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高知を旅する 街をぶらぶら 食べ物編

ひろめ市場の入り口は、ビール会社の広告戦争だ。たっすいがはいかん。

高知で愛すべきものとえば、この「ひろめ市場」と「日曜市」だろう。どちらも特徴と言えるのが、アジア的な混沌が味わえるということになる。東南アジアでも良いし、台湾でも良いが、屋台が連なる人のあふれんばかりの熱気的なものが日本から消えて随分経つように思う。東京でも大阪でも、生き残った昔の市場的喧騒はある。ただし、そこは生活の場というより観光地化しているのだが、「ひろめ市場」は、そことはどこか違う。まさに混沌なる世界だ。

安兵衛の餃子はビールとセット販売している

なんというかお祭りの縁日が日常化したというのが正しいような気がする。観光客もそれなりに多いが、市場の中で圧倒的な支配言語は高知弁なのだ。「〇〇やきぃ」「うちんくは、・・・」など多少聞き覚えた言葉が飛び交う。高知弁は、もちろん英語を覚えるよりはたやすい。聞くだけならばだ。ネイティブなスピードが、あまり速くない。イントネーショッンは違うが、語感がはっきりしているので聞き取りやすい。ただし、話すとなる、とこれは困難なのだ。徹底して発音がおかしいと修正される。高知の人は優しいようで、言葉には厳しい。愛郷心が強いということだろう。

閑話休題。ひろめ市場の中は飲食施設(まあ、飲み屋ですね)と惣菜等の食料品販売がほとんどだ。唐揚げ、や鰹のタタキや、本格的インド人のカレー屋やおばちゃんがやっっている惣菜屋に寿司屋、なんでもありだ。その中で異彩を放つのが、高知の屋台餃子の名店、安兵衛。東京恵比寿にも支店があり、ここも人気らしいが、何と言っても本店の駐車場にテントの店が良い。昔は完全に路上の屋台だったが、おそらく規制に従い引っ越したと踏んでいる。この餃子、なんとも旨いのだが、餃子っぽくないという気もする。中の餡はとても細かいミンチだし、肉より野菜が多い気がするし。しかしだ、飯のおかずではなく酒の肴としてこれは正しい。きっと屋台時代は、明かりが足りない屋台で食べたので余計うまく感じられたのだろう。屋台時代はいつもすっかり酔っ払ってから行っていたので、記憶が不確実だが。屋台のラーメンと餃子と瓶ビールが高知の締めの定番だった。今はひろめ市場で昼から食せるのが嬉しい。アジアン・カオスな世界の中で餃子を食べていると、隣の客の声はチャイニーズだったりする今日この頃。

土佐ジローというのは高知の鶏ですが・・・

帯屋町のアーケードの中で見つけた一軒は、室戸産の魚が食べられるらしい。しばらく高知にご無沙汰しているうちに開いたようだ。室戸といえば、一体何が名物なのだったか記憶が曖昧なまま突入したが。

そうだった、むろとはマグロの遠洋漁業の一大基地であった。マグロ船のコックさんの話も読んだことがある。ということで注文したのは、珍しいマグロの酒盗、土佐の地ガキ(だいぶ小粒)のポン酢あえ、そして地元の名酒。うむ、満足度高いなあ。

四万十のうなぎは、まっこと旨いき・・・

そして真打は、四万十のうなぎ。高いのは分かる。その分旨ければ良いと奮発して正解だった。辛口の日本酒にはとてもよく合う。これは、一年に一回できる贅沢だと戒めながら。本当は半身ではなく丸々一本いただきたかったのだが。普段は中国製冷凍うなぎでも旨い旨いと食べているのだが、これを食べると、後戻りできない危険性がある。高知のキラーコンテンツ、四万十うなぎ。ちなみに、カツオの町の鰹のタタキを食べてしまい、カツオに関してはすでに「戻れない状態」に陥っている。ある意味、これは悲しいことなのだ。

日本酒は大吟醸より本醸造くらいが良いと思われます

飲み屋のお兄さんが、酒のラベルも撮りますかとカウンターに置いてくれた。うーん、確かに最近の食べ物屋はインスタ前提で、写真OKなところが多いのはありがたいことだ。今やスマホで撮る写真は、高齢化して劣化した脳(自前の記憶装置)の外部支援メモリーだからね。「ひろめ市場で軽く一杯」そして「帯屋町界隈でガツンと追加」というのが、高知の正しい飲み方だと、オススメする。

高知の話はまだまだ続く。