街を歩く

刺し盛りで一杯

三点盛りに 「げそわさ」追加

新宿に本店のある日本酒居酒屋の渋谷店に行ってきた。渋谷は東京の中でも独特な街だと思うが、その原因は圧倒的な若者世代の多さであり、高齢者が徘徊していない街だからだ。すでに日本の人口は1/3が高齢者、ジジババだから、街を歩けば高齢者が一番多い。ところが、渋谷の街を歩くと年上と見える世代もせいぜいが40代後半から50代の感じだ。
当然、街中にある店は若者向けが中心になる。東急百貨店東横店は現在再建築中だし、東急百貨店本店は閉鎖してこれから解体工事になる。高齢者が行きたくなるような施設が、もはや渋谷には西武百貨店しかない。ただ、西武百貨店も昔からちょっと尖ったセンスだし、最近では買収された先が、ハイセンスビジネスとは縁がない企業のせいか、微妙にやぼったいというか、変なセンスを見せていて高齢者向きとはいえない。

そんな高齢者に優しくない街「渋谷」で、高齢者が好きそうな店を探すのはなかなか大変だ。そもそも渋谷で無理をして探すくらいなら、もう少し足を伸ばして違う街に行くほうが良い。お江戸の東部、下町エリアにまで行けとは言わない。山手線西部領域でもあちこちにジジババ向けスポットは残っている。
そんなことはわかっているのだが、なぜか所要が渋谷で重なり、ここしばらく何度も渋谷に行く羽目になった。せっかく渋谷に来たのだからファッショナブルなトレンド先端的な店に行くのも良いのだが、ついつい美味い日本酒で一杯やろなどと考えてしまい、希少な高齢者向き店舗、生きる化石のような店を見つけてきた。
その結果として、周りにいる客も当然ながらほぼ同年輩のロートルオヤジばかりだったが、1組だけ30代のカップルがいた。日本酒酒場に来て、注文したのがレモンサワーとハイボールだったので、よく目立った。つい気になって聞き耳を立ててしまったが、料理の注文も揚げ物と飯だった。なかなか面白い利用の仕方だと感心した。

本日のおすすめという料理は何品か黒板に書かれていたが、あえて刺身三点盛りを注文してみた。実は新宿本店で頼んだ刺し盛りがかなり気に入ったせいもある。そして登場してきた刺し盛りを見て2度びっくりした。まずは切り身の厚さだ。この厚みはすごい。標準的な刺身の厚みがどのようなものかはわからないが、なんとなく「普通の2倍だな」という感じがした。口に入れるとモグモグと噛む。いや、噛み締めることになる。噛み締める刺身は、随分と珍しい気がする。
二番目のびっくりは、ネタにサーモンが入っていることだ。昨今の若者世代で人気がある寿司ネタナンバーワンがサーモンだそうだ。サーモンは色が赤み(紅色)ではあるが、肉質としては白身魚になるらしい。だから、この3点盛りは赤身(マグロ)と白身二種の組み合わせになる。
お江戸の定番の組み合わせといえばマグロと白身とイカと思っていただけに、イカの代わりがサーモンかと驚いたわけだ。すでに若者のサーモン人気は高齢者にも触手が伸びているということだ。ジジイの若者志向というのはちょっと気持ちが悪いが、食の嗜好に関しては多数派(ジジイ層)が少数派(若者)に駆逐されつつある。伝統は受け継がれることなく廃棄されるのだ。これも現代日本人特有の、若者礼賛の表れだろう。ジジイが若物に媚びてどうするというのだ、などと心中で毒付いていた。が、平日にユニクロに行くと客の平均年齢が60歳を超えているように見えるのと根っこは同じだ。
かなり微妙な気分でサーモンを食べたが、決してまずいわけではない。脂が乗ったサーモンはトロとはまた違う楽しみ方があるし、合わせる酒を選べば良いのだ。などと心の中でぶつぶつ言い訳めいたあれこれを考えていた。サーモンを食べた後、一緒に注文した「ゲソワサ」の淡白さが身に染みるうまさだった。
これは味覚という点で、老化というよりヒトとしての劣化なのかもしれないなあ。渋谷の夜はほろ苦い。

ソロキャンあれこれ, 街を歩く

100均のダッチオーブン

100均の店で時々登場するエース級のキャンプグッズがある。この小型版のダッチオーブンは、キャンプギア専門店でもあまり見かけない。いわゆるニッチ商品なのだが、お見事な仕上がりだと思う。ネットニュースでも売り切れ情報が出ていて、見つけたら即買いのおすすめ品だった。自宅周辺では全く見つからず、なんと旅先で発見したので後先考えず買ってしまった。
ちなみに数日前に渋谷にある大型店では山積みされていたから、店長の仕入れ感覚に在庫が左右されているのかもしれない。
標準的なダッチオーブンは大小二個持っているが、当然ながらどちらも直径25cm程度の大型鍋で、重さも数kgあるからキャンプ道具としては重装備な代物に入る。車で行く時には特に問題はないが、焚き火で調理しようとすると周辺道具も必要で、やはり大掛かりなお道具になってしまう。その点、この超小型版はまさにおひとり様向けの大きさで実に良い。

