食べ物レポート

蕎麦屋で憩う 大晦日に蕎麦屋を振り返ると

今年も大晦日を迎える。歳を取るたびに一年すぎるのが早くなるというが、まさしく実感。
大晦日に蕎麦を食べる習慣は江戸時代に出来上がったものらしいが、今ではあまり合理的な説明もつかない、単なる風習だ。
それでも、蕎麦はうまい。

札幌 ゴマそば八雲 盛り二枚

札幌では当たり前に食べるゴマ蕎麦だが、お江戸ではほとんど見かけない。そばにゴマを練り込んだものだが、ゴマの香りが良いアクセントになっているので個人的には好みだ。この店、八雲では盛り蕎麦が小さいセイロ二枚重ねで出てくる。なんだかお得感があるが、量は普通のセイロ一枚と同じだろう。注文してすぐに出てくるのでチャチャっと食べるには嬉しい。この店の良いところは、間違いなくかつおダシが強めのつゆだ。お江戸で言えば、藪系のつゆに近いストロングスタイル。

新得そばの館 レストラン玄穣

北海道は蕎麦粉の産地として有名だが、生産量一番は日本海側にある幌加内産。札幌でも幌加内産蕎麦粉使用などという蕎麦屋をよく見かける。いわゆる道北がそばの主産地だが、十勝でも新得の蕎麦は有名だ。その新得町のそば製粉工場に併設されている手打ちそばの店で蕎麦を食べた。店内に入るとガラス張りのそば打ち体験室があり、観光バスで訪れる「そば打ち希望者」が一生懸命蕎麦を打っている。素人が蕎麦を打つのはかなり難しいのだよね。体験塾でうまい蕎麦を打つのはは、まず無理だ。(経験者は語るだ)

新得そばは香りが高い

新得産の蕎麦は香りが高いと言われるが、新蕎麦で打ち立てのそばをいただける有り難さ。蕎麦は細切りで、よくある田舎蕎麦とは違いツルッと入っていく。つゆは甘めだが、そばがさっぱり系なので相性は良い。十勝の蕎麦屋で標準形といえるごぼう天も注文する。十勝は牛蒡の産地なので、地産地消というところ。長芋もたっぷり取れる地なので、とろろ蕎麦も良いのだが、今回は牛蒡と蕎麦でさっくりと食べることにした。
隣町の鹿追朝でも農家のお母さんたちがやっている蕎麦屋が人気だが、そちらは田舎蕎麦。流石に蕎麦屋の梯子は難しいので断念。

今年の大晦日は、このに時調達してきた新得蕎麦で仕上げることにしようと思う。

食べ物レポート

帯広でカレーといえば「インデアン」

帯広市内の中心部にあるカレー専門店で、市内各所にチェーン店多数がある。ただし残念ながら札幌圏では知名度が低いようだ。
ただし帯広では当然ながら圧倒的な有名店で、鍋を持ってカレールーを買いに来るのだそうだ。テイクアウト割引もある。

ルーは何種類かあるが、やはりオリジナルなベーシクルーが良さそうで、トッピングなしのストロングスタイルで頼んでみた。
濃厚という形容が正しい。最近流行のサラサラ系ではなく、ぼてっとしたという感じが素晴らしい。久しぶりにもりもりとご飯を食べた感じがする。昼飯時なら大盛りご飯でもいけそうだ。ご飯が美味しく食べられるとおう意味でこれは絶品。じわっとからさが後からくるのも好みだ。

カレーと格闘している目の前で、テイクアウト用のカレーを30食ほど店長と女性従業員が頑張って作っている。これもすごい光景で感心していたら、その出来上がった30人分を目の前のカウンターで食べていた男性がすんなり持って帰っていった。すごいな帯広と真面目に思った。

次はチキンカレーが良いな

旅をする

ひがし大雪自然館

帯広から北に進むと、大雪山系の南は時にあたる。糠平湖を越えて北西に山を抜ければ旭川に出る。その道も冬になればあちこちで雪のために閉鎖される。広いと言われる北海道も広いが故に山道、峠道も多い。

