食べ物レポート

ういろう 西のもの

テレビの旅番組を見ていて、山口県の土産物特集で気になったものがいくつかある。そのときに鮮烈な印象を受けたものが、「ういろう」だった。ういろうといえば名古屋名物みたいな印象があるが、山口のういろうはちょっと違うぞと力説されていた。その違うぞという記憶だけが残っていて、その違いが何だったのか覚えていない。
そこで今回は「山口ういろう」を手に入れようと気合を入れてみたのだが、実物を見てしまうと何だか気が漏れていく。
というのも、この山口ういろうの有名商品らしきものは、コンビニでもスーパーでも売っていた。日常食とまでは言わないが、県内では肉まん、あんまん程度の普通な食べ物らしい。

名古屋のういろうは羊羹サイズで売っているものが多いが、山口ういろうは一口サイズのようだ。確かにこれは食べやすくてありがたい。

開封してみたら、どうも見慣れたルックスではないか。ちょっとなめらかというか透明感の強い羊羹的な見え方がする。食べてみると、硬めの水羊羹っぽい甘さ控えめなものだった。うーん、これが名古屋ういろうとどう違うのか、よくわからない。
知識が足りないと「食品」の理解ができないという典型例だった。事前に研究しておかないといけない土産物らしい。先入観がありすぎると評価が変わるが、先入観がなさすぎると評価ができない。これまた、何とも貴重な経験だった。

ちなみに地域名物のヒット商品は、意外と他産地の名物のコピー品であることが多い。お互いにコピーし合っているせいか、オリジナルの地があやふやになっていることもある。


ういろう萩の月と鎌倉カスターはどちらが最初なのだろうみたいな疑問だ。あのふわふわ系洋風まんじゅうは全国各地で増殖、繁殖、進化を繰り返し、今や亜種、発展種が百花繚乱状態だ。それと比べれば名古屋ういろうと山口ういろうは、ほぼ兄弟みたいなものだろう。もう少し研究してみるか………と思ったがやめておくことにする。たべてみてあらためておもったのだが、自分はそれほどういろう好きではないらしい。

食べ物レポート

ラーメン屋のチャーハン

札幌駅周辺でラーメンを食べようとすると、この時期は意外と大変だ。札幌駅の改修工事に伴い駅近の施設が一斉に閉まっているため「飲食店不足」が発生している。それに便乗したかのように、普通のラーメンが1000円越えになってしまった。
大通り周辺の繁華街に残るラーメン店は、何とか1000円の壁を超えないように頑張っているが、札幌駅周りの店は2030年くらいまで続く無競争状態を利用して、ぼったくりをするつもりらしい。
そんな環境でありながら、老舗のラーメン店は極端な値上げもせずに相変わらずの人気ぶりだった。この店のラーメンは自分好みのもので毎回利用しているのだが、ずっと気になっていた「チャーハン」を食べてみることにした。
確かに、この店の客の何割かはラーメンではなくチャーハンを注文している。サイドアイテムとしての半チャーハンが人気ということではなく、フルメニューの「チャーハン」が人気なのだ。

世の常識的な丸い小山のチャーハンをイメージしていたのだが、全く違うルックスで登場してきた。紅生姜の赤が鮮烈だが、見た目は極々普通だった。ただ、よくみると飯粒が油ぎっていない。油でベタついた感じはしない、サラッとした感じに見える。
食べてみたら、口の中で米粒がハラリと広がる。油に塗れた米団子を食べるような感じではない。舌触りもサラッとしているし、塩味も控えめだ。なるほど、これを単品注文する客が多いのが理解できる。
ただし、当然のことながら食べ続けると、味の単調さに飽きがくる。チャーハンの難しいのは最初の一口と最後の一口まで同じ味であることだ。つまり、舌の興奮状態が続かない。ラーメンと半チャーハンが人気なのは、互い違いに食べることで味変をして、炒飯の単調さを補うことにある。というのであれば、チャーハン単品を食べるとき、どういう味変で凌ぐか?という方法を編み出す必要がある。。ただし、体には良くない禁断の術だ。