これを何に使うかは脇に置いておき、とりあえず使う前の下準備、シーズニングをしなければならない。下準備は、工場で製造された後に錆止めのために施された表面の機械油を取る作業だ。南部鉄瓶では内部に漆を塗っているようだが、それも使いはじめには下準備がいる。ダッチオーブンなどの洋物鋳物鉄器は表面の機械油を取り除かないと食用調理には使えない。
このシーズニングを室内でやると、機械油が焦げ、その臭いが部屋の中に籠るので、室内作業はあまりお勧めできない。だから通常は晴れた日に表でやることにしている。

まず鍋を火にかけて熱する。温まってきたら、サラダ油をたっぷり入れる。鍋の温度が上がってくると表面から薄く煙が出てくる。機械油が熱せられるせいだ。その頃には、注いでおいたサラダ油も高温になり煙が出始める。そこに、屑野菜(にんじんの皮やキャベツの芯のような料理の途中で出てくる)を放り込み、野菜が焦げる寸前くらいまで炒める。目的は鍋全体の表面に塗られている機械油をサラダ油と合体させて取り去ることなので、鍋の底だけではなく横の部分もしっかり炒め野菜を押し付けて行く。今回は焼きそば用に用意したキャベツの外側を使った。

適当に炒め終わったらキャベツを取り出す。これは機械油まみれになっているのでゴミとして捨てるしかない。(だから、屑野菜を使う)
野菜を取り出したら、底に油が残っている。それをしばらく放置し、ある程度鍋の温度が下がったら、ティッシュペーパーなどを使い油を拭き取る。その後、ぬるま湯で鍋を洗い油を流し終わったら、ティッシュペーパーなどで水気を拭き取る。そして、また日にかけて表面を熱する。水分を飛ばすためだ。その後、改めて表面に錆止めとして少量のサラダ油を塗る。
これで準備作業が完了する。慣れれば5分もかからない作業だ。一度シーズニングを済ませて仕舞えば、焚き火の中に突っ込んで加熱調理することもできる。ワイルド系が好みであれば、焚き火に直で突っ込んだ鍋で塊肉を焼き上げるのも良い。お手軽ローストビーフだ。
芋やカボチャなどを適当なサイズに切り、鍋に放り込み焚き火の上で放置する。時々串などで野菜の真ん中部分を刺し、串がすっと通るくらいになったら火から下ろし、オリーブオイルを回し掛けする。ここに多少お高い高級塩をかける。モンゴルの岩塩とか、地中海の塩とか、いかにも高そうなものを選ぶのがお勧めだ。塩の味よりも、高級な塩を使っているという自己満足的気分の問題だ。ただの野菜がご馳走に変わる。
西部劇に出てくるカウボーイスタイルで遊びたければ、軽くベーコンをと玉ねぎを炒めた後でトマト缶と豆缶を放り込んで軽く煮詰める。好みで鷹の爪などを放り込み、最後にオリーブオイルをかけてかき混ぜれば、あっという間に西部男のワイルド飯になる。
などなど、ダッチオーブンは夢想が広がるキャンプギアなので、見つけたらぜひ一つお買い上げすることをお勧めする。ちなみに、冬になればこれを使って一人すき焼きをするつもりだ。鋳物鉄器は男のロマンだぜー・

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キャンプで生ビール

最初にお断りするが、自分はけしてアサヒビールスーパードライの回し者ではない。ビールはどちらかというとプレモル好きだし、普段のみであれば一番搾りが好みだ。気張って飲む時はギネスの黒がよろしい。
だが、この泡が出るという新タイプの缶ビールはCMを以て気になっていた。人気商品らしく売り切れが続いていたが、最近ようやく近くのスーパーで買えるようになった。とりあえず中身は同じだろうと一缶だけ買ってきた。それを気温の上がった日のキャンプで飲もうと思ったのだ。この日は5月にしては珍しい30度を超える夏日で、ビールを飲むには絶好の日だと思った。

上面全部が蓋になっているので、プルトップを引くと、缶上面が完全に解放される。イメージとしてはツナ缶を開けるような感じだ。どうもビールの冷やし方が足りなかったのか、いきなり泡が爆発的に飛び出してきた。
おやおや勿体無いだろうと思ったが、量的にはそれほど減ってもおらず、泡だけが吹き上がった感じだろう。ひょっとすると、缶の蓋は一気にかパッと開けてしまうのが良いのかもしれない。

泡の吹き出しが治ってから徐に飲み始める。いつものスーパードライの味だった。中身ではなく缶の形状が変わっただけだから当たり前だろう。ただ、これまでも缶ビールを飲む時は、狭いプルトップの飲み口が嫌いで、ほぼ必ずコップに注いで飲んでいた。だから、缶上面が全解放されている新形態は好ましい。これであればコップいらずで飲めそうだ。
問題は泡の吹き出しだろう。これほど勢いよく出てくると、従来缶のように「おっと、危ない」と口をつけて飲むわけにもいかない。なんだか微妙に難しい飲み物だ。それでも、屋外で飲むにはよさそうだ。もう一本買ってこようと思っていたら、すでに売り切れていた。やれやれ。

