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グズ政策の象徴・・・ですかね

緊急事態延長を受け、終日休業の張り紙が書き換えられていた。去年の今頃は色々と論議を読んでいた「エアロゾル感染」なる怪しい言葉も新語として定着したようだ。空気感染(マスクは役に立たない)と飛沫感染(マスクで防御効果あり)の中間形態で、飛沫よりも微粒な状態でウイルスが存在し空中をただよう浮遊物=エアロゾルという定義のようだ。対策としてはマスクよりも、換気の方が重要らしい。そうなると、換気基準の設定がコロナ対策の中心になるはずだが、その対策案が全く出てこない。政府案では11月に酒販売基準を緩めるようだが、対策専門家たちはそれに反対している。代案なき反対、という典型例だ。
うーん、どちらも理論的根拠を示さない「気分」で話すのはもうやめてくれないかな。確か去年の今頃には、ワクチン接種拡大による集団免疫獲得みたいな話をしていた「専門家を称する人々」がたくさんいたはずだ。その「専門家を名乗る輩」が今は全く違うことを言い始めている気がする。オオカミ少年化するのは政府だけに限らないようだ。そもそも少年と言える年代ではなく、「おおかみじじい」ばかりだ。

元西武百貨店所沢店、現在は所沢SCの一階はフードコートとベーカリー、菓子販売というちょっと変わったテナント構成をしている。所沢駅改良工事とともに、駅から歩行者通路が伸びて駅と二階が直結することになった。つまり、客動線で言えば、二階が一階相当になり、地上一階は地下扱いとなる。その駅に近い地上入り口というちょっと微妙な場所にクラフトビールの専門店があり、これが穴場というかお気に入りの場所だった。フレーバー違いのビールをちびちび飲むカウンター主体の飲み屋で、テーブル席は3−4卓くらいという小ぶりのお店だ。そこが、現在は完全クローズ、それも店内通路に面しているので囲いの壁も作れないのか、何やら悲しいラッピング状態になっていた。クラフトビールの店で、酒なし営業は無理だろうなと思う。それにしても痛ましい姿だ。
また、本当の地下階には酒類販売コーナーがあり、日本酒とワインの品揃えはなかなかのものだ。その日本酒売り場の片隅に、このクラフトビールの店と合わせているのか、カウンターだけの日本酒バーがある。現在は「酒なし」で「つまみだけ」が食べられるという、これもまた悲しい営業をしていた。

そもそも一律に酒販売を禁止するのがおかしいと思っている。たとえば、孤食で一人で来店して、黙食で会話もしない客に酒を販売することの是非を論じていないではないか。このようなカウンター形式の酒提供は例外にすることもできるはずではないか。
四人以上の会食と二人、三人での会食の危険度の違いはどこにあるかの明確な説明を聞いたことがない。(どこかの政府文書の隅に埋もれていて、知らないだけかもしれない)
この「そもそも論」からして、政府感染対策のダメっぷりが証明されていると思う。こんなモヤモヤしたダメダメ対策しかできなかった政府、その代表の首相が実質的なクビになるのは当たり前だろう。官邸にこもっていないで、マスクを3重にかけてでも、街の中を見て回ればよかったのだろうが。
実行力があると自画自賛していたが(賛美者が褒めていたが)、行動力もなく現地視察にでかけて状況分析もできず、実行力とは笑わせてくれる。個人的には、戦後最大のお笑い政権だったと思うがなあ。校長が卒業式で式辞を1ページ飛ばしたら、普通に処分されると思うぞ。

本日は、「怒り」発散モードの政治ネタです。すみません。

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あの延長にともなう痛みを「官」はまだ知らない

一店だけ営業中、それもすごいことだが

予想通りというか、緊急事態宣言が延長された。その対策の中身、有効性には疑問符がつくと、新聞各社はあれこれ文句をつけているが、一般的な市民感情とすれば、政府がまたなんか言っている程度の「ノイズ化」した情報だろう。やめると決めた首相とその内閣が実施する政策など、正真正銘のレームダック状態でしかない。ただ、その死に体化した政権の発令する行政施策が、まだまだ周りに迷惑を撒き散らすことも事実だろう。
9月6日に延長宣言が出た。解除予定日だった12日の6日前ということは、これまでの宣言延長よりだいぶマシにはなった。営業を再開しようとすると、仕入れや従業員のシフト組みなどの準備作業が必要なのに、解除2日前みたいなタイミングで延長を決めてきた「おバカ政府」が、多少なりとも学習したということだ。注文した原材料を宣言延長で使わずに廃棄ということは(全てではないにしても)避けられただろう。シフト調整はギリギリというか、全壊は避けられたレベルという感じだろうか。

