街を歩く

グズ政策の象徴・・・ですかね

緊急事態延長を受け、終日休業の張り紙が書き換えられていた。去年の今頃は色々と論議を読んでいた「エアロゾル感染」なる怪しい言葉も新語として定着したようだ。空気感染(マスクは役に立たない)と飛沫感染(マスクで防御効果あり)の中間形態で、飛沫よりも微粒な状態でウイルスが存在し空中をただよう浮遊物=エアロゾルという定義のようだ。対策としてはマスクよりも、換気の方が重要らしい。そうなると、換気基準の設定がコロナ対策の中心になるはずだが、その対策案が全く出てこない。政府案では11月に酒販売基準を緩めるようだが、対策専門家たちはそれに反対している。代案なき反対、という典型例だ。
うーん、どちらも理論的根拠を示さない「気分」で話すのはもうやめてくれないかな。確か去年の今頃には、ワクチン接種拡大による集団免疫獲得みたいな話をしていた「専門家を称する人々」がたくさんいたはずだ。その「専門家を名乗る輩」が今は全く違うことを言い始めている気がする。オオカミ少年化するのは政府だけに限らないようだ。そもそも少年と言える年代ではなく、「おおかみじじい」ばかりだ。

元西武百貨店所沢店、現在は所沢SCの一階はフードコートとベーカリー、菓子販売というちょっと変わったテナント構成をしている。所沢駅改良工事とともに、駅から歩行者通路が伸びて駅と二階が直結することになった。つまり、客動線で言えば、二階が一階相当になり、地上一階は地下扱いとなる。その駅に近い地上入り口というちょっと微妙な場所にクラフトビールの専門店があり、これが穴場というかお気に入りの場所だった。フレーバー違いのビールをちびちび飲むカウンター主体の飲み屋で、テーブル席は3−4卓くらいという小ぶりのお店だ。そこが、現在は完全クローズ、それも店内通路に面しているので囲いの壁も作れないのか、何やら悲しいラッピング状態になっていた。クラフトビールの店で、酒なし営業は無理だろうなと思う。それにしても痛ましい姿だ。
また、本当の地下階には酒類販売コーナーがあり、日本酒とワインの品揃えはなかなかのものだ。その日本酒売り場の片隅に、このクラフトビールの店と合わせているのか、カウンターだけの日本酒バーがある。現在は「酒なし」で「つまみだけ」が食べられるという、これもまた悲しい営業をしていた。

そもそも一律に酒販売を禁止するのがおかしいと思っている。たとえば、孤食で一人で来店して、黙食で会話もしない客に酒を販売することの是非を論じていないではないか。このようなカウンター形式の酒提供は例外にすることもできるはずではないか。
四人以上の会食と二人、三人での会食の危険度の違いはどこにあるかの明確な説明を聞いたことがない。(どこかの政府文書の隅に埋もれていて、知らないだけかもしれない)
この「そもそも論」からして、政府感染対策のダメっぷりが証明されていると思う。こんなモヤモヤしたダメダメ対策しかできなかった政府、その代表の首相が実質的なクビになるのは当たり前だろう。官邸にこもっていないで、マスクを3重にかけてでも、街の中を見て回ればよかったのだろうが。
実行力があると自画自賛していたが(賛美者が褒めていたが)、行動力もなく現地視察にでかけて状況分析もできず、実行力とは笑わせてくれる。個人的には、戦後最大のお笑い政権だったと思うがなあ。校長が卒業式で式辞を1ページ飛ばしたら、普通に処分されると思うぞ。

本日は、「怒り」発散モードの政治ネタです。すみません。

食べ物レポート

食文化としての回転寿司の変容

回転寿司の話を続ける。うまいまずいという感想文ではなく、食文化、外食産業の今後みたいな、ちょっと真面目な「論考」のつもりで整理してみた。すしの写真を撮るとブランド名が映り込む。某回転寿司チェーンとは書けないので、実名表記になる(笑)。写真にぼかしを入れるという手段もあるが、それでは別の意味でフードポルノ(笑)だし・・・。

これぞ回転寿司の原風景 ただし、ネタは魚だという時代は遠い昔

繁華街での高速回転型商売であった回転寿司が、郊外型ロードサイド展開で急成長したのはバブル崩壊の平成後期だった。要因は色々とあるが、極めて単純にいうと「何でもありのファミレス」から「一芸に秀でた専門店」に客が流出したことだと思う。バブル崩壊の前半では、居酒屋がファミレス化した。郊外型居酒屋の出店が目立ったが、それも飲酒運転撲滅の道交法改正であっという間にとどめを打たれた。ファミレスキラーとして一大勢力化したのが、牛角に代表される低価格焼肉屋と、一皿100円というワンプライス戦略を取った低価格回転寿司だった。
同時期に高級ネタを提供する複層価格帯(100円皿、200円皿、300円皿など皿の枚数と支払い価格の関係が面倒くさい)回転寿司は次第に劣勢になっていった。回転寿司王国とでもいうべき、北海道や北陸以外では、大都市圏を中心に高級回転寿司はほぼ駆逐されたと言える。ちなみに、北海道や北陸では、逆に100円寿司が負け組で、高級回転寿司が市場独占している。類推するにネタの質問代が絡んでいる。うまい魚が安くて豊富という地方特性なのだろう。逆に海なし県では100円逗子が圧勝している。
ワンプライス回転寿司での勝ち残り組は、関西発のくら寿司とスシロー、関東ではかっぱ寿司とはま寿司になる。ただ、かっぱ寿司は上位組から脱落しつつある。100円回転寿司の勝因は、まず第一に皿枚数=支払額というワンプライスの分かり易さだろう。ただ、そこに頼り切るのではなく商品の多様化というマーチャンダイジング、タッチパネルによるバイオーダー(注文したら出来立てが来る)体制構築でロス削減、人員効率化などある意味技術革新の連続で経営効率を改善し続けた結果だ。結果的に、今の回転寿司では寿司はほとんど回転していない。
だから、その経営革新、運営技術改善について来れない(経営的に変化が遅い、あるいは技術革新に対応する投資が出来ない)チェーンから競争脱落してM&A対象になった。すでに回転寿司を新規開店するための設備投資は大きく膨れ上がり、経営体力のない企業では参画できないレベルになっている。そして、大手3社の競争も出店攻勢が一段落しているため、既存店の競り合いという構造に変化した。陣取り合戦から攻城戦に変わったということだ。ゼロサム競争の中に新規参入は余計難しくなっている。