糠平湖の辺りに立つこの建物だが、糠平湖自体は冬には凍結する。氷上レジャーで有名な場所でもあり、それなりに通行も追い場所だ。ちなみにここは温泉街でもあるので、冬だからと言っって閉鎖されることもない。

木材がたくさん使われた開放感あふれる館内は実に明るい。かつ、暖房が効いているので屋外の寒さとは全く別世界だ。これが、The hokkaidoというべき冬の寒暖差で、室内はだいたい27−28度が標準、Tシャツ、半袖が快適温度だ。

館内には北海道野生動物がパレード中で、ヒグマ(実物大)が威嚇してくる。このサイズ(人の背丈と同じくらい)は成獣としてはあまり大きくない。ただし、戦闘力は強く、日本の野生動物ではナンバーワンだろう。

その横では、絶滅種 蝦夷(えぞ)オオカミが悲しげに訴えてくる。どうして僕たちはいなくなってしまったのかと。後から来た人間のために、僕たちは滅んでしまったのだと。

今や増え過ぎて害獣指定されているエゾシカだが、狼がいれば食物連鎖の中で適正生存数で存在できたのに。ちなみに、最近はジビエ料理などで珍重されるエゾシカだが、狩猟後の解体作業など法の未整備のため色々問題も多いと聞く。個人的な食経験で言うと、脂の乗ったトロ状態の時期とさっぱりした赤身的な時期があり、季節によって味が極端に変わるのがエゾシカ肉。ステーキや焼肉もうまいが、すき焼きも良い。

北海道観光としては、かなり交通の要衝からズレた位置にあり、行くのが大変な場所だが、糠平温泉で一泊しながら夏の(あるいは厳冬の)北海道を楽しんではいかがと言う場所。おすすめです。

書評・映像評

永遠のゼロ 百田版太平洋戦記

https://www.amazon.co.jp/永遠の0-講談社文庫-百田-尚樹/dp/406276413X/ref=tmm_pap_swatch_0?_encoding=UTF8&qid=1576289224&sr=1-1

徹底した大日本帝国批判と軍官僚批判

テレビや映画になった物語の原作本だが、全編通して(太平洋戦争の始まりから終わりまでを)、帝国海軍批判でで書き連ねている。戦略なき作戦と失敗の糊塗。兵員の損失を顧みない現場での指揮。様々なノンフィクション・戦史でも語られている帝国陸海軍上層部の無能ぶりがこれでもかと書かれている。後半では、特攻を中心に語られるが著者の怒りは止まらない。兵の愛国心を利用し強要する軍官僚への非難、批判にあふれる。

宮部少尉に託した、それぞれの戦争観

主人公である宮部少尉は、中国戦線から沖縄特攻まで、全ての重要局面で零式艦上戦闘機パイロットとして過ごす。生きて妻のもとへ帰るという命題をまもりつづけるが、それに反発する物も周りに多い。宮部少尉の立場を肯定するもの、否定するもの、それぞれの視点から語られる「戦争の現場」は、辛く悲しい。そして著者は、どの場面でも軍官僚の無能ぶり、無責任ぶりを暴き続ける。

愛国心を強制する者の疎ましさ

昭和の軍国教育と切り捨てるにはせつない愛国心を吐露する若者と、それを利用するずるい上官という構図だが、その一方で、現代日本の愛国心とは何かを訴えもする。ただ、そこには「国を私する馬鹿な官僚に騙されるなよ」というメッセーゾも窺える。確かに、道徳教育だの愛国心だの要求する政治家や、それをよいしょする官僚など、自分のしないことを人に要求する典型だ。こういう輩こそ、特攻で使い捨てにすることで国が良くなると。まあ、腐った政治家は歩く生ゴミみたいなものだから、分別収集が必要だろう。