一方的に「悪者」扱いされている飲食業界だが、政府の対策検討に「犠牲者」「被害者」たる飲食業界関係者がいないのか、いても発言を無視されているのか。あるいは業界関係者のくせに政府に媚を売って迎合しているか(このケースは最悪だな)。コロナ対策予算を30兆円も未使用で繰り越したにも関わらず、業界規模20兆円程度の外食産業、飲食業への支援策が不十分だから、自粛要請破りが出現するのも当たり前だ。法による統治ではなく、「お上」の意向に沿う形で空気読めよ的なお願いをするだけの政府など倒れて当然だと思う。

居酒屋がテナントの大半を占める新宿の商業ビルの店内案内に貼られた「休業中」の札を見て、なんともいえない気分になった。海の向こうではイスラームの国が倒れた。政府のバカさが民衆を暴力革命に向かわせたという現実だが、この国も政府のバカさ加減では引けを取らないのではないか。
一方では不十分な補償金で特定業種をいじめ、他方では国のメンツなどと言って、国際大運動会を強行し、同時期に感染拡大しても運動会のせいではないと言い張る。結果的に、「迷言」「妄言」の大連発、大放出で国民を楽しませてくれた。まあ、これを誉めて良いのか、自国の政治屋の馬鹿さ加減を嘆くべきなのか。
そして、おバカ政治屋の元締め、首相は退陣というより馘首、クビという結果になった。おまけに誰もそれを残念がりはしない。政治屋のバカさっぷりもお笑いネタとしてはもうたくさんだ。

飲食業が10月から営業再開できることを祈るだけだなあ。

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和風牛丼の「和風」ってなに?

なか卯の和風牛丼 生姜増量乗せ(セルフ)

一年ぶりくらいで渋谷に行った。渋谷の隣の恵比寿にはこの一年で何度か行っていたが、渋谷の駅を降りたのは本当に久しぶりだった。あちこちで店がなくなっていたり、新しくできていたり、一年も経てばそれなりに街は変化するものだ。一番驚いたのは渋谷駅の東急百貨店東横店が工事のため閉鎖されていたこと。渋谷駅再開発も最終段階に入ったのだなと納得する。所用を済ませたあと、ちょっと腹が減ったと「孤独のグルメ」っぽい気分になり、飯屋を探し始めたのだが、1年ぶりの渋谷で「牛丼」も一年食べていないことに気がついた。

牛丼35歳定年説というのを業界の先輩に聞かされたことがある。どうやら「腹の具合」やら「加齢による嗜好の変化」やらで、35歳を境に牛丼を食べなくなる人が多いのだそうだ。我が身に当て嵌めても、まあ、納得できる理論だとは思った。ただ、年に何回かは無性に牛丼が食べたくなる。だから、まだ牛丼卒業式は終わっていないような気もするのだが・・・。そして、その無性に食べたい牛丼も、実は普通の牛丼ではなく、ちょっとした変化系になってしまう。
単純に言えば「並み盛り」の牛丼では、飯が多すぎる。では最近出現した小盛りを頼めば良いのかというと、それでは満足できない。要は、米と頭(牛肉)のバランス問題なのだ。並盛りの肉量であれば、米は半分にして欲しい。小盛りの飯量であれば、肉を増量して欲しい。並盛りで頭大盛りにすれば、米と肉のバランスは良くなるが、今度は総重量が多すぎる。なかなか面倒臭い嗜好だと思う。
肉と米のバランスを合わせると、並み盛りを注文して米を半分以上食べ残すという勿体無い(罪悪感の残る)食べ方をするか、小盛りを注文して肉皿を追加するかになる。早くて安くて美味いはずの牛丼が、なぜか「お高い」食べ物に変身してしまうので、これはこれで若干抵抗感が残る。などなど考えながら、なか卯で和風牛丼を食べた。
しかし、なぜ「和風」なのだろう。吉野家の牛丼は、間違いなく和食だと思うが、それと「和風」のどこが違うのだろう。まあ、食べ終わると忘れてしまう、ちょっとした「?」なのだけれど。