チャーハンを半分くらいまでワシワシと一気喰いする。ドカ食いする。そして、腹の満腹中枢が働き始める前に、ビールを注文し軽く飲む。アルコールが胃を刺激するのを期待するわけではない。ここで気分を変えて、チャーハンをつまみにビールを飲むモードにする。気持ちの切り替えだ。
意外とチャーハンは酒のつまみとしてよくできている。適度な油分と塩気がある。少量ずつスプーンで掬って食べる。舌がチャーハンの味にだれてきたらぐびっとビールで押し流す。舌がリフレッシュされたら、また炒飯味を楽しむ。あとはこのループを延々繰り返すのだ。

他人様にお勧めできるやり方ではないが、怠惰な午後を過ごしても良いと思うときには、チャーハンとビール、意外と楽しい。ただし、食後はとてつもない眠気に襲われるのも間違いない。「混ぜたら危険」な炒飯&ビールランチであります。

街を歩く, 食べ物レポート

春のちゃんぽん

世間では大型連休の真っ最中だが、我が人生ではもはや週末、連休とは外出を避け(混雑しているので)家で大人しくしているものとなった。だから、全くウキウキしない。逆に早く終わってくれないかなあなどと思うようになった。人生も時期によって過ごし方は変わるものだとおもいしらされる。

多すぎると、ありがた迷惑的になってしまうコーン・マシマシ

さて、ちゃんぽんの全国チェーン店に、たまたま続けて行くハメになった。どちらもフードコートの店で、ラーメンを食べようとしたらラーメン店がなくなていたり、凄まじい行列ができていたせいだ。
これを業界用語(笑)ではセカンド・チャンスという。例えばフードコートで大人気のラーメン店(他の業態でも良い)があり、そこでは待ち時間が30分かかるとする。すると、そこに「待たずにすぐ買えるラーメン店」を出店すると、まさに漁夫の利を得て、そこそこ繁盛するというものだ。超繁盛店のおこぼれをもらうコバンザメ商法と言って良いかもしれない。今回のちゃんぽんは、まさにそう言った利用動機で食べることになった。何が何でもちゃんぽんが食べたいという、エッセンシャルなモチベーションが(ちょっと偉そうにカタカナ連ねてみました)存在したわけではない。


個人的にはちゃんぽんが好きだし、このチェーン店もよく利用している。だから商品に文句はない。だが、今回の春向け商品はちょっとすごかった。
たまたま「味噌味ちゃんぽん」を食べたことがなかったので試してみようと注文してみたのだが、従業員が「あと〇〇円で、コーンたっぷりの季節商品になりますよ」とセールストーク。マニュアルに忠実な良い従業員だ。基本的にセールストークは断らないことにしているので、言われるままにコーントッピングの味噌ちゃんぽんに変更した。
そして、手に入れた商品を見て絶句する。ビジュアルが……………凄すぎる、黄色すぎる。おまけに食べてみたら、味噌の味がしない。普通のちゃんぽんと違う味だということはわかるが、何だか思っているものと違う。とんこつラーメン店ではよく起こる現象で、スープと味噌のバランスが取れないことが多いようだ。どちらも主張の強い味噌と豚骨スープがケンカしているというところだろう。
おまけに、コーンが多すぎて食べるたびにコーンの味が混じりこむ。騙されたとまでは行かないが、ちゃんぽん世界の北の果てに飛ばされた、みたいな気分になった。

おそらくこれが、ちゃんぽん界の全国標準

次の機会には、真っ当なオリジナルを注文しようと、ちゃんぽん(並)、何のサイド追加もなしで頼んでみた。食べてみれば、ああ、これぞまさにちゃんぽん的な安心感がある。
ただ、どうもコロナの時期にあれこれと商品改良をしてテイクアウト対応可能にしたせいか、何とも言えない違和感というか微妙な味の違いを感じる。これは物理的な変化というより、情報を入れたせいで味の判断に予断が入っているということかもしれない。たとえばスープの温度は同じであっても、油を変えると舌にまとわりつく感じが変わるので、熱さぬるさの判断が変わってしまうみたいなことだ。炒め油にしても動物油と植物油による味の違いは、そんなところに出てくる。
食べて感じる熱さや温度は物理的に変化がないのだろうが、舌が感じる体感温度みたいなものは異なる。だから、知識や情報が味に影響するというのは、些か悲しいものがあるのだが、それも脳の機能というものだ。職人がフライパンを振る調理法と、専用機械で均一に加熱する自動調理の間には、やはりまだまだ差があるらしい。
それでも機械化された方が、出来上がりのブレが少ない。職人芸に至らない素人もどきが作る素人芸(不味い商品)にぶち当たるよりは機械が作る一定品質の方が数段上だろう。