メディアというものの愚かしさと変わらぬ軽薄さ

そして、もう一つの道化が登場する。某「日の出の太陽」マークの新聞社と思われる新聞記者だ。著者の批判は鋭く毒舌に満ちているが、確かにうなづける点も多い。少なくとも戦前の新聞の複写を読む限り、どの新聞も戦意高揚、イケイケどんどんな記事しか書いていないのだ。メディアが新聞、映画ニュース、ラジオしかない時代に、戦争礼讃、無敵帝国陸海軍と煽った新聞社の罪悪はどれだけ反省しても消えないだろう。ところが、どの新聞も戦後になって反省していない。(自分たちの戦争推進責任を認めていない)
半藤利一氏の著作にあるように、メディアが戦争を引き起こしたと言っても過言ではない。少なくとも煽ったのは間違いない。

結局、メディアも、軍部も、そして民衆も狂ったように戦争に突き進んだ。転回不能点まで踏み込み戻れなくなり、最後には国と民の全てをかけた大博打に失敗した。その責任を誰も取ろうとしない。そこに著者の怒りが向いている。この一冊は、太平洋戦争、当時の名称は大東亜戦争を一人のパイロットに託した通記であり、現代日本に通じる政府と官僚の暴走を諫める檄文でもあるのだ。

食べ物レポート

小樽名物 あんかけ焼きそばとあまとう

小樽といえば昔からの港町で札幌近郊の漁港であり、古くから栄えた商業都市なので、うまいもの屋がたくさんあるという意識が、札幌人のどこかにあると思う。そもそも札幌人の半数くらいは、北海道内からの移住者なので小樽に対する微妙あこがれ(食に関して)はあると思う。札幌の有名なケーキ屋は小樽で修行した店主が多い時代があった。そして小樽といえば、何よりも鮨の町ということになるのだが。
おそらく 鮨は小樽でというのは流通が悪かった時代の話で、このご時世では魚のイキのよさみたいなところでは差別化難しい。小樽の鮨の良さを担保するのは、当時から続く職人の腕前ということになる。

そんな小樽で「最近」売り出し中の食べ物が、あんかけ焼きそばのようだ。市内の中華料理店を中心に色々な店が独自なあんかけ焼きそばをメニューに加えている。あんかけ焼きそばマップなどがあるから、町おこしの一環ということだろう。小樽の駅前にあるアーケード商店街の中で、あんかけ焼きそば推しの中華料理店桂苑に入ってみた。

店内は、中華料理屋独特の油の匂いがするが、特に炒め物の匂いが強い。席について早速に餡掛け焼きそばを注文する。周りを見るとすでにあんかけ焼きそばを無心にかき込む客がほぼ半数。入る注文のほぼ半分があんかけ焼きそば。これはすごい占有率だと少々驚きつつ実食。
やきそばは中華麺を軽く焼いたもの。表面がパリッとしていて、中はしっとりだ。あんかけはかなり油多めで、具沢山だが味が薄い。酢や醤油をかけて自分で味変するのだろう。うーん、この程度であればどこでもやっていそうなあんかけ焼きそばではないか・・。まずいとは言わないが、こんなにたくさんお客が注文するほどのものかなとも思うが、この店では観光客というより地元民の昼食という感じだったので、おそらく小樽市民は限りなくあんかけ焼きそばが好きなのだろう。もう一軒くらい違う店で試してみないと決めつけてはいけないなと。

その後、所用を足してから、これも小樽の老舗菓子店「あまとう」の喫茶部に行った。「あまとう」とは「甘党」のひらがな表記かと、看板を見て初めて思ったが、創業者が「海人党」さんだったり「天藤」さんだったりしたのかもしれない。この店の「マロンコロン」は名品なのだが、今日は喫茶部で「甘党」に挑戦するのだ。

これがあまとう名物「クリームぜんざい」。写真でうまく撮れていないが、ソフトクリーム(甘み少なめ)の下には、こってりと小豆の煮たものが入っている。冷たいぜんざいの上にソフトクリーム乗っていますという感じだ。ソフトクリームの甘さが控えめなので、下の小豆と混ぜて食べるとちょうど良い。実にボリュームたっぷりで、昼飯の後のデザートにするにはちょっと多過ぎな感じがする。小樽の町歩きに疲れたら、甘いもので一休み的な休憩には向いている。問題は、ほぼ女性専用のような店なので、男一人で入るには相当な勇気が必要だということだ。

うまいものを食べるには勇気が必要な時代なのだよ。

食べ物レポート

お好み焼き風月 燻し銀な老舗?