個人的にはすき家のトッピング牛丼より、吉野家の「普通の牛丼」が好みだが、20代に熱狂的な吉野家フリークだった経験から、吉野家では「よく煮えている」と「今煮たばっかり」の差がある(はずだ)。そのため店内に入って周りの客が食べている牛丼をチェックする癖がある。
ただ、松屋とすき家はいつ行ってもよく煮えている状態なので、調理法が違うのかもしれない。まあ、最近は吉野家に行く回数が激減しているので、今でも「今煮たばっかり」状態が提供されるのかはわからないが。
350円の牛丼を食べ、ずいぶん値上がりしたなあ、などと思うのもバブル後の崩壊期の日本で生きてきたせいだ。来年あたりには牛丼400円時代になるのだろう。平成から令和の変化を思い知るのは、牛丼の値上げということになりそうだ。

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居酒屋、営業していません そろそろ解除のはずだが

この8月の事態は記録に残しておこうと思い、お盆明けの駅前商店街に行ってきた。

老舗居酒屋が休業。「当面の間」と書いてあるのが、政府を含めた行政への不信であることは間違い無いと思う。期間は予想通り延長されたから、「官」の愚かさ加減は「庶民」に見抜かれていたということで。

全国チェーン店は書き方が優しい。「県の要請で」とあるが、確かに緊急事態宣言や重点措置が出ていない地域もあるから、チェーンとしてはこういう書き方になるのだろうか。今頃は期間を書き換えて、張り替えているのだろうか。

焼き鳥屋チェーンでは、もっと優しい。まるで自分たちのせいでお休みするような書き方で、「官」の要請でとは書いていない。これも日付を書き変え張り替えているだろうか。ただ、休業開始日付がちょっと微妙だったけれど。

同じ全国チェーンでも、文言がきつい。これはちょっと店長の怒りが感じられる気がする。「宣言終了日まで」、つまり最初から宣言された期日で終了するとは思っていないのだろう。「官」には不信しかない、と言外の怒りを読み取れる。(気がする) その怒りは正しいと思うぞ。

こちらも全国チェーンだが、24時間営業という業態のせいか、ずいぶん休業期間が長い。店主のお言葉は客に対して丁寧な語り掛けだが、「緊急事態宣言発出」という言い方は、やはり無念さが滲むなあ。役人用語の「発出」を使うあたりが、ちょっと高等テクニックな批判かもしれない。隣に書いてある「埼玉県の要請により」は、いわゆる埼玉公式フォーマットなのか。

ちょい飲みが主力業態である中華料理店チェーン、酒類の提供について」と事務的な表記でサラッと流している。こういう酒と料理というハイブリッドな店(居酒屋的な食堂)は、ダメージ深刻でも休業もできないから、余計やりきれないだろう。

全国チェーン店は、「官」の要請に従っているが、個人営業のお店ではかなりストレートな「自粛を自粛」しているお店もあり、確かに自粛は強制でも命令でもないという法的な立て付けだから、魔女狩りみたいなこともできない。現在進行形で都に対して訴訟を起こしている企業もあるし、できれば行政としてこの辺りは触れたくない話題なのだろう。どちらにしても9月中旬で宣言明けになるとは思えない状況で、いつになったら営業できるよという店主の皆さんの怒りは、間違いなく次の選挙にあらわれるだろうなあ。

追記:予想通り延長で月末まで。やれやれ。

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道の駅も大変です

スナック売り場が食堂化したらしい

秩父の道の駅で気がついたのだが、スナックコーナーというか軽食のテイクアウト店みたいのが入り口にあったのだが、それが、何やら重装備な店に変わっていた。どうやらコロナの影響らしい。弁当を売っているのもすごいなと思ったら、それが秩父名物、わらじかつ、豚味噌弁当なのだ。何気にうまそうだ。いつの間にか秩父コロッケなる代物も登場しているし。この窓口の脇にはテーブル席が大量にあり、つまり屋外食堂ということになる。なんだか、すごいことだ。

賞取りのラーメン屋らしい

そして、入り口の左側にはラーメンのキッチンカーが出現していて、こちらも車の隣には多数の屋外客席がある。コロナ対策として屋外というのはありだと思うが、ちょっと前だと保健所が嫌がる場所でもあったはずだ。まあ、保健所も暇がないだろうし、お咎めなしであれば、こういうキッチンカー展開は「あり」だと思う。醤油ラーメンが旨そうだった。次回は蕎麦とラーメンどちらにするか、真剣に迷いそうだ。

