食べ物レポート

えび玉ちり 満洲の冬メニュー

あまり辛くないというか、全然辛くない

エビチリを最近よく食べる。加齢による海老信仰みたいなものとは関係ない。辛いものとエビが好きになっただけだ。
満州というチェーンは時々面白いことをする。キャンペーン商品で当たりが出たら定番化するというのが通常の外食企業が取る常套作戦なのだが、満洲はどのキャンペーン商品も潔く捨てる。翌年の同じ頃にリバイバル出品することもあるが、大抵は使い捨てメニューになる。
おまけに、メニューを絞り込んでいるので町中華の絶対定番とも言える「酢豚」「エビチリ」が存在しない。「青菜炒め」もない。
だからエビチリ発売とニュースで見かけて、これは食べに行かねばならないと本店まで出かけてみたら、なんとも不思議なことに「エビチリ」ではなく「エビ玉チリ」だった。エビチリに卵の炒めたものが入っている。だから甘めの味になっている。味付けに文句があるわけではない。世の中には甘いエビ理知もあれば、これは食べるのが無理と言いたくなるほど辛いエビチリもある。どちらもうまい。ただ、卵を入れた意図がよくわからない。ひょっとしてエビ好きの子供向けに「大人の階段」を上らせるみたいなことを社長が考えたのか、と疑いたくなる。

最近の満洲はメニューが健康志向なので、それもどうやらよく食べにくる一人暮らしの高齢者のために、いろいろと考えてくれているようだ。銘柄豚を使ったり、米は白米と玄米を選べたり、麺が少量のラーメンを提供したりする。ただ、卵入りのエビチリにはその高齢者志向というか、健康フレーズが見当たらないので、やはり新客層として子供に目を向けたのではないか。

そんなことを考えながら、次回は玄米チャーハンにしようと思った。確かに町中華で玄米を食わせてくれるところはないよなあと……………

食べ物レポート

お江戸の回転寿司事情

鯖は日本近海どこでも獲れると思うが、回転寿司では輸入物の鯖なのだろうか 地域によって味が極端に違う

自宅からお江戸に出かけていくときのJR乗り換え駅は学生街のある。ただ、その学生街が最近はすっかり多国籍タウンになり、看板にかかっている字が読めないことも多い。特に、日本語ではない漢字の店が増えている。内装も異国風というか東南アジアを旅したときによく見かけた軽食堂的なイメージがある。店内を覗くと異国情緒もあると言えばある。
だから、回る寿司の店を見るよホッとするのだが(いかにも日本的で機能的な店内だからだろう)、そこにいる客の半数くらいがこれまた日本語を解さない旅行者であったりする。店内にこだます異国の言葉になんとも奇妙な気分になる。日本人安住の地は路地の奥のこじんまりした店蔵しかなくなってしまった。お江戸の国際化とはこういうことかと思う。
そんなあれこれを思いながら、久しぶりに回転寿司を食べてみた。
ネタは熱くなった気がする。食べこだ絵がある。が、値段は三倍くらいになった。昔の回らない大衆鮨屋の値段を超えている。コロナの影響で日本中の飲食店が整理され過当競争が減った。生き残った店はコスト転嫁を堂々とできるようになった。平成の価格に対する常識はもはや過去のものだ。ただ、価格上昇にスライドして賃金が上がったわけではないので、外食総需要は、金額的に伸びても、利用者層は減少する。より安価なテイクアウト食品、それもが一色企業の製品ではなくスーパーなどの流通業に支配権を譲ることになるのだろう。