最近では我ながら呆れるくらいなので、もう少し事前の情報を無視して、単純にうまいまずいで物を食べた方が、人生幸せな気がする。

春の桜を見るたびに、あと何回桜を見ることができるだろうと思い始めたらジジイらしい。(ババアの定義はちょっと違うと思うし、よくわからない)今年の桜を見ながら、うまいちゃんぽんの未来に思いを馳せることになったが、それは残りの人生の過ごし方としてあまり面白いものではないような気が……………

食べ物レポート

三色団子 北海道スタイル

九州で見つけた団子は、一つの串にごまあんとみたらしが上下に分かれてかかっていた。人生で初めて見た衝撃の品物だったが、その衝撃とは別に実に美味しく食べた。ひと串で二度美味しい、絶品だ。あれが自宅周りのスーパーで売っていたら、けっこうまめに買うのになあと残念に思う。そして、今回は北の街で、自分のイメージ通りの三色団子を見つけた。
ごまあん、みたらし、ねりあんがひと串ずつ入っている物だ。これこれ、まさにこれだとその場で喜んでしまった。

この三色団子はいつでも売っているわけではない。かと言って特定の季節に売っているわけでもない。なぜか、ある時突然売り場に出現して、いつの間にかなくなっているという「不思議」商品だ。
今回も、これを買って三日後には売り場から消失していた。何と「謎」の多い物だろう。全国あちこち旅をして、団子ばかり見て回っているつもりもないが、意外とこの3色別々串セットは見当たらない。ヨーカンパンのような地域特性があるのかもしれない。自宅周辺は焼き団子でそれなりに有名な地域なのだが、この手の三色団子セットは見たことがない。まあ、人生の一大事というほどのことでもないので、新種に気がついたらまた何か考えてみよう。

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いただきもの

寡聞にして国産アボカドが存在していることを知らなかった。たまたまいただいたものを見て、あやまあ、と思った次第。ともかく大きい。スーパーで売っているメキシコ・アボカドしか知らないので、アボカドのシュリについて知識がない、比べようもないが、持った感じはずしりと重い。また、皮の中がしっかりと硬い感触がある。
しばらく室内に置いておき、柔らかくなるのを待ってみた。毎日、皮を触り確かめるのだが、なかなか柔らかくならない。二週間ほどしてようやく少し押すと柔らかい感じがしたので、半分にして食べてみた。
身は柔らかいのだが、完熟アボカド特有の溶けて崩れるような感じはしない。すべすべの果肉がとろけるような感じだった。なめらかというのが一番当たっている。味は、思っていたよりもあっさり目で、サラダによく合う気がする。

スーパーで買ってきた普通のアボカドと比べてみた。子供のゲンコツと大人のゲンコツくらいの差があるのがわかる。
最近はデパートに行った時に国産アボカドを探してみるが、どうもお江戸では出回ってはいないようだ。貴重なものをいただいたことは間違いない。感謝。

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カツカレー あれこれ

ここしばらくカツカレーを連続で食べた。それに深い意味はないが、時々カツカレーが無性に食べたくなる。学生時代の刷り込みでカツカレー=ご馳走という脳内方程式がある。だから、ちょっと疲れたなと思った時の飯は、あるいはちょっと頑張った後の飯は、カツカレーになることが多い。ほぼパブロフの犬状態だ。

自宅近くの洋食屋 サン のカツカレー とても普通でボリュームタップリ

見た目からして、これぞカツカレーというのが、自宅近くの洋食屋で食べるカツカレーだ。ルーがドロドロ系なので、最近のスパイス系カレーとは全く別物だ。ファストフード各社が提供する、さらりとスパイシーみたいなカレーとは全く別料理と言っても良い。
カツの肉は薄めだが、カツカレーの大事なポイントは「厚い衣」にある(きっぱり)と思う。その厚い衣をハフハフ言いながらカレーのルーで味をつけ食べるのが好きなのだ。中の肉はすでに痕跡程度の薄さでも文句はない。いや、確かに肉はおまけだ。
衣が十分に厚いと、カレールーに合わせて追いソースをかける。これが、何とも絶妙にうまい。カレーには追いソース派が多いようだが、カツカレーに関しては全面同意する。

