街を歩く

和菓子の散歩

散歩の目的地として和菓子屋を目指すという話の続きで、手に入れたのが浅草亀十のどら焼き。もちろんだが浅草まで歩いたわけではない。所沢駅前の西武ショッピングセンター(旧西武百貨店)の中に、全国の名物お菓子を売っている場所がある。そこの特設コーナーにお江戸の名品が並んでいた。浅草に行っても、亀十は行列が長すぎていつも諦めていた。去年までのインバウンド客大量発生の時は、近寄るのも恐ろしいくらいの行列だったし。ところが、その行列店の亀十どら焼きが所沢まで渡ってくるのだから、どれだけ観光客がいなくなったことだろうと推測できる。ほとんど買い放題状態でどら焼きが山積みになっていた。行列もなかった。ありがたいなあと思いつつ、申し訳なくもある微妙な気分。食べたどら焼きは、いつものうまさだったので、これまたありがたい。

その隣に売っていたのがクリームパンで、これもついでに一つ調達した。クリームパンは和菓子かと言われると微妙な感じもあるが、あんパンと同じで西洋パンではないような気がする。柔らかいパンの中に甘いフィリングが入っているとなると、これはアメリカやヨーロッパのベーカリーでは見かけた記憶がない。チョコが入っていたり、木の実が入っていたりというのはあるが。せいぜいトッピングとして甘いものが乗っているデニッシュくらいだろうか。

神楽坂にある亀井堂のクリームパンはたまに手土産に持って行ったりする。あれはとてつもなくうまいが大きすぎると思う時もあり、クリームパンのサイズはこれくらいの方が良いのかななどぶつぶつ言いながらあっという間に完食した。このパンの柔らかさとたっぷりのクリームは、ほとんど饅頭か大福もちみたいなものだ。やはり、和菓子認定で良いのではないか。スーパーで売っているクリームパンとは天と地の差があるぞ、とは思うのだが、これが毎日スーパーで売っていたらありがたみも失せるのだろうな。それでも週に一回くらいは、地の果て所沢に売りに来て欲しい。

コロナで大変なご商売の方々には申し訳ないが、観光客減少のおかげで名物や美味しいものが販売されるようになったのは、ちょっとだけありがたい。来週はどこの名物が売っているか「散歩」がてらに確かめに行こう。

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キャンプブームを実感しました

昔々のことだが、オートキャンプにずぶとハマっていた。子供を連れて6−7年間ほど春夏秋は晴れてさえいればキャンプに行っていた。その時にお世話になっていたのが小川テント製のテントで丈夫で長持ち。お値段はちょっと張るがコストパフォーマンスを考えると良い品物だった。ホームセンターで買った安物とは使い勝手が雲泥の差で、ブランドの力を思い知った逸品だった。

その小川テントのアンテナショップなのかショールームなのか、立派な施設が所沢のショッピングビルの中に開店していた。ずっと、目隠しの壁に囲われていたので何ができるのかなと思っていたのだが。

テント以外にグッズも豊富で何度でも見に行きたい

最近のグランピングの流行などを聞くたびに、何やらアヤシイ気分になっていたが、こうして最新鋭の高級テントを見ると、キャンプ行きたいぞというきぶんになる。ただ、この高級テントはどれも以後ごちよく書いてきそうだが、なんだか立派すぎるんだなあ。だから一泊でキャンプするくらいだともったいないというか。設営と撤収作業を考えると、結構大変そうだし。この歳になれば、もう一つの流行らしいソロキャンプがいいなあと思ったら、やはり最新版の一人用テントが売っていた。衝動買いしそうになったが、そこは我慢我慢。

最新のテントは、ものすごく物欲を刺激する困り物だった

ただただ感心するのは、こうした立派なアウトドア専門店が所沢駅前の繁華街にできることで、おまけに商業ビルの一階という立地なのが、これまたびっくり。一昔前だったらもう少しお値段が高めの商品を売る場所だ。時代は変わるものだ。ちなみに、この店の横は讃岐うどんの店というのも、これまたすごいというか、自分の中のビル内立地の常識がひっくり返る。何やら所沢は、怪しい街に変身中らしい。

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ライオンズファン 専用ですか?