札幌にあるお好み焼き屋「風月」は、この箸袋に書いてあるようにもはやソウルフードと言って間違いない。50年以上前から存在していて、今や大チェーン店だ。
札幌で風月デビューするのは、おそらく小学生くらいの時に親に連れられてというケースがほとんどだろう。そして高校生になると自分の小遣いで行くようになる。よく高校生カップルを見かけたりするし、女子高生同士もいたりする。その高校生たちが大人になって、自分の子供を連れてきたりする。そんな店だ。札幌の高校生で風月知らない奴はいるのかと思う。まあ、これと匹敵するのは「ぎょうざのみよしの」くらいか。

風月本店は女子校の目の前にあるが、なぜかそこで女子高生が制服でお好み焼きを食べるのはみたことがない。(当たり前か)その女子高校の近くにある公立校(男子比率高し)に通っているおバカ男子が、女子高生の気を引こうと安いお好み焼きを食べながら屯っていた店だ。
今は改装されすっかり立派になっているが、その昔は創業者のおっちゃんがくわえタバコで競馬新聞見ながら焼きそばを作っているような店だった。夏は店頭にテーブルをだし、かき氷なども食べられた。学校から地下鉄に乗るまでの通り道で、実にお世話になった。(感謝せねば)

この風月が札幌ドミナントになるには色々な苦労があったとは思うが、今やさっぽろでは風月以外のお好み焼き屋は成立しないほど排他的支配力を持つに至る。おそらく全国チェーンである本家本元のお好み焼き屋鶴橋風月も苦虫を噛み潰したような気がしているはずだ。札幌ほどの大都市で、それも関東関西バイアスがかからない都市で、これほど店数が少ないのだ。そもそも鶴橋風月と札幌の風月には何の関係もないだろうが、鶴橋風月の方がパクリと思われる可能性がある。

さて、お好み焼きの話だが、風月のお好み焼きで一番安いのはイカ玉だった。確か150円(当時は消費税なし)だった。比較対象のためにいくつか挙げると、セブンスター(たばこ)100円、コカコーラ ガラス瓶入り210ml 30円、地下鉄初乗り 30円、ラーメン 400円というような感じだったので、現在価値だと600−700円くらいだろうか。現在のイカ玉の値段とほぼ等しい。
おっちゃんの仕事は、このステンのカップに入ったお好み焼きの中身をぐるぐるとかき混ぜて鉄板に乗せるまでだった。後は自分でひっくり返したりする。焼きそばは完成したものを目の前の鉄板に置くスタイルだった。
焼きそばはほぼ具なし(肉は追加トッピング)で、量はやたらにあったから腹ペコの時は焼きそばを頼むのだが、いつ食べてもうまいと思ったことがない不思議な食べ物だった。だから、余裕があればお好み焼きを食べ、追加でコーラを注文した。

おそらくお好み焼きにマヨネーズをかけて食べるという経験をしたのは、この風月が初めてだったよおうな気がする。それ以来、お好み焼きはイカ玉オンリー、財布に余裕があってもミックスだのデラックスだのは頼んだことがない。その後、全国で色々なお好み焼きを食べてみたが、どうも札幌風月のイカ玉の味が刷り込まれてしまったようで、いつも何かもの足らない感じがする。お好み焼きのバリエーションでお江戸風、大阪風、広島風、などなどどれが本物かみたいな論争に加わる気はないが、札幌人にとっては「風月」のおっちゃんの味が標準ということなのだね。