新宿 はやしや 芸術的カツカレー

新宿にある馴染みの洋食屋では、カレーが少しスタイリッシュというかスープ的ななめらかさらさら系になる。カツは別添えという感じになるので、このカツをルーの海の中に投入して食べる。これが美味い。
カツカレーのライス抜きというメニューを仙台の居酒屋で見つけた時、何とこれを今まで知らずに人生を送ってしまったとは……………とものすごく残念に思った記憶がある。それくらい、カレーのルーとカツのペアは相性が良い。酒の肴ランキンで少なくともベスト5に入れたい。この店でもぜひカツカレーライス抜きを出してもらいたいものだ。
この店はレストランというか洋食堂でありながら、酒の肴になるメニューが多すぎるのが困りものだ(嬉しい)。イチオシはオムライスなのだが、2番目がカツカレー、3番目がミックスピザだ。昼の一人酒をやるには最強の食堂だ。もしライス抜きカツカレーで酒を飲むなら、冷たい日本酒が良い。二品目、三品目の魚も待ち構えている。野球で言えば先発、中継ぎ、ストッパーの完全チームが組まれている。しかし、それはまさに禁断の組み合わせ、飲み過ぎ決定の地獄コースだな。

ゴリラーマークのカレーが美味い 5・5!

ドロドロ系カレーの代表といえば、金沢発祥のカレー屋に間違いない。神田界隈のオシャレ系カレーとは質が違う。世界が異なる。雑居ビルの地下とか、飲み屋ビルの2階とか、こんなところに飯屋を作って大丈夫かという場所に店がある。
ただ、熱烈な信者がいるので不便な場所であっても通い詰める客がいるようだ。今まで行った店はでは、どんな不便な場所であっても昼時は待たされる。行列ができている。ある意味中毒性が高いカレーなのだろうと思う。
トレードマークはキャベツの千切りだがこれに福神漬けをのせると、カレーと合わせて「無限メニュー」になる。カレー→キャベツ→福神漬け→カレーの無限ループが完成する。
この店の基本トッピングはカツだが、他にも選択肢は多い。ただ、やはり定番の薄め(肉も衣も薄い)カツが良いようだ。それをおかずとして酒を飲む、という暴挙を試みるのも悪くはない。

この店は酒飲みには優しくないが、ビールを清涼飲料水のように飲むことを勧めているらしい。出てくるのが缶ビールという割り切りもすごいが(ちなみにガストもそうだった)、実はこれにとても感謝だった。
アサヒの生ジョッキ感は二度ほど買って試してみたが、そのありがたみが全くわからなかった。泡がうまく立たないせいなのだが、どうやら冷却しておくことと静止状態に置いておくことが、良い泡の発生条件らしい。今までは、スーパーで買ったものをブンブンふり回して持っていったキャンプ場で飲んだため、泡の発生が不適切だったようだ。
今回は、これぞまさに神泡という仕上がりで、確かにこいつは美味い。カレーを食べに来て違うこと、有益な人生の知恵を学べるのは一石二鳥と喜んでもいいだろう。

カレー天国日本は良いところだなあとしみじみ思う。ちなみにハワイでは日系人が伝えて変形、進化した現地的カレーがある。小さな食堂などでカレーを見つけたら食べてみると良いが、あれはほとんど別物、ハワイアンカレーなるものに進化しているので、違う意味で感動する。カツはローカルでもkatsuと書いてあったりします。Chicken “Katsu” curry みたいな感じですねえ。

街を歩く, 食べ物レポート

駅地下人工横丁の驚異

徳島駅の地下にある居酒屋横丁的な施設が、何とも中途半端というか難しい営業をしている。観光客からすれば駅ビル地下に地元の名物料理屋があれば実に便利だ。しかし、近くのオフィスから来る地元客からすると、全国チェーン店でも問題はないだろうし、その方が喜ばれるのかもしれない。たとえば、大都市からの旅行者にとってシアトル系コーヒー店はありふれた街の光景だが、地方都市で言えばまだまだ「目立つための場所」なのだ。
確かに一階は観光客と地元客のミックス需要に対応して、土産物菓子屋とシアトルコーヒー店とファッション関係が雑居していた。