最近の好物で、注文するたびに中身が違うびっくり箱状態が良いのだな

そんな価格高騰と全体競争の鈍化により、業態によっては寡占化の最終ステージになったりする。回転寿司業界は外食として規模が大きいが、二大チェーンとその他大勢の弱小という構図に収束しつつある。だから、大手二社以外の店に行くと、意外とアイデア商品というか掘り出し物に出会うこともある。
このネタの端をミックスした軍艦巻きなどは、その際たるものだろう。お値段お手頃で、実は酒の肴に向いた逸品だと思う。このミックス軍艦とサラダ軍艦を食べ比べると、現在のチェーンの立ち位置が見えてくるとまで思うほどだ。
北海道や北陸の質実剛健、ネタの高品質と低価格で勝負している姿を見ると、お江戸の回転寿司屋はもう死に体なのだなと思う。だからこそ、その最後の時まで付き合ってやろうとも思うのだけれど。チープな寿司(鮨ではない)を食うのであればお江戸に限ると思う今日この頃であります。

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ザンギ屋で辛いもの

北海道特有の言い方であるザンギは鶏唐揚げのことだ。ただ、スーパーの惣菜売り場でもザンギと鶏唐揚げが別々に売られていることもあるので、普通うの鳥唐揚げとは味の違いがある。(はずだ)
ただ、ザンギの正しい定義などあるものだろうか。なにやら諸説あるが誰もそんなことを気にしているとも思えない。あえて言えば、にんにく生姜で醤油味というくらいだと思っていたら、最近は塩ザンギなるものが勢力を伸ばしている。ただ、塩ザンギと鶏唐揚げはもはや区別をつけるのが難しいと思うのだが。
その辺りは、言語が極めてアバウトに使用される「北海道的」解釈ということだろう。誰も詳しく咎めたりしないし、それで説明終わりにしても良さそうだ。


塩ザンギよりすごいものがある。十分すぎるくらい濃い味付けのザンギに「専用タレ」をつけて食べるという、ザンギの変形あるいは進化系も存在する。タレ付きザンギで一番有名なのは釧路の町外れ(正確には隣町)にある山盛りザンギの店だろう。ザンタレと呼ばれているが、一人では完食不能な量が一人前で、九分九厘食べ残したザンギを持ち帰ることになる。
その店は車で行かなければいけない場所にあるので、当然ながら帰りの車内はにんにくスメルで充満する。にもかかわらず平日でも行列のできる人気店だ。


北の街でも市民の大多数がその名を知っている(らしい)ザンギの名店がある。正式には町中華でありザンギ屋ではないのだが、ほとんどの客がザンギを頼む。そのザンギ屋が鮨と中華という禁断の国合わせのメニューを出す支店を作った。これがまた大人気店で、予約をしないと入れない。

そのザンギ・中華・鮨の店でランチメニューの旨辛麺を注文した。どんなものが出てくるのか楽しみにしていたのだが、麺より先にザンギが来た。まあ、ザンギは前菜だと食べ始めたところに、一面がレッドな麺が来た。赤みの強い麻婆豆腐のように見える。食べてみると、エビやイカが入った海鮮麻婆豆腐だった。これは美味い。麺の上に乗せるのではなく単品で食べたい。
麺料理の完成度としてはどうよと言いたいくなるが、実はこの店の本店でザンギの次に人気のあるのが麻婆麺らしい。だから、この赤い麺は麻婆麺のアレンジ商品なのだと思う。麺の上にあんかけを乗せたり(広東麺)カニ玉を乗せたり(天津麺)、はたまた野菜炒めを乗せたり(関東圏のタンメン)、麺料理のトッピングはなんでもありの自由な世界だから、そこに文句をつけるつもりはない。仙台では焼きそばの上に麻婆豆腐を乗せているくらいだから、麺料理は本当になんでアリなのだ。
だが、しかし、海鮮麻婆豆腐とは想像の斜め上をいくという感じになる。それも麻婆豆腐本流である「しびれ」ではなく「辛味」推しなのだ。本格的な中国料理(大陸の正式レシピーで作られたもの)と比べて、町中華のなんと自由奔放なことか。いつもそれには驚かされる。
結局、鮨と中華の組み合わせを楽しむ前に白旗を上げてしまった。次回は、麺抜きの海鮮麻婆豆腐を注文してみたい。ザンギを諦めればもう一品追加できそうだが、それはザンギやとしてありえない選択だしなあ。昼飯抜いて夜に行くことにするしかなさそうだな。

