけば終電というような深酒をすることは減ったと思う。首都圏では東日本震災以降、確かに電車が止まることへの恐怖からか、夜からの時間シフトが起こっているの現実だろう。
ただ外的要因だけではないと思う。居酒屋のメニュー開発が足りないというのも現実だ。そもそも居酒屋とは凝った料理を出す業態ではない。手軽にチャチャっと飲んで食べてが基本のコンセプトだから、ガツンと肉が食いたいとか、野菜たっぷりでヘルシーなどという概念からは程遠い業態だった。しかし、それをよしとする客層は今や50代以降しかいないだろう。
とりあえずノンガーボだ、糖質フリーだ、高タンパク低脂肪だなどと、メニューの良し悪しではなく、素材の(それも物性的な)機能を求める時代に、見合ったメニューを開発していない。少しは回転寿司チェーンの貪欲さを見習うべきだろう。今や、回転寿司では主力メニューがラーメンやうどんになり、寿司のシャリにカレーをかけたものがヒットする時代だ。回転レーンで回っているのはデザートが一番多いし、人気のネタは魚ではなくコーンだったり、カルビだったりする。

養老乃瀧でサーロインステーキ

さて、おそらく日本でいちばん古い居酒屋チェーン「養老乃瀧」は、経営者が変わった以降、相次いで低価格業態の一軒目酒場を急展開しつつ、従来型店舗のメニューを大胆にいじくり回している。その典型が鉄板サーロインステーキだろう。ただし、ステーキと言うには厚みが足りない肉、ステーキソースも照り焼き系の甘めという、本格ステーキと言うよりは厚目の焼肉といった方が良いと思うが、これが酒(決してワインではない)とよく合う。サワーやホッピー、ハイボールなどの炭酸割りもの系の酒とは相性が良いだろう。こうしたメニュ開発が大事だ。要は大人のファミリーレストラン的な要素を強めることで、居酒屋はメニューコンセプトを変えるべきなのだと思う。

日高屋で三種盛り

一方、ラーメン屋のちょい飲みの成功例として「日高屋」がある。もともと街の中華料理屋を居酒屋がわりに使う層はいたのだから、そこを正面突破すると言うのは正しい発想だ。昼に混み合うラーメン店や蕎麦屋も夜にはガラガラという例が多い。蕎麦屋が店主入魂の和食コースみたいな方へ進化するのはよく見る例だが、お手軽居酒屋を目指す方が確率は高そうだ。ラーメン屋では間違いなく、ビールと餃子とラーメンで1000円みたいなお手軽さがいちばん受け入れやすいだろう。今では、王将もその方向に向かっている。ストイックに昼でも夜でもラーメンというのは流行らない、というかビジネス的に柔軟性が足りないというものだ。
日高屋でおつまみ3点盛りとホッピーを頼むと1000円でお釣りが来る。ちょい飲み需要とはそういうものだ。
そういえば最近、日高屋でラーメン食べたことないな。

串鳥 新生姜の豚肉巻き

ちょい飲みを居酒屋サイドで実現したのが、「串鳥」で、メニューのバラエティーが立派だ。焼き鳥以外にも、モツまで手を広げ、串焼きやというのが正しい。焼き鳥屋の代表格、全国を席巻する鳥貴族だが、いまだに札幌に出現していないのは串鳥対策ができていないからだろう。鳥貴族はメニューを絞り込み店内加工率を上げている。串鳥は店内加工を排除してメニュー幅を広げている。まったく方向性の違う二つのチェーンだが、共通しているのはどちらも安い、ちょい飲み志向のコンセプトということだ。そこそこ飲んで食べて2000円でお釣りが来る。串鳥は仙台、そして東京一部にまで広げているが、首都圏出店を本格的に拡大すればあちこちで鳥貴族vs串鳥の戦争が見られそうだが。