どうも自分の勝手な見立てだが、新幹線駅がある県庁所在地は地域の中核商業地になっている。広域から人を集める、県内の中心地としてそれなりに人気がある場所だ。ただ、大多数の県庁所在地は昔ながらの繁華街が駅とは違う場所にある。なので市内の商業地が二極化してしまうが、旧繁華街、それも大体はお城の下にひらけた旧城下町は、駐車場対策の遅れにより陳腐化し老朽化が進んでしまう。
ただ、このモデルも新幹線が通っていない街には適用できないみたいだ。四国の4県庁都市はこの典型で、どの街も駅前がパッとしない。駅前、駅ビルの再開発をしてみても郊外に流出した地元客を取り戻すことには成功していないように見える。特にJR駅前の賑やかさがない。松山や高松では私鉄駅前がそれなりの賑わいを見せるが、それでも中途半端だ。おそらく鉄道を通した頃の政治情勢がまちづくりに影響を及ぼしたのだろう。あるいは先の大戦で空襲により街が平面化?したかどうかの差なのかもしれない。


徳島駅前にあった三越も今ではテナントビル化しているようだが、駅前の回遊性は見られない。ちょっと寂しい感じがする。ずいぶん前に訪れた時には、何だかもっと活気がある街だったような記憶がある。新駅舎が出来てもっと賑やかになるのかと思っていたのだが意外だった。

その難しい立地で、これまた集客が難しい地下階に通常の飲食店を誘致するのが困難極まるであろうことはよくわかる。地元客で賑わうのはせいぜいランチタイムの一瞬だけで、夜の時間になれば地元客は従来からある賑やかな繁華街に流出していく。
それを食い止めるべく、居酒屋業態を多種類放り込み、昼夜の二毛作ではなく、夜昼の二毛作を目指している。ただ、居酒屋と定食屋は根本的にメニューの設計思想が異なるので、これは計画通りになるかというといささか怪しい。
夜と昼と二度見に行った。客の入りが当然店によって違う。昼も夜も満席になていたのは、何と鮨屋だった。ただ、その鮨屋でも夜は酒を飲んでいる客が少ない。なかなか思惑通りに客が踊ってくれないものだ。
そんな苦労を目にしながら、あれれと思ったのが居酒屋ランチで「モツ煮込み定食」というものがあったからだ。確かに定食屋でモツ煮を出す店は見たことがない。これは意外と盲点かもしれない。
地元の埼玉県で展開している郊外型うどんチェーン店の人気メニューがモツ煮定食で、意外とおっさんだけではなく、女性や子供にも好まれているらしい。ただモツ煮定食は基本的に安い。肉料理として生姜焼き定食やハンバーづ定食より1ランク安いから成立する料理ではないか。
そのモツ煮定食が1000円弱という値付けは強気というか、すごいなと思ったのだが、隣の席(カウンター席)に来る客が全員これを頼んでいた。あれまあ、と驚いてしまうキラーコンテンツだった。
勝手にあれこれと地下の居酒屋集合体を批判していたが、やはり現場を見なければ分からないことは多い。昼間のモツ煮込みは普通の定食屋で食べられないから人気メニューになるようだ。この発想は出てこないなあ。他の店でも夜メニューが昼の裏メニューとして人気を博しているのかもしれない。いやいや、おみそれしました。

食べ物レポート

駅前のラーメン店の誉れ

岩国駅前で1時間ほどの電車待ちになった。時間的には昼飯にちょっと早いくらいだったが、駅前で何か食べておかないとまた昼飯がコンビニおにぎりになる。ただ、駅前は基本的に随分と寂しい。繁華街が駅から離れたところにあるせいだろう。山陽本線の主要駅のはずだが、駅構内にはカフェしかない。
駅前のバス乗り場付近を見渡すとはしっこの方に一軒のラーメン屋らしきものを発見した。その隣はオシャレ系のバーガー店だった。岩国には米軍基地があるからアメリカンテイストの店が駅前にあるのも不思議ではない。だが、ここは気分的にバーガーではない。つまりラーメン一択なのだが、この店のみかけが何ともすごい。まるで昭和40年代にタイムスリップした感がある。
駅前に美味いものなしとは昔よく聞いた言葉だが、この岩国駅前で生き残っているのだから、まずいはずはないと思う。なんといっても、看板には中華そばと書いてあり、豚骨ラーメンとか「らうめん」とかの現代風表記ではない。きっと美味いはずだ。