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原宿散歩 東郷元帥のことで思う

竹下通りから明治通りに出た後、東郷神社までは一息の距離だ。ただ、この東郷神社は(個人的には)新しくできた人工的な神社という感じがあって、今一つ拝みに行く感覚にならない。東郷元帥の記念館みたいな思いが強い。
神話時代であれば日本武尊、戦国期であれば豊臣秀吉が軍人として神社に収まっる一柱になった経緯を思えば、戦功のある武人が神社の主神になるというのは不思議でもない。明治の大戦で大奮闘し歴史に残る鮮やかな結果を残した東郷元帥の神社ができても、当時の国威発揚策として考えれば当然だっただろう。
日本という国が戊辰戦争、西国諸藩連合が起こした暴力革命の結果として、30年を経過してようやく治まりかけた時期だ。おまけにその国が開発途上の貧乏国のくせに大陸の二大強国と連続して戦争するという暴挙に出た。1度目の戦争で賠償金を手にしたことに味を占め、2度目の戦争は国際的な大借金をしてまで開戦したのだから、負ければ亡国どころか民族根絶やしになるほどの大ギャンブルだっただろう。
それに勝ってしまった立役者が、軍神に生まれ変わっても仕方がない。ただ、その結果として、また世界最強の国を相手に、勝利条件も決めないまま戦争を仕掛けるという暴挙パート2をする原因にもなった。東郷神社の始まりは、まさに敗戦亡国のきっかけとも言える。
東郷元帥自身は対英米戦を危惧していたという話も読んだことがある。もしあと10年長生きしていたら、陸海軍が暴走し、開戦にいたるまでのあれこれを止める役になっていたかもしれない。貧乏なくせに見栄を張る政治屋の姿は現代にも続いている。対戦に負けてもこの国の政治屋どもの考えは変わらなかったらしい。人類が存続する限り、クズな政治屋は無くならないなのだなとも思うのだが。色々な意味で東郷神社は考えさせられることが多い。

すぐ近くにある明治神宮もそういう意味では、大正期になって創建された神社だから、東郷神社だけが特殊というわけでもない。そもそも神社には複数の神様が、時代を超えてだんだんに集まってくることも多いので、造営された時代とか祀られている主神のことをとやかくいうこともないとは思う。八百万の神の国だし。しかし、この近代的ルックスの神社というのもなんだかなあ、という気分がするのも確かだ。

その東郷神社の前、明治通りを眺めてみると知らないうちにずいぶんビルが高層化している。東京メトロ副都心線の工事中は、実に見通しの悪い渋滞道路だったような記憶があるが、今はすっきりとしているし、電線が地中化されたせいで空に余計なものが見えない。電信柱と電線電話線が消えると、空は広くなるのだとわかる。おしゃれタウン原宿には似つかわしい景色だ。歩道が広くなったので歩きやすい。原宿から表参道を抜けて青山に至るゆるい坂道も昔から散歩道としては名高ハイソサエティー愛好レベルの遊歩道であるが、明治通りも散歩のしやすい都会的な雰囲気になった。

原宿を北参道方向までぶらぶら歩いた後、原宿駅に戻る途中で見かけた、いかにも原宿っぽい洒落たラーメン屋がとにかく目についた。パッと見ただけでは、これがラーメン屋と思う人の方が少ないだろう。オープンテラスがあるカフェと言われても信じてしまいそうだ。
この店の本店(?)は恵比寿にあると思っていたら、本店は神奈川の山奥にあるそうだ。あまりにもオシャレすぎて、この店にラーメンをたべに行った記憶がほとんどない。10年以上前に一度行ったきりかもしれない。ただ、端正なスープが有名で、いわゆる高級ラーメン店の走りだった。
ネットで調べてみたら、なんとすでに国内に10店以上ある有名ブランドだった。海外にも大量に出店しているので、グローバル化したラーメンエンタープライズだ。

窓の外からメニューが眺められる。じっくりみてみた。なんと、千円では食べられない。もともと高級系な店だったが、場所柄も考えると、ついにラーメン1500円時代が到来したのだと分かった。昔から、ラーメン一杯の値段は、アルバイトの時給で1時間分くらいだと思ってきたが、ついに時給を超えてしまった。この先、時給が上がるのが早いか、ラーメンの値上がりの方が早いか、相当微妙な感じがする。
ラーメンがついに大衆食から脱出して進化する時代が来たのかもしれない。それとも、これは原宿だけで起きている局地的な動きなのだろうか。日本経済の今を探るために、もう少し原宿をぶら歩きしてみるのも良いかな。