所沢駅の駅ビル改良増床工事が終わり新しい店ができたが、コロナのせいでしばらくお休みしていた「ライオンズファン専用、限定レストラン」(なのかな?)が、営業開始していた。スポーツバー的なイメージがあるが、どうにも敷居が高い。心理的なバリヤーが入り口前に貼られているような気がする。外から覗くと何やら居心地良さげな空間だが。そもそも長く所沢に住んでいるが、西武球場(今はネーミングライツのせいでなんちゃら球場になっている)にいくのは10年に一度くらいだ。子供が大きくなってからは一度も行ったことがない。

そしてすごいのが、このご時世でビュッフェだった。ハンバーガをセルフで仕立てるらしい。しかし、ここにも西武ファン推しの一言が添えられている。「かつてない体験」してみたいのだがなあ。シーズンが開幕したらもっと入りにくくなりそうな予感もする。

このライオンズファン御用達のお店の前には書籍店の喫茶コーナーがある。今の時期は寒いので誰もいないが、もう少し気温が上がれば、ここはそれなりに気持ちの良い場所になりそうだ。

所沢駅ビルは駅から一歩出た場所にワンストップで買い物ができる便利な空間に変身した。初めて所沢駅に来た時の木造平家の駅舎を思い出せば、この変容は呆れるばかりだ。初めて所沢駅に降りたときは、北海道の片田舎に来てしまったと思うくらいの辺境感あふれる「古代駅」だったのだから。今やペデストリアンデッキで駅前ロータリーが囲まれ、駅の東西につながる駅ビルとショッピングモール(元・西武百貨店)で構成される現代的な空間になった。街が一変するほどの時間が経過したということだ。つくづく自分が歳を取ったことを思い知らされる。

コンパクトな分だけ、大宮や浦和より面白い街になりそうな気もする今日この頃だ。

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所沢 3題

埼玉県から出るなというお達しを守るつもりがあるかと言われると、仕事では東京に行くしなあ、と答えることにしている。不要不急という曖昧な表現が嫌いだということもあるが、一度言い放った感染者数が下がれば解除という公約を守らない、呆れた行政に愛想が尽きたということが根底にある。ビジネスだったら取引停止になるくらいの嘘つきだと思うが。数値と連動させない総合的判断など、愚者の言い訳だろう。などと政府批判をするきっかけが、この電車だった。西武線の予約の取れない電車ナンバーワンの「新宿発秩父行き特別列車」、二人でのんびりと電車の中でご飯を食べる観光限定列車だ。午後だったので帰りの運行だったと思う。
所沢駅では写真の左側川越方向から右側の新宿方向へ電車が進行する。それなのに、ホームに立ってぼーっとしていたら右側から電車が来てびっくりした。電車が進行するにつれ食堂車が見えたので、なるほどと納得したのだが。
通常の運行では秩父方向からの電車は、その隣のホームに右から入線してくる。通常は池袋に行くのだが、新宿に行くためには所沢駅でスイッチバックする必要がある。軽い鉄オタ成分があるので、何やらめずらしいものをみて儲けものと喜んでいたのだが・・・。よくよく考えると、これは東京発埼玉の山間部行きの県境またぎの観光列車ではないか。電車に乗って飯を食うのは不要不急とは言わないのか?などとじんわり思った次第。
西武鉄道に文句があるわけではない。観光列車で遊びに行くななどというつもりはひとかけらもない。ただ、これが目を三角にしてテレビで妄言を吐いている政府の担当者や首都圏の知事の姿と重なると、いやあな気分になったというだけの話だ。政治屋は嘘をつくのが商売かあと・・・。

所沢の老舗居酒屋が復活して、高齢者を中心に客が戻っているかなと思ったらランチもガラガラだった。夜は早仕舞いではかわいそうだなと、複数人で酒を飲むと感染源になる・・・という某担当相の言い分を思い出し、一人で誰とも話さず飲んでやろうと夕方早めに出かけてみた。たしかに客は多少なりとも入っていたが、だいたい一人飲みが多い。せめて「一人で食事をしよう」と呼びかけてくれれば多少は商売も成り立つのにとおもいつつ、長居はしないで帰ったのだが、これも不要不急の外出なのだろうなあ。ちなみに、焼き鳥のテイクアウト販売んチェーン店はあるが、そこでも「もつ焼き」は売っていないのだよね。内臓系の肉は居酒屋かホルモン屋に行くしかないのだけれど。

埼玉が誇る町中華の日高屋、そこのキムチ・チャーハンが好物なのだが、実はこれを自作しようとするとなかなか難しい。キムチと米が混ざると水気が多すぎるのだと思うが、どうしても水っぽいベタっとした焼き飯もどきにしかならない。日高屋でキムチを注文すると、どちらかという浅漬け風のキムチで水分も少なめだから、やはりチャーハンに向いたキムチというのはあるのだろうなあと思う。家にあるキムチはあまり辛くない水分多めのフレッシュ系キムチなので、相性が悪いようだ。でも、キムチチャーハンのためにキムチをわざわざ何種類も買って試すのもなあ・・・、ちょっと気が重い。やはり、お手軽に日高屋に食べに行くのが良いのだと思う。これは自作という努力をした上で、専門性を認めた料理を試食に行くのだから不要不急の外出には当たらない。おまけに県内外食企業の運営店に行くのだから、県内企業の応援にもなる。などと、どこぞの脳が筋肉化した国会議員の言い訳みたいなことを思い浮かべながら食べるキムチ・チャーハンはとても美味なのでありますよ。