食べ物レポート

生パスタ

新宿紀伊国屋書店本店は学生時代からずっとお世話になてきた。待ち合わせ場所であり、暇つぶしの場であり、趣味の本を探し回る一番の拠点でもあったから、おそらく年に20回や30回は来ていたハズだ。お江戸界隈では長年働いていたオフィスを除くと最頻出没地点であったと思う。
そのビルの地下が食堂街になっていた。いつ行っても絶対と言っていいくらい入れない超人気の居酒屋もあったし、スタンド形式の鮨屋とか、とてつもない歴史があるらしいカレー屋とか、大手製麺メーカーが出していた実験ラーメン店とか。なかなか面白いラインナップだった。「だった」と過去形にしたのは、耐震工事のためここ何年間か地下食堂街が閉店していたせいだが、今年になってようやく部分的に開店し始めて、新しい「紀伊國屋地下食堂街」が再開した。
その中で、やはり一番利用していた生パスタの店が開いたのは実に嬉しいことだ。

本日は盛り方が微妙で、これもこの店のあるあるだ。

この店はもともと大手製麺メーカーがパイロットショップとして開けていたもので、他の場所にも数店舗あったが、やはり一番手軽に使えるのはここの店だった。新宿で昼飯といえば、おそらく3回に1回はここで食べていた気がする。
いつの間にか運営会社は変わってしまったが、それでも生パスタのモチッとした感触は変わりなく、飽きることなく通っていた。
そして、飽きることなく注文していたのが、このナポリタンだ。たまに浮気をしてもペスカトール、つまりシーフードの入ったトマトソース味だからあまり変化がない。ある時期、これではいかんと片っ端から他の味のパスタも試してみた。
醤油味、オイル、クリームなど残らず挑戦したはずだが、結局はこのトマト味、それも具材の少ないナポリタンに戻ってしまった。
お江戸にはナポリタン、つまりパスタではなくスパゲッティの名店は多い。あちこち食べ歩いてみたものだ。ナポリタン熱が高じてわざわざナポリタン発祥の店(横浜)にまで行ったこともある。が、実はこの店のナポリタンが一番気に入っている。
この店のナポリタンはいつも味が違っているのだが、その違いはある振れ幅の中で収まっている。いつ食べてもハズレにはならない。常食するには、この振れ幅が小さいほど良い店になるのだが、ことナポリタンに関してはその振れ幅の許容度がちょっと大きめなので(そういう自覚はある)、今日はちょっとトマト強めとか、今日はちょっと油多めとか、日々楽しんでいる。今日はうまいとかまずいとか思わないので、やはり位お気に入りの店なのだ。
おすすめは半分くらい食べたところでたっぷりとタバスコソースをかけて、「辛辛」変化させることだ。ああ、また食べたくなってきた。