風月のサイトはこちら↓ 創業者おっちゃんのお話が書いてあります
https://www.fugetsu-sapporo.co.jp

書評・映像評

銀河帝国を継ぐもの アメリカン正統ジュブナイル

表紙 by Amazon

どうやら文庫版は絶版らしく、Kindleか、中古での入手

時々、無性に海外SFが読みたくなる。特に、ハインラインやマキャフリーのような、ジュブナイルが読みたい。日本作品ではライトノベルという分類の中に埋もれているジュブナイルだが、アメリカSFではハードな設定ながら、主人公を10代の少年少女に置いた名作が多い。ニーブンやホーガンのようなガチガチのハードSFの対極にあるのが、ジュブナイルだろう。同じように宇宙を背景としても、ハードSFが世界の仕掛けを語ろうとするのに対し、ジュブナイルは少年少女の成長を描こうとする。
だから日本のライトノベルでは、アメリカ的ジュブナイルものが少ない。世界を語りたがる傾向が強いからだと思う。私の作ったこの世界、すごいでしょう的な話がどうしても多くなる。それは、それで楽しめるのだが、主人公たちの成長を描こうとすると、どうしてもはじめの一歩的なスポ根になるか、ワンピース的なキャラの能力増強的な話になっている。どちらも100巻近いボリュームでありながら主人公たちはあまり成長しているとは言えない。

後書きで、作者がハインラインやノートンが好きだと言っているそうだが、確かに正統アメリカジュブナイルSFの匂いがする。主人公が何度も困難に遭いながら、少しずつ大人としての理解をしていく過程を描くものがジュブナイルだ。物語の前半は、まさしくハインラインの「宇宙の戦士」のリコと同じだ。教育担当の軍曹もしっかり登場する。
後半は、主人公のテーマが異文化をもつ人たちとの交渉であり、自分の経験値では推し量れないものとの共存を学ぶステージとなる。これも、アメリカSFではよくあるパターンで西欧文明とアジア文明の衝突と理解のような形で語られることが多い。その類型が、未知との遭遇的ファーストコンタクト、人類と非人類知性体の接触と理解になる。簡単に言えばナイフとフォークの文化で育ったものが、箸の文化に出会ってびっくりということだ。その後、箸使いが上手くなるものもいれば、箸は文化的ではないと拒絶するものもいる。

この作品では、前半はひとりよがりな選民意識に凝り固まった主人公が、世界の見聞を広め、後半では「人」の多様性とそれに対する共感を得るまでを描く典型的なジュブナイルだ。銀河に広がった人類社会も、恒星間航行を可能にする技術も背景としてしか描かれない。作者にとって宇宙や物理世界はどうでも良いのだ。差し迫った人類に対する脅威も存在しない以上、スペースオペラにはならない。ただただ主人公の権力闘争の中での変化を連ねていく。
まさにアメリカSFの本道だろう。

余談だが、こうした少年主人公の成長の物語が日本で語られるのはTVアニメが多い。そしてTVアニメ特有の事情で(放映打ち切り、放映中の方針変更など)、成長の途中で放り出されて物語が終わることも多いのがよろしくない。機動戦士ガンダムはその典型例で、アムロたちは成長途中でほうりだされ、その後の続編でようやく大人になっていることが語られた。(物語としては片手落ちだったと今でも思う)
もっとひどいのがエヴァンゲリオンのシンジくんで、彼は世界ごと放逐された。かわいそうに。
まあ、このアニメ界におけるジュブナイルの酷い扱われようは作り手の欠陥だと思う。そのうち、もう少し真っ当な感性の持ち主たちが「正統ジュブナイル作品」を作り出してくれることの望みたい。

旅をする

クリスマスイブなんて嫌いだ という人のために サッポロミュンヘン市

ボッチクリスマスという言葉の毒

今年もまたやってくるクリスマスイブ。なぜか聖夜はカップルでという、愚かな信仰というか習慣ができたのはいつの頃だろう。聖夜とは正しく家族とともに神に祈りを捧げる火であるはずなのに。なぜか家族を放り出した逃亡者が、二人で過ごす夜になっている。昭和30年代には、たった十数年前まで「鬼畜米英」などと新聞に書かれていた外国の習慣を受け入れ、夜の繁華街で馬鹿騒ぎする風景がニュースに登場していた。おそらくここ50年くらいの風習だろう。
そして、逃亡者二人になれない独り者をボッチと呼ぶ習慣が生まれたのは、この10年くらいだろうか。クリスマスの差別の度合いは進行しているのだ。