店に入ると最初に入り口で注文して前払いする仕組みだった。それは問題ない。が、注文すると「ラーメン、ワーン」と厨房に大声で伝える。一つではなく、ワーンなのだ。二つの時はどうするのだろうと、席について聞き耳を立てていたが、何故かソロ客しか来ない。ワーンが連発だった。ようやく複数人が入ってきたが、これが何と六人組で席待ちになった。とうとう最後までふたつの注文には出会えなかったが、これはこれで面白かった。ラーメンが来るまで待つことしばし、その間も若い客が続々と入ってきた。一人客はみんな相席になるが、繁盛店であることがよくわかった。爺さん婆さんのたむろする店より、若い衆が集まる店の方が客の新陳代謝が効いている、つまりうまさが世代を超えて引き継がれているということだから、客層を見ていて安心できる。


一口食べると、妙に懐かしい味がする。とんこつベースなのだが、予想外にあっさりとした仕上がりだった。コラーゲンがたっぷり出て、食べると口の周りがギトギトする最近の豚骨ラーメンとは違う。以前岡山で食べた岡山ラーメン元祖と似た感じだ。おそらく九州からとんこつラーメンが伝わってきて、その途中でマイルド系なスープに変化したのだろう。
この系統の豚骨ベースがもう少し全国に広がっても良さそうな気がする。ただ、見た目はシンプルで最近のゴテゴテしたヘビートッピングなラーメンと比べると、ちょっと見劣りがする。しかし、味はこちらが抜群に良い。まあ、時代に媚びない頑固者という理解で良いだろう。

注文する時にすでに客席でラーメンを食べていた客のほとんどが注文していたお稲荷さんを追加で頼んだ。これも、揚げの中にたっぷりとご飯が詰め込まれたストロングスタイルなお稲荷さんで、控えめな甘さの味付けだった。この店のサッパリ系ラーメンにはよくあっている。
地方都市の駅前食堂は生き残るのが厳しい時代だろうが、そんな時代にしっかり生き残っている店は、やはり名店である確率が高いようだ。美味しいラーメンを食べて少し気分が上向きになる。良い店だったなあ。

食べ物レポート, 旅をする

A night in Hiroshima

移動の途中で広島に立ち寄った。夜はお好み焼きを食べようよ決めていたのだが、かの有名なお好み焼きビルですら、半分くらいのお店が夜営業をしていなかった。あるいは早仕舞いをするようだ。
開いている店でも半分くらいの席が外国人観光客に占拠されていたり、予約で入店お断りになっていたりする。今日はもう追加の客は入れないと言われたり、今から締めますと断られたりで、なんとも残念なことになった。
おそらく、街のあちこちにお好み焼き屋はあるのだろうが、それを探す気力も無くなってしまった。それでは、広島名物こいわしでも食べようと居酒屋を探したのだが、お目当ての店はなんと休日で、その次の店も休みだった。ついていない一夜だ。
そこで自分の眼力を信じて、どこかの店に飛び込みで入ろうとしていたら、一軒のチェーン居酒屋に気がついた。
チェーン店でも居酒屋では地元の食材を提供することは多い。これはひょっとすると、こいわしがあるかもしれないと期待して入ったのだが。結果は、アウトだった。うーん、期待のしすぎというべきだろう。

お江戸で軽く飲む居酒屋としてはよく使う店だった。良い店だと思うし、回転寿司チェーンにとっては良いコンセプトだろうと思う。が、ローカル対応は全くしていなかった。チェーン理論としては全店同一メニューが正しいのだが、個人的には残念ということだ。

この時期は、まだ春カツオには早いはずだがなぜかカツオ推しメニューで、それはそれで美味いのだがなんとも季節感が伴わない。確かに秋から冬にかけて獲れる脂の乗った戻りカツオはうまい。ただ、年も明けたこの時期に戻りカツオって??という素朴な疑問には全く答えてくれそうもない。本社の意向というやつだ。食べてみれば美味かったのでカツオ好きとしては文句ないけど。

なぜ広島でと言いたいが、一番喜んだのがボール型ポテトサラダだった。見た目は一回り小さいテニスボールくらいだ。周りにびっしりと青のりがついている。見た目は苔玉みたいだ。

従業員のお兄さんに言われるまま、スプーンでボールを割ってみた。中からゆで卵が出てきた。これは、すごいなあ。座布団一枚あげてくれ、という感じだった。ありきたりのポテトサラダがひと工夫でビジュアル的にグラマラスな商品に変身する。開発者、偉いぞ、と褒め称えよう。