言いたいこと多すぎで、どれを読めばいいんだ状態はコロナ禍の象徴

道の駅ちちぶはいつ行っても良い意味でカオス状態だと思う。アニメの聖地巡礼者対応と、秩父名物の混在とか、コロナ対応であれこれ大変なのもあり、入り口のメッセージを見ると「戦時中なのね」と思ってしまう。まあ、でもこのカオス状態が好きなので、文句を言うつもりはないし、美味しい食堂も営業中だった。コロナで観光客が減っているので厳しいことは想像がつくが、施設としての対応策もよくわかる。同じ県内だし、不要不急ではない用事の時には、また道の駅で楽しんでみたい。次回は、味噌ポテト忘れずにゲットしよう。

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ヤオコーの影も形も見えないスーパー

ネットのニュース配信サイトでなければ手にに入らない情報というのはあるもので、埼玉県飯能市に開いた、スーパーマーケット「ヤオコー」の低価格型新業態は、その典型だった。ニュース配信の良いところは、メディア各社の記事、報道が切り貼りされているので、朝日毎日VS読売産経みたいなお手軽に拾い読みできることだ。まともに大手新聞5誌の比較をするとなれば、大仕事になるが、ネットニュースではちょちょいのちょいだ。たまに、有料記事などもあるが、実は読者?の関心の高い記事は無料配信が多い。朝日が有料で産経が無料記事となれば、朝日の記事を読むのは「朝日新聞信者」しかいない。その逆もありなので、新聞各社とも競合者とアピールしたい記事は無料のことが多い。
ただし、ニュース配信ではそんな政治的な、そして経営的な目論みの記事だけが配信されてくるわけではない。配信記事を選ぶのは配信サービスの編集員らしいが、それでも配信ニュース各社によってい、多少なりとも政治的というか好みの差がある。そして、エンタメ、グルメや経済情報の中に混じり込んで、「お安い」「お得」「新店」のようなキーワードで括られた生活情報が流れてくる。ファストフードの新製品や、キャンプ用品、100円ショップの新作などの情報が、政治経済情報とごちゃ混ぜになりながら流れてくる。
この手の生活情報、最近ではライフハックなどと呼ばれているが、なんとなくお得感が感じられるので楽しみにしている。そんな中で見つけたのが、埼玉県を中心に展開している「ちょっと高級なスーパー」ヤオコーが実験店としてディスカウント系店舗を開店したという記事だった。8月3日開店で大混雑しているという情報だったから、ひと月くらいして落ち着いてから見に行こうなどと思っていたが、ようやく先日、のこのこと視察に出かけた。

入り口に現金のみと書かれたポスターがあった。確かにこれは大事だ。最近はキャッシュレス化が進んできているので、会計時にレジで現金がないと揉められても困るだろう。そして、「価格を安く」と書大きくいてあるのでワクワクしながらそれを確かめに入った。事実、安かった。
生鮮三品は感覚的な判断だが、通常スーパーと比べて3割くらい安い。品質は実際に買って食べてみるしかないが、当日購入した魚と果物に関していうと、普通に美味いレベルだった。安くて不味いということはなさそうだ。惣菜も全般的には3割安という感じがする。また、店内にヤオコーPBが全く存在しない。NB品だけの展開なので、尚更安さが強調されるようだ。
レジも読み取りは従業員がするが、支払いはセルフ形式で、速さ=人手削減は実現されている。フードコートはない。なぜか婦人用衣料品の売り場があるが、この意図はよくわからない。衣料品は利益率が高いのだろうか。

この実験店がうまくいくと、既存ヤオコーとの配置見直しをして、ヤオコーがもう一段高級化すると同時に隣に「お安い店」を展開するという戦略が成立するだろうか。そうなると大型モール店では「高級ヤオコー」、近隣ショッピングセンターでは「フーコット」という棲み分けができそうだ。アメリカではすでにスーパーの階層化、ランク分離が進んでいるが、ようやく日本でもそういうことが起きるのかもしれない。
地域の中流市民を一網打尽にする、これまでの地域ドミナント戦略から、高価格帯と低価格帯を異なるブランドで住み分けし、確保する階層戦略への転換とみて良いのだろうか。私鉄沿線で鉄道各社が目論んだ高級スーパー路線は、少なくとも関東では成功していない。百貨店ブランドの高級スーパーもうまくいっていない。比較的うまく行っている成城石井もスーパーというよりは輸入食料品+限定惣菜というのが実態だろう。高価格帯スーパーは失敗するコンセプトなのかと思ってきた。
埼玉発のローカルスーパー「ヤオコー」が進めてきたちょっと高級路線が日本マーケットの限界かなと思っていたが、低価格対応の別ブランドを作り出す二層分離作戦は、意外と正解なのかもしれない。(この作戦はヨーカドーも成功していないし、ダイエーはその前に破綻した)