この写真は11月末のもの

そんなボッチを救済してくれるイベントが北国にある。
札幌で冬のお祭りといえば雪まつりと言いたいところだが、実は11月からクリスマスにかけて行われる「ミュンヘン市」は、なかなか綺麗で楽しい。

11月はまだ雪が少ないので、この時期の方が見物に行くのは向いている。12月の後半、クリスマスが近づく頃には雪が積もり、地面がツルツルになるので、地元民以外は相当足下に気を付けることになる。

ボッチのどこが悪い

夜になると会場内はライトアップされ、イルミネーションで幻想的と言いたいくらいな美しさになるが、これまた地元民は寒さのためかあまり出没しない。観光客が震えながら?写真を撮っているのが目立つくらいだ。
それでも、多少なりとも雪が降り地面が白くなれば、地元民喪主ツボうつを始める。
12月に入れば、ローカルニュースでデートスポット扱いになり紹介されるのは、全国各地のライトアップ観光地と同じだが、雪のある梨が「絵」の出来を変えてしまうのが、札幌らしいといえばらしい。

会場では、この寒さにもかかわらず屋台や立ち飲みができる広場(テント)もあり、クリスマスイブは随分にぎやかになるだろうけれど、おそらく地元民カップルはちょっと歩き回るだけで、すぐいなくなるはずだ。(デートと言うには寒すぎる。北海道民は屋外の寒さには決して強くない)だから、綺麗なイルミネーションを一人でゆっくり見ながらの寒中散歩は、意外と充実する可能性が高い。(と思う)どこかの暖かいレストランなどで周りのカップルを眺めるよりはよほど良さそうだ。
夜の一人散歩は、寒さが身に染みるが・それもまたボッチの醍醐味だと言い張ろう。

ミュンヘン市のサイトにあるマグカップの写真をリンク

毎年絵柄が変わる「イヤーマグカップ」を集めるのが、実は密かな楽しみなのだが、なぜか去年だけは早々と売り切れてしまい手に入れられなかった。会場では過去のマグカップ(売れ残りなのだろうけれど)も売っているので、淡い期待を持って買いに行ったが、2018年版は売っていない。
やはり毎年、開幕時期にちゃんと現地に行って買い付けなければならないのだな。

ミュンヘン市のサイトは下に↓

https://white-illumination.jp/munich/

食べ物レポート

ピザの食べ歩き ジャンク編

もともとピザというものは(と少し大げさに言いたい)、貧乏なイタリア南部で生まれた食べ物で、だから小麦粉の生地に、トマトのソースで、チーズをかけて焼いたものという、最低限の食材で作られたものだ。まさしく貧乏人の食べ物と言うしかない。その頃イタリア北部は金持ちだったので、肉や魚をたっぷり使ったイタリア料理が完成していた。それが王族の婚姻のためフランスに伝わってフランス料理の原型となった。
つまりピザとはヨーロッパの宮廷料理からはるかに取り残された貧乏庶民の食べ物だった。その後、貧乏人の食べ物が多少金持ち風にアレンジされて、トッピングに肉や魚が乗るようになった。日本的に言えば最初は素うどんやかけそばの類の食べ物で、後になって上に天ぷらや揚げなど色々と乗るようになっただけのことだ。そんな貧乏人の食べ物をありがたがって高級食品に仕立て上げるのは、日本人の悪い癖だと思う。
そもそも高級蕎麦など、語義矛盾と言いたいくらいだし、ピザの高級専門店などと言われると、「立ち食い蕎麦の高級店みたいなものって何かおかしくないですか?」と言いたくなる。ピザ(ピッツァ)なんて、昔っからジャンクフードだったんだと。だから「マルゲリータ」をありがたがって食べてもね・・・、とへそ曲がりなことを思うのだ。