コロナ終息以降、昔から通っていた店がどんどん閉店してしまい悲しい思いがあるが、そんな中で馴染みの店が復活してくれたのは実に「善きかな良きかな」なのでありますよ。

街を歩く, 食べ物レポート

蕎麦屋のカレーはうまい

蕎麦屋のカレーはうまい、と言うのが個人的な経験に基づく信念だ。当然、たまにはハズレもあるが……… 山形県では蕎麦屋のラーメンがうまい。と言うか、蕎麦屋の看板を上げながら実態はラーメン屋というほどラーメンの売り上げが多い店もあるそうだ。有名な冷たい鶏そばを食べに行った時も、店の中にいる客の半分くらいが蕎麦ではなくラーメンを注文していた。
お江戸の老舗蕎麦屋に行ってカレーを注文することはないが(置いていない店も多い)カレー南蛮は当たり前にメニューに載っている。街の蕎麦屋であれば、間違いなく天丼やカツ丼の隣にカレー丼が並び、そのちょっと横にカレーライスがある。サラリーマン時代にはもりそばと半カレーライスのセットはよく頼んだから、蕎麦屋のカレーは美味いと知っている。
しかし、この高知県西部の町にある蕎麦屋に連れて行かれて、生まれて初めて蕎麦屋で蕎麦以外のものを頼んだ気がする。いや、厳密にいうと蕎麦屋でカレー丼を頼んだことはあるが……………
そもそもこの店は蕎麦屋と言って連れてきてもらったが、店頭でよくみると「うどん屋」っぽい。街中によくある蕎麦もうどんも出す店で、極めて昔懐かしの蕎麦が中心の大衆食堂という感じだ。ただ、高知県は蕎麦よりうどんの方が勢力が強いようで、うどんも出す蕎麦屋ではなく、蕎麦も出すうどん屋のように見受けられた。そして、店内に入って周りの注文を見渡すと、あれまあ、ほとんど定食ではないか。つまりこの店は、うどんも蕎麦も出す大衆定食食堂だったのだ。
となるとカレーは絶対に美味いはず、と確信を込めてカレー、それも奮発してカツカレーにしてみた。

出てきた料理のルックスはまさに想像通りだった。カツも厚過ぎず、肉料理というより衣を食べる料理として完成している。よしよし。
まずはカツの端をカレーにつけて食べてみた。恥の部分は肉が少なくほとんど衣だけに、カレーによく合う。どろっとしたカレーが衣に絡み、やはり想像通りの味だった。蕎麦つゆをベースに使っている甘めのカレーだった。白飯とだけ食べても美味いが、脂のたっぷりなカツの衣と合わせると絶妙な濃厚さを醸し出す。おまけにカレーはあまり辛くない。何度でも食べたくなる出しの効いた味だ。
同行した友人は蕎麦と丼を書き込んでいる。すごい食欲に圧倒されるが、こちらはカツカレーで定量オーバーだから、そばは次回に回すしかない。
ファミレスでも和食っぽいメニューが出されるようになったが、和風で出汁の効いたカレーまでは手が回っていない。だから、こういう大衆食堂っぽい店はもはや天然記念物あるいは文化遺産に指定して食文化財保護の一環としたいくらいだ。

今度また食べるときは、無理を言って福神漬けを大盛りにしてもらおう。目黒の秋刀魚ならぬ須崎のカツカレーは美味いと結論づけることにした。

食べ物レポート, 書評・映像評

ナブラでご飯

プラカゴに入って売っているのはみかんだった

「なぶら」というのは業界用語で、カツオの群れをさす。高知に足繁く通ううちに、土佐弁のヒアリング能力は向上したが、それと合わせて「土佐言葉」「料理言葉」もカタコトながら覚えるようになった。自分にとって第三外国語は土佐弁と理解しているので、わからない言葉はともかく周りの人に聞く。言語習得には小学生並みの好奇心、向学心が重要なのだ。
その「なぶら」を冠とした道の駅がある。その中にカツオ専門レストランがあり、色々なカツオの食べ方を楽しめる。この地は高知県でも屈指のカツオ漁港であるだけに、観光バスに乗った団体客も押し寄せる。それだけではなく高知県内の観光、ビジネス、その他あれこれの通行人も群れてくる。まさに「なぶら」状態だった。よい名前にしているものだと感心した。

高知で定食を頼むと大抵の場合、沢庵がついてくる 沢庵ラブな県民性?なのだと思う

その「なぶら」の一角に入り込み、カツオで昼飯をすることにしたが、さすがにたたきを注文する気にはならない。前日、たっぷりとこれまたカツオの名所で、うまいたたきを堪能した後だった。
あれこれ変わり種のカツオ料理を物色してみたが、三色丼に食指が動いた。たたきとカツオそぼろとカツオカツの三点もりだ。たたきは普通にうまいが、カツオフライはいささか不思議な感じがする。ツナ缶をコロッケ状にしたような感じがする。ツナ缶コロッケと言われれば味の想像はつくだろうが、まさにそういう味だった。
そして意外に奮闘しているぞと思ったのがそぼろだ。カツオは熱を通すとやたら硬くなるが、このそぼろは調理の加減なのだろう、固さをあまり感じない。むしろ柔らかめの食感であるし、カツオの旨みがよく出ている。
売店でソボロが販売されていたが、確かにこれは家でも食べたい逸品だ。三色丼を堪能した。