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うれしいお土産

お江戸には様々な和菓子の名店がある。100年続く老舗も多い。(古都の人間に言わせると老舗とは少なくとも室町時代あたりから続いているブランドを言うらしいのだが) 
和菓子を商う名店では、あんこに関して一言あるようだ。老舗であるほどあんこへのこだわりは強く、原材料や製法、一子相伝の秘法みたいな物語になっていると考えて良いだろう。この辺りは食に関わるものとして色々と言いたいことはあるが、今回は横に置いておく。
行列をしてでも買いたい「我がお気に入りランキング」で、和菓子部門の常連といえば、お江戸のどら焼き三名店がある。どら焼きは全国あちこちに名店、名品があるが、確かにお江戸のどら焼きは上位ランキングに並ぶ逸品だと思う。長崎のカステラと比べても良いほどの完成度ではないか。
また、庶民派の代表選手である団子の名店もお江戸のあちこちに散らばっているが、個人的には高輪のハズレにある店の団子が気に入っている。(あくまでお江戸ではという限定付きだ。団子ワールドで最大のお気に入りの団子屋は長野県伊那市にある)
下町まで足を伸ばせば「きんつば」や「〇〇もち」「くずもち」などの名店に事欠かない。「あんみつ」など甘味処も神田から浅草にかけては名所が多い。確かに、お江戸は古都と違った甘味天国なのだが、個人的なイチオシはやはり最中(モナカ)だ。


最中といえば予約をしなければなかなか手に入らない銀座の「空也」は押さえておきたい絶対定番だが、もう一軒お気に入りの名店が吉祥寺にある。そこの最中を土産にもらったら、半日くらいはウキウキしてしまう。
そもそも最中という存在だが、あれはあんこをそのまま食べるのは難しいので、あんこの味に影響のない皮で包んだ食べものという認識をしている。あんこを純粋に楽しむ和菓子、と定義しても良さそうだ。どら焼きはあんこと甘い生地の調和を楽しむものだから、もなかとはその部分が異なっている。ソロ演奏と二重奏の違いみたいなものだろうか。
最中の皮は、苦い薬を飲む時に使うオブラート(未だに存在しているとは思うが)みたいなもので、味に主張があっては行けない。あくまであんこが主役だ。
ただし、歯触り、食感も味の内なので、皮がパリパリしていないと最中の全体的な味を引き下げてしまう。なかなか厄介な脇役だと思う。しかし、あくまで皮は脇役であんこの味を引き立てるための存在だから、皮に妙な甘みがあったりしてはいけない。
だからこそ、最中は皮が湿気ってくる前にさっさと食べてしまうべきなのだが、スーパーなどで売っている量産品の最中はサイズが大きすぎる。一つ食べると満腹になってしまうほどだ。それではモナカ道に反するというか、甘味道楽のルールとしてはいけない気がする。できれば最中は白餡と粒餡など、あんこの種類を変えて同時に楽しむ物ではないかと思うからだ。
そうすると、明らかに量産品はオーバーサイズだ。だから、良い最中を売っている名店の条件とは、あんこの質もさることながら小ぶりなものを売っていることだと、個人的に決めつけている。
その点で評価が高いのは、仙台「白松がモナカ」で、大小2サイズを販売している。これはとても嬉しい。(ちなみに白松が最中はなぜか北海道でも有名で、ずっと北海道の和菓子屋だと思い込んでいた) 銀座「空也」の最中も小ぶりで好ましい。

お江戸の外れ、というかもとはお江戸の外にあった吉祥寺に羊羹と最中の名店がある。この店の羊羹は、ほとんど絶滅危惧種的品薄で早朝から並び整理券をもらってようやく手に入れることができる超難関プレミア付きな羊羹だ。味は当然素晴らしいのだが、そんな苦労をして手に入れたものを自分で食べるのはあまりに惜しい。なので、ゲットした羊羹はとてもお世話になった人への手土産などに使われることが多いようだ。もらった人も、羊羹の味に感動するより、自分のために苦労して朝から並んで手に入れた努力を賞賛するという、なんとも悩ましく、ある意味誤った和菓子の楽しみ方になっていると聞いた。
ただ、この店の羊羹を手に入れるのは難関だが、最中であればちょっとした行列に並びさえすれば買える。タイミングによっては待ち時間なしということもある。小ぶりな最中なので5個、10個単位で買うことが多い。(すでに袋に詰められているので、この単位だとすぐに買える)


この「モナカ」こそがお土産にもらうと嬉しい和菓子の筆頭格だ。吉祥寺に所用がある時には、少し時間に余裕を持って出かけることにしている。まず最初にこの「モナカ」を買ってから、用事を済ませるという順番だ。だから、お土産でもらうことよりも自分で買うことの方が多い。5個入りを買うと粒あんが3個、白餡が2個という組み合わせになっている。自分へのお土産というのもおかしなもので、おそらく自分への気まぐれなご褒美というのが正しいだろう。そんな嬉しいお土産をもらって、ちょっと気分が上がったゴールデンウィークでありました。

ちなみにこの店の隣には、これまた行列ができる有名な惣菜屋(肉屋)があって、最中の行列に並んだ後は、メンチカツの行列に並んでしまうのも、我が吉祥寺訪問のルーティンなのであります。

