
学生時代からお世話になっていた老舗焼き鳥屋だが、その頃から風格があった。カウンターが10席程度、それにテーブル席が二卓という小ぶりな店なのだが、最盛期は支店が数店あったように記憶している。今では、この本店だけみたいだ。
熱燗のコップ酒を初めて飲んだのはこの店だったような記憶もある。それまではビール(札幌の赤星)しか飲んだことのないアルコール初心者だった。コップ酒は大人の階段を上がったような気がした。
まだサワーなどという気の利いた飲み物は存在していなかった時代でもあった。それでも酎ハイはあったのだろうか。確か、焼き鳥屋では梅酒を焼酎で割った梅割りというピンクの酒があったが、この店はビールと日本酒だけだったように記憶している。ハイボールが焼き鳥屋で飲めるようになったのは随分と後になってからだった。

焼き鳥屋のサイドメニューといえば漬物と決まっているが、この店には札幌らしく「にしん漬け」がある。白菜漬けよりちょっと高い高級品という設定たが、今では同じ値段だ。時代の流れなのか、にしん漬けの生臭さが嫌われてしまったのか。原因はよくわからない。
昭和中期には自宅で漬物をつける文化が健在だったので、飲み屋で漬物を注文することもなかったものだ。今では「外食」して食べるのが漬物という具合になっている。焼き鳥屋で学ぶ文化史の変遷例だ。

札幌の焼き鳥屋は、お江戸でいうところの串焼き屋ということになるのだろう。お江戸では焼き鳥屋は鳥肉しか出さない。内臓肉・モツを出すのはもつ焼き屋であり、両方合わせているのが串焼き屋と名乗っている。
札幌の焼き鳥屋では定番なのが、鳥のもも肉を焼いた鳥クシ(鳥精)、豚バラ肉を使った豚クシ(豚精)になる。それに加えてたん・ハツ・レバー・ガツといったモツ系の串がある。つくねは店によって形状が変わり、棒状のものと、丸い団子を三個程度串刺しにしたものが提供されている。当時は、どこの店でも、うちの店で出しているものがつくねだと力説され、他方を否定する「独断と偏見に塗れた」つくね論争があった。今ではそんなこと話は聞かない。個人的にはどちらも上手いと思う。
最近では、あれこれと変わったソースや具材を使った新串へ「拡散と変容」を繰り返し、焼き鳥というより串焼きへと変化している。
この店には簡便なスチール丸椅子に簡素なスチールテーブルという、昔のスタイルがそのまま残っていて、現代風の小洒落た串焼き屋とは一線を画す風格がある。そんな店こそ、居心地が良いと思うのは、やはり高齢化のせいなんだろうなあ。新しいものより古びたものが良いと言い始めるのは、人生の後退期に入りノスタルジーに浸ることが快感になるかららしいのだが。自分もその例外ではないと思い知る「マイ・ホットスポット」なのであります。