街を歩く

美唄焼き鳥

ひさしぶりに美唄焼き鳥の店に入った。多分、3年ぶりくらいだろう。最後に入ったのはコロナの自粛直前で、店内には客がほとんどいないという感じだった。
それが、今回は「予約はおありですか」と最近よく聞かれるフレーズで、まず入店を防御される。予約なしの客は入れないぞという意思が強く見える。
そこでこちらも、予約なしで二人だけど……………と押してみる。帰ってくる返事はカウンターで良ければという強気なものだ。客がいなければ「お好きな席にどうぞ」と言っていたものだ。今ではテーブル席が空いていてもカウンター席を押し付ける。この辺りの、客の入り状況に合わせて接客応対を変えるというのが、嫌われる飲食業の原因だろう。少なくとも客の足元を見た対応をするのは、よく通ってくる客ほど見抜くものだ。
ちなみに、この美唄焼き鳥の店だけがそういう下手な対応をするわけではない。少なくとも、札幌圏全体ではどの店に行っても似たようなものだ。コロナ前後で比較して、明らかに接客応対の技術が低下している。やる気も……………落ちているらしい。


お江戸でも老舗と言われる店の一部を除けば、似たようなものだから仕方がないと諦めるしかない。だらしない対応しかできない店が増えたのは、優秀な店長や店舗スタッフを、コロナの時に切り捨てた経営者の責任というしかない。飲食業、外食業の経営者は記憶力に重大な欠陥があるらしく、苦境の時に学んだことをすぐに忘れる。おそらく脳内メモリーが2kくらいしかないのだ。

さて、最初に頼んだのはラーメンサラダた。北海道ではもはや居酒屋の絶対定番と言って良いが、いまだにラーメンサラダと野菜たっぷり冷やし中華の違いがわからない。この皿ではラーメンの麺が野菜の下に完全に隠れているというステルスバージョンだった。見た目では野菜サラダというのは、盛り付けとしてどうだろう?
ちなみにラーメンサラダはビビンパのように、上下をぐしゃぐしゃに混ぜて食べるものだと思うので、こういう平皿よりはサラダボウルのような混ぜやすい容器にしてもらえるとすごく嬉しい。

美唄焼き鳥は鳥を捌いた部位、内臓肉も併せて一つの串にミックスしてさしてある。一口ごとに味が違うといえば良いのだろうか。開店前の串打ち作業を効率化(サボりやすくした)したという点で画期的だ。
よく焼き鳥屋で盛り合わせの皿を注文して、それを串からハズしてバラバラにして食べるという方がいる。食べ方は人それぞれなので強制はしないが、違和感を感じることもある。つまり、バラしてしまうと「嫌いなパーツ」が混じり込んでしまうことだ。例えばレバーやモツは嫌いという人は、相当注意して各ピースを確かめなければならない。色々なものを少しずつ食べたいというニーズもあるのだろうが、この辺りは居酒屋の使い方みたいな定番ルールがあるわけでもなく、何とも難しい。似たような居酒屋あるあるをあげると、鍋奉行、焼肉奉行のような料理を仕切る人たちのこだわりだろう。鍋奉行Aと鍋奉行Bがたまたま同じ席にいたりすると、仕事の関係も含めた暗闘が始まる。居酒屋のメニュー選択は、時には争いを生み出す「武器」にもなる。気おつけましょう。


ちなみに、仕事で会食をするときは、そう言った面倒臭い問題が発生しないように、絶対的に「コース料理」、それもシェアしないものにする。だから、仕事飯で鍋料理など論外だ。どうしてもということであれば一人前仕たて鍋にしてもらう。

そう言った面倒臭い考えをしなくて済むのが美唄焼き鳥だ。理屈から言えばどの串を食べても違う味だし、シェアする必要もない。
金曜の夜の焼き鳥屋は大繁盛だった。コロナの時の厳しさを知っている従業員もいないだろうし(大半が首斬りになったハズだ)、またバブルの時のように横暴な接客が横行する時代が来たらしい。バブルの時期は飯を食べに行くと不快な思いをすることが多く、一時期は弁当を愛用していた。そんな、気が萎える嫌な時代がまたくるらしい。そこまではあと一息か。やれやれ。

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