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20年ぶりの原宿

原宿にあるオフィスで打ち合わせがあり、なんと20年ぶりくらいで原宿駅界隈を歩き回った。一時期、原宿から千駄ヶ谷に向かったところにある会社で仕事をしていたことがある。原宿駅で降りてから竹下通りを抜けるのが通行動線だった。その当時も竹下通りは若者(Teen’s)で賑わう元気な街だったが、仕事の途中で通り抜けて歩くのはしんどい感じがあり、竹下通りの途中から横に抜け出して東郷神社の境内を歩いていた。当時の東郷神社は都内にある割に静かな場所だなと思っていた。
その静謐エリアだった東郷神社が、なんとビジネスビル複合体に大変身していた。うっすらと覚えていた東郷会館(結婚式によく使われていたはずだが)は影も形もなくなり、巨大高層ビルに変化していた。それだけでもびっくりなのだが、なんと神社自体もお引越したようで、妙に現代的な造形の社殿に変わっていた。知らないうちに時代は変わるものなのだなあと感嘆した。遷宮という言葉は知っているが、神社が物理的に引っ越したのを見たのは初めての経験だった。

その東郷神社の前を明治通り沿いにしばらく行ったところに、おしゃれな外観のマンションがある。オフィスビルとしても使われているとは思うのだが、原宿で住むならこんな場所がいいなと、20年前から思っていた。真四角なオフィスビルが並ぶ明治通りだが、このお瀟洒なデザインは、まさにThe Harajukuという感じがする。
都会的な住居というのは、居住性も重要だが、それ以上にルックス、見栄えが大切だ。こんなところに住んでいる自分は、なんて都会的なんでしょうと自己陶酔できるかどうかが、都市居住民の虚栄を満たす重要な要素だ。
埼玉県の端っこに住む我が身を思い返せば、こんな都会的でセンスの良いところに住んだ記憶がない。北の街では高級住宅街の端っこの隅っこあたりでワンルームマンションに住んでいた。それが唯一の都会暮らしで、それ以降引っ越したところを順番に思い出すと、まず埼玉県辺境都市で茶畑の真ん中に住んだ。そのあとは、川崎の工場地帯で電機メーカーの大工場の近くに住んでいた。2年ほど、ほぼ年中出張中という自宅がなくても生きていけるホテル暮らしを経験して、また埼玉県の辺境に住むようになった。さすがに茶畑は家の周りから亡くなったが、それでも車で5分も走れば周り中がさと芋畑と茶畑になる。首都圏によくあるサラリーマン(都市下層民)と農民の混成地帯だ。
ちなみに、アッパーなサラリーマン(彼らは自分のことをビジネスマンというと思う)は23区内のオシャレ系地域に住んでいるはずだ。例えば、原宿にあるこんなオシャレなマンション(コンドミニアムと言いそうだな)に、夫婦に子供一人、犬一匹で住んでいますみたいなことを想像してしまう。みんなが憧れる都会暮らしだろう。
だから、都会暮らしとは本当に縁がない人生だったなあと我が身を振り返りつつ、大変貌した原宿を散歩しながら思っていた。

帰り際にJR原宿駅竹下通り口から改札を抜けて気がついたのが、何やら怪しげな立て看板というか、お姉さん?の描かれた看板だ。最近は観光地に行くとこういうキャラ看板があちこちに立っている。どれどれと見に行ってみたら、どうやら「鉄キャラ」で、おまけにどうやらお兄さんらしい。

気になったので調べてみたらJR東日本の協力で進行中のプロジェクトのメンバー・キャラのようだ。山手線30駅で働く駅員さん(架空の人)が構成するアイドルグループで、某私鉄の駅キャラ(女性)のように、「駅」が擬人化されたものではない。あくまで「駅員」さんだ。「駅」が擬人化されれば、それは神様や妖怪の系統に属するものだが、あくまで「駅員」さんだからヒト族、人類の一員、それも日本人ということだ。この違いは、キャラ展開をする上で重要だ。
ちょっと前に騒動になった「温泉むすめ」のように、ジェンダー問題が起きない(起こさない)のは、キャラ全員が男性であることが重要だろう。(全員を確かめてはいないが、多分男性オンリー)これはキャラ業界でもジェンダー問題が周知されてきているということだろうか。少なくとも「萌」を中心とした女性キャラは、フェミニズム対アンチフェミの対決構造になりやすい。が、「イケメン」を主軸にした男性ユニットの炎上騒ぎは耳にした記憶がない。
おそらくフェミニズムに対応する男性主義(適切な対応語が見つからない)は、存在し得ないのだろう。男を謳歌する思想体系(で多分あっていると思うが)は、一歩間違うと旧来の男性中心社会、男尊女卑的な思想とみなされるから、現代では存在し難い。
おそらく、男性「萌」キャラの支持層・ファン層を考えると、一部の生物学的男性を加えたとしても、生物学的女性の方がはるかに多い感じがする。韓国系男性ユニットの例を見ても、支持層は年齢の幅が圧倒的に広がった(10代から60代くらいまで)生物学的女性層であり、まさに「軍団」規模の勢力だ。その例を見ると男性キャラでしたてあげるほうが、ジェンダー問題とは関わらずに行けそうだと思える。そういえば女性の地下アイドルと対応する男性地下アイドルは存在しているのだろうか。これも微妙なジェンダー問題になりそうだが……………