コロナ対策で家にいると、こんなことばかり考えてしまうので、感染防止と心のバランスは難しいものだということがよくわかる。そのうち、きっと、俺だって〇〇を我慢して、頑張っているんだ、と妄言を吐く国会議員が出てくるだろうなあ。まあ、気持ちはわかるけどね。問題は〇〇に何が入るかだろうけれど。

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街歩きの楽しみ いろいろな看板

新宿のヨドバシカメラに行くのが好きで、買うものがなくてもちょっと時間があればぶらぶらと売り場を見て歩く。最近は買い物は短時間で済ませてなどというのだが、これはものを買うという行動と物を見て歩くという行動の差が理解できない「人としてダメ」な考え方だと思う。行動心理的には、「物を買う」前に「物を見定める」「自分の買いたいもののイメージを確認する」という準備が必要だろう。この準備が不必要と考える、あるいは考えつかない人間とは、常に自分では買い物をしたことがなく、誰かに買ってくるように命令するか誰かの買ってくるものに依存しているだけの「人としてダメ」なやつではないかと思う。百貨店という業態は、物を見定めにくる業態の典型ではないか。そもそも専門店とは百貨店以上に、そういう情報発信力が必要だろう。

その物を見定めるという行動は、当然自分の興味の対象、趣味のものに向かう。単純に言えば〇〇オタクと言われるような、強いこだわりや趣味が強い人間ほどその専門店に入り浸る。個人的には、その欲求を満たしてくれるのがたまたまカメラ屋・電気屋であるので、ヨドバシカメラ愛好家になってしまったのだ。そのヨドバシカメラの看板商品はこの何十年間カメラだと思っていたが、ついにカメラが一階売り場から追い出されてしまった。引越し先は5階、あまりの冷遇ぶりで開いた口が塞がらないとはこのことだ。
いつものようにカメラを見に行ったら、一階からカメラが消えてしまっていたので驚いて案内板を見た。てっきりカメラ専門館ができてそこへ引っ越したのだろうと場所を探すつもりだった。看板を見てがっかりした。コロナのせいか、それともスマホのせいかは定かではないが、もはやカメラはヨドバシカメラでもサイドアイテム扱いなのだと落ち込んでしまった。5階は遠いなあ。

街を歩いていると看板やブラックボードを見て、思わず入ってみたいと思わせる店がある。この看板はすごいぞ、と久しぶりに思った。チーズの海ねえ。個人的にはチーズで溺れると苦しそうなので勘弁してほしいが、チーズ好きにはどきっとする表現だろうなあ、これが心に刺さるというものかもねえ、などと立ち止まって感心していた。多分チーズフォンデュの専門店なのだろうけれど、色々とあらぬ妄想を掻き立てる「イメージ喚起力」抜群な名前だ。

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街歩きの楽しみ 看板とファサード

昔から街歩きをする時は、カメラと文庫本一冊だけを持っていくことにしている。最近はカメラと文庫本がスマホに置き換わってしまった感があるが、とりあえずスタイルとして写真を撮ることと、休憩の時に喫茶店(カフェではない)で本を読む。この形は学生の頃から変わらない。社会人になってカメラは随分変わったが、最近はコンパクトな一眼レフカメラを持ち歩く。文庫本は電子ブックのKindleで代用することもある。だんだん暗いところで本を読むのが辛くなってきたから、そこは妥協するしかない。

所沢の街で見かけた面白い店だが、1年前には何か違う店だったような記憶もある。定かではないので、前からあったのかもしれない。ただでさえ目立つこの赤い店構えだから、見落としていたとは思えないのだけれど。ジャークチキンという珍しいメニューが、店の特徴を何より物語っているような気がする。ただ、店の前がごちゃごちゃしていて、店構え外観の強さが隠れているのが残念。ぜひ一度行ってみたいと思わせる。ジャークチキンに冷たいビールが呼び寄せているなあ。