厚切り鮑 300円 高級皿だ

その攻城戦の主たる戦略が、まずは寿司ネタの拡大、魚がのっていない寿司の開発で、典型はコーンの軍艦巻。その後、ハンバーグや焼肉が乗った寿司が定番になっていった。これは回転寿司がファミレス化したため客層が子供、大人、高齢者と複層化していったことへの対応だろう。魚を乗せない寿司は(鮨とは言えないので寿司と書く)、減価率低減に貢献したはずだ。軍艦巻きの上に乗るマヨコーンの原価とマグロの原価を考えれば一目瞭然だ。おまけに、マヨコーンの方が(多分)大量に売れているはずだ。
攻城戦戦略の二番目は、デザートの拡充と麺類の投入で、これはメニューバラエティーの拡大というより高単価商品の導入(例えば200円デザートや380円ラーメンなど)にあったはずだ。買い上げ点数(皿数)を増やす作戦であり、それも寿司の100円皿ではなくラーメン380円という定番皿よりおよそ4倍も高いものを売り出すことだ。
すし屋でラーメンと聞くと、まさに冒険的メニューというしかない。しかし、麺類展開作戦としてまずはかけうどん、かけそばを投入し、それに天ぷらを乗せ、最終的にラーメンを投入するという、それなりに手順を踏んだ作戦だった(と記憶している)。ただ、仁義なき戦い(笑)継続中の回転寿司御三家は、どこかが何かを導入して成功らしいと気がつくと、おおよそ3ヶ月もすると三者とも同じメニューが揃い踏みするという対応の速さだ。それはそれで商品開発力があることを意味する。コピー商品とはいえ、1000店近い規模の店舗網に新商品を即時投入するのは、相当な力技だ。それができる体力がある外食企業は少ない。
なので、今や回転寿司のラーメンはキャンペーン対応を含め定番化しているし、デザートの更なる高価格化も進んでいる。(400円台のパフェは当たり前の時代になった)
そして、攻城戦略の第三弾と言って良いのか疑問はあるが、今や当然の如く、高価格寿司皿投入が行われている。ラーメンで外堀を埋めて、客の価格意識を変えたあと、100円ワンプライスの建前を捨てる。用意周到なのか、流れのままにその場しのぎの対応をした結果なのか、ちょっと微妙ではあるが。
ここ一年はコロナ感染の影響もあり、3社とも高価格商品のキャンペーン投入(限定時期提供)が主流になった。ウニ・アワビ・本鮪など100円皿では提供不可能だったネタが次々投入されている。おそらく1年以内には一皿500円が定着するだろうと思う。もはや回転寿司は千円札一枚で満腹になる低価格需要対応業態ではなく、うまいけど高いというアッパー業態へ変化しつつある。

生だこ 100円 煮だこは150円というのが不思議

ただアッパー価格志向のキャンペーンを行いながら、これまでと同じように、ワンプライス回転寿司のDNAというか、100円にこだわる部分も残っているようで、生だこは100円皿だ。一般的に100円で提供されているタコは煮ダコだったはずだが、最近の世界的なタコ不足のためか、普通の煮ダコは150円皿になっていた。真ダコと水ダコのような、似ているが違う原材料の使用は、100円キープのために重要だろう。イカもマイカ資源が急減少しているため、安価な定番ネタから高価な季節ネタに変わる可能性がある。青魚で言えば「秋刀魚」は漁獲量が減りすぎ、最近資源が拡大している「イワシ」にシフトするだろう。鯛やハマチなどの養殖魚はコロナ感染の影響を受け、価格が変動しているようだから、この先の目玉商品化する可能性がある。安定大量買い付けは、いつの夜でも価格破壊の要因になる。

カニ味噌 100円  これぞ回転寿司の工夫だろう

この蟹味噌の軍艦巻きも、涙ながらの工夫だといつも思う。ウニやイクラなどの原価の高い商品を100円皿で売るために編み出された、キュウリをスペーサーに使用するという苦肉の作戦だったはずが、蟹味噌程度でも使われるのは原価調整の最たるものだろう。ただ、蟹味噌は味が濃いので、こんなふうに一巻あたりの量を減らしたほうが味のバランスがよくなるとは思う。個人的にはキュウリはいらないが、それは人それぞれ。