通行人には圧倒的に女子高生が多い竹下通りという場所を考えると、この「竹下」君は人気がありそうだ。竹下口の通路に貼ってある意味がよくわかる。ちなみに、池袋や上野の担当駅員はもう少しワイルド系かなとサイトを覗いてみたら、メンバーにマッチョ系は皆無で(マッチョなアイドルは存在しないのか)、ちょい悪というか少々ヤバそうな雰囲気があるキャラは御徒町と田町のお二人だった。(個人的な感想です)
若者で溢れかえる原宿竹下通りと東郷神社のアンバランスを楽しみながら、最後には現代キャラ考察とジェンダー問題に思いを馳せる、大変有意義な原宿ぶらぶら歩きだった。
たまには、知らない街をぶらつくのも大事だと思う。コロナの間、家に篭りすぎていて世界の動きについていけていないのだなあ。

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締めのラーメンで地域性を考える

かなり長くなった北の街滞在だが、今回は蕎麦屋に行くことが多かった。いつもは空港で締めのビールを飲むためにビアホールに行くのだが、今回は体力不足というか蓄積疲労というか、ビアホールに行く元気もなく、蕎麦屋で軽く一杯という気分にもなれず、結局はラーメンで締めることにした。
空港のラーメン道場は北海道各地の名店が集結しているのだが、意外と味噌ラーメン専門店は少ない。札幌出身の店が2軒、十勝の店が一軒がみそ専門店だ。ただ、このラーメン道場各店は味噌、塩、醤油の定番は全店が提供しているから、味噌専門店でも塩ラーメンは食べることができる。
専門店というより、どのラーメンが一番得意かという差だと思えば良いのだろう。それが北海道的おおらかさであり大雑把さでもあるのだが。

この店の本店は、確か北の街の南部山間部にあったはずだ。はずだというのは、本店に行ったことがないからで、車で近くを走っている時に誘導看板を見た程度の記憶しかない。ニューウェーブな味噌ラーメン専門店は豚骨ベースで味噌たっぷりの濃厚なものが多いが、この店はその先駆けだったと思う。
味噌ラーメンでは珍しくチャーシューが乗っているが、実はチャー主も渦巻き型の薄切りタイプとサイコロ状にカットした角切りタイプの2種類が使われている。(角切りはスープの中に沈んていた)
ひき肉と野菜炒めトッピングという札幌味噌ラーメンの伝統は守っているので、この新旧混合レシピーが人気の秘密なのではないか。
締めに食べるラーメンとしてはちょっとヘビーだったが、北海道的ソウルフードはまたしばらく食べることができないのでありがたく噛み締める。お江戸には北海道から進出してきた店がたくさんあるから、北海道フードが食べられないことはない。ただ、おそらく気温と湿度と空気の匂いの違いのせいか、お江戸で食べるものは「北海道風テイスト」に感じてしまうことが多い。その「風な味」の典型がラーメンとジンギスカンだ。
逆にいえば、お江戸周辺発祥の無国籍的な料理、例えばナポリタンや黒カレーのような都会で生まれ育った食べ物は、北海道で食べてもピンとこない。料理の地域性、地域適合性みたいなことは、それなりに考えるべきだろう。レシピーだけで料理の味は決まらない、そんなことをうすぼんやりと考えながら、味噌ラーメンを食べ終わって実に満足しておりました。次は南区にある本店まで行って食べてみよう。きっと味が違うに違いないと期待して。

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インフレの時代 あれれな結末

高級ネタの真イカ

またイカの握り寿司が食べたくなり、のこのこと行列のできる回転寿司(郊外型)に出かけてしまった。この店が人気の秘密はシャリとネタのアンバランスにある。つまりネタが大きすぎるところにあるのではないかと常々考えている。実食するとわかるのだが、握り鮨を口に放り込みもぐもぐしていると、コメから先になくなっていく。ネタが大きいので、口の中に残るという感じになる。
お江戸にいるうるさい鮨の評論家に言わせると、あれこれ難癖つけられそうな自分の分析だが、このネタ大きめ鮨はいつ食べても美味いと思う。理屈は抜きで旨いもん勝ちだ。
特にマイカは肉厚で、甘みがあり歯応えもガツンとくる優秀品だ。わざわざ食べにくる価値がある、並んで待つ価値があるといつも感心するのだが、ふと気がつくと一皿の値段がずいぶん、いや、驚くほど上がっている。マイカはすでに大衆ネタから高級ネタの仲間入りをしていた。ちょっと悲しい。いや、とても悲しい。

昔は、サバが5割くらい大きかったような(大袈裟な)記憶がある
(あくまで記憶です)

続いて我が絶対定番であるしめ鯖を注文する。出てきた品物を見ると鯖がちょっと小さくなった気がするが、その分身が厚みをましたようだ。この店のしめ鯖は自家製らしく(北海道のローカルすしチェーンは大体が自家製しめ鯖のようだ)、大手全国チェーンで提供される「しっかり工場で作りました」的なものとは歴然と違う。
日本海側の各地にあるローカル鮨チェーンでも、大概は自家製しめ鯖を出しているので、これは日本海沿岸圏特有のすし文化なのではないかと疑っている。(笑)
工場製の「シメサバ」は酢が効き過ぎている。単純に酸っぱすぎる。しめ鯖は塩で締めて酢で洗うのだから、酢の味は控えめであるべきだろう。お江戸で自家製しめ鯖を楽しむには、高級鮨屋に行くしかないが、北海道では回る寿司屋で大丈夫だ。この差も大きいなあ。