フーコットで買ってきた「シナノパープル」を食べながら、あれこれ考えていた。ちなみにシナノパープルは、地元の長野でも低価格スーパーでは売っていない高級品なのに、なぜ埼玉の低価格店で?という疑問もありますが・・・。一房1000円という高級ブドウなのでありますよ。不思議だなあ。

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神社の隣のサンドイッチ屋

恵比寿神社のすぐ脇に、とてもおしゃれなお店ができて、大行列ができていたのを見たのは去年の秋口だったから、一年近く前のことになる。その後も、横を通るたびに行列ができていて気にはなっていた。3ヶ月ぶりで恵比寿に行ったら、なんと行列なし。確かに、この8月の猛暑の中で行列するのは嫌だろうなということは理解できる。これは幸いと店内に入ってみると、ショーケースの中は実に綺麗な色彩で、今風のグルメというか、目に優しい、写真映えのするフルーツサンドイッチが並んでいた。ネットで見るとヴィーガンフルーツサンドらしい。

ヴィーガンなので当然クリームもこだわりまくっているのだろうが、美味しそうな食べ物は、やはり見た目8割!! 的な気分がする「映え」商品。清潔な店内も含め、これが令和の流行だと感心する。ただし、このサンドイッチのお値段がハンパではない。某洋菓子チェーン店であれば、このサンドイッチ一個の値段でケーキが2・3個買える超高級品だった。個人的には、自己消費用としては2度と買うことがなさそうな気がする。ただ、お土産に持っていくには話題性もあり、見た目も麗しいので良いのかなとも思う。恵比寿の土産といえば目黒の揚げまんじゅうと決めていたが、フルーツサンドもありかなあ。おしゃれだし。貰った人も、自分で買うには高すぎるが、貰いものであればうれしいというのが、ほぼベストな手土産だと思う。恵比寿の新名所でありますね。

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酒屋の店先で発見した高知

昔なじみの町恵比寿を歩いていて発見した手書きの商品札というか商品リスト札。恵比寿という街は面白いところで、最近では「住みたい街」の人気が高止まりしている。ただ、おしゃれで先端的な店ばかりかというとそうでもない。実はもう何十年もやっている蕎麦屋や酒屋が街のあちこちに残っているので、ぶらぶら散歩するのが楽しい場所だと思っている。
徒歩で行くにはちょっと遠い感もあるが、隣町の代官山や中目黒、広尾に白金などハイエンドエリアと下町的要素が混在している。その恵比寿で、恵比寿神社の近くにある酒屋を贔屓にしていた。日本酒の品揃えが素晴らしい。というか見たことのない酒がずらっと並んでいるので、昼飯を食べに行った帰りなど、日本酒ライナップを眺めに行っていた。(眺めているだけではなく、たまにはちゃんと買っていたと弁明しておく)
長野県の水尾という酒が好みなのだが、東京ではデパートの酒売り場でもみつけることができない。地元の長野県であれば、品揃えの良い酒屋では見つかる。だから、恵比寿で水尾が買えるというのは実にありがたいことだ。今回も水尾を買って帰ろうと思い、店頭の「酒札」を眺めていたら、びっくりする名前があった。明らかに、長野県水尾よりレアな酒だった。

「高知県 久礼」、久礼と書いて「くれ」と読む。現在の地名は中土佐町久礼になる。昭和のビッグコミックの名作「土佐の一本釣り」の舞台になった街だ。その町の名前を冠した日本酒を作っている蔵元は、ずいぶんと歴史がある蔵なのだが、その酒を東京で目にするのはこれが初めてだった。
昔の商売で色々と高知の方と付き合いができ、そのご縁で高知県観光特使なる宣伝部員も務めているが、それでも高知の地酒を普通の酒屋で目にすることなどほぼない。赤坂あたりの高知料理屋に行けば置いてあるかもしれないが、それでも全国的に有名な高知二大酒メーカー以外の酒を目にすることは本当に少ない。
この酒を買ってかえり、肴には鰹の刺身(タタキではない)にしようかなどと思ったのだが、この暑い中を電車で一升瓶抱えて帰るのもなあ、と諦めた。少し気温が下がったら、持ち帰り用の装備を整えて、次回の恵比寿行きの時には調達してこよう。

