
ここしばらく札幌に来るたびに、小樽遠征をしてこの店に来ている。メニューにならぶあれこれを試そうとすると、一度の訪問では難しい。今回が3回目で、ようやくお目当てのものを試すことが完了した。まだ、うまそうなものは残っているが、それはこの先のんびり試していけば良い。(はずだ)

この店のお品書きは、ほとんど「本」だ。中身はメニューの名前が書いてあるだけではなく、いろいろな情報がたっぷり盛り込まれている。一冊もらって帰り、ゆっくり読み返してみたいくらいだ。プラスチックのカードケースに入っているメニュー一覧表みたいなものを見慣れていると、この「本」には目を奪われる。食べることの楽しみを、食べ物ではなく読み物で盛り上げるというのは、考えれば凄い努力だ。敬服する。

そば前に、熱燗をちびりとやりながら肴をつまむ。それも蕎麦屋的な感じでというと、このお品書きのラインナップになる。毎回あれこれ迷うのが悩みのタネだが、今回は初志貫徹「塩うに」にした。仙台の有名な酒場「源氏」でも、塩ウニが注文できる。地酒の浦霞によく合う名品だが、こちらの塩うにも、それに勝るとも劣らない名品だ。ちびちび舐めるようにして食す。飲む。食す。飲む。この単純な繰り返しで銚子を一本飲み干す。至極満足で、もうこれだけで帰っても良いくらいの気がしてくる。

ただ、この店では酒を頼むとそば味噌がついてくる。塩うにの後はそば味噌でもう一杯ということになる。塩ウニだけで帰るわけにはいかない。

酒を飲みながら、本日のメインである「ぬきシリーズの三番目」を注文することにした。「天ぬき」は老舗の蕎麦屋に行くとだいたい置いてある、蕎麦屋の肴としては定番だろう。かしわぬきもあちこちの蕎麦屋で注文できる。「ぬき」は酒の肴として具を食べると言うより「汁物」として出汁を楽しむ料理だと思うが、天抜きはコッテリ系、かしわぬきはあっさり系になる。そして、残しておいた三番目のぬきがカツ抜きになる。だが、これはカツそばのそば抜きではなく、カツ丼のお米抜きと言うものだ。東京の蕎麦屋ではカツ抜きではなく、カツとじとかカツ煮などと呼ばれていることが多いようだ。

登場したカツぬきを見ると、まさにカツ丼の頭という感じがする。味付けはかなり甘めだが、蕎麦屋の出汁が効いている優しい食べ物だ。揚げたてで熱々のカツの中身をフーフーいいながら食べ、合間に酒をちょいと飲む。これは昼酒として、相当な悪徳感がある。なんというか、蕎麦を食べるついでにちょっとつまみながらお酒も飲んじゃいました、という言い訳が通用しそうにない。
正々堂々と昼から酒飲んで何が悪い、ふん。という感じで開き直った上で、しっかり飲む時の酒のつまみだ。あまりに本格派の風情がある。おまけに、瓶ビールくらいであればもう少し言い訳のしようもあるが、塩うにに続いてカツ抜きとなれば、これは一言の弁明の余地もない。

やはり弁解の余地を残すには、普通にカツ丼を頼み、申し訳ないがご飯が全部食べきれませんでしたと、カツ丼の頭部分(つまりカツとじ煮)だけつまみ食いする。それしかない。しかし、食の有効活用として食べ残しは厳禁だ。この作戦には無理がある。
まあ、美味しいカツを食べながらそんなバカなことを考えていた。蕎麦屋の昼酒は一人でひっそりと、こんな妄想をしながら嗜むものだ。
蕎麦屋で一杯という飲み方は、街中で手軽にできる、お気軽な昼酒の典型だろう。だから、わざわざ小樽まで遠征する必要があるかといいたいが、やはり背徳感のある楽しみなので、隣町に行って密かにささやかにやる方が良さそうな気もする。