大好物なので、これだけを5皿くらい食べても良いと思うさばしそまき

そのあとは、サバの巻き寿司を注文する。いつもであれば最低2皿は注文する、これまた我が絶対定番ネタなのだが、今回は一皿だけにした。こちらも、大衆ネタだったはずの鯖系鮨が高級ネタに昇格して値上がりしていた。ちょっと悲しい。

鯖系巻物に新作が登場していた。なんと、サバのハラミを巻いたもの、それも裏巻きにしたものがデビューしていた。これはぜひ試食しなければと、通常版を一皿、新作を一皿頼んで比較調査をした。結論として言えるのは、どちらも美味い。ただ、ハラミ使用と言われても通常版との差はほとんどわからない。(自分がバカ舌の持ち主だというだけのことかもしれない)
そして、問題にしたいのは新作が5割程度お値段が高いことだ。明らかにインフレ時代に生まれる対応策、つまり新商品投入による値上げの典型例だろう。そこがちょっと残念だ。
値上げをするには中身の原料を変えるだけではなく、見栄えも変える必要があるので裏巻きにしたのは理解できる。ただ、味はもう少し定番から変化させた方が良いかなあ。
あとは、定番は醤油で新作は塩で食べようと提案して食べ比べ商品に変えてみるとか。もう一息、細かい芸が欲しいところだ。ただ、こんなことを言い出すのはよほどの鯖好きしかいないから、放置しておいて良い愚案だと思う。

最後に、これぞ北海道ローカルの極地、新香巻きを頼んだ。以前にも書いたことがあるが、北海道では中身が奈良漬の巻物を新香巻きという。お江戸あたりでは、新香巻きといえば中身が大根の漬物(黄色いたくあんもどき)が入っているものが多い。そもそも野菜入り巻物でポピュラーなのは新香巻きではなくかっば巻きだろう。
結局、この日は握り2皿、巻物3皿の注文だった。昔であれば全部百円皿の超低価格注文だったはずだが、今ではイカも鯖も高級魚扱いになり、お値段は倍くらいになっていた。もう2度ど来ないというほどの値上がりではないし、味が変わったわけでもないから、相変わらず満足度は高い。ただコスパがちょっと悪くなっただけだ。観光客であれば笑って見過ごす程度の値上がりだし、今やインフレの時代だからと諦めるしかない。できれば値上がりに合わせて接客要員なども調整してくれれば良いと思うことにしよう。
そういえば他の店でも鮑は5割近く値上がりしていたから、サバ系握りの値上がり額は順当なものかもしれない。ただ、インフレ時代には逆張りの成功者が出てくる時代とも考えられる。そのうちに値上げのなかった(できなかった)平成時代にノスタルジーを感じる世代を対象にした、新しい業態が開発されそうな気がする。キャッシュレスの時代に、ワンコイン、1000円札一枚ポッキリといった、これまでに使用されてきた安さのキーワードが変わるのも間違いない。新しいキャッチフレーズ、新しい販売方法がどうなるのか楽しみだ。外食産業の新しい息吹が生まれるかもしれない。と、インフレを肯定的に考えることにしましょう。

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アートと桜と夕日と

北の大都市は市内を南北に走る川沿いに広がる平野部に町が形成されている。市街中心部は川の西部にある。官庁街を含め川の西側が北海道開拓の推進基地だった。川の東部は大都市と合併するまで財政的に豊かな町だった。独自に私鉄が建設されるほどで、いわば官庁都市とは一線を画す半独立地域だった。
そのため、現在の大都市中心部とは異なる、古い都市部が形成されていた。ただその旧市街も今では地下鉄が施設され、影も形もなくなってしまった。旧私鉄沿線には住宅地がダラダ田と広がり、「大都市」の郊外地域になってしまった。
その旧都市部の中央に小高い丘がある。丘の上にはそれなりに歴史のある神社が分祠されてきたのだから、当時の街の勢いがわかるというものだ。
ちなみに北の大都市を開拓した親玉が京都を模した市街形成を目論んだこともあり(ただし京都とは東西反転した形で実際は開発された)、大きな神社は西側にある山の麓に造られた。それに向かいああうように旧都市部では川を挟んで東側にある小高い山の上に神社を造ったのだろう。神社の配置を見ると東西の町が相当な対抗意識を持って開拓に励んでいたことは間違い無いだろう。
その小高い丘を天神山と呼んでいる。昔はりんご畑だったところだと記憶している。今では、リンゴの木などほとんど見かけない。目立つのは中高層のマンションばかりだ。

その天神山(多分高さは50-60mくらい)から、都心部を見るとそれなりに良い景色がひらけている。この時期は、山のあちこちに咲く桜が満開の手前だった。ただし、気温は低く震えるほど寒い。桜も満開になるまでさぞかし時間がかかるだろうと思わせる。この前日にはパラパラと霰も降っていた。