なぜかその隣の店が緑なので、思わず笑ってしまった。この隣がyellowだったら完璧なのにな、などと思いながら何やら良さげな喫茶店で、ここは昼すぎに濃いめのコーヒーを飲みに来たいものだ。昼向け、夜向けの店を発見で来たのはラッキーだった。

そして、実はここが所沢の本命喫茶店で、いつでも静かで本を読むには実に理想的な環境だと思っている。コーヒーは昔ながらの濃いめのブレンドで、これがまた実に好みというしかない。もう一軒、やはり渋めの店が所沢駅前にはあるのだが、そこは店内がめちゃくちゃに暗い。本が読めるどころか、出されたメニューを見るのも一苦労なので散歩の時には使いにくい。

茜屋珈琲店は軽井沢が本店で東京都内にも何軒かあるはずだが、自分の住む街にあるのを見つけた時はちょっとした感動だった。20代の頃は軽井沢までコーヒーを飲みに行くなどという偉そうなことをしていたのだが、その時の目的地が茜屋珈琲本店だった。あの頃から外観も看板も変わらない。次の週末にはひさしぶりに茜屋に行こうかな。

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聖地巡礼者の聖地か 角川サクラタウンの神社

角川サクラタウンに神社がある。実に現代的なフォルムで、シタンダードな神社っぽくないのは確かだが、神社の様式も時代で変わっていくものだろうからそれはそれでアリなのだろう。

JRの駅の宝庫から歩いてくるとこの鳥居にたどり着く。すごいのは幟だ。

一つ一つの登りがアニメのタイトルで、下には舞台となった地名・都市名が書かれている。ようするに「アニメ聖地」を示す登りなのだ。

好きな人にはたまらんのだろうということはよくわかる。そして、この所沢にある令和武蔵野神社は、アニメ聖地の総本社ということだろう。なんだかニンマリとしてしまう発見だった。でもお祀りされているのは天照大御神なので、アニメの神様担当にされてしまった感がある。日輪の神様だから、角川の不死鳥マークともゆかりがありそうだし。やはりアニメ振興を願うには日輪の神様が良いという願いなのかも。八百万の神様がいるのだから、スマホの神様やパソコンの神様も担当が決められているだろうし。ちなみに所沢の有名な神社は神明社で天照大御神が祀られている。武蔵国一之宮である一番由緒正しい氷川神社は須佐之男命だから、令和の新しい神社としてはバランスが良いかもしれない。

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角川サクラタウンの本屋

角川武蔵野ミュージアムは現物を見るべきだ。写真に撮ると凹凸が目立たなくなり、現物よりも立体感が圧倒的に減ってしまう建物だ。現場で質感と存在感を味わうべきだと思う。

オフィスとホテルが併設された場所でもあり、21世紀感が半端ないなあと素直に感心する。バブルから30年以上が経過して、なんだかようやく日本の文化というかアートというかが良い意味で復活してきたような気がする。バブルの頃のすごい建物といえば、今はほとんど廃墟になっているので、余計そんな気がするのだろうか。しかし、ミュージアムの横に神社、それも新設というのがすごいことだなあ。神社だから新設ではなく分祀になるのか。と思って調べてみたら、どうやら新設らしい。

こちらで確認できます https://musashinoreiwa.jp

駐車場があるのがホテルのフロント側なので、こちらが正面に当たるのだと思う。オフィスビルの下に本屋があるというのが、なんとも出版会社らしい。しかし、2階にある本屋やレストランに上がるのにエスカレーターが見当たらない。今時バリアフリーを無視ということはないから、どこかにあるとは思うが、それらしき誘導サインもないし。やはり、JRの駅から歩いてこいというアンチ車社会的な表現というか、主張なのかもしれない。

2階の本屋の入り口がこれで、わかる人にはわかる書籍雑誌の誌名がついたお店だ。角川がほぼ支配権を握る(笑)ライトノベルとアニメのメディアミックス書籍店というところで、中に入れば途轍もなく面白い。いくつか見つけた面白さをあげると、一つ目、発行日前の新刊が販売されている。マーケティングデータ活用のためと書いてあるが、おそらく重版の検討データだろう。二つ目、何やら面白いカテゴリーで分類してある書棚がある。美術、とか人類とか男と女みたいなカテゴリー分けでごちゃっとした固まりができている。その中に「むつかしい本」という分類があったが、そのカテゴリーの棚を探すのが最高に「むつかし」かった。どうやら意図的に分類タグをつけていない棚なので(付けるのを忘れてしまったとは思えない)、10分以上も探し回って、ようやく気がついた。さがすのがむずかしいという意味なのだな、きっと。

