食べ物レポート, 旅をする

ローカルなパン

ローカルのパンというのは、旅の体験としてなかなか楽しいもので、見知らぬ土地に行ってベーカリーをのぞいたりスーパーのパン売り場を見て歩くのが好きだ。それでもパン売り場では時間帯によって並ぶものが変わったりするので、必ずしもローカルパンが見つかるわけではない。
滋賀の沢庵漬けを刻んだものが入ったコッペパン、香川の甘納豆が入った丸いパン、岡山のメロンパンとは言わないメロンパン、盛岡の無限大にアレンジできる福田パンのコッペパンなどなど、全国でびっくりパンを見つけては喜んできた。

羊羹パンは北海道のローカルパンだと思っていた。それを高知空港の売店で見つけたので、かなりショックを受けた。なぜ、高知で、それも西の果ての宿毛で。疑問はたっぷりある。とりあえず一つずつ買って食べることにした。味は、羊羹パンだった。北海道のものより甘さが控えめという感じもする。
このパンの放送袋の裏に羊羹パンの謂れが書いてあり、それを読んで納得した。いわく、羊羹パンは北海道や静岡にもあるが、その関連はわからない。高知の羊羹パンは昭和中期に、パンを焦がしてしまったのをごまかすために羊羹をかけたという説があるらしい。
こうなると静岡の羊羹パンが俄然気になる。北海道の羊羹パンも謂れが知りたい。謎が深まる羊羹パン事件だった。しかし、これまで10年以上高知に通いながら、高知羊羹パンの存在は全く知らなかった。高知の謎は、とてつもなく深いのだな。

と言うことで実食した。見た目は丸いパンだ。北海道のコッペパンスタイルとはちょっと違うものがスタンダードらしい。

うっすらと羊羹がかかっているところまではほぼ同じ。しかし、食べてみてわかったが、中はあんこがぎっしり詰まっていた。つまりあんぱんの羊羹かけということだ。当然ながら、羊羹の味は中のあんこに負ける。口の中はあんこ一色に染まる。いくら甘い物好きと言っても、あんこ+羊羹とは、高知人凄すぎだ。

帽子パンは高知特有のローカルパンらしい。全国あちこちのパン屋に行ったが似たようなものを見た記憶はない。強いてあげれば「メロンパンの皮」みたいなものだろうか。メロンパンの表面を覆っているビスケット生地だけを焼いたものは見たことがある。食べても見たが、お菓子っぽくてなかなかうまい。
高知の帽子パンは帽子のふちにあたる部分が、まさにこのメロンパンの皮で、真ん中の盛り上がったところは普通のパンだ。この中身をフィリングでアレンジしたものもあるらしいが、プレーンな帽子パンを買うとなんの味もしない。ただのパンだ。
だから、食べ方としては帽子のふちから真ん中にかけてバクリとかじり、ふちと頭の部分を一緒に食べる。そうするとメロンパン的な味わいになる。あるいは、ふちだけを最初にちぎって食べてしまい、頭の部分はジャムとかバターをつけて食べる。
食べ方はそれぞれ個人の好みで良いのだろうけれど、色々とうるさい人が指南をしそうな気がする。これまた、高知的な厄介さというきもするなあ。

街を歩く

渋谷の風景

渋谷駅前、ハチ公がいる広場から時々写真を撮っている。新宿とは違った、その時その時の日本の文化がよく現れる場所だと思うからなのだが・・・。ところが、渋谷駅大改装計画が進んできて、ついに東急東横店が消滅してしまった。その裏側に建設中の高層ビルが見えてしまう。この解体工事が終わった後は、またニョキニョキとビルが生えてくるのだろうが、ここ一年くらいは渋谷の駅の向こうに青空が見えるらしい。
渋谷駅周りの高層ビル建築が完了するのはあと10年くらいかかるのかと思っていたが、そろそろ終わりに近いのか。この感じでは、あと3年くらいでおしまいになりそうだ。

渋谷駅ハチ公口?から山手線外回りに乗るため階段を登ってきたら、正面にはアニメ映画のキャラがお出迎えで、これまたすごい広告だなと感心した。実に渋谷らしいとも言えるか・・・。ただ、その広告下のスペースを使って、「駆け込み乗は・・・」というJRのいじましい努力の方が、余計に感心してしまった。
エヴァで目を引いて、小判鮫のようにメッセージを送る。涙ぐましい。おまけに、とても目立つ配色の黄色と黒だし、枠線は蛍光色だし、いろいろと手作り感満載だし。なんだか、JRが本当に民営化したなあと思うのは、こういう手作り掲示を見た時だ。費用対効果とか、限られた予算とか、訳のわからない上司との交渉とか、規則で規制しようとする本社との戦いとか、本当に色々な背景事情が想像できてしまい、涙が出そうになる。
エヴァの戦いのように、今まさに地球が、人類文明が滅びようとする時にも、規則で縛り付ける上司や官僚やダメ教師はいるのだろうなと、思い起こさせてくれる「都会の良い風景」だった。
渋谷の駅を歩いているだけで、人類の戦いに思いを馳せる事になる。渋谷はあいかわらずで凄まじくエキセントリックな街なのだね。

ガジェット

断捨離 Made in USA

断捨離中であります。なかなか物が捨てられないから、強制的に断捨離をして残りの人生を軽めに過ごそうというのであります。さて、押入れの奥から出てきた30年以上前にアメリカで手に入れた、オーバーオール・ジーンズをオークションで売り捌こうと写真を撮った。ラベルが気になったので、引っ張り出してみた。
今は存在しない?シアーズローバック社製造のMade in USA物だった。

一度だけ着た記憶がある程度で、後はずっと押し入れに眠っていた。だから色褪せもしていない。皺くちゃなのは畳んだままだったからで、アイロンをかければ新品に近い見栄えになるだろう。
今や、買おうとしてもSEARSがなくなっているはずだからなあ。当時は、湾岸戦争とか日米貿易摩擦が最高潮で、メイドインUSAがアメリカ国内の合言葉みたくなっていた。今ではどうなっているのだろう。

これも30年以上前にアメリカで買ったリーバイスのジーンズ。こちらは普通にはき続けていたが、頑丈な物で穴ひとつ開いていない。最近は当たり前に売っているダメージジーンズだが、こちらは多少色褪せがあるくらいでノーダメージというアメリカンものだ。比較的弱いポケットの内側もいまだに問題なしという、これまた優れもののMade in USAだ。

同じ時期に買った日本製ジーンズは、みんなボロボロになって捨ててしまった。こうしてみるとアメリカ製ジーンズというのは、文字通り耐久性の塊みたいな物で、ジーンズ発祥国だけある。
なんだか最近は日本製を好む風潮があるが、米国製には米国製の良さがある。昔のアメリカに対する憧れというより、アメリカという国に住む人たちの持つ合理性が現れた商品が魅力的なのだと思う。良い時代のアメリカを自分の目で見て体験できたことをありがたい。そんなアメリカとのお付き合いもそろそろ断捨離なのですねえ。

街を歩く

新宿の風景

新宿東口にあるヨドバシカメラは、時代を移す鏡だと思う。その時の消費者の関心の高さ、つまりよく売れる商品を1階に並べ、階数が上がるごとに商品の人気度合いが落ちている、という見方をしているのだが。
コロナの間で起こった変化は、つまるところ新宿にインバウンド、海外観光客が来なくなったことが主因だと思っている。日本人客に普通に売れる商品は何か、ということでこの2年間何度か売り場が変わった。最初に起きたのは、高級一眼レフを主軸にしたカメラ売り場が一階から無くなったことで、その代わりに一階の主になったのがコードレスイヤホンを中心とした携帯オーディオだった。
それが(つい最近らしいが)、一階の主がスマホになった。同時に、2階3階にあったパソコン、テレビなどの映像系機器が最上階方面へ追いやられた。エンタメ系家電が追放され、おうち時間の増大に伴う家庭内家電、つまり調理や掃除洗濯といった毎日使うものに重心が移ったらしい。
そして、ヨドバシカメラの見立てではインバウンド観光客は当分のあいだ商売相手にならないということみたいだ。
スマホ館だった隣のビルは時計館になってしまったし、カメラ売り場は隣のゲーム館に移された。花形商品が脇役にされた気分だが、おそらくこのヨドバシカメラの見立ては時代認識として正しいのだと思う。

そのヨドバシカメラで黄昏系売り場になったオーディオ系商品だが、ついにシステムコンポ(スピーカーとアンプとCD/ラジオなどの音源装置が組み合わさったもの)は売り場ごと消滅で、西口本店のオーディオ専門コーナーに行かなければならないらしい。もはやシステムコンポは化石商品の認定を受けたというしかない。
そのオーディオコーナーにまさかのラジカセが新発売されていた。音源はカセットデッキとラジオだけでCDは不可だ。なんだか50年前くらいに売っていたものと同じに見える。FMのバンドは広いので、最近のAMラジオがワイドFM化したものは聴ける。
カセットテープの音源をUSB、SDにダビングできるというのが現代的機能だが、もうすでに昔のカセットテープなど全部捨ててしまった。つまり、これを買っても聞くための音源がない。カセット付きのシステムコンポも捨ててしまった。
時代は変わるものだとしみじみ思ってしまう。まあ、カセットテープが現役だったのは1990年代前半くらいまでだから、いまや現物を見たこともない人たちの方が多くなってきているのだね。

ヨドバシカメラで現代消費文化の考察をした後、もう一つの現代文化を視察に行った。どうやら映画のヒット作が続いているらしい。海外の大作もなるほどだが、あれも前作をリアルに見た世代はそろそろ墓場に足を踏み入れる年に近いななどと思ってしまう。
そして、どうやら映画館がイチオシしているのは女性5人グループのキャンプ・アニメで、なんだか妙にコロナの時代にあった出し物だなとしみじみ思ってしまった。ここ最近の大ヒットといえば、エヴァンゲリオンの最終編だったが、あれもリアルで放映していたのは20年以上昔で、完結編が出るまで喉に骨が刺さったような気分の元・若者がいかに多かったかということだろう。
コロナ前に深夜枠でヒットしていたソロ・キャンプが題材のアニメが、コロナの終わりに劇場版アニメとして完結するというのも、やはり時代性だと思う。もはやアニメは子供の見るものというディスニー以来の伝統からはみ出して、いろいろな大人が色々な好み、テイストに合わせて鑑賞するエンタメになった。この先も映像制作技術の進化に合わせてアニメがどこまで進化していくのかと期待するが、その進化はアメリカではなく日本で起きて欲しいものだと、ちょっとだけ思った次第。

食べ物レポート

2年ぶりに1000ベロ酒場

なぜかコロナの間はすっかりいくのを忘れていた「一軒め酒場」だが、確かにこの店で飲むと2軒目にいくことはほとんどない。一軒目だけ酒場みたいなものだ。おまけに1000円あれば、ベロベロとまでは行かないが、限りなくそこに近づける。コロナの間はどうなっていたのだろうと不思議に思いながら、久しぶりに入ってみた。
変わっていたことは二つ。一つ目は店内禁煙になっていた。まあ、これはコロナだけではなく時代の流れ、法律変更だから当たり前かもしれない。ただ、2年前のスモーキーな店内を思い出すと、時代は変わったなあという気分になる。
二つ目が、日本人従業員だけになっていた。多い時は従業員の7割くらいが、あちこちの国から来た人たちだったのだが、今は顔を見ただけで日本人かなと思う人で揃っている。円安のせいでみんなお国に帰ったか?などと、ちょっと政治向きなことを考えてしまった・

定番マカロニサラダの量が倍くらいに増えていてびっくりした。「揚げ出し」は昔のまんまの大きさだと思うが、お値段がちょっとだけ上がっていた。鉄板を使った焼き肉というか、串がなくなったもつ焼きというか、カシラの黒胡椒焼きは期間限定メニューらしい。どれもこれも一人呑みにはぴったりだ。
ソロキャンプの流行と一人呑み・ソロ飲みの間には、やはりコロナによる社会意識の変革があるのだろうか、などとほろほろ酔いながら小一時間滞在した。やはり一人呑みは大人の贅沢だなと思いながら周りを見渡したら、グループ客はひと組だけで、後はソロ・オヤジばかりだった。うーん、この光景はなんだ。友達を無くした孤独な老人という言葉が頭の中に浮かんできて、とりあえず全否定しながら帰ることにした。次回は5種類以上あるレモンサワーを「端から順番に」呑みにしよう。

街を歩く

老舗な楽屋

地下鉄新宿三丁目を降りてすぐ、新宿末広亭の裏通りに当たる場所にある「楽屋」は喫茶店だ。赤提灯だけ見ると居酒屋にしか思えないが、歴とした喫茶店だ。

扉を開けて階段を上がった二階にお店はある。この扉を開けるのがなかなか難しいというか、ふらっと立ち寄る雰囲気ではない。末広亭に出演する芸人さんたちが楽屋がわりに使っているという話を聞いたことがある。

入り口には、お店に入りやすいように説明書きがあるというのも、入店する難度の高さの証明だろう。それにしても、うどんや蕎麦が出てくる「純喫茶」というのは初めてのような気がするし、そもそも純喫茶という単語も死語に近い。若い世代ではわからないのでは。

メニューを見るとお値段もそれなりというか普通というか、場所柄を考えると高くはない。気になるのは昆布茶日本茶がメニューに堂々とあること。これは昭和中期に喫茶店メニューとして死滅したと思っていた。まだ注文できるのだということに感動した。
それよりも気になったのが、うどん・そばになかにある「つづみ」というもので、これは一体どんなものだろう。月見はあるから、卵以外の何やら丸いものが二つのっている?などと、頭の中は疑問符だらけだが、あえてそれを注文する勇気もないな。

店内はとても明るい。新聞や本を読むのい不自由ない。純喫茶といえば、店内が薄暗く、怪しい商談をする場所問いいったイメージがあるが、この健全さはなんといえば良いのだろう。個人的にはものすごく好きで、いつもこういう明るい場所を探している。おそらく新宿では唯一と言ってよさそうだ。

テーブルの上には当たり前のように灰皿があり、おしぼりが最初に出てくる。ブラックコーヒーの味は、昔懐かしい酸味と渋味が強いものだった。シアトル系コーヒーが全盛となった平成に、日本中から消えていったコーヒーの味だと思う。エスプレッソではなく、濃い味のコーヒーが飲みたいのだと思っても、今やどこにも無くなってしまった「幻のコーヒー」に限りなく近い。
多分、軽井沢にある茜屋珈琲店本店では今でも飲めるのかもしれない。銀座とか日本橋の古い喫茶店を丹念に探せば見つかるかもしれない。でも、新宿、渋谷、池袋という東京西部では見つかりそうもない。
貴重な一軒をとして、個人的な歴史遺産に認定しておこう。ここにくるときは一人に限る。そして、次に来るときは、謎のつづみうどんとビールにしよう。

ソロキャンあれこれ

ソロキャンプ飯の作り方

ニトリのキッチン棚と100均で手に入れた鉄製フライパン(ただし20年前)と段ボール製風覆いでキャンプ飯を作ってみる。一歩間違うとホームレス的な雰囲気モデルだが、そこはあえて孤高のアウトドア飯なのだと言い張る。加熱道具は固形燃料なので調理時間は10分程度に限定される。フライパン料理としてはさくさく進めなければならない。

たっぷりとオリーブオイルをいれて温まってきたらコンビーフを缶の半分くらい放り込む。事前に缶を開け少しほぐしておくとよい。コンビーフをフライパンの上でほ炒めながら、塩胡椒、その他のスパイスを適当にバラバラ振りかける。コンビーフは塩味がついているので、まさに量は適当だ。

その後、これまた量は適当にオリーブを丸のまま放り込む。こだわるのであればオリーブは丸ではなく二、三等分しても良い。味はどちらでも変わらないような気がする。要するに炒めたオリーブを楽しむのが目的なので、さほどのこだわりもない。缶詰オリーブだから火が通るのもあまり重要ではないし・・・。

その後、1cm程度の厚みで輪切りにしたバナナを放り込む。この焼きバナナは火が通ると甘みが増す。投入前のバナナは硬めの方が焼け具合も良くてうまいと思うが、二、三日置いて茶色のスイートスポットが出てきた、柔らかかくなったバナナもおすすめだ。この場合はバナナにねっとりとした食感が出てくる。

仕上げにはフライドオニオンや型焼きそばのようなカリカリ系の食材をふりかけると、さらに美味くなる。味というより食感の違いがバナナを引き立てる。最後にスパイスや調味料でアレンジする。今回はケイジャンパウダーを使ってみたが、全国あちこちにあるステーキや焼き肉用のローカルだが有名なスパイスを使ってもうまいと思う。
まあ、失敗しても被害者は自分だけだし、食べられないほど不味くなることもない。缶詰とバナナがあれば、またちがう無敵アレンジにも挑戦できる。
ソロキャンプ飯に必要なのは、こうしたチャレンジ精神だ・・・と思う。

旅をする

ひろめ市場では一休みできない

高知観光のメッカと言える「ひろめ市場」だが、観光客でもっている場所かというとそうでもないようで、高知県民にとっては市内で昼から酒が飲める場所として認識されているのではと思っている。少なくとも、週末の昼過ぎには館内が全開で宴会モードになっている。
感染症対策で客席が間引かれていることもあり、入り口には入場制限とまではいかないが、中に入っても飲食できないと満席宣言が出ていた。

ここに初めて連れて行かれた時は、なんとも圧倒されたというか、東南アジアで出会った怪しいビルの中の市場に似ていると思った。確かに、高知はあちこちにアジアンテイストがある不思議な町だ。

いまだに訳のわからないのが、入り口前にある大きな屋根がかかったスペースだ。おそらく定期的に「何かのイベント」をやっているのだろうなとは思う。屋台のラーメン屋大会でもやりそうな気配だと思っていたが、すでに屋外客席の常設ラーメン屋ができていた。外国人観光客大歓迎だった時期もあるが、今では国内観光客ですら溢れてしまうので、この先はどうするのだろうかと、他人事ながら気になる。

満席で諦めた次の日、昼前に行ってようやく場所を確保した。早い昼飯と思っていたが、結局周りの勢いに押されてウツボのたたきでビールをグビリということになった。昼からカオス状態の市場の中で、どうやらお店によってはテーブルまで配達?してくれるサービスもあるらしい。時間のかかる料理などは、カウンター前で待たれると密になるという配慮のようだ。
時代に合わせてサービスも変わるということだろう。昔は、平日の午後遅くに、仕事が終わった後、夜の街に繰り出す直前の隙間時間を埋めるのによい場所だった。今では、朝から全開のパブリック・ドリンクスペースになっているので、ひろめ市場で一休みというわけにはいかないみたいだ。その変化は嬉しいのか、悲しいのか、ちょっと微妙すぎる。

街を歩く, 旅をする

龍馬推しの街で気がついたこと

久しぶりの高知で、ちょっと気張ったランチを食べようと川沿いのお店まで歩いて行く途中で見つけた。モニュメントというか道標というか、有名な懐に手を入れた坂本龍馬をデフォルメした面白いデザインだ。この町は、とにかく龍馬推しなのだなとわかる。龍馬は大河ドラマで有名になった高知人ナンバーワンだと思うが、ナンバーツーがいないくらいダントツの知名度だろう。

その道案内の写真を撮った後で、なんの気無しに見上げたらマンションの壁にもすごい案内というか広告があった。歩道にあるのは歩行者用、壁にあるのは自動車用なのか。それにしても、すごい執念だなと思う。なんとしても、人を龍馬の元に連れていこうという、強い意志が感じられる。
これに似た過去の偉人に対する熱量の高さは、鹿児島の西郷さんくらいだろうか。少なくとも町中にその人名が冠された場所やお店があり、銅像が大量に街の中に溢れているという条件に当てはまるのは、坂本龍馬と西郷隆盛くらいしかいない。
お江戸を戦火から救った勝海舟やその他の幕臣は、明治政府からすると敵扱いなので、お江戸に幕臣偉人像は皆無だろう。お江戸を首都化した徳川家康の像も東京周辺では見た記憶がない。
山口に行けば、高杉とか桂という明治政府成立の功労者、そして伊藤、山形という明治政府成立後の権力者の像がどこかにあるのかもしれない。が、観光名所になているのかわからない。(少なくとも記憶にはない)京都の新撰組の方が、コアな観光客を惹きつけているような気がする。どちらにしても、高知で最大の著名人は坂本龍馬さんなのは間違いないだろう。

そんなことをつらつら考えながら、コロナ前はよくお世話になっていた(ランチで)料亭に行ってきた。この手の業態はコロナで最大被害を受けたので心配していた。営業しているか心もとないので、前日に電話で確認したほどだが、無事お店は開いていた。

ランチは御膳一択と言われたが文句はない。高知の名産品が残さず放り込まれた「県外人仕様」にしてくれたようだ。ランチとしてはボリューム十分すぎる。味は保証付で、これまで何度も足を運んだが期待を裏切られたことはない。
ただ、ちょっと残念なのが、アルコールのリストから日本酒が消えていたことだ。土佐は酒豪県なので、地元の日本酒蔵がたくさんある。うまい料理には地酒を合わせて土佐気分を盛り上げたいと思うのだが、どういう理由なのかお昼は日本酒がなくなっている。これもコロナの後遺症なのだろうか。

料亭料理の美しさは、料理の素材以上に、器の色と組み合わせだと思う。立体的な造形美で、これは家庭で再現することは難しい。土佐名物と言われる皿鉢料理にしてもプロの盛り付けの技がなければ、ただの料理がてんこ盛りになった手抜きにしか見えないだろう。和食屋の懐石弁当とコンビニの幕内弁当の違いみたいなものか。
「映え」が評価される時代になり、誰もが自分で写真に撮って料理の美しさをしっかりと味わうようになった。料理人は味以上に見栄えを考えなければいけないのが、平成から令和にかけて変わった「仕事の掟」だ、などと鰹のタタキを食べながら思っておりました。
高知料亭、またまた良いランチを楽しんだが、一度は夜も来てみたいぞ。

旅をする

高知ぶらぶらで見つけた看板

高知市の繁華街はこの帯屋町が中心としたアーケードになる。飲食店も含めた多彩なお店が並んでいるが、平日は流石に人通りが少ない感じもする。コンパクトながら百貨店もまだ頑張っているので、高知市の人口を考えるとかなり健闘している商店街だろう。同程度の人口の街では、郊外にできたショッピングモールに街ごと潰されてるケースも多い。そこをなんとか踏みとどまっているというところだろう。

その帯屋町でイベントが開催される日に、たまたま出会した。朝市ではなく夜市というのが良いところだ。ただ、よく考えるとほぼ同じ場所で「土曜夜市」→「日曜朝市」と続くわけで、なんだか高知市民のイベント好きというか遊びにかける情熱が伺える。こういう街に住める人は幸せだろうな。
などと思っていたのは午後4時くらいで、その後は10分おきに人出が倍増するような勢いで、一気に道を歩くのが大変なほど混雑してきた。実にお祭り感あふれるサタデイ・ナイトだった。

その人混みを避けながら、ぶらぶらと散歩をしていたら、初めて高知に来た時にホテルで紹介してもらった居酒屋を見つけた。この店で店主に勧められるままに鰹料理のあれこれを食べ堪能したが、財布の打撃も大きかったことを記憶している。塩たたきを初めて食べたのもこの店だった。
かつおマイスターのお店になっていたのだから、やはりカツオには見識がある方だったのだろう。ちなみにカツオマイスターは何種類かあって、鰹を釣る漁師のマイスターや、鰹を売る魚屋マイスター、そして鰹を料理するマイスターがいるようだ。

これをみた時には、パン屋の店先だと思ったが、よくよく見ればパン屋ではなく本屋だった。今ではすっかり消滅業種になりつつある書店だが、やはり本好きの子供を増やす活動が将来的な市場維持につながるという長期的視点は重要だ。
などと、看板を見ながら社会考察をしてみる。高知は文化としだと再認識した。親が本好きだと子供も本好きになるらしいので、親も読書に頑張ってほしいなあ。

高知で鰹以外の魚推しは珍しいなと思い写真を撮ってみたが、そういえば高知市内で鰹ラーメンというのはみたことがないと、これまた街歩きをして気がついたことだ。高知も基本的には車社会なので、郊外型の超有名鰹ラーメン店があるのかもしれない。街中をテクテク歩いているだけでは見つからないから、これは高知市民に聞くしかないか。
ネットで調べるという手もあるが、それもなんだか面倒だ・・・。鯛茶漬けがあるのだから、鯛ラーメンもきっと美味いだろう、とは思うのだ。ただ高知短期滞在なので、ラーメンに挑戦するだけの暇とお腹の隙間が足りない。

アカボシとだけ書かれたシンプルな看板だが、やはりサッポロビールの定番から名付けられた店名らしい。高知ではキリンビールの市場開拓物語が新書本になっていて有名だが、そういえばサッポロビールはあまり見かけない。確かに大日本麦酒がアサヒとサッポロに東西分割された時から、西日本ではサッポロビールが劣勢だったはずで、高知でサッポロビールの店は珍しいのだろう。なんだかこっそり応援したくなる店だな。

今回の高知市内街歩きで一番謎だった看板というかお店はこれだ。焼きめしの店なのだと思うが、ラーメンチョンマゲが店名のような気がする。確かめるためにはお店に入って実食するしかないのだが。やはり時間が足りない。次回に持ち越しの宿題にしようと決めた。

高知には、まだ屋台の店が現役で営業中だ。夏の時期の屋台はあまりにも暑いので敬遠したくなる。寒い季節はまだ我慢できるのだが・・・。ただ、暑さにやられながら屋台で酒を飲むとなんだかアジアン・ストリート的な雰囲気もしてくる。(はずなので)少し遅めの時間に行くのは楽しいかもしれない。でも、真夏におでんは食べたくないかなあ。

そして、こちらも高知名物というべき、屋台のラーメン屋さん。昔は路上で営業していた。当時は明らかに道路の占拠だと思っていたが、警察がお目溢ししてくれたいたのだろう。しばらく見ないうちに路上から駐車場に引っ越していた。そして、今回ぶらぶら歩いていて気がついた。駐車場の上に屋根がついている。これはまさしく東南アジアで見た光景とそっくりだ。屋台も人気店になればここまで進化するのかと感動してしまった。もはや屋台の域を超え、屋外レストランというのが正しい。
日本の県別ランキングで飲酒量の2トップは高知県と秋田県だそうだが、気候の違いなのか、秋田県ではこれほどの「飲み屋アウトドア展開」は見たことがない。一度、高知県人対秋田県人の飲み比べを見てみたいと思っているのだが、なかなかその機会には恵まれない。某テレビ番組「県民」のびっくりなあれこれを紹介するヤツで、酒豪県対決みたいなものをやってくれないものだろうか。