高知では有名なカツオ漁船、明神丸の本拠地でもあり港近くにある加工場は体育館をいくつも連ねたような巨大施設だった。南洋で釣り上げられたカツオをこの町で一斉に加工しているとのことだが、小学生の社会見学に連れてこられたらカツオ産業に参加したくなるかもしれない。

高知県西部 四万十川流域はうなぎだと思うが、やはりカツオがメインだった。うなぎはサイドアイテム

店内ではカツオ関連商品がたくさん販売されていた。お江戸界隈ではあまりお目にかかることもないハラミの加工品があり、試しに購入試食してみた。珍味なのだろう。
しかし、POPに書かれている「攻め文句」が「お酒が進むよ♪」とは、なんとも高知らしい。このセンスは、敬服するしかないな。

食べ物レポート

衝動的に焼肉 井○頭五郎的選択

埼玉の誇り 安楽亭

所用がありちょっと遠出をした。あれこれと打ち合わせをした後、気がつけば昼飯の時間を過ぎていた。帰りの運転がてらどこかのレストランで遅めの昼食にしようと思ったのだが、前日に見たテレビ番組の記憶に引きずられてしまった。
それは深夜の飯テロとして有名な番組で、録画したものを適当に見ているのだが、たまたま前日に見たのが焼肉のシーンだった。その「飯テロ」記憶が空腹と連動して、たまたま進行方向にチェーン焼肉屋の看板が目に入った瞬間フラッシュバックした。実に衝動的な、だからこそ圧倒的な強さで「焼肉食いてー」となってしまった。気分はすっかり五郎さんだった。

一人焼肉など何年振りかと思うくらいだが、大衆価格の焼肉チェン店もこの数年間でかなりの値上がりになっていた。昔はワンコイン焼肉ランチなどという有難いものがあったが、いまは昔の話になっていて、焼肉ランチはだいたい1000円超だ。だが、今日は価格の問題ではないと断じつつメニューを睨んだ。この店は焼肉店なのにメニューがやたらと複雑だ。肉の種類や組み合わせをあれこれ悩むとほぼ無限大のメニューに拡散してしまう。
なので、まず食べたい肉を決める。カルビかロースかみたいな話だ。そこに豚とか鳥を混ぜると話がややこしくなるので、牛肉一本に絞る。続いて肉の量を決める。昔であれば200gや300gはへっちゃらだった(と思う)が、いまでは肉の量を慎重に決めなければいけない。一番下の量80gでは物足りないだろう。160gにすれば大きめのハンバーグくらいだからなんとかなるか。みたいなことで肉を決める。
そして、ランチメニューにはスープのオプションもある。セットメニューの基本はワカメスープだが、割り増し金を払えばカルビクッパに変更できる。カルビクッパは好物なので、これは外せない。ところがカルビクッパは量が多い。小ぶりのラーメン丼くらいの起きさだ。そうすると、総摂取重量が増加するので胃袋の限界問題が発生する。
だとすれば、白飯の量を並から小に変更だ。当然、もう一つのオプションであるサラダとキムチの選択も量の少ない方、つまりキムチを選ぶことになる。
ここまで慎重に考えてようやく注文できるのだが、注文はタッチパネルなので焦って決める必要はない。横に従業員が立っていて注文を取る従来型スタイルであれば、緊張のあまり適当に頼んでしまうに違いない。焼肉屋の技術向上は確かに役に立つではないか。ここまで、ほとんご気分は五郎さんになりきっている。