市内で桜の名所といえば、西部にある山麓の神社周辺と決まっている。例年ゴールデンウィークあたりに桜が満開になるので、なぜか桜の咲く公園で(それも神社の横で)寒さに震えながら桜見物と称しジンギスカンパーティーをやるのが、この季節の風物詩のようになっている。過去3年は、感染予防のため屋外でありながらジンギスカンは禁止だったはずだが。今年はどうなっているのだろうか。
こちらの山の桜は、そういう意味では地味な名所ということになる。何度か桜の季節に来てはいるが、ジンギスカンをするパリピは見たことがない。今回は友人が野点で茶会をするというので午後に来てみたのだが、とてもお茶を楽しむような気温ではなかった。

桜を見たのはほんの5分ほどで、あとは別に設営されていた室内会議室で歓談と称して、日本酒の品評会をしていた。花見という名目の飲み会になってしまったが、それはそれで日本人的な正しい生活様式だ。
感染症対策として提唱された「新しい生活様式」(笑)だが、そんなものはもう飽き飽きしているので、破壊された「昔の生活様式」が復活してくるのが楽しみだ。桜を見に来たはずが、一番綺麗だなと思ったのは山の端にかかる夕焼けだったのはご愛嬌。
ちなみにこの施設は、世界中のアーティストに開放されているコミュニケーション・宿泊施設だそうで、アーティストの方は長期滞在をしてみるのも良いだろう。非・アーティストである我が身はたまに夕陽を見にくるくらいがちょうど良いかな。

街を歩く

インフレの時代

お気に入りの喫茶店で一休みできるのは幸福なことだ

晴れた日にはお気に入りの喫茶店で、公園を見下ろしながらのんびりとコーヒーを楽しむ。午前中、それも遅めの時間が客もまばらで良い具合だ。グループ客がいなければ会話の声も聞こえてこない。窓際のカウンター席に座り、パソコンを開いてあれこれ書き込んでみる。
一昔前はネタ帳に濃い鉛筆であれこれ書き込んでいたものだが、今ではすっかりキーボード愛好派になってしまった。ノートパソコンも軽くはなったが、それでも1kgは超える重量だから、タブレットに外付けキーボードという軽量な組み合わせもよく使う。デジタルフリークというつもりもないが、「情弱」などと言われるほどのキーボードアレルギーとは無縁だ。
ちなみに、この喫茶店では札幌市のFreeWiFiが使える。ただし、電波強度が弱すぎるのでかなりイライラすることにもなる。観光都市のくせにデジタル対応の予算をケチっているなあ、と内心ではバカにしているが、首都圏でもオリンピックが終わった後、あちこちでWiFiサービスが打ち切られている。中央政府に取り繕いこびへつらう日本の地方行政としては、この手の「言われた通りやってますよ、とりあえず」的なやり方が手慣れた技と言うべきだろう。

ダークローストのブラックコーヒーは本当に好みの味

濃いめのブレンドをゆっくりと楽しむには、ダメダメ行政の悪口を考えるに限る。他人様の悪口を考えていると、こちらの心も貧しくなるが(悪い考えには悪く染まってしまうからなあ)、クズな行政を頭の中でいたぶっていると気分は水戸黄門的な正義感に満たされてくる。健全とは言えないが、お手軽な娯楽だ。少なくとも自分が正義の味方に思えるのはささやかながらの快感だろう。
眼下に見える公園がオリンピックマラソンの会場だったことを思い出し始まった、行政批判の連想ゲームだった。去年まで放置されていた施設が撤去されていたから思い出した、オリンピックのドタバタ騒ぎに対するお役所仕事への嘲笑というところだろうか。
おそらく脳内麻薬(倫理高い、社会意識高い系な微少物質)が溢れてきて、俺が正義だと思い込み独善的な自己陶酔に浸ってしまう。正義の味方的境地になってしまうと、どこかにすけさん・かくさんはいないのかと思い始める。世直し願望が大きくなっているのだろう。あぶない、すっかりあぶない人モードだ。
ただこの日の妄想はもう少し膨らんだ。この脳内麻薬依存症、正義の味方症候群になると、そこからテロに至るまでは、かなり距離が短いのではと思ってしまった。テロリストの頭の中は、きっと自分勝手な正義感と倫理観が溢れていて、それが宗教的な法悦に近いものになっているのではと想像してしまう。自分が感じたものの数倍、数十倍の脳内麻薬に酔いしれているのではないだろうか。脳内麻薬は基本的に自給できる?薬物だから、依存度がどんどん増していくだろう。あぶない人から危険な輩になるまでは、案外簡単なのかもしれない。のんびりとした朝のコーヒーがテロ思考に結び付いてはいけないぞと反省し妄想を止めるため店を出ることにした。
ただそこで、ちょっとだけテロリスト的な思いに駆られてしまった。原因は伝票に書かれていたコーヒーの値段だ。たった半年で、3割近く値上がりしていた(記憶モードです)。令和はインフレの時代なのだと改めて感じた。
政府はインフレの責任を取れと言いたくなった。あと一歩インフレが進めば、コーヒー一杯が50円値上がりしたら、俺は革命軍に入ってやる、と脳内の過激派がけしかけてくる。村上龍著作のタイトルを思い浮かぶ。今や日本の人口の1/3が高齢者だから、ジジイがテロリストになる時代なのかもしれない。令和は革命の時代になるかもしれない……………
インフレ時代のあぶない妄想です。