ちなみに青森県弘前の三浦酒造「豊盃」、北海道栗山の小林酒造「北斗随想」、長野県飯山の田中屋酒造「水尾」。これが我が三大入手困難酒で、東京のデパートで売っているのをみたことがない。埼玉県秩父のイチローズモルトも入手困難だが、流石に埼玉は地元なのでなんとか手に入る。うまい酒をうまい肴でちびちび飲むのが楽しみになってきたのは、間違いなく高齢化したのだなあ。

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所沢新名所 サクラタウンがちょっと寂しい

お盆の時期に近隣の街に行く所用があり、そのついでに所沢新名所を覗きに行ってきた。夏祭りという言葉がちょっと寂しい気がする。今年は日本全国盆踊りや夏祭りが中止になっているだろうが、この新興名所もひっそりと夏祭りをしているらしい。サクラタウンはアニメファン専用とでもいうべきプレミアムなホテルがあるので、普通に考えればこの時期アニメファン大集合のコスプレ夏祭りが開催されていて良いはずだ。

自粛の影響なのか、出店者の勢いの問題なのか、とてつもない田舎の町の神社に出てきた出店的な屋台の数で、これでは盛り上がるものも盛り上がらないだろうなあ、などと思ってしまった。来年になれば、もっと盛大な夏祭りになることを期待したい。
サクラタウンは周りが住宅地で囲まれていて、周辺に広がっていく余地はあまりないみたいだが、ここを中核にしてサブカル的な集積地ができれば良いのだがと個人的には思っております。

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看板のセンスみたいなこと

フードコートにあるバーガーキングの店頭で、黒板をぼーっと眺めていたら、なかなか面白いことに気がついた。さすがにマクドナルドではこの手の手書き看板を見かけたことはないが、全国チェーンのファストフードで黒板の看板を使い始めたのはモスバーガーだろう。毎朝、「おはようございます」で始まるメッセージはなかなか楽しみだった。本日のおすすめと書かれたいろいろな商品情報を、店頭を通勤通学で通りかかる通行人はそれなりに読んでいたのではないか。
広告の目的は自分の店の商品を買ってもらうことに尽きるが、商品を買ってもらうには、その存在を知ってもらうことが最初のステップだ。だから、広告とは「何を売っているのか」を知らせ、その「何」を買うとどんな良いことがあるのかを訴えかける事になる。
大きく商品が映ったポスターを貼る代わりに、黒板の手書きメッセージで訴えているのも、手書きメッセージがよりインパクトがあると判断したということだろう。

「ライフハック」という言葉の意味を説明したり、大家のモールの宣伝をしたり、なかなか情報が多い。おまけに、宣伝するのがメイン商品のバーガーではなくサイドアイテムで、それもバーガーより値段が高かったりする。ただ、この黒板の解説がなければ、一生知ることはなかったバーガーキングのサイドメニューであるのも確かなことだ。情報の接点は一期一会だから、これを見ない、目に入らない、無視する客も多いと思うが、「手書き」という特徴で「これを見てね」という感覚を作り出す。このあたりを手を抜かずにやるかどうかが、実は商売繁盛の起点であると思うのだ。マクドナルドは全店の統一感を守るため、つまりブランド維持を最高目的とするから、個店差の出る手書きは認めないはずだ。ところが、マクドナルドと同じようにチェーン理論、ブランド理論でガチガチに理論武装していたセブンイレブンが、以前は手書きPOP禁止していたはずなのに、今では店内が手書きPOPだらけ。おまけに下手くそなものも多い。(おそらくPOPマニュアルの質が低いか、ひょっとすると存在していないのかもしれないと邪推している)
セブンイレブンは変わり身も早く、店内の変化もはやい。手書きPOPはその表れなのだと思う。自分たちの都合の良いやり方を試行錯誤するのも商売繁盛の第一歩。それを右往左往と捉えるか臨機応変と捉えるか、結果は業績で決まる。

みたいな真面目なことを、この黒板一枚で考えさせられました。人生、どこでもお勉強。