とあれこれ迷いながら頼んだ焼肉ランチセットだったが、結論を言うとカルビクッパはやめて焼き肉をもっと増量しておけばよかった。意外なことに思っていたより肉を食べても胃袋の余裕があったのだ。人は歳をとると食が細ると言うが、肉の量に関してはそうでもないらしい。さすがに丼飯で焼き肉を食う元気はないが、米を少なめにして肉をたっぷりであれば、まだ行けそうらしい。何年ぶりかの焼肉屋で気がついたことだ。

うーん、また肉が食いたい。

街を歩く, 食べ物レポート

お江戸のラーメン

西新宿にあったサンマ節ラーメンの店がいつの間にか増殖してお江戸のあちこちに系列店、暖簾分けが増えていた。
池袋東口の裏路地のポツンとある店を発見したのは、たまたま馴染みの蕎麦屋を探していた時のことだ。探していた蕎麦屋は潰れていて、居酒屋に代わっていた。ラー油蕎麦を久しぶりに食べたかったのだが。
この店も西新宿本店には足繁く通ったものだが、最近はすっかりご無沙汰していたので、えいやっと気合を入れて久しぶりにサンマ節ラーメンを食べようと店内に入った。入り口にある券売機は最新鋭のものだった。ただ、これが実にわかりにくい。コロナ中に開発された店内飲食、店外持ち帰り両用機は大抵が使い勝手が悪い。いかに機器開発側の頭が悪いかを見せつける仕様だ。開発者出てこいと言いたくなるくらいのダメ仕様だと思う。一番ダメなのは複雑化したデジタルキャッシュ対応で、ここがストレスを最大にする部分だ。
興味のある方は、この店に行って体験すると良い。なかなかストレスフルな経験ができる。ちなみにお店の従業員の対応は素晴らしい。店がダメなのではなく、機械がダメなのだと、明言しておく。

チャーシューうまし おかわり欲しいが……………

魚介系ラーメンの元祖だけあって味に文句はない。それなりに腹がげっていたからいっきに食い終わると思っていた。ところがだ、記憶にあるより遥かに麺量が多い。(ような気がした)
おそらく加齢による胃袋容量の現象だと思うのだが。完食するのに苦労した。
おそらくだが、昨今のつけ麺の隆盛により汁麺も麺が太めになり、標準的な麺量も増加しているのではないか。都くんこの店は最近流行りのチャラ系ラーメンではなく、質実剛健の極みに位置する。
次回はもっと腹を減らして最良戦したいものだが、チャーシューメンは避けておこう。トッピングなしの素ラーメンで良いかもしれない。
まあ、そう思わせるくらいお気に入りのラーメンではありました。池袋で美味いラーメン屋見つけるのはなかなか大変なのですよね。行列ができる店がうまいとは限らないし……………

食べ物レポート

シベリヤ

自宅近くのパン屋で手に入れたシベリア

シベリヤと呼ばれるパンがある。見栄えがまるで和菓子のようだがれっきとした「パン」らしい。カステラ生地で餡子を挟んだもので、とてつもなく甘い。系統的にはあんぱんの親戚みたいなものだろうか。調べてみると関東一円で売られているローカルパンらしい。ただ、この名前に既視感がある。昔から知っていたような気がする。となると、北海道でも売っているのだろうか。ヨーカンパンがあるくらいだから、ヨーカンサンドがあっても不思議ではない。

などと考えていたら、ついに札幌のイオンで発見した。おそらく通年商品ではないのだろう。寒い時期になると売られる季節商品で、肉まんと同じように10月から販売開始ということではないか。おまけに製造元はヤマザキだから、それなりに地元でも知名度があるということだ。

中身は三角サンド形状ではなく、四角いサンドイッチ風で、ずいぶんと小ぶりなサイズだった。味は予想通りの激甘、一切れ食べるとごちそうさまと言いたくなる。これはやはりパンと言うより菓子ではないか。パンとケーキの中間品みたいな気がする。三切れ食べ切ったがとてつもない満腹感に襲われ昼飯は抜きにした。