高級ネタのウニトリオ うまいが100円寿司の掟破りかも

ウニの三貫セットで480円という売り方も、一皿500円突破のための実験だろうと読んでいる。それも同じものを三貫のせるのではなく、ベースのウニ寿司は同一で、トッピングによる変化を打ち出す。そして、トッピングしたウニ寿司の単品販売はしないので、3個の合計価格の計算ができない仕組みにする。実にエレガントなマーケティング戦術だと感心した。いや、業界の常識としては「感嘆」するべき優秀作だろう。
同時期に本鮪だけ8個乗せた大皿が980円で、これも席に着くと従業員が本日のおすすめとセールストーク。商人(あきんど)精神が復活したらしい。

もはや回転寿司は生まれた当初のビジネスモデルとは全く異なっている。そして、現在の外食産業では、回転寿司が技術革新を含め最先端のビジネスモデルに進化している。寿司を安く、早く提供するという事業から遠く離れ、テイクアウトも含めた事業領域拡大に爆走中というところだろう。また、DX、デジタル武装も業界を上げて進めているので(お互いに切磋琢磨というより競合のデジタル競争に引きずられてということか)、もはや斜陽産業化しているファミレス業態との差はますます開くような気がする。
回転寿司から新しい業態に進化するのか、あるいはスピンアウトして似て非なるコンセプトが生まれるのか、なかなか楽しみな業界なのだ。ただ、外食産業のメインストリーム、主流業態に躍り出た回転寿司が新しい外食文化を牽引することは間違いないだろう。

おまけとして個人的な感想だが、ここ数年でシャリ玉(にぎりのコメ部分)が小さくなっている気がする。シャリ玉とネタの重量比は鮨屋の重要ノウハウだろうと思うのだが、全体に小ぶり化して原価削減という気もするし、寿司が小さくなれば10皿ではなく11皿食べるという買い上げ点数拡大にもなるのだよね・・・。気のせいだろうか。それでも回転寿司は大ファンだけど。

食べ物レポート

100円均一回転寿司の変質

くら寿司、スシロー、はま寿司が回転寿司界の三強だと思っているが、これにかっぱ寿司を加えて100円回転寿司の市場を考えると、中小チェーンを含め年商5000億円は超えるのだろう。回転寿司はもはやファミレスを超える外食産業の一大部門であることは間違いない。ちなみにマクドナルドとKFCとモスバーガーを合わせるとそれに近い規模になる。アフターコロナでは回転寿司とファストフードが勝ち組になったので、ますますこの二つのカテゴリーが強くなっていく。
個人的には、昔からアイデア全開のスシローが好みだが、くら寿司も時々自分たちが寿司屋であることを忘れたようなぶっ飛び商品を出すので観察対象として要注意だ。そうした大手回転寿司屋が夏の需要期のキャンペンを終え、9月から秋キャンを開始している。スシローは何と「ウニ推し」を始めたので週末明けの平日を選んで行ってみた。結果は、お目当てのウニが入荷待ちというか選択的販売に変わっていて、気分的にはちょとやられたなあ感なのだ。もっとはっきり言えば、騙されちまったぜという気分というか。
まあ、お目玉商品の売り切れごめんは仕方がない。それはいいのだ。ただ、関連商品の売り方が、ファミコンソフトの抱き合わせ販売(これもネタとしては古くなりすぎだが)みたいな気がする。抱き合わせ販売は公取の規制も入ったご法度手法なのだが、飲食業界的にはまだまだ変形抱き合わせ手法が生き残っているのだ。

ウニ3種盛り 480円税別

写真手前にあるのがプレーンなウニのすしで、これが100円税別というのが今回のお目当て商品。だが入荷待ち、つまり販売していない。ところがタッチパネルをぽちぽち押してメニューを確かめていたら、ウニの上にトッピングが乗った3種盛りは売っている。ウニ一巻が100円だから、トッピング代が二巻分で180円ということか。そもそもウニ単品が売っていなのに・・・というモヤモヤ感が強い。
やれやれだな、と思いつつ食べてみた結果だが、やはりウニ単品が好みという個人的な結論になった。食い物屋がモヤモヤ感を提供してもねえ、と言いたい。ただ、100円でウニを食べるというのは原価割れどころか赤字商品だろうとも思うので、大きく文句を言うつもりはない。しかし、ちょっとだけ文句を言いたいのだ。何にも言わずにウニを3種盛り限定で売れば良いのではないかと思いますよ。この値段でウニを売るのがすごいのは間違いない。

すじこ 一個150円なり

鮨屋の人気者はいくらだろうと言われると、そうですねと答える。ただ、個人的な嗜好では筋子なんだよね、と言いたい。回転寿司ではあまり見かけないネタだ。北海道のタチの鮨屋ではよく見かける。いくらよりもしょっぱいが味のねっとり感は強い。個人的にはうまい鮨でお気に入りだからスシローでも定番にして欲しいと思う。
ただ、一皿二個乗り、均一100円という低価格回転寿司からすると、一個売りで150円とは3倍高いネタということになる。色々と理由があるのだろうが、これまでやってきた、ネタにソースやトッピングを載せてバリエーションを出すという手法では、100円均一を守りきれない状況になったのだろう。イカの明太乗せとか、タコのしそジュレソースとか炙りアジの生姜だれみたいな手法が通じなくなったようだ。
それでも、定番は一皿100円から離れた値付けはしたくないので、一個150円というのが苦肉の策で対応していると勝手に思っている。昔からの繁華街にある回転寿司では皿の種類が10種類近くもあり、皿と枚数では計算が難しい。この売り方は何だか不便だなあと思っていたが、大手回転寿司もその世界に入り込んできたみたいだ。
チェーン店理論で言えば、これは業界的には末期で、またワンプライスの価格破壊者が出てくる前段状態になったとも言える。アフターコロナで、最強生き残りグループの回転寿司を超える新業態が生まれるのかどうか興味津々だ。

回転寿司大手ではすっか英主力商品化したラーメンなどの麺類だが、これも色々と問題は抱えている気がする。一番の課題は厨房から出たての商品が届くはずなのに、スープがぬるいという温度問題だ。これは純然とオペレーションを調整すべきだろう。スシローは回転レーンに乗ってやってくる。くら寿司は従業員が持ってくる。(今はコロナのせいで変わったかもしれないので後日確認しよう)
ただし、くら寿司のラーメンはスシローより100円以上高いので、その辺りが微妙なのだ。それで今回の一番のびっくりは、「魚介だしの北海道味噌ラーメン」。魚介だしのスープは印象が薄い。びっくりの原因はトッピングで、何とフライドポテトと筋子とホタテフライがトッピングされている。赤い筋子の見た目で、最初はチャーシューだと思ったのだが、食べたらしっかり筋子だったので、超びっくりだ。フライドポテトは炭水化物に炭水化物という、コテコテ系の合わせ技だし。
これと同じ作り方、トッピングでラーメン専門店が作ってくれたら・・・と想像してみた。何だかものすごく美味しいものになるような気がする。スシロー傘下でラーメンチェーン作ってくれないかなあ、などと寿司とは全く関係ないことに感動した。

回転寿司が、「すし」産業からどんどん離れていっているのは、外食産業として進化と呼ぶべきだろう。ただし、すしやとしては変質だ。たちの鮨屋が、鮨屋が発祥した東の地平線にあるとすれば、回転寿司は西の地平線の方へ全力疾走している感じがする。もうすぐ、すし世界の地平線を超えた新天地に行くつもりなのだろうか。味噌ラーメンのスープに沈んだコーンを摘んで食べながら、そんなことを考えてみた。

食べ物レポート

低価格スーパーの惣菜 あれこれ考える

埼玉県飯能市に開いたスーパーヤオコーの低価格業態実験店フーコットを再訪してきた。前回行った時に気になっていた惣菜コーナーをもう少し見てみようという意図がある。別に惣菜評論家でもないから、文句をつけに行ったわけではない。最近大流行のsnsデマ流しになるつもりもない。
ここ数年間、スーパーの惣菜売り場が進化を続けていると思う。2年前までの流行りといえば、大皿に盛り付けた色とりどりの惣菜をビュッフェスタイルで取り分けるというものだった。米国流の惣菜進化を取り入れたものだというのが自分の理解だった。それまでのパック商材とは異なり華やかさと豪華さがある。レストランとも対抗できる品質と品揃えが浸透していた。
ところが、昨年来のコロナ感染拡大の中、コロナ対策として全商品がパック詰めされるようになり惣菜売り場は実に無味乾燥なものに逆戻りした。おそらく、もう数年間はこのパック詰め商品の時代が続くだろう。そうなると、パッケージの改良、陳列台の工夫、提供商品の見栄えなど、新しい突破口を探る実験が必要になる。高価格帯スーパーでは比較的挑戦しやすい課題だが、低価格帯店舗ではそれをどう対応するかによって、業績が左右されるくらいの重要性があるのではと思った。

という論点で、比較対象商品として追跡しているのが焼成済みピザとコロッケだ。ピザはMサイズ 25cm程度、500円前後での販売が多い。コロッケは大別して一個50円で売る店と100円の店に分かれる。コロッケは食べ比べてみてわかるが、値段が高い方がうまいとは限らない。というより、かかくによる味の差はほとんどない。
目玉商品として価格を下げるが、コロッケでは儲からないと割り切って売るか、原価計算に合わせかつ、値ごろ感にあわせて100円で売るかという、戦術的な違いだろうと推測しているのだが。ちなみに肉屋のコロッケ的な惣菜店では、値段に応じた味の差が存在するので、このコロッケ価格法則はスーパーの価格哲学みたいなことを推し量る目安にしている。
安売りスーパーの王者オーケーでは600円で売られていた照り焼きチキンピザが、この店では550円だから、やはり「価格を下げる気合い」がはっきりと見えている。ヤオコー本体よりも安いのは間違いない。ちなみに埼玉県中心のマミーマートも同じような値段だが、頼めば焼き立てを売ってくれるという「付加サービス」がある。たかがピザ、されどピザという感じだ。

今回の発見は鳥の半身揚げだった。鳥半身の唐揚げというものはあまり広まっている惣菜とは言えない気がするが、その価格が破壊的だった。だいたい鶏肉の半身相当の重量で唐揚げやグリルチキンなどを買う時に、1000円前後の値付けが多い。お値段高めと評価される典型的な米国発フライドチキンチェーンでは5個がほぼ半身分に当たるが、1200円程度なので、この499円という価格設定はすごい。ちなみに、北海道札幌周辺では鳥の半身揚げの専門店が多くあり、そこでも半身の価格は1000〜1200円程度だ。埼玉と北海道の物価格差を合わせると、この500円を切る値付けはすごいことだ。この半身揚げの周りには鳥の唐揚げも2種類が山盛りになっていたので、半身上げが一推しということではないだろう。おそらく実験商品という位置づけではないか。

実際に食べてみると、ブロイラーの素揚げなので肉は柔らかい。表面に塩と胡椒その他で味付けはされている。肉の裏面に火通りのための筋を切った跡は見当たらないので、筋切りの前工程はなしでゴロンと半身をそのまま揚げたということらしい。個人的な感想では、普通にうまい、だった。自分の家にある調味料を適当につけて食べればもっと味変が楽しめる、そういう素直な味付けだ。この低価格で辛いとか甘いとかの変化、バリエーションで複数フレーバーを販売する必要はない。だからシンプルな味付けで良いと理解した。低価格店での惣菜は廃棄ロスを考えると、品種の絞り込みは必須条件で、通常の食品スーパーのような多品種展開は不要だと思う。

などなどとちょっとだけプロ意識を働かせながら、あれこれ考えてみたが、最後は自家製越年三升漬け(タバスコソースより辛くなり過ぎてしまったもの)をつけて、ビールごくごくしながら食べた鶏の素揚げは、いとましでありました。有名フライドチキンにまけないうまさでございます。

面白コンテンツ

ゲームで学ぶ歴史

コロナで半強制的ステイホームを強いられ、家ごもりした一年半、せめて大量に読書にいそしもう、などと思っていたが、結果的には予想の半分以下の読書量でしかない。知的水準が落ちている、加齢による集中力の低下、視力の減退など色々と言い訳してみるが、学生時代と比べると読書力(読む速度)は1/5程度に落ちていることがわかった。自分を使った実証実験で検証されたのは、引退したら溜め込んだ本を片っ端読むぞ、というのは全く無理ということだ。読む気力が足りなすぎる。残りの人生で溜め込んだ本を読み切ることができるとは到底思えなくなった。

その読書力の低下を補った(?)のが、「アサシンクリード」というゲームで、15年近く放置していたゲームを取り出し、暇つぶしに始めたらドボンとハマってしまった。いわゆるアクションゲームなのでちょっとだけやって苦手だと放置していたのだが、下手くそでも時間をかければなんとかなると自分に言い聞かせ、延々と続けてしまった。結局シリーズをほぼ全巻制覇(11作)したことになる。第1作は設定が中世十字軍の時代で、中東の都市の覇権を握るため、「アサシン教団」と「十字軍騎士団」が争うというもの。ゲームをやるうちに中世の中東世界が気になり歴史のお勉強を始めてしまった。中東世界はなかなか面白い。
2作目以降は舞台がルネサンスのイタリアと地中海世界、滅亡間近のビザンツ帝国とオスマン朝トルコ、大海洋時代の北米カリブ海の海賊、アメリカ独立戦争前の北米植民地、フランス革命のパリ、産業革命期のロンドンとほぼ10世紀にわたるゲーム世界を、ゲームをやりながら歴史のお勉強をする羽目になった。基本的には人類史の裏側でアサシン教団と十字軍騎士団が争い続けているというストーリーがベースとなっている。
それに合わせて、歴史的人物があれこれ登場してくるが、その人物設定を確かめるのが楽しみになった。10年以上続くシリーズであり世界的に人気があったゲームなので、ゲーム機能の進化もさることながら歴史読み込みデータがすごいと思う。日本人にはあまり馴染みのないカリブの海賊以降の北米大陸近代史は、正直言って知識としてほぼ欠落していたので「とてもお勉強」した気がする。
近作はプトレマイオス朝末期のエジプト、つまりクレオパトラの時代でシーザーによりローマ支配が確立する頃の話「オリジンズ」。その時代が、アサシン教団のルーツになっているという設定だった。その次の作品が、もう少し時代を遡りローマ帝国にエジプトを含む地中海世界が支配される前の時代の話になる。これが「オデッセイ」という作品になる。
当時の地中海はギリシア都市国家諸国とペルシアが抗争する世界だったが、その時代からすでに始まるアサシン教団の前駆者と十字軍騎士団の前駆者たちの争いがあったという構成だ。
つまりこのゲームシリーズの中では、ヘレニズム世界から近代ヨーロッパまでの欧州地中海世界の歴史が基本設定として使われている。それを学び直すきっかけとなったのだから、ゲームで遊んでばかりいたわけでもない(エヘンエヘン)。
日本史で考えれば縄文時代末期から明治の手前までに当たる長い期間だ。歴史の学び直し教材として考えれば相当厚みのあるものだろう。特に、北米植民地の独立戦争は、植民地対英本国の抗争と一言で片付けてしまうには、難しすぎる事象だったことも初めて理解した。欧州各国の世界戦略とそこに関わるキリスト教教団、新教と旧教の争いが絡み合う。そして、独立戦争前後の英仏間の駆け引きがフランス市民革命の引き金になったことも理解できた。ゲームを通じて歴史を学ぶのは、なかなか楽しいことだが、余暇時間というか暇つぶしがお勉強に変わり、自分の時間を強烈に持っていかれるのでそこが問題だなあ。ちなみにアサシンクリード諸作はシリーズを重ねるごとに、ゲーム内容のボリュームが増えるため、最近の作品ではやり切るまでに200時間くらいかかるのではないかと(下手くそすぎるためもある)思われるので、時間浪費注意な、遊ぶと危険というべき物であることに間違いはない。代価が歴史の学びということで、そこに妥協点を見つけられる方以外はお勧めできないかも・・・。

公式ホームページはこちら ↓
https://www.ubisoft.co.jp/ac-portal/

食べ物レポート

Takeoutで 日高屋飯

近くの日高屋でランチ時には500円弁当も売っているが、ちょっと遅めのランチで、庭飲みをしようと企み単品を注文してみた。ネットで注文できるということだが、実はネットのメニュー表には載っていないものが欲しくて、電話をして確認した上でわざわざお店まで買いに行った。このご時世にアナログなことをしているという自覚はあるが、これは「不要不急」の外出ではないので・・・と内心で言い訳する。
買ってきたものは「バクダン炒め」と「キムチチャーハン」の二品になる。おそらく電子レンジ対応容器だと思うが、お店から歩いて5分で自宅だし、そのまま食べるのでアツアツ状態だからレンジアップも不要だ。

「バクダン炒め」は、辛い野菜炒めというかキムチ入り野菜炒めというか、ともかくビールのお供としては最強だと思っている。いつもは遅めのランチとか早めの夕食でビールと合わせて頼む、個人的な日高屋絶対定番なのだが。現在は店内での酒類提供禁止なので、自宅の庭でビールと合わせて孤食宴会をすることにした。まあ、一人飲みも青空の下であれば気持ちが良いし、公園で群れて飲むわけではないので誰に迷惑をかけることもないと自己弁護しながらだ。ちなみに正確には飲んでいるのはビールではなく、発泡酒大手3社の新製品を比較しながらの試し飲み。好みとしてはサントリー製がよろしい感じがした。いつも店内で注文しているものより、肉が多い気がしたのは気のせいだろうか。キムチ肉野菜炒め、肉マシマシ的な感じがしたのだが。決して文句があるわけではありません。

そして、個人的日高屋絶対定番その2がキムチチャーハンだ。町中華で、ありそうであまり見かけないのが、この「キムチチャーハン」という食べ物だ。自宅で作ろうとしても、なかなか上手に作れない。飯がキムチのつゆに負けて、ベタっとしてしまいがちだ。
某グルメ小説で、チャーハンは酒の肴になるという一文を読んで以来、確かにチャーハンを肴にして酒を飲むことが増えた。チャーハンは店によって味付けが異なるが、濃いめの味付けの店のチャーハンであれば、酒の肴として完成度は高いと気がついた。問題は、ものすごく腹が膨れることで、正しいお作法としては複数名で中華小皿料理を2−3注文して、半チャーハンで締めながら酒を飲むという感じだと思う。だが、これを孤食でやるのはとても難しい。
それを一気に片付けるためには、キムチチャーハンとビールという組み合わせが良い、というのが当面の結論だ。まあ理屈っぽく言えば、最初の半皿は肴として食べ、残りの半分はラー油をかけたり酢をかけたりして味変した上で、「締めの飯」としてやっつけるという寸法なのだが。ただし、このやり方でも、食べ終わるとほぼこのまま横たわりたいと思うほど腹が一杯になる禁断の飲み方なので、あまり他人にはお勧めしない。ただし、今回は自宅の、猫の額ほどの庭での飲み会なので、飲み終われば3歩で「横たわる場所」に到達できる。問題なしだ。

政府が酒飲みを禁止するのであれば、それを掻い潜るように公園飲み・路上飲みする奴らが出現する。屋外バーベキューがブームになる。「官」と「民」の戦いなんて、人に知恵が生まれ群れて暮らすようになってから、連綿と繋がっていることだ。まあ、その辺りをもっともらしく反感を煽り、自分たちの商売に繋げようという悪徳メディアの自己中発言に付き合ってやる必要もないし・・・。黙って「裏をかいくぐれば良いのだ」と発泡酒 ◯むぎ などを飲みながら、人類の官民闘争史に思いを馳せる、高尚な一人飲みを楽しみました。キムチャーハンおそるべし、敬うべし、うまし。

街を歩く

あの延長にともなう痛みを「官」はまだ知らない

一店だけ営業中、それもすごいことだが

予想通りというか、緊急事態宣言が延長された。その対策の中身、有効性には疑問符がつくと、新聞各社はあれこれ文句をつけているが、一般的な市民感情とすれば、政府がまたなんか言っている程度の「ノイズ化」した情報だろう。やめると決めた首相とその内閣が実施する政策など、正真正銘のレームダック状態でしかない。ただ、その死に体化した政権の発令する行政施策が、まだまだ周りに迷惑を撒き散らすことも事実だろう。
9月6日に延長宣言が出た。解除予定日だった12日の6日前ということは、これまでの宣言延長よりだいぶマシにはなった。営業を再開しようとすると、仕入れや従業員のシフト組みなどの準備作業が必要なのに、解除2日前みたいなタイミングで延長を決めてきた「おバカ政府」が、多少なりとも学習したということだ。注文した原材料を宣言延長で使わずに廃棄ということは(全てではないにしても)避けられただろう。シフト調整はギリギリというか、全壊は避けられたレベルという感じだろうか。

一方的に「悪者」扱いされている飲食業界だが、政府の対策検討に「犠牲者」「被害者」たる飲食業界関係者がいないのか、いても発言を無視されているのか。あるいは業界関係者のくせに政府に媚を売って迎合しているか(このケースは最悪だな)。コロナ対策予算を30兆円も未使用で繰り越したにも関わらず、業界規模20兆円程度の外食産業、飲食業への支援策が不十分だから、自粛要請破りが出現するのも当たり前だ。法による統治ではなく、「お上」の意向に沿う形で空気読めよ的なお願いをするだけの政府など倒れて当然だと思う。

居酒屋がテナントの大半を占める新宿の商業ビルの店内案内に貼られた「休業中」の札を見て、なんともいえない気分になった。海の向こうではイスラームの国が倒れた。政府のバカさが民衆を暴力革命に向かわせたという現実だが、この国も政府のバカさ加減では引けを取らないのではないか。
一方では不十分な補償金で特定業種をいじめ、他方では国のメンツなどと言って、国際大運動会を強行し、同時期に感染拡大しても運動会のせいではないと言い張る。結果的に、「迷言」「妄言」の大連発、大放出で国民を楽しませてくれた。まあ、これを誉めて良いのか、自国の政治屋の馬鹿さ加減を嘆くべきなのか。
そして、おバカ政治屋の元締め、首相は退陣というより馘首、クビという結果になった。おまけに誰もそれを残念がりはしない。政治屋のバカさっぷりもお笑いネタとしてはもうたくさんだ。

飲食業が10月から営業再開できることを祈るだけだなあ。

食べ物レポート

うまいらうめんの考察 たかはしふたたび

最近増えたきたような気がする「らうめん」というひらがな表記のラーメン店だが、言葉遊びだろうという理解をしている。ただ、その言葉遊びが、なんとも好ましい。ラーメンというカタカナ表記が「らうめん」というひらがな表記に変わることで、俺たち進化した一族なんだぞ的なラーメンニューウェーブというか、一段の高みに登ったものの気概みたいなものを感じる。(というのは、オヤジ的浪漫だな)

新宿に出かけた時に、いつもランチで迷うのが、「はやしやのオムライス」と「紀伊國屋地下ジンジンのナポリタン」、そして「たかはしのらー麺」だった。ジンジンは紀伊國屋ビル耐震強化工事のため閉店したようで、次からはオムライスとらー麺の二択になってしまうのがちょっと悲しい。

アゴだしラーメンを初めて食べたのは仙台で、おまけに仙台ラーメンではなく「山形のアゴだしラーメン」だった。仙台は東北の中心地なので(おそらく)、東北6県の名物店はだいたい仙台に出店しているようだ。まずは仙台進出、そしてそこを足がかりに東京進出という国盗り物語パターンみたいだ。だが、中には仙台で土着化してしまう店もある。東京進出より仙台での多店舗化が楽しくなってしまうケースだ。仙台で食べた山形ラーメンは、ぜひ東京進出して欲しいものだと思っているが、どうなることだろう。仙台土着化パターンになりそうな気配もする。調べてみたら仙台二号店が開いたようで、アフターコロナで東京進出してはこないだろう。新宿のたかはしも既に複数店展開している人気店なので、東京アゴだしらーめん対決なんていうのを楽しみにしたいものだが時間がかかりそうだ。

塩らー麺なのに濃厚な色のスープが特徴で、醤油ラーメンではないのが不思議

アゴだし塩らー麺は、自分の中ではすでに芸術品的評価になっている。ラーメンの完成形の一つであるとさえ思っている。別に完成の形が一つだとも思っていないが、数あるジャンルの中で(例えば豚骨味噌ラーメンとか、鶏白湯とかのラーメンサブジャンル)、やはり一段高い位置にある魚介だし部門のチャンピオン的存在ではある。
アゴ出汁の濃厚さと麺のバランスは、普通のラーメンの部品構成では難しいだろう。スープの主張がとても強いからだ。家庭で作るラーメンがうまくならないのは、スープと麺の温度管理が悪いせいだが(要は、下手くそなので)、一番悪いのははスープの濃さと麺の茹で加減がうまく行かないことだ。麺の湯切りと、スープを作る時のお湯の量、温度が関わっている。逆に言えば、この要所を上手に調整できないから家庭料理なのだ。プロの腕とは、この差を意味する。
そして、この店、たかはしのチャーシューやメンマも一般的な業務用のものとは明らかに異なる。この独自性の高いトッピングはすでに「料理」として高いレベルにある。家庭で真似をするのが、そもそも無理な世界だ。例えば、プロ仕様のチャーシューを作ろうとすれば、少なくとも五十人前、百人前と大量に生産する必要があるので、素人が手を出すと、そこから1ヶ月はチャーシュー漬けの日々になる。メンマに至っては、おそらく一年中、朝から晩までメンマを食べることになるだろう。
美味いラーメン屋、そして最近の成功している「らうめん」店では、麺とスープとトッピングの隅々まで調和を考えているというのがよくわかる。神は細部に宿るというのは「料理」の真髄だろう。ラーメンでもその世界に変わりはない。
たかはしでは、チャーシューが2種類と言うのも、ちょっと嬉しい工夫。厨房の中に、スライサーがあるので、店内手切りなのがわかる。これも大事な工夫だと思う。チャーシューはできるだけ頻繁にカットして、表面の劣化を防ぐのが望ましい。また、手切りではなく機械切りすることで、標準化によるブレの排除が「うまさ」を生む秘訣なのだよね。たかがラーメン、されどラーメン、うまさは本当に細部の工夫に宿るものだ。おまけに、この店の厨房の床がきれいなところが一番尊敬できる。

おまけだが、(個人的に言わせてもらうと)汚れた名店というのはあり得ない。店が汚いけど美味いというのは、表現として間違っていると思う。店が汚ければ、食べ物屋としてはすでに失格で、うまいまずいの評価をするに値しない。アフターコロナの要点でもあると思う。

街を歩く

和風牛丼の「和風」ってなに?

なか卯の和風牛丼 生姜増量乗せ(セルフ)

一年ぶりくらいで渋谷に行った。渋谷の隣の恵比寿にはこの一年で何度か行っていたが、渋谷の駅を降りたのは本当に久しぶりだった。あちこちで店がなくなっていたり、新しくできていたり、一年も経てばそれなりに街は変化するものだ。一番驚いたのは渋谷駅の東急百貨店東横店が工事のため閉鎖されていたこと。渋谷駅再開発も最終段階に入ったのだなと納得する。所用を済ませたあと、ちょっと腹が減ったと「孤独のグルメ」っぽい気分になり、飯屋を探し始めたのだが、1年ぶりの渋谷で「牛丼」も一年食べていないことに気がついた。

牛丼35歳定年説というのを業界の先輩に聞かされたことがある。どうやら「腹の具合」やら「加齢による嗜好の変化」やらで、35歳を境に牛丼を食べなくなる人が多いのだそうだ。我が身に当て嵌めても、まあ、納得できる理論だとは思った。ただ、年に何回かは無性に牛丼が食べたくなる。だから、まだ牛丼卒業式は終わっていないような気もするのだが・・・。そして、その無性に食べたい牛丼も、実は普通の牛丼ではなく、ちょっとした変化系になってしまう。
単純に言えば「並み盛り」の牛丼では、飯が多すぎる。では最近出現した小盛りを頼めば良いのかというと、それでは満足できない。要は、米と頭(牛肉)のバランス問題なのだ。並盛りの肉量であれば、米は半分にして欲しい。小盛りの飯量であれば、肉を増量して欲しい。並盛りで頭大盛りにすれば、米と肉のバランスは良くなるが、今度は総重量が多すぎる。なかなか面倒臭い嗜好だと思う。
肉と米のバランスを合わせると、並み盛りを注文して米を半分以上食べ残すという勿体無い(罪悪感の残る)食べ方をするか、小盛りを注文して肉皿を追加するかになる。早くて安くて美味いはずの牛丼が、なぜか「お高い」食べ物に変身してしまうので、これはこれで若干抵抗感が残る。などなど考えながら、なか卯で和風牛丼を食べた。
しかし、なぜ「和風」なのだろう。吉野家の牛丼は、間違いなく和食だと思うが、それと「和風」のどこが違うのだろう。まあ、食べ終わると忘れてしまう、ちょっとした「?」なのだけれど。

個人的にはすき家のトッピング牛丼より、吉野家の「普通の牛丼」が好みだが、20代に熱狂的な吉野家フリークだった経験から、吉野家では「よく煮えている」と「今煮たばっかり」の差がある(はずだ)。そのため店内に入って周りの客が食べている牛丼をチェックする癖がある。
ただ、松屋とすき家はいつ行ってもよく煮えている状態なので、調理法が違うのかもしれない。まあ、最近は吉野家に行く回数が激減しているので、今でも「今煮たばっかり」状態が提供されるのかはわからないが。
350円の牛丼を食べ、ずいぶん値上がりしたなあ、などと思うのもバブル後の崩壊期の日本で生きてきたせいだ。来年あたりには牛丼400円時代になるのだろう。平成から令和の変化を思い知るのは、牛丼の値上げということになりそうだ。

駅弁

新宿駅の駅弁 旅推し

新宿駅南改札口側の駅弁屋に並んでいる駅弁は、いわゆる東京の駅弁を中心に、関東圏近郊の駅弁も並べられている。山形の名作「牛肉どまんなか」は例外的な東北方面の駅弁だが、それ以外はだいたい東京周辺限定だ。新宿駅から直通で繋がっている「中央線」で山梨方面と「湘南新宿線」で繋がっている鎌倉周辺の弁当がちょっと珍しい。日本橋の弁当屋の作品や国技館の焼き鳥などは、東京らしさを押し出している。新宿限定の弁当もあるが、それはまたの機会で。

今回ゲットしたのは。「つまんでよし、食べてよし」と力説の「湘南チョイス」で、確かにその通りだと思った。押し寿司は好物だし、変わり稲荷寿司も試してみたい。新宿から湘南方面にグリーン車で移動すれば、それはほとんど小旅行の気分になる。軽く一杯やりながらこの駅弁をつまみにすれば、通勤路線もプチ旅に変わる。
製造元は押し寿司の名店大船軒なので味は保証済みだろう。変わり稲荷寿司は、定番、ゆず、黒糖の3種類だった。稲荷寿司専門店にでも行かなければなかなかお目にかかれない変化球が楽しい。酒の肴として一番よろしいと思ったのはスモーク鴨とマグロの角煮。横浜崎陽軒「シウマイ弁当」でも、主役のシウマイを押しのけて好みなのが、マグロ煮とタケノコ煮なので、駅弁では脇役が大事だ。
幕の内弁当は白飯とおかずの対比で豪華さを見せる。米の白とのコントラストが弁当美の条件だ。ところが、この弁当は白飯がないため見栄えが異なる。弁当というより、おかずイッパイ、酒の肴満載感がある。この箱庭的な光景は猛烈に食欲・酒欲をそそる名作だ。(個人的感想です)

年末くらいになれば、駅弁でちびちび酒を飲みながらの旅行も再開できるらしい。当たり前の日常というのは、マスクを外すことではなく、旅行の楽しみが復活することではないかと思う今日この頃。