ヨークマートのパン屋の照り焼きチキンピザ

こうした想いから、スーパーのパン屋(インストアベーカリー)でピザが売っていると、うんうん、これが本物的なピッツァだなどと言っているのだが、実はピザとパンは生地が違う。脂や砂糖や牛乳を使い仕立てたのがパン生地でリッチな生地という。逆にピザの生地は貧乏人御用達だったから、小麦と塩とイーストのみ、リーンな生地。(リーンは薄いという意味、リッチの反対語なので貧乏な生地と言えば良いか?)
だからスーパーのピザはピザ専用生地を作っていない限り(ほぼ作っていないはず)パンの生地を流用するからリッチな生地のピザになる。つまり生地が甘くて柔らかくなる。リッチな生地の場合は、マルゲリータのようなストイックさが必要ないので、甘味たっぷりのソースや脂たっぷりの肉をトッピングにするとよく合う。

ロピアのテイクアウトピザ ポテトベーコン

結論として、パン屋のピザは照り焼きチキンがおすすめだ。マヨネーズ味もトマトソースより合うはずだ。ただし、見た目は照り焼きの茶色が前面に出た、なんともビジュアル的とは言えないピザになるが、味はとても日本人好みになる。宅配ピザチェーンでも、売れ筋ピザが日本的なトッピングやソースになるのは、生地がリッチになっているからだ。
ヨークマートのピザは20cm程度の大きさで480円、一人前としてはお手軽価格だ。

これも見た目はイマイチだが。ヒョかの分かれ目はポテトサラダの好き嫌いかもしれない。

スーパーでテイクアウト用のピザはだいたい25ー26cmサイズで千円を切るぐらいの値付けが多い。ところが、近くに開店したロピアでは、なんと500円という破格値だったが、一番売れていたのがポテトサラダが乗ったピザだった。これも惣菜パンの一種だと思えば納得だが、それにしても500円というのはすごい値段だ。本場アメリカではスーパーで売っているピザは40cmサイズで一枚千円ぐらいなので、日本のピザもそれに追いついてきたということかと思いながら食べていた。イタリア人が見たら気絶しそうなピザだが、それなりにポテトサラダのマヨネーズ味が良い。
開店特別売り出し価格と思っていたら、オープンセールの後でも590円で売っていた。ほか弁の焼き肉弁当と同じくらいの値段だ。

ああ、これはピザの新時代が来たのかもしれないと、ひとりで感動していた。

旅をする

城を旅する  郡上八幡城は山の上

郡上八幡の町は、高速道路のインターからすぐそばにある。というよりもあまりの山間地なので、街の隣にインターを作るしかなかったのだろう。インターから降りて国道沿いに街に入ると途端に対向車線のない道路になる。あちこちに道路の脇が広がっていて、そこで対向車をやり過ごす。昔ながらの街並みを残しているところでは、こうした交通のブラックホールが残っている。
そして、郡上八幡城の下にある駐車場まできてみたら、ほぼ満車。だが、なんと城の下にある駐車場が空いているというので進入した。これがまさかの歩行者と共用の一車線で、カーブを切るときには切り返しが必要なほどの山道。その曲がるところに歩行者が車を避けていると、まったく進めなくなる。ちょっと大きな車では通行するのも難しいなと思うが、そこをなんとか10分以上かけて山頂近くまで登り切った。休日だったこともあり、人と車でごった返す山頂駐車場で一息つく。これは歩いて登るのもしんどいが、車で登るのも神経的に厳しいものがある。

平日だあれば空いているかもしれない山頂駐車場

駐車場から歩いて10分程度でお城につくのだが、これがまずまずの坂道で、山城登城のしんどさを再確認。

石垣は野面積みなので戦国前期以前の築城だろう。

お城に上がる道もクネクネ通り曲がっているし、アップダウンすらあるから、確かに攻城対策は万全だっただろう。


天守閣は小ぶりだが、山頂に立つので流麗とでもいうべきか。

郡上八幡城 天守

ここから見下ろす郡上八幡の町は眼下に広がるが、木曽の河川を使った交流の元締めみたいな場所なので、さぞ昔は商売繁盛だったのだろう。しかし、毎日ここに登ってくるサムライ官僚たちはさぞかし大変だったと同情する。

郡上八幡の夏はとても暑いので、夏の登城登山は避ける方が良さそうだ。