普段はあまり頼むことのない天ぷらだが、この時は筍フェアーだというので頼んでみた。塩で食べるのがおすすめだったが、一緒についてきたバジルソースが抜群に天ぷら向きだった。これも開発者を賞賛するべき傑作だった。
地元のうまいものには出会えなかったが、お江戸的見栄えの良い食べ物や変わり味の食べ物に出会えたからよしとしよう。
食べ損ねたお好み焼きについては、仕方がないから銀座にある広島アンテナショップで敵討ちをすることに決めた。広島の仇を江戸で取ると…………

食べ物レポート

昼食難民は都会だけはない

食べた限りで言うと 高知の卵焼きは甘いが好みだ

高知県中西部にある中土佐町という港町に、最近足繁く通っている。日本全国どこでも起こっていることだが地方都市では人口減少と高齢化が凄まじい速度で進んでいる。その影響はあちこちに出るが、一番困るのは「昼飯」を外で食べる人が減るため飯屋がなくなっていくことだ。
コロナの落とし子と言いたい閉店ラッシュと従業員不足による定休日が普及してしまい、街によっては飲食店が月曜とか水曜に一斉休業する。その日は、飯を食べる場所がない。あるいは開いていても、その一店に客が押し寄せるためとても混雑している。
ランチ難民は大都会のオフィス街だけで起こるわけではないと思い知った。となると、お助けになるのは弁当なのだが、実は小さな町ではコンビニの数が少ない。そのコンビニに、どうやら町一番の大企業である「町役場」の方達が押し寄せるらしい。

カツオ飯 店によって味付けは全然違う 食べ比べるとおもしろ

なので昼飯用の弁当を買うには、ちょっと離れた道の駅に行く。道の駅だから、当然ご当地名物のような弁当もあるが、そこはあえて唐揚げと卵焼きという定番おかずにプラスして高知名物「カツオ飯」を買ってみた。
カツオ飯は、醤油味の炊き込みご飯だ。鰹を甘辛く煮たものをベースにして白米に混ぜ込み炊き上げる。生姜味が効いているので意外とさっぱりした仕上がりになる。旅行者にはご当地感あふれる良品だろう。美味しくいただいた。
昼飯はこれで十分な気がする。ちなみに、我が友人の普段のランチは、自宅に帰ってサラサラと食べるのだそうだ。さすが,食住接近しているとそういう「ウルトラC級」の離れ技を発揮するのかと感心した。

須崎名物 鍋焼きうどん 出てきた時はぐつぐつ煮えていた

翌日も依然として昼食難民が続き、今度は隣町まで遠征してみた。だが状況は余計酷かった。隣町はその日ほとんどの店が休業だった。ということで、また道の駅(隣町)に助けを求めた。ただ、弁当ではなくご当地名物の鍋焼きラーメンを食べることにした。
鍋焼きラーメンは実に美味い。それに合わせて感動したのが、付け合わせに付いてきた大根の古漬けで、これぞ昔の沢庵漬けだと感動してしまった。(厳密に言えばちょっと違うかもしれない)
発酵臭があり塩味もキツく歯応えは相当なものだ。しわしわでガシッと噛み締めるがなかなか噛みきれない。これは、よいなあ。こういう漬物でお茶漬けサラサラみたいのも昼飯には向いている。(当然、そんなメニューはないのだが頼めば作ってくれるだろうか)

鍋焼きラーメンはあっさりスープと細めのちぢれ麺だった。具はちくわと鶏肉。ただし鶏肉は鍋の底に沈んでいるので、よーく探さないといけない。個人的には鍋焼きうどんより鍋焼きラーメンの方が、数段美味いと思う。どちらにしても、二日とも昼飯は道の駅に助けてもらった。ありがたしだ。

スナック Londoner 特別メニュー なんだか気分は深夜食堂だった。

その夜、今度はランチ難民ではなく夕食難民になりかかった。火曜・水曜は居酒屋休業日らしい。それでも、やはり友人がいるのはありがたいもので、その友人の店で飲んでいたら居酒屋並みの料理を用意してくれた。おまけに締めは、漁師のラー油を使った焼きうどんを五人前くらいの大盛りにしてくれた、感謝感謝だ。
田舎町の昼、夜飯難民になっても、友人がいればなんとかなるという人情話のオチでした。