関東生まれのシベリヤがどんな経緯で北海道に渡ったの(北海道生まれで、それが関東にながれていったということはないと思う)、そのあたりも興味があるが、次は札幌の老舗パン屋巡りでもしてみるか。変形シベリヤがたくさんありそうだ。中身がつぶアンとかウグイスアンとか……………
ブーランジェリーなどと言う高級なパン製造店では売っていないだろうしなあ。
食べ物レポート

神田でチャイナな気分

古くからの友人との飲み会で神田に行った。予備知識なしで出かけたが、店の前で看板を見て「おやまあ」と驚いた。味坊という店名から大衆居酒屋を想像していたのだが、なんと火鍋屋、それも本格派の店みたいだ。おまけに羊肉店だと書いてある。これは明らかに「和」ではなく「華人」料理ではないか。
店内の従業員も明らかにチャイナな方達だった。メニューは大陸北方系の料理らしい。店内に残っている匂いも明らかに中華系スパイスだった。


最近押し寄せてくる大陸系インバウンド旅行者にとって町中華の料理は「日本料理」なのだそうだ。その典型がラーメンであり、餃子であり、チャーハンらしい。正統的なチャイニーズとは全く別物で和風アレンジされた、まさに和食なのだそうだ。だから華人が華人のために調理する「中国料理」と呼ぶべき料理とは似て非なるものだ。
町中華のメニューは100年掛でアレンジされた創作和風料理だろう。確かに日本で食べる酢豚と大陸で食べた古老肉は似ているが違う料理だと思う。この店は神田にあるが「中国料理」店であり、中華料理店ではないのだろうなあと感じた。

看板にある通り、羊肉が「推し」メニューで、羊肉串焼きを注文した。味はまさに羊肉だったが、スパイスが日本的な中華料理の定番、ニンニク+生姜ではない。八角、ういきょうなど大陸系のスパイスだった。最近ではサイゼリヤでもこの手のメニューがあるので、羊肉が日本に定着しているとは思うが、味付けはやはり日本アレンジの方が主流だろう。羊肉を煮たり焼いたりして食べる文化圏はユーラシア大陸中央部を中心に、中国東北部から中東までの幅広い地域に広がる遊牧狩猟民文化と一体の食文化だろう。

極めて一般的な空芯菜の炒め物も味付けが違う。町中華であればニンニク塩味が主流だが、ここではやはり八角系のチャイナな味がする。従業員曰くさっぱりとした味付けとのことだったが、これは濃厚野菜炒めとでもいうべき代物だろう。日本人的な感覚からすると、さっぱりとはだいぶ遠い。ご飯のおかずには向かないが、羊肉と食べ合わせるにはこれくらいの強い味付けが必要だと思う。

厚めの餃子の皮に、これまたたっぷりとニラを入れた餡をくるんで焼いた「餅」が出てきた。日本語でいうところの「もち」ではなく、チャイナなモチである「ピン」だろう。まさにサイドアイテムではなく、腹持ちのするメインディッシュだ。これだけを昼飯にすると、ちょっと変わったチャイニーズランチになりそうな気がする。日本的にアレンジすれば「肉まん」になるのだろうけれど。案外餃子の原型はこんな料理だったのかもしれない。
ちなみに日本的な焼き餃子は「中国料理」には存在しないらしい。日本では飲茶で出てくる水餃子のようなものが、いつの間にか「焼き餃子」に変わったようだ。ネタ元は台北にある北京料理屋の大将に聞いた話だから多分正しいと思う。
余談だが台湾にある北京料理屋は高級店が多い。それは台湾成立の政治的事情と絡んでいるので、あまり追求してはいけないらしい。ただ、宮廷料理の流れを汲む正統北京料理店がなぜか台湾にも多くあるし台湾のローカルである台湾料理も多い。中国料理をお勉強するには台湾が便利なところなのだ。
焼き餃子に近いものは、餡を包んだものではなく、端を閉じでいない筒状のものだそうで、これは日本でも紅虎餃子房で提供している鉄板餃子とほぼ同じだった。

この店の大判焼き餃子もどきは気に入ったので、またいつか訪れて見たいものだ。