あとは、角川映画の原作がずらっと並んだ棚とか、人気ラノベの埼玉県展開のコーナーとか。昔、初めてヴィレッジバンガードに入った時もこんな感じだった。最近はすっかり雑貨屋化したヴィレバンだが、当初は変な本屋だったが面白い「本屋」だった。この店は、まさしく本好きが作った本屋で、わざわざ足を運んでくれる本好きの人のための本屋だ。

もはや本屋は、こんな田舎の片隅で趣味の店として生き残るしかないのかと嘆いてみても仕方がない。全国どこでも地方都市の繁華街では存在できなくなった本屋が、郊外に移転してこんな趣味性の強い店に変化することで生き残れるのであれば、ぜひそうして欲しい。Amazonで注文するのは、題名や作者がわかっている本だけで良い。何か面白い本を探して、ぶらぶらとみて回るにはこんな本屋が必要なんだと思ったわけで、5分くらいと思っていたはずが1時間以上ぶらぶらしてしまった。出版社直営の本屋は「あり」なのだ。

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サクラタウンのミュージアム

所沢の最近の名所といえば、KADOKAWAプロデュースのサクラタウンでしょう。この独特の形状の建築物が角川ミュージアムで、テレビなどでよく写っている角度とはちょっと違う方向から撮ってみた。壁面に絵が描いてあるのを初めて知った。

これはいったいなんの絵なのか、猫のようなフクロウのような、キメラにも見えるし。だから壁画も美術作品なのだろうなあ。

このミュージアムの前には、あの夜になると怪しく光るモニュメントのある広場があるのだが、実はこの写真の左側には普通の住宅地が広がるので、そこに住んでいる人にとって「借景」として楽しめるのかがちょっと不思議だった。住宅地の中の異質空間といえばお寺やお墓と決まっていたものだが、現代美術が玄関の前に広がる光景というのは住環境としてどう感じるものだろう。

この反対側がどうやら正面入り口らしい。まるで裏口だなと思っていた方が正面口だった。なんだかなあ、自分のセンスのなさが証明されたようなもので。

この裏口と思ったところに正面入り口があり、角川武蔵野ミュージアムの文字が壁に描かれているのだが、なんだか斜めに見えるのは気のせいかと思ったら、ほんと本当に斜めになっていた。これも工事の間違いではなく、美術的演出なのだと言い聞かせなければ納得しない自分に呆れてしまったのだが・・・。看板でトリックアートじみたことをやられてしまった。

確かに、何やら文化の香りがする場所と施設だった。山の中とか畑の真ん中に建っているとそれなりに厳かな感じもするのだろうが、なんといってもJRの駅近くにある住宅地の端っこで、色々と考えてしまう。隣に建っているのがスーパーマーケットだしなあ。駐車場も少ないので、電車で来てねということらしい。

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コロナに負けるな 【応援】

去年の夏、コロナの影響で閉店した居酒屋が復活していたのを発見したのは12月だったが、ようやく行く機会ができたので「昼間に応援」に行ってきた。

メニューは昔のままで、これは捨てないで取っておいたのかと思うほど変わりがない。懐かしいというか、ありがたいというか。

昼間に行ったので、とりあえずのランチの定食を見てみると、何やら不思議な代物があった。居酒屋らしさがカケラもない、豚骨ラーメンとチャーハンのセットだ。他には当然ながら刺身定食とか天ぷら定食などがしっかりと地位を主張しているのだが。ついふらふらととんこつラーメンを頼んでしまった。これが予想外の正解で、なんというか東京でとんこつラーメンが当たり前になった時期のとんこつラーメンだった。今のように進化系とんこつラーメンが主力になる前のノスタルジックなもので、味はシンプル.紅生姜が嬉しい。

コロナ前は昼時でも高齢者の団体が押し寄せて、「昼宴会」と「一人飲み」が混在する賑やかな空間だったが、流石に今の時期は客が4−5組くらいで、それも二人組がちらほらいる程度。復活まではまだまだなのだろう。従業員の数は潤沢で最盛期の賑わいの時期よりも人数が多いのが、現在のコロナ体制をよく表している。恐る恐る従業員に定食以外のメニューはできるのかと聞いたら、できるというので焼き鳥を注文した。なつかしの砂肝で、辛い味噌がついている百味スタイルが健在だった。

ちなみに、店内は全く改装もしていない。ある意味ストロングスタイルでの営業再開だが、しばらく休んでいたということを知らないふりして、いつもの通りに使えば良いだけのこと。50年営業したので、ちょっと半年くらいサボってみましたというノリで良いのだよね。

少しだけ応援できたというのは自己満足でしかないが、また行きますよ。今度は少し遅めの午後にしよう。