男山直営 金富士でガツ

そして居酒屋本業でもちょい飲み対応の店は人気で、6時を過ぎると入れないのが当たり前の札幌ススキノの酒蔵直営店金富士。ススキノには札幌の酒造メーカーの盟主「千歳鶴」の直営店もあるが、そちらはちょっとお高い路線で居酒屋というより割烹的な店だ。料理もいわゆる海鮮を中心とした和食で接待づかいもできる。一方、金富士は串焼き、それももつ焼きを中心に実にお安い。確かにこれこそ1000円でベロベロ、千ベロの元祖みたいな店だ。安くても客数が多いので、串焼きの鮮度もよろしい。ガツのぐにゃぐにゃした串を噛みしめながら、熱燗徳利で男山をちびちびと飲むのは、これからの季節にはありがたい。


八代亜紀の世界だなあ。

街を歩く

美鈴コーヒーと可否茶館

美鈴コーヒーとは長い付き合いだ。本店は函館にあるようだが、札幌でも長い歴史がある。40年以上も同じ場所で営業しているのだから立派なものだ。
かれこれ昭和50年代の昔、喫茶店文化というものが健在だった頃、あちこちにあった個性的な店はおおかた無くなってしまった。オーナーの代替わりに耐えられないということがいちばんの大きな原因だが、セルフサービスコーヒーがあまり目だたない札幌でも、喫茶店は退潮にあった。
いわゆる大箱の喫茶店も順番に消えていったような感がある。出会いの〇〇○、別れの△△△などとい肩書きを持った喫茶店もあったくらいだったが、いまは昔の話。

苦味と酸味の強いスタンダード

そんな喫茶店退潮の流れの中で、頑固に喫茶店文化を守っているチェーンが二つある。一つが、この美鈴コーヒーで、ススキの近くの地下街にある店は、多分地下街開業以来ずっとある。札幌駅地下の店は、地下鉄開業以来ずっとあるのではないか。つまり札幌オリンピックの頃からあるということだ。
コーヒーは、特に個性的な味ではない。だからこそ長続きしたのだろう。メニューも、コーヒー以外のソフトドリンクの他に、いわゆる軽食メニュが多い。ちょっとした待ち合わせにも使うし、昼食にも使えるというのが喫茶店だと思うが、その王道を行くような店で、学生からサラリーマン、最近では高齢者の友人同士といった集団まで客層は幅広い。

カウンターは喫煙席、テーブル席も喫煙席

店内は薄暗く、おまけにこのご時世に全席喫煙可能というかなりアナクロな店だ。テーブルの上にある灰皿は、もはや死んでしまった文化のような気がするが。それだから、モーニングの時間帯は女性の一人客が多い。札幌市内で喫煙可能な場所が激減しているのは確かで、屋外でも喫煙スペースを探すのが難しい。喫煙者にとっては、オアシスのような場所なのだろう。
だから、日中に客が多い時間は使いにくい。店内は燻煙状態だから、朝早く、まだ誰もいない時間にささっとコーヒーを飲むことにしている。昔は、タバコの煙とコーヒーの香りが当たり前だったのに・・・などと思うのは、歳を取った証拠だ。

ちょっと酸味があるスタンダード

もう一つの古手は、可否茶館。この店は市内のあちこちに増殖している。直焙煎のコーヒーを販売しているので、スーパーなどでも見かける。どの店も小ぶりなのでいつも混雑しているが、ちょっと混み合う時間を外せばそれなりに寛げる。昔はコーヒーの値段が高いと思っていたが、最近のスタバの〇〇スペシャルラッテの値段を考えれば、大した高さではないと思うようになった。本格派のコーヒーというイメージがあったので、高い値段も仕方がないと諦めていたが、今は普通の値段だと感じるようになった。

喫茶店が減ってしまったこともあり、比較対照する店舗がないということか。セルフサービスの安いコーヒーは、時間潰しの場所代を払っているという感覚があるが、喫茶店のコーヒーは。コーヒーそのものを味わいに来ているので、逆に納得しやすくなったということでもあるのだろう。

札幌の喫茶店話は、またいつか別稿で続きを。

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黒部ダム礼讃 その2

ダムカレーという楽しみ

黒部ダムレストハウス二階のレストランは、おしゃれ感が全くない。高速道路のSAにあるセルフサービスの飲食コーナーが一番似ている。自動販売機で食券を買い、並んで商品を受け取る。ただ、色々と珍しいメニューがあるので、それなりになかなか楽しい。

意味不明の唐揚げ ダム湖に島はないはずだが・・

最近ダムの周辺で提供され始めた「ダムカレー」。ライスを堤体(ダムの壁というか堤防というか本体)にみたてて、カレーはダム湖の水、そしてカレーの反対側に下流にある木などの自然物をトッピングとしてあしらうのがお約束。カレーは地元の食材を使ったりして特色を出すことが多い。そして、黒部ダムのダムカレーだが・・・・ちょっと雰囲気が違う。ダムカレーとして初見のグリーンカレーが「黒部ダムカレー」だった。黒部のダム湖の水は緑か?と突っ込みたくなるが、一大観光地の黒部ダムの意地というものか。ご飯の微妙な形のアーチは、黒部ダムの直線部とアーチ部の組み合わせを模しているようだ。

なぜここにというメニューも多い  ラーメンもあります

面白いのが、このグリーンカレーの黒部ダムカレーにナンがついたものがあり、ナン付きダムカレー(ライスなし=堤体なし)は、ビックリアイデアというか、これはもうダムカレーではないでしょうと言いたいくらいだ。思わず笑ったが、これはぜひレストランの料理長に再考を求めたいものだ。

トンネルは暗い、ただ暗い

レストハウス脇からバス乗り場に向けてのトンネルがある。暗くて、水が滴り落ちていて、そして寒い。トンネルを2−3分ほど歩くとバス乗り場というのだが。

くらい、寒い、水が・・・

階段を登ったところがバス乗り場で、一気に明るい、暖かい場所に戻る。ほっとする。バス乗り場の前には記念品、お土産売り場もあって、文明のもとに帰ってきた感がある。電波も通じるのでスマホも使える。やれやれ文明はありがたい。

それなりに段数はある、バスに乗るのもたいへん

バスは30分から1時間おきなのだが、この日は混雑していたこともあり臨時便が出た。来た道を折り返し扇沢まで戻ると、有料駐車場は満車になっていた。ざっと100台くらいが止まっている。その下に無料駐車場が50台くらいあったから、確かにダムの上は混雑していたのに納得する。臨時バスが出たはずだ。

バスを降りたところにある駅標

扇沢の駅?はバスの発着場としては随分立派で、これはこれで何というか黒部ダムらしいというか、こんな山の中にこれまた大きなものを建てたのだななどと感心しながら、都会に戻ることにした。大町駅までは専用バスがあるので、車がなくても黒部ダムに行くことはできる。紅葉の頃に行けば、また違う景色が見られるのだろう。

扇沢駅?

ダムを見に行くのも、それなりに大変なのだよね

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黒部ダム礼讃 その1

黒部ダムは、日本で一番有名なダムではないかと思う。そもそも一般人がダムの名前を覚えていることなど、滅多にないというものだ。
黒部ダムは長野県と富山県の県境にあるので、富山からダムまでのルートと、長野からのルートの二通りがある。ただ、車での移動はできないので、どちらから行くにしても交通機関への乗り換えが必要だ。

バスの到着駅?

長野県からのルートは大町市の扇沢から電気バスに乗り、長いトンネルを走る。ダム建設時に資材搬入に使われたトンネルで、関西電力専用。バスが電動と言うのは電気会社運営だから当然だろうが、以前は屋根にパンタグラフを乗せたトロリーバスだった。とりあえず一階の切符売り場でバスの切符を買い、二階からバス乗り場に向かうのだが、駅というよりバスターミナル。土産物や食堂がある。バスの乗客には、軽装の観光客もいれば重装備の山歩き風のグループもいる。おそらく、富山側にハイキングでおりていくのだろう。

記念撮影用のバスのヘッド部分

「黒部の太陽」は、今は亡き石原裕次郎主演の、ダム建設物語映画だが、これをリアルで見た人はほとんどいなくなってしまっただろう。だから、この言葉の意味や話をわかる人がどれくらいいるかだが(多分70代以上限定)、最近ではブラタモリで破砕帯の説明がされていたから、そちらの方が記憶にある人が多いような気がする。

この映画のことは誰も知らない?

長いトンネルを抜けて、そこから100段近い階段を上り切ると黒部ダムが見えてくる。ダムの天辺を端から端で歩くと5分以上かかる。そのダムの突き当たりが富山県側に行く交通機関の乗り場になる。つまり、長野から富山に行くには、必ずこのダムの上を歩くことになる。ダム湖を眺め、放水される滝のような水を見ると、実に巨大なものを人が作ったという感慨に浸ってしまう。昔の人が巨大なものには神様が宿ると信仰対象にしていたことに思いを寄せると、この黒部ダムにも神様がいておかしくないかと言う規模だ。「ダムの神様」、東宝怪獣映画に出てきそうだな。

放水中のダム

ムのてっぺんを天端(てんば)というそうだが、そこを富山県方向に歩き振り返ると、これまたすごい光景が見える。この山の下をトンネルが通っているが、山の中腹に見えるあたりにも構造物がある。当時は一体どれだけの工事をしていたのだろう。
山の下にある建物がレストハウス。お土産屋や軽食売店、レストランなどがある。レストランは二階にあるので、ダムを見ながらの食事が可能だ。

レストランは大混雑だった

天端から放水を見下ろすと、虹がかかっていた。そして、その遥か下に地面が見える。確かに、これが人間が作ったものなのは理解しているが、なんだか那智の滝を見たときのような厳かな気持ちになったのは、巨大さの持つ力というものだろう。

虹が見えた

〈続く〉

食べ物レポート

美味しいビアホール 恵比寿で遊ぶ

恵比寿の町にはとても長い間通っていた。今のようにすっかりおしゃれになる前の恵比寿は、山手の下町などと言われてそれなりに不便な町だった。
駅ビルができるまでは、まともな本屋もなかった。マクドナルドと吉野家もなかった東京の僻地。それが今では住みたい町ランキングで上位になるとは。

ヨナヨナビールでダッッチオーブンご飯

そんな恵比寿でもおしゃれ系の店は意外と少ない。イタリアンの小ぶりな店は多いので、そこは評価したいが、もう少し賑やかに呑みたいとなるとガーデンプレイスのサッポロビール直営ビアホールくらいしかない。そのサッポロビールの本拠地に乗り込んできたのが、ヨナヨナエールの公式店で、ここはそれはおしゃれなお店だった。

ヨナヨナエールは地ビールのハシリで、たまには旅先で飲むくらいだったが、今や世の中すっかりクラフトビールブームで、「生」「ドラフト」が飲めるとはありがたい時代になったものだ。そして、ヨナヨナエールを飲みながらいただくのが、ダッチオーブンで炊き上げたご飯。ダッチオーブンといっても鋳物の鉄鍋に変わりはないので、単純にいえば鉄鍋ご飯だが、これは土鍋とは違ったうまさだ。気分的にはパエリアと炊き込みご飯の中間くらい。米の飯が料理に変わり、ビールによく会うのは驚きだったが、鮨食いながら日本酒飲むのと同じことだ。しみじみ旨いと思う。世の中、ノンカーボと言われる中、炭水化物でアルコールというのは、全く逆風だが、美味いものはうまいな。

恵比寿アトレ のライオンで クリーミートップ

恵比寿はサッポロビールというかエビスビール発祥の地。そもそも恵比寿という地名はエビスビール工場があるから着いた名前で、地名がビールの名前になったわけではない。その恵比寿の地にあるアトレ(駅ビル)レストラン街に銀座ライオンがある。この店、ビールもうまいがランチもうまい。サラリーマンの昼食ラッシュが終わったあたりを見計らい、ランチしながらビールを飲む。これは小さな悪徳だが、それはそれは楽しい。
昼時にちびちびやるには黒ビール、スタウトがよろしい。

ランチセットで付いてくるサラダがちょうど良い

ランチセットを頼むと、サラダがついてくるが、この程度の野菜をビールのあてにするのは正しいと思う。昼下がりのビールで、罪悪感を感じながらのビール、まさに背徳の極みだ。

ビフカツビール

そして一杯だけでやめておこうと思ったビールだが、ついおかわりをしてしまうのは、この日のランチがビーフカツだったせい。あっさり目のデミグラ風ソースがかかったアツアツのビフカツをハフハフ言いながら口に入れ、冷たいエビスビールで流し込む。まさに恵比寿の昼はこうしてプチ・ゴージャスに過ごすのがよろしいかと。

新宿や渋谷などの超繁華街では味わえない静かな昼下がり。ありがたいことだね。