
日高屋でよく食べる辛い食べ物は、爆弾炒めという恐ろしいネーミングがついている。辛さが爆弾並みということなのだろうかと、いつも不思議に思うのだが、要するにキムチを入れた肉野菜炒めみたいなものだ。
味付けは濃い。野菜がたっぷりを食べられる気がするので、よく注文する。そして、ここが実に日高屋らしいのだが、いつも味が違う。辛い日と辛くない日がある。調理担当の違いではないかと思っているのだが、原料の量などはマニュアルで決められているはずだから、炒めるタイミングなどで辛さが変わるのかもしれない。実に不思議だ。が、辛いのも辛くないのも、そこそこに気に入っているので、今日はどれが出るかな……………みたいな楽しみ方をしている。

気温が上がってくると辛いものが食べたぃなるのだが、ネギチャーシューというのは、爆弾炒めとは違う意味で辛い食べものだ。そのからさの正体は、生のネギにある。これも日によって辛さが違うが、それは調理による差ではなくネギの問題なのだと思う。
ねぎの産地なのか、品種なのか、季節のせいなのかはわからないが、生のねぎ細切りの辛味は、いつもちがっている。今日は大当たりだったな、などと感じながら半分ほど食べると、そのまま残りをとっておく。後で注文するラーメンにトッピングして「ネギラーメン」へ変身させるのだ。
この爆弾炒めとねぎチャーシューのWラインを堪能すると、辛味欲求は満足される。しかし、その日の夜からちょっとしんどいことになる。どうやら辛いものを食べすぎると胃腸が反乱を起こすらしい。食べ合わせの問題というより刺激物を取りすぎたせいだろうと思う。どちらか一つにしておけば平穏な夜を迎えるはずなのだ、と後悔しても始まらない。
快楽の後には代償が付きまとうという真実を身をもって体験する。つまりトイレに篭りっきりになる瞑想タイムが訪れる。この時は賢人モードになっている。我が身の悪徳を振り返る、思考と空想の時間だ。
この悪癖を止められないのは「からさ」の魔